Muv-Luv Alternative 紫の白銀   作:Shikanabe

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2020年10/07 追記 
冒頭部分の分割、加筆修正に伴い、改訂しました。結果として数千文字増えるという結果に……。今回の改訂については、他の話の分もまとめて活動報告に載せますので、そちらもご確認ください。


03 幼少期

[1]

 

1989年 紅蓮邸

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

パァンと音が響く。竹刀と面がぶつかる音だ。

ここは紅蓮邸。武は六歳よりここで剣術を学んでいる。そうして六年。武は今や、同年代では敵がいないほど、士官学校の生徒と同レベルかそれ以上のものを身に着けていた。単に技術だけなら、並みの帝国軍人をも上回るかもしれない。

 

「武よ。そなたは強くなったな」

 

普段は飄々としているただの爺さん――ただの、というには些か以上に化け物――なのだが、修行になると途端に厳しくなる。

褒めるべきときには褒めることができる。そんな良い師匠ではあるが、ここまで直球に褒めることは珍しかった。

 

「いえ師匠。まだまだです」

 

「そう謙遜するでないわ。そなたの力は年を考えれば破格のものよ」

 

「ありがとうございます。ですが師匠、私は将来、戦術機に駆ってBETAを屠り、皇帝陛下と征夷大将軍殿下、帝国のために尽くす心積りです。同年代と比較して優れている、では足りないと思っております」

 

そう話す武。とはいえ、それは本心でもあった。

BETAの脅威は日に日に増している。仮に帝国に侵入されれば、BETAは女子供だろうが優先順位なく殺すだろう。斯衛軍に課せられる重要な任務の大抵は本土決戦時に発生する。その際になって、子どもの中では優秀です、ではお話にならない。

また、武の言葉の芯には、帝国の武人として育てられたが故の矜持と覚悟が見られた。

それは武家の息子として育てられたことは勿論、現状無意識下ではあるが、得た「経験」もその性格形成に関わっているのだろう。

 

そんな話の中で、紅蓮はある一つの話題を出してきた。

 

「そうか。そなたは戦術機に乗りたいのであったな。ならば乗ってみるか?」

 

「は?」

 

そしてそれは、常識的に考えて、考えられないような話題だった。

軽くとんでもないことを言い出した紅蓮に対して惚ける武。

 

戦術機とは当然、金食い虫である。また強大な兵器でもある。

たとえ一機であろうと反社会的集団に渡れば重大なリスクが生まれる。それは東ドイツに代表される社会主義国家群が社会主義或いは共産党独裁体制維持のため、対人類用の戦術機部隊を最新鋭機で編成していたことからも伺えるはずだ。

故に戦術機とは、地球上どこでも国家、または国連の軍によって厳重に管理されている。

それは当然日本帝国においても同様である。如何に斯衛軍が将軍の私兵だの何だと揶揄されようと、管理しているのは城代省であり、そしてそれらは国会で決められた予算によって動いている。例え城内省が征夷大将軍直属だったとしても、内閣・国会の影響下にあるのは厳然たる事実なのだ。

そして軍とは当然、規律によってのみ動く組織だ。軍内部の人間ならまだしも、上級武家出身とはいえ軍外部の人間に戦術機に乗せるなど本来、あってはならない。

 

「師匠、それは不味いのではないでしょうか」

 

当然、そんなことは武でなくともわかることだ。

 

「規律に縛られ、そなたのように高い戦術機適性を持つものの訓練ができぬなど馬鹿げておろう。それにそなたは一通りの衛士訓練を終えておるではないか。後は戦術機に乗せるだけ、と聞いておる」

 

そう、この紅蓮の言、一見おかしなことなのだが、全くの的外れというわけではない。

先ほどの言葉に矛盾するようだが、こと斯衛軍においては例外が存在しうる。極端な例ではあるが、征夷大将軍こそその代表だ。無論、斯衛軍出身の将軍も数多い。近年では慣例として、五摂家次期当主を斯衛軍に入れるのは当たり前になっていた。

だが、これは必ずではない。非軍出身者が将軍となった場合、象徴たる紫の戦術機を与えられることになる。日本帝国全権総代たる特殊性を鑑みる必要はあるが、斯衛軍でないものが、斯衛軍施設を使うことは起こり得るのだ。

このように上位の武家であれば、特殊な事情により、任官せずに斯衛軍施設を利用することがないわけではない。

 

そして何より、日ノ本一の武人として名高い紅蓮醍三郎の影響力は破格だ。

紅蓮ならば、斯衛軍特有の事情により、一人二人を戦術機訓練に押し込むくらいなら難しくないのである。

無論、好ましくないやり方なのは間違いない。

だが、結果から言えば、紅蓮のこの行為はもう一つの理由とともに容認された。

 

