タツミの体は既に限界が来ている。
それを医者から通達されたときの狼はどのような表情を浮かべていたかは分からない。
短い時とはいえ己の技を叩きこんだ子供が、己よりも先に終わりを迎えようとしている。
それに気が付いたのか、タツミは笑って狼に大丈夫ですと答えた。
狼の眉間にしわが寄ったのは言うまでもない。
状況は未だに革命軍優勢であるが、エスデスが控えている他、オネストも奥の手を隠しているだろうと予測されている。
報告の中に、超級危険種が革命軍の陣を襲っているとのことらしい。
初めこそ帝国の暗殺部隊が見せしめのためにやったのではと思われていたが、間諜からの報告では暗殺部隊は動いている様子がないという。
「お主の仕事か」
「は」
革命軍の本陣ではナジェンダを含め、有力な人間が揃っていた。
その中心に立つ一心はその報告を受けて狼へ聞く。
ワイルドハントの残党。
狼の斬るべき敵。
「ならばナジェンダ。隻狼の共にナイトレイドを投入せよ」
「分かりました」
「鼠。お主は帝都内部の情勢を調べてこい。儂の予想であれば、思ったより内部は荒れているじゃろう」
「チェルシーだと何度言えば。全く分かりましたよ」
「国盗り戦・・・まさか二度も行うことになるとは。カカカッ。分からぬものよのう」
愉快そうに笑う革命軍筆頭は陣中の警備を堅くすること、勝手に動かないことを厳命した。
ドロテアとイゾウ、そして危険種となったコスミナは革命軍の陣地を荒らしまわっていた。
危険種となったコスミナは人を食うことで成長し、強力になっていく。
ドロテアは今日も食事をさせるために出てきたところであった。
「さーて、今日はあそこの陣を襲うのじゃ」
「フッ。また馳走とは贅沢な日々でござる」
ドロテアとイゾウはそれでも警戒を解いていない。
敵に回った狼の存在を忘れてはいない。
だからこその油断だったともいえる。
「・・・残るは二人・・・」
「!」
「・・・参る」
正面に現れた忍び、狼の存在に気がとられてしまった。
「ギィ!?」
「しまった!アカメか!」
狼は陽動で、本命はアカメ。
コスミナはその一瞬で『村雨』の呪毒に侵され死んだ。
その驚きの隙をついた狼だったが、イゾウが前に出て狼と切り結ぶ。
しかし、それも一瞬で、両者距離を空けて様子を窺う。
「まったく油断も隙も無い」
ドロテアはその一瞬のやり取りで肝を冷やしたが、まだ余裕を見せている。
その間にもタツミ、レオーネの二人が加わる。
ラバックは他の陣の警備兼指揮、チェルシーは一心に言われた通り帝都内部の情勢を調査している最中だった。
「ナイトレイドに狼。・・・タツミ、本当に生きておったとは」
思案するドロテアはニヤリと笑うと指を弾く。
すると死んだと思われていたコスミナが起き上がり、アカメたちへ攻撃をした。
「身代わり!?」
「賢者の石。・・・といっても分からんじゃろうな。かなり万能なスーパーアイテムと思え」
困惑するアカメたちをみて自慢げにドロテアは解説をする。
「死なずか・・・」
狼は襲い掛かってくるコスミナの鎌きりのような攻撃を弾きながら己の背にある大太刀を意識した。
アカメは侍を相手にしている。
「インクルシオォォォォ!!」
限界を超え始めているタツミは叫ぶ。
そして鎧を身に纏うとコスミナに強襲を仕掛ける。
「こいつは俺に任せろ!色々ギミックがありそうだ。まともにやる場合生身じゃやばい!」
それは狼も感づいていたことだ。
しかし。
「助太刀致す・・・」
すでに一人前であろうタツミと肩を並べる。
「かつては鬼を・・・死なずを斬った・・・。タツミ。お前の力になろう」
「狼さん・・・。わかった。ありがとう」
「参る・・・」
狼は走り、タツミは跳ぶ。
戦いが始まった。
アカメと対峙したイゾウは僅かな困惑と、そして愛刀に血を吸わせることが出来る喜びを感じていた。
後者はともかく、イゾウの困惑はアカメの自然体にある。
