Muv-Luv Alternative 紫の白銀 作:Shikanabe
1992年
武たちが大陸に出征し、重慶要塞についたころ、帝国本土の城内省では新たな動きが出ていた。
「飛鳥計画」
それが城内省が推し進める計画の名称だ。
その中身は斯衛軍独自の次期主力機開発計画。前年の1991年より進められていた瑞鶴の代替機開発計画だ。
当初有力だったのはF-15ないしF-16の性能向上改修型。とはいえこの案はすでに却下されている。理由は帝国軍の推進する次期主力戦術機国産開発計画だ。こちらも当初は難航したものの、F-15の導入後数年をかけて試作機の開発に成功。その成功を受けた斯衛軍は自軍の次期主力機開発を国内開発することを決定した。
そしてこの年のある日、帝国内の戦術機開発メーカーが集められ、城内省高官たちとともに斯衛軍の次期主力戦術機開発についての会議が行われていた。
「これが斯衛軍の次期主力機開発の要求性能です」
そういった城内省高官の声とともに、事前に配布されていた資料に目を通すメーカーの重役たちや技術部の面々。事前にある程度の要求水準が示されていたとはいえ、その破格な要求性能に会議場の各所からざわめきが生まれる。
「これを本当に作るおつもりか……」
そう声を上げたのはメーカー側の人間だ。それもそのはず、要求性能に示されていたのは既存機、いや各国で開発中の第三世代機を大きく上回るレベルだったのだから。特に近接格闘戦闘の要求は限りなく高い。これを開発しろ、という城内省高官は現実が見えていないのではないか。技官たちや実情を知るメーカー側のそんな感情はある意味当然のものだった。
「勿論、我々はこの水準を満たした高性能戦術機が早期に実戦配備されることを望みます。価格高騰、整備性の悪化、年間生産機数の限界……そういった問題が発生するのは考慮しています。しかし、仮にそれらの問題が発生しても構わないとしたら、これだけの高性能機は作れますかな?」
城内省高官が答える。城内省斯衛軍にはそれだけの覚悟があるのだと。
斯衛軍の戦闘状況とは如何なるものか。まず大前提として国内運用が挙げられる。斯衛軍の大陸派遣は第一回で終了。以降の派遣予定はなく、その実戦は来るべき日本本土決戦であるといえるだろう。
ではその実戦地帯たる日本本土とはどのような戦場か。日本本土の約73%は山岳地帯であり、その約67%が森林である。山間部には小規模な盆地が、また沿岸部には関東平野に代表される平野が存在するが、これらに人口は集中している。BETAの習性から見ても、その優先侵攻地域は平野だが、こと日本本土においては山岳地帯および山間部を利用した防衛戦が可能である。
これらの事実は帝国軍、斯衛軍による本土防衛が大陸地帯よりも明らかに容易であるということを示している。しかし同時に、複雑な地形は戦術機による長距離戦闘を難易度の高いものとし、近接密集戦闘の発生率上昇が予想されるのだ。つまり本土防衛を担う帝国軍および斯衛軍の配備する戦術機には他機種を圧倒する近接戦能力が求められるのである。
話を斯衛軍に戻そう。
斯衛軍とは日本帝国皇帝及び国事代行である征夷大将軍を護衛する城内省の独自戦力だ。これは明確に帝国軍とはその目的を異にするものであるが、将軍護衛の延長戦として本土防衛戦を行うことは当然ある。
またその家格に関わらず優秀な兵士が集められる精鋭集団ということも忘れてはいけない。衛士は勿論整備兵から一般兵士までその能力は非常に高い。これだけの少数精鋭戦力は世界にも類を見ないものだといえるだろう。故に投入される戦線の戦局は厳しいものばかり。上記の事実と合わせれば、帝国斯衛軍の作戦想定領域では近接密集戦闘の発生率はほぼ100%だ。
これらの要素を総合すると一つの結論が見えてくる。
それは斯衛軍には通常の軍隊の常識はあてはめられないということだ。
少数精鋭。想定近接密集戦の発生率100%、整備能力が高い点……斯衛軍の次期主力機において「整備性が低い」や「調達金額が高い」といったものは欠点になりえないのだ。
「付け加えておきましょう。この次期主力機開発計画において、我々城内省斯衛軍は性能面での妥協を一切認めません」
城内省高官はどこか挑発するように告げる。
対してメーカー側は光菱、河崎、富嶽らの重役が顔を合わせ、うなずく。そして代表して光菱の重役が高官に答える。
