Muv-Luv Alternative 紫の白銀 作:Shikanabe
[1]
1993年 初頭
武たち帝国軍が重慶要塞に展開してから、一度目の年越しを迎えた。
その間といえば、武たちは極力戦略予備として後方に回され、ほぼ最前線に出ることはなかった。それに加えて、武たちの初陣以上の激戦はついぞ起こらなかったこともあり、武たちの中隊から損耗は未だに一機も出ていなかった。
とはいえこれは地獄の対BETA戦争。そんな都合の良い話はそう長くは続かない。武たちは初陣を超える地獄を味わうことになる。
「史上最大規模のBETA群接近を確認」
この一報がもたらされ、要塞司令部は慌ただしくなっていた。
参謀らしき人物が走り回り、複数の連絡役の将校がどこかへと通信を行う声が混ざる。そんな司令部に低く威厳のある、かつ冷静な声が響いた。
「それで、BETAの数は?」
その問いをしたのはこの基地の総司令。初報を聞いてこの司令部についたところなのだろう。声は冷静だが、急いできたのは明白だ。少し乱れた息と額の汗が物語っている。
「はっ。それが……測定限界値を超えており、正確な数の把握はできておりません。ただ熱源、振動……各種センサーの測定結果からして、昨夏の大侵攻をゆうに超える規模のBETA群が迫ってきていると思われます」
応えたのは司令部に務めている参謀の一人だ。因みに「昨夏の大侵攻」とは武たちの初陣となったあの戦いだ。幸い武たちには被害はなったが、当時のBETA数は重慶要塞線完成以来最大級の侵攻だった。最後は要塞線が突破されるギリギリのところでの戦いとなったし、要塞級が比較的後方にまで現れたのはその証明だ。
そしてその戦いでのBETA群を超える規模の数で迫る敵。これから始まる戦いが絶望的な戦いとなることは明白だった。
「接敵はいつだ?」
総司令は簡潔な質問を続ける。時間に猶予はない。一秒の指示の遅れで何人の将兵の命が散るか。そして彼らにはそれ相応の教育費用が掛かっている。まさに時は金なりである。
「敵先鋒、突撃級との最初の接敵が明朝三時ごろになると予想されます」
度重なるBETAの侵攻を受けた人類ーBETAの支配領域の中間領域、つまりBETA群の重慶要塞までの進撃区域はほぼ平坦だ。それはつまり、突撃級はその最高速度約170km/hで進んでくるにことに他ならない。多少地雷を敷設しようが、そんなことはBETAには関係ない。戦闘を重ねるたび、発見から接敵までの時間は短くなっていた。
「戦術機部隊の展開は?」
「各部隊に緊急招集をかけました。まもなく予想戦域に投入されます」
「そうか……戦術機部隊はすべて光線級吶喊に使いたいくらいなのだがな……」
そう呟いた総司令。度重なる戦闘は各軍の戦術機部隊を損耗させていた。
それはこの要塞線の防衛戦術にある。三つの河川を最大限に用いた要塞線、それが重慶要塞だ。その戦術は第一に戦術機部隊による河川以西でのBETA群迎撃、誘因。BETA群が川を渡ったところに形成される地雷原、火力舞台によるキルゾーン。光線級吶喊成功後には航空兵力による爆撃を行う。場合によっては核兵器をも用いる。
この戦術はある程度成功してきたといっていいだろう。この要塞線は中国重慶方面戦線の砦であり、その存在は人類の対BETA戦略の観点上重要だ。そして今日までの要塞線健在こそが戦術成功のあかしだった。
しかし、その反面負担は戦術機部隊に集中する。戦車を中心とした機甲部隊の損耗は戦術機部隊のそれよりもはるかに小さい。
そうして総司令の言葉に繋がる。戦術機部隊で完全編成なものはほぼいないだろう。武たちとて中隊単位では欠損機なしだが、大隊単位ではすでに犠牲者が出ている。
無論衛士や戦術機の補充はある。それは統一中華戦線が抱えている各戦線では最も厚遇されているといってもいいほどに。しかし損耗ペースが速すぎるのだ。日に日に戦術機戦力は減少していっているのである。
加えて中小規模ならまだしも、大規模侵攻に対して航空支援は必要不可欠だ。如何に河川に戦力を配置できるといっても海とは違い、戦艦等は展開できるはずもない。大規模面制圧を行うには地上戦力のみでは不足している。しかし航空戦力展開のためには光線級殲滅が必要。そのための手段である光線級吶喊には戦術機が必要だ。さらにいえば第一世代機がほとんどのこの戦線での光線級吶喊には相当の戦術機部隊を投入し、相当の犠牲を覚悟する必要がある。