刀を握っているものの、こちらへゆっくりと歩み寄るさまはあまりに不自然。
しかし、狼を師事しているのであればその型も分かる。
「葬る」
アカメは鋭く踏み込み刀を大上段に構える。
その技は知っている。
イゾウは狼が良く使っていた『一文字』。
それだと思い構えた。
しかし、次の瞬間にアカメは目の前で宙返りをしてイゾウの背後へと通り過ぎる。
予想を裏切られたイゾウは振り向きざまに斬りつけようとするが、アカメは身を低く刀を振るっていた。
『アカメ流・寄鷹下段回し』
『村雨』を軸として体ごと回転させ、相手の後ろに回り、下段で斬りつける忍びの技と葦名流を組み込んだアカメ流の技だ。
その技はイゾウの両足を切り裂き、地に伏せさせる。
「狼に似た、しかし違う技を使う。いや、昇華させるとは・・・」
イゾウは呪毒に蝕まれながらアカメへ這いよると、刀『江雪』を差し出す。
「持っていけ・・・お主の腕なら・・・より多くの血を江雪に」
その言葉を遮るようにアカメはイゾウの首を両断する。
「私は剣士ではない」
アカメは死にゆくイゾウに片腕で拝む。
狼が良くやる仕草だった。
忍び故、多くを殺す。
しかし、一握の慈悲だけは忘れてはいけない。
その姿はしかとアカメに引き継がれていた。
心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。
イゾウ。
愛刀、江雪に血を吸わせることを至上の喜びとした侍。
アカメはイゾウの死体を背に、森から何者かが寄ってくることを察知していた。
現れたのは以前見たことのある人型の危険種に似た、しかし様子の違う新たな敵であった。
レオーネはその帝具の野生で戦う。
しかし、鍛えないわけではなかった。
狼と対峙したときはその野生の力ですら弾かれ、無様に転がることが多かった。
「お前が相手とは残念じゃ。血が獣臭そうじゃわい」
挑発するドロテアにカチンとくるレオーネ。
自分でもよく弱点は分かっている。
彼女は突進することでしか相手を倒せない。
狼のように剣、忍具、技など器用に使い分けられない。
アカメのように天賦の才を持っているわけでもない。
出来るのはたった一つ。
ただぶちのめす。
その中でレオーネは経験したこともあった。
ただぶちのめすにも種類があるということだ。
狼のように力技が通用しない相手にどうやって一撃を加えるかを考えないほどではなかった。
「さー行くぞちっこいの!」
「来るがいい。妾はここを動かぬのじゃー!」
レオーネは笑った。
「絶対だぞ!」
弾丸のように駆け抜け、右腕を突き出す。
ドロテアは余裕を持ってその一撃を受け止めた。
「ばーか」
レオーネは素早く左拳でドロテアの腕、自分の右の拳を握っている腕を叩き上げて拘束を外す。
予想外と言った様子のドロテア。
隙を晒す彼女に足払いをかけて倒すとそのまま地面ごと叩き砕く勢いで腕を振った。
転がって避けたドロテアだったが、その衝撃に体を吹き飛ばされる。
「狼みたいに自然体の相手をそのままぶん殴ろうとするほど私も馬鹿じゃないさ。受け止められたのは予想外だったけどさ」
彼女の経験、相手をどうぶちのめすか。
それは一発でスカッとぶちのめすか、何発か殴った後に致命の一撃を与えるか。
二択であるが、彼女の膂力がそれを凶悪な二択にしていた。
「この野蛮人が・・・」
「ハッ。狂人に言われたかないね。それより、元居たところから動いちまったけどいいのかい」
今度はレオーネが挑発する。
それに怒りを表しているようだったが、すぐに冷静を取り繕う。
「少しばかりお主は厄介じゃの。だがまあそれもすぐ取り除ける」
「・・・へぇ」
「アカメはイゾウを倒せたようじゃが、妾の兵隊が相手では死あるのみよ」
「そう簡単に行くと思うかい?」
「何?」
「アカメは狼の子。一心爺さんから同じ呼び名、赤狼と呼ばれる天才。とはいっても赤い狼と書いての赤狼だけどね。それに」
会話の途中でレオーネは不意の一撃を見舞う。
