そんな願いは戦の中で溢れているだろう。
「以上で周辺地域の報告を終わります」
疲労したチェルシーはぐったりとしながら報告を済ませた。
「ご苦労さん。疲れているようだが、新人は動き回ってなんぼだよ」
「もうそこそこ数こなしているじゃないですか」
反論するチェルシーに説教をしながら今後の動向について話し合う。
「そういえばこの辺りを嗅ぎまわっている義手の男がいるって各地で聞きましたけど」
「ああ。知っているよ。そいつには直接あったかい?」
「いえ?でも何だか熟練の暗殺者って感じらしいです」
「まあそうだね。奴とは直接会ったよ。今回の件に関係しているかは分からないけど、あんまり敵に回したくない相手だね」
「あったんですか!?」
「ああ。最初は敵かと思ったよ。だが間抜けなことを言ってきたのさ。敵でなければいいけどねぇ」
「そこまでの人が?」
「ああ。ありゃ、狼だよ。それに背中に背負っていた大太刀。あれは帝具かもしれないね。義手もからくりが仕込まれているだろうさ」
「そんな奴とやりあうかもしれないんですか?」
「可能性の話だよ。ちょっとタエコには厳しいね」
「・・・・・」
「そんな顔しなさんな。時折いるのさ。怪物みたいな奴が。それよりチェルシー。怪しい奴がいる。帝具で尾けるんだ」
げんなりとした表情になってしまうチェルシーとは打って変わって、タエコは表情を堅くしていた。
狼は未だに単独行動をしていた。
ゴズキと打ち合わせたが、どうやら先日あった老婆が怪しいとのことだった。
確かに、今まで巡った地域の中では抜きんでている実力の持ち主だろう。
ゴズキと狼、どちらかがその老婆に当たるか話し合った結果、ゴズキがそちらの方へ向かうことになった。
狼は女子班の方へ担当をチェンジする。
どうにも、老婆にはもう一人若い少女がついていたらしく、老婆が敵であった場合、その少女も敵ということになる。
随分と、子供が戦場に出てくる。
狼も戦場で拾われ、梟に育てられてきたが、それにしてもこの国は少年少女の兵士が多い気がする。
やはり、悪政による影響なのだろうかと一人、思案する狼。
狼が旅館の部屋に忍び入ったとき、女子陣営からは口から魂が出るような表情をされたが、それは気にしなかった。
だが、その中にコルネリアとアカメがいないことに気が付く。
「コルネリアとアカメは・・・」
「コル姉は分からないけど、アカメは街に食べ歩きに行ったよ」
嫌な予感がした。
「コルネリアを探せ。己はアカメを探す」
珍しく焦るような言葉でいう狼に、ポニィとツクシは目を丸くする。
「急げ・・・」
そういうと狼は素早く旅館から出て行った。
アカメがいそうな場所といえば食べ物のある場所。
出店などを探し回っているとすぐに見つかった。
だが、同時に見たことのない少女と話しているところも目撃した。
一緒にどこか行くようだったので狼もその後を追うことにした。
狼が追っていった場所は人気のない廃墟のような場所だった。
盗み聞きをするとコルネリアがこの辺にいると言っているようだった。
狼は周囲の気配を探るが人のいるような気配はない。
不気味だ。
狼は音を殺し、少女の後ろへと移動する。
ちらりと見えたが、物陰のところにコルネリアらしき人物が座っているように見えた。
いや、あれは座っているというより・・・。
危険だ。
距離はまだ遠い。
狼は勢いよく前へと詰めた。
鳴り響く金属音。
「何!?」
「・・・・・」
狼は無言でこの少女の才覚に驚く。
物音がした瞬間に狼へ攻撃を繰り出したのだ。
少女は位置が悪いと悟ったのかアカメと狼から距離を取った。
アカメはコルネリアの様子に気が付いた。
「お前がコル姉を傷つけたんだな」
アカメは少女、タエコを睨みつけた。
「そうだ。だが早く手当すればコルネリアは助かるかもな?」
「何故・・・」
「?」
「コルネリアの名を知っている・・・」
「・・・友達だった」
「そうか・・・」
狼はそれ以上何も言うことなく構えた。
「先生!?」
「アカメ。コルネリアの手当てをしろ・・・」
狼は分かりつつも言った。
おそらくコルネリアは死んでいる。
だが、狼は心の中で少しだけ、もしかしたらという感情があった。
「我こそ死神オールベルグの息吹。無常の風、汝を冥府へと導かん」
「参る・・・」
タエコはこの義手の男と戦って、ババラが言っていた狼だと確信した。
自分には荷が重いと言われたが、逃がしてくれそうにない。
「旋風!!」
幾多もの剣撃が狼を襲う。狼はそれを何とかいなし、弾き、防御する。
(それほどでもないのか?)
