狼が斬る   作:hetimasp

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因果は絡まる。


06 革命軍の

 

コルネリアの死から数週間たった今、狼は帝都へと呼び戻されていた。

内容は大臣に抵抗する派閥の暗殺であった。

狼はそれを粛々とこなしているように見せて、実のところ何名か隠している。

全員生かしては怪しまれるので数人殺して数人生かすという怪しまれない方法を取っていた。

だが、そろそろ隠すにも限界が来ている。

革命軍を討伐して内憂を取り除いたとしても、帝国に力がなければ滅亡すること間違いなしである。

となれば良識ある人物に舵を取ってもらいたいのだが、忍び一人が出来ることには限界があった。

そこで考えたのがこの隠している人物を受け入れられる勢力を見つけることだった。

だが、皮肉なことにその勢力とは革命軍に他ならない。

他の領主の場所へかくまってもらうにしては信用が少々ないのだ。

「それで?この私のところへ来たということか」

狼は跪き隻眼隻腕の女性を前にしていた。

苦肉の策だった。

陛下のために良識ある人物を残し、尚且つ帝国の膿を出すには革命軍の力が必要なのだ。

そのために白羽の矢を立てたのがナジェンダ元将軍だ。

彼女はその用兵術から若くして成り上がった将軍で、かつ人望もあった。

「お前。名前は?」

「明かせませぬ・・・」

「名前を明かせぬ人物を信用しろというのか?それはハンサムじゃないな」

ナジェンダの側にいる大柄の男はブラート。

かつて異民族との戦いで百人斬りをしたという猛者である。

「・・・噂によると、帝都では不審な死が横行しているらしいな。善悪問わず」

ナジェンダが鋭い目つきで睨む。

「お前の仕業か・・・暗殺者」

「はい・・・」

素直に認めた狼に、ナジェンダとブラートは呆気にとられる。

この暗殺者、狼は革命軍の厳しい警備の中をすり抜けて入ってきた恐ろしい人物である。

その人物の任務はナジェンダ等の重要な幹部の暗殺を任務に来ていると先に白状している。

にもかかわらず、二人が全くの無傷なのはこの男が姿を現して跪いて動かないからである。

「・・・何が目的だ」

問い詰めるナジェンダと警戒するブラート。

狼は今賭けをしている最中であった。

信頼を得られれば勝ち、主を守るための一歩が踏み出せる。

負ければ死に、何もかもを失う。

大博打だ。

「陛下を守るため。オネスト大臣を暗殺するため・・・」

「オネストを暗殺するのはまあ分かった。だが陛下を守るというのは?」

狼は説明した。

いずこかもわからない土地で臣下に加えてくださったこと。

九朗を見つけるまでの間だけ陛下の忍びであること。

それ故に自分の掟を守るべく、陛下を守っているのだということだ。

「掟か・・・」

「はい・・・掟は絶対。陛下をお守りせねば」

「自分が決めた掟にそこまで入れ込めるのか。大したものだ」

狼はそのような大した人物ではないと思いながらも、口にはしなかった。

「我が主がそうであったように、己も為すべきことを為すだけ・・・」

耐え忍ぶ九朗は偉大であった。

狼がその独り言を偶然聞かなければ、薬師のエマと狼が話さなければ、その身を捧げ不死断ちをしたに違いない。

己の命を引き換えに・・・。

「・・・分かった。お前はそこまで器用な人間ではないのだろう。その話、引き受けた」

「感謝する・・・」

狼は跪いたまま、深く頭をたれる。

「そこまでされるほどのものではないさ。それに」

「おうナジェンダ!ブラート!入るぞ!」

話をしている最中に元気のよい声が響き渡る。

どこか枯れた、しかし鋭い覇気を収めたかのような老人が現れる。

狼はその人物を知っていた。

「一心様・・・」

「隻狼・・・お主か・・・」

 

 