「……はい。では……お願いします」

 

多少紅蓮の圧に屈した部分がないわけではなかったが、しかし、帝国のため、人類のため、早く貢献したいと考える年ごろだ。

答えは控えめながら、その眼には隠しきれない期待が浮かんでいるのだった。

 

――――

 

[2]

 

そうして、戦術機に搭乗することとなった武。

日を置いて紅蓮とともに斯衛軍基地を訪れる。

 

「まずはシミュレーターから始めるか。操作方法は教わっておろう?ではやって見せい」

 

「し、師匠!?いきなりですか?」

 

「気にするな。習うより慣れよじゃ!」

 

武の話が通じない。正に、これぞ紅蓮である。

今はまだ帝国本土が戦禍にさらされていない時代。平和な世界の性格とは程遠いが、同一人物である片鱗が見られる部分だ。

 

「では始めるぞ。まずは敵はださぬ。思う存分瑞鶴を駆って見せい!!」

 

こうなってしまえば、もうその決定が覆ることはない。

武も正式に軍に入隊すればこれくらいの理不尽は受けるだろうと考えを改め、覚悟を決める。訓練とはいえ、初めての経験だ。どこに生まれ、どう育ったとしても、緊張するのは変わらない。

 

シミュレーショターのコックピットに座り、感触を確かめる。

大人と比べればまだまだ身体は小さい武。とはいえ、ギリギリ動かすことはできそうだ。

 

「了解!白銀武、出ます」

 

そして、シミュレーション訓練が始まる。

この時、武の訓練を見守る目は、四つ――つまり二人――あった。

 

「さて、そなたの意見もぜひ聞かせてくれよ。巌谷榮二」

 

武の機動を見る二人、一人は紅蓮、もう一人は巌谷榮二大尉である。

 

巌谷榮二。

斯衛軍大尉である開発衛士で、現在の斯衛軍専用機である瑞鶴の開発に関わった経緯から「伝説の開発衛士」とさえ呼ばれる男である。そんな大物が何故ここにいるのか。残念ながら、大した話ではなかった。紅蓮がその場で見つけ「面白いものが見れるかもしれん」と声をかけたからである。

伝説と謳われていようがこの男も開発衛士。戦術機関連で「面白いこと」とあれば血がたぎるというものだ。

最も、紅蓮の誘いを断れるものなど斯衛軍にはそうはいない、という事情もあるのだろうが。

 

「ええ、しかし今日まで戦術機の搭乗経験はシミュレーター含めてなしですか。今の所はそうは思えぬ機動をしておりますが」

 

実際、武は普通の衛士と同じように、場合によってはそれ以上の機動を見せていた。

 

「ああ、奴の戦術機特性は前例がないほどだそうだ、まだまだこれからじゃろう」

 

当然、紅蓮は何も考えなしに武を連れてきたわけではなかった。

無論、剣術の優れた期待できる弟子だから、というわけでもない。

将来斯衛軍に所属するものの一人として行われた戦術機への適正試験。

その結果は個人には公表されていないが、軍上層部で共有され、「異常」な高数値を叩き出した武には、遅かれ早かれこのような場が設けられる可能性が高かった。

それが紅蓮がこの異例な訓練の場を作った、或いは作れた真の理由だった。

 

「ほう、かの紅蓮閣下がそこまでいう若者ですか」

 

「そうじゃそうじゃ、わしの期待じゃよ。いずれはこのわしをも超えて、この日ノ本を守る英雄になるやもしれぬ。それほどの大器だ」

 

楽しそうに笑いながら語る。弟子が自らを超える可能性を見せる。紅蓮ほどの人物ともなれば、そんな弟子の存在は珍しい。実際、楽しいのだろう。

しかし、目は笑っていない。斯衛軍の重鎮としての意思が宿っていた。

 

「っ……そこまで仰いますか」

 

一瞬、その姿に押される巌谷。当然、紅蓮の武への評価の高さへの驚愕も、多分に含まれている。

紅蓮は巌谷との対面での会話から、シミュレーターに乗った武への通信へと切り替え、話しかける。

 

「さて、武よ。そろそろBETAを出すぞ」

 

「了解」

 

そうして紅蓮は自らコンソールを操作した。

すると、武の前方に小規模BETA群が出現する。

武としては、仮想とはいえ初めてBETAと相対する。顔に汗が少し流れ、口元は乾く。緊張している証拠だった。

しかし、

 