「今回も光線級吶喊を行う部隊を選定してあります。前のモニターをご覧ください」
そう言った参謀の言葉の直後、モニターの画像が切り替わる。総司令はそれに目を移した。
「………これは………………」
唖然とする総司令。今までの光線級吶喊の成功率を考えれば少なすぎる数だった。
「…………現在稼働可能な全戦術機戦力をBETA初動対応・誘因、光線級吶喊、戦術予備部隊にわけました。可能な限り光線級吶喊に回しましたが……」
何も言わない総司令の気持ちを察したかのように言う。
「だが今回の侵攻は過去最大規模なのだろう?これでは流石に……」
「しかし司令。これ以上光線級吶喊に戦力を割けば早々に前線が破綻しかねません。BETAの増援、光線級吶喊の失敗…………万が一の状況が常態的に発生するのがBETA戦争です。戦術予備も削れませんよ」
そう告げる参謀の顔にも焦燥と後悔と不安が明確に見て取れる。そんな二人のやり取りにこの要塞の現実が現れていた。
「一か八か光線級吶喊にかけるか……いや、それが成功する前に前線司令部が壊滅する。いくら航空兵力が優れていてもそれだけではやつらの進撃は止められない……」
考え込むように総司令が呟く。
「しかし戦力の逐次投入を行えば結局光線級吶喊は成功しないかもしれない……」
戦力の逐次投入。それは戦争では愚策といわれる行為だ。とはいえ、だからといって予備兵力を残しておかなければ「何か」があった時に対応できない。戦闘開始前の想定外の事態が発生すれば敗北に直結する。そして対BETA戦争において、人類側の想定通りに進むことなどまずないのだ。
「……やはり戦術予備は重要だ。致し方ない……か」
だからこそBETA大戦を戦ってきた軍人に、予備兵力を削るという戦術はとれない。それによって最前線がどれだけ過酷な戦場と化してもだ。
「……戦線崩壊しなければ良い」
「司令?」
「結果として後方の火力部隊に損耗が発生してもかまわない。限界まで前線で戦う戦術機部隊の数を絞って光線級吶喊に回せ」
それは司令として非常に危険な発言だ。内容は勿論、何よりその言い方が。
「司令!それは……」
参謀は当然諫めようとする。
「それくらいの覚悟がなければ、この戦いには勝てん」
司令の意思は固い。参謀はその発言を諫めようとはいたが、ついぞその内容に対する反対意見は言わなかった。否、言えなかった。
ーーーー
[2]
数時間後
武たちが戦術予備として後方で待機している中、複数の戦術機隊がBETA群への吶喊へ向けて準備していた。
重慶要塞の河川より東ーーつまりは要塞側にその影はあった。十機の機影。その正体は統一中華戦線の配備する
その部隊は特別なものではない。だが重慶戦線において幾度かの光線級吶喊を経験した部隊で、半ば光線級吶喊専用の部隊として運用されていた。
「そういえば知ってるか、あの噂」
その中の一人が隊員たちに話しかける。実戦前に軽いおしゃべりをして緊張をほぐすのは、全世界共通だ。当然この隊の隊長も咎めなかった。
「あの噂?」
答えを返したのは女の声だ。
「ああ。国連仕様のF-14の話さ。周少尉」
男が答える。女の苗字はどうやら周というらしい。
「それがどうかしたのか?珍しいといえば珍しいだろうが……」
「いや、確かにF-14って国連は運用してたか?」
はじめに会話をしていた二人に割り込むような形で、仲間たちが参加してくる。
F-14は米国海軍が導入した第二世代戦術機だ。その高性能さは世界的に知れ渡っているが、その反面運用者が米国海軍以外ではイラン軍しかおらず、戦場で目にする機会はそう多くない。米国海軍機ということを考えれば、その戦線参加範囲は海岸線に限定されるのもその一因だ。
「それがな……前のスワラージ作戦以降、各戦線で稀に見れるそうだ」
スワラージ作戦。
1992年に実施された、インド・ボパールハイヴ攻略作戦のことだ。作戦は多数の死者を出し失敗したものの、そのかいあってかインド戦線は現在に至るまで持ちこたえていた。
