グリーンを取り巻く環境は著しく変わった。
まずイェーガーズの面々から、特にクロメとランから惜しむ声が浴びせられた。
クロメは選抜組としてやっていた頃からの付き合いだったが、最近になって正気に戻りかけている。
ランとは裏で共謀して帝国の隅まで調べて暗殺部隊の最期を作ってくれた。
そんな彼らの見送りを受けて帝都の外へ出た瞬間に待ち構えていたかのような革命軍の人間によって拉致されるような勢いで連れ去られた。
そして現在、革命軍筆頭の葦名一心を前に酒を飲まされている。
「カカカッ。お主も隻狼の子か。あ奴にしては随分と大人しい子を育てたものじゃ」
「えっと。一心様?」
「その間抜けな面も親譲りじゃな!褒美の酒を儂に返したらまさにあの時の隻狼じゃ」
機嫌よく飲む一心を他所に、ナジェンダがこの状況を説明する。
「一心殿がこうなったのは今更だとして、君がこうして革命軍に連れてこられたのは、狼の子であるということとこれまで帝都内部で抵抗をしてくれた人間をそのままにしておくのは危険だと判断したからだ。まさか帝国追放処分で済むとは思っていなかったが、なんにせよ僥倖だった」
「・・・・・・」
「狼さん」
グリーンは天幕の中に入ってきた不愛想なもう一人の父に向かい合う。
「良く生きてきた・・・」
「!」
「・・・来い」
狼は未だに心の整理がついていないグリーンの手を掴み、天幕の外へ連れ出す。
「あ」
グリーンは思わず声をあげてしまった。
「グリーン・・・?」
「アカメ・・・」
グリーンは思わず涙を流していた。
やっと再会できた喜びの涙だ。
「ああ。久しぶり。アカメ」
万感の思いがその言葉に詰め込まれていた。
アカメもまた涙を流しグリーンに抱き着く。
「久しぶり。グリーン」
ひとしきり再開の喜びを分かち合った後、グリーンは狼に陛下よりの言伝を伝えた。
その言葉を聞いて狼は唸っていたが、短く礼を言って済ませた。
「アカメ。君に伝えなければならないことがある・・・クロメの事だ」
「クロメの?」
「ああ。カイリがクロメを蝕む薬を打ち消すに至らずとも緩和できるだろう秘薬を狼さんから受け取っていたんだ。そしてそれはクロメに渡された」
「カイリが?でも何で」
「クロメはイェーガーズの仲間、ウェイブっていう人なんだけど、その人に恋をしていた。自分を治すこともできる薬。でもそれをクロメのために使おうって決めていたんだ」
それにと続ける。
「カイリたちの洗脳には細工をしていたんだ。狼さんのような暗殺者になること。本来、僕は帝国民の戒厳令を出した後、暗殺部隊を解体してほんの少しだけでも彼らに自由になってほしかった。でもその結果、彼らは帝国のためにその命を散らせることになった。そして狼さん、アカメ」
真剣な視線が二人を貫く。
「憧れた二人と戦ってみたい。そういうことになってしまった」
「・・・・・・」
狼は自分の手で殺めた子供たちを想い返す。
自分は何もしてやれなかったが、グリーンが何とかしてくれたようだ。
「よくやってくれた・・・」
狼はグリーンを労う。
「こんな結果にしかできませんでしたけど。やりました」
彼らの行く末はどうあがいても死だった。
ならば憧憬の相手に斬られたことはどれほど良いことだっただろうか。
「すまない。アカメ。君にはつらい思いをさせた」
「いや。いいんだ。カイリとも戦ったけど・・・望んで戦いに来ていた」
アカメはカイリの最期を想い返す。
カイリ。
心中に息づく、類稀な強者との戦いの記憶
今はその残滓のみが残り、記憶は確かにアカメの糧となった。
帝国の闇として働いてきた彼は狼とアカメを羨んだ。
そして最期に戦い、アカメと戦い散ることが出来たことに望外の喜びを得ながら死んだ。
「私は、今日の夜、クロメと一対一で・・・向き合うことにする」
アカメは意を決したように言った。
「それなら私たちもついて行こうか」
そういったのはレオーネだった。
「俺も行きたいところだけど、軍の指揮があってなぁ」
忙しい中やってきたラバックは残念そうにいう。
「俺も協力する。二人の邪魔をする奴は排除してやる」
既に帝具に浸食されているであろうタツミも協力を申し出る。
「・・・・・・」
狼は黙ってアカメの前に立つ。
「己の掟、定めたか」
