Muv-Luv Alternative 紫の白銀   作:Shikanabe

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02 経験

[1]

 

「くっ…がぁぁぁぁぁ……」

 

武を頭痛が襲う。

頭が割れるような、経験したことのない痛み。

 

「これは……くぅ……」

 

武は未だ子供。普通の子供なら、いや大人であったとしても泣いてしまうだろう。或いは気を失ってしまうかもしれない。それほどの痛みだ。

武は斯衛、武家に生まれた者。幼少といえども各種の訓練を行なっている。しかし、こんな痛みを経験したことはなかった。

そして、武の意識は闇へと落ちていった。

 

――――

 

[2]

 

気が付くと、自分を空から見下ろしているような感覚だった。

自分が話しているはずなのに、自分でない「誰か」が話しているかのような、変な感覚だ。

だが、単に映像を見ているのとは違う。匂いもするし、感覚もある。五感は間違いなく、この「自分」と同じものだった。

 

ここはどこだ?

「自分」はどこかに座っている。目の前にはレバーとボタンと、そして外の映像が見える。

操縦席……?知識としてしか知らない戦術機の操縦席に、自分が座っている?

 

網膜投影から見える映像は、UNマークのついた撃震。おそらく、模擬戦だろう。

対して、今自分の乗っている機体は、見たことも聞いたこともない機体だった。

視界の右上に映る機体情報場面を見る。機体名は「吹雪」。

 

「03エンゲージ・ディフェンシヴ!!大丈夫、直撃じゃない――!」

 

突然通信が入った。恐らくは味方から。女性の声だ。まだ若いような声。

 

「捕捉したか?」

 

自分から出た声とは思えなかった。今更になって気が付くが、そもそもこれは今の自分ではない。

不思議と「自分」だ、という実感はあった。

しかし、この瞬間、戦術機の操縦桿を握っているのは、成長した将来の自分だ。当然と言えば当然だろう。六歳やそこらの子どもに、戦術機が扱えるはずもない。

 

「遠距離からバックアップする」

 

また新しい声がした。こちらも若い女性で、落ち着いた印象を受ける。

 

「06了解。――平面機動挟撃(フラットシザース)だ! エリアC-33に追い立てるっ!」

 

再び自分の声が機内に響き、遅れて届く了解が重なる。

自分の乗る戦術機が加速し、敵機を捕捉するとさらに速度が上がる。

 

戦術マップには、自機と味方のマーカーが一つずつ。そして、敵機のマーカーが一つ。

相手の練度も高いのだろう。こちらの二機を相手にしてなお、容易に捕まりそうにはない。さらに、敵機のマーカーが一つ増える。

しかし、こちらには届かない。

既に射程範囲内に捉えた。

その時、何か根拠があったわけではない。今、この時点で持っている戦術機に関する知識は、決して多いわけではない。

だが、何故か分かった。直観なのか、操縦している「自分」と感覚的に繋がったのか。

こんな摩訶不思議な状況だ。後者がない、とは言い切れなかった。

 

「――06フォックス2!」

 

「自分」が叫んだ。

戦術機の巨体から、ミサイルが飛び出す。具体的な種類はわからないが、恐らく対戦術機用のミサイルだろう、とはわかる。

仮想敵機を追尾し、高速の物体が一直線に敵機に迫っていた。

刹那――

敵機は寸前のところで機体の方向を転換させ、仮想システム上に用意された高層建築物を盾に、ミサイルを回避した。

しかし、態勢は崩している。

 

「――06フォックス3!!」

 

これで確実に決める。そういう思いがこもった一撃だった。

機体の両腕に保持する戦術機用の突撃砲。

その砲口から、無数の銃弾が飛び出し、仮想敵を襲う。

いや、正確にはペイント弾が射出されており、網膜投影上で実弾のように見せているだけなのだが。

 

そして――敵機は倒れた。

 

「バンデット3スプラッシュ!こっちは単独だった――そっちは?」

 

「こっちは問題ないよ」

 

「現在バンデット1追跡中」

 

「自分」が問いかけると、二人の少女からも返答がある。

内一機は、平面挟撃の実施中に敵機と出会い、それを追跡している様子。

自機と距離が近いのは03の方だった。先ほど協力して一機を落とそうとしていた味方機だ。

 

マップを見る。エリアC-33は二機連携で倒すのには持ってこいの戦場だ。広場の形状になっている同地点。

偶然か、はたまた必然か。

敵味方全ての戦術機のちょうど中間点近くに、エリアC-33があった。

 