相手もそれを警戒していたようだが、先ほどのように掴まれることなく、素早さを生かして相手の両腕を弾く。
「私の親友をそう安く見られては困るんだよ」
アカメと対峙した人型危険種は四体。
その内一体が突進してくるが、アカメは冷静にその場を見る。
三体はこちらの様子を見、一体は突貫してきた。
状況を観察したアカメはその突貫してきた一体に向かって飛び、踏みつけて残る三体の方へ回転しながら刀を振った。
『アカメ流・秘伝・旋風竜閃』
狼や一心のように斬撃を飛ばせなかったアカメが、狼の忍びの技『旋風斬り』を昇華させて至った技。
空中で回転して勢いをつけ、着地と同時にその勢いを殺さずに振る。
アカメは一心のように思ったら斬撃が飛ぶようになったでもなく、一心との死闘で学んだ狼のようにでもない。
自分で技を昇華させて斬撃を飛ばす。
アカメの技量、そして師であり親である狼から得た発想で成し遂げた。
当たり一帯を薙ぎ払うその斬撃は様子を窺っていた三体を体ごと両断する。
残った一体は返す刀で仕留める。
刀が人型危険種の体に引っ付いてすぐに抜けなかったが、さしたる危険もなくゆっくりと『村雨』を回収した。
「まだ残りがいるな・・・全て葬る」
アカメは油断なく周囲の様子を確認し、刀を構えた。
「くぅ!」
ドロテアは油断していなかった。
といったら嘘になってしまうだろう。
彼女が警戒していたのは狼だった。
それはオネストと共通していた意見であったため、他に目を向けていなかった。
だが、目の前の獅子はどうだ。
こちらの腕力を瞬発力で封殺して攻撃を加えてくる。
赤狼はどうだ。
大臣が警戒していた狼より恐ろしく強いではないか。
ドロテアは油断していなかった。
全ては狼との戦いにおいてという意味で。
彼女自身、その甘さを、そして狼の厄介さを思い知った。
全て囮だったのだ。
狼がワイルドハントに対して執着していたのもそうだとすら思ってしまう。
実際は狼自身、ワイルドハントは皆、忍殺する予定だったので囮でも何でもなく本命であった。
そこにアカメたちが参加しただけの事。
「ぐはっ!」
ついにレオーネの一撃を貰ってしまう。
「学者が前線で戦おうなんて勘違いしたな」
毅然とした態度で言われると頭にくるが、彼女自身、それを戒める。
狼に目が行き過ぎていたと。
「こうなれば、錬金術師としての本気、見せてやるのじゃ!」
ドロテアは液体の入った筒を地面に叩きつける。
すると辺りに気体が散布された。
これは相手を一時的に石化させる煙。
それを知らないレオーネは毒と思い込み、一瞬で蹴りをつけようと突っ込んできた。
「耐性のないお前が突っ込んできていいのか?」
石化する拳、動かなくなるからだ。
レオーネはその場で体を石にさせられた。
「石化するのは一瞬じゃが、僅かでも動きが止まれば十分よ」
そういってレオーネの首に吸血の帝具を食い込ませようとした瞬間。
ドロテアの片腕が飛んだ。
「は?」
何が起きたか分からない。
レオーネは未だ石化に捕らわれている。
ならばアカメが攻撃したかと思えばそうではない。
見ればこちらに刀を振りぬいた狼の姿があった。
「狼!馬鹿な!コスミナは一体何を」
そこにあったのは地面に倒れ伏すかつてはコスミナだったものだった。
そして次の瞬間には己の意識もなくなっていた。
強くなった。
狼は素早いコスミナの攻撃を全て弾きながらタツミの動きを見る。
出会った頃の彼は狼に叩かれては悲鳴を上げていたただの少年だった。
しかし、この短い期間で彼は狼の予想を上回る戦士へと成長していた。
轟く叫びを鎧で受けながら腕を両断する。
口から出された液体を吹きだす攻撃は跳んでよけ、相手の頭に槍を突き刺す。
無数の触手攻撃を弾き、地面からできてきた攻撃を受けてしまうも、問題なく攻撃を繰り出す。
強くなった。
であれば、己も足を引っ張るわけにはいかない。
