Muv-Luv Alternative 紫の白銀 作:Shikanabe
[月詠外伝] 我は何者か
私が『彼』と出会ったのは、幼少の頃だった。
六歳だっただろうか。主家筋たる煌武院家に御息女が生まれた、と言うことで煌武院本邸に参上した時だ。その時は一言声を交わした程度だったが、父上ー私の師でもあるーがその実力を認めたことから、私は複雑な感情を抱いていた。
一つは嫉妬。
尊敬する、また己の剣の師でもある父に認められたということ。それだけで当時幼少だった私が、可愛らしい嫉妬とほんの僅かな敵対心を持つのには十分だった。
一つは尊敬。
これも言うに及ばず、己が師に認められたこと、その一点に尽きる。
とはいえ、その時はまだ『彼』に大した感情は抱いていなかったのだな、と今になって思う。
1982年
私が『彼』と出会った年は、別の意味で私にとって非常に意味のある年になった。
帝都ー京都。
ある日私は真耶とともに父上に連れられ、斯衛軍の施設を訪れていた。
当時より真耶はライバルであって、毎日の様に鍛錬にあきくれた日々。父上の前でいつも通り二人で竹刀を打ちあう。お互いに、絶対負けたくないという強い思いがある。それ故に常に本気で取り組んできた。ーもちろん、今もだ。
そんな稽古が少し早く終わって、汗を流し準備をせよ。そう言う父上の言葉に従い、斯衛軍施設を訪れた。
父上と、真耶ととも車に乗る。
京都市の中心地域を離れ、郊外へ。古来より続くこの国の都たる京都。現在は日本帝国として西洋風の国造りをして早一世紀ほど。この帝都はより現代的に、かつ悠久の時間をその身に体現する大都市となっていた。市内中心部には歴史的建造物もあれば、鉄筋か鉄骨か、建築に関する知識がないからわからないが、兎に角西洋風な建築物が並び立っている。風情も何もあったものではないが、それもまたこの国の発展故と考えれば、如何ともしがたい背反した二つの思いに苛まれる。
そんな市内を抜け、大きな土地が見えてくる。言うまでもない。斯衛軍の施設である。その時、後部座席から対角車線を通った軍用車両が目に留まる。その車両の背には巨大な人型の機械が乗っていた。
話には聞いていた。写真や、映像で見たこともある。それでも一瞬目に入っただけに機体は私の目に焼きついた。
ー戦術歩行戦闘機ー
その機体の重厚感と存在感は、一目見ただけでも写真や映像とは違って、私の心を打った。
斯衛軍の施設ー基地ーの門を抜ける。そこには広大なスペースが広がっていた。その広場の様な巨大な空間には数多の人が詰めかけている。
一瞥。目に留まるのは十数メートルはあるであろう、布に隠された巨大な何か。そしてその前にある壇。
しばらくすると、壇上に一人の男が上り、話し始めた。
「皆さん。ようこそお越しくださいました。私としてもこの様な歴史的瞬間に立ち会えたこと、誠に嬉しく思います」
軍服ではない。スーツに身を包んだ男が話始める。私にはその男が何者かはわからなかったし、今から何が起こるのかもわからなかった。しかし壇上の男の話ぶり、そして何より、会場全体を包む異様な熱気。期待感。そして緊張感。それは私の肌をヒリヒリと刺激して、「何かすごいことが起こるのだろう」。幼少の私はそんな高揚感に満ち溢れていた。
「……今日と言う日は、斯衛軍にとって一つの時代の節目になりましょう……」
男の話は続く。その途中に父上が私たちに話しかけた。
「よく見ておきなさい……これを機に斯衛は大きく変わる。ーーあれがお前たちが次の世代が担っていくものだ」
話の内容はほとんど覚えていないけれど、この父上の言葉、そしてこの後の言葉だけは決して忘れないだろう。
「……ではご覧ください。これが82式戦術歩行戦闘機 F-4J改『瑞鶴』であります」
刹那、その言葉を壇上の男が述べたと同時に、巨大な何かを覆っていた布が取り払われる。そこに現れたのは巨大な二足歩行機械。戦術機。つい先ほど己が見惚れたその重厚感が、その存在感が、遠いとはいえ自らの目の前に直立していた。