葦名一心。

国盗り戦の葦名衆を纏め上げ、葦名を解放した剣聖。

余りの強さゆえにその身が倒れるまで内府が手を出せなかったほどの傑物。

そして最後に狼と死闘を繰り広げ、最後まで強さを求め続けた貪欲な猛者。

「カカカ。そうか、お主もまたこちらへ来ていたか!」

大好きなどぶろくを飲みながら一心は笑った。

ナジェンダとブラートは初めこそ驚いたものの、一心のペースに飲まれて共に飲む流れとなった。

「ぷはぁ。やはりこれよな。思い出すのぉ。お主が、儂のくれてやった酒を、儂に振舞ったときは・・・」

グイっと飲み、もう一度笑う。

「なんの因果か知らぬが、また会えて嬉しいぞ。隻狼よ!」

「は」

狼は跪きながら答えた。

「くくっ。不愛想な面構えも変わらぬものよな」

「まさか一心殿と忍び殿が知り合いだったとは」

「おうよ。互いに死合ったなかよ」

「死合ったって」

「儂が負けたがの。だがもう一度その機会が訪れようとは・・・世の中分からぬものだ」

「・・・・・」

狼は何もせずにただ跪いていただけであった。

一心はただその姿を見てまた喜ぶのであった。

「隻狼よ。お主・・・この世が黄泉の国でないことは知っておるな?」

「は」

不意に一心は切り出した。

「葦名同様。この世も乱れ、戦が起きようとしておる。お主のその様子を見るに、既に始めておるな?」

「はい・・・」

「やはりな。噂に聞いておった。隻腕の暗殺者がいるとな。もしやと思ったが隻狼であったとはな」

「・・・・・」

「もはや儂が言うべき言葉はない。思うがままに生きるとよい。儂もそろそろ戦を始めようと思うておったところじゃ」

「国盗り・・・」

「カカカッ。そうよな。今度はまごうことなき国盗りよ」

「一心殿」

「ナジェンダ。つまらぬ言葉遊びよ。許せ」

「一心の爺さん。これでも俺たちは民の味方を謳っているんだぜ?」

「為政者が変わるだけよ。儂にしてみればな。なあ隻狼よ」

「・・・・・」

「ようし隻狼。久方ぶりじゃ!鼠を斬ってこい!」

「承知しました・・・」

受け入れた狼に、二人は驚きを表情に浮かべた。

「いいのかよ。お前。一応帝国の人間なんだろう?」

「なあに。こやつが斬るのは鼠よ。らしくもなく、謀りごとをしているようだったがの」

おかしくてたまらないといった様子で一心は言った。

「ナジェンダ!適当に見繕ってやれい。隻狼なら、迷わずに斬るじゃろうて」

「はぁ。分かりました。では狼と呼ぼうか。狼よ。この人相のものを葬ってほしい」

そう言ってナジェンダの机の上にあったいくつかの書類の内一枚を差し出す。

それを見て一心はつまらなそうにする。

「そんなもの。隻狼にやらせるまでもなかろう。あの気に入らん奴らを斬らせろ」

「一心殿。彼らはまだ味方です」

「ハッ!鼠に変わりはなかろう」

グイっと飲みながら吐き捨てる。

「鼠とは一体・・・」

「オールベルグとかいう、どっちつかずの者たちよ。儂には分かっておるぞ。そやつらとお主。因縁があるな?」

「明かせませぬ・・・」

「あいも変わらずよの。帝国が何やら鼠を放っておると聞いたが、お主と関りがあると、一概に鼠とは言っておられんかもな」

「例の暗殺部隊の・・・」

「そうよ。いま見失っているそやつらの手掛かりが、そこにおる」

一心は確信を持って言っているようであった。

狼はその問いに対しても黙ったままだ。

「だが、こやつは口を割らん。そういう奴よ」

クツクツと笑いながら一心は言う。

「時に隻狼。我が孫、弦一郎には会ったか?」

「いえ・・・」

狼の答えに、一心は僅かな悔いを見せた。

「そうか・・・奴もまた、この国へ迷い込んでいると思い、探しておったが・・・手掛かりはないか」

「・・・・・・」

「フハハ。哀れな孫の最後の願い。聞き届けらなかった。その詫びをしたくてな」

「・・・これを・・・」

狼は懐から酒瓶を取り出した。

「ほう!竜泉か!でかしたぞ隻狼!」

それは狼が大事にとっておいた酒の一つだった。

一心に飲んでもらうのが一番だろうと思い、それを差し出したのだ。

「プハァ。ナジェンダ。ブラート。この戦。儂と隻狼はただのわき役に過ぎん」

「一心の爺さんほどの人間がわき役なら、みんなわき役だぜ」

「それに一心殿には革命を終えた後にやっていただきたい仕事が」

「それよ。ナジェンダ」

「はい?」

「儂は国を、持とうなどとは思っていない」

「!」

「葦名は元々我らの土地だったから奪い返しただけ。じゃが、今回はあずかり知らぬ土地。儂は、儂の思うようにやるとする。隻狼よ。お主もそうであろう?」

「は」

「儂が思うに・・・既にこの国で主を見つけておるな?」

「その通りにございます・・・」

「ならばまた、儂とお前が戦う日が来るやもしれぬなぁ」

剣気を滲ませて狼を睨みつけるが、すぐに発散させた。

「嘘じゃな。お主と儂とでは既に決着がついてしまった。あれほど心躍る戦いはもはや出来ぬ」

少々寂しそうにいう一心はナジェンダが狼に渡した紙を取り、息を吐く。

「景気づけじゃ。こやつは儂が斬ろう。お主は例の鼠を斬ってこい」

「御意」

「いいのか!?確かに不穏分子ではあるが、味方だろう」

「それを鼠というのだ。切ったら褒美をやろう」

そう言って一心は部屋を出て行くのであった。

残された三人の内二人は顔を見合わせて、そして未だ跪く狼に視線を向ける。

「あんたは一応味方なのか?」

「分からぬ・・・」

狼の返答を聞いて二人はまたため息をつくのであった。

 




革命といったら国盗り。
国盗りと言ったら葦名一心。

剣聖、葦名一心の登場。

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