「行くぞ、BETA!おぉぉぉぉぉぉ」

 

覚悟を決めて、操縦桿を倒す武。

機体が動き出す。

シミュレーターの性能は高い。衛士強化装備と合わせて、戦場に限りなく近い状態を再現できる。

武が「戦場にいる」と自覚したとき、その動きが変わる。機体がまるで()()()()()()()()()かのように動き出した。

奇妙な機動だ。少なくとも既存の機動概念とは違ったものだ。

 

長刀を抜き、BETAへと吶喊する。

正面から突撃級が迫る。

加速。加速。加速。

――突撃級と激突する……そう思われた瞬間、跳躍ユニットが赤く火を噴いた。

突撃級を飛び越え、勢いそのままに反転、長刀を一閃する。

前面に強力な装甲を有する突撃級も、装甲殻のない後部なら簡単に切り裂ける。

突撃級の足が止まった。

 

それを確認するまでもなく、武は次の敵――要撃級へと攻撃する。

接近してくる要撃級。その前腕――多くの衛士を機体ごと潰してきた爪が掲げられた。

――振り下ろされる。

その一撃を長刀で受け流し、切り返した。

一体の首が飛んだ。

そして、後ろから来たもう一体の要撃級を振り向きざまに切り裂いた。

 

足を止めてはいられない。

跳躍する。

一度ではない。前後左右だけでも、上下だけでもない。

三次元の、空間全てを利用した戦い方だった。

 

「これは……」

 

そう巌谷が零したのも無理もない。普通の衛士ならばまず行わないレベルで「空」を使う。

武としても、意図していたわけではない。無意識に、我武者羅に。

対BETA戦の「常識」に囚われる前に特殊な「経験」をしたことが、今の武に繋がっていた。

無論、現段階では正式な衛士と比べることはできない拙いものだ。しかし、将来の可能性を感じる程度には、十分すぎるものでもあった。

 

戦術機が、ロボットが異業種と赤い血を撒き散らしながら舞う。

それは決して美しいものではない。

それでも何故か、巌谷は目を離すことは出来なかった。

 

ところで、現在において三次元戦闘が十分に確立されていない理由は、その大きなデメリットにある。

勿論、戦車以上に機動力があり、三次元戦闘ができることが戦術機の利点だ。

だが光線級が存在する以上、空へ飛べば蜂の巣にされることは間違いない。光線級がいないのならば、航空機の方がよっぽど効率的にBETAを殺せる。さらに、余程上手くやらなければ、推進剤はすぐに底をついてしまうだろう。

戦術機とは、「空」を使えないことを前提に、機動力を突き詰めた兵器なのである。

だからこそ、ほとんどの衛士には三次元戦闘の概念はあっても、それを拡張して「空」を使おうという発想は存在しないのだ。

 

それは、巌谷も紅蓮も承知している。

故に、武の真価を測るため、光線級を投入することを決めた。

 

警告音がなる。

レーザー警報だ。戦術機は自立回避モードとなり、高度を下げ、障害物に身を隠す。

今、武の目の前には十数体のBETAがいる。

近い位置には突撃級、要撃級と戦車級がそれぞれ数体ずつ。その奥には光線級だ。

数自体は多くない。

しかし、一機で倒すのは容易ではない「位置」にあった。

BETAの前にいれば光線級の脅威は少ないが、前方の突撃級を正面から倒すのは容易ではない。突撃級を回避し、空を使えば光線級に狙い撃ちにされる。

 

「行くぞ……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

武の取った手段は、吶喊。

瑞鶴の最大出力をもって、正面の突撃級に突っ込む。

先ほどよりも、限界まで近づき、跳躍する。

跳躍。

突撃級を間一髪で飛び越えた瞬間、光線級からの射線が通った。

機体に光線級の初期照射が当たる。

光線級はレーザー照射する前に、数秒間弱いレーザーを照射する。逆に言えば、数秒間は猶予があるということだ。

本命の照射が来る前に、射線にBETAが入るようにする。或いは、光線級を殲滅する。それが、レーザーの回避方法。

勿論、言うほど簡単ではない。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

通常、初期照射を食らった戦術機は自動回避を行う。

しかし、瑞鶴はあくまで鈍重な第一世代機。その回避率は推して知るべしといったところだ。

 

操縦桿を握りしめ、急旋回する。

レーザーが瑞鶴の左腕を掠め、爆発する。

機体は無事だが、片腕をもっていかれた。

その間に、要撃級の影に入る。

 

「はぁぁぁぁぁ」

 