会場に声が溢れる。その多くは感嘆の声だ。その会場に詰めかけた斯衛軍関係者の多くが、自分と同じものを感じていたのではないかと思う。会場の熱気は伝播する。会場が先か、それとも私が先か。高揚感が私の心を駆け抜ける。
少し遅れて、会場には拍手が沸き起こる。それは斯衛が異星起源種どもに対抗する手段を得た瞬間の、関係者の喜びを表している様だった。
それからのことはあまり記憶にない。正直、興奮しすぎていたのだと思う。私も、多分真耶も、その時の感情を決して忘れまい。それだけ私はあの瞬間の印象が強く脳に焼きついている。
その日、その瞬間の高揚感は、私に斯衛というものの存在を強く刻み込み、私にとって決して忘れられぬ日になった。
あの日、私が斯衛たる意志を確固たるものにした日から数年の時が過ぎた。
月詠家本邸。
パァンと、竹刀の音が道場に響いた。
そこにいるのは私と真耶と父上、といういつもの顔ぶれではなかった。まだ幼げな、それでいてその瞳に確固たる意思を持った少年。その太刀筋は鋭く、対峙する真耶の竹刀を払い退け、面に一発入れる。
「そこまで」
父上の声がかかった。動きを止める二人。正確には真耶の方は息が切れて、膝に手をのせて荒く呼吸をしている。それに対し少年はあまり疲れている様な様子を見せなかった。
「前に来たよりも成長したな。武よ」
父上が少年ー白銀武ーに話しかける。
「ありがとうございます。紅蓮閣下は勿論、月詠さんにこうして定期的に稽古をつけて頂いているおかげです。それに、まだまだ私は勿論、多くの斯衛の方々には敵いませんから」
「謙遜することはない。その歳でそれでけできれば大したものだ。そう遠くない将来、そなたが斯衛を背負って立つと思えばこそ、皆帝国斯衛軍の未来は安泰だと口するというものだ」
「過分な評価痛み入ります。自分のできる限り、努力して参りたいと思います」
そんな会話をかわす父上と白銀武。それを見る私の中に生まれる焦燥。それはやはり、父上にこのものは認められているのだということに対して、思うところがあるからだ。そして何より、己の実力のなさに対する怒り。同学年の少年の剣筋を見るたびに思う焦り。
私と真耶はライバルだ。それは幼少期から今まで続く関係だ。勉学、スポーツ、そして何より武道。あらゆる分野で競い争ってきた。そしてそのほとんどの分野で互角だ。何をしても勝敗はつかず、ついたとしても負けず嫌いな私たち。どちらかが一勝すればまたどちらかが一勝し、そうして永遠と競いあいを繰り返したのだ。そう、私と真耶の武道ー剣術ーの実力はほぼ互角。真耶をあっさりと下す白銀武に、私自身が勝てると思うほど思い上がってはいなかった。それでも真耶の敗北は自身の敗北の様に感じられる。
悔しい。
本当に悔しい。
そして情けない。
私はこの男を、必ず超える。
ある日。日課の鍛錬が終わって白銀武が話しかけてきた。
普段は月詠家ではなく紅蓮閣下の下で訓練をしているこの男。月詠家を訪れて訓練するのはもはや珍しくはなくなっていた。それでも毎日どころか月に数回の訪問頻度であったし、会話の多くは父上ともものだったこともあり、私と話すことは数える程度だったと思う。勿論挨拶や稽古の時に「大丈夫か」などと愚弄……ではなく気遣いの声をかけてくれることはあった。しかしよく考えてみると、まともな会話はほとんどして来なかったのだ。
会話の内容は他愛もないものだった。
好きなものは何か。
苦手なものは。
他に得意なことはあるのか。
一般的な子供がする様な会話。友達にするかの様な会話。
正直、拍子抜けした。
私たちを圧倒するような剣の腕の持ち主がする話とは思えなかったからだ。どうしてこんな話をするのか聞くと、
「父に月詠家での稽古の話をしたのですが、真那さんたちとはあまり話をしたことがないことに気が付きまして、恥ずかしながら、家族に尻を叩かれてしまいました」
はぁ……やはり私の想像していた男とは違う。もっと厳格で、話しかけにくいという印象は何だったのか。
「はぁ……それで話しかけてきたと?」
「ええまあ。真耶さんとも話さなければ、とは思っているのですが、今日は残念です」