「はい。父さん」
「・・・父さんか。それはゴズキ殿だろう・・・」
「む。ならば義父上」
「・・・それも因果か」
「えっと」
「それでいい。義父として己はお前たちを見ている」
「しかし、これは私とクロメの」
「義父は子を叱りつけるのも仕事だ・・・」
「・・・ありがとうございます」
「・・・アカメ。お前にも見えてきたのだろう・・・」
狼は漂う形代を指さす。
他のメンバーは何を言っているのか分かっていない様子だったが、アカメにはそれが何か分かっていた。
「これが形代・・・」
「忍びの業だ。多くを殺し過ぎた忍びには多くの形代が憑く」
「・・・義父上。私にも」
「修羅の影は見えぬ。お前は優しすぎるのだ。心を鬼にしようとも、お前は人のままであろう」
言外に帝具『村雨』の奥の手発動の条件を知っているかのように狼は言った。
「お前はアカメだ・・・だが、己の子でもある。もう、己の子は斬りたくはない・・・」
狼は疲れたように言った。
帝都近郊、ギヨウの森。
クロメとアカメはその場で対峙していた。
クロメはウェイブを連れてくることはせず、彼を気絶させてここに来たのだ。
既に普通ではない二人の、狼で言う喧嘩。
クロメは当たりの様子を窺って不思議そうな表情をする。
「あれ?この気配は」
「すまん。後方に仲間が二人いる。だが私たちの決闘には手出ししない。邪魔するものがいたら相手をしてくれる」
クロメはそれを見届け人と言ってアカメに近寄って行く。
「否」
「!」
「見届け人は己がさせてもらう。ゴズキ殿の代わりで済まぬが・・・お前たちの義父だからな・・・」
「先生!それに義父って」
「義父上さ。こんな姉妹の喧嘩を見届けてくれる、優しい義父上」
「・・・そっか。そうだよね。」
クロメは袋からお菓子を取り出して渡す。
それをアカメは受け取って一緒に食べる。
アカメがまだ選抜組として帝国で暗殺者をしていた頃、よくここで狼と共に転がされたものだとクロメは言った。
何をするにしても一緒にやって楽しかったと。
これからも一緒にいてほしいと。
それにアカメは一緒に来てくれるならずっと一緒だと返す。
クロメは意外だと言ったが、アカメは本気の様子だ。
「駄目だよ」
クロメは自分たちがいかに帝国で使えるかを証明しなければ、死んでいった皆が報われないと。
逆にクロメがアカメを帝国へ誘うが勿論断った。
剣呑な雰囲気が辺りを包み込む。
そして二人が刀を抜いたときだった。
「お前たち・・・」
殺意をむき出しにした狼が二人に歩み寄った。
既に刀を手に握っていた。
「義父上。これはクロメとの喧嘩です」
「そうですよ。邪魔はしないでください」
そういって跳ねのけようとする姉妹に、狼は刃を向けた。
「否」
「「!?」」
「騙して悪いが・・・己とお前たちの・・・親子喧嘩なのだ・・・」
狼はスッと構えると僅かにだが笑った。
「己は死なず。死なぬが故、いくらでも斬られてやることが出来るぞ?」
「なんで義父上が・・・」
「クロメ、お前にはカイリより受け取ったものがあるはずだ」
「うん。でもそれとこれとは」
「変わらぬ・・・」
狼はバッサリと切り捨てた。
「己の掟、貫くにはかつて、己が義父上を斬ったことと同じように、お前たちもまた、己を斬り、殺し尽くして見せよ」
ただしと。
「己は死なず。ただで心が折れるとは思わぬことだ」
「狼さん!」
後ろに控えていたタツミがやってくる。
彼は姉妹の決闘に邪魔をする存在を排除するためにいるのだ。
それがまさか狼だったとは思っていなかったようで焦った様子でやってくる。
レオーネも驚いた様子でやってきた。
「ただの喧嘩だ・・・」
「それはアカメとクロメの問題だろう!」
「否。・・・家族の問題・・・か?」
疑問形で答える狼に呆れながら、それでもタツミは狼を止めようとする。
「狼さん!これはアカメたちが決めたことなんだ!」
「その末に娘一人を見殺しにしろと・・・させぬ・・・己は九朗様の忍び。もしこの状況を見ておられたのならば、こういうだろう。為すべきことを為せと」
「!」
「二人で来い・・・来ないなら・・・」
狼は宙に粉を撒く。
それが目くらましの爆竹であると知っている二人は狼から大きく距離を取った。
「参る・・・」
