狼が斬る   作:hetimasp

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狼は本来、群れを作る。
飢えた狼も本来の形に戻れるのか?


03 掟

 

アカメたちが初任務を終えてしばらく時間があいた。

狼も一度陛下の下へ戻った。

陛下は暗殺部隊の運用が上手くいきそうだと報告したところ喜んでいたが、その裏でオネストも喜んでいた。

だが狼も何もしないわけではなかった。

大臣派閥の人間を一人忍殺している。

誰にも気取られることなく、多くもなく、少なくもない人数。

狼の仕業と分からぬように、斬った死体は焼いておいた。

狼にはその術がある。

これからも少ない数から、大臣に気取られぬように力を削いでいかねばならぬだろう。

あまり多くの人間を殺しすぎると動きづらくなる。

かといって大臣に問答無用で襲い掛かることも不可能に近い。

あの体型であるが、大臣の気配は強者のそれだ。

過去にうわばみの重蔵という男がいたが、あの男のように強いという確信が狼にはあった。

すぐに始末できないなら時間をかければ良い。

狼は焦ることなくことを進めるつもりであった。

どうやら革命軍という存在もあるらしく、その規模は大きくなりつつあるそうだ。

その中、どうにかして帝国を守り、陛下を守らねばならない。

陛下の願いは帝国の、そこに住む民の安寧。

狼はそれをないがしろにすることはない。

大臣の勢力を削ぐ。

それよりも大切なのは己が定めた掟を守ること。

 

 

主は絶対。必ずお守りせねば。

 

 