今日の鍛錬。真耶は体調を崩したとかで出てきていなかった。
「なるほど。私としては是非あなた、白銀さんの剣術の話を伺いたいのですが」
自分の言葉の中の刺を自覚する。己の勝手な思いからくる一種の敵対心が露呈してしまっているとも思う。でもだからこそ、私はこの男の剣には興味があった。私たちが敵わないこの男の強さはどこにあるのか。いつか師である父上のような剣士になり、その武を以って摂家とこの国に尽くしたいと、そう思っている私がそこに興味を持つのは当然だったのだろう。
「そうですね。その前に真那さん、でいいですか?皆さん月詠なのでわかりにくいと思いまして。当然、私のことも白銀でも武でもどのように読んでいただいても構いませんから。それに同い年ですし私的な場での敬語も不要だと思うのですが」
その提案に呆気に取られる。いや確かに家格だけ考えればおかしいことではないが……それにしても許婚でもあるまいし、名前呼びなど……それは同年代の男子との関わりが少なく、あったとしても家格の差がある場合が多かった私の心を大きく揺さぶった。
「良いではないか。確かに三人が三人とも月詠ではな」
援護射撃が入った。白銀武にだ。そんな発言をしたのは父上。
「では武くん、済まないが私はこの後用事があってな。ここで席を外させてもらう」
「はい。月詠さん。本日はありがとうございました」
その言葉に首肯して返すと、父上は立ち去っていった。
残された二人の中に生まれる微妙な雰囲気。正確には私だけが感じているのかもしれないが。
「それでは真那さんで構いませんか?」
再び問われる。
言葉に詰まる。
それでも……それでも、父上がおっしゃられた言葉もある以上、何か答えなければ……
そして答えは決まってしまっているようなものだ。
「……はい、わかりました。真那で構いません。それに敬語もなくて構いません」
その言葉に、白銀武は満足げに頷く。どこか釈然としない気持ちを持ちながらも、その気持ちを言葉に表すことはできなくて。その後しばらく、白銀武、いや白銀との会話が続いた。
「そうか。勿論俺に対する敬語も不要だよ」
「……はい、いや、ああ」
こうして私は白銀と仲良く(?)なり、その日以降の鍛錬が少しづつ楽しみになっていたのは、他人には言えないことだ。勿論。巷でいう恋愛感情などではない。白銀も含んだ鍛錬は、いつのものより刺激的であり、自らより腕の立つ者との修行が嬉しい、という意味だ。
1990年
白銀が大陸へ派遣されることが決まった。共に訓練をして久しく、そこそこ親しくなったと思ったところでの一報だった。
よくよく聞けば、白銀は自分から志願したという。確かに白銀はかねてより斯衛軍の研究開発部に所属していた、と聞いている。具体的な研究内容は軍機につき、私のところまで情報は降りてこない。それでも国際社会に露呈すれば苦情が来かねない(最もBETA大戦が始まって早二十年近く。前線国家では珍しくもない)年齢で軍に所属し、それに聞くところでは重要な立場であるという。若くして軍の研究職の重要な立場であるような人物だ。当然優秀で、上層部からの覚えも良いのだろう。無論、白銀のことだ。それは実力で勝ち取ったものなのだろう。
しかしそれを認識した時、私の中には複雑な感情が芽生える。
それは親しい……そう、親しい友人であり、共に研鑽する仲間である男の栄達への喜び。尊敬。ただそれだけではない。同年代の少年が、同じ斯衛の同じ家格の男が、己では追いつけないような高みへ行ってしまったのような錯覚。いつまで経っても追いつけない。己の情けなさ。
ああ……こんな感情は、白銀と出会ってから何度も感じる。一種の劣等感だろうか。
決して『彼』を嫌っているわけではない。寧ろその心持ちには尊敬している。一見軽そうにも見えるが、しかしその心の奥には武家としての矜持を持っている。公的な場での礼儀は見惚れるほどだ。精神的だけではない。身体的にも、その能力は疑いの余地はない。私も真耶も敵わぬ相手なのだから。
それでも焦りは拭えない。