タツミが攻撃するところへ合わせて『紫煙爆竹』を撒いて気をそらし、タツミの攻撃が突き刺さったところで専心した『一文字二連』で相手の足を切り裂き、体幹を削り取る。
「タツミ・・・」
狼はファサッと義手忍具を動かす。
「行くぞ・・・」
狼はタツミのより先を走る。
コスミナは片腕を狼に向けて振るうが、その瞬間、狼の姿がかき消える。
代わりに巻き起こった炎を身に受けてしまう。
『ぬし羽の霧ガラス』
狼は忍具によって相手の後ろへ回り、斬る。
タツミは炎に紛れて足を斬り落とす。
体幹が崩れた。
狼はすかさず首へ上り、忍殺を決める。
完全に隙を晒すことになったコスミナの体めがけて、タツミは渾身の一撃を振るい落とす。
「見事・・・」
狼は唐竹割にされたコスミナを『不死斬り』で真横に両断する。
こうしてコスミナはその命を終わらせた。
心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。
コスミナ。
危険種となった狂った歌姫。
その声は一体なにを伝えたかったのか。
「いやぁ。助かったよ。狼」
「・・・・・・」
「そう睨まないでくれって。石化する煙なんて予想できなかったからさ」
笑って誤魔化すレオーネに眉間にしわを寄せる狼。
コスミナを倒した後、レオーネの方へ視線を向けたら一撃を受けそうになっていたがゆえに入った助太刀。
タツミが相手を圧倒できる強さを持っていなければ危うい場面であった。
「さてと、じゃあこいつで」
レオーネは手ごろな岩を見つけると持ち上げる。
「念のためにしっかりと消しておこっと。墓石にもなるし」
「ちょ、ちょっと待つのじゃあ!」
それを落とそうとした瞬間、ドロテアが声を上げた。
曰く、人間は不老不死になれずとも他人からエナジーを奪えば長い年月生きていけると。
「・・・レオーネ」
「ああ。こういう手合いはあんたの領分だっけ?」
狼は背中に背負った大太刀『不死斬り』を抜いた。
赤黒い刀身がドロテアに怖気を走らせる。
「長く生きていたいとは思わぬのか!人間の寿命はあまりにも短いとは思わぬのか!」
狼はその首を斬り落とした。
なんの一切のためらいもなく。
「本物の不死相手に、何ともまあ言うものだね」
「・・・・・・」
「人間の寿命ねぇ。狼は何か思うことはあるのかい?」
「・・・為すべきことを為す。己はその時間さえあれば十分だ」
「律儀な生き方だよ。まあそれがあんたの自由な生き方って奴なのかもしれないがねぇ」
悪逆の限りを尽くしたワイルドハントは全滅した。
残るは帝都の戦のみ。
『そなたは九朗殿の忍び。そうであるように振舞え。それが余の命である』
「・・・・・・」
狼は再び駆け出すであろう。
生涯の主、九朗の忍びであるように。
タツミは一人、洞窟の中で体に走る激痛に耐えていた。
体の限界を超えての帝具使用が祟っているのだろう。
「見つけた!」
「タツミ!?」
タツミはやってきたレオーネとアカメを見る。
無言で立っているが、狼もいた。
「混ざっているね」
レオーネは言った。
医者の話では後、四回まで持つと言っていたが、たったの一回でタツミの顔半分が危険種と混じってしまっていた。
タツミは体を内側から食われている見たいだと言っていた。
そんな彼にアカメたちが寄り添う。
「大丈夫だ。私たちがいるぞ」
「一人でいると不安になるだろ?こっちの方が安心しないか?」
そんな二人の心遣いにタツミは感謝した。
「・・・タツミ」
その様子を見ていた狼は、僅かに眉間のしわを薄くした。
「大丈夫です。ちょっと弱気になっていただけですよ。これくらい・・・押さえ込んで見せます」
「・・・やって見せよ」
「はい!」
しばらくして帝具の浸食を押さえ込めたのか、タツミは元の顔に戻りつつあった。
それを見てまた、狼は眉間のしわを薄くするのであった。
アカメ流。
自分で書いて思いましたがトンデモ性能ですね。
とはいえ、これくらいやってきそうなボスが多々出てくるのがフロム故。