距離を取って攻撃を仕掛けられたのはアカメであった。
彼女の攻撃は全てが一撃必殺。
しかしそんなものがどうした言わんばかりに攻撃を仕掛けてくる狼。
地力や才能はアカメの方が上だ。
それをもってして狼は難敵である。
腹をくくったアカメは狼を殺さんと『村雨』を振るうが全て弾かれる。
このままではまずいと思ったその脇からクロメが攻撃を仕掛ける。
「お姉ちゃんを殺すのは私だからね。いくらお父さんでも容赦しないよ」
攻撃は超強化薬で俊敏かつ強力な膂力を得たクロメだったが、その膂力すらも弾き返されてしまう。
「お前たちは・・・」
狼は『旋風斬り』で二人を巻き込もうとするが辛うじて避けられる。
「頑固だ・・・」
後ろへ飛びながら爆竹を撒く。
かつて、ありえない過去の義父と戦った際に受けた技の一つ。
閃光と爆煙で視界を遮り、刺突の構えを取る。
『秘伝・大忍び落とし』
弾丸のように突進する狼は一瞬でクロメへと突貫する。
その必殺の突きをアカメが前へ出て踏みつけて反撃しようとする。
狼はそのまま体当たりするようにしてアカメを突き放すとそのまま下段へ攻撃を放つ。
アカメはその攻撃をなんとか掠らせる程度におさめていたが、実力で勝っている上、数的有利を持つ自分たちを相手に翻弄する狼の実力に舌を巻いていた。
「誰に似たのだろうな・・・」
下段を放った狼はアカメへ『瑠璃の手裏剣』を放ち、守りの上から体力を削る。
その隙に迫ってきたクロメは狼の背後へと回り、アカメと挟み撃ちにするように体勢を整えていた。
「姉妹の連携・・・」
前後両方からの攻撃。
しかし、その攻撃は狼の姿がかき消えることで空振りに終わる。
「そこまでしながらお互い譲れぬものがある・・・」
上空へ舞い上がった狼はそのまま『旋風斬り』で二人を斬りつける。
クロメはもちろん、アカメですらその変幻自在の攻撃に対応が出来ずにいた。
アカメは仕方がないと技を繰り出す。
『アカメ流・渦雲渡り』
舞うような斬撃ではない、ただ相手を殺すことに特化させたアカメ流の変則的な真空波を伴う鋭い斬撃の嵐。
その連撃を狼は全て弾いて見せたが、真空波によって傷を受けてしまう。
しかし、真空波にはアカメの即死刀の力は作用しないようであった。
攻撃はそれで終わりではない。
防御に徹する狼に専心した『一文字』をクロメが叩きつける。
大きく体幹を削るその技だが、幾度となく振るい、剣聖葦名一心より叩きつけられた経験からそれを弾き返す。
その一瞬の隙をついて、アカメが自分流にした『アカメ流・一文字・裏回し』で狼に致命の一撃を与えんとするが、初太刀を振るったところで狼の姿がかき消えてしまう。
アカメは本能で前へ転がる。
その一瞬いた場所に刃が通る。
「ままならぬな・・・」
だがと狼は続ける。
狼は二人から距離を取って夜叉戮の飴を噛みしめ構える。
「行くぞ・・・アカメ、クロメ・・・」
アカメとクロメの連携をもってして、狼を打ち破ることどころか打開策すら見いだせなかった。
不可思議な術や狼自身の受け流す技量。
さらにはクロメに対して負傷覚悟で斧を叩きつけるということすらやってのける。
だがアカメの攻撃は全て弾いている。
彼女たちの傷もそれなりにあるが、まだ戦えないことはない。
狼に至っては隙を見て傷薬瓢箪で傷を癒すためほぼ万全の状態のままだった。
このままではアカメとクロメが不利である。
優勢なはずなのに不利というのはおかしな状況だが、相手は狼。
熟達の忍びにして一国を相手に戦いを挑んだ弱者にして猛者。
矛盾だらけの人間だ。
おまけに不死という。
このままでは・・・。
アカメたちが更なる攻撃を仕掛けようとしたところで戦況が変わった。
「ウェイブ!」
「・・・・・・」
グランシャリオを纏ったウェイブが狼の前に立ちはだかった。
「狼さん。ここは俺に任せてもらえませんか?」
「・・・今、親子で喧嘩中だ。我儘な娘たちに灸を据えようとしていたところだ」
「そこを何とか・・・というか親子?」
「義理のだ・・・しかし」
狼は刀を降ろした。
その様子を見たアカメとクロメ、そして戦いに魅入っていたタツミとレオーネは驚いた。
「遅かったではないか・・・」
「すいません」
グランシャリオを解くと、クロメに向き合う。