狼がアカメたちのところへ戻った頃には新たな任務を終えた後だった。

何でも、旅芸人に扮した革命軍の一団を討伐したらしい。

国を良くしようとしている勢力同士の激突に狼はどうしようもない感情を抱いたが、もちろん顔に出ることはなかった。

戻ったときのアカメの表情を見るに、どうやら迷いは晴れたのだろうと狼は判断した。

「教師殿か」

そういうのはナハシュだ。

彼は忍びの技、剣術共に伸びのある逸材であった。

アカメはどちらかというと忍びに向いているともいえる。

「どうした・・・」

言葉少なに答えると、ナハシュの方から木刀を放られていた。

それを受け取ると、どうやら立ち会ってほしいということらしいと察する。

「葦名流。教師殿はそう呼んでいたが、愚直に縦一文字に振り下ろすのがどこまで通用するものか疑問でな」

「そうか・・・」

狼もそう思っていた時期があった。

だが葦名流は流派というよりは勝つことを至上とした戦い方のことだ。

「一文字は、愚直故に己の体幹を整える。単純故に相手に重い一撃を与える。葦名流は流派という型にはまらず、勝つことを一事にした技」

かつて天狗殿はそのようなことを言っていた。

「受けた相手はただでは済まない。避けた相手は追い面で仕留める。ただ強さを貪欲に求めた男の技だ」

狼は構えた。

構えるといっても刀をだらりと下げた自然体。

だがその構えが相手の攻撃を刹那で弾き、勝機をもたらすのだ。

「本気で行かせてもらう」

「・・・参る」

ナハシュの攻撃は確かに鋭く、苛烈である。

だが、一心より秘伝・葦名無心流の伝書を伝授された狼からすればまだ若い太刀筋。

流水のようにいなし、強く弾き、隙あらば愚直に縦一文字を叩きこむ。

ナハシュも一文字を見切り、避けるのだが続く追い面が避け切れずに刀で受けてしまう。

そうしてしまえば狼の攻勢が続く。

攻撃、攻撃、弾く、攻撃。

この機械のような一連のやり取りだが、ナハシュは本気である。

だがついに体幹が崩れた。

狼の空中から降りてきた一文字がナハシュの木刀を強く叩き、彼に膝をつかせた。

「そこまで・・・」

狼はそれを見て木刀を地面に刺す。

「あいも変わらず強いな。教師殿は」

「ナハシュ。お前は強い。ただ己は、そういった奴を常に相手をしてきた。慣れているのだ」

「慣れている?」

「ああ。皆、己より強かった。鬼の刑部。幻術使いのお蝶殿。葦名を背負う弦一郎。皆強者ばかりであった。だが、あらゆる手を尽くして斬った。だから慣れているのみ」

狼はかつての強敵たちを想い返す。

誰一人として弱い者などいなかった。

「教師殿が言うことはやはり良く分からんな。教師殿が強いから勝ったのだろう」

「・・・・・」

それを為すのに幾度死んだことか。

だが、それは陛下以外には口外していない。

陛下にもそれは内密に頼むと願っている。

己は本来であれば既にここにいない。

竜胤の力があったからこそ狼は生きているのだ。

死んで、そして戦って、また死んで。

そうしているうちに戦いに慣れてしまったのだろう。

どんな攻撃が危険か、あるいは隙になるか。

恐らく、昔の狼ではナハシュ達には敵わないだろう。

元々多人数相手は苦手だったが、あらゆる方法を模索しているうちにどうにか一対一に持ち込む方法を考えたりもした。

初めての修行の時、七人相手では敵わないだろうと考えていた自分は、そこまでに戦い慣れていることに気が付かなかった。

「教師殿?」

「・・・ナハシュ。アカメたちはどうだ・・・」

「・・・まあ雑魚にしては中々にやっている」

「そうか・・・」

「教師殿も見た目によらず心配性だな」

「ゴズキ殿より聞いているか・・・」

「?」

「戦が近い・・・」

「ああ。だからこうしてスパイを狩っている」

「・・・・・」

狼は、子供たちは何も知らされていないと知っている。

リーダーであるナハシュもそれを知らないのだ。

この帝国の真の姿を。

恐らくゴズキが意図的に見せないようにしているのかもしれない。

「皆に伝えておけ・・・」

「?」

「掟は己で定めよ・・・」

狼はそう言って去って行った。

 

 

「なにそれ?どういうこと?」

ポニィは全く分からないという様子で言った。

「教師殿に伝えろと言われただけだ。俺も良く分からん」

「先生って時々変なことを言いますよね」

ツクシは少し困った様子で返す。

「狼さんのことを親父に聞いたがよ。あんまり教えてくれねぇんだよな」

ガイは頭をかきながら言う。

アカメは何か思うところがあるのか黙っていた。

「まあお父さんの言うことを守っていれば間違いないと思うわ」

コルネリアは父を妄信している。

それに関してはアカメを除いてほぼ全員がそうだと言えた。

「どうした?また狼がなんか言ってたのか?」

その時、ちょうどゴズキが部屋へと入ってきた。

「ああ。掟は己で定めろと言っていた」

「・・・へぇ」

ゴズキは狼が帝国の人間というより陛下の人間であることを知っている。

オネストという呪縛から陛下を開放するという難題を抱えている狼がそうつぶやいたということは、このゴズキの子供たちにも何かしら影響がある可能性がある。

ゴズキの考えでは国の任務を果たせばいつしかよくなると思っている。

だが、狼はそう思っていない。

「奴は変わった人間だからな。でも、あれでいて優しいんだぜ?」

ゴズキにしては甘い判断だった。

本来であれば不穏分子はすぐさま排除するべきと考えるが、狼に関してはそう思えなかった。

実力以上に、とても人間味のある不愛想な男が気に入っていたからだろう。

それに気が付いて思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「次はラクロウの太守がターゲットだ。全員気を引き締めていけ」

子供たちはそれぞれの形で答えた。

 

 

ゴズキは一人月を見上げている狼の隣に座る。

「お前さんの言う掟って奴は一体何なんだ?」

問い詰めるような口調ではなかった。

好奇心からくるただの質問。

対して狼はしばし黙った後に口を開いた。

「主をお守りすること」

それが狼の守らなければならないこと。

「ふうん?あいつらにはどういう期待をしているんだ?お前さんが大臣派でないことは俺には分かっている。それを俺の子供たちに押し付けようってのなら」

「否・・・」

「あ?」

狼は静かに、ただ力強く言った。

「掟は己で決める。御子様がそうであったように」

かつての主、九郎は狼が過去に『為すべきことを為す』のですと言ったことをずっと考え続けていた。

そしてそれを考え、見つけ、迷わず進んでいった。

それが己の死であると分かっていてもだ。

「ゴズキ殿・・・己はかつて鉄の掟を破りました。親は絶対。逆らうことは許されぬ」

義父、梟が定めた鉄の掟だった。

しかし破った。

主、九郎のために破ったのだ。

「・・・ああ。お前さんが言いたいことが分かってきた。つまり、俺が間違っているかもしれない場合のことか?」

「・・・・・」

「はは。なるほどな。確かに、親が間違っていりゃあ子供も間違っちまうな。でもよ。これでも間違わないように頑張っているんだぜ?」

「・・・・・」

「お前さんのやることには口を出さないさ。お前さんはお前さんで好きにすりゃあいい。俺も俺で勝手にやるさ」

「そうだな・・・」

狼は静かにつぶやいた。

 




狼さんとアカメは意外に共通点があると思います。
不器用なところや、暗殺者であるにも関わらず優しい等。

別次元の狼さんは変若の御子が体調を崩した際に、何か欲しいものはないかと聞いて、柿を持っていきました。

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