「04は敵機から逃げるようにC-33に誘い込んでくれ。相手が二機連携で04を墜としに来たところをこっちは三機で狙う!」

 

パッと、視界内の残弾表示が目についた。

120ミリは既に弾切れで、36ミリも数十発しかない。数秒で打ち切ってしまう程度だ。

そこで、違和感に気が付く。将来は斯衛軍に入るであろう自分の機体に、どうして長刀が積んでいないのだろうか。戦術機こそ乗ったことがないが、少なくとも剣術の修練具合は、同年代と比較しても上位であると自負しているのに。

しかし、そんな違和感の答えを考える余裕はなかった。

 

「ポイントC-33まで後5……4……3……」

 

戦闘の中、カウントダウンを行える余裕がある。それだけ優秀な衛士なのだろう。

 

「2……1……0――!!」

 

カウントとほぼ同時に、味方機を追う敵機が二つ、視界に入った。

残った36ミリを撃つ。

残弾はすぐにゼロへ。警告音が鳴り響いた。

 

「――なっ……ば、ばかなっ!!」

 

そんな敵衛士の声が聞こえた気がした。それだけ完璧だった。

だが、やはり敵も精鋭なのだろう。

一機、被弾しながらも中破程度で済ませた機体がある。

最後の一機だ。あれを墜とせば、この演習に勝利できる。

考えることは同じなのだろう。「自分」は操縦桿を倒し、敵機に接近していく。当然、ナイフシースを展開しながらだ。

前腕部からナイフが出てきた。一秒程度の間で、主腕に収まる。

そして――この機体、吹雪は、国連カラーの撃震へ向かって吶喊していった。

 

「うおおおおおおおおおっ!!!!」

 

――――

 

[3]

 

場面は変わる。

いや、場所は同じだろうか。状況も似ている。演習中だ。

先ほどと同じ機体、吹雪に乗って、撃震と戦っている。

 

――爆発音。

 

「……なんだ?…………爆発?」

 

「自分」の口からは、自然と疑問の声が出た。

そしてそれは、仲間たちも同じだったらしい。

 

「――エリア2の方からだわ……」

 

「実弾演習の予定は一切ないはずだが……事故だろうか」

 

先ほどまでの演習とは違う声だが、若い声に変わりはない。

 

――途端、警告音が鳴り響いた。

機体損耗時に発生する警告音ではない。現代において、知らぬものはいないほど、重要なアラートだ。

 

――コード991。

この警告音は、そう呼ばれていた。即ち、BETAの出現警報である。

 

そして、焦ったような声が通信から流れてきた。

 

「――コード991発生っ!――繰り返すっ……コード991発生っ!!」

 

コード991に慣れていないような対応だ。ここは前線の基地ではないのだろうか。

であれば何故、コード991が発生する事態になったのであろうか。

 

「HQよりホーネット3、詳細を報告せよ」

 

「――ホーネット3よりHQ!第二演習場トライアルエリアにてコード991発生!目視確認で3体。それ以上は不明っ!!」

 

「HQよりホーネット3、現在即応部隊が出撃準備中。敵の侵攻を阻止せよ」

 

「ふざけんなっ!こっちは丸腰なんだぞ!?」

 

「HQよりホーネット3、命令に変更はない。繰り返す、命令に変更はない。敵の侵攻を阻止せよ」

 

眼前で行われる緊迫感のあるやり取り。しかし「自分」は、どこか非現実的な感覚をもって眺めていた。

しかし、直後の命令によって、現実へと突き落とされる。

 

「――HQより各部隊へ。防衛基準体制1へ移行。繰り返す、防衛基準体制1へ移行」

 

防衛基準体制1。

この基地の全てが戦争状態へと移行したことを表す言葉だ。

今、この世界にいることに現実味はない。そもそもこれが何の演習かもわからなければ、今までの自分の認識との齟齬が大きすぎるから。

だが、夢のようにも思えないのだ。

「今ここにいる」という実感が、ありすぎるから。

 

いずれにせよ、戦わなければならない。BETAが相手でも。

「自分」を動かしているのは自分ではないが、覚悟は決めなければならないだろう。

そんなことを考えている間にも、HQからの指示が各部隊へと与えられていく。

 

いや、それ以上に敵が早い。

網膜投影に、各部隊の様子が俄かに映された。

次々と撃破されていく機体たち。

これが……戦場。それを実感した瞬間だった。

 

