狼が斬る   作:hetimasp

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死ぬべき時に死ぬのが戦の華。

器用に生きられない人間はそう考えるかもしれない。


39 暗殺者たちの生き様

「さぁて。意気込んでみたものの、どうするかねぇ」

暗殺部隊の一室でカイリは暢気に考える。

今、部屋で行われている暗殺者たちへの洗脳。

要人暗殺任務のために行われている裏切り防止のための措置。

だが、そこには若干の邪魔が入っていることを上層部は知らない。

狼のような暗殺者となること。

馬鹿な話だとカイリは思う。

だが、グリーンはそれが必ず邪魔になると考えているようだった。

現にカイリのように隠れて狼に憧れるものも少なくないのだ。

陛下の忍び、狼。

会ったときは確か町を焼き払ったときだったかと思いを馳せる。

見せしめで炎上する街を見たとき、歴戦の暗殺者であろう狼が眉間にしわを寄せたところを見て何をと思った。

そしてアカメがいなくなり、狂乱してしまったクロメを見て忍びの業を背負ったと言われ始めて自覚した。

暗殺者とはいえ、一握りの慈悲を忘れちゃならない。

だからなのだろう。

狼という暗殺者でありながら自由に生きる存在に憧れてしまったのは。

そして帝国を抜けたアカメ。

彼女も自ら選んだ道に生きる暗殺者。

この二人は暗殺部隊の中でもトップクラスのターゲットだが、同時に憧憬でもあった。

「クロメっちには悪いけど、俺たちもそろそろご褒美が欲しくなってきてな」

机の上に置いてある秘薬『神食み』を見る。

これは既に己に使うことはないものだ。

自分には自分なりの自由があり、クロメにはクロメの自由があってもいいはず。

今回の任務は要人暗殺。

どれだけの被害を出そうが報復をしろという任務。

もはやすでに機能していない帝国に任務も何もあるものかと思う。

「グリーンさん・・・やっぱあんたすげぇわ。多分、選抜組の中でもぶっちぎりにすげぇって思う」

こうしてグリーンの小さな、それでいて絶大な抵抗は水面下で育っていた。

この任務。

ターゲットは依頼者及び立ちはだかるだろうアカメたち。

狼に憧れる奴は好きにすればいいとカイリは言うつもりだった。

どうあがいても反乱軍の要人は暗殺できない。

そういう手筈になっている。

グリーンはカイリを止めたが、望んでしまったのだ。

自由に生きる暗殺者と戦うことを。

カイリの計算では半数以上は帝国に反旗を翻すだろう。

そしてそのターゲットもグリーンが用意してくれた。

選抜組で唯一生き延びた暗殺部隊補佐のグリーン。

狼の存在がいたとしても、大臣が殺そうとして殺せなかった小さな陰謀家。

感謝していた。

ボロボロになっていく仲間でも見捨てずに何とか手を打ってくれていたグリーンはカイリを十二分に支えてくれた。

さて、兄弟がこんなに気を遣ってくれた最後の戦い。

命の華を咲かせてみるのも悪くはないだろう。

 

 

「先生」

「・・・どうした」

狼は何が聞きたいか分かっていた。

だが、その決心、覚悟を問うためにあえて聞く。

「クロメを、殺します」

「・・・・・・」

狼は何も言わなかった。

姉妹は忍び。

そして敵同士。

己も敵同士というだけで師を、親を斬ったではないか。

だが、どうしてもそれを是ということが出来なかった。

「・・・クロメは・・・」

「・・・・・・」

「まだ助かる・・・」

「え?」

「クロメに正気の糸が見えた。今日、お前が戦ったというウェイブが鍵だ」

「しかし、クロメは・・・」

「急くな・・・お前は既に己よりはるかに優れた忍び・・・しかし、その刀に握られた一握りの慈悲を、妹に使うことはない」

「・・・・・・」

「・・・姉妹は喧嘩をするか。いや、誰でもするものだな・・・」

狼は月を見上げて思いを馳せる。

義父は、小物のようだったが、しっかりとした親だった。

だから己がいるのだ。

ならば、己もしっかりせねばならぬだろう。

「向かい合え。己自身と・・・」

「私自身ですか?」

「お前は己と同じ忍び。再び己の掟を己で定めよ。怨嗟の炎の中に己を焚べるな」

アカメ。

お前は己のような飢えた狼ではない。

気高い赤い目の狼だ。

「為すべきことを為すのだ・・・」

狼とアカメはしばらくの間、向き合ったまま沈黙した。

「分かりました・・・。ありがとうございます」

「・・・勘違いをしてくれるなよ・・・」

狼は去り際に忠告を残していった。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

イゾウ。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かにアカメの糧となった。

刀に心を奪われた彼は、最期の最期まで刀の中で死んでいった。

 

