Muv-Luv Alternative 紫の白銀 作:Shikanabe
[1]
「くっ…がぁぁぁぁぁ……」
武を頭痛が襲う。
頭が割れるような、経験したことのない痛み。
「これは……くぅ……」
武は未だ子供。普通の子供なら、いや大人であったとしても泣いてしまうだろう。或いは気を失ってしまうかもしれない。それほどの痛みだ。
武は斯衛、武家に生まれた者。幼少といえども各種の訓練を行なっている。しかし、こんな痛みを経験したことはなかった。
そして、武の意識は闇へと落ちていった。
――――
[2]
気が付くと、自分を空から見下ろしているような感覚だった。
自分が話しているはずなのに、自分でない「誰か」が話しているかのような、変な感覚だ。
だが、単に映像を見ているのとは違う。匂いもするし、感覚もある。五感は間違いなく、この「自分」と同じものだった。
ここはどこだ?
「自分」はどこかに座っている。目の前にはレバーとボタンと、そして外の映像が見える。
操縦席……?知識としてしか知らない戦術機の操縦席に、自分が座っている?
網膜投影から見える映像は、UNマークのついた撃震。おそらく、模擬戦だろう。
対して、今自分の乗っている機体は、見たことも聞いたこともない機体だった。
視界の右上に映る機体情報場面を見る。機体名は「吹雪」。
「03エンゲージ・ディフェンシヴ!!大丈夫、直撃じゃない――!」
突然通信が入った。恐らくは味方から。女性の声だ。まだ若いような声。
「捕捉したか?」
自分から出た声とは思えなかった。今更になって気が付くが、そもそもこれは今の自分ではない。
不思議と「自分」だ、という実感はあった。
しかし、この瞬間、戦術機の操縦桿を握っているのは、成長した将来の自分だ。当然と言えば当然だろう。六歳やそこらの子どもに、戦術機が扱えるはずもない。
「遠距離からバックアップする」
また新しい声がした。こちらも若い女性で、落ち着いた印象を受ける。
「06了解。――
再び自分の声が機内に響き、遅れて届く了解が重なる。
自分の乗る戦術機が加速し、敵機を捕捉するとさらに速度が上がる。
戦術マップには、自機と味方のマーカーが一つずつ。そして、敵機のマーカーが一つ。
相手の練度も高いのだろう。こちらの二機を相手にしてなお、容易に捕まりそうにはない。さらに、敵機のマーカーが一つ増える。
しかし、こちらには届かない。
既に射程範囲内に捉えた。
その時、何か根拠があったわけではない。今、この時点で持っている戦術機に関する知識は、決して多いわけではない。
だが、何故か分かった。直観なのか、操縦している「自分」と感覚的に繋がったのか。
こんな摩訶不思議な状況だ。後者がない、とは言い切れなかった。
「――06フォックス2!」
「自分」が叫んだ。
戦術機の巨体から、ミサイルが飛び出す。具体的な種類はわからないが、恐らく対戦術機用のミサイルだろう、とはわかる。
仮想敵機を追尾し、高速の物体が一直線に敵機に迫っていた。
刹那――
敵機は寸前のところで機体の方向を転換させ、仮想システム上に用意された高層建築物を盾に、ミサイルを回避した。
しかし、態勢は崩している。
「――06フォックス3!!」
これで確実に決める。そういう思いがこもった一撃だった。
機体の両腕に保持する戦術機用の突撃砲。
その砲口から、無数の銃弾が飛び出し、仮想敵を襲う。
いや、正確にはペイント弾が射出されており、網膜投影上で実弾のように見せているだけなのだが。
そして――敵機は倒れた。
「バンデット3スプラッシュ!こっちは単独だった――そっちは?」
「こっちは問題ないよ」
「現在バンデット1追跡中」
「自分」が問いかけると、二人の少女からも返答がある。
内一機は、平面挟撃の実施中に敵機と出会い、それを追跡している様子。
自機と距離が近いのは03の方だった。先ほど協力して一機を落とそうとしていた味方機だ。
マップを見る。エリアC-33は二機連携で倒すのには持ってこいの戦場だ。広場の形状になっている同地点。
偶然か、はたまた必然か。
敵味方全ての戦術機のちょうど中間点近くに、エリアC-33があった。
「04は敵機から逃げるようにC-33に誘い込んでくれ。相手が二機連携で04を墜としに来たところをこっちは三機で狙う!」
パッと、視界内の残弾表示が目についた。
120ミリは既に弾切れで、36ミリも数十発しかない。数秒で打ち切ってしまう程度だ。
