原作におけるブリジットとオクタヴィアの使い魔契約は、
その特性の
――
彼女の立てた作戦はこうだ。
まず、ブリジットとオクタヴィア以外の
全員とはいかないだろうが、リリィの魔力ならば彼らの大半を寝返らせることができる。こうすれば同士討ちをさせて、彼らを無力化することができる。
次に、オクタヴィアをリリィ以外の全員で抑え込む。
オクタヴィアの戦闘力は非常に高い。リリィの見立てでは、リウラ・ヴィア・リューナ・アイの4人がかりでも倒すことは難しい。
なので、人数差を
特に、オクタヴィアに大魔術を撃たせないことが重要で、彼女に充分に魔力を
彼女は
巨大化した今の彼女なら、
最後に、リリィがブリジットを倒す。
単純な身体能力や魔力といったスペックならば、リリィはブリジットに劣っていない。唯一ブリジットを倒せる可能性があるのは、彼女だけだ。
しかし、彼女には決定的に“戦闘技術”と“実戦経験”が足りていない。
――では、どうするか?
アイの左肩の穴から顔を出し、回復薬を握りしめながらリリィの戦いを見ていたヴィアは、驚きと……理不尽さ大爆発なリリィの魔術への怒りを込めて言った。
「あの子……
それもそのはず、
性魔術の本質は精神戦。快楽で相手の心に隙を生み出し、弱ったところ、ひるんだところで相手の精神を支配する。
支配された精神は、支配した側の思うがまま……相手が持つ記憶や知識・経験を引き出し、己のものとすることだってできる。
リリィが自分の中の魔王の魂から知識・経験を引き出すことと同様の事象であり、“精神を支配する過程で性魔術を必要とすること”だけが違いだ。
――その効果は劇的
魔王の魂から飛翔経験をもらった“このリリィ”と違い、生まれて一度も自身の翼で飛んだことのない“原作のリリィ”は空を飛ぶことなどできなかった。
しかし、性魔術で
ヴィアが懸命に
その技術・経験と、リリィの魔力が組み合わされば、ブリジットに勝てる可能性は充分にある。
とはいえ、自分とは身長も体格も、種族的な特徴も異なる相手の経験をそのまま己のものとするには、本来それ相応の練習期間が必要になる。
にもかかわらず、リリィはこうして盗んだ経験を即座に己のものとして戦っている。
それを可能にしているのは、魔王より与えられたリリィの
ヴィアなど足元にも及ばぬその才は、今、ブリジットを圧倒し、この絶望的な状況を切り抜ける切り札として機能する――!
ブリジットの間合いに滑り込んだリリィに対し、彼女は
前転して蹴り足の下を
まるでハサミのように左右の下段から迫る
ギャギィッ!!
ブリジットの
“暗黒の水晶”と合成した特殊な金属で編まれたその靴は、単に刃を通さないだけの
闇属性に耐性を持つ魔族であるリリィには効果が薄いが、並の相手ならば、かすっただけでもダメージを受けるだろう。
片足を宙に、もう片足をリリィの
それを読んでいたのか、リリィは双剣で挟み込んだブリジットの脚を放すと頭を下げ、地面を
片手をバン! と地面に叩きつけて跳び上がり、くるくると体操選手のように回転し、ひねりを入れることでブリジットへと向き直るように着地した瞬間、いつの間にか接近していたブリジットがリリィの左のこめかみを
それを1歩下がって回避。目の前を通過した足首を追いかけるように左の
――途端、リリィに弾かれた勢いを利用し、
自分の薄い胸に叩きつけるように膝を勢い良く引きつけることで、ブリジットの
一瞬にして
リリィの弾いた力、脚を引き上げた力に加えて、飛翔する力をも加えることで蹴撃を加速したためか、その蹴りは信じられないほどに早い。
予想外の軌道から襲いかかる蹴りに、リリィの対応がわずかに遅れる。
ブリジットの蹴りは一撃一撃がとんでもなく重いため、リリィの腕力ではまともに受け止めたら確実にバランスを
正確にリリィの頭部を狙った一撃を前に、リリィはヴィアから
――前後左右いずれかに避ける……今からでは、ブリジットの蹴りのスピードが速すぎて間に合わない
――あえて蹴りを受け止め、後ろへ跳んで威力を殺す……袈裟懸けに叩きつける軌道だから、衝撃の
――闘気弾……いや、魔弾で
……しかし、その中にブリジットに戦闘の主導権を奪われずに済む方法は見つからなかった。
(それなら……!)