 

心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶

コスミナ。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。

かつては歌姫であったものの成れの果て。

しかし、仲間は決して裏切らなかった。

 

 

ウェイブはアカメとの戦闘の後、話し合いをした。

妹を救うために妹を斬る。

そんな馬鹿な話があってたまるか。

戻ったウェイブは駆けてくるクロメを見つける。

どうやら北の異民族の残党が宮殿に入り込んでいたらしい。

異民族のやり方について考えるウェイブの服をクロメが脱がす。

「何してんだよ!」

思わず体を両腕で隠すウェイブ。

クロメは武器に毒を塗っている奴もいるから傷がないか確認したという。

「俺は鎧の帝具持ってっから大丈夫だよ」

そういえばそうだったというクロメ。

そして沈黙。

「なんか思ったよりムキムキだね」

「海の男だからな」

少し照れる。

クロメは、今でも姉を、アカメを殺そうと思っているのだろうか。

グリーンさんが水面下で内部と戦い、狼が世に解き放たれた今でも。

「な、なぁクロメ。もう決戦だけど、やっぱ今でもアカメと戦いたいか?」

クロメは一拍置いた後、笑顔で言った。

「勿論!お姉ちゃんが誰かに殺される前に私が斬りたいし、もし私が負けてもお姉ちゃんに斬られるならいいよ!」

どちらにせよ、それでずっと一緒にいられる。だから早く戦いたいと。

「・・・・・・」

「・・・ウェイブ?」

「その時はよ」

「?」

「俺も一緒に行くぜ。こいつは俺の、そう己の掟だ」

狼さん。

必ず、クロメを元に戻して見せます。

ウェイブは困惑するクロメを他所に覚悟を固めた。

 

 

ウェイブはその後、エスデスの下へ報告をした。

アカメを取り逃したことについては管轄外の場所で起きたことだから気にするなと。

「でも・・・自分が不甲斐ないです」

「・・・不甲斐ないか。ブドー亡き今、私と切り結べる奴は五本の指で足りる。フフッ。楽しみだ。その時が来るのが待ち遠しい」

「隊長!俺も・・・もっと強くなりたいです!鍛えてください!」

「・・・無理だな」

「そんなあっさり・・・」

「もとより、お前は既に完成された強さだった。そこに隻狼が手を入れてさらに強くなったが、それは異例だ。そのうえにさらに異例を重ねるのは私にはできん。それにあと数日で決戦だ」

「う」

間抜けな声を上げてしまう彼だったが、確かに数日で強くなるなど無理がある。

「それにお前は・・・いや待て・・・私は一体何を・・・」

ウェイブを目の前にして一人困惑するエスデス。

エスデスは今、自分が言わないであろう言葉を口にしようとして気が付いた。

しかし、もはやどうでもよくなったのか、続けた。

「お前は一人ではないだろう。仲間を頼れ。分かったな」

「・・・はい!」

得心したのか、ウェイブは笑顔で答えた。

「まあこの決戦が終わったら私自ら鍛えてやろう。丁度いい。皇帝から慰労で馳走が届けられたが」

エスデスは受け取った品々を披露する。

「こんなにはいらん。食べていけ」

食わねば戦にならんと。

「ほかの連中もよんでおけ。それに甘いものはクロメに取っておいてやれ。任務が終わったら腹も減るだろう」

「任務?」

「ああ。暗殺部隊の一員として招集がかかった。要人暗殺という話だ」

「!」

「断ることもできたが、クロメ自身が望んだのでな」

エスデスはため息をついた。

「隻狼の子、確かグリーンだったか。奴の子らしい律儀な奴がやってきた。断られることを前提に来たものだからなお奴を思わせる。イェーガーズに引き入れてもいいな」

「グリーンさんが?」

「ああ。隻狼が帝国に残した毒の一人だな。大臣もどう処理したらよいか困っているようで面白かったぞ」

エスデスは狼に未だおびえる様子のオネストを思い出して笑う。

しかし、そこはオネストである。

まだこの帝国に勝利の目があると信じており、切り札を隠しているようだった。

果たしてその切り札にどれほどの価値があるというのだろうか。

エスデスは戦の臭いに敏感だ。

剣聖、隻狼、ナイトレイドと強敵を多く持つ反乱軍に対して、こちらは隻狼やグリーンに感化された兵士を含む脆弱な軍隊。

イェーガーズの面々がどれ程頑張ろうにも限度があるだろう。

エスデスは何も言わず、この戦況がどのように転ぶのか思い描くのだった。

 

