Muv-Luv Alternative 紫の白銀   作:Shikanabe

17 / 17
半年ぶりくらいでしょうか……。
大変長らくお待たせいたしました。投稿が遅れて申し訳ありません。
[追記] 誤字報告本当に助かります。いつもありがとうございます。


16 戦線は如何に

[4]

 

 

時は少し遡る。

史上最高規模の侵攻が確認されてから数時間。要塞最前線に進出した各軍の戦術機部隊は接敵に備えていた。

 

衛士たちの視界に映る土煙。正確には戦術機のカメラ越しだが、だからこそ見えたという側面が大きい。人間が地上に立った際に見える地平線は数キロ先である。当然戦術機の大きさでは変化し、より遠くまで見えるのだが、どちらにせよ地平線ギリギリに現れた土煙については拡大しないと普通の人間には見えないだろう。

この土煙の中に見えるのは当然BETAの最先鋒、突撃級だ。

分速にして数キロメートルの速度を誇るその巨体が迫る。

この時点で、彼ら戦術機部隊に猶予はほとんどなかった。

 

「数が足りなすぎる……」

 

それは誰が零した愚痴だったのだろうか。

光線級吶喊による要塞保全が最優先された結果、前線部隊は限りなくその数を削られていた。

 

最早要塞線が陥落するのは時間の問題だ。

 

それはこの要塞で戦うものたちなら毎日のように感じていたことだ。司令から一般兵まで。衛士から整備兵まで。だからこそ少しでもここで時間を稼ぐ。

この要塞線に配備された戦力は統一中華戦線からしてみても失うのは惜しいものだ。にも関わらず、多少の犠牲を伴ってでも要塞線陥落を一日でも遅らせる。それには訳があった。

 

中国大陸は広大だ。かつ障害物となるものは少ない。その国土に占める山地の割合は三割程度であり、三割を台地、一割を丘陵地、残りを川沿いの盆地と低地平野が占める。全国土のおよそ七割を山岳地帯が占める日本とは雲泥の差だ。

ただでさえ戦線が広くなることを考えれば、重慶という要地が墜とされた後、国土防衛の難度が飛躍的に上昇するのは明らかだった。

現在まで、中国大陸の人口集積地である沿岸部を保たせているのは重慶要塞だ。これが陥落すれば、仮に同程度の戦力を保持していたとしても、従来のような防衛線を展開することは不可能になる。

だからこそ戦力の保持以上に要塞線の、ひいては防衛線の保持が重視されていた。

 

「来るぞ……」

 

再び誰かが愚痴を零す。

突撃級の姿はもう目の前まで迫っていた。

 

まだ、誰も撃たない。

それは全員が自分たちの役割を理解している証左だった。あるいは上官の指示なく発砲しないだけの冷静さを保っていた証だ。

それが投与された戦術薬物の効果であったとしても、大切なのは結果だ。絶望的であると知っていてなお、十中八九、死ぬだろう、そんな戦場の最前線に立ってもなお、組織的行動ができることは大きい。少なくとも「最悪」中の「最悪」という事態は避けられた。

光線級吶喊の部隊の突入成功率を高めるため、光線級吶喊が終了するまで戦線を保つため。

 

最前線に立った機体の主腕が銃を構え、絶望的な戦闘が始まった。

 

―――――

 

「大尉……真田大尉……」

 

それは最前線に身を置くある帝国軍部隊の中の一つだった。

 

「オウル04!!」

 

戦闘しているのは撃震の一個中隊だ。コールサインは「オウル」。中隊といっても、本来の中隊規模ではない。機影は九。二個小隊と一機分しかなかった。

そしてまた一機墜とされる。いや。「墜ちる」という表現は適当ではないかもしれない。オウル04と言われた衛士は地上で殺し損ねた要撃級の触腕によってコックピットごと潰されたのだから。

 

「くっ……態勢を立て直すっ……」

 

隊長――真田大尉が指示を出す。

二個小隊規模にまで数を減らした中隊が陣形を組みなおし、BETAと相対する。

 

「300メートル後退する。俺たちの任務を忘れるな!遅滞戦闘と誘因だ!」

 

「了解」

 

そう。遅滞戦闘こそが真田たちに与えられた任務だった。

ここ重慶要塞の守備戦術は河川部を利用したもので、地雷原と各砲撃部隊によるキルゾーンを形成することだ、というのはすでに何回も説明している通り。故に、光線級吶喊に参加しない戦術機部隊の任務はキルゾーンへの誘因となる。