早く、もっと早く。
私も斯衛の末席に立つものとして、主君の刃たるものとして、負けてはいられない。本来競う相手ではないが、それでも私は白銀と自身を比べることを止めることはしばらくやめられそうにない。
白銀は私にとっての目標だ。それは訓練を始めてから心の中で燻ってきた思いなのかもしれない。ただ今、白銀が大陸に行くと聞いた時、その思いがはっきりした。白銀は私にとっての目標だ。いずれ私も斯衛として戦場に立つ時、主君の刃となる時、己が身が力を持っているように。
だから、死ぬなよ……白銀……
必ず生きて帰ってこい。必ず……
時は一年ほど遡り、私が十三歳の時。
白銀が斯衛軍の研究開発部門の一員となったという話を聞いて少し経った頃。私は義務教育である小学校を卒業し、新設された斯衛軍の衛士養成学校へと進んだ。
ー瑞鶴ー
めでたいというの「瑞」と長寿の象徴とされる「鶴」を背負った機体。「折り鶴のように端正だ」「戦術機国産の吉兆」と称されるこの空飛ぶ工芸品が配備されてから、斯衛軍は大きな変革期を迎えることになった。この新しい甲冑は、当時の既存兵器とは全く異なる運用がなされる。機体を動かすパイロットー衛士ーは勿論、整備だって従来のものとは勝手は違うだろう。当然、戦術機を完全に使いこなすためには斯衛軍全体の変革が必要となったのだ。
斯衛軍の形態の変化は、斯衛軍人の教育体制にも変革をもたらした。既存兵器の概念を超えたその運用は、既存兵器の運用者では今までの固定観念が逆に邪魔となる。教育に時間的余裕があるのなら、新兵を戦術機に特化させた軍人として育成した方が楽だ。そしてそのような概念の元新設されたのが衛士養成学校だ。この教育機関は小学校(または中学校)を卒業した武家出身者を対象にする。始め数年間は基礎的学問、身体能力の向上にあてらる。その後衛士適正を判定し、本格的に「衛士」として教育を受けることになる。
当然、ここに入学した私も数年間は戦術機に乗ることはできなかった。それに乗ることができた時、私は歓喜に震えた。ようやくここまで来たのだと実感した。ようやく私は主君の刃たる武器を得たのだと。
衛士養成学校では私は常に首位争いをしていた。その競争相手は真耶だ。いつも首位か次席か、そんな争いをしていた。
私たちが戦術機に乗れるようになった頃には白銀も帝都へ帰ってきていた。戦術機に関わる別の計画に関わっているらしい。詳しくは知らないが、白銀のそんな姿はまた差をつけられたかのように感じる。その背中はまた遠くなってしまったかのように。
戦術機に乗るたびに思うことがある。いや、戦術機にというより「瑞鶴」に乗っている時だ。私は瑞鶴に乗るたび思い出すのだ。あの日のことを。あの日、私が初めて戦術機を見た日。あの時の瑞鶴の威容を思い出すたびに感じるのだ。当時感じた希望の裏にある絶望の兆しを。人類が異星起源種に負け続けて久しく、ユーラシア大陸の大部分は奴らの制圧下にある。大陸の奥深くで敵の勢力は確実に増しており、斯衛が剣を必要とする日は現実として刻一刻と迫っているのだ……
だからこそ、私は大陸で実戦を経験し、生きて帰ってきた白銀のように強くあらねばなるまいと強く思う。機会があれば、噂に聞く大陸の戦争の話を聞いてみたいものだ。簡単に地獄なようなものだ、という話は聞いたが、実戦で役立った技術や経験は今の私にはないものだ。話だけでも有意義なものだと思う。
そう思っていた矢先にその機会が訪れた。養成学校も卒業が間近となり、正式な任官が近づいてきたある日のことだ。
白銀が参画している計画の一部らしい、新規開発された戦術機用OSの試験だ。既存概念を撃ち壊す、という触れ込みの代物で、新兵ないし訓練生で試験を行いたいらしい。そこで斯衛軍の衛士養成学校の主席であった私が招かれたということだ。
そうして訪れた帝都郊外にある斯衛軍の研究開発施設。
施設内に入ってまず案内されたのは比較的小さめなミーティングルーム。しばらくして白銀が入ってきた。
