Muv-Luv Alternative 紫の白銀 作:Shikanabe
「精強たる帝国軍人諸君。私は帝国陸軍大陸派遣軍総司令官、橘尚一郎大将である。
さる国会にて、『異性起源種の侵攻へ対処に関する法律』が可決された。これに先立ち創設されていた我ら帝国陸軍大陸派遣軍は正式に、東アジア戦線へと派遣されることと相成った。
派遣部隊の諸君、諸君らへと与えられている任務は極めて重要である。
すでに欧州の陥落は近く、BETAとの月面戦争が始まってすでに二十余年。我々人類は負け続けてきた。徐々に徐々に、戦線は押し込まれつつあり、我らが祖国も、決して安泰とは言えまい。
しかし、だからこそ、我々が大陸へ行くのである。豊葦原の瑞穂の国を、皇帝陛下と将軍殿下、そしてそこに住む全ての帝国臣民の為に。愛すべき国家と人々の為に。
流血を恐れること勿れ。
諸君らの流血は、我らが帝国の未来に資せるものであると、私は信じる。
諸君らが、諸君らこそが大陸にてその全身全霊を尽くし、一分一秒でも長く、帝国の平和を守るのだ。
倒れることを恐れるな。
諸君らが倒れても、戦友がその意思を継ごう。戦友の死を、我々は決して無駄にはしないのだということを、ここに誓おう。
行く先は地獄の戦場である。
それでも、我々には身命を賭して成し遂げなければならぬことがある。帝国軍人として、果たすべき使命がある。
諸君ら一人一人の行動が、将来の帝国の行く末を変えるのだと、斯くのごとく認識せよ。
BETA対戦の勃発以降、人類の核焦土化戦略も相まって、異常気象が各地で発生している。我が国においてもだ。しかし、九段の桜を見るとよい。今年もまた英霊たちを誇るかのように、咲き誇っておるではないか。
私は諸君らに、帝国のために殉じたすべての人々に、世界各国で自らの祖国と人類のために殉じたすべての人々に恥じぬ立ち居振舞いと戦いを期待するものである。
諸君らの奮戦に期待するものである。
我々帝国軍人は誓う。
帝国と人類のため、命を懸けて地獄の戦争を戦い抜く覚悟であると。
大陸に巣くう異星起源種どもを必ずや滅殺せんと。
必ずや生還し、大陸遠征で得た知見を祖国へと還元せんと。
此度の大陸遠征出立に際し、我らが決意の一端をここに開示し、これを以て訓示とする」
「総司令官閣下に敬礼!!」
壮観な光景だ。総司令官は演説の為、壇の上にいるが、その目下に広がるのは大陸派遣軍に参加する将兵たち。
帝国陸軍東北方面隊第九師団、北部方面軍第七師団の両戦術機甲師団を主力とし、複数の戦術機甲連隊を含む大部隊を東アジア戦線に派遣する。その数は優に数万を数え、帝国が本格的にBETA大戦に参加する上での本気度が垣間見える。
これらの部隊が展開するのは重慶。中華人民共和国四川省重慶である。(全て、というわけではないが、大部分の部隊が重慶に配属される)1990年代に入り、喀什ハイヴからのBETA東進が本格化。その上で統一中華軍とBETA群との一大主戦場となったのが重慶だ。中国国民党(台湾)にとっての公式の首都であり、日中戦争当時から産業基盤が集中。軍部隊の一大根拠地でもあり、この地の趨勢は中国戦線全域、ひいてはユーラシア東部戦域全体に影響を与える。そのための重慶派遣であった。
ーーーー
「お疲れ様でした、閣下」
そう声をかけたのは橘大将の秘書官らしき人物だ。橘大将にお茶を渡しながら労う。
「ああ、ありがとう。しかし大陸派遣軍か……あれだけの数の将兵が、全てでないにせよその多くが死んでいくというのだ。やるせないものだな」
「閣下……」
「いや、司令官たるものの発言ではなかったな、忘れてくれ」
「いえ、閣下が性根がお優しいということは存じ上げておりますから」
「はは、しかし実際何人の者が戻ってこれると思う?」
「……伝え聞く大陸の惨状。俄かには信じられぬことばかりです。されど、欧州が北欧を除いて奴らの手に落ちたのもまた事実。我々とて無傷で帰れる者は少ないでしょう。こと戦術機部隊に関しては全滅も考慮に入れておくべきかと」
「全滅……か」
「とは言えやれるだけの準備はしましたし、大陸でも全身全霊を尽くすことに変わりはありません。戦術機部隊の奮戦に期待しましょう。むしろ懸念すべきはPTSDではないでしょうか。通常の戦争でもPTSD発症者は一定数出るというのに……」
「だからこその薬物投与と後催眠暗示だろう」
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は命の安全が脅かされるような出来事によって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらしているストレス障害である。BETAと戦うこと以外にも、強いショックを受けた場合に発症する。