ヒュンッ!
リリィの身体が真下へと沈み、上から斜め下に振り下ろされるブリジットの蹴りを回避する。
リリィは攻撃を受ける直前に膝の力を完全に抜き、“超ねこぱんち”の
ヴィアの経験とリリィ自身の経験が融合することで成した、見事な回避であった。
しかし、敵もさるもの。
避けられることを
――暗黒魔術
闇属性の衝撃波を
衝撃波でリリィと自分を弾き飛ばし、大技を回避された隙を埋めようとする意図で放たれたものだ。
衝撃波に逆らわずに後方へ飛翔し、威力を殺しながら、体勢を立て直しつつリリィとの距離を離すブリジットへ、
次々と蹴りを放って魔弾を弾きつつ、魔弾が飛んできた方向を見やると、そこには背面跳びのような姿勢で、
リリィは衝撃波が炸裂する瞬間に上空へと飛翔して衝撃波の威力を殺しつつ、かつ翼を広げた背にわざと衝撃波を受けることによって、瞬時にブリジットの視界の外に移動し、そこから攻撃を放ったのだ。
リリィがブリジットへ向かって急降下する。
それを迎え撃たんとブリジットが地面を蹴って飛び立つ。
リリィの
その隙にリリィは右の
――リリィは
それと同時に拳に魔力が集中し、腰がひねられ、右足が前へ進もうとしている――間違いなく
意表を突かれたブリジットは、この拳打が避けられないことを悟ると同時に、ギリギリ防護結界の展開が間に合うことも理解した。
ブリジットは落ち着いて結界を展開しようとした、その時――
――リリィの
悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い……その独特な魔力は、ブリジットの想い人と全くの同質。
人間族によって地下深くに
魔王の魂に接続し、自身の魔力を魔王のものと同質化させたことによって作りだした一瞬の隙に、リリィは充分に
拳がブリジットに埋め込まれた瞬間、リリィの背中に集中していた魔力が弾かれ、リリィの
ズドンッ!!
「グハッ!!」
――体術 ねこぱんち・改
本来、
拳
しかし、ただ単に全力で自分を弾き飛ばせばいい“超ねこぱんち”と比べ、的確なタイミングで発動させる必要があるこの技は、近接戦闘の技術を要する分、難易度は遥かに高い。
自身も“ねこぱんち・改”を放てるヴィアの戦闘経験を
クレーターに大の字に横たわるブリジットは、受けたダメージの深さから
――リリィにとって、最初で最後の絶好の
――ブリジットにとって、絶体絶命・最大の危機
「
「なっ!?」
リリィが驚きに眼を見開く。
それは、ブリジットが最も信頼する相棒の名前。
その名が呼ばれた瞬間、
(くっ! ……間に合ええええぇぇぇえええええっ!!!)