私が一番驚いたのはその階級だ。そんなに昇進した、などという話は聞いていないのだが。胸に輝く階級章は大尉。それに対して私は任官もしていない訓練生だ。その上下関係は明白。私は胸の奥に小さな嫉妬や怒りの渦の現れを感じながら、起立した。如何にかつて同じ場所で鍛錬していたとしても、同じ家格だったとしても、こと軍隊という場所において階級差は絶対だ。
敬礼をする。
すると白銀も見事は返礼をした。
白銀が手を戻したのを確認して、私も敬礼の状態を解き、気をつけの姿勢をとった。
「楽にしてくれ」
その言葉を聞いて、握り拳にして体側につけていた両手を背中側で握り、一拍おいて腰あたりに下ろす。左足を肩幅に開く。
「態々ご苦労。貴官には本日以降複数日に渡ってある試験を行ってもらう。本日はそのために説明を行うために出頭してもらった。これからその講義を始める。座ってくれたまえ」
白銀の態度は模範的な軍人のそれだ。個人的な親交などおくびにも出さない。
「まず、今私が携わっている計画について説明しよう。当然軍機につき、養成学校内部も含め、情報流出には留意すること」
そんな言葉で始まった白銀の説明は驚きの連続だった。思わず呆気にとられ、私人としての態度が出てしまったかもしれない。注意はされなかったが、私もまだまだ未熟だ。以降はこのような失態はないようにしなければならない。
白銀の説明をまとめると次のようになった。
曰く白銀は斯衛軍の次期主力戦術機の国産開発に携わっている。
曰くその次期戦術機の性能向上のために最新型OSが求められる。
曰くそのOSの開発主体が白銀であり、その根本は斯衛時代に開発したものである。
曰くその新型OSにより戦術機の性能、機体生存性は大幅に向上するが、操作性には癖があるため、既存OSに慣れきっていない訓練生、新兵に教育を行いたい。
正直、自分には規模の大きすぎる話だと思う。
月詠家は元来譜代武家の一つとして、五摂家に名を連ねる煌武院家の御側役を努めてきた。先祖代々の武勇伝を誉として語り聞かされてきた私にとって、五摂家並びに将軍家ーーひいては皇帝陛下を守護する斯衛軍への入隊は月詠の血筋としての義務であり、同時に己に課した責任でもあった。だからこそ私はこれまで剣の腕を、戦術機の腕を磨いてきたし、それ以外にも多くの鍛錬を積み重ねてきた。
ただまだ自分の仕える主人とあったこともなく、甚だ未熟であると思い知らされる毎日。一人の剣にもなりえぬ鈍が、帝国の未来を左右する計画の一端を担うという不遜さは。
これが何か功績を上げた結果だというのなら、自らの実力で勝ち取ったというのであれば光栄に思い、喜べよう。しかしたかだか養成学校で多少良い成績を残したというだけなど。目の前には同い年で実戦を経験し、正しく自らの力でその立場を手に入れた方がいるのだからそれは明白であろう。
未熟な自分が関わっていいものなのか。自分ごときで何か力になれるのか。自信の源はその者の成してきたことによる。日々の鍛錬は私の血となり肉となり、ひいては自身となる。されど、これ程の計画に参加し成果をあげることができると思うほど私は思いあがっていないし、それほどまでに自身はなかった。
だからこそ、
「これは貴官が衛士養成学校で積み重ねた努力によるものだ」
この言葉を聞いたときには耳を疑った。
「貴官の成績は非常に高く、次席の者と共に他者を寄せ付けない圧倒的なものだ。戦術機適性も非常に高く、知識もあれば武道の心得もある。新兵や訓練生の段階で貴様ほど優秀なものはそうはいないだろう」
自らが目標としてきた白銀に評価される。多分にお世辞な部分があるのだろうが、それでも嬉しい。
「それにね」
気のせいか?一瞬白銀の纏う軍人らしい緊張感が弛緩したような気がした。
「俺が真那さんを推薦したんだ。君の努力は多少なりとも知っているつもりだし、実際養成学校の成績はすこぶる良かった。真那さんならきっと、俺たち開発班の期待以上の働きをしてくれると思ったからね」
「あ……」
言葉が溢れ出た。でもその続きは言葉にならない。
そんな私の様子を見かねたのか、私人として対応しているようにも見える白銀が話を続ける。