そしてそれ以降、衛士の間である噂が流れるようになった。
それが国連仕様F-14の存在である。
「しかも……だ。そいつらはフェニックスを使わないんだと」
AIM-54 フェニックス。
それはF-14のために開発されたミサイルシステムだ。基本的に複座型であるF-14はっそれに伴って大型化している。そしてその大型機の目玉機能として開発されたのが前述のミサイルシステムだ。
中隊単為での運用により、旅団規模ー数千ーのBETA群に対して打撃を与えることができる長距離誘導大型クラスターミサイル。所謂クラスター爆弾とは爆発性子弾を散布するものであり、フェニックスミサイルはそれをミサイル弾頭に搭載、高度な誘導機能と対光線級対策を兼ねたものである。その圧倒的な効果の代わりに高価になってしまうという欠点もあるのだが。
因みにこの世界では当然クラスター爆弾の禁止条約など存在しない。その動きもない。そもそも史実でオスロ条約が締結されたのは2008年なのだから、存在しようもないのだが。
「はあ?そりゃあF-14は高性能機だが、フェニックスミサイルを使わないのは確かに変だな」
「それは使っているところを見なかっただけなのではないか?ただでさえ相当高価だって話だからな」
「まあ事の真偽はわからないけどな。だからこその噂だし」
最も火のない所に煙は立たぬというように、この噂は的外れなものでもないのだが。
「F-14といえばソ連の新型、F-14のデータを流用してるって噂だが」
これもまた全く外れた指摘ではない。実際F-14やF-16のデータが諸般の事情により提供されていたのだが、当然そのようなことは一衛士の知るところではない。
「それこそなぁ……米国とソ連は敵同士じゃないか」
「でも
「いや、米ソ関係はまた別格だろう」
BETA大戦がはじまって以来、米ソ両国は冷戦期から一転、友和、協調のメッセージを世界中に飛ばしているのだが、この衛士はそれらのプロパガンダを信じていない口のようだ。
「そんなことよりもっと現実的な話をしようぜ。開発中の新型機とかな」
また別の衛士が話を変える。
「
特に前者に関しては統一中華戦線初の国産機として大々的とはいえずとも報道され(当然性能等は隠されている)、その開発計画の存在は一般衛士にまで知れ渡っていた。
「
思わず漏れた呟きはそれだけ第一世代機での光線級吶喊の難易度が高いということを示していた。
実際光線級吶喊を行う部隊は練度が高いことが多いのだが、それでも最高レベルに損耗率が高い。光線級吶喊を遂行し、生還するのは難易度がとても高い。そんなミッションを第一世代機で行うのは自殺志願だともいえるほどであった。
そしてそれは第一世代機の中でも最高クラスの近接戦、密集戦能力を誇る
「日本が持ち込んでるのは第三世代機相当って話だろう?」
武たちの話題になる。日本帝国の試作機についてはその高性能さは要塞内で大きな話題となっていた。その理由には未だどこの国家も正式採用に至っていない第三世代機の目新しさも多分に含まれている。
またその性能が第三世代標準に迫っているのは事実だが、正確には武たちの機体は第三世代概念実証機である。
「前回の大規模侵攻では相当活躍したって話だ。一度見てみたいものなんだがな」
「確かに。一度戦場を共にしてみたいものです」
女性衛士がそう答えたとき、通信が入った。
「CPより中隊各機。現在支援砲撃によって重金属雲濃度は上昇中。あと500で規定値に達する予定です。規定値に達し次第、光線級吶喊を開始してください」
地獄へと逝く時間が近づいてきた。少なくともこの部隊の何人かはそう考えたはずだ。いや、全員かもしれない。
隊の女性衛士の一人、周少尉もそう考えた一人だ。
周の手に汗が滲む。手だけではない。額から一筋の汗が垂れた。
心拍数が上がり、激しい運動をした後かのように息が切れる。
「はぁ……はぁ……」
彼女は普段からここまで緊張するわけではない。対BETA戦における戦場は、人対人の戦争以上に死と隣り合わせだ。そしてその中でも死傷率の高い光線級吶喊をこなしてきた彼女は、出撃前に多少の緊張はしても、このように明確に現れることはなかった。