演習部隊は他部隊の指揮下に編入され、兵站の運搬を任される。

演習部隊の仲間たち、六機で編隊を組み、移動する。

 

――何かが破壊される音とともに、BETAが現れた。

初めて、BETAと対峙する。

心臓が破裂しそうなくらいバクバクと鳴り響き、唇と舌は乾き、水を欲する。極度な緊張状態にあった。

しかし、幸いにもというべきか、不幸にもというべきか。

それを認識する前に、「自分」の意識が――。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 

「自分」があげた叫び声。

そして、それに引っ張られていく。

 

「全機散開っ!全速退避っ……」

 

半ば悲鳴のようになりかけながらも、演習部隊の隊長が指示を出す。

しかし、その声はもう、届いていなかった。

 

この野郎ォッ!――殺してやるっ!……殺してやるっ!!

 

身体が言うことを聞かない。頭もはっきりとしていない。

とにかく、目の前の敵を殺す。それだけを考えていた。

殺す。

殺す。

殺す。

BETAを、人類の敵を殺す。

地球を返せ、人類を……。

 

オレが地球を、人類を救わなきゃいけないのに……。

――――弾切れっ……くそがぁぁぁぁ

 

衝撃。

があああっ!?

チクっとした感覚が肌を襲う。

なんだよ、また注射かよっ!オレは正常だってのに!!

 

「タケルだいじょ……」

 

何だか外野がうるせぇな。

オレはBETAを駆逐しなきゃいけないんだ。

ちょっと攻撃が当たったからって……いい気になって――

 

うわぁぁぁぁぁ……。

 

なんだよ、動けよ……動くんだよ!!

 

死んじまうだろ!

 

オレは、こんなところで……死ぬわけにはいかない……死ねないんだよっ!!

 

再び、衝撃が機体を襲う。

視界が消える。

 

カメラが……。

 

そして、今までで一番の衝撃が俺を襲った。

と同時に、視界が暗転した。

 

――――

 

[4]

 

声が聞こえる。

 

「……9……8……………………4……3……」

 

何かのカウントダウンだろう。

 

「……2……1……点火」

 

その声が聞こえたと同時に、爆発音が轟き、機体を衝撃が襲う。

 

「床面の崩壊を確認!いけます!」

 

いきなりのことに驚き、未だに状況を把握できていない。

だが、やはり自分が自分ではないようで、至って冷静であるかのように感じた。

ん?やはり?どうしてこの感覚を知って……?

 

だが、その答えを考えるよりも早く、状況が動き出す。

指揮官らしき男の命令が聞こえた。

 

「いくぞ!突入せよ!」

 

その号令と同時に、自らの乗る戦術機を動かす「自分」。

浮遊感を感じる中で、「自分」は指揮下の衛士たちに命令を出していた。

 

「目標、反応炉!雑魚にかまうな」

 

機体は感じたことのないように、加速する。

 

「狩り放題だ!実力を見せてやれ!」

 

また、見たことも聞いたこともない機体だ。

米軍のマークをつけたそれらは、圧倒的な動きでBETAを殺していく。

 

「敵反応!多すぎます。包囲される……!!」

 

誰かがあげた悲鳴を表すように、BETAが次から次へと現れる。

戦域マップはBETAを示す光点に埋め尽くされている。

戦況は、徐々に守勢に陥っていた。

 

「……を、……を頼む」

 

BETAに取りつかれた戦術機に乗る衛士が叫ぶ。不思議と聞き取れない部分があったが、気持ちは伝わった。

数千、数万のBETAが道を塞ぐ。

時間が経っても戦況は好転しない。どころか、押し込まれていく。

 

――光が、閃光が、戦場を貫いた。

数千のBETAが吹き飛ばされ、道ができる。

光の下には、青い機体がある。

 

「いざ進め、我が精鋭たちよ」

 

その号令とともに、各機が道を進んでいく。

あれだけ斃してなお、左右から溢れてくるBETA。その数の恐怖は、精鋭たちの足すら止めてしまう。

 

「足を止めるな!」

 

指揮官はそう鼓舞するが、折角出来た道も新たなBETAの登場で埋まりつつある。

 

「うがぁぁぁ……く、くるなぁぁ……」

 

また一機、墜ちる。

 

「こ、これ以上は……」

 

勢いが目に見えて落ちる。ここまでなのか。全滅するのか。

誰も口にはしない。しかし同時に、誰もがそう思っていたのだろう。

 