しかし今回の大侵攻は少し事情が違うということもまた、前述した通りである。その原因は要塞戦力の不足とBETAの谷例を見ない規模の戦力にある。

そして司令部は要塞線保全のために光線級吶喊に賭けている。キルゾーンに誘い込む戦術だけではBETA群の殲滅は不可能であると見込まれているからだ。航空戦力か核戦力が必須であり、そのためには光線級吶喊を成功させなければならない。

だが同時に後方戦力の保全も考慮しなければならない。光線級吶喊が成功する前に後方戦力が沈黙すれば、光線級吶喊に差し支えるし、そもそも成功したとしても戦線が崩壊しかねない。

それ故の遅滞戦闘であり、誘因前に戦術機が間引くことを求められたのであった。

 

突撃級(でかいの)だけはここで止めろ!他は多少後ろに抜かれてもいい!!」

 

真田が叫ぶ。

突撃級は強固な装甲殻をもち、その速度も相まって非常に厄介で対処しにくい敵だ。実際面制圧での生存確率が高いのも突撃級であり、だからこそ戦術機部隊が対処する必要があるBETAの中でも(光線級を除けば)優先度は上位になる。

因みに戦術機が対応する必要ではないBETAは兵士級や闘士級などの小型種であり、歩兵でも対応可能な種である。なお兵士級は1993年現在、発見されていないことを付け加えておく。

 

「おらおらおらおらぁぁ」

 

衛士たちが咆哮をあげながら発砲を続ける。

操縦桿のレバーを引くたびに、巨腕に保持された突撃砲から弾が飛び出てBETAを襲う。

36ミリ弾のうちいくらかは突撃級の装甲殻に防がれる。角度次第で120ミリ砲弾をも防ぎ、面制圧下においてに生存する可能性すら向上させるそれは、戦術機用の36ミリなど通しはしない。

 

「オウル08、弾倉交換します」

 

女性衛士が答えた。

 

「了解。支援する」

 

同じ小隊に属する衛士が答える。

一機、オウル08が弾倉交換をしている間、カバーに入るために動き出した。

オウル08の前方数百といったところか。突撃級の速度を考えれば決して遠くはない距離に迫ったBETAに向けて、87式突撃砲を構える。

刹那――

突撃砲の、その大口径の方が火を噴いた。

 

120ミリ滑腔砲の銃口から放たれたのは装弾筒付翼安定徹甲弾( A  P  F  S  D  S )だ。

滑腔砲はライフル砲と比較して弾道の安定性が低く、有効射程が短い。これはライフリングがないことに起因する。時代が進むとともに高威力の砲弾が求められ、その代表例である装弾筒付翼安定徹甲弾( A  P  F  S  D  S )等の砲弾は、ライフリングがむしろ悪影響を及ぼしたのである。よって現代の戦車の多くには滑腔砲が搭載されている。

その戦車砲には劣るものの、戦術機用120ミリ滑腔砲の装弾筒付翼安定徹甲弾( A  P  F  S  D  S )も十分な威力と貫通力を誇っていた。

 

数発の120ミリ劣化ウラン弾が迫りくる突撃級を襲った。

何発かは跳弾し、狙った効果は得られない。

しかし無駄ではなかった。運動エネルギー弾の直撃に加え、衝撃波の影響で突撃級には確実にダメージが蓄積されていた。

事実、次の弾頭は弾かれることなく着弾する。

突撃級の装甲殻を侵徹体が貫通した。

装甲殻内部で破壊された装甲殻の破片や侵徹体との高温融解物が飛散する。

突撃級の誇る盾を貫かれ、その足が止まった。

 

だが迫りくるBETAは一体ではない。

オウル08の弾倉交換が終了し、戦線復帰するまでの支援なのだから足止めで良い。

そう判断した衛士は36ミリチェーンガンを作動させる。

36ミリ弾で突撃級の装甲殻を抜くのは難しい。勿論不可能ではない。集中して射撃すればいつかは突撃級の装甲殻をも突き破り、息の根を止めることは可能だろう。しかしそれは愚策、弾薬の無駄だ。突撃級の足止めなら、装甲殻のない前脚部分を狙えば良いのだから。

 

87式突撃砲の銃口が複数の突撃級の前脚部に穴を穿つ。

突撃級の速度が落ちる。中には完全に停止したものもあったが、それは少数派だ。

もともと大した距離のない中での戦闘だ。多少速度が落ちたとしても、機体まではもうすぐの距離に迫っていた。

しかしそれは斜め後ろからの射撃によって食い止められる。

 

「お待たせしました」

 

副腕によって行われる87式突撃砲の弾倉交換時間はそう長くはない。

実際にオウル08が戦線復帰するまでにはそこまでの時間は掛かっていなかった。

 

「待ってたぜ……」

 