ブリジットが何をしようとしているのか理解したリリィが、
――首の手前で、ピタリと
***
――ブリジットの……そして
リリィの剣がブリジットへとたどり着く直前に、オクタヴィアがリリィの首へ剣を突きつけたのである。
原作におけるブリジットとオクタヴィアの使い魔契約は、
――つまり、その特性として、
“致命傷”という条件は、あくまでも“使い魔を死なせないための緊急措置”……
使い魔に対する絶対命令権を持つ主が命じれば、意図的に主の体内に戻すことも可能なのだ。
ブリジットはこの使い魔契約を利用してオクタヴィアを自分の体内に
しかし、タイミング的にギリギリであったため、いかに優秀なオクタヴィアといえど、リリィの首に剣を突きつけるのが精一杯であった。
オクタヴィアがリリィの首を
戦闘は完全な
「……」
「……」
にらみ合うリリィとブリジット。
先にしびれを切らしたのはブリジットだった。
「どうして……助けなかったんだよ」
「……え?」
ブリジットが何の話をしているのか分からず、リリィは困惑する。
リューナが
「あの黒ずくめの女から聞いてるんだぞ! オマエ、
その発言で、リリィはようやく思い至った。
父の蔵をリリィが襲撃したことなど、ブリジットは全く気にしていない。
そもそも彼女には、
原作を思い返す限り、ブリジットの家族は登場しない。
登場しない理由は
ところが、彼女は自分が淡い恋心を抱いた魔王に対してだけは、すさまじい執着を見せた。
彼を助けるため、殺されることを覚悟で、自分より遥か格上である勇者の
そんな彼女が、魔王が封印された直後である今、どれほど彼のことを心配しているか、想像もつかない。
しかし、ブリジットは、クロから彼の使い魔であるリリィの存在を……そして今の彼女の状況を聞いてしまった。
――自分が慕う男が、
そんな彼女が、主の危機を放置して幸せに暮らしている、という状況は……そして、その状況を“良し”とするリリィの性根だけは、どうしても許せなかった。
だから、彼女はこうしてリリィを目の
先程リリィが魔王の魔力を放ったことで、“魔王の手によって
実際は“リリィの中に魔王の魂があるから”なのだが、それを言ってしまえば、彼女は更にヒートアップするに違いない。
ブリジットの事情は良く分かった。分かったが……
――ブチィッ!
ブリジットの発言の内容を理解した直後、リリィの中で
「お前が……お前がそれを言うなあああああぁッ!!」
(……あれ、なんでだろう……?)
(なんで私……こんなに怒って……?)
ブリジットの言うことは、何ひとつ間違ってなどいない。
魔王が封印されたとき、リリィは何もしなかった。
そもそも何かができるだけの実力がなかった。
前世の記憶に目覚めた後は、自分の命がかかわらなければ見捨てるつもりですらいた。
姉とともに楽しく暮らせれば、それで満足なのも間違いなかった。
――だが、その
「これだけの戦力を持って! これだけ優秀な部下がいて! これだけ実力があるくせに! 魔王様を見殺しにした貴女に、それを言う資格はない!!」
「んだとぉっ!?」
魔王は一国を滅ぼし、己が残虐性を思うがままに満たした大悪党。見捨てても全く問題ないはずだ。
だが、そんな理屈を、リリィの中に隠れ潜んでいた罪悪感と後悔が否定する。
――助けたかった、助けられなかった……と
……リリィは自分でも気づいていなかったのだ。
リリィは確かに前世の記憶を取り戻し、人間としての価値観を手に入れた。だが、それは決して
魔王によって生み出され、彼を“父”として、“強大な力を持つ魔王”として慕っていた彼女もまた、真実の彼女なのである。
人間としての価値観・常識に縛られてしまった彼女は、そこから無意識に目を
それは、彼女の“魔王を助けたい”という願いを自分自身で否定し、“魔王を裏切っている”という後ろめたさを
――そこを、ブリジットに指摘された
だから、リリィは怒り狂った。
『自分の成すべきこと、成したいことから目を逸らしているだろう』と図星を指され、それが真実であったが故に、
