今、彼らは覚悟を問われている。
ブドーの死後、シスイカンは簡単に落ちた。
帝都に王手を掛けた革命軍の指揮は大きく、もはや遮るものがないように思われていた。
「反乱軍は一体となってこの帝都を包囲しているようです」
ランが地図を見ながら端的に状況を言った。
「功を焦って前に出てくる部隊もいない。しっかりと統制が取れているな」
エスデスも苦い表情で戦況を俯瞰する。
「あの葦名一心がまだ実力を隠していたことも予想外だった。隻狼と一心を相手に取るのは私でも危うい」
「あの時に戦った剣聖ですか。あれ以上の力を隠していたとは信じがたいです」
ランはエスデスという規格外に対して互角に戦っているように見えた老境が、実はまだ力を残していたことが信じられなかった。
「先生が相手だと個人では勝てない。そういう戦いをしているから」
「そうだ。あいつは強者を殺すという点に対して異様に長けている。だからこそ信頼を置けるのだが」
「信頼?」
「フッ。今も私は隻狼を信頼しているのだ。タツミとの恋とは違う。別の感情だ。いわば主従の関係だな」
ウェイブは良く分からないという様子で首をかしげる。
他の面々もそうだ。
「私がただ人を殺す修羅に堕ちたとき、隻狼は私を斬る。その約束をあいつは忠実に果たそうとしている。陛下とも確かな誓いがあったらしいからな」
「陛下の忍び・・・」
ボルスは小さくつぶやいた。
エスデスもその言葉にうなずく
「隻狼の生き方は真似しようとしてもできない生き方だ。それが私との間にあることが嬉しいのだ」
エスデスは話がそれたといって地図に目を向けなおす。
「これだけの大軍を賄う奴が脅威だ」
そいつを叩きたいが無理だろうとも言った。
「帝国軍の中からも見限る兵士が続出しています。勝ち目はあるのでしょうか」
「ある。と断言はできないが方法を編み出した」
窓の外を示すエスデス。
ウェイブたちはそれを見て驚愕する。
そして勝利の目がまだあることに希望を抱く。
「しかし、隊長が断言できないとは」
「葦名一心だ。いかに兵力差を埋めようとも奴の存在が兵たちを鼓舞する。国盗り戦の葦名衆。隻狼より聞いていたが全く油断していた。本人は前線に出てくるうえにそこらの帝具使いでは相手にならないと来た。奴の相手は私がしなければならないだろうが、問題は・・・」
エスデスはそこで言葉を切った。
それはエスデスと狼の主従の契約であるから。
「私はこれから残った兵の士気を上げつつ、隊の整理をする。お前たちは帝都内部を守れ」
エスデスはそういって有無を言わせずに出て行った。
残されたイェーガーズの面々は現状について話し合う。
葦名一心を筆頭とする軍の勢いは破竹の勢いだ。
そして帝都内部には不穏な動きが現れている他、未だにワイルドハントの残党がなにやら動いていると暗殺部隊補佐のグリーンより情報を受けている。
グリーンとは初対面であったイェーガーズのメンバーだったが、彼の人柄と狼の数少ない子供ということですぐに打ち解けあっていた。
クロメはグリーンに狼が帝国を離れたと告げたが、彼は特に気にした様子はなく、やはりそうなったかと呟いた。
帝国の、その民を想う陛下の願いをかなえるために動く狼は遅かれ早かれ帝国を敵に回すだろうと予想していた。
アカメにはない老獪さ、我慢強さで帝国の内部に残り、陛下の一言でついに解き放たれたのだ。
「帝国が悪いの?」
クロメは信じられないという様子だ。
彼女の洗脳は未だに帝国が正義であるという刷り込みの中で生きている。
それでも狼の離反を受け入れられたのは、狼という人間をグリーンと同様に理解していたからと言える。
だからこそ矛盾が生まれてしまった。
狼は帝国を悪として離反したのではないだろうか。
でも帝国は正義の筈。
「クロメ。今だからこそ話すけど、帝国というものが悪いわけじゃない。それを利用して人を苦しめる人間が悪いんだ」
グリーンは暗に大臣の事を仄めかす。
しかし、そういったところに疎いクロメはグリーンの真意が分からない。
それに気が付いたのはランだった。
「グリーンさん。それは・・・」
「今、この付近に耳のいい奴はいないよ。暗殺部隊の洗脳にちょっと細工をしてね。狼さんのような暗殺者になるように仕向けていたんだ」
短いようで長かったよとグリーンは漏らした。
「えっと。グリーンさんは帝国がもうもたないと?」
最近、その手のことを勉強し始めたウェイブが疎いながらも聞く。
「陛下には悪いけど、僕はそう思っているよ。何より、狼さんを敵に回したくないっていうのもある」
「でも、エスデス将軍の奥の手があったらまだ勝機があるのでは?」
「ああ、僕も見たよ。あれなら確かに兵力の不足は補えるだろうけど、知っているだろう?僕はこう見えて暗殺者なんだ」