しかしそれでも戦術機一機が抜けた穴というのは意外と大きいもので、それを埋める衛士の負担もそれなりに大きいものである。

 

オウル08が戦線復帰したオウル中隊は突撃級を相手取り、次々と倒していく。

その間には要撃級、戦車級がどんどん後方へ向けて抜けていくが、中隊にそれを止める力はなかった。

否、ここでは突撃級をほぼ完全に止めている彼らの技量を褒めたたえるべきだろう。他の戦域ではすでに全滅した部隊もいたというのだから。それは文字通りの意味での「全滅」だ。一個小隊分の損失しか出さずに戦闘を続けているこの帝国軍部隊の練度は非常に高い水準にあると言えた。

 

時間が経つにすれ、BETA群の圧力は増していく。

真田たちオウル08の眼前に現れたBETAの数はとても一個中隊では止められないものだ。

 

「ここまでか……」

 

一言そう呟いた真田は司令部への通信チャンネルを開いた。

 

「オウル01よりCP、これ以上の戦線維持は不可能と判断する。後退と同時にBETA群を誘引したい。許可を求む」

 

撤退したい。それだけでなく誘因もするといったのは、敵を目の前にして後退することへ思うところがあったのか。撤退許可を求めることが敵前逃亡と思われるような軍組織ではないが、衛士としての意地だろうか。

それが何を意味するにしろ、そもそも意識してか無意識かもわからないが、何にせよ真田の判断は客観的に見て間違ってはいなかった。

 

「CPよりオウル01、撤退を許可する。BETA群を誘引しつつエリアEまで後退せよ」

 

少し待たされたあと、返答が来る。真田たちの後退は無事許可された。それは司令部がある混乱の中での判断であったが、真田たちはその理由を嫌でも知ることになる。

本当の地獄はごく近くにまで来ていることに、前線の衛士たちはまだ気が付いていなかった。

 

―――――

 

[5]

 

 

真田たちが後退の許可を求めていたころ、司令部には同様の上申が多く届けられていた。

正確な時刻を言えば、真田たちは長くもった方だ。真田が連絡する以前にすでに多くの部隊から撤退許可申請が出されていたし、すでに壊滅した部隊もあった。故に真田の連絡の時点で、司令部は混乱状態にあった。

 

「エリアBの戦術機部隊が後退の許可を求めています」

 

今もまたある部隊が後退の許可を求めてきたところであった。エリアBとなっているのは、そこの戦域を担当する部隊が複数いるからだ。そこでは統一中華戦線や帝国軍がともに戦っていた。

それども戦力不足は否めない。それが現実だ。

 

「司令……これは……」

 

参謀が司令に話しかける。

 

「重金属雲濃度はどうなっている!」

 

総司令が苛立ちを隠せないといった具合で叫ぶ。

 

「あと数分で規定値に達すると考えられます」

 

オペレーターが簡潔な答えを返す。状況は切迫しているが、だからこそ冷静でいなければならない。窮地にこそ、冷静さが求められるのだから。

オペレーターの態度は総司令よりも良いものであったが、自分の職務一つに集中できるオペレーターと、戦況を包括的に判断し、責任がある司令という職の違いを考慮すべきかもしれない。実際、次の問いかけの時には総司令の口調は平たんなものに変わっていた。

 

「そうか……規定値に達し次第、光線級吶喊部隊を突入させろ」

 

「了解」

 

「総司令……しかしこのままでは前線が持ちませんよ……」

 

参謀の一人がネガティブな話題を持ち出す。しかしそれは決して避けては通れないものだった。

 

「確かに……」

 

前述した通り、現在最前線は危機的状況にある。前線が崩壊すればBETA梯団は要塞線奥深くまで浸透、中衛の機甲部隊や後方の砲撃部隊に取りつくだろう。そうなれば支援砲撃は途絶え、光線級吶喊の成功率は下がり、成功したとしても要塞線の保持は難しくなる。

 

「……前線部隊を後退させ、予備部隊を投入する。現段階での戦線崩壊は防がなければならない。予備戦力の投入により戦線を再構築するのだ」

 

総司令は決断を迫られた。

戦術予備戦力を投入し、前線戦術機部隊を後退させると同時にキルゾーンを再形成する。

軍組織は決断が遅い。軍というより官僚的組織にありがちな点だ。だが軍隊というものは得てして決断したのちは止まらない。いや、止めるのは極めて難しい。今回も同じだ。総司令の決断は高度な戦術データリンクによって意思共有され、各軍各部隊に伝わる。戦術予備として現在まで戦闘に参加していなかった武たちにも命令が発せられた。

 

ーーーー

 

「隊長。後退命令です」

 

