皇帝陛下死す。
オネスト大臣捕縛。
その報は素早く伝えられ、帝国兵を降伏させた。
だが、残った鬼もいる。
エスデス。
戦いを至上の喜びとする彼女はタツミや増援でやってきたアカメ、そして一心と対峙していた。
「やるな!エスデス!」
片手に刀。反対に十文字槍を手にする一心は、この手練れを一気に相手にするエスデスを称賛する。
「お前こそ!一心!まさかまだ力を隠していたとはな!」
「フン。哀れな孫の最期の願い・・・その残滓よ」
自由自在に槍を操る一心。
タツミも残り少ない力を帝具に使用をして加勢をする。
アカメも独自の流派技でエスデスに対抗するも決め手に欠ける。
「しかし、味方はもう居なくなったか」
エスデスは笑うと氷騎兵を解除する。
氷騎兵に割いていた力がエスデスへ集まり、帝具の力が増幅される。
「氷嵐大将軍!!」
氷雪が大地に降り立った。
「冬将軍という言葉を知っているだろう。まさにそれだ。この国の大部分を氷雪で覆った・・・」
全土にいる敵を殺すためにと。
「お前の直属の部下は西の戦線で頑張っているぞ!それすらも巻き込むのか!」
ナジェンダの叫びを聞くとエスデスは微笑んだ。
「そこは範囲外だ。そいつらの家族のことも含め、少しは配慮してあるぞ・・・まぁ。少しに過ぎんが」
弱者は死んでいく。強い者のみが生きていく。
生まれついての殺戮者であるエスデスを前に、ナジェンダは歯をギリッと鳴らした。
「・・・さあ、私を殺さねば終わらぬぞ?」
「・・・お主は剣に生きるものではなかったな」
「今更だな。一心」
「再び修羅を斬る。そう思っていた・・・」
その一心とエスデスの間に一人の人間が降り立った。
「此度のその役目・・・」
背中に背負った『不死斬り』を抜いて構える。
「己が引き受けましょう・・・」
狼は眉間にしわを寄せた相変わらずの不愛想さ。
しかし、エスデスはそんな彼に笑って見せた。
仮初の主従とはいえ、その約定を果たす時が来たのだ。
「義父上」
「アカメか・・・」
狼は振り返らずに聞き返す。
「私たちも加勢に・・・」
狼はエスデスを見る。
「構わんぞ。全員で来い。全て相手してやる」
「・・・・・・」
この災害を早く止めなければと息を巻く革命軍の部隊だが、狼は首を振った。
「何?」
「この戦。いうなれば己とエスデス様のわがまま・・・他のものに分かってもらおうとも思っていない・・・」
しかし、もう一人の狼ならば?
「エスデス様。ここに我が子、赤い目の狼がもう一人おります。その者をご一緒させても?」
「赤い目の狼・・・ククッ。赤狼。お前と同じ名の忍びか」
「は」
「よいだろう。有象無象を虐殺するより楽しそうだ。かかってこい!」
狼はアカメに目配せをする。
「ナジェンダ。この戦、隻狼たちに任せい・・・」
「一心殿!?」
「そこらの人間では・・・目の前の鬼は殺せぬだろう。隻狼は鬼を、怨嗟の鬼を斬った。その子が同じことが出来ないわけがなかろう」
一心はその場に座り込んだ。
「心行くまでやれい!」
「御意」
狼とアカメは構える。
「さあ、お前たちの力を見せてもらおうか・・・来い!狼ども!」
狼は楔丸ではなく『不死斬り』を用いて戦った。
しかし、『不死斬り』を十全に使うには形代が必要であった。
ここは戦場。
心残りの多いその場で形代に困ることはない。
それ故の秘伝の技。
『秘伝・不死斬り・一文字二連』
葦名流の技と不死斬りを合わせた正に必殺の技。
エスデスはそれが受けてはならないものと知ると素早く回避に転じる。
しかし、そこに待ち受けていたのはアカメだ。
『奥義・アカメ流・浮舟渡り』
変則的かつ鋭い斬撃を放つ即死の技。
エスデスはそれらを氷で防ぐ。
「楽しいな!これほど心が躍る戦いはなかったぞ!」
「楽しく等あるか!」
アカメは斬ることで民に幸せがもたらされると信じて生きてきた。
対してエスデスは殺戮をただ楽しむために剣を振ってきた。
「そんなお前を倒さなければいけない!!」
「いいだろう!やって見せろ!」
エスデスは氷の嵐を降らせる。
狼はアカメの真上に跳んで『仕込み傘』で嵐を弾き、防ぐ。
着地と同時に『放ち斬り』でエスデスに攻撃するも、容易く避けられてしまう。
「隻狼。アカメ。不思議だな。隻狼はアカメよりも弱いのだろう?」
エスデスは実力の差を既に見切っている。
狼はアカメに及ばない。
彼女は狼の存在はそういった枠に捕らわれないということを良く知っていた。
「だというのに一番警戒しているのはお前だ。いや、意識しているのはと言った方が正しいのか」
その間にもエスデスの猛攻が狼とアカメを襲う。
アカメ氷の槍を躱し、狼は氷の礫の間を縫って走る。
狼は攻撃の途切れた一瞬を見計らい、突きの体勢を取る。
『秘伝・不死斬り・大忍び落とし』
氷でその突進を防ごうとするが伸びる剣閃がエスデスを貫く。
そして氷を踏み台に狼は跳びあがり、空中で回転斬りを放つ。
エスデスは避ける間もなくその攻撃を弾いてしまう。
彼女の体に斬撃の跡が刻まれる。
「いいぞ!隻狼!これでこそ戦いだ!」