悔しくて悔しくて、涙すらこぼれる。
これまでリウラが見たこともない怒りの
「私は生まれたばかりで力がなかった! だから今こうして力をつけてる! でも貴女は何!? これだけの強さと、こんなに優秀な使い魔と、これだけの大きな軍を持ってて、腕の1本どころか軍の消耗すら
「ぐっ……!?」
“痛いところを突かれた”と言わんばかりに、今度はブリジットの表情が歪む。
実のところ、ブリジットも状況はリリィとさほど変わらなかった。
魔王が猛威を振るっていた当時、ブリジットの父は存命であり、彼女よりも遥かに大きな武力と権力を持っていた。
彼は魔王が封じられる直前の最後の戦いで、ブリジットを自身の城に呼び出し、特殊な魔術処置を
それは素直になれない彼の歪んだ愛情表現であり、だからこそ、ブリジットは先の戦争で勇者達に殺されずに済んだのだが……そのせいでブリジットは想い人の危機に駆けつけることができなかったのだ。
ブリジットが父に関することに対して無関心であるのは、もともと親子仲が良くなかったこともあるが、このことによって彼を恨んでいたことが非常に大きい。
彼個人が保有していた城や
――その時は、魔王を救いだすだけの力がなかった。だから今、力をつけている
その状況を、想いを、ブリジットが理解できないはずがなかった。
当時の彼女には、親に閉じ込められてしまう程度の力しかなかったのだから。
……だが、それを素直に認められるほど、彼女は大人でもなかった。
「う、うるさいっ! ボクは
「私にやられる程度の実力で、お姫様に襲撃かけるなんて馬鹿じゃないの!? 相手は曲がりなりにも魔王様を封じる奴なのよ!? まずは私みたいに力をつけてからでないと、無駄死にじゃない!」
「それでアイツを助けるのに、間に合わなくなったらどうすんだよ!」
「それで私達が死んだら、助ける人がいなくなるって分からないの!?」
議論は完全な平行線。だが、その想いは同じだった。
――“
ただ、その想いだけが今の彼女達を突き動かしていた。
首筋に添えられた
その事が、
……特に、長年ブリジットの
「……リリィ、と言いましたね」
オクタヴィアの、とても静かな……それでいて何故か柔らかな響きの
それは、まるで湯に氷を放り込むかのようにヒートアップしていた2人の頭を冷やし、今が殺し合いの最中であることを思い出させる。
その瞬間、2人に生まれた思考の空白に、オクタヴィアは言葉を差し込んだ。
「……
……………………………………。
「「はあっ!? なんでこんな奴と!?」」
リリィとブリジットの言葉が、見事に
「いいんじゃない? 私は賛成よ」
「あ、私も~」
「ヴィア!? お姉ちゃんまで!?」
ヴィアはオクタヴィアを刺激しないよう、ゆっくりリリィに近づくと、頭頂部の彼女の猫耳に口を添えて
「……よく考えなさい、リリィ。ここでコイツと仲間になっておけば、とりあえずは丸く収まるのよ? 蔵を襲ったこともうやむやにできるし、コイツが見せしめに私達の関係者を襲う恐れもなくなる。仮に提案を蹴るにしても、蹴った後の計画を立てる時間を稼ぐために、ここは提案を受けておくべきよ……まあ、“魔王を助ける”
「あ……」
リリィの顔が、サアッと青ざめる。
心の内から
――実は、この場に居るリリィ側の人間は皆、“リリィが魔王を復活させない”ことを前提に動いている
リウラに対しては、『魔王の封印は解くが、復活はさせない』とリリィから伝えている。
封印の内側にいる魔王は、魂の存在しない肉人形だ。リリィの中にある魂をディアドラにさえ奪われなければ、封印を解いたところで復活はしない。
無論、その肉体だって誰にも奪わせるつもりはない。そういう前提で動いてもらっている。
リューナは“こちらの思い込みで『魔王の使い魔であるリリィは、悪人に違いない』というレッテルを張ってしまった”という罪悪感で動いており、その前提には“リリィは悪いことをしない”という想いがある。
当然、“悪逆非道を働いた魔王を復活させる”など、もってのほかだ。