そこで、違和感に気が付く。将来は斯衛軍に入るであろう自分の機体に、どうして長刀が積んでいないのだろうか。戦術機こそ乗ったことがないが、少なくとも剣術の修練具合は、同年代と比較しても上位であると自負しているのに。
しかし、そんな違和感の答えを考える余裕はなかった。
「ポイントC-33まで後5……4……3……」
戦闘の中、カウントダウンを行える余裕がある。それだけ優秀な衛士なのだろう。
「2……1……0――!!」
カウントとほぼ同時に、味方機を追う敵機が二つ、視界に入った。
残った36ミリを撃つ。
残弾はすぐにゼロへ。警告音が鳴り響いた。
「――なっ……ば、ばかなっ!!」
そんな敵衛士の声が聞こえた気がした。それだけ完璧だった。
だが、やはり敵も精鋭なのだろう。
一機、被弾しながらも中破程度で済ませた機体がある。
最後の一機だ。あれを墜とせば、この演習に勝利できる。
考えることは同じなのだろう。「自分」は操縦桿を倒し、敵機に接近していく。当然、ナイフシースを展開しながらだ。
前腕部からナイフが出てきた。一秒程度の間で、主腕に収まる。
そして――この機体、吹雪は、国連カラーの撃震へ向かって吶喊していった。
「うおおおおおおおおおっ!!!!」
――――
[3]
場面は変わる。
いや、場所は同じだろうか。状況も似ている。演習中だ。
先ほどと同じ機体、吹雪に乗って、撃震と戦っている。
――爆発音。
「……なんだ?…………爆発?」
「自分」の口からは、自然と疑問の声が出た。
そしてそれは、仲間たちも同じだったらしい。
「――エリア2の方からだわ……」
「実弾演習の予定は一切ないはずだが……事故だろうか」
先ほどまでの演習とは違う声だが、若い声に変わりはない。
――途端、警告音が鳴り響いた。
機体損耗時に発生する警告音ではない。現代において、知らぬものはいないほど、重要なアラートだ。
――コード991。
この警告音は、そう呼ばれていた。即ち、BETAの出現警報である。
そして、焦ったような声が通信から流れてきた。
「――コード991発生っ!――繰り返すっ……コード991発生っ!!」
コード991に慣れていないような対応だ。ここは前線の基地ではないのだろうか。
であれば何故、コード991が発生する事態になったのであろうか。
「HQよりホーネット3、詳細を報告せよ」
「――ホーネット3よりHQ!第二演習場トライアルエリアにてコード991発生!目視確認で3体。それ以上は不明っ!!」
「HQよりホーネット3、現在即応部隊が出撃準備中。敵の侵攻を阻止せよ」
「ふざけんなっ!こっちは丸腰なんだぞ!?」
「HQよりホーネット3、命令に変更はない。繰り返す、命令に変更はない。敵の侵攻を阻止せよ」
眼前で行われる緊迫感のあるやり取り。しかし「自分」は、どこか非現実的な感覚をもって眺めていた。
しかし、直後の命令によって、現実へと突き落とされる。
「――HQより各部隊へ。防衛基準体制1へ移行。繰り返す、防衛基準体制1へ移行」
防衛基準体制1。
この基地の全てが戦争状態へと移行したことを表す言葉だ。
今、この世界にいることに現実味はない。そもそもこれが何の演習かもわからなければ、今までの自分の認識との齟齬が大きすぎるから。
だが、夢のようにも思えないのだ。
「今ここにいる」という実感が、ありすぎるから。
いずれにせよ、戦わなければならない。BETAが相手でも。
「自分」を動かしているのは自分ではないが、覚悟は決めなければならないだろう。
そんなことを考えている間にも、HQからの指示が各部隊へと与えられていく。
いや、それ以上に敵が早い。
網膜投影に、各部隊の様子が俄かに映された。
次々と撃破されていく機体たち。
これが……戦場。それを実感した瞬間だった。
演習部隊は他部隊の指揮下に編入され、兵站の運搬を任される。
演習部隊の仲間たち、六機で編隊を組み、移動する。
――何かが破壊される音とともに、BETAが現れた。
初めて、BETAと対峙する。
心臓が破裂しそうなくらいバクバクと鳴り響き、唇と舌は乾き、水を欲する。極度な緊張状態にあった。
しかし、幸いにもというべきか、不幸にもというべきか。
それを認識する前に、「自分」の意識が――。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「自分」があげた叫び声。
そして、それに引っ張られていく。
「全機散開っ!全速退避っ……」
半ば悲鳴のようになりかけながらも、演習部隊の隊長が指示を出す。
しかし、その声はもう、届いていなかった。
この野郎ォッ!――殺してやるっ!……殺してやるっ!!