当然通常の戦争ーこの場合、従来の対人類戦争のことであるーでも十分に発症しうる精神症であり、BETAという異形と戦い、かつその圧倒的な悲惨さに触れることから通常以上のPTSD発症率が懸念されている。
そしてその対策の一貫として用いられるのが、薬物投与と後催眠暗示である。
「お言葉ですが閣下、大陸での薬物投与や後催眠暗示の強度は高く、あんなものを我が将兵に施さなければならないなんて……」
「そうでなければ、戦えぬのが現実だろう!非人道的な措置やもしれぬが、BETAに食われるよりマシだ。
演説では流血を恐れるな、と言ったが、本来、軍人には一分一秒でも長い間生き残ってもらわなければならない。我々が命を削った時間だけ後方の平和が保たれるのだからな。無様でも生きて、戦い続けなければならないのだ。そのために薬物と後催眠暗示が必要と言うのなら、我々軍人は悪魔にでもなろう。全ては後方の祖国のために……」
「閣下……失礼しました。取り乱してしまいました」
「いや、私も頭に血が上ってしまった。すまない。して、君にもう一つ尋ねたいことがあってな」
「は、何でありましょうか」
「例の研究開発団のことだ。大陸で次期型の開発を進めるため、第一開発団が随伴するのだったな」
研究開発団。帝国の次期主力戦術機開発を担うメーカー各社から開発陣が集められ、帝国軍の精鋭開発衛士の元実機での訓練、開発を行う部隊であり、今回巌谷と武が配属された部隊でもある。
「はい。メーカー及び帝国軍内部の技術士官、それに衛士からなります。規模は一個戦術機甲大隊とその支援要員、機密保守のための歩兵部隊からなる連隊規模部隊ですね」
「それは戦力になるのか?」
「はい。事前に受けた報告によりますと、衛士は精鋭揃い、機体も次期型のテスト機含め戦闘可能とのことです。第一中隊は次期型、第二、第三中隊は陽炎の改造型です。十分戦力になると思います。……いえ、光線吶喊など高難易度任務においては他のどの部隊よりも成功確率は高いのではないでしょうか。メーカーにしても帝国軍上層部にしても、貴重な機体と衛士を失う覚悟での派兵だとか。それに第一中隊長はあの巌谷少佐です。期待は……できるでしょうね」
「伝説の開発衛士……帝国における国産機開発決定の功労者、か」
「はい。その偉人に率いられると言うことで第一中隊はとても士気が高いようですよ」
「そうか……それは結構なことだ。では次にー」
橘大将とその秘書官の話は、辺りが暗くなるまで続いた
ーーーー
1990年 白銀邸
「父様、母様。先日、辞令が発せられました。私は本日より帝国陸軍大陸派遣軍に所属、東アジア戦線の一端を担うことになります」
そう切り出したのは武。白銀邸の本門前、武は帝国軍の軍服を着て、その他の必要物を持って立っている。家側に立つのは父、影行と母。
武には昨日正式な辞令が出た。それに基づき本日、ようやく中国・重慶へ向けて出立する。
武はこうして、両親と最後になるかもしれない挨拶をしているのだった。
「武、お前の戦術機技能に疑う余地はない。それは俺も斯衛軍で見せてもらった。しかし、これから先そなたが行く戦場は日本人が未だ経験したことのないものだ。焦らず、弛まず、油断せずに粉骨砕身の覚悟をもちてことに当たれ」
「はいっ」
「武、白銀として、武士として誇りを持った行いを心がけなさい」
「はい。父様、母様、行って参ります。帰国できるのがいつになるのかは分かりませんが、白銀家の一員として恥ずかしくない立ち居振る舞いを以って、祖国に尽くして参ります」
敬礼。
自らも斯衛軍(今は帝国軍だが)の衛士であると言う誇りをもって。
影行も敬礼で返す。
親子でもあり、軍人でもある二人。多くの言葉は必要なかった。
敬礼を終え、背を向ける武。その背中に父、影行が最後に声をかけた。
「武、軍人あるいは武家のものとしてではなく、一人の父親としていっておく。親として息子に九段で待たれると言うのは正直嫌でな、生きて……ここに帰ってこいよ」
それは一人の人間としての、影行の本心。息子を愛する親としての気持ち。
「はい。父さん、必ず返ってくるよ」
武も武家の子息や軍人ではなく、一人の人間、息子として答える。
その答えに影行は大きく頷いて、満足げに、母親は少し涙ぐんでいるようで、それ以降は何も言わなかった。
武は車に乗る。軍用車だ。ここから軍港へ向かい、中国への航海が始まる。
(絶対に返ってくる。ここに)
そう武は決意を新たにした。
1991年6月、帝国陸軍大陸派遣軍の主力は重慶への展開を完了。地獄の大陸戦争が始まった。
一話の文字数はどのくらいがいいですか?
-
3000以下
-
3000〜5000
-
5000〜7000
-
7000〜10000
-
10000以上