狼が斬る   作:hetimasp

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彼らはようやく羽を手に入れた。


40 手向け

最後に戦うのは自分のため。

そう考えると思わず笑みが浮かんでしまう。

他の面々もそうだったのだろう。

カイリに引き続く暗殺部隊のメンバーは皆、笑っている。

これから出会うのは狼か、それともアカメか、もしかしたら両方か。

地を駆け抜ける彼らに欠片も心残りはなかった。

いや、少しは兄弟、グリーンへの悔いが残っていた。

最後までやることをやりつくしたグリーンは暗殺部隊を見捨てるようなことをしなかった。

暗殺部隊の寄る辺だったともいえる。

最後に行った反逆行為が見咎められるだろう。

それでも彼はこちらの心配をしているかもしれないが。

「止まれ。誰かいる!」

カイリは満月輝く地に望んだ相手がいることを喜んだ。

アカメっち一人だけか。

カイリは笑みを浮かべながらアカメに聞く。

「アカメっち一人だけか?狼さんはもう一つの方か?」

「大勢で待ち伏せていたらお前たちは気づいてしまうからな。・・・というかお前、もしかしてカイリ・・・なのか?」

エスデスと切りあえるというアカメにしては中々間の抜けた質問だなとカイリは思った。

「正解。東奔西走しているうちに老けちまった。なあに、別にアカメっちを責めているわけではないぜ?」

「・・・揺さぶりは通じないぞ。すぐに援軍が駆けつけてくる。見つかった以上引くべきだ」

「ハハ。いや、こっちも引くに引けない事情。いや私情?まあそんなんがあってね」

両者、しばらくの睨み合い。

先に動いたのはアカメだった。

「葬る」

迷いがねぇ。でもそれでこそ狼さんの子なんだろうなぁ。

羨ましいと思いながら、グリーンが自分たちを兄弟と言っていたことから遅らせながら自分も狼の子であることに気が付いた。

つくづく救えねぇなぁ?

カイリは笑いながら薬を飲む。

普段は使用しない超強化薬だ。

その効力はすぐに効いてくる。

そして体が限界に悲鳴を上げる

「戦え」

カイリは命じた。

「標的、アカメ」

暗殺部隊が弾丸のように飛び上がる。

「葬る」

アカメは空に浮いた相手を空中で忍殺する。

「葬る!」

『秘伝・渦雲渡り』

狼より師事を受け、剣聖によって研磨された秘伝の技が暗殺部隊を文字通り四散させる。

「葬る!!」

『秘伝・アカメ流・旋風竜閃』

空中で回転を加えた鋭い斬撃が一帯を薙ぎ払う。

「葬る!!!」

『アカメ流・一文字・裏回し』

愚直でいて重い一文字を受けた相手を地面に釘付けにし、裏に回って背を切り裂く。

斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

ああ、本当に憧れちまうなぁ。

なんだあの真空波。

帝具の奥の手でもないだろう。

なんだよその斬撃。

辺りの木まで切り裂いてやがる。

なんなんだその技。

狼さんの使っていた葦名流を自分用にしたのか。

全く・・・。

「葬る!!!!」

『奥義・アカメ流・十文字』

居合で横一文字に駆け抜け、素早く返す太刀で背後を叩き切る。

「・・・見事・・・て、狼さんなら言うんだろうな・・・負けたよ・・・アカメっち」

「さようなら・・・カイリ」

絶命するカイリに片手で拝み、せめて安らかにと祈る。

 

 

心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。

カイリ。

帝国の暗殺部隊のリーダー。

最期の戦いの相手にアカメたちを据え、そしてそれが叶った。

 

 