ヴィアはリューナを助けるために動いているものの、事情をリリィに話す際に『悪人だと疑ってしまって申し訳ない』というヴィアの謝罪をリリィは受け入れてしまっている。それは“リリィは悪いことをしない”=“魔王を復活させない”と遠回しに肯定しているも同然だ。
それを
もともと、リリィも魔王を復活させないつもりだったのだ。このような対応をしても問題ないはずだった。
ところが、この
――それは
『“お父さんを復活させたい”って思うのは当たり前』と言ってくれたリウラは、リリィを見捨てることはないだろう。
もちろん、ただ魔王を復活させたら、みんなが危険に
だが、彼女以外はそうはいかない。
もし
魔王の味方をする者……つまり、魔王軍の関係者はそのほとんどが先の戦争で亡くなっているからだ。ブリジットはあくまでも例外である。
それはリリィの計画の大きな
最悪の場合、時間切れで魔王の封印が完成し、リリィは死ぬ。
つまり、最低でもこの2人は味方のままでいてもらわなければならないのだ。うかつな返事はできない。
(……どうやら、何も言わずともあちらは受け入れてくれそうですね)
リリィが必死になって頭を回しているのを見て、“提案を受け入れてくれそうだ”と見たオクタヴィアは主に対して再び口を開く。
「……ご主人様、今のままでは魔王様の封印を解くことはできません」
いつも黙々と自分の言うことに従い続けてきた、もっとも信頼する右腕から飛び出た厳しい
「で、でも、ボクは……」
「……人間族が何をするために再び迷宮に潜って来ているのか分かりませんが、その中にあの姫がいる以上、“魔王様の封印にかかわることだ”と考えるべきです。……そして、それが終わってしまえば手遅れになるかもしれません」
「うぐっ……そ、それは……」
(……そうか、この時点でブリジット達から見れば、何が起こっているのか訳が分からないんだ)
ブリジット達の会話を聞いたリリィは、さらに彼女達の現状を深く理解する。
原作知識を持つリリィは、シルフィーヌ姫達が“1ヶ月単位で定期的に封印強化の儀式を行うために迷宮を訪れている”ことを知っている。
だから彼女達が何をしているのか不審に思うこともないし、魔王の封印が完全なものとなるまでに、まだある程度の
だが、なんの情報もないブリジット達からしてみれば、彼女達人間族は疑惑の
――すでに終わったはずの封印に対して、コソコソといったい何をしているのか?
――それは魔王の害になることではないのか?
――そして、その企みはどこまで進んでいるのか?
……疑い始めれば
(……しかたない。嫌だけど……本ッッッッ当に嫌だけど! オクタヴィアの提案にのってあげる!)
たしかにヴィアの言う通り、このままブリジット達と潰しあいを続けたら、自分達が死ぬ可能性は高い。それに比べれば、オクタヴィアの提案を聞いた方がまだマシ……そう己に言い聞かせて、リリィはオクタヴィアの説得に協力することを決めた。
原作からブリジットの性格を把握しているリリィにとって、彼女を説得する方法など分かりきっている。
――彼女のプライドをつついてやればいいのだ
「ま、まあ、ブリジットが嫌がるのも無理ないよね。私とブリジットが同じ側に居たら、私がブリジットを実力で追い抜いていく様子を、まざまざと目の前で見せつけられるわけだし」
ビキィッ!
ブリジットのこめかみに、大きく血管が浮き出る。
「ふ、ふざけんな! 誰がボクを追い抜くって!?」
「私は魔王様が
プッチーン
ブリジットはキレた。それはもう、盛大にキレた。
ブリジットは己の感情のおもむくままに行動する
それは、ほぼ同時期に生まれながら、すさまじい才能でブリジットを追い抜き、魔王となった幼馴染にも例外なく向けられるほどの筋金入りである。
次元の違う実力を持つ相手であろうと決して折れず、曲がらず、ただひたすらに鍛錬と勉強を重ね、『いつか必ず追いつき、追い越す』と
――その幼馴染が生み出した使い魔が、いつかの再現のように自分を追い越そうとしている?