「こんなところで諦めるんじゃねーぞ!」

 

その時、一人の衛士が全部隊に向けて叫んだ。

 

「よく聞け!いいか、俺たちなら絶対にできる。……俺たちは必ず……を破壊できる!!」

 

「人類はこんなところで、負けたりはしないんだよぉぉぉぉぉ……!!」

 

「ここまでやったんだぞっ!絶対に諦めねぇ……」

 

「俺は絶対に生きて、あいつの……皆の下に戻るんだよぉぉ!」

 

信頼されている衛士なのだろう。士気が少し高まる。

その衛士は、機体を狩り、一機でBETAの中に突き進んでいく。僚機は落とされたのか、すでに帰還したのか。いずれにしても、一機では危険すぎる。

「自分」は足を踏み込み、操縦桿を倒す。

彼を助けるために。ともに戦うために。

「自分」の口元が、少し緩んでいたのを感じる。

 

「邪魔だ、どけぇ……!!!」

 

彼の衛士の動きは速く、熟練した衛士なのが伺える。しかし、この「自分」なら、そしてこの機体なら、彼とともに目的を達成できるのだと()()()()。漠然としていて、理由は説明できない。だが、確信できる。

 

「……一人じゃ……っあぅ……」

 

彼の部下なのだろう。女性衛士の声が聞こえる。

 

「俺の仲間に、手を出すんじゃねぇぇぇぇ」

 

所作が綺麗なわけではない。言葉遣いが丁寧なわけでもない。

むしろその逆だろう。しかし、どこか惹きつけられる魅力、そう感じた。

 

「行くぞ!!ウォードック!ついてこい!!」

 

彼を攻撃しようとしていた要撃級を屠り、叫ぶ。

跳躍ユニットの出力を上げ、機体をBETAの中に突撃させた。

 

「了……解っ!」

 

その返事を待つまでもない。

同じ戦場に立つものとしての信頼が、そこにはあった。

 

彼の機体の迫りくるBETAを倒す。

彼の機体の進む道を切り開く。

 

「おぉぉぉぉぉ……」

 

自分の力を限界まで引き出して戦う。今はそのことしか頭になかった。

 

「援護頼みます!あの傷に、こいつを叩き込む……」

 

青白く、不気味な光を指して、彼は言う。

 

「――了解」

 

最小戦闘単位を組む相棒の進む先がわかっていれば、支援は楽だった。

 

「うおぉぉぉぉぉ……!!!」

 

網膜投影に映る、その機動を目に焼き付ける。

進め、進め……!

進路上の敵の動きを止める。数が多すぎて殺しつくすことは出来ないが、一時的に無力化することくらいは出来る。

そして、彼の機体が目標地点にたどり着いた。

 

「タイマー作動!全期……が爆発すんぞ!!」

 

そう叫びながら後退する彼の機体。

「自分」がふっと笑ったのがわかる。機体を反転させ、後退する。

 

「全機後退!」

 

「負傷者を確保しろ!誰一人置いて帰るなよ!」

 

各指揮官からそう激が飛ぶ。

戦闘をしていた戦術機が、全て反転し、天井の穴へと向かう。

 

「……香ァァ……」

 

「……ッ…………ィ……ャ………!!」

 

自らの機体が天井の穴を超えた瞬間、世界が白く染まり、最初に聞こえたのと同じような轟音と衝撃が身体を震わせる。

そして、意識が飛んで行った。

 

――――

 

[5]

 

「武様?武様?どうかなさいましたか?尋常ならざる声が……」

 

武の意識が、そんな声とともに引き戻される。

医師が飛んできて、検査をする。しかし、武の身体に異常は全くなかった。そしてそれは、精神も同様だった。少なくとも、武が認識している範囲において、何の異常もなかったのである。

 

武にとっては、何か長い夢を見ているような感覚だったのだろう。長く、鮮明な夢を見たはずなのに、起きたら覚えていない。そんな感覚のはずだ。

しかし、それは夢ではない。

その()()の経験は、あるかもしれなかった自分の経験だ。

武はそれらを実際に経験したのである。

 

そんな平行世界の経験をした武が、この世界にどのような影響を与えるのか。

それが活かされる機会は、世界中が戦時という世界のせいか、はたまた武の因果な運命故か、すぐに訪れることになる。

 




場面はそれぞれ、[2]がオルタのXM3試験、[3]がその直後のBETA襲撃、[4]がTDA3のJFKハイヴ攻略作戦を参考にしています。

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