身体が言うことを聞かない。頭もはっきりとしていない。
とにかく、目の前の敵を殺す。それだけを考えていた。
殺す。
殺す。
殺す。
BETAを、人類の敵を殺す。
地球を返せ、人類を……。
オレが地球を、人類を救わなきゃいけないのに……。
――――弾切れっ……くそがぁぁぁぁ
衝撃。
があああっ!?
チクっとした感覚が肌を襲う。
なんだよ、また注射かよっ!オレは正常だってのに!!
「タケルだいじょ……」
何だか外野がうるせぇな。
オレはBETAを駆逐しなきゃいけないんだ。
ちょっと攻撃が当たったからって……いい気になって――
うわぁぁぁぁぁ……。
なんだよ、動けよ……動くんだよ!!
死んじまうだろ!
オレは、こんなところで……死ぬわけにはいかない……死ねないんだよっ!!
再び、衝撃が機体を襲う。
視界が消える。
カメラが……。
そして、今までで一番の衝撃が俺を襲った。
と同時に、視界が暗転した。
――――
[4]
声が聞こえる。
「……9……8……………………4……3……」
何かのカウントダウンだろう。
「……2……1……点火」
その声が聞こえたと同時に、爆発音が轟き、機体を衝撃が襲う。
「床面の崩壊を確認!いけます!」
いきなりのことに驚き、未だに状況を把握できていない。
だが、やはり自分が自分ではないようで、至って冷静であるかのように感じた。
ん?やはり?どうしてこの感覚を知って……?
だが、その答えを考えるよりも早く、状況が動き出す。
指揮官らしき男の命令が聞こえた。
「いくぞ!突入せよ!」
その号令と同時に、自らの乗る戦術機を動かす「自分」。
浮遊感を感じる中で、「自分」は指揮下の衛士たちに命令を出していた。
「目標、反応炉!雑魚にかまうな」
機体は感じたことのないように、加速する。
「狩り放題だ!実力を見せてやれ!」
また、見たことも聞いたこともない機体だ。
米軍のマークをつけたそれらは、圧倒的な動きでBETAを殺していく。
「敵反応!多すぎます。包囲される……!!」
誰かがあげた悲鳴を表すように、BETAが次から次へと現れる。
戦域マップはBETAを示す光点に埋め尽くされている。
戦況は、徐々に守勢に陥っていた。
「……を、……を頼む」
BETAに取りつかれた戦術機に乗る衛士が叫ぶ。不思議と聞き取れない部分があったが、気持ちは伝わった。
数千、数万のBETAが道を塞ぐ。
時間が経っても戦況は好転しない。どころか、押し込まれていく。
――光が、閃光が、戦場を貫いた。
数千のBETAが吹き飛ばされ、道ができる。
光の下には、青い機体がある。
「いざ進め、我が精鋭たちよ」
その号令とともに、各機が道を進んでいく。
あれだけ斃してなお、左右から溢れてくるBETA。その数の恐怖は、精鋭たちの足すら止めてしまう。
「足を止めるな!」
指揮官はそう鼓舞するが、折角出来た道も新たなBETAの登場で埋まりつつある。
「うがぁぁぁ……く、くるなぁぁ……」
また一機、墜ちる。
「こ、これ以上は……」
勢いが目に見えて落ちる。ここまでなのか。全滅するのか。
誰も口にはしない。しかし同時に、誰もがそう思っていたのだろう。
「こんなところで諦めるんじゃねーぞ!」
その時、一人の衛士が全部隊に向けて叫んだ。
「よく聞け!いいか、俺たちなら絶対にできる。……俺たちは必ず……を破壊できる!!」
「人類はこんなところで、負けたりはしないんだよぉぉぉぉぉ……!!」
「ここまでやったんだぞっ!絶対に諦めねぇ……」
「俺は絶対に生きて、あいつの……皆の下に戻るんだよぉぉ!」