認められない。認められる訳がない。
頭の冷静な部分が『この
――これは意地だ。ブリジットがブリジットであるための
「できるもんなら、やってみろぉっ!! オマエなんかに、絶対に負けないからな!」
烈火の
“負けたくない”“負けられない”
あるのは、ただこれだけ。
怒りを燃料に燃え上がる
そう、ブリジットが言い放った次の瞬間、
――リリィ達の視界が闇に閉ざされた
「なっ!?」
「っ!?」
「……!」
視界だけではない。周囲の気配すらもまるで感じ取れなくなった。
リリィが動揺に一瞬固まった瞬間、本来リリィが剣を突きつける先から聞こえてくるはずのブリジットの声が、まるで見当違いの方向から響きわたる。
「どわぁっ!?
「……ここにおります」
「お、おう……わかってるさ。別に怖くなんかなかったんだからな!」
「……存じております」
先程の怒りはどこへやら、まるでコントのようなやり取りが響くが、リリィにそれを笑う余裕はない。
(……しまった……完全に忘れてた……!!)
原作でたった1回だけオクタヴィアが使っていた魔術。
イベント扱いのため、オクタヴィアが仲間になった後でも使用魔術に登録されなかったそれを、リリィは今の今まで完全に忘れていた。
リリィがブリジットに、そしてオクタヴィアがリリィに剣を突きつけているこの状況――リリィの立場から見てオクタヴィアが剣を下げられないのと同様、オクタヴィア達から見てもリリィが剣を下げられないことを理解していた。
なにしろ、剣を下げれば、その瞬間にオクタヴィアはリリィを殺すことができるのだから。
だからこそ、オクタヴィアはこうして目くらましの魔術を放ったのだろう。リリィが動揺して硬直した瞬間に剣を下げ、主を安全な場所に退避させるために。
――だが、それは同時に、
もしリリィが“魔王を救う側の立場”であることを、そしてブリジットに協力する意思を示していなければ……リリィはここで死んでいた。
「おい、オマエ! この借りは後で万倍にして返してやるからな!」
「……
その
――そこにはもうブリジット達の姿はなかった。
緊張から解放されたリリィの腰が砕け、へなへなと女の子
彼女の背を滝のように冷や汗が流れ、その心臓は今にもはち切れそうなほどに大きな鼓動を奏で続けていた。
***
「……さて、それじゃあ聞かせてもらいましょうか? 『魔王を復活させる』ってどういうことかしら?」
「あ、そうそう! それ私も
「……って、何よその詐欺師のような
まるで『嘘はついていない。本当のことを言っていないだけだ』といった
しかし、彼女の左手に
……彼女が落ち着いているのは、ヴィア達を味方につける方法を思いついたからではない。逆に何も思いつかず、“正直に、誠実に全てを話す以外に方法はない”と
「どうもこうも、お姉ちゃんが言った通りだよ。それ以外に何を言えと?」
「じゃあ、リューが罪悪感を感じる必要も、あの黒ずくめに
「それを私に言われても……私達を罠に
ぐっ、とヴィアが言葉に詰まる。
たしかに一連の行動は全てヴィアとリューナの意思によって行われ、そこにリリィやリウラの意思を
つまり全てヴィアとリューナの責任である。
だが、目の前の少女が真実“魔王を
「ヴィー。あの黒ずくめに反発して
リューナがそう言うと、ヴィアは苦々しげな表情になって追及を止め、質問の仕方を変える。
「……“アンタが魔王を復活させようとしてる”ってのは本当? 今のリウラの言い方だと、違うはずよね?」
「……本当だよ。……ううん、『さっき本当になった』って言うべきかな」
その眼はあまりにも真っ直ぐで、それでいてとても申し訳なさそうで……とてもこれから悪事を行おうとしている者の眼とは思えない。