「実際旧OSに慣れていない人物の意見やデータが欲しいのは本当だよ。それに完成後の教練のことも考えなくてはいけないんだ」
困惑している私を説得するように、ゆっくりと言葉を選んで語り出す白銀。
そこまで言われれば否やはない。軍の組織上私ごときが「否」など言えるはずもないのだが、それでも白銀の役に立てるのならという理由は私の意欲の大きな比重を占めるようになった。
こうして私は新型OS開発試験に参加する運びとなった。
実際に試験が始まったのはその翌週だ。
初日は白銀以下開発班との顔合わせに新型のより詳細な説明で終わった。その時仮の教本を頂き、その特徴などを頭にたたき込んだ後、シミュレーターに乗る。白銀のため、帝国のため、何がなんでも結果を出す。そう意気込んで望んだ初めての体験は。正に悲惨という言葉で現すべき状況に終わった。
なんだ……これは。養成学校で搭乗した瑞鶴とは全く違う。これが同じ瑞鶴なのか……
まともに歩くことさえ難しく感じるこのOSは、たかがOSと心のどこかで思っていた私の慢心につけこみ、私を叩き潰した。
「うーん……やはり訓練生でも違いには戸惑うのか。やはり教育の初期段階から取り入れていかないといけないのかぁ……」
通信から聞こえてくる白銀の落胆した声。私の不甲斐なさか、それとも新型OSにか、あるいはそのどちらもか。いずれにせよその落胆した声は、いや白銀を落胆させる結果に終わったという事実が、私の心を締め付ける。
それではいけない。このまま足手まといになるなど許されない。月詠ー武家の一翼を担うものとしての誇りは私にもある。
操作に慣れてきたのはそれからしばらく経ってのことだった。そのすぐ後には白銀より休憩をとれとの指示があり、実際私の体は疲労困憊だ。普段はこの程度の搭乗でここまで疲労はしないのに……それはやはりこのOSが革新的だということなのだろう。実際慣れてくると面白いように動かせる。今までよりもより自然に。今までよりもより自分の望む機動をする。本物の手足のように。
「そろそろBETAを出した仮想訓練に移行する」
その言葉を合図に景色が変わる。ごく普通の山肌だった大地の向こうには大きな土煙が迫ってくる。
突撃級。
BETAの一種だ。その速度は確認されているBETA中最速で、BETA群の先駆けとなる存在。
数はそう多くない。このOSと瑞鶴なら……
いける。後続にBETA群が続くと考えてもおそらくは小規模。随伴機がいないのは痛いが、一機だけでも十分に倒し切れる。
そう判断するや否や、コックピットのレバーを引く。
機体の跳躍ユニットのロケットエンジンに火がつき、一瞬の浮遊感とともに加速する。機体が滑るように動き出す。
舞台は山中。しかし起伏は大きくかつ多くはない。もし後方に光線級がいれば、身を隠す盾はない。しかしBETAと真っ向から当たることになるこの戦場は、むしろ望むところだ。斯衛に生まれ、鍛え続けた我が剣。養成学校で学んだ戦術機操縦に関する知識と経験。私に今あるものを全て出して、あの異星起源種どもを撃滅してくれよう。
機体はさらに加速し、突撃級が眼下に迫る。
シミュレーターが与える擬似的な衝撃はまるで本物かのように私を揺さぶる。
突撃級と己が機体が衝突する……直前、機体を上昇させる。
新型OSになり、反応速度が上昇したからこそできるギリギリの技。第一世代の限界を引き出したかのような機動は。私にさらなる負担をかける。
そんなものを気にしてなどいられない。今考えるべきは敵を撃つこと。
突撃級を飛び越えた格好になる機体を反転させる。すると、突撃級の弱点たる柔肌があらわになっている。
狙い……撃つ。
36ミリ砲が火を吹き、突撃級は穿つ。
被弾した突撃級は動きを止め……と、コックピット内に警報が鳴り響いた。新たな敵が現れたことを知らせる警報だ。まだ微かに動く突撃級にさらに鉛玉を与えながら、次の敵へと意識を切り替えた。
そうこうして試験が終わった後、私は白銀との会話する時間を得られた。