右腕一本になっても長刀は使える。

光線級のインターバルは12秒。次の照射が来るまでに仕留めなければならない。

低下した跳躍ユニットの出力を上昇させ、要撃級の影から飛び出た。

 

――その時、要撃級の触腕が迫る。

一瞬、機体に衝撃が走るが、大したダメージではなかった。

 

インターバル経過まで、あと数秒。初期照射を考えれば、猶予はあと十秒程度だ。

 

光線級まで、あと数十メートル程度。

その周囲にいた戦車級が邪魔になる。

 

「邪魔を……するなぁぁぁぁ」

 

少し高度を上げるが、戦車級はそれでも追いすがってくる。

片腕を失っているため、機体バランスが崩れる。

若干、右に倒れる。

その瞬間、武は操縦桿を倒し、機体を一回転させた。

遠心力に逆らわず、回転と共に長刀を振るい、戦車級を薙ぎ払った。

 

そして、光線級の初期照射が始まる。

しかし、こちらの方が早い。

その瞬間、瑞鶴の持つ長刀が振り下ろされ、光線級を斬り殺した。

 

「はぁはぁ……やった、か……」

 

その後、光線級を撃破したことで難度は急激に下がり、残ったBETAを殲滅したことでシミュレーション訓練は終了した。

 

「信じられん……」

 

そう呟いたのは巌谷大尉。

機動だけでも驚いたくらいだ。さらに、それでしっかりと結果を出して見せた。

機体破損は激しく、実戦ではこうもいかなかっただろう。しかし、初めてシミュレーターに乗って、これだけのことができるものなど普通はいない。

 

「単独で光線吶喊、それも第一世代機で、今日初めて戦術機に乗った衛士が……それにあの動きは……」

 

「さて、巌谷大尉。開発衛士としての君の意見を聞こうか」

 

これには流石の紅蓮も多少は驚いているようだ。

 

「はっ。初めは確かに珍しい機動だと思いました。しかし現状では、実戦においては危険が高すぎます。とはいえ上手く光線を避けていました。被弾したとはいえ、撃墜されてもおかしくない状況だったことを考えればより高機動な機体ならばどうなるのか、期待せざるを得ない結果でしょう」

 

その答えを聞いて、紅蓮は大きく頷くと、話を続けた。

 

「ふむ、これから武と話をしようと思っておったのだが、どうだ、そなたも来るか?」

 

「是非、お願いします」

 

――――

 

[3]

 

こうして舞台は移り、武、紅蓮、巌谷の三者による会議が行われることになる。

少しの休憩時間の後、移動し、席についた紅蓮は、まず巌谷の紹介から始める。

 

「まず紹介しておこう。巌谷榮二大尉だ。そなたの訓練を見せていたのでな。同席させることにした」

 

「巌谷榮二大尉だ。開発衛士を務めている。よろしく頼む」

 

巌谷は、武があくまでも斯衛軍に所属していないことを考慮し、正式な所属ではなく職務内容を伝える。

 

「白銀武です。巌谷大尉。勇名は存じ上げております。お目にかかれて光栄です」

 

当然、武も自己紹介を返す。

 

「素晴らしい機動だったな。よろしく頼む。君は軍属ではないから……白銀君、で構わないかね?」

 

「はい、大尉殿」

 

「ふっ、そんなに固くならなくてもいいさ。殿はいらん」

 

「わかりました、巌谷大尉」

 

鷹揚に頷く巌谷。

 

「さて武、見事であったぞ」

 

自己紹介も一段落したと見るや、紅蓮が武に話かける。

 

「ありがとうございます」

 

「で、どうであった?初めての戦術機は」

 

「私としても瑞鶴について、機動についても聞いてみたいな」

 

巌谷もそれに続き、武に質問をする。

武は一瞬視線を巌谷に向ける。それに気が付いたのか、巌谷なら笑いながら言う。

 

「私が瑞鶴の開発に関わったからといって、遠慮する必要はないよ。戦術機開発にはさまざまな意見が必要になる。特に君からは、非常に面白い話が聞けそうだ」

 

巌谷が瑞鶴の開発衛士であったことは広く知られている。むしろ瑞鶴の開発衛士として、その名声を得たというべきか。

瑞鶴について尋ねられたとき、答える相手が巌谷であれば、ネガティブな意見を言える人などいないだろう。しかし、戦術機開発には、立場に拠らない忌憚のない意見が必要で、巌谷とてそんなことは分かっている。

 

「では……そうですね……。思っていたよりも動けた、と思います。乗ったのは初めてでしたが、非常に良い機体だと感じます。反面、もう少し機動力は欲しいですね。あとは……反応が更に早くなればと考えます」

 