そう告げたのは真田大尉の部下の一人、斎藤少尉だ。オウル08のコードを与えられた彼女は隊全体へ下された命令を戦闘中の隊長へと反復した。

 

「ああ……後退し部隊を立て直す。殿は第一小隊が受け持つ!」

 

「了解」

 

その声が響き、残存8機の機影が動き出す。各機がその突撃砲を撃ち、多くのBETAを退け進む。

そのまま行けば良かった。しかし事はそう簡単には進まない。

 

赤い影が機体に迫った。戦車級だ。

 

「あぶっ……」

 

戦車級が戦術機の側に現れる。機体をかすめ、それは致命傷にはならざるも、機体のバランスを崩すには十分だった。

 

「穴山中尉っ!!」

 

オウル08の口から声が出る。今態勢を崩した機体の衛士の名は穴山というらしい。

オウル08――斎藤少尉の叫びにも意味はなく、穴山の機体には群がるように戦車級が取りつく。

その機体にかみつく戦車級。

しかし仲間たちはそれを座してみているつもりなど毛頭ないだろう。事実、周囲の撃震が突撃砲を向け、狙う。

しかし、敵味方識別装置(I  F  F)が作動する。衛士が引き金を引いたとしても、ロックされていては弾はでない。敵味方識別装置(I  F  F)は味方誤射を防ぐためのものだが、それは味方機にBETAが取りついたときには障害となる。

 

銃声が響いた。

穴山機に取りついた戦車級が蹴散らされる。

敵味方識別装置(I  F  F)を自分の意思で解除することができるのは隊長機をはじめとした一部だけ。また穴山機には可能な限りダメージを与えない――つまりは誤射して機体に損傷を与えないその実力。

突撃砲の銃口を引いたのは真田だった。

 

「大尉……!!」

 

斎藤が思わず声を上げた。それは穴山が助かった――と、思ったから。

確かに今穴山の命は救われたのは事実だ。

ただ今でしかない。先ほどまでの一連の出来事は結果的に、穴山の近い未来を暗く染めあげることとなる。

そしてその一歩がすぐに現れた。

 

穴山機が動き出す。

ナイフシースを展開し、短刀を手にもって戦車級突っ込んだ。ーー悲鳴に近い雄たけびを上げながら。

 

「うぉぉぉぉぉ…………」

 

正に暴れだす。そんな言葉がふさわしい状態だ。

 

「死ねぇ……くそ共がぁぁ」

 

シェルショック、戦争ストレス反応――戦闘の経験によって発生される心理的障害だ。一般的には心的外傷後ストレス障害、所謂PTSDが有名だが、それは戦争以外の原因を含む包括的なものであり、同時に長期的にわたる心的障害をいう。この 穴山の反応が後々まで続くかどうかはわからない。

しかし、わかることもある。それは戦術機の運用上、衛士がこういった状態に陥ることは想定されていることであるということで、故に、対応策が用意されているということだ。

戦術薬物が投与される。

帝国軍においても実戦での経験は少なく、後催眠暗示とあわせて「まともなもの」に至っていないそれは、しかし投与された衛士の精神を強制的に鎮静化させる。

実際、穴山の目から光が消えた。

生気を失った傀儡かのように、ぼーっとしたような姿になる。

 

「………………」

 

「……よし、隊列を組みなおせ!!」

 

真田がすかさず指示を出し、中隊を動かす。

再び機影に動きが生まれ、それらが連なってBETAたちを倒し、進む。

集団の外縁部の機体からは劣化ウランが飛び出して、中央部からもまた、支援攻撃が行われていた。

シェルショックの衛士を出した割には、普通の動きだ。

それはひとえに中隊の熟練度と真田という部隊長の腕によるものではあったが、戦術薬物も後催眠暗示も帝国軍では未完成の技術だ。残念なことに、その反動はすぐに現れた。

 

「…………」

 

「このまま突破するぞ!!」

 

真田の命令が響く。

その大迫力の怒号は、より迫力のある現実と相まって衛士を昂らせ、さらに機体の速度を上げさせる。

ただ、それが裏目に出た。

 

「……死ね……死ねぇ!」

 

再び穴山の感情がよみがえったかのように昂りだす。

そしてさらに追加で薬物が投与される。

しかし、薬物の投与は必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。意味がない、というわけではない。戦術薬物も後催眠暗示も戦争の経験から用いられるようになった、いわば人類の知恵だ。仮にこれらがなかったとしたら、部隊損耗も人類の後退もより激しく、早くなっていたことは間違いないだろう。

だが、技術的には過渡期にあるこれらには、最前線での機械判断での過剰使用による副作用が存在することもまた事実。そしてその副作用の一つが、俗に「悪酔い」と呼ばれているものだった。