しかし今回の戦い。まことしやかに「要塞は陥落する」といわれているもので、ブリーフィングだけでも戦力が足りないことは実戦経験済みの衛士にはわかってしまう。明確に今日死ぬのだろう。そんなある種の確信をもったのは初めての経験だった。
「周少尉?どうした?心拍数が上がっているが」
隊長から声がかかる。
「いえ……すみません。大丈夫です」
実際は大丈夫でもなんでもないが、周はそう答えた。
「帰った後男とやることでも考えて発情してるんですよ、きっと」
「おっ、流石は我が隊一の男食い、周少尉だねえ」
部隊の仲間たちから下品なヤジが飛んだ。令和の社会でしたらセクハラで訴えられるだろう類のものだ。
この手の下ネタは実戦部隊では日常茶飯事だ。男性のみの部隊ではもっと下種なことを笑いの種にすることがある、と周話に聞くことはあったが、その真偽は彼女にはわからない。ただ一つわかるのは、今のやじは許容範囲内ということだけだ。
実際周以外の女性衛士たちもその声に嫌悪感を覚えていなようだったし、上官もそれを咎めることはなかった。
なお男たちの発言が事実かどうかは、周少尉の尊厳を守るためにもここでは明記しないでおこう。
「あんたらみたいな童貞を相手にしてもつまらないだろ?」
隊内の他の女性衛士からそんな援護射撃がとんだ。通信が笑いに包まれる。
それも低俗だったのだから、普通の社会では問題になりそうなところだが、生憎軍隊は普通の組織ではない。
とはいえ彼女はそういうやり取りに嫌悪感を抱いているわけではなかった。それはその会話の目的が緊張をほぐすということだったから。仲間の気遣いだとわかっているから。
とはいえ頭の片隅で、もう少しましな緊張のほぐし方があったのではないか。そう思ってしまった彼女が悪いとは言えないだろう。
「緊張は大分解れたみたいだな」
再び隊長から声がかかる。
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「……さて諸君、無駄話もここまでだ。重金属雲濃度は規定値に達した。これより我々は光線級吶喊を開始する」
周の返答に答えず、隊長は部隊へと命令する。隊長なりの気遣いだったのだろう。
それともう一つ。緊張して本来の動きができないことは死に直結するが、同時に緩みすぎも良くない。そんな意図があった。
隊長の号令に従い、十機の
機体が宙へと浮かび、BETAたちへ向けて飛び立っていった。
ーーーー
[3]
同時刻の要塞司令部では、総司令が戦局を映すモニターを厳しい状態で見つめていた。
上に立つものの不安や悲観的態度は部下たちに伝播する。
そんなことはこの総司令とてわかっている。それでも曇った表情をしているのは想定以上に状況が厳しいからだ。
早々に重金属雲濃度は規定値を超え、光線級吶喊の部隊は出撃した。それがこの戦いで唯一といっていいポジティブな点だった、
光線級吶喊が成功しなければ勝利はない。それは戦い前から分かっていたことだ。核兵器を使おうにも光線級がいれば無力だ。だからこそ光線級吶喊に限界まで部隊を回した。それが前線部隊の戦力を減らすことになってもだ。
その決断が正しかったかどうかは現時点ではわからない。しかし現在の状況はそれが間違いだったかのような「地獄」に変貌していた。
戦術機部隊の穴を埋めるために前線に出張った機甲戦力はほぼ壊滅した。歩兵戦力など言わずもがなだろう。この戦いの後に一人でも無事なものがいれば奇跡だ。
戦術機部隊とて同様だ。すでに損耗率は非常に高く、戦線を維持するどころの話ではない。全ても部隊に余裕などなく、ほとんどの部隊から後退要請が寄せられていた。ーーそしてそれが認められなかった部隊は文字通り全滅した。
とはいえ彼らの献身の結果か、BETAたちはキルゾーンに誘因された。ただし問題なのはその数が砲撃等で殲滅できる許容量を大きく超えていたことだ。結果としてBETA群の多くは地雷原を抜け、機甲部隊や火砲部隊にとりついた。今やそれらでも前線と同じ地獄が現れている。
「全部隊の光線級吶喊開始を確認。重金属雲により以降の通信は困難になります」
司令部付きの通信兵がそう述べる。
「よし、頼むぞ……」
