さて一方、ウサギ達から遠く離れた宙域に水鏡での会話にも出てきた海賊、リョーコ・バルタの船があった。
「僚艦ならびに他海賊達すべて拿捕されたようです。」
「…そう」
副官の報告を聴きながら、ウェーブのかかった黒髪をたなびかせて艦長席に座るリョーコ。
彼女の脳裏には先程の異様極まりなく恐怖心すら抱く光景が浮かんでいた。
先ほどまで、自分を含めてこの間のクルーたちは狂ったように口々に奇声を上げて、ウサギ達の乗るGP輸送艦一隻を飢えた肉食獣のように猛烈な興奮をもって追っていたのである。
なりたての新人や戦闘員ならともかく、ベテラン揃いの、ましては指示系統を司るブリッジ要員がそのような状態になるというのはありえなさすぎることであった。
なぜならもしそのようになれば、艦にとって、いや、リョウコを含むクルーたち全員の命が非常に危険な状況に置かれてしまうからだった。
よってそうならないように、ブリッジ要員は厳しく教育を受けるものなのだが、それが先ほどまで機能していなかったのだ。
「あのままだったら…私達は他の海賊同様に、鬼姫の餌食になっていたのは間違いないでしょうね」
リョウコは身震いして答えた。
この危機をリョウコは自分のたった一言の言葉により、冷静さを取り戻し、危機を脱したのだ。
『私の獲物、誰にもわたすものか! たとえ千に届こうという艦がいようとも』
その言葉にリョウコは違和感を感じることができた。
「ちょっと、千にとどくって!」
というわけである。
そしてリョウコは自身を支配していた過剰な興奮状態からだっし、反射的に緊急ジャンプを行うことにより、瀬戸ならびに瀬戸ひきいる聖衛艦隊から逃れることができたのだ。
「本当に危ないところよ。助かったのは私達だけみたいね」
リョウコの端正な顔が翳った。
「艦長、申し訳ない」
感情をあまり出さない副官が申し訳なさそうにうなだれている。
彼は大柄であり、冷静沈着をうりにするリョウコならびに、クルーたちから絶大な信頼を受けている男だった。
「副官だけのせいじゃありませんって。おれたちだって!」
「大丈夫よ、私も、だもの。でもたとえ一隻でも助けることができればよかった…」
「艦長…お気持ちはわかりますが…あの状態では無理というもの。こっちが正気を取り戻して離脱信号を出しても、皆取りとかれたかのようにGP輸送艦を追っていきやがった」
「そうね…」
「もしや、新型の囮艦でしょうか?」
「だとしたら、嫌になっちゃうわ。」
先ほどの感覚を思い出したのかリョウコは自身の体を抱きしめ震えた。
そして、リョウコはGP艦の映像を手元に呼び出してつぶやいた。
「樹雷が関係しているのか、はたまたアカデミーか調べる必要がありそうね」
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ウサギたちが乗るGP輸送艦の後部コンテナの接舷口では、水鏡の連絡艇を迎えるため艦長、美兎跳、ウサギ、西南が佇んでいた。
落ち着きを見せない艦長はキョロキョロと視線がさだまらず、もだえている。
「ああぁぁぁぁぁぁ、こんなオンボロGP艦に瀬戸様がおこしになるなるなんて、気分を害されないだろうか? しかもしかも、本当なら階級差からいってこちらから先方に出向くべきなのにどうしてなの~」
艦長は若干幼児退行している。
「艦長、大丈夫ですよ。僕ら悪いことしてないですし、あっちが来るっていうんですから堂々としましょう」
「そうそう、きっと気を遣って来てくれるのよきっと」
ウサギと美兎跳はあっけからんと艦長にいった。
「美兎跳様が堂々とするのはいいでしょうけど、ウサギ君は何も知らないから言えるんですよ! あの瀬戸様なんですよ!」
「いや、あのって言われても…」
「ウサギさんどんな人なんでしょうね? 艦長が言うように怖い人なんでしょうか?」
「どうだろうねぇ? 西南君」
なんてやりとりをしているうちに船外をモニターしていた艦内の放送に艦長がはっとした。
「間もなく、水鏡の連絡艇到着します。」