信頼されている衛士なのだろう。士気が少し高まる。
その衛士は、機体を狩り、一機でBETAの中に突き進んでいく。僚機は落とされたのか、すでに帰還したのか。いずれにしても、一機では危険すぎる。
「自分」は足を踏み込み、操縦桿を倒す。
彼を助けるために。ともに戦うために。
「自分」の口元が、少し緩んでいたのを感じる。
「邪魔だ、どけぇ……!!!」
彼の衛士の動きは速く、熟練した衛士なのが伺える。しかし、この「自分」なら、そしてこの機体なら、彼とともに目的を達成できるのだと
「……一人じゃ……っあぅ……」
彼の部下なのだろう。女性衛士の声が聞こえる。
「俺の仲間に、手を出すんじゃねぇぇぇぇ」
所作が綺麗なわけではない。言葉遣いが丁寧なわけでもない。
むしろその逆だろう。しかし、どこか惹きつけられる魅力、そう感じた。
「行くぞ!!ウォードック!ついてこい!!」
彼を攻撃しようとしていた要撃級を屠り、叫ぶ。
跳躍ユニットの出力を上げ、機体をBETAの中に突撃させた。
「了……解っ!」
その返事を待つまでもない。
同じ戦場に立つものとしての信頼が、そこにはあった。
彼の機体の迫りくるBETAを倒す。
彼の機体の進む道を切り開く。
「おぉぉぉぉぉ……」
自分の力を限界まで引き出して戦う。今はそのことしか頭になかった。
「援護頼みます!あの傷に、こいつを叩き込む……」
青白く、不気味な光を指して、彼は言う。
「――了解」
最小戦闘単位を組む相棒の進む先がわかっていれば、支援は楽だった。
「うおぉぉぉぉぉ……!!!」
網膜投影に映る、その機動を目に焼き付ける。
進め、進め……!
進路上の敵の動きを止める。数が多すぎて殺しつくすことは出来ないが、一時的に無力化することくらいは出来る。
そして、彼の機体が目標地点にたどり着いた。
「タイマー作動!全期……が爆発すんぞ!!」
そう叫びながら後退する彼の機体。
「自分」がふっと笑ったのがわかる。機体を反転させ、後退する。
「全機後退!」
「負傷者を確保しろ!誰一人置いて帰るなよ!」
各指揮官からそう激が飛ぶ。
戦闘をしていた戦術機が、全て反転し、天井の穴へと向かう。
「……香ァァ……」
「……ッ…………ィ……ャ………!!」
自らの機体が天井の穴を超えた瞬間、世界が白く染まり、最初に聞こえたのと同じような轟音と衝撃が身体を震わせる。
そして、意識が飛んで行った。
――――
[5]
「武様?武様?どうかなさいましたか?尋常ならざる声が……」
武の意識が、そんな声とともに引き戻される。
医師が飛んできて、検査をする。しかし、武の身体に異常は全くなかった。そしてそれは、精神も同様だった。少なくとも、武が認識している範囲において、何の異常もなかったのである。
武にとっては、何か長い夢を見ているような感覚だったのだろう。長く、鮮明な夢を見たはずなのに、起きたら覚えていない。そんな感覚のはずだ。
しかし、それは夢ではない。
その
武はそれらを実際に経験したのである。
そんな平行世界の経験をした武が、この世界にどのような影響を与えるのか。
それが活かされる機会は、世界中が戦時という世界のせいか、はたまた武の因果な運命故か、すぐに訪れることになる。
場面はそれぞれ、[2]がオルタのXM3試験、[3]がその直後のBETA襲撃、[4]がTDA3のJFKハイヴ攻略作戦を参考にしています。
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