そう呟いたのは総司令か、それとも他の人物か。
いずれにせよ戦況は光線級吶喊の成否に、そしてそれを成し遂げるまでの速度にかかっていた。
ーーーー
場所は再び周少尉の所属する戦術機中隊に移る。
彼らはすでに重金属雲下の戦域に突入していた。現在までに部隊損耗はない。
「前方BETA群。数は二万を超えています」
実際、周の視界はBETAで埋め尽くされていた。
勿論彼女らの目の前にいるBETA群はこの超大規模侵攻BETA群の前衛ではない。大型種だけでなく、小型種を含んだ上での二万という数字だ。しかし途方もない数なのも事実。相手にすることになる敵は、事前予想よりも相当多くなるであろうことが予測された。
「……いつも通りだ。必要最低限の敵と戦い、光線級を目指す」
戦術機の兵装は有限で、数万の、いや数千でもまともに戦えばすぐに尽きてしまうだろう。
だからこそ無駄な戦闘は避けなくてはならない。それはハイヴ攻略でも光線級吶喊でも変わらない定石だ。
隊長の声に対する了解の声が響き、戦術機は更に速度を増した。
まず相対したのは要撃級、そして戦車級だ。これがBETA群の中衛を担う。
そしてこの中衛の最後峰に光線級が高確率で存在するということだ。
要撃級と戦車級の混成戦力はBETA群の中核戦力といえる数を誇る。それを避け、後方の光線級を、場合によってはBETA群の後衛に存在する重光線級をも撃滅するのが光線級吶喊の目的である。
特に光線級吶喊では必須と言っても過言ではないかもしれない。レーザーを回避することが困難な第一世代機においては光線級吶喊の成功率と生存率を高める盾である多目的追加装甲は衛士たちに重宝されていた。
「このまま一気に突撃するぞ!フォーメーションは
第一小隊が指揮官を最前列にし、その後ろに三機が展開する。第二小隊は第一小隊の後方だ。両翼に二機ずつ、それぞれが側面を見る形に開く。そして第二小隊が開いた中心部には中隊長の
それが
敵が密集した地域への突入に適した
最前列の機体の砲口から火が噴いた。
36ミリの雨が要撃級に降りかかる。
ほぼ同時に他の各機体も発砲を開始する。たった十機、されど十機。鉄の雨は要撃級を次々にミンチに変えていく。
狙うのは自分たちの通る道筋だけだ。光線級がいる以上不可能だが、もしも神の視点をもつものがいれば、地上を埋め尽くしたBETA群の中に現れた一筋の赤い線が見えたことだろう。
とはいえ、事が容易ではないことはわかっていたことだ。事前の想定通りかそれ以上に敵の数は多い。戦術機の
作った道も後方から左右から、次々と現れる要撃級によって埋められる。
「このまま抜けるぞっ」
隊長が叫び、一瞬各機が宙へと舞い上がる。
瞬間的に圧倒的な出力を与えるロケットエンジンが火を噴き、要撃級の頭を機体が飛び越える。
それは本来なら自殺行為ともとれる戦術だ。要撃級の上を戦術機が飛べば、その高さは光線級が狙うのに十分以上だ。今撃ち落される機体がいなかったのは、重金属雲濃度が減少せず、保たれていること。現在まで支援砲撃が続いていること。そして運が良かったことによる。
そしてこの行為の危険性は光線級だけではない。
第一世代機はそもそもこんな機動を行うようにできてはいないのだ。それが近接戦を重視した統一中華戦線の
案の定、中隊のうち一機が跳躍のタイミングを間違えた。
機体の下半身部分が要撃級の前腕部と接触する。
そのまま態勢を崩し、落下した。
「っあぁぁ…………」
突破に失敗した衛士の口から悲鳴が上がる。それは衝撃に対する反射的なものだった。
地面に不時着した
速度を上げて群れを抜けた中隊との距離は開くばかりだった。
「04、大丈夫か?」
この質問もまた反射的なものだ。部下の機体情報は上官側で確認できるし、またBETAの中に墜ちた機体が「大丈夫」な訳がないのだから。
そしてこの質問は少し遅かったというべきだろう。
すでに要撃級が両者の間に壁となって立ちはだかる。
「たいちょ…………たす……て……」
断続的な声が中隊内に流れる。
中隊側からは見えていないあが、この時にはすでに要撃級による攻撃を数発くらっていた。