実際、これは武の本心であった。

瑞鶴のベースとなったのは撃震、即ちF-4である。F-4は世界最初の戦術機にして、世界中に派生機が存在し、未だに現役で活躍する、現時点で最も成功した戦術機の一つだ。

瑞鶴は、その数あるF-4改修機の中でも、後期に開発されたもので、第一世代機としては運動性・機動性に優れた部類にあるのは間違いない。しかし、同時にどこまでいっても第一世代機なのもまた事実。

 

「機動性についてはその通りだろうな。実際、諸外国にて開発されている次世代型戦術機は機動力が重視されることになると聞く。……だが反応というのはどう言う意味だ?」

 

次世代型戦術機――現在、F-15、F-16をはじめとする第二世代機が実戦投入されている。つまり、次世代型とは第三世代戦術機を指す。

そして、実際に日本を含め各国で開発されている第三世代戦術機――だけでなく、開発中の第二世代戦術機も同様であるが――は、機動性・運動性をさらに向上させることを求められていた。

 

「はい。機体そのものの性能というよりは、機体制御面だと思います。操作を入力した後、実際に機体の動作に反映されるまでの遅延や、動作後の硬直時間を減らせないかと」

 

「!!」

 

巌谷だけではなく、紅蓮も驚く。片眉を挙げるくらいではあったが。

 

「……機体性能より、OSの部分というわけか」

 

巌谷が呟く。それを受けて、紅蓮が巌谷に尋ねる。

 

「ふむ、我が帝国ではOSはあまり開発されておらぬが、実際はどうなのだ?帝国の技術でどこまでできる?」

 

巌谷は開発衛士ではあるが、技術者ではない。開発衛士として、通常の衛士よりは相当知識は豊富だが、専門家ではない。

それ故に、一拍時間をおいて回答した。

 

「はっ。確かに帝国では戦術機用OSの開発はあまり進んでおりません。

また硬直に関しても、より性能の良い中央処理装置が開発されなければなりませぬから、現時点ですぐに解決するのは難しいかと。遅延くらいなら多少の工夫で変わるかもしれませんが……白銀君は何かあるかね?」

 

戦術機のハード面を見れば、機体重量や機体素材、間接強度、跳躍ユニットの最大出力……等々、さまざまなものによってその性能が決まる。ソフト面で見れば、非常に大きな影響を与えるのが演算能力であり、CPUが重要な意味をもつわけだ。

だが、CPUの性能向上を一朝一夕で行うのは容易ではない。

 

「――はい。今思いつくのは、硬直時に次の動作を先取りできる機能、使用率の高い動作を事前に決められたコマンドによって自動的に行う、くらいでしょうか」

 

一度言って、武はもう一度続ける。

 

「――つまり、先行入力とコマンド操作……でしょうか」

 

「……なるほど」

 

長らく会話が続いたので、ここで帝国のOS開発事情について解説しておこう。

 

現状――1989年において、帝国の戦術機開発は行き詰まっていた。現在推進されている、帝国初の純国産戦術機開発計画、「耀光計画」。この計画における新型戦術機の要求水準は極めて高く、現時点では完成見通しがついていなかった。

そのため帝国軍は同年、先進技術獲得を目的としてF-15をライセンス生産することを決定。更に翌年、純国産戦術機の完成までの繋ぎとして本格導入を認めた。これにより帝国陸軍はF-4、F-15の二機種をライセンス生産するようになる。

また、帝国軍の戦術思想は近接戦重視であり、米国のドクトリンとは異なるものであるから、ライセンス生産機については帝国軍独自の改装が行われることになったのである。

 

さて、ここでOSに話を戻そう。

先述した通り、米国の、異なる戦術思想によって開発された機体を日本仕様に改装する上で行われたのが独自OSのアップデートである。つまり、より近接格闘戦を重視したOSを組み上げ、換装したのだ。

このように、帝国でも独自にOSの開発は行われている。とはいえその規模は小さく、あくまでもアップデートという表現が適切だ。また、各機体に適合するようなOS開発が主であり、機体間を飛び越える基礎的なOSの研究は行なっていないのだった。

 

閑話休題

 

武が帰宅した後、残った紅蓮と巌谷は別の会議室に移動し、今日あったことを振りかえっていた。

まず、紅蓮が巌谷に問いかける。

 

「さて、巌谷よ。わしはもしも、武の言う新OSが実用化された場合、衛士は多大な恩恵を得ることができると思う。そなたは如何に考える」

 

