その業は隻狼も背負うだろう。
彼が定めた掟、生き様であれば。
ワイルドハントは、シュラは超えてはいけない一線を越えてしまった。
狼の引いていた線は二度までなら証拠を掴めなければ何もしない。
三度目は何をしようとも斬るというものだった。
狼は塔の上、帝具を身に纏ったランとクロメを見下ろしていた。
ランの目に宿る怨嗟の炎。
恐らく見つけたのだろう。
狼には彼らを止める権限を持っているが、それを行使する気はない。
ランは賢い。
表立った行動は避け、裏で行動を起こす。
調査報告も狼を納得させるものがあった。
つまり証拠もできたのだ。
狼が斬る理由を作った。
ワイルドハントは闇に葬るつもりだった。
ランとウェイブのおかげでそれが早くなっただけ。
狼は月に隠れて地に降り立った。
同時刻、彼と思いを同じくする者たちがいると知らずに。
ランはどうやら上手く中に取り入っていたらしく、ワイルドハントの詰所からチャンプという道化を連れ出していた。
だが、その後ろにつけている影が二つ程。
狼はそれがワイルドハントのエンシンとコスミナだと確認した。
彼らの後ろを取り、会話を盗み聞きしようとしたとき、大きな悲鳴が上がった。
「今聞こえた不気味な声。チャンプさんの!?」
「やっぱりな。尾行してきて正解だったろ?ああいう顔の奴は信用ならねぇんだ」
どうやらランの工作も完ぺきだったわけではないらしい。
その彼らの前にクロメと骸人形が立ちふさがる。
目撃者は逃さないということらしい。
攻防は一瞬だった。
エンシンがかの剣聖のように真空を切り裂き、周囲の地形ごときり払う。
コスミナは狼から見たら丸いものが付いた棒に向けて声を発した瞬間、衝撃波を出してクロメの骸人形を破壊した。
援護しなければ。
狼は隙を晒すコスミナへ駆け寄っていく。
だが一瞬遅い。
狼が駆け出した瞬間にはコスミナとエンシンがクロメを挟む形になって攻撃を放っていた。
だが、狼が遅れようともランが素早く彼女を担いで空中へ逃げていた。
空中で尾行されていたことを悔いているようだったが、狼は彼に向けて何か玉のようなものがはなたれていたところを見逃さなかった。
狼はコスミナを踏み台に大きく跳びあがり、玉を刃で受け止める。
すると暴風が吹き荒れた。
「狼さん!」
「先生!」
突如として現れた狼に驚く二人。
狼はその嵐を刀に纏い、エンシンとコスミナへ向けて薙ぎ払う。
かつて雷を返したことがある狼であったが、嵐を纏い返すことは初めてだった。
しかし成功した。
二人は嵐に薙ぎ払われ、遠くへ飛ばされた。
ランとクロメは地上へ一旦避難しようとしているようだったが、再び別の玉が彼らへ向かう。
狼はエンシンとコスミナを無視して彼らを守るためにその玉を受け止める。
だが今度は嵐ではなかった。
刀で受けた瞬間、爆発を起こして狼に大きな傷を負わせた。
爆風を受けて地上へ落ちてしまったランとクロメ。
クロメは高所から落下して気を失ってしまったようだったが、ランは行動できそうだった。
だがクロメを爆風から守ろうとしたためだったせいか、大きなケガを負っていた。
「嵐を薙ぎ払ったどころかあの爆発を直撃して生きているとはな・・・」
チャンプは死に体といった様子の狼を見て驚きの声を上げていた。
彼の体はボロボロであったが、それでも構え、立っているのだ。
「狼さん・・・」
「遅くなった・・・」
自分よりも重症であろう狼を見て、なおも戦おうとしている意志を見せる狼を見て、ランもふらふらになりながら立ち上がる。
「確実に殺させてもらう。まずは・・・」
狼はチャンプが玉を投げる前に手裏剣を放ち、急速に距離を詰め袈裟切りにする。
「うぁ?」
既に弱っていたチャンプはその手裏剣をもろに受け、意識に空白は生じたところを斬りつけられた。
狼はそのまま体当たりをかまして相手の体幹を崩し、心臓を貫く。
心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。
チャンプ。
ワイルドハントの一人であり、ランが誓った復讐の相手であった。
「底知れない奴だ・・・弱っている今のうちに・・・!?」
遠くから戻ってきたエンシンは弱っているイェーガーズの面々を殺害せんと近寄ったが、コスミナが銃撃されたところを見て動きを止めてしまう。
その隙をついたかのようにインクルシオの鎧をまとったタツミが叩きつけるように槍を振り下ろす。