「確かに一切妥協を行わない開発を行えばこれだけの性能も可能かもしれません。しかし……あらためて確認しますが現行の技術でこれだけの機体を開発した場合、価格は従来戦術機の数倍にまで膨れ上がる可能性があります。また整備性、生産性を無視した開発になるでしょうが構わないのですね」
「構いません」
城内省高官は簡潔に、一言そう返した。
「そうですか……ですが問題が一点ございます」
「問題?」
「はい。我々帝国国内で戦術機開発が可能な弊社と光菱、富嶽の三社は現在、帝国軍次期主力戦術機開発及びその試験導入後に本格導入された
そう。1992年現在、世界でも戦術機開発を行える企業はそう多くないが、帝国内では三社しかない。すなわち光菱、河崎、富嶽である。しかしこれら企業も帝国軍の次期主力機ー不知火ー開発の真っ最中。試験機が完成し、実戦試験中とはいえ、ほかの戦術機開発に回すリソースなどないのである。
これは前述した各企業が戦術機においては
「つまり……この開発計画達成は不可能だと……」
「現段階では、不可能です。少なくとも弊社においては、帝国軍の次期主力機開発がひと段落する数年後以降に計画開始を遅らせていただかねば、全面的な参画はできかねます」
「……では他社はいかがでしょう」
城内省高官は河崎と富嶽の重役へとその質問先を変えた。
まず答えたのは河崎重工の重役の一人だ。
「弊社も光菱とほぼ同様ですな。部分的な協力は可能ですが、弊社が主体となって新規開発を粉うのは不可能です」
そして、富嶽の重役も話し出す。
「弊社は
結果としては三社とも余裕なし。富嶽のみはある程度の余裕はあるが、それでも新規開発は難しい。それは帝国の戦術機開発能力の限界だ。このような場で自社利益を考え他社を出し抜こうという魂胆で偽った意見が出ないのは、この会議に参加している面々が自社の能力を正確に把握しているからだろう。
「…………」
城内省高官の発言が大人しくなる。現実を思い知らされたからか、言葉もない様子だ。
「……発言よろしいでしょうか?」
そこで発言を求めたのは河崎重工の千堂常務だった。発言を許す旨の言葉が議長から出たのち、彼は自分の意見を代案として出した。
「斯衛軍の次期主力機開発計画、現状での新規開発は難しいと言わざるを得ません。それは帝国の開発リソースが有限な以上、仕方のないことです。ですから新規開発は諦め、開発中の帝国軍次期主力機をベースに高性能化改修を施すというのはいかがでしょうか。開発主体は富嶽に、それを弊社、光菱が支援いたします」
その提案は現段階でできる限りのことであった。
「………………」
とはいえ城内省側としても容易には認めがたいものだ。例えそれが帝国の現実だとしても。
それだけ斯衛軍は高性能戦術機を求めていた。
「では次期主力機開発に弊社も協力させていただきたい」
そう声を上げたのは遠田技研からの参加者。
遠田技研。
戦術機主機をはじめとして各種工業製品を開発、製造する企業で、帝国内でも有数の技術力を誇る大企業だ。
最も大企業とは言っても、その事業ポートフォリオにおいて軍事製品が占める割合はそう多くない。BETA大戦の開始、長期化以降その比率が増え始め、過半を占めるようになった光菱ら各社とは異なり、民生品を主力製品にしているのだ。
第二次大戦が終結し早50年弱。絶対的にも相対的にも極東の経済大国として台頭した日本。当然その政府予算における軍事比率が上昇するとともに軍需産業への発注額は増加した。また社会的責任や環境保護企業への投資と、軍需産業への投資を控えるトレンドが発生するはずもない。むしろ終結する見込みのないBETA大戦下において、軍需産業への投資は長期的投資に相応しいとされ、各国軍需産業への資本投下は爆発的に増加した。
このような事情から日本帝国国内の軍需産業関連企業は大幅な成長を実現したが、遠田技研は高い技術力を誇りながらも軍事品専業ではないという理由からその恩恵の効果を十分に受けることはなかった。
よって遠田技研の軍事産業部門への投資額はそう多くなく、戦術機開発においてプレゼンスを発揮することは難しいと考えられていた。
しかしこの場で積極的に協力を申し出たという事実。それは遠田技研の経営方針転換を意味することか……そういった疑問が各企業の重役たちの間で駆け巡る。とはいえその真偽がどうあれ、遠田技研の開発力は確かであり、千堂の提案を後押しすることに他ならなかった。
「ふむ……我々としてはありがたい提案ですが、他の企業様はよろしいのですかな」
そんな城内省高官の問いに答えたのは光菱の重役だ。
「遠田さんが富嶽さんと組むのならば……弊社も当然協力させていただきます」