「はい。私も新OSの有用性、確と認識しております。しかし実際に開発となれば、開発担当者は本来その発案者たる白銀君に任せるのが道理。

そもそも既存衛士には考え付かぬ機動概念も含まれております。であれば、主開発衛士は白銀君以外に務められぬでしょう」

 

巌谷は、ありえない判断を下す。

将来、斯衛軍の、いや帝国軍の共通OSになるかもしれないものの開発衛士の任を、開発衛士どころか、衛士の経験すらない武に任せようというのだ。

 

「うむ。その通りだ。しかし……」

 

紅蓮が悩むのも当然のこと。如何に評価していても、常識的に考えて問題が多すぎた。

 

「はい。年齢からしても、任官していないことを見ても、城内省が認めぬことは明らかかと」

 

そしてそれは、巌谷も認識しているようだ。

 

「まず、開発チームの長はそなたにやってもらいたのだが?」

 

「はい。配置転換があれば、全力をもって当たらせていただく所存です」

 

巌谷とて、現役の斯衛軍士官だ。彼ほどの人物を引き抜くのだって簡単ではない。

 

「むむむ……どうしたものか……五摂家のいずれかの方にご協力頂くほかないか……」

 

「五摂家、でありますか」

 

――五摂家。

日本帝国の武家社会の頂点に立つ五つの家の総称。

征夷大将軍は五摂家当主内から選ばれる。将軍が現在、大した権力をもたないとしても、こと斯衛軍に関して、五摂家の影響力は極めて大きい。

紅蓮だけでなく、五摂家まで賛成した仕儀、簡単に潰されることはないだろう。

これは、紅蓮の武への期待の大きさの表れであった。

 

「うむ。本来ならわしがいずれかの家に近づくと言うのは良くないのだが……致し方あるまい。煌武院家にご協力頂く。構わぬな?」

 

「煌武院家……紅蓮閣下がそうおっしゃるのであれば、承知致しました」

 

巌谷は武家の中にあって政略からは離れてきた特殊な立場にある。そんな彼にとって、煌武院家の派閥と思われるのは決して好ましいことでないのだが、それでも了解する。

 

こうして、紅蓮が代表して煌武院家に訪れることとなり、当然の帰結として、武も同伴することになったのである。

 

――――

 

[4]

 

数日後 煌武院邸

 

「御館様におかれましては――」

 

普段の飄々とした雰囲気が嘘かのようにきちんとしたー正に斯衛らしいー所作で挨拶の口上を述べ、合わせて武も頭を下げる。

 

「頭を挙げるが良い。紅蓮、そして白銀よ」

 

「「ははっ」」

 

年老いてなお現役の者たちと変わらない、いや、それ以上の覇気を持った煌武院公。その身体に満ち溢れる重厚感は、煌武院邸応接間の厳かさとも相まって、独特な雰囲気を作り出していた。

 

「紅蓮よ、そなたがこのわしに態々謁見し上奏したい儀があると聞いた。珍しいことよ。それに、ともに連れてきた者があの白銀の嫡男とはな」

 

煌武院悠陽、そして冥夜が生まれたときに白銀家が挨拶に行ったように、両家は親しい関係にある。

その嫡男、そして名により、()()紅蓮が目にかけている、未来ある若人ということから、煌武院公は武の名前を憶えていた。そんな武が、紅蓮とともに自らを訪れる。煌武院公が何事かと思うのも当然だった。

 

「御館様、改めて紹介いたします。白銀家が嫡男、白銀武でございます。彼の戦闘能力、衛士適性については報告の通りにございます」

 

当然、ある程度の話は通してある。

 

「ご紹介に預かりました、白銀武と申します」

 

紹介に合わせて、武が自己紹介をする。悠陽と冥夜誕生の際、武は煌武院邸に訪れている。ただ、当時は正式な挨拶をする機会がなかったため、こうした機会が設けられた。とはいえ、半分様式美のようなものではあるが。

 

続けて言葉を交わすのは煌武院公と紅蓮。いくらかかの会話の後、話題は本題へと移っていった。

 

「では本題へ行こう。帝国一の武人が我が煌武院家へ後援を願いたい仕儀、であったな」

 

煌武院公が問いかける。

 

「はっ。戦術機の新規OSの開発。煌武院にその支援をして頂きたいのです」

 

「ほう……当家に、OSの開発の支援を……」

 

紅蓮への信用からか、おかしな話はしないだろうとも思いつつも、しかし未だに訝しんでいる様子だ。

 

「はい。そのOSは白銀の志向する機動概念を実現するためにありますが、仮に現実となれば、衛士の損耗を著しく抑えることが可能かと存じます。詳しくは、先日提出した報告書をご覧いただければ」

 