クロメたちの部隊は待ち伏せを受けて壊滅状態となっていた。

何より待ち伏せていたのが狼ということもあり、初手で数名やられてしまってからの開戦だった。

「クロメ・・・」

クロメは狼を相手に弾きあう。

「・・・カイリから受け取ったな」

僅かなクロメの困惑を見抜いた狼は攻撃を弾きながらそれを確かめる。

「先生!」

手は抜かない。

クロメの攻撃を弾き、攻撃し、徐々に体幹を削り取る。

「クロメ・・・!」

「お姉ちゃん!」

クロメは別動隊が全滅したことを察する。

退かなければ皆死んでしまう。

「逃げるんだ!クロメ!」

仲間の一人が叫ぶ。

誰一人として逃げようとしないのに、クロメだけを逃がそうとする。

「みんな撤退して!」

クロメは八房を発動して捨て駒を壁にするが、やはり誰も逃げ出そうとしない。

「何で・・・」

「望んだからだ!」

「そうさ!だからクロメ!逃げるんだ!」

「お前はまだこっちに来ちゃだめだ!」

「・・・カイリ・・・忍びの業か・・・」

対峙する狼はクロメから距離を取った。

どうやらクロメを見逃すつもりらしい。

「どうして・・・」

「エスデス様・・・あるいはグリーンに聞け・・・」

「クロメ!」

「!」

「明日の夜、一対一で会おう。帝都の外、あの場所で待っている・・・!」

アカメの言葉にクロメはしかと頷いた。

そして困惑の中、一人で戦場を後にした。

「・・・こいつら死兵か!」

「否」

狼は突きを繰り出す兵士の攻撃を踏みつけ心臓に刀を突き刺す。

「ようやく生き返ったのだ・・・我が子らが・・・」

グリーンは良くやったらしい。

しかし、この行為の報いを受けるのは彼だろう。

狼は向かい来る子供たちを前に居合の構えを見せる。

「手向けだ・・・」

カチン。

刃は見えなかった。

しかし、それで兵の一人が両断された。

刀を鞘に納めている。

次の瞬間には吹き荒れるような斬撃が狼に近寄る兵を切り裂く。

カッと見開いた瞬間、狼は数名の兵士を居合で切り伏せた。

『秘伝・一心』

研ぎ澄まされた老境に剣聖一心が至った秘伝の技。

「さらば・・・」

切り伏せた兵士たちに向けて片手で拝む。

ようやく生まれ、すぐに死んでしまった我が子供たち。

せめて平和な来世があることを祈った。

 

 