城内省がらみの案件は、いろいろな柵にとらわれる。だが高価な兵器でも購入してくれるという意味で、軍需企業からすれば良い案件だ。帝国の軍需産業の最大手たる光菱が斯衛軍次期主力機という大魚を逃すことが担当者にとってどれだけ屈辱的か……。
それでも現実問題として受注できない以上、光菱の重役は身を引くしかなかった。
「しかし実際問題として富嶽と遠田の二社だけで開発可能なのでしょうか」
そう口火を切ったのは先ほどまでとは別の城内省から参加者だ。
それが富嶽と遠田では実力不足だ、と聞こえる言い方になっているが、悪気があったわけではないだろう。それだけ城内省はこの計画を重視しているのだ。
「無論軍需産業各社さんにもご協力いただきます。光菱さんと河崎さんも帝国軍次期主力開発が終了し次第、開発に参加していただきたく存じます」
遠田の技術者が答えた。
因みに軍需産業各社とは光菱や河崎以外の重工業企業、総合電機メーカーなどが該当する。これらの企業の売上高に軍事品が占める割合も増加していた。
「それが叶えば斯衛軍の要求仕様が叶えられると?」
「先ほど千堂常務がおっしゃられたように、この計画の納期を考えれば新規開発は難しかと。しかし耀光計画の成果を提供していただけるなら、その性能向上版として計画を完遂できると考えます」
そう。この飛鳥計画のもう一つの困難な点は開発期間だ。
来るべき本土決戦に向けて斯衛軍次期主力機開発計画が立案されているが、その決戦に間に合うよう1997年までに試作機の完成を要求しているのが今次計画だ。それは不可能ではないが、この計画の難易度を限りなく引き上げている。
そこで千堂が提案したのが帝国軍の次期主力機開発計画によって開発、配備される第三世代機をベースにした機体開発であり、帝国軍の次期主力機開発計画こそ「耀光計画」であった。
「……我々は従来機を圧倒する高性能機を求めています。帝国軍の次期主力機の高性能型がこの要求仕様を超えられるのでしょうか」
しかし城内省はそう簡単に妥協しようとはしない。
そんな議論の方向性を決定づけたのは、再び千堂の言葉だった。
「性能に関してですが、斯衛軍が開発した新型OS、あれは当然搭載なさるのでしょうな」
「新型OS?……ああ、あれか……」
武の開発した新型OSは事実上斯衛軍に採用が決定されている。事実上、というのは現状まだ正式採用に至ってないからだ。
先の評価試験でその有効性を認められた新型OS、「XM3」だが、斯衛軍は実戦における不具合がないのかどうかを気にしていた。それはできすぎな結果だったからというのもあるのだろう。そんなに都合よくいくものか、と。
だからこそ帝国軍に出向し、大陸派遣軍に参加している武や巌谷らは帝国軍次期主力機試作機の運用と同時に、新型OSの実戦試験を行っているのだ。
勿論斯衛軍内でも新型OSに換装した瑞鶴をいくつかの部隊に配備し、試験を行っている。
そしてそれらの評価は上々。評価試験の内容も同様であり、正式採用も目前とみられていた。
「今回の開発計画、例の新OS搭載を前提とした開発計画とすることで、従来型戦術機を大幅に上回る近接機動戦能力を獲得できるでしょう」
1992年現在、XM3搭載を前提とした戦術機は存在しないし、その開発計画もない。当然の話だ。
しかしXM3搭載を前提とした戦術機が存在した場合、XM3搭載による恩恵は、搭載を前提としない戦術機よりもはるかに大きい。これはXM3が「衛士の思い通りの機動」を追求したからだ。どこまでいっても第一世代機より第二、第三世代機の方が高機動戦術に向いているし、米国の開発思想に基づく戦術機より、日本や欧州、ソ連といった国々の開発思想に基づいた戦術機の方が向いているのだ。
そして開発思想という点で、斯衛軍の次期主力機はXM3搭載に最適であるといっても過言ではない。
「そしてOSの最適化には弊社が協力いたします。十分に城内省斯衛軍の要求を満たす機体が完成することでしょう」
無論千堂は善意のみでこの発言をしたわけではない。彼が人並みに帝国に対する愛国心があるのは確かだが、この場においては河崎重工の重役として自社の利益も追求しなければならない。故に当然この話は河崎重工にとって益がある。
新型OS-XM3。
それは将来的に帝国の、いや世界の戦術機運用を一変させる可能性をもったOSだ。現段階では確かにそこまでではない。革新的なOSではあるし、衛士の生存時間を延ばすだろう。しかし世界中に広まり、戦局を一変させるかといえばそうではないのだ。