「おい待ちな。流石に狼さんは親だから認めるとして、お前は認められない」
タツミは二人が望んだことだという。
今にもインクルシオを纏いそうなタツミを、狼は片手で制する。
「狼さん!?」
「答えを聞こう・・・」
「ありがとうございます」
背中越しに礼を言って、クロメに歩み寄っていく。
「仲間として止めに来てくれたんだろうけど。それ、嬉しくないよ」
「前の俺だったらそういったかもな。今違う」
そういってクロメを抱きしめた。
「俺はクロメを男として好きだから止める。お前は俺が守る!」
クロメは呆気に取られたようだった。
ウェイブはクロメに対して溜まっていた想いを打ち明けた。
クロメはただただ困惑するだけだったが、アカメは違った。
一体どうやって守るのか。お前は帝国の中から変えていくのではなかったのか。
「多くを語るな・・・ただ一言でいい」
狼はウェイブに促した。
そろそろこの喧嘩も終わり時だと感じたのだろう。
「ああ。クロメが一番大事な存在になったからだよ」
それ以外にない。惚れた女を守るのみ。
「何を言っているの?一緒にいてくれるのは嬉しいけど。帝国を抜ける気でしょう。それは許されないよ」
「いい。俺が許す」
「・・・いいだろう」
「狼さん!?」
「ウェイブ。よく育った。己の掟、よく定め、貫いた」
ウェイブは全てを投げうって戦いを捨てると言った。
クロメといられればそれだけでいい。
「アカメ、狼さん。どうかこの喧嘩。これで終わりにしてほしい。そしてクロメを俺にくれ!必ず幸せにする!」
「・・・己は構わない。クロメ、今、ここがお前の掟を定める時だ」
「私も、クロメに任せる。グリーンやカイリたちがお前を生かすことを選んだ。仲間たちはお前の幸せを願った。クロメ、すべてはお前の気持ち次第だ」
お前が決めろ。
「駄目なんだよ。帝国を抜けるなんて」
クロメは刀を構えなおす。
「私には許されないんだよ。この前だって仲間が大勢死んだ」
「・・・クロメ。それは子供たちが望んだことだ」
狼は自分が斬った子らを想う。
「我が子らは帝国のために思って死んだ者、そしてアカメ、そして己に憧憬を抱いてしまった者が死ぬために戦いに赴いた。お前だけだった。死なないために戦っていたのは」
「それって・・・」
「グリーンから聞けなかったか。エスデス様も多忙だろう。ならば己が話してやろう」
狼はオネストを暗殺するために様々な工作をしていたこと。
その中でも策謀に富んでいたグリーンにはだいぶ負担を加えたこと。
陛下が己を解き放ったのは、帝国が悪という訳ではなく、ただ寿命が来ただけの事。
「陛下の忍び、いや、我が生涯の主、九朗様の忍びとして己はそのように振舞えと陛下より命じられた」
「じゃあ、あの戦いはみんな死ぬつもりで戦っていたってこと?カイリが言っていた忍びの業を背負うって」
「誰一人、お前を恨んで等いない。カイリは、お前に生きてほしいからそれを渡した」
狼は『神食み』の存在を仄めかす。
「ウェイブ・・・」
「はい」
ウェイブは放心するクロメから『八房』を奪い取り、グランシャリオを纏ってその刀を折った。
「エスデス様たちは知っているのか?」
「いや、ボルスさんには伝えておいたけど、隊長とランはその時にいなかったから」
「そうか・・・では己から伝えておこう・・・」
「え?でも狼さんは」
「己は九朗様の忍び。この世に縛られることはない」
だから心配するなと。
「クロメ・・・薬は効いているか?」
「はい義父上。体の中の毒が全部なくなったような感じです」
「ならいい・・・」
不愛想な狼はその懐から『おくるみ地蔵』を取り出した。
地蔵をくるむのは、親ごころである。
くるみ包まれた中、せめて安らかに命がありますようにと願いがかけられた代物だ。
それを伝えたらウェイブは赤面していたが、狼は相変わらず不愛想だった。
「妹を救ってくれたこと、礼を言う。そしてこれからよろしく頼む」
アカメの頼みに対してウェイブは快諾した。
「幸せにな」
「うん」
額を突き合わせて言ったそのやり取りは狼にとって良い光景に見えた。
家族とは、こうして生きるべきなのだろう。
決戦まで後僅か。
狼は為すべきことを為すのみ。
騙して悪いが、これも親の役目でな。
狼さん、アカメとクロメの義父となりました。