「最初は復活させるつもりはなかった。魔王様の魔力を使って、魔王様とのつながりを断って、私を狙っている人を排除できれば、それでよかった……でも、ブリジットに言われて気づいたの」
――私は……本当は魔王様の事が大好きで、“助けてあげたい”って思ってるって
リリィは正直に話し始める。
――魔王が手ずから創造した使い魔が自分であること
――リリィの中に魔王の魂があるから、ただ封印を解いただけでは魔王は復活しないこと
――魔王に対する封印が完成すると、リリィの命が危ないこと
――リリィの命を救うためには、魔王との魂のつながりを断ち切る必要があるということ
――成長したリリィの精気を狙う魔術師がいること
――魔王とのつながりを断つために、そして
ここまでリリィの話を聞いたヴィアは、呆れたように溜息をつく。
「……アンタ、ホンット自分の事しか考えてないのね……私が言えたことじゃないけど」
自分の命のためだけに、周囲に多大な迷惑をかけんとするリリィにヴィアは呆れる……が、リューナの命のために
それに対し、恥じる様子もなく
「自分の
そこでチラリとベッドに
「……私の生を、幸せを心の底から望んでくれる人がいる……だから、私は生きる。“お姉ちゃんと一緒に幸せになりたい”って思う」
リリィのその台詞を聞き、ニコニコと笑うリウラを見て、
“自分の生を望んでくれる人がいる”という意味において、リリィと同じ立場であったリューナは、“うんうん”と深くふか~く頷いてリリィに共感していた。
「……ん? 待って、その話の通りだと、魔王は復活しないんじゃない?」
魔王の魂をリリィから切り離しただけなら、その魂は力を失うまで
リリィはコクリと
「今のは、お姉ちゃんに話したとき……つまり、私が“魔王様の事なんてどうでもいい”と
「具体的には?」
「……魔王様の魔力を使って極めて
「……」
そこで急に黙り込んだヴィアを
「どうしたの? 何か問題でもあった?」
「あ、いや……そうじゃなくて……」
ヴィアはどこか気まずそうにポリポリと後頭部を
「その……やっぱり、アンタは魔王……父親のことが大切?」
ヴィアの父はマフィアのボスであり、決して
だから、ヴィアは“父に何かあったら助けたい”と思うことに抵抗はない。
しかし、
ひょっとしたら、リリィにしか見えない良いところがあったのかもしれないが、少なくともヴィアから見ればそんなものは存在しない――なのに、それでも救いたいと思うのか? ヴィアの問いたいのはそこだった。
リリィは
――ブリジットの前で流した涙……あの時の自分の感情はどのようなものだっただろうか?
自分の心を少しずつ手探りで確かめるように、ゆっくりと感情を
「……うん、そうだね。私は魔王様のことを大切に思ってるんだと思う」
「私は生まれた時から魔王様のことを慕っていた……絶対の信頼、あこがれ、そして“愛されたい”“構って欲しい”という想い……うまく表現できないけど、たぶん、ヴィアが言う通り“父親に対する気持ち”が一番近いんだろうね」
その感情は前世のものではない。この世界にリリィとして生を受けてから、前世の記憶を思い出すまでに
浮かんだ想いをひとつひとつ言葉にしたそれはとても
「だから、私は魔王様に生きて欲しい。魔王様の
前世の想いと今世の想い、それらが合わさってできたのが今の結論だったのだろう。
結局、リリィの考え方の
――いっしょに生きて欲しい人がいる。だから、生かす
“リウラと一緒に生きるためにはどうすればいいか”、“魔王と一緒に生きるためにはどうすればいいか”……それがリリィの行動理念。
理屈ではない。“ただそうしたいから、そうする”。
己の欲望に正直な、魔族らしい考え方であった。
そのリリィの言葉を聞いて、なにやら思い悩んだ様子を見せるヴィア。