跳躍ユニットは使い物にならず、主脚も片方が潰され、満足に立ってもいられない状態だ。この状況でもまだ突撃砲で反撃を試みているのだから、この衛士は称賛されるべきだろう。
「ひっ…………」
途端、彼の目の前には要撃級の前腕が迫っていた。
そして戦術機のコックピットへ向けてそれが振り下ろされる。
断末魔を上げる暇さえなく、コックピットごと押しつぶされた。
「っっ……KIAと認定。先に進むぞ」
04の死からすこし時は遡る。
彼以外の全員が跳躍し、要撃級の群れを抜けたころの出来事だ。
この時すでに04がついてきてこれていないことは分かっていた。隊の前衛を務める第一小隊の所属衛士だから当然だ。
同時に、もう生き返れないことも分かっていた。
前述したように戦術機の足は速い。数秒の間でも間にBETAが入り込み、その距離は絶望的なものになる。手が届きそうだが届かない。そんな距離感だった。
実際に全力で支援に向かえば間に合ったかもしれない。しかしBETA群のど真ん中で取り残されれば死は免れ得ない。戦闘可能な状況で助け出すには相当の無理をする必要があった。そうして戦力をすり減らしたのちに訪れる結末は「全滅」であり、任務の失敗だ。隊長としてそれだけは避けなければならない。
脱落した衛士が出た瞬間には、隊長はそう割り切っていた。
そしてそれに反抗する衛士もまたいなかった。
04の声が聞こえたときにはその結論は出ていた。
戦場での迷いは、つまり決断の遅れは死に直結する。逆に言えば、決断の早さによっては窮地の中にあっても九死に一生を得ることがあるということだ。
そして今回、隊長が04を早々にKIA認定したこと、それに隊員から余計な抗弁がでなかったことは結果として彼らの命を救った。
警告音がなる。
「前方より戦車級の小集団っ……」
部下の一人が悲鳴のような声で報告を入れる。
前方には戦車級、後方には要撃級。とはいえ後方の要撃級は無視できる程度には距離が開いていた。もしも判断が遅れていたら……挟撃されていたことだろう。
「仕方ないか……二時方向から迂回し、突破する」
「了解」
隊員たちの声が響く。
九機に減った機体が赤い洪水を迂回し、熱源へと迫っていく。
この超大規模侵攻においては、中隊規模で光線級吶喊を行っている。それは中隊規模程度が光線級吶喊任務に適切だ、という面が強いが、戦力不足もその要因の一つだった。
通常の大規模侵攻と、今回のような超大規模侵攻ではいくつか異なる点がある。
その一つが光線級の分布だ。中規模程度のBETA梯団においては光線級は梯団後方にある程度固まって存在している。それはそもそも光線級の数が少ないことに起因する。BETAの侵攻は何らかの意図をもって陣形が形成されるのではなく、各種の速度差により、自然に陣形らしきものが形成されると考えられているが、その陣形制には地形も大きな影響を与える。よって中小規模集団内の光線級は一つないし二つ程度に固まっており、それ他の地域に分布する光線級は極少数で、面制圧局面においてはほぼ無視できる。
では超大規模進行ではどうなるか。
BETAに戦術はないという従来の説に当てはめれば、その規模が変化しようが基本は変わらない。つまり光線級はある程度固まっていることになるが、規模が増える、個体数が増えることによって中小規模では無視しえた個体群を無視できなくなるのだ。
よって光線級吶喊の対象は複数になる。
周たち中隊も例にもれず、その内一つの光線級集団の殲滅が任務であり、そして他の中隊はまた他の集団というように、分散して任務を遂行していた。いや、せざるを得なかった。
ーーーー
周たちの中隊が光線級を示す熱源体に迫っていたとき、その機影はさらに減っていた。
戦車級の小集団を抜けた後にも、続々と迫るBETA群。戦車級と要撃級に繰り返し襲われるうちに、機体と武装は消耗し、衛士たちは疲れを溜めていく。
「ぐぅ……」
要撃級を殺しそこねたのだろう。また一機、堕とされた。
これで残る機体は四。一個小隊規模だ。少しずつ、じわじわと追い詰められていく中隊。だが仲間の死は無駄ではない。
着実に光線級の集団へと近づいていた。
現在戦っている戦車級集団。この先に、強烈な熱源がある。レーダーはそう示していた。
「もう少しだ……もう少しだぞ……!」