 

「おらぁぁ」

 

穴山はまるで正気ではないかのようにBETAを屠り続ける。壊れた機体で。

いや、実際正気ではないのだろう。それ傍から見ても明らかだ。BETAの殺し方がおかしい。非効率的すぎる。

 

そして穴山の機体に傷が増えていく。

 

「やめろ穴山!後退だ。後退するぞ!!」

 

要撃級の、戦車級の腕が、穴山の機体を狙って迫る。普段ならば味方との連携を含めてこの程度ならば難なくさばけるのだろう。しかし今の精神状態では、それは不可能だった。

 

「ぐぅぅ……」

 

要撃級の頑強な前腕が機体と接触する。機体フレームが歪み――幸いコックピット付近ではなかったが――撃震が大地に倒れる。

 

「穴山ぁぁ」

 

真田が思わず声を上げた。

 

「穴山を支援しろ!!」

 

突撃砲で穴山機の周囲の要撃級を駆逐しながら叫ぶ真田に続き、中隊衛士が穴山機のバックアップを行う。

しかし穴山にはまるでその声が聞こえていなかのようで、その動きが見えていないかのようで。

彼の機体は立ち上がり、BETAへと向かっていく。

 

「ぶっ殺してやるくずどm……ぐぁぁ……」

 

しかし穴山の機体はすでに深手を負っている。戦闘などままならないほどに。

そんな機体でBETAに向かっていけばどうなるか。更に仲間との連携もとれていないならなおさらだ。

穴山機にBETAが迫る。同時に穴山機のカメラに映る巨大な影。それがますます穴山の精神を蝕み、更なる投薬と悪酔いという悪循環を迎える。

 

「大尉てめぇふざけんなよ!!いっつもそうして偉そうにしてやがるくせに……俺一人助けられねぇのかよ!?ああっ!!」

 

錯乱した状態の穴山。

壊れた機体でBETAと戦っている。否、BETAに襲われている。

 

「穴山中尉!!もうその機体はもたない……はやく……はやく緊急脱出してぇ!」

 

斎藤が叫ぶ。だがその言葉は穴山には届かない。

 

「おい真田ぁ!だからてめぇは気に食わなかったんだよっ!!ははっ……とうとう言ってやったぜ。なあ――貴子!」

 

いや、意味が通じたかは兎も角、その言葉は間違いなく耳には入っていた。

そう。その言葉の意味が通じないのが「悪酔い」の状態というわけだ。

 

「オウル10--穴山っ……脱出しろ!!俺が拾ってやる」

 

真田もまた叫ぶ。真田や斎藤は薬による副作用ではない。同じ隊の仲間に対する情だ。錯乱したからといって、仲間を見捨てることはできない。まして真田は部隊長だ。時には仲間を切り捨てる決断が必要な職務だが、まだ可能性は残っている。そう判断した。

そしてそれは多少なりとも戦術薬物は投与されている状態とはいえ、正気での判断だった。

 

「できるわけねえだろそんなこと!!だったらてめぇでやってみろっ」

 

だが、仲間の思い程度で言葉が届くのであれば、そもそも薬物など必要ない。

この時の真田の言葉は、斎藤の思いも穴山には届かない。

そんな戦場の現実がここにあった。

 

「穴山は重度の悪酔いです!!っ……お願い大尉――助けに行かせて下さい!!」

 

斎藤が叫ぶ。普通ではないほどの情を込めて。

しかし――現実は非情で、容赦などない。

穴山機に取りついた戦車級が機体をかじる。穴山救出のタイムリミットは刻一刻と近づいていたが、真田にせよ、斎藤にせよ、その他の衛士にせよそれを助ける余裕はなかった。――精神的にも、実力的にも。

 

「ああ……おい、ふざけるなよっ!もう糞どもがコックピットを壊しやがっ……うわぁぁぁ離せテメェぐwsws」

 

戦車級がコックピットを食い破り、穴山と直接相対した。

そして――その強靭な顎が穴山に迫る。狭いコックピットの中、逃げようとしてもそんなスペースはない。そもそも恐慌状態にあって冷静に回避できるはずもなかったが。

とはいえ、穴山の本能的な僅かな抵抗が、違った結果をもたらした。彼にとっては最悪ともいえる形で。

戦車級の顎を回避しようとした穴山の身体は、戦車級からできる限り離れようと若干その向きを変える。

ガリ……ガリ……と、戦術機を「食べる」音が耳に入り、まるで周りがゆっくりと進んでいるかのような錯覚に襲われる穴山。

赤い怪物の顎が穴山を捉えた。

頭ではなく、肩と腕を。

数センチか数十センチか。その程度の差で、数十秒、穴山の命は取り留められた。

戦術機や戦車の装甲さえ簡単に食いちぎる戦車級の顎の力は尋常ではない。人間の四肢程度、簡単に食いちぎる。そして、仮に()()()()()()()()()()()()、それは食べられた側からすれば地獄となる。

