Muv-Luv Alternative 紫の白銀   作:Shikanabe

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07 悠陽の思い

1990年12月16日

 

来年中の大陸派遣軍参加が決定してから数日、武は誕生日を迎えた。

武が煌武院公と謁見、その後に悠陽と出会ってから早数年。主と従者ではなく一人の人間として対等に付き合いたいと言った悠陽とは会う機会は多くないものも、それなりに親密な関係を維持していた。そして出会って以降、毎年悠陽に呼ばれるのがこの日、12月16日である。

二人とも年は違うものの誕生日は同日。

お互いがお互いの誕生日を祝うという、少々奇妙な関係でありながらも、12月16日は煌武院邸にて悠陽と会うのが慣習となっていた。

 

「武様、お誕生日おめでとうざいます」

 

そう声をかける悠陽。ここは煌武院邸応接間。悠陽と武はそこに二人切りという状況だ。(因みに煌武院家主催の悠陽の誕生祭は早々に終了した)なお如何に悠陽が美少女といえども、この時点でまだ八歳。武は十四歳である。劣情など催す筈がなかった。

 

「悠陽も、誕生日おめでとう」

 

武も悠陽の誕生日をを祝って、返す。

部屋は平和で、和やかな雰囲気に包まれていた……が、

 

「武様、父よりお聞きいたしまた」

 

暗い雰囲気で悠陽が問う。

 

「大陸へ、お行きになるとか」

 

それを言っている時、悠陽は俯き、涙を堪えているような様子であった。

賢い子である。武は自分から覚悟を決めて行くのだと、この国、帝国のために戦いに行くのだと、理性ではわかっている筈だ。それは煌武院の教育の賜物か、悠陽は確かに、王としての器を兼ね備えた人物であった。

それでも、それでも言わずにはいられない。半ば強引に、自分から迫ったとはいえ、武は悠陽にとって「煌武院家」の長女ではなく、一人の「悠陽」として見てくれた人なのだから。この気持ちが恋であるかと聞かれれば、「そうだ」と断定することは難しいだろう。憧れにも近い感情かもしれない。しかし、どちらにせよ悠陽にとって武は大切な人物であることは間違いない。そんなかけがいのない人が戦地へと赴こうとしているのだ。それを黙って見ていることができようか。否である。そんなことは成人した人であっても難しいだろう。悠陽はこの年齢としては破格な自己制御能力を有していると言える。

 

「私も、BETAの恐ろしさについては伺っております。大陸に行けば、武様はそれと戦うこととなるでしょう。命を失うやもしれません……」

 

それは大切な人を失いたくないという純粋な思い。

 

「それでも、行くのですか?」

 

「悠陽……命を落とす危険があるのはわかっているさ。それでも行くんだ、悠陽」

 

「何故ですか?どうして行ってしまわれるのですか?」

 

「前にも言っただろう?俺にはやらねばならぬことがあるんだ。それにね、俺は死にに行くのではない。守りに行くんだ。皇帝陛下に将軍殿下、そして悠陽、君のように大切な人々を守るために。帝国を守るために」

 

それはこの世界の武の立脚点。斯衛であること。武家の一員であること。そして何より、自らが帝国を守るためにあるという認識。

そして平行世界で経験した絶望。それを避けようとする強い意志。

 

「大切な……ひ、とを……守る、ために……」

 

「その通りだよ。帝国を、俺にとって大切なものと、大切な人たちを守ること。その目的を果たすまで俺は死ぬわけにはいかない」

 

それが武の正直な思い。

果たして、それは悠陽の心にしっかりと届いたようである。

 

「武様……私、待っております。武様のご帰還を。ですからこの悠陽と約束してくださいまし。絶対に戻ってくる、と」

 

それは願い。大切な人が戦場へと行くのは自分のためでもあると聞いた悠陽はもはや、武を止められない。武は本心からそう言っている。会話の雰囲気からそれがひしひしと伝わってくるから。

だからこそ願う。自らの理想を。

大切な人がいなくなってほしくないという、誰しもが持つ感情。

 

そしてその感情は武にも伝わった。

 

「約束しよう。悠陽。俺は必ず戻ってくる。更なる力をつけて。BETAごときにやられはしない」

 

「はい。私も良き為政者となるように頑張ります。武様、約束いたしましょう?お互いに互いのなすべきことをなし、再会すると」

 

「ああ。約束だ」

 

約束が結ばれる。

それは二人の行動を約束に縛り付ける鎖。

それは二人を引き合わせる赤い糸。

 

その約束が吉であったか凶であったかはわからない。ただそれでも、この日よりの二人の行動原理としてこの約束が組み込まれたのは間違いない。二人はまだ子供。如何に為政者として育てられようとも、如何に並みの軍人に匹敵する技量持つまで訓練していようと、精神面、身体面ともに成熟しきっていないのは当然のこと。だからこそ、戦う理由ができたことは本人たちの成長にとって非常にプラスになったということだけは断言できる。

ある意味では、ここから始まったのだ。二人の物語が。

BETAと、人類と、帝国のため、互いのため、大切な人のための戦いが。

 

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