艦長は極度に緊張し始め、体をガチガチに硬直させた。
「だ、大丈夫ですよ~。きっと大丈夫なんだ~」
艦長は若干壊れ気味に口を開いた。
そして…。
低く重い重量のある金属音が艦内に微かに響き接舷が完了した。
「艦長、乗船許可を求めていますが?」
「ちょ、ちょーっとまってください!」
艦長はそう言うと懐から常備薬だろうか? を取り出して一気に飲み干した。
きっと精神安定剤のようなものだろう。
艦長はひとつ咳払いして乗船許可を出した。
そして、目の前のハッチがまるでスローモーションのように緊張のためか開くのを見届けた艦長。
だが、艦長が毎朝仕事をする前に見る、ニュースやなんかで時々でてくる瀬戸は目の前に存在しなかった。
「へ?」
気の抜けたような変な声を漏らし、燃え尽きたかのような印象を見せる艦長をみて、乗り込んできた女性は微笑んだ。
「あ、水穂ちゃんだー」
美兎跳は嬉しそうにいった。
「まあ、美兎跳様こちらにいらしたんですか! もしかしていつものですか?」
「アハハハ実はそうなの~」
そんなほのぼのとした会話にウサギも西南もこころを落ちつかせた。
なんだかんだ言っても、艦長の戸惑いと恐怖の暴走に影響されていたのだ。
そして、冷静さを取り戻した艦長は「はあァァァァァァァ、よかったー」 といって、全身脱力させて一気に緊張を解き、その場に座り込んだ。
「はじめまして、神木家情報部副官、柾木水穂でございます」
水穂は自己紹介をしつつも、いまだ脱力して気を抜きまくっている艦長をみて哀れにおもったがいつものことだと微笑んで、相手を安心させるように笑みを浮かべ、あくまでも態度を崩さなかった。
瀬戸は自分の噂を熟知しているために『自分が行く』 とさんざん相手を恐れさせてから水穂を送り込むのだ。
安心した相手は自分の艦内であることも手伝って、安心しべらべらと話さなくてもいいようなことを話してくれるのだ。
意外とその情報が重要だったりするものだからこの方法は取られ続けられていた。
「さて、それで今回海賊たちを集めたのは美兎跳様ですか?」
美兎跳は偶然の天才、美星の母である。
蛙の子は蛙のことわざにもあるように、美兎跳も偶然の天才である。
であるならば、このような自体をにいたったのは美兎跳がこのGP艦にいるからではないかと水穂は考えた。
そんな水穂の考えを理解したのか美兎跳はフルフルと首を横に振って否定した。
「違うの。あれはね、ウサギちゃんと西南ちゃんがあつめたのよ♪ 」
「ウサギ…さん? 西南…さん? ですか? 」
「そうなの~」
「この方たちが海賊を…ですか」
水穂は誰も気づかないが戸惑っていた。
まさかと思ったのである。
そんな水穂の心中など知らない事の発端の二人組は、のんきに水穂に自己紹介した。
艦長はというと、のほほんとした美兎跳、ウサギと西南にまかしていると進む話も進まないと思い、気を使いながら、水穂に今まで起こった事の顛末を丁寧にペラペラと話し始めた。
先ほど瀬戸を恐れてガチガチになっていた人とは思えない艦長らしい艦長の仕事ぶりであった。
そんな艦長の話を水穂からの遠隔による報告を聞いている者がいた。
水鏡の主、神木・瀬戸・樹雷である。
「なるほどねぇ」
瀬戸は興味深そうに報告を聞いた。
それに呻く者二人。
水穂と瀬戸の隣で同じように水穂の報告を聞いていた兼光である。
瀬戸から発せられる嫌な予感しかしない雰囲気は、新しい瀬戸への生贄が出現した合図だった。
それは、瀬戸側近の二人の仕事が増えることを意味していた。
「ウサギ君の方はしりませんが、まさかあの山田西南君が宇宙に出ているなんて…」
「あら、しりあい?」
「いえ瀬戸様、直接の面識はもちろんありません。ですがお父様から色々と、天地君のお友達で、たしか細々としたことで運が悪い子だとか…」
「へぇ、遙照 殿からねぇ…。」
そう言ったかと思うと、瀬戸は不思議そうな顔になり、引っ掛かりというか違和感のようなものを感じた普段の瀬戸ならあまり見せない表情をしたのである。
「どうなさったのです?」