戦術機は勿論、強化装備の機能すらまともに働かなくなるのもざらで。

穴山は精神的に異常が見られる状態だった。だから、どれだけ痛みを感じたかはわからない。

 

しかし、

 

「早く殺してくれ」

「あの時死んでいればよかった」

 

そんな言葉が口からでるのも当然だと思える地獄の中で、穴山が数十秒余分に生き永らえたことは確かだった。穴山にとっては酷な結果となったのかもしれないが。

 

「いやぁぁぁぁぁ……」

 

戦場に響く、斎藤の叫び声。

それもまた、仕方のないことかもしれない。

 

「穴山ぁぁぁぁぁ……」

 

ほぼ同時に、真田の声も響く。

穴山には少し憎い相手として思われていたようだが、真田が穴山に、正確には部隊の衛士たちに抱いていた思いは本物だ。日本帝国人の気質というべきか。

質実剛健で生真面目。部下から見れば、少々気難しい上司であるのは間違いない。しかし、だからこそ、部下に対する思い入れも強い。部下の視点からは上司の思いが見えないことは、特に真田のような人物にしてみればままあることだ。

故に、真田が叫び、精神的に同様してしまうのは仕方のないことだったのだろう。本来はそうあってはいけないが、この戦場でその理想を体現するのは難しい。まして、部隊長ですらない斎藤はなおさらだ。

 

そして、衛士にかけられた精神安定装置が作動する。

特に興奮状態にあった真田と斎藤に戦術薬物が投与される。二人の精神が強制的に鎮静化される様は、普通の感覚なら恐怖の感情を起こさせるような不気味な光景だ。それも、二人が興奮していた要因である穴山の死の間接的原因となった薬物によりこの状況が発生しているのだから、一層恐ろしい。

とはいえ、幸運にも、真田も斎藤も穴山のようにはならなかった。真田は指揮官として、冷静に部隊に支持を出す。

 

「…………オウル10のKIAを確認……これより戦場から離脱する……」

 

冷静に、というのは的外れな表現かもしれない。より正確な言い方にするのならば、「感情がない」「生気がない」「平坦な」声だ。これはまさに、戦術薬物や後催眠暗示の効用と恐ろしさを明確に表している。

部隊の各衛士が真田の命令に答えるとともに、当然斎藤も了解の意を示す。

 

「…………オウル08……了解……」

 

こちらも不気味なほど起伏がなく。

 

――――

 

残存7機が戦闘機動を少し緩め、移動を開始する。

可能な限りBETAを誘引しつつ、後退する。河川部のキルゾーン付近では、BETA殲滅のための面制圧を支援砲撃として利用することができる。無論、砲撃に巻き込まれない部隊運用と砲撃部隊との調整能力が必須であり、指揮官への要求は高い。

BATE大戦下では楽な戦闘など存在しないが、それは比較的後方かつ好条件のこの場でも変わらなかった。

 

「隊長っ!オウル03が……」

 

その声はもはや半分にまで減った真田中隊の中で、未だ生存している衛士が発したものだった。

戦術機部隊の中では、特に戦闘をしている部隊の中では最後方に近いキルゾーン間近まで後退し、戦闘を行っている真田中隊。周囲は砲撃音と戦術機の銃撃音、BETAの進撃する音に支配され、孤立していた。

 

「近くの部隊と連携を取らなければ……このままでは全滅する!」

 

真田は戦闘の中にあって思考を停止させず、任務の達成と部隊の生還への最善手を探し続けていた。そこに届く一つの指示。

 

「CPよりオウル01、予備戦力を投入し、戦線を再構築する。それに伴い、各部隊の配置が若干変化する」

 

それは、真田にとっては朗報だった。CPからの通信は続く。

 

「これより各部隊へ指示を出す。周囲の部隊と連携しつつ、各座標へ移動開始せよ」

 

すると、戦術データリンクを経由し、真田をはじめ衛士たちの視界に、あるポイントを指す戦域マップが映し出される。

 

「オウル中隊は帝国軍研究開発団第一中隊と同じ戦域になります。部隊コードはクレイン、部隊長は巌谷少佐です。戦域αに移動し、同部隊と合流せよ」

 

CPは続けて、真田たちと同じ戦域になる予備戦力の部隊を告げる。それはまさに、武が所属するクレイン中隊であった。何より巌谷の名前は、日本の衛士たちにとって特別なものがある。伝説の衛士の名声は、帝国軍の戦術機関係者で知らぬものはいないだろう。