エンシンは宙へ逃げるが、そこに待っていたかのように存在したアカメによって切り裂かれた。
「お姉ちゃん」
クロメはアカメと対峙し、刀を抜いた。
「治安を乱す輩は私たちイェーガーズが狩る。例え誰であろうとも」
狼はクロメに正気の糸を見た気がした。
「マスティマ!」
ランは羽をアカメへ放ち、クロメと狼を掴んで全力で逃げた。
渾身の離脱は成功し、ワイルドハントのおよそ半数を殺害することに成功したのだった。
「先生!」
クロメは地に伏せ、血を吐く狼に悲鳴じみた声を上げた。
「・・・・・・」
体から血を流しすぎた。
腕が上がらない。
「狼さん・・・。私がもう少し気を払っていれば・・・」
後悔の念を抱くランに大丈夫だと伝えようとするが声が出ない。
クロメが傷薬瓢箪を飲ませようとするが、吐き出してしまう。
致命傷らしい。
「先生!ダメ!まだ先生から何も!」
「クロメさん・・・狼さんはもう・・・」
諦めたような表情のラン。
狼は真実を伝えようとするが、何も口に出すことが出来ない。
視界が暗くなってきた。
狼にとっては慣れてきた感覚である。
斬られ、貫かれ、潰され、焼かれ、あらゆる死を経験してきた狼は重くなった目を閉じようとした。
その瞬間、クロメは狼の心臓に八房を突き立てた。
帝具『八房』
斬り殺した相手を骸人形として操ることが出来る刀。
「まだまだ一緒にいよう?」
彼女の目にまた狂気が宿っていた。
「クロメさん!」
狼の耳には驚くランの声が聞こえたところで途切れた。
回生。
狼はふらりと立ち上がり、言い争うランとクロメ、そしていつの間にかやってきていたウェイブを見た。
どうやら、竜胤の、九朗との絆が勝ったらしい。
体の自由がきく。
「大丈夫か!クロメ!」
体の調子を確かめていた狼は崩れ落ちたクロメに駆け寄るウェイブを見る。
おそらく薬の禁断症状なのだろう。
狼は彼らに近寄る。
「落ち着け・・・」
「!?」
「クロメ・・・。お米は持っているな・・・」
「せ、先生?」
「噛め、それは変若の御子様から賜ったお米。気休め程度にはなるはず・・・」
狼はクロメの腰袋からお米を取り出し口に流し込む。
「狼さん・・・まさか生きて?」
「己は死なぬ。秘め事ゆえ話さなかったが、いらぬ心配をさせた・・・」
「でもさっきクロメさんに心臓を・・・」
「それでも死なぬのだ・・・」
狼は己の心臓の位置に手を当てた。
『狼よ。我が血と共に生きてくれ』
心に刻みついた言葉、そして絆。
「戻ってから話す・・・ウェイブ。二人を頼む・・・」
「は、はい!」
複雑な表情をした三人だったが、狼の指示に従ってくれるようだった。
狼は傷薬瓢箪を飲み、傷を癒しながらどうしたものかと考えるのだった。
「クロメ・・・容体は・・・」
「はい。あのお米のおかげで何とか・・・先生は大丈夫なんですか?」
「ああ。慣れている・・・」
「慣れる・・・」
ランは何やら勘づいたようで、重々しい表情を浮かべている。
ウェイブとクロメは何が起きたのか分からないようだった。
特にクロメは自分の帝具の効果が発動せずに、しかし生き返った狼を信じられないように見ていた。
この中にはボルスもいたが、おおよその事情を知っている彼はただ見守っていた。
「・・・・・・」
しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのはランだった。
「狼さんは、もしや不死なのですか?」
「不死?」
ウェイブは分からないと言ったようだったが、クロメはどこか得心が言ったような表情だった。
「ああ・・・」
「・・・・・・抜けば死ぬと言われる武器を振るうことから、もしやと思いましたが、本当だったとは・・・」
「狼さんは死なないのか?」
「死なぬ。この『不死斬り』以外では死なぬはずだ・・・」
「昔、先生とお姉ちゃんが戦って、そして生きて帰ってきたのは・・・」
「己が不死故、村雨の呪毒をもってしても己を殺しきれなかったからだ」
再び深い沈黙が場を支配する。
「・・・不死とはいわば呪い。あるいは我が生涯の主との絆。それ故誰も阻むことが出来ぬ・・・」
静かに語りだした狼。
かつて狼が駆け抜けた葦名。
その過程。
竜胤を巡る争い。
そして主の願いを裏切り、人返りのために己の首を刎ねたこと。
巡り巡って陛下の忍びとなり、民を守らんと戦いを続けていること。
その中で暗殺部隊が作られたこと。
アカメとの死合いを望み、斬られたこと。
それを聞いた四人はそれぞれで考えがまとめられないような表情をしていた。