既に辺りには兵士がいなくなっている。
狼とアカメ、そしてエスデスの攻撃の余波を受けないためである。
残っているのは一心のみ。
彼は鋭い視線で戦の行く末を見守っていた。
『秘伝・アカメ流・旋風竜閃』
辺りを薙ぎ払う斬撃は惜しくもエスデスの氷の壁を切り裂く程度に終わったが、その威力を目にしたエスデスは嬉々として笑う。
「やはり隻狼の子か!これほどの技に昇華させるとは!」
「まだだ!」
『秘伝・アカメ流・十文字』
ただ速く、それだけに一意を置いた居合の横一文字。
そして返す刀で背を斬る縦一文字。
エスデスはそれを辛うじて弾き切る。
アカメの『村雨』は掠るだけでも死に至る即死刀。
縦一文字を切りつけた後、アカメはさらに続けて追い面を打つ。
勝つことを至上とする葦名流、その流れを汲んだアカメ流の技だ。
重い斬撃を受けたエスデスは忍び寄る斬撃を受け止める。
狼の斬撃は『不死斬り』を用いた斬撃。
守りの上からでも切り裂かれてしまう。
狼とアカメ。
どちらも厄介だ。
「『摩訶鉢特摩』」
世界は凍り付く。
エスデスは奥の手を使用した。
そして狼の方へ歩み寄っていく。
「仮とはいえ主従の契り、果たせなかったな隻狼」
エスデスは攻防において実力に勝るアカメより、厄介な狼を先に仕留めることにした。
彼女は狼の心臓に刃を突き立てる。
その一つの動作にあらゆる想いがあった。
「さらばだ・・・飢えた狼よ」
「!?」
「義父上!?」
崩れ落ちる狼。
何が起きたかは分からないが、己が死ぬということは理解できた。
ここでエスデスは致命的なミスを犯した。
回生。
エスデスは確かに心臓を貫いた。
彼女自身もそれを感じ取っていた。
しかし、彼女は誰からも知らされていなかったことが一つあった。
狼は竜胤の、九朗の絆によって不死であることを。
「馬鹿な!?」
狼が立ち上がり攻撃をしてきたところでエスデスに動揺が走った。
「己は不死ゆえ。いくらでも生きられてやることが出来ましょう・・・」
一瞬の動揺をつき、さらに加えられた斬撃。
やはり厄介だ。
「まさかこのような奥の手を持っていたとは。どこまでも楽しませてくれる」
「己が忍びなれば・・・隠し事の一つもありましょう」
「律儀な奴だ・・・」
『秘伝・アカメ流・渦雲渡り』
狼と距離を離すエスデスに向けて必殺の連撃が迫る。
氷の壁で防ぐも易々と斬られていく。
その真空波は即死刀の効力はないが、エスデスを激しく切りつける。
「強いな!アカメ!」
こうも自分の防御を削り取っていく。
狼に至っては、防御など意味はないと来たものだ。
『秘伝・不死斬り・葦名十文字』
大太刀では十全に素早さを出せなかったが、それでも再現された奥義。
エスデスの守りごと切り裂くその斬撃は彼女の左腕を斬り飛ばした。
「隻狼!」
エスデスは傷口を一瞬で凍らせて止血。
次いで狼へ向けて大量の氷の槍を降らせる。
ああ、無駄なのだろうな。
そんな思いが頭のどこかにあった。
それを具現化する狼。
姿をかき消えさせて炎と共にエスデスへ突貫する。
合わせてアカメが居合の構えで迫る。
カチンと音が鳴った。
エスデスはその斬撃を辛うじて弾いた。
だがその後に吹きすさぶように放たれた斬撃の嵐は氷で防ぐほかない。
その背後。
狼が刀に念を込めて構えている。
避けられない。
『秘伝・一心』
『秘伝・不死斬り』
アカメの鋭い居合と狼の念を込められた『不死斬り』の一撃。
エスデスはアカメの攻撃を弾き、狼の攻撃を受けた。
地面にエスデスの血が落ちる。
「・・・・・・」
「ぐぅぅ」
エスデスは膝をつくが、倒れることを拒否した。
震える足に喝を入れてグンと立ち上がる。
「主従の契り・・・その約定・・・しかと受け取った・・・見事。隻狼、アカメ」
隻狼によく忘れずに果たしてくれたと。
アカメによくここまで強くなったと。
それぞれに思いを向けながらエスデスは立つ。
エスデスは致命傷を受けてなお笑いながら言った。
「介錯はいらん。自分で死ぬとする」
その瞬間、エスデスの周りに冷気が立ち込め、彼女を氷漬けにした。
彼女の氷像は徐々に崩れ落ち、消え去った。
狼はその亡骸に向けて『泣き虫』の指笛を吹いた。
悲しげでいて美しい音色が辺りを包む。
心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。
エスデス。
帝国最強の将軍。
アカメは彼女を討つために日々研鑽した。
ついに終止符を打った。
心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。
エスデス。
帝国最強の将軍。
隻腕の狼と仮初の主従を結んだ女傑。
彼女は最後に狼の攻撃を受けて死んだ。
狼さんの切り札『不死斬り』。
これを十全に扱えるのは心残りの多い戦場だと思いました。
アカメもその身に憑いた形代を武器に戦い、エスデスを圧倒できるまでに成長しましたが、それ故に憑きまとう業は原作と同じくらい大きなものでしょう。