ランはグリーンの言いたいことが分かった。
彼は兵力差を埋めてもそれを指揮する人間がいなければ意味がない。
エスデス暗殺が可能性に含められているのだ。
「クロメ。最後に残った親は狼さんだけなんだ。あの人は言っていただろう。己の掟は己で決めろって。・・・長く、僕も探していたけどようやく掟を決められそうだよ。いいかい?」
グリーンはクロメの目を見てしっかりと言った。
「僕はアカメの味方をしたい。でも、彼女についていくのは余程の力がないと駄目だと思ったから狼さんと帝国に残ったんだ。クロメ。君はアカメが君を裏切ったと思っているようだけど、それは違う」
グリーンは事の顛末を話した。
アカメは帝国を離れるときにクロメも一緒に連れ出そうとしたこと。
しかし、そのせいで親であるゴズキに追いつかれ、親を殺したこと。
時間が彼女を追い詰め、かつての友人であるツクシもアカメと敵対し、斬られたこと。
そして追っ手に追いつかれて戦う内にクロメと引き離されてしまったこと。
全ては狼より聞いていたクロメだったが、それでも理解できないようでグリーンに食って掛かった。
それを宥め、グリーンは全て事実であるという。
「僕はアカメの助けになるように、民を守る。それが僕の掟だ。君もそろそろ掟を定めなければならない頃だと思う。・・・ウェイブ君」
「はい?」
話を振られたウェイブは間の抜けた声を出す。
「彼女を頼むよ。もう少なくなった家族の一人なんだ」
「・・・はい。任せてください」
グリーンの言葉にウェイブはしっかりと頷いて見せた。
「イェーガーズの皆さんも、どうかご無事で」
グリーンはそういって立ち去っていった。
「グリーンさんよ。ちょっといいかい」
暗殺部隊の詰所、とでもいえば聞こえはいいが、薬を投薬する部屋だ。
グリーンは補佐として暗殺部隊を良く纏め上げていた。
そして同じく働いていたカイリがグリーンに声を掛けた。
「カイリ。また少し老けたかい?」
「ハハハ。そういって軽口をたたく相手も少なくなっちまった。まあそれはいいけどさ。狼さんのこと聞いているか」
「・・・ああ。噂によると陛下が解き放ったって」
「解き放つか。的を射た言い方だな。狼さんが動いたってことはそういうことなんだろう?」
カイリの言いたいことはグリーンにも良く分かっていた。
狼の離反と宮殿内では騒いでいたが、陛下が自らそれを否定したという。
曰く、狼は本来の姿であるように解き放ったのだと。
グリーンは陛下が何故そのようなことを言ったのか分かっていた。
帝国に限界が来ているのだ。
帝国の内部から良くしようとしていたグリーンであったが、頑張れば頑張るほどにその闇の深さが分かってしまった。
根幹が腐ってしまっていたのだ。
そして陛下はどことなく分かってしまったのだろう。
幼い陛下に仕えていた狼は各方面に手を尽くしていたが、元より政治の人間ではない。
殺すことでしかものを動かせない人間なのだ。
殺しても殺しても膿は消えない。
その姿を見てなのだろうか。
陛下の決断は。
「カイリ。君たちがどうするかは君たちに任せる。狼さんが言っていた己の掟は己で決めろと。僕もそれを決めることにしたよ。君たちには済まない」
グリーンは薬がなければ生きていくことが厳しいということくらい分かっていた。
カイリはそんなグリーンをみて笑った。
「グリーンさんは良く俺たちを気にかけてくれたさ。俺たちも狼さんみたいにかっこよく生きたいと思ったこともある。洗脳されている俺たちと言えど、狼さんの話くらいは聞いていたからな」
飢えた狼の話。
帝国に害を加えんとする敵を音もなく殺す暗殺者の鏡。
同時にアカメの話も上がっている。
狼の子で帝国を裏切ったもの。しかし、その生き方は狼のようであると。
グリーンが裏で少しずつ撒いた種が芽吹きつつある証拠だった。
「憧れていたんだよ。上が言っているようなでっち上げた犯罪者じゃなくて、本当に殺すべき奴を殺したいって。暗殺者として育ったんだからにはさ」
「狼さんに憧れるか。考えたこともなかったけど、確かにあの人は不思議と憎めない人だった。それに、今や父さんって言えるのはあの人だけだからね」
「ああ。そういえばグリーンさんも選抜組だったな。すっかり忘れていたぜ」
「ちょっと酷くないかい?」
「冗談だよ。・・・俺はこいつをクロメっちに渡す」
『神食み』
狼がカイリに託した秘薬である。
「・・・いいのかい?それは恐らく君の病も直すことが出来る秘薬中の秘薬だよ?」
覚悟を問うグリーンにカイリは笑って見せた。
「このズタズタな帝国。情報なんてどこからでも漏れてくるもんだぜ。あのクロメっちが恋をしているらしいなんて噂を聞いたら、俺が使えるわけないだろう?」