私人として接する白銀は試験中とは打って変わって優しげで、私も白銀を上官として扱うのではなく、一人の友人として話をしていた。
内容は他愛もない世間話から大陸の情勢、戦場での経験まで幅広い。私としてはとても有意義な時間になったと思う。ここでまた、私の中で白銀の存在の大きさが更に増したように感じた。
新型OS開発に携わりつつも卒業し、正式に任官する運びとなった。養成学校終了ののち、私には正式に辞令が下され、白銀の下で斯衛軍に次期主力機開発、特にそのOS開発を行うようになった。とはいえ、そう長い期間開発に参加していたわけではない。それでも、私はこれまで全力を尽くして行動してきた。学校生活はもちろん、新型OS開発にも今の自分の持てる力のすべてを出した。自己を過大評価するわけではなし、うぬぼれてもいないが、卒業・任官後も新型OSに携われる運びとなったのは、少なくとも「いなくても同じ」という存在だと思われてはいないということだろう。
それは私の為してきたことの結果だと、白銀は言う。この称賛はお世辞だろうか。それでも私は今、達成感にあふれていた。いけない。まだ新型OSー仮称、XM3-は完全な完成に至ったわけではない。斯衛軍の次期主力機開発と並行して、さらなる性能向上のための開発が続く予定だ。そして白銀が次期主力機開発により深くかかわる関係上、必然的にOS開発に携わる時間は短くなる。ならば、開発衛士としての私の責務はより重くなるだろう。
望むところだ。
白銀を、目標を超えるためにも。
そして何より、主君の刃となろう私の存在意義として。主君の刃たる力と実績を備えるためにも。
この時、私は決意を新たにした。そして再び誓ったのだ。己がすべての力を出し尽くし、この計画を成功させるのだと。
そしてそれは達成できるのだと、信じていた。
それは私の、ひいては未だにあったことのない主君の、さらに言えば将軍殿下と皇帝陛下、この日本帝国という国家のためになるのだと。
あの日が来るまでは。
ある日、私は王に出会った。十もそこそこの御年ながら醸しだされるその風格は、正に「王」と呼ぶのがふさわしい。そう、この方が我が主君となる御方。ー煌武院悠陽様ー
私はこの時、とてもうれしく思っていた。それは今まで鍛えてきた剣をふるうことができあろうという喜び。
私の剣を役立てる時が来たことへの喜び。
「月詠ー真那……でしたね」
悠陽様と透き通りながらも威厳のある声が私を呼ぶ。その事実に体を震わせながら応えた私に掛けられた言葉は、想像の埒外のものであった。
「そなたに……頼みがあります……」
「な……」
その頼みとやらを聞かされた時、私は天国から地獄に突き落とされたかのような心持ちであった。
本来直ちに受け答えするべきであったのにも関わらず、私の口から出たのは驚愕によりあふれた声にもならない音。
そうして私は、帝都から離れた、一言で言ってしまえば田舎の場所に訪れることになった。
その場所に名は…………御剣邸ーー
ある人物の御側役を務めてもらいたい。供は付けず、目立たずにそこを訪れよ。仕事内容は行けばわかるであろう。
そんな言葉をもって送られた私は、悠陽様の命とはいえど、不敬な考えを押し殺すことはできなかった。
ようやく我が剣を役立てる時が来た、そう思ったのに。何故、帝都からこんなにも離れた外様の家に……
斯衛軍は特殊な組織故、受け入れられよう。されど、OS開発にこれまで以上に関わることはできなくなる。
そんな考えは不敬だ。そんなことはわかっている。武家として、煌武院家が御側役を代々務めてきた月詠の人間として、許されることでないのはわかっている。
それでも思わずにはいられなかった。
ああ……私は一体何者なのであろうか……
そして私は、この後、人生を変える出会いをすることになる。
この話の大筋は公式の月詠外伝、「月影は闇夜にありて」に参考に、この二次創作の変更点に沿って再構成したというイメージです。
一話の文字数はどのくらいがいいですか?
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