「己は生きている・・・それは事実である・・・」
「狼さんは・・・反乱軍とも通じていた。でも帝国の一員。もう訳が分からないぜ」
「陛下が民を想っておられるとのことを汲んで狼さんは動いていたのですね。昔、ナイトレイドが立ち上がる前にこの国で謎の殺人事件が複数起きていたと聞きます。誰も知らない殺人者。それが狼さんほどの暗殺者なら納得がいきます」
「狼さんはそれほどまでに・・・私は・・・」
「先生・・・私・・・」
クロメは躊躇いながら何かを言いたそうにしている。
恐らく斬ったことへの謝罪がしたいのだろうが、話のスケールが違い、どういったものか分からないのだろう。
狼はクロメの頭に手を置いた。
「己を想ってくれる人間が・・・まだ多くいたのだな・・・」
クロメは泣いた。
あれからほどなくしてエスデスが帰ってきた。
事の仔細を報告すると、彼女はいらだったように机をトントンと指で小突いた。
「とにかくよくやった。お前たち。隻狼。お前も慣れないことをさせたな」
「いえ」
「フフ。変わらぬお前を見ると安心するものだ。私が戻った以上、もう好きにはさせん」
エスデスは殺気立ってそういった。
他の面々は心強そうに見ていたが、狼は違った。
修羅の影が濃くなっている。
もしかすると、この世界最後の戦いは・・・。
そこまで考えて狼はやめた。
その時はその時である。
今はこうして生きて再会できたことを喜ぶべきだ。
「酒を・・・」
「・・・おお!これはいつぞやの」
「へ?このお酒ってすごい奴なんですか?」
「うむ。お前たちも聞いたであろうが、隻狼の国、葦名の中でも一級品だ。また飲むことが出来るとはな。よし、ボルス、ウェイブ。何か作ってこい。今日は帰還祝いにこいつを飲もうじゃないか」
そうして開かれた宴は中々に盛り上がり、ウェイブらは竜泉の味に驚いていた。
「隻狼」
「ここに」
幾度としれないこのやり取りにエスデスは笑った。
「いや。このやり取りにも慣れたものだと思ってな。それより、お前から何か言いたそうに見えたからな」
他のメンツは離れた場所で酒を楽しんでいる。
クロメも瞳が正気に戻りかけているところを見るとウェイブは中々の活躍をしたと思える。
ランもあれから怨嗟の気配が消え、いつもより気軽に楽しんでいるらしい。
ボルスも家族こそ、ここにいないものの、まだ一緒にいることが出来ると喜びを表していた。
ウェイブはクロメを正気に戻すきっかけを作ったと自覚していないのか、ただクロメにいじられていた。
「は。エスデス様」
「うむ。言え。もはや遠慮するような仲でもないだろう」
「・・・エスデス様。あなたの修羅の影、どうやら濃くなりつつあると思われます」
「・・・そうか。私もそろそろ鬼となるか?」
「怨嗟の鬼は降り積もった怨嗟によって炎となり鬼となりました。しかし、エスデス様は人の形をしながらにして鬼となっているのかと」
「フハハ。相も変わらず言うものだ。そうか、人の形をした鬼か。それも悪くない」
「・・・・・・」
「そう眉間にしわを寄せるな。隻狼。その時は斬ってくれるのだろう。お前が」
「は。必ずや」
「フフ。それも楽しみだ。私は、生まれながらにして鬼だったのかもしれぬな。それが人の形を保とうとするからこのようになったのか・・・いずれにしろ、お前がいるというのは僥倖だった」
「エスデス様・・・」
「まあそれは私が修羅へ堕ちてからの話だ。今は反乱軍と対峙することに傾注しよう。いや、今は・・・」
エスデスは離れたところで騒ぐ四人を見た。
狼はそこにセリューたちがいないこと、それどころかゴズキたちがいないことに寂しさを抱いた。
「今は今を楽しむのが先決か」
「御意」
狼とエスデスは再び宴へと加わった。
その宴は夜を通して続き、朝には皆床で寝ていた。
心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶
チャンプ。
今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。
彼は少年少女をねらう殺人鬼であった。
ランにその業を刻まれ、最後には狼によって斬られた。
ランの怨嗟はここで終わったのだ。
ボスとなったとはいえ狼さんの体力バーは然程でもないです。
とはいえ、回復もすれば弾き続けられる限り体幹も崩さないという鬼畜仕様。
極めつけは不死故の復活回数の多さでしょうか。
コントローラーを投げたくなりますね。