「・・・ああ僕も聞いたよ。イェーガーズの隊員同士の恋らしい。僕にはアカメを支えることが出来なかったけど、クロメには支えてくれる人間がいてくれたことは嬉しかったよ」
「兄弟みたいなことを言うんだな」
「兄弟なんだよ。僕たちは」
それもそうかとカイリは笑った。
「俺はこのまま帝国と一緒に死ぬよ。でもただじゃあ死なない。せめて憧れた狼さんみたいに戦って死ぬ」
「・・・・・・」
「ハハハ。狼さんみたいに眉間にしわを寄せているぜ。グリーンさん」
「そうだったかい?」
「ああ。若ければあの人もそんな表情だったかもな。グリーンさんも犬死だけはしないでくれよ。兄弟なんだから」
「・・・兄弟なら、僕は生きてほしいと思うけどな・・・」
そりゃ無理さと明るく笑うカイリと違い、グリーンは重々しかった。
アカメは一心と狼の指導の下、鍛錬をしていた。
狼相手に『奥義・浮舟渡り』で勝負を挑むもすべて弾かれてしまう。
一心は相手を斬ることに専心すれば刃も宙を舞うと言っていたが、アカメにはできなかった。
だが、狼の技と一心の技を吸収したアカメは独自の技を編み出している。
例えば先ほどの浮舟渡り。
本来は鋭い連撃を舞うように放つ技だが、アカメは舞うような斬撃ではなく、変則的で防ぎにくい独特の動きへと変えている。
しかし、本来の鋭い斬撃という部分は残しているため、村雨を用いればただ切りつけただけで相手は死ぬであろう奥義へと変化していた。
また、葦名流『一文字』も専心した一撃の後に相手の後ろへ回るように動き切りつけるという動作に工夫を入れた。
それは忍びと葦名流の技の合体であり、アカメ独自の技だった。
「カカカッ。そうよな、葦名流でありながら忍びである動き。お主の名にあやかってアカメ流とでも言うべきか」
一心はその技を以後アカメ流というようになり、自身もそれを研鑽することによって更なる高みへ目指していた。
狼は子供の成長を感じるとともに、アカメという天才によって作り出されたその技に驚嘆していた。
しかし、まだ甘い部分も多い。
アカメは直線的な動きと変則的な動きを得意とするが、狼のような忍具による搦手を使わない。
一時期使おうとしたこともあったが、本人にあまり合わなかったらしい。
気配と音を殺す腕は上がっているが、どうしても接近しなければならないという点に欠点があった。
「先生は何故刃を宙へ飛ばすことが出来るようになったのですか?」
アカメの純粋な質問だったが、それは一心との死闘を超えたときに身についたため、上手くアドバイスが出来なかった。
「アカメ・・・己が教えられることはもはや少ない。それにお前の編み出した流派は多くを葦名流から学んでいるところが多い」
アカメには『命の呼吸・陰陽』といった技を使えず、形代と呼ばれるものもまだ見えていない。
「忍びとして、十全に戦える力もある。そしてまだ伸びる」
「『村雨』の奥の手ですか?」
「それを引き出すにはおそらく己のように業が深くなると見えてくるものもあるだろう。だからと言って怨嗟の降り積もる先になどはなるな」
「怨嗟の降り積もる先?」
「ああ。お前も見てきたであろう。怨嗟に憑りつかれた者たちを。それが積りに積もっていくと、いずれは鬼となるのだ」
仏師殿・・・。
狼は心の中で想った。
「・・・一心様」
「む?どうした隻狼」
「アカメに浮舟渡りの先は・・・」
「そうじゃな。秘伝を教えてきたが、それだけが残っていた。アカメ流を確固たるものとするには必要なものだろう」
「浮舟渡りの先とは『渦雲渡り』の事ですか?」
「うむ。隻狼。やってみせい」
狼は構えると浮舟渡りとは違い激しく、そして辺りに真空波を出す斬撃だった。
「これが『秘伝・渦雲渡り』。隻狼は浮舟渡りと渦雲渡りの型だけ取れるようになったが、それは完全ではない。故に赤狼。お主が受け継ぎ、完成させよ」
アカメは自分の流派が出来たことにも驚いたが、それ以上に狼がなしえなかった技を完成させろということになお驚いた。
「きわめて見せよ。お主の戦に役に立つだろう」
アカメは木刀を持ち構えた。
その様子を見ていたラバックやチェルシーは後に、人間がやる技ではないと評価していた。
心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶
ブドー。
今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。
陛下の忠臣であり、帝国の安寧を願い戦った大将軍。
陛下より解き放たれた飢えた狼は彼と志を共にしていた。
彼は最期の際に狼に帝国を捧げて死んだ。
葦名流と忍びの技、そしてアカメの力を持って誕生した『アカメ流』。
赤狼、ちょっと強すぎるかも。