 

「オウル01了解。移動を開始する」

 

真田の撃震の跳躍ユニットが起動し、機体が地面より少し離れる。機体が動き出すとともに、風を切る音が戦場に現れ、隊員たちが続き、巨人が闊歩する。

銃声が轟き、悲鳴にも似た音がBETAから漏れる。

周りはBETAの群ればかり。予備戦力がすでに各戦域に駆けつけているとはいえ、救援部隊と合流する前に全滅してもおかしくない。

真田は再び意識を切り替える。部隊を生還させるために。任務を遂行しきるために。

 

BETAを狩る人類の矛が、その名に恥じぬ動きを見せ、BETAの体液の沼をつくる。突撃銃を構え、或いは近寄ってきた敵を切り刻み進む。

 

「足を止めるな、このまま一気に合流地点まで行くぞ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

少ないながらも援軍と合流できるということ、その指揮官があの巌谷であること。それらは隊員たちの士気を高めるには十分であった。

赤い壁が顕現した。

BETAに蹂躙され、平地になれされつつある地形。粉塵で遠くは見えない状況とはいえ、終わりが見えないだけの数がそこにいた。一息で飛び越えることはできそうにない。試みれば光線級の餌食だろう。

戦車級の群れ。これを乗り越えなければ生還も、作戦成功もない。

 

「突破する。続けぇぇぇ!」

 

真田の咆哮が先か、各機から劣化ウラン弾が飛び出したのが先か。

真っ赤に染まった大地が中央から三角形に弾ける。

たった六機、されど六機。各機の両主腕が保持する計十二門の突撃砲の威力は、どれほどの戦車級をも薙ぎ払う威力をもつ。

数百、いや数千に及ぶ弾丸の雨が戦車級に降り注ぐ。

 

「敵戦線をぶち抜けぇ」

 

真田はさらに叫ぶ。部隊は真田を最前線に、一つの猛獣のようになり、直進する。

機体の跳躍ユニットの出力がさらに上昇し、速度も比例して上がっていく。

赤い壁の最高地点が見えた。

同時に、突撃砲の残弾がゼロに。各機は弾倉交換が必要な状態になるが、残念ながらそのような余裕はなかった。

 

「残りは短距離跳躍で飛び越える。高さには気をつけろ!光線級に狙われていることを忘れるな!!」

 

真田の指示とともに、先頭の真田機の跳躍ユニットの向きが変化し、機体の高度が急激に上がる。

その従来機には不可能な機動は、本来人間が感じるはずがないGを発生させる。強化装備によって軽減されながらも、長時間戦闘をこなしてきた真田の身体に更なる負担をかける。

 

「ぐぅぅ……」

 

そんな中でも、真田は部下の状態の確認は忘れない。

 

「よし、皆ついてきているな……」

 

跳躍ユニットの角度は上を向き、機体はさらなる加速とともに地面へと向かう。

真田に続いた機体が着陸した瞬間、後方の機体の背部兵装担架に備え付けられた突撃砲がBETAを捉える。

BETAが攻撃する優先順位が高いものは、高性能コンピュータを搭載した有人兵器である。当然、戦術機は最優先の対象になり得る。

 

頭上を越えられた戦車級は、反転して真田たちを狙う。それを背部兵装担架から構えられた突撃砲は、その前列となった戦車級を狙い、つるべ打ちにする。

BETAの足先な鈍った矢先、機体は加速し、置いて行く。

 

跳躍ユニットの出力は更に上がる。ジネラル・エレクトロニクス製のエンジンは最初期に開発されたものであるが、その信頼性と性能の良好さは現代でも高い評価を得ているものだ。

青い噴流が迸る。

 

真田の視界の戦域マップが拡大される。

先に示された戦域αに入り、新たに設定された合流ポイントを示すマーカーが現れる。距離は近く、ようやく武たちと思われる友軍戦術機のマーカーもまた現れた。

 

無線が繋がる。

 

「クレイン01よりオウル01、帝国軍研究開発団第一中隊長の巌谷少佐だ。貴隊を確認した」

 

「オウル01、真田大尉です。合流後、貴隊の指揮下に入ります」

 

「ああ。新しい合流地点を送った。確認してくれ」

 

その言葉通り戦域マップが拡大され、新しい地点を指すマーカーが現れ、点滅している。

真田たちからほど近い位置だ。少し離れた場所にある巌谷の部隊のマーカー。両者の中間よりから少し真田よりといったところか。地形的には数分の距離だ。

 