瀬戸の違和感を感じ取り兼光は声をかけた。
「なんでもないわ。こまごまっていうけど、あれだけの海賊達を引き込むんじゃ相当よねぇ。あと、もう一人の子も話からするに似たようなかんじだろうしね。でもこの二人、見方を変えれば運がいいんじゃないかしら? 純粋な地球人が宇宙に上がる確率なんて無いにひとしいのだから。ねえ、そうは思わない?」
瀬戸は笑顔で兼光とスクリーに映し出される水穂を見やった。
二人は瀬戸に返答しない代わりに心のなかで思った。
瀬戸様に会わなければという注意書きが必要であると。
そんな二人の微妙そうな顔に瀬戸は気づき、さらに微笑んで問いかけた。
「なによぉ。ふまんそうね?」
「あーいえ、なんでもありませんよ。今日は色々と驚かされますなー。ハハ、まさか美兎跳様まであの船に乗っていたとは」
あわてて話題をそらし取り繕った兼光。
「そ、そうですわね。たしかGP本部で清掃係をされていたんですよね瀬戸様?」
「ふふ、まあ美兎跳様だからね」
瀬戸は二人の反応に苦笑で答えた。
必死に話題をそらそうとする二人が可愛いと思う瀬戸であった。
そんな二人を瀬戸は見て思う。
そろそろ水穂が『GP輸送艦艦長から発進要請がでている』 なっていってくるでしょうね、と。
そして、それはあたっていた。
「瀬戸様GP輸送艦から発進要請がでていますが」
水穂はこのまま瀬戸のおもちゃにされず、GPアカデミーにいってくれと思いながらいった。
だが、その思いは叶わなかった。
「発進要請? そうね…水穂あなたはGP輸送艦の修理の指揮を取りなさい」
「は! え? でも…」
「私達にとったら海賊掃討作戦の最大の功労者の船よ。それをボロボロのまま宇宙にほっぽり出せますか! そんなことしたら樹雷の恥よ」
そう瀬戸に言われれば水穂はそれ以上反論できなかった。
たしかにそのとおりなのだから。
瀬戸の被害から逃れさせてあげたいという気持ちが先行しすぎた水穂であった。
「それと水穂、GP艦修理中の間その輸送艦で送迎されているお客様と美兎跳様はこの神木・瀬戸・樹雷が責任をもって預かること伝えてちょうだい」
「了解です瀬戸様」
水穂は瀬戸に頭を下げつつ心のなかでウサギと西南に謝罪した。
『ごめんね。瀬戸様を止められなかったよ』
というかんじである。
そんな水穂に瀬戸は次々と指示を飛ばした。
「お客様の接待役はそうね。珀蓮、玉蓮、翠簾、火煉この四人にしましょ」
裏がありそうな瀬戸の人選に水穂と兼光は訝しげにスクリーン越しではあるが互いの顔を見合わせた。
そして十数分後、部下にGP輸送艦の修理の指示をした水穂は美兎跳と西南、そして艦長とともに接待役の4人の到着を待っていた。
そんな水穂に直通通信ラインをつかって声をかけてくる者がいた。
兼光である。
このライン、瀬戸ですらその内容を知ることができない特別なものだ。
「水穂、今回のことどう思う」
「申し訳ないってところかな?」
「おまえ、うちのやつに似てきたんじゃないか?」
兼光が言う、うちのやつとは産休を現在とっている自身の妻である。
そんな彼女の役職は前第7聖衛艦隊の司令官だったりする。
「ふふ、その最終形態が瀬戸様ってわけね」
「今回選ばれた接待役の彼女たちの当て馬にしては、大掛かりじゃないか?」
水穂の冗談をため息でかえし、兼光はつづけていった。
「これはきっと、いつもの瀬戸様の宿題ね」
瀬戸はその指示の中に、時折多くの含みや意味をもたせている。
そのため、自分たちで気づきなさいと言われているのだと水穂はいった。
「まったく、嫌なババアだ」
「クスッ、そうね。でも瀬戸様はまず無駄なことはしないから珀蓮たちを西南君たちの接待をさせる理由が何かあるはずよ」
「まあ、嬢ちゃんたちと、地球組の二人の双方にだろうな」
「間違いないでしょうね」
「たしかあの四人の嬢ちゃん達は瀬戸様がどっかから見つけてきたんだっけか?」
「ええ。あ、彼女たちが到着するわ。またあとでね、兼光おじ様」
水穂は通信を切ると、水鏡から到着した四人を連れて西南達の待つ応接室に向かった。