タエコは狼が防戦一方なことに疑問を抱いていた。
ババラの話では熟達の暗殺者の筈。
もしかしたら正面の戦いは弱いのかもしれない。
タエコはそこに勝機を見出した。
だが、そうはいかなかった。
(体が!)
狼との攻防で攻撃をいなされているうちに時に強く弾かれ、体勢を崩されそうになる。
大技を放つにも狼が間合いを詰めて撃たせようとしない。
それにコルネリアと戦ったときのダメージが残っているせいで思うように動けていない。
不意に狼が上段に構えた。
まさかと思い、守りを固めた。
固めてしまった。
『葦名流・一文字二連』
ただ愚直に縦一文字に切りつけ、そこに追い面を打つ技。
だが単純故に強力である。
(重い!)
タエコの体勢が崩れる。
狼はそれを勝機と見て飛び込んだ。
(負けられぬ!竜巻!)
狼の目の前からタエコがいなくなった。
危険を察知し、狼はその場から前へ飛ぶ。
先ほどまでいた場所に刃が通る。
「・・・・・」
速度が増している他、打ち込みの威力も増している。
下手をすればこちらの体幹が崩れかねない。
そう考えた狼は迫りくる連撃に対して奥の手を使った。
金属の擦れる音。
タエコは目を見張った。
目の前に傘があった。
傘が自分の攻撃を弾いたのだ。
狼の持つ義手忍具『仕込み傘』
防御できる攻撃をすべて防御し、開いたときに相手の攻撃を弾く忍具。
そして弾いた後に放たれる義手忍具技『放ち斬り』
油断していたとは言わない。
あらゆることに対応できるように構えていた。
だが、攻撃したのが過ちだった。
何としても逃げることを優先するべきだった。
「さらば・・・」
完全に体幹を失ったタエコの心臓へ一撃を加える。
「・・・・あぁ今度あうときは・・・」
最後まで味方同士がいいな。
その言葉は口に出されることはなかったが、狼にはその思いが伝わった。
狼は心臓から刀を抜き、片手で彼女を拝む。
心に息づく類稀な強者との戦いの記憶。
タエコ。
コルネリアの友であり、オールベルグの暗殺者であった。
「アカメ・・・」
「先生・・・コル姉が・・・」
「・・・・・」
「コル姉・・・」
息を引き取ったコルネリアを前にアカメは膝をつき、涙を浮かべていた。
狼もどこか、戦いの傷ではないどこかが痛むのを感じた。
コルネリアは死んだのだ。
ゴズキもオールベルグの刺客を倒したらしかったが、その表情はよろしくない。
コルネリアの墓にはたくさんの花が供えられていた。
そしてほかのメンバーもおり、皆沈痛な面持ちであった。
「ガイ。もう移動するぞ」
ゴズキは留まることは危険だとガイを諭すが、ガイはまだ足りないという。
殺したのは暗殺結社のオールベルグ。
ゴズキのまさかが的中してしまったのだ。
ガイは怒りを吐き出し、ナハシュは冷静に説明する。
「コルネリアは・・・」
狼はそっと言葉にした。
「友に討たれた。だが、それが戦だ・・・」
迷えば、敗れる。
一心の言葉が狼の脳内で繰り返された。
狼は懐からおくるみ地蔵を取り出し、花と一緒に供えた。
地蔵がくるむのは親心である。
くるみ包まれたなか、せめて安らかな命がありますように。
そう願われた代物だ。
「さらば・・・」
狼の一言を終わりに、それぞれが解散した。
「・・・お前さん」
「・・・・・」
「コルネリアの奴、使えねぇガキだったな」
「・・・・・」
「そう、割り切れねぇんだ」
「・・・・・」
「いい子過ぎたんだ。あいつは、辛いぜ。子を失うってのは」
「ゴズキ殿・・・」
「どうした。お前さんもやっぱり辛いか」
「ああ・・・。教え子を失うのは・・・初めてだ・・・」
「だがそうもいっていられねぇ。革命軍の奴らはオールベルグを雇っている。これ以上やられないためにも気張らないとな」
「ああ・・・」
狼は虚空を眺めながらコルネリアとタエコという少女に思いをはせる。
もし、敵ではなく味方として戦うことが出来たのなら。
どれだけ良いことだっただろうか。
心に息づく、類稀な強者との戦いの記憶
タエコ。
今はその残滓のみが残り、記憶は確かに狼の糧となった。
タエコは幼いころからオールベルグで修業を積み、若い者同士ならタエコより強いものはいないとさえ言われるほどの才覚の持ち主だった。
コルネリアとは敵と分かる前に友となり、任務のために彼女を討った。
死の直前、コルネリアと次に逢うときは仲間同士であったらと願って死んだ。
友に殺されたと取るべきか、友が殺してくれたと取るべきか。
それを考える二人は既にいなくなりました。
しかし、それが戦なのでしょう。