BETAをかわしながら進むと、前方から機影が現れる。

数は12機。間違いなく、巌谷の部隊だった。

改めて通信が開始される。今度は隊長同士の秘密回線ではなく、両部隊の全衛士に聞こえるように。

 

「クレイン01、巌谷少佐だ。以降両部隊の指揮を執る。よろしく頼む」

 

一瞬、間を挟んで巌谷が続ける。

 

「司令部より残存戦術機部隊及び予備部隊に命じられたのは戦線の再構築だ。現在、光線級吶喊を任務とする部隊が複数投入された。光線級吶喊が成功するまで戦線を維持しなければならない。

そこで、我々は撤退してくる他部隊を掩護し、戦線再構築までの時間を稼ぐ。各人の奮戦を期待する」

 

巌谷の言葉を待っていたわけではないだろうが、そのタイミングでアラートが鳴り響く。

数十か数百か……突撃級の小集団が両部隊の前に現れる。

 

「一先ずは殲滅するぞ。中央および右翼はクレイン中隊が、左翼をオウル中隊が対処せよ。真田大尉、よろしく頼む」

 

「了解」

 

巌谷の指示の下、18機が動き出す。

巌谷が戦域で部隊を分けたのには理由がある。

巌谷の部隊は完全な状態、真田の中隊は戦闘で疲れている。そもそも状態が違う上、突発的で連携の確認も不十分だ。この状態なら無理に部隊を混ぜない方が良いという判断であった。

しかし、それは度重なる戦闘で疲弊した真田中隊を見捨てるという意味ではない。中央には武の中隊を配置し、巌谷自身の直轄小隊はその後方から各方面をフォローする。

 

切り込み役は当然、突撃前衛と強襲前衛から構成される武の小隊だ。

突撃級の中央に吶喊する。

 

「続けぇぇぇ」

 

武の指示の下、四機が一気に加速する。

片腕に長刀、もう一方に突撃砲を構えた武の機体を戦闘に、各機が続く形だ。

 

突撃級の前面装甲はやはり堅い。

36ミリを正面から撃っても効果を薄いが、特に脚部を見れば、牽制程度にはなる。

 

距離は数十メートル。戦術機と突撃級の速度を考えれば、わずかでも遅れれば激突してしまうタイミング。

跳躍ユニットの角度が変わり、瞬間出力の高いロケットエンジンの炎が上がる。

機体が持ち上がり、突撃級の上部すれすれを飛び越える。当然、光線級に狙われないようにできる限り低く。

 

突撃級の最高速度は170㎞/hだ。無論最高速度が出せる環境ではないのだが、それでも一瞬で距離は離れていく。

一先ずの目標は突撃級の殲滅。

敵を逃がさないために、背部兵装担架から出る銃弾が突撃級の柔らかい背面を狙う。

更に、反転した機体の腕部に構える突撃砲からも同様に銃弾の雨が降り、BETAが止まる。完全に息の根を止めていないものもいるが、前進できない突撃級など障害にはなりえない。

 

武が後続の突撃級の脚部を狙う。

精密な射撃と胆力が要求されるが、少なくない戦闘経験と、なによりもセンスが違う。数が多くないこともあり、確実にその足を止めていった。

 

巨人が剣を振り下ろす。

74式近接戦闘長刀の切れ味は本物だ。足の止まった突撃級を、装甲殻を持たない部分を狙い、突き刺す。

次々と息の根を止めていく衛士たち。

そして、同様の光景が右翼、左翼でも発生していた。

 

 

―――――

 

突撃級を殲滅したのち、改めてクレイン、オウルの両中隊が集合していた。

 

「撤退中の各部隊が救援信号を発している。対象αを確認してくれ。我々は部隊αを救援し、同戦域を維持する」

 

各衛士の視界に救援対象となる部隊のマーカーが強調される。

 

巌谷の指揮の下、部隊が動き出す。対象αの残存機体は六機、元々が大隊だと考えれば、その損耗率は極めて高い。

最も、BETA大戦ではその異常事態が「常時」発生するのだから恐ろしいものなのだが。

戦術機が群れを成して動き出す。

 

そして、武たちは再び戦場に身を晒し、戦線維持に死力を尽くしていくのだった。

 




PTSD等、病気が本文中に出てきます。厚労省や文科省等政府組織のページを参考に、当該部分を執筆しておりますが、正確な情報ではない可能性があります。
こうした部分については、いないとは思いますが、本文中の記述を信用しないよう、お願い申し上げます。

なお、軍事知識がガバガバなのはデフォルトです。何かあれば是非ご指摘ください。

一話の文字数はどのくらいがいいですか?

  • 3000以下
  • 3000〜5000
  • 5000〜7000
  • 7000〜10000
  • 10000以上
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。