近侍に渡された報告書を改めて見る。

 

「機動概念の評価について、わしから何か言うつもりはない。紅蓮が言うのであれば、斯衛の役に立つのは間違いあるまい」

 

それは紅蓮への信頼。

 

「しかし……それならば当家に来るまでもないことよ。単刀直入に聞こう。紅蓮、そなたは何を望むか」

 

そう。このOSの開発程度なら、斯衛軍内部で紅蓮が押し込めば事足りる。

この場に訪れた理由は、OSの開発許可ではない。その開発体制構築の問題なのだ。

 

「私はこの新OS開発の主開発衛士として、白銀を据えたいと思っております。そのためのご助力をいただきたく存じます」

 

「……斯衛軍に所属しておらず、実績もない子どもを開発の要職につけろ、ということか?」

 

現実問題、武の年齢と経験不足はどうしようもない。

あの「経験」も、まさか他人に説明できるはずもなく、そもそも武本人が経験したこととは思っていないのだから。

 

「このOS、完全なものにするためには白銀本人の力が必要です。白銀の経験値不足を補うために、巌谷榮二大尉を開発計画の責任者としたいと考えております」

 

巌谷榮二。

その名前の大きさは、こと戦術機関連機器の開発分野となれば、五摂家相手でも通用する強力なカードだ。

 

「なるほどな……では、白銀よ、貴様に聞く。貴様は何のためにその力を使わんとするか」

 

煌武院公はその説明に納得したのか、質問の対象を武に変えた。

彼の纏う雰囲気が更に濃くなる。目を細め、睨みつける煌武院公。凄む、というとどこか道化のような雰囲気を感じるが、今、彼が放つ圧力は果てしなく重い。大人、いや訓練された軍人であっても怯んでしまうであろう視線だった。

武はそれを受け止める。強き意志を持って。

そうしなければ、決して認められることはないだろうとわかっているから。

 

人類の敗北。

そんなものを味わった記憶はない。しかし、無意識下での経験が、身体の本能がそれを拒否させる。武は知らず知らずのうちに、極めて濃厚な経験を積んでいた。武家の一員として育ち、教えられたことも含め、今や武のもつ「意志」は、軽いものではない。

それでも押される。だが、引いてはいけない。

絶対に引けない戦いがあることを肌で知っていたからか、それとも武士としての矜持か誇りか。いずれにしても、武はギリギリで踏みとどまった。

 

「私は……私は陛下と殿下、そして帝国、人類。その全てを守ることです。

私に実戦経験はありません。ですから、実戦に出たら自分の覚悟がどうなるかもわかりません。しかし、今、この世界に生きているものとして、死力を尽くして戦う義務があります。私の力が役に立つのであれば、それを活かすのは私に課せられた責任でしょう。いえ、私はこの帝国の未来のため、必ずや実現して見せます」

 

全てを守る。正に理想主義者の言い分だ。それが簡単ならば、人類がここまで負けるはずもない。現実的ではない言い分。

それでも武は言い切って見せた。堂々と。

しかし、少し才能があるとはいえ、子どもが「国を救う」といっても、普通信用はされない。煌武院公が次の言葉を続けたのは、内容以上に、武の纏う雰囲気を見た結果だった。

 

「ほう。それができる、と?」

 

「国を守る、私のような青二才が申し上げても信頼されないのは仕方がありません。しかし、紛れもない本心にございます。行動せぬ者に結果はついてくるはずもない。まずは私の全力を出さなければ、進む話も進みますまい」

 

武も淀むことなく言い返す。

内容が特筆して優れているわけではない。似たようなことをいうものはいくらでもいる。

世界を守る。国家を守る。そうした言葉は軽いこともままあるのだ。内容だけで測ることは出来なかった。

違った点は、決意。やり遂げるという意志。

ありきたりな動機でも、その言葉に宿る力は、特別なものだった。

 

「ふふふ。はぁはっはっはっは。面白いことを言う……」

 

突然笑いだす煌武院公。

どうやら武は彼に認められるための最初の試験を突破したらしい。

 

「よかろう。新規OS開発、この煌武院が名にかけて援助しよう。元より紅蓮の言い分、無碍にはできる。白銀よ」

 

「はい」

 

「完成の暁には正式に斯衛軍へと推薦する。それまでは仮所属として開発衛士の任にあたれ。――期待しておるぞ?」

 

「「ははっ」」

 

こうして煌武院家後援による新規戦術機用基礎OS開発計画が始まった。

 

――――

 

[5]

 

謁見より少したち、武は煌武院本邸に残っていた。と言うのも、紹介したい人物がいるとのことで、煌武院公に留まるように言われたのだ。そうして一人、応接間にて待機している、と言う次第である。