隊長が叫ぶ。
死んでいった者たちの無念。晴らすためにも必ずや光線級吶喊を成功させる。そう意気込んだ衛士たち。
手に届くところまで来ていた。
戦車級は、あと数十。
残弾は20%といったところか。
(……いける……)
周は心の中でひそかにそう思った。声にはださなかったが、光線級はもうすぐそこだ。
「行くぞぉ……」
隊長が再び叫ぶ。
その雄叫びにつられて周が、他の衛士たちも、声をあげる。
先頭に立った隊長の機体から鉛玉が降り注ぎ、赤き異形の影が潰され、倒れる。
道がーー開けた。
光線級が見える。
目のように見える照射粘膜を空へと向け、今も続けられている支援砲撃を撃ち落としているのが見える。
憎き敵の姿だ。
中隊各機が光線級集団へと突っ込んだ。
まさに「目の色を変える」という表現が相応しいような形相で、彼らは仇敵へと攻撃する。
四機の主腕の突撃砲から銃弾が飛び出して、光線級を潰していく。
そんな光景を幻視した。
しかし、そう上手くはいかない。
戦車級の壁が消えたということは、すなわち光線級の射線が通るということである。
確かに光線級はレーザー連射はできない。
だがこの規模の侵攻だ。光線級の数は当然多くなる。
絶対に誤射しない光線級の特徴が引き起こしたのか、偶然、インターバルが終わった直後の光線級がいることは不思議ではない。
光線級はその歩みを進めない。
だがその目は、正確には照射粘膜は、確かに機体に向いていた。
初期照射。
そして……。
その機体に向けられたのは偶然だったのだろう。だがそれは「最悪」の偶然だった。
今多目的追加装甲、つまりは盾を装備しているのは二機だけだ。他の二機は戦闘途中に放棄している。
そしてレーザーが焼き尽くしたのもまた、盾のない機体。それも隊長機だった。
「隊長ーーー……」
そんな叫びをあげたのは周か、それとも別の衛士か。
そのどちらもだったかもしれない。
そして一瞬の空白が生まれる。
戦場では致命的な一瞬を。
二筋のレーザーが機体を捉えた。
操作が遅れ、自動回避もこの状況ではあまり役には立たなかった。
爆発音が響く。
衛士の苦痛の声が聞こえたような気がした。
盾を保持していた機体が一発耐える。最も戦闘続行は不可能な損傷具合で、この状況から生還できるはずもない。
それでも意地がある。
衛士の意地だ。光線級吶喊ということである難度の高い作戦を命じられた、衛士の意地だ。
周の機体の前に出て、他のレーザーを引き受けた。
「後は頼んだ」
周にはその機体の後ろ姿がそう言っているように見えた。
レーサーが飛ぶ。
一瞬で機体はその中心部から焼き尽くされ、爆散した。
「うぅ……」
目から溢れる涙。
今日死んでいった仲間たちの姿が走馬灯のように浮かんできた。
「おぉ……うぉぉぉぉ!」
それは恐らく、今日一番の、いや周の人生で一番の咆哮だった。
インターバルは12秒。
すべての光線級が同時に照射してわけではないから、いつ撃たれてもおかしくない状況だ。
時間はない。
操縦桿のボタンをーー突撃砲の引き金を、引いた。
少し前に幻視した、あの光景が現実になる。
光線級が次々に肉片となっていく。
レーザーは撃たせない。
十数秒後、残っている光線級はもうわずかだ。
(あと20……)
撃つ。
撃つ。
撃つ。
(あと19……18……17……)
「死ねぇ……死ねぇぇ……」
涙をながし、叫びながら撃ち続ける。
(えっ……)
そんな認識はあったのだろうか。
その瞬間に、彼女は気がついただろうか。
声を出す間もなく、周の機体が焼き尽きる。
こうして周たちの部隊は全滅した。
光線級吶喊という任務をやり遂げることなく。
そして同様の光景は戦場のいくつかでも見られていた。
周の機体のあった場所の先には、戦術機とほぼ同じ大きさの影があった。
鉛玉は比喩表現(?)です。書きながら「鉛ではなくね?」と思いながらも、意味は伝わるだろうと考え、そのままにしました。
突っ込まないで下さい(笑)。
評価、お気に入り登録、感想などしていただけると喜びます。
一話の文字数はどのくらいがいいですか?
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