その原因は何か。原作の、つまりは理想のXM3と比較して何が足りないのだろうか。
第一にコンボが設定されていないことだ。これは武の経験不足に起因する。
第二に処理速度の違いだ。XM3が最大限発揮されるためには高度な並行処理コンピュータが必要だ。
そしてそれは近い将来解決される問題だ。そうなれば本当に世界は一変することになるだろう。
だが将来世界を変えるだろうものを現段階で見出すのは容易ではない。そしてそれは得てして周囲の賛同を得にくいものだ。
では千堂はどうか。彼はこのOSの将来性を見抜いていた。最も彼自身だけの力だけではなく、周囲が優秀だというのもある。だから千堂は確信していた。今からこのOSを前提とした戦術機開発の経験がつめれば、将来的に河崎のひいては日本帝国の戦術機開発は世界をリードできると。
これは千堂をはじめとした河崎重工首脳部の共通認識となっていた。
「なるほど……それが御社ー河崎重工の我々城内省への提案ということですね?」
「はい。その通りです」
「確かに我々は要求水準を満たす戦術機が調達できるのであればそれで良い……新型OS搭載を前提とした開発でそれが達成できるのであれば、耀光計画のものを流用しても構わないでしょう。富嶽、遠田の各社の意見は如何に?」
城内省高官は予想以上に簡単にそれを認めた。XM3搭載機の従来機に対する優位性は斯衛軍でもすでに認められているものだ。開発に向けて具体的な名前がでたことで、この高官としても帝国軍次期主力機をベースとした開発でも斯衛軍の要求水準を満たすことができると思いやすくなったのだろう。
そもそも彼らからすれば、要求している超高性能機が調達できれば良いのだから。その開発の現実性がXM3の名前で説得力を増したのだ。
「弊社はそれで構いません」
「弊社もです」
富嶽、遠田の各担当者がすかさず同調する。
富嶽や遠田からすればこの計画のメインプレイヤーとして参加できただけでも十分利益になる。
帝国軍機に比べて調達機数は少ないが、一機当たりの価格は比較にならず、城内省斯衛軍の威信をかけた計画だ。彼らは失敗など認めようとはしないっだろう。武家というのは、見栄や誇りを重視するものだから。
更に超高性能機の開発で培ったノウハウや経験は、軍事非軍事分野において将来的な大きなアドバンテージになりうる。
とはいえここで一社だけ思うように利益を得ていない企業がある。光菱だ。
帝国最大の軍事関連企業である光菱は、その巨大さゆえに帝国軍次期主力機開発、
これは不幸な行き違いで、だれが悪いというわけではない。強いて言うならタイミングが悪いというべきだろう。だが前述したように帝国最大の軍事関連企業が計画に参画しない。それが与えるマイナスイメージは無視できない。また城内省としても光菱との関係は良好に保ちたいのだろう。
「光菱さんにも耀光計画で培ったものを活かして頂きたいのですが、よろしいでしょうか。国防省との協議はこちらで行いますので」
そう。耀光計画で開発されている機体をベースに、ということで議論の方向は決定的になっているが、そもそも耀光計画は国防省の管轄。そしてお役所とは横から、つまり他の省庁からの介入を嫌う。
さらに目的は違えど武装組織を持つという意味で共通点をもつ両省。大蔵省の監督は厳しく、いかに戦争が迫ろうとも自由にお金を使えるわけではない。予算の取り合いという意味でも、城内省と国防省の確執は確実に存在した。
とはいえ城内省側から国防省へ何らかの譲歩があればこの問題は解決するだろう。他国というわけでもなく、開発企業もほぼ同じ。国防省側が頑なに拒否するのには無理がある。そして城内省から国防省へはXM3という大きなカードがあった。
最も、実際に研究開発の経験を長い時間をかけて獲得したのは光菱だ。国内企業とは言え、競合他社にタダで渡せというのも筋が通っていない話。城内省斯衛軍は戦術機以外の各種装備の調達において光菱を優遇したのは余談だ。なお光菱内部の各部門間のバランスについては光菱の問題である。
こうして斯衛軍の次期主力戦術機開発計画は動き出した。
主要開発メーカーは本来のものと変わらない。しかしOS部分については河崎重工が参画することとなった。
武の新型OS-XM3-の開発は本人も知らないところで歴史を変えた。
少しづつ世界の命運は変わり始めた。
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