流石は五摂家の邸宅。応接室も広く、豪華だ。武の前にはお茶と菓子類が置かれており、恐らくではあるが、武が望めば他のものも用意してくれるだろう。しかし、元々の目的は謁見。時間を潰せるものを持ってきたわけもなく、スマホもない世界だ。武は手持ち無沙汰になってしまう。

待ちぼうけていると、外から声がかかる。ドアの外には、二人ほどの気配を感じた。

 

「どうぞ」

 

中から声をかける。紹介したい人物とは誰か、武には見当もつかない。自分より立場が上の人物ということも考えられるため、武は立ち上がり、中に招き入れた。

 

「失礼します」という声とともにドアが開き、女中らしき人物が入ってくる。すると、その後ろにもう一人少女がいた。

艶やかな長髪。利発そうな目尻。和服を着た少女。武よりは下だろう。

その少女は武の前の席に立つと、女中はその後ろへと控える。

少女が顔を上げると、武と目が合う。

一拍おいて、彼女が話し出した。

 

「お初にお目にかかります。煌武院家が長女、悠陽と申します。祖父が不在のご無礼、どうかお許しください」

 

そして、その年からは考えられないほど美しい所作でお辞儀をする。

確かに、煌武院公が紹介するという話ではあった。

とはいえ、そんなことは今の武にとっては細事である。まさか紹介したい相手が、煌武院家の息女だとは思わなかったからだ。

武が以前、煌武院邸を訪れたのは六年前。赤ちゃんの悠陽と出会ってはいるのだが、武にしてもその記憶はあいまいだった。

 

「お初にお目にかかります、悠陽様。白銀武と申します」

 

「様付けなどやめてくださいまし。白銀様」

 

「はっ……は?」

 

武は動揺した。

その言葉がふさわしいだろう。

まあそれも当然、武家が男社会であり、悠陽が女であろうが、家格的には武よりも上、しかも、五摂家とそれ以外とは天と地の差がある。最も、武は女性蔑視をするような性格ではない――幼少期に月詠たちと出会っていることも関係した――ので、悠陽を軽んじる理由がないのである。

 

「しかし…ですね……」

 

言い淀む武。視線を女中に向ける。

態々案内してきたのだ。ある程度悠陽に近い人物だろうと期待して。そうであるならば武家社会において容認できぬことに対して注意するだろうと期待して。

 

「白銀様。悠陽様は生まれてこの方、同年代の方とお話する機会がほとんどありませんでした。他の五摂家、有力武家の方々との懇談くらいでしょう。しかしそれも政局が関わるため深い付き合いではなく挨拶程度。親交を深めるとは到底いえぬものにございました。

白銀様、あなたのことは度々煌武院で話題になっておりました。曰く、武家としての矜持をもち、紅蓮将軍に認められた武の持ち主であるとか。悠陽様がこの大事なこの時期、お一人というのはよろしくありません。どうかあなたには対等に話せる相手となっていただきたい。御館様よりそのように承っております」

 

予想された通りの援護射撃。ただし、撃たれたのは武であったが。

女中の顔はポーカーフェイスを保っている。最も、断るのは許さないという強い眼差しだけは隠せて、隠していなかったが。

顔を正面に向ける。

悠陽は少し不安そうにー涙さえ見せながらー心配した様子であった。

 

「ダメ、でしょうか……?」

 

必殺、涙目上目遣い。それも悠陽ほどの美少女の。更に付け加えれば、小学生をいじめたようになるという罪悪感のオプション付き。

この反則級の一撃によって、武は折れるしかなかった。

 

――――

 

後に煌武院公は、二人の出会いの報告を聞いて、大変満足そうに笑ったと言う。

 

煌武院公としても、悠陽を育てるにあたり、信頼できる相手が必要だと考えていた。

そこに現れた、武という存在。

白銀家はどの五摂家とも特別に親しいということがなく、かつ当主同士の関係が良好であること。

同年代を寄せ付けぬ剣術の腕前。

紅蓮に認められた衛士としての天賦の才。

そして何より、先ほど自分を相手に見せつけた胆力。

 

武が手持ち無沙汰になって当然だ。

この会見は、直前になって煌武院公が決めたのだから。

 

半分は、悠陽の成長のため。

半分は、煌武院家の将来のため。

 

将来、煌武院家を継ぐことはないだろう悠陽の、有力な相手候補としての期待と思惑を含めて、こうした場が設けられたのであった。

どんな世界でも、武という存在は、女性関係では振り回される運命なのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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