「グリーン」

名を呼ばれ、その場に跪いたままさらに頭を垂れる。

「此度の暗殺部隊の暴走。そなたの指示によるものとされている。弁明はあるか」

陛下は弁明を促す。

彼は狼の残した帝国で最後の子供。

その意志は狼のものを受け継いでいるに違いない。

「帝国の膿を斬るべく、命じました」

「大臣よ」

「ヌフフ。ええ。暗殺部隊が彼の指示のもとで動き、そして一人を除いて全滅。中には自決したものも多いと」

オネストは笑みを浮かべている中で何ということをしてくれたというのだという心の声を押さえていた。

彼の指示で殺された人間の全ては大臣派の人間であり、此度の戦争を終わらせたとしても必要な人脈だった。

それ故に急遽呼び出し、これ以上何かされる前に処断してしまおうと考えていた。

狼の残した最後の子供を見せしめに殺せばしばらくは落ち着く。

それもしばらくの間だろうが。

「・・・グリーン。余の忍び、狼の子よ」

オネストは予想しなかった陛下の声に驚きの声を何とか飲み込んだ。

「何故、そなたは部隊に指示を出したのだ」

「陛下。申し訳ありませんが彼は・・・」

「大臣よ。今は余とグリーンが話しているのだ」

「は。失礼しました」

オネストは今、立場が危うい。

狼という存在がいかに陛下にとって大きくなっていたのか。

どうして自分はただの駒としか見ていなかったのかと失意の念でいっぱいになっていた。

「恐れ入りますが陛下。私は己の掟に従い、兄弟たちの死を無駄にしたくなかったのでございます」

「ほう。部隊の者を兄弟と呼ぶか。ではなぜ死ぬような命令を?」

「彼らは、父に憧れていたのでございます。帝国の膿を斬り、民に平穏をもたらす忍びに」

「・・・続けよ」

「は。私は兄として彼らにその機会を与えました。上層部でも依頼がありましたが、それ以上に為すべきことがあったのです」

「為すべきことを為した。そなたはこうして残った。それは何故か」

「私が・・・長男だからでしょうか。責任を取るべき人間が必要だったからです」

「まこと、狼は子に恵まれたと見える」

陛下は少しだけ悩みが晴れた表情をする。

ここ最近表情の優れなかった陛下だったが、良識派にとってはそれが良い兆候だと思った。

エスデスもその場に立ち会ったが、確かにこの男も隻狼の子供だと感じていた。

「しかし、部隊全滅の責をなかったことにすることはできぬ」

ならばとエスデスはこちらで引き取れないかと考え始めてもいた。

隻狼のいなくなった枠、存外気にしていたのだと自覚したエスデスはその代わりに十分なるだろうグリーンをみて喜んだ。

対して今すぐにでも処刑を宣言してほしいのはオネストであった。

彼からしてみれば敵に違いない存在を許す程愚かではなかった。

「「陛下」」

エスデスとオネストの声が重なった。

二人は驚き視線を交わしあう。

こと、譲るということをしないエスデスは強引にその場を仕切ろうとするがその前に陛下が口を開いた。

「そなたはこれまで帝国の膿を斬り続けてきた功績もある。故に帝国より追放処分とする」

追放処分。

戦時、しかも敵勢に加わるだろう人間を追放する。

オネストは信じ難い言葉を聞いてしまった。

それはエスデスもである。

グリーンも呆けたような表情を浮かべている。

「は・・・」

「ククク。狼もかの剣聖に酒を振舞われたときにそのような表情をしたのであろうな。よく尽くしてくれた。そなたにもまた自由を命ずる」

「陛下。流石にこの情勢の中、彼をそのまま罪を免除するというのは」

すぐに復帰したのはオネストだった。

この戦況の中で敵を増やすのはよろしくない。

なんにせよ、このままグリーンに何もせずに追放というのはダメだ。

前例を作ってしまえばつけあがる人間が出てくる。

「では、我がイェーガーズに加えるというのはいかがでしょう。死んでしまった者たちの分、働かせてみましょう」

継いだのはエスデスだ。

彼女はただ能力が欲しかったという理由だったが。

しかし、陛下の意志は堅かった。

「これは既に決定したことである。オネスト大臣。エスデス将軍。よろしいな」

今までにない陛下の言葉であった。

事ここに至ってオネストは己の失策を嘆くほかなかった。

陛下を操っていたが、その糸は狼によって少しずつ斬られていたのだ。

「しかし陛下」

食い下がったのは意外にもエスデスだった。

そのエスデスを片手で制し、陛下は言葉を紡ぐ。

「エスデス将軍。そなたと狼の主従。余が聞いていないとでも思ったか」

「隻狼が何故、今?」

「分からぬか。戦いに明け暮れた将軍が求めるものは恋だったな。しかし、それ以外にも得難いものを得ている。今になってそれを穢したくはあるまい」

陛下はエスデスと狼との間にも主従の契約があったと狼本人より聞いている。

狼との契約というものを陛下は神聖視しているのだ。

それは狼が生涯の主と認めた九朗の存在への羨望であり、嫉妬でもあった。

しかし、それを穢すことなどしたくはない。

年相応の、しかし一国の主としての意地がそう告げていたのだ。

「・・・は。陛下のおっしゃる通りに御座います」

エスデスは隻狼との戦いに余計なものを持ち込みたくないと思っていた。

狼との主従関係は陛下の方が長い。

僅かな差とはいえ、その差は大きなものだとエスデスは感じている。

つまり、狼の考えていることが、自分よりも陛下の方が知っている。

「では改めて言い渡す。グリーンを帝国追放といたす。帝都を出るまでイェーガーズによって護送せよ」

「は」

「ああ。そうだ。狼に伝えよ」

「は?」

「楽しかったとな。帝国に仕えてくれたことを感謝する。グリーンよ」

その言葉を区切りに、グリーンの裁判は終わった。

 




陛下の変化。

それは狼さんとの出会いから始まり、解き放った時に決意が生まれました。

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