 

「久しぶりだね。みんな!」

クロメは懐かしい暗殺部隊の仲間達に囲まれしばらく話に花を咲かせた。

「あれ?人数・・・減った?」

クロメの言葉に暗殺部隊の面々はしばらく黙った。

「衰弱したから処分されちまった奴に、いま検査を受けている奴、まあ駄目だと思う」

クロメは腕を押さえて寂しそうな表情を浮かべる。

「でもまだ俺たちにも最後の最後があるみたいだからな」

暗殺部隊の一人がそういった。

「それってどういう?」

「俺が説明しよう。クロメっち」

そういって姿を現したのは現暗殺部隊のリーダーカイリである。

薬の影響でさらに老化が進んでいたが、事ここに至っては彼にとってどうでもよかった。

「久しぶり」

「うわ。薬の副作用モロに出てるね・・・」

「でもまだ戦える。最後の一戦な」

クロメは沈痛の思いでカイリを見る。

「今回の任務は反乱軍陣地にいる要人たちの暗殺だ。警戒のレベルは半端じゃない。それでも強引に行けとのことだ」

カイリはそこで言葉を区切った。

「まあ命令した奴は死んじまったけどな」

「え?」

「クロメっち。こいつを渡しておく」

カイリは困惑するクロメに狼から託された秘薬を渡す。

「長く、渡すのを忘れていたけど、これで遠慮なくやれるぜ」

「カイリ。これは」

「狼さんから渡された秘薬だ。多分、薬の副作用を抑えるか打ち消せるほどのものなんだろうぜ」

「そんな!受け取れないよ!」

「いや。受け取れ。これは命令だ」

クロメはハッとした。

いつか狼に言われていた言葉。

「・・・薬は何処だって・・・」

過去に狼より言われた言葉をクロメは思い出す。

「なんだ。狼さんから聞いていたのか。まあそういうこった。クロメっち」

にやっと笑ってカイリは当たりにいる暗殺部隊に向き直る。

「そしてもう一つ。これはお前らにも伝わっているかもしれないが、漏れがないように言っておく」

カイリは暗殺部隊、クロメに向けて言い放った。

「お前たちは今日より自由だ。任務で死のうが、逆らって死のうが、薬の禁断症状で死のうが、全てを己の中で完結させろ。これが、グリーンさんが残した最後の命令だ」

「待ってよ!グリーンさんが一体何をやったっていうの!?」

クロメは悲鳴のような声を上げる。

カイリはクロメに説明をした。

つまるところ、グリーンは最後の最後で彼らを見捨てられなかった。

もはや数日で決戦となったこの状況でできることがないと悟ると、暗殺部隊の解体を命じた。

いきなりこんなことを言っても混乱するだけだろうがと言われたカイリたちだったが、狼とグリーンの抵抗は思った以上に進んでいたらしかった。

残った命を自由に使えることに皆、混乱はしたものの、グリーンへは感謝をしたぐらいである。

「優しいよなぁ。俺、選抜組って気に入らなかったんだけどさ。最後まで帝国のために働いたのはグリーンさんくらいだって思ったさ。そして最後の仕事が終わったら今度は俺たちにまで気をかけてくれちまって。憎めねぇよな。狼さんも、グリーンさんも」

言葉にはしなかったがアカメも含まれている。

カイリは静かに笑った。

「せっかくグリーンさんが命張ってくれた自由。無駄にすんなよぉ?逆らって死ぬ奴はこいつに書いてあるやつを殺せ。帝国にいる塵だ。最後の大掃除って奴だな。そして任務に入ってくる奴は・・・」

カイリは鋭い視線を向ける。

「伝説の忍び、狼とその子供、アカメを相手にすることになる」

この戦いは自分たち暗殺部隊にとって最後のチャンスなのだ。

憧憬に触れる機会を得るか、最後まで帝国に尽くすか。

実質二択だ。

誰も禁断症状で死ぬなんてことは考えていない。

「東西に分かれる。あくまで任務だから成功させる方向でことを進める。だから会えなくても怒んなよ?そしてクロメっち」

「・・・何?」

「お前さんの業はリーダーである俺が引き受ける。姉妹喧嘩もそろそろ終わりにしようぜ?どっちの結果になるにしろ」

無理やり持たせた秘薬をみてカイリは笑う。

その笑みはまだ副作用がなかった頃を連想させるものだった。

 




あまり語られないグリーンですが、水面下で活躍をしていました。

狼さんにも、アカメにもできない自分なりの方法。

異分子を残した物語は本来の形から大きくズレています。

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