そんな彼女を見てクスクスと笑いながら、リューナは言う。
「ヴィー、あなたもリリィを見習って素直になってみた方が良いのですよ?」
「……考えとくわ」
ばつが悪そうな表情で答えるヴィアを見て、不思議そうな表情をしたリリィは、その時ふと気づく。
「……私を止めないの?」
リウラは分かる。
もともと魔王の封印を解くこと自体は納得していたどころか、計画を聞いた当初は『お父さん、助けてあげないの?』と悲しそうに
むしろリリィが『魔王を助ける』と言ったことで、逆にニコニコと嬉しそうに微笑んでいるくらいである。
だが、魔王に対してあれほどのマイナスのイメージを持っていたヴィアとリューナから、リリィへのピリピリとした警戒心が消えているのは不可解だ。
それはリューナの隣に控えているリシアンも、リウラの首飾りの
その問いを聞いたリューナは、笑顔のままリリィに答える。
「……正直に言って、わたくしもヴィーも魔王に良い印象は持っていませんし、本当はここでリリィ達を殺してでも止めることが正しいんだとも思いますの。そうすれば貴女達2人の犠牲で“魔王が復活する可能性”を少しでも減らせるのだから」
でも、とリューナは続ける。
「大切な弟と私を助けてくれた恩人を犠牲にするなんて、絶対に嫌ですの。リリィ達の命を救うためなら、
敵対しないどころか、協力すら申し出たリューナに、リリィは大きく目を見開いて
そんな彼女を見て微笑みながら、隣のリシアンも姉に続いて発言する。
「僕も姉さんと同じ気持ちです。……リリィさん、僕は貴女が『姉さんを助けるために戦う』と言ってくれたとき、本当に嬉しかったんです。あの時、もう僕たちには本当に頼れる人がいなかったから」
リシアンの微笑みは、姉弟だけあって、隣で微笑むリューナの笑顔とそっくりだ。
ヴィアを
「だから、今度は僕たちがリリィさん達を助ける番です。リリィさん、“リウラさんやお父さんと一緒に幸せになる”という貴女の思い描く未来の中に、僕たちも入れてください」
「ッ……!」
一瞬目が
リリィは、この手のリリィ自身に向けられる真っ直ぐな思いやりに、めっぽう弱い。
別にここで涙を流したところでデメリットなど無いはずだが、なぜか“ヴィアの前で弱みを見せたくない”と思ってしまうリリィであった。
(……うん、この2人には、なるべく危なくないことを手伝ってもらおう)
そして彼女は、一度大切に思ってしまった者を危険から遠ざけようとする傾向がある。
リリィの中で、もうこのエルフの姉弟は、リウラに
ちなみに、リウラは性格からしてどんなに危険から遠ざけようと首を突っ込んでくること間違いなしなので、リリィは半分あきらめている。
「私も! 私もリリィさんとリウラさんのために頑張ります!」
アイも、
(……この娘には、後方からの援護を頼もうかな? 巨大化ができない場所だと、戦闘力は
リリィに対して感動を与える判定に失敗したアイは戦闘員行き。だがその戦闘力の低さから比較的安全な後方へと回される。
「……私の場合、拒否権すらないわよね……アンタの使い魔なんだし」
ヴィアが諦めたように溜息をつく。
しかし、彼女の様子を見てクスクスと笑うリューナは知っていた……ヴィアもまた、“リリィを助けたい”と思っているということに。
リリィに魔王を復活させる意図があったにしろ、彼女が自分や大切な姉の命を懸けてでも、親友であり家族であるリューナを助けてくれたことは、れっきとした事実。
その恩を忘れるほど、彼女は薄情な人物ではないし……なにより、母を失ったヴィアにとって“親と共に生きたい”という気持ちは痛いほどに良く分かった。
だからこそ、彼女は“リリィの使い魔だから”と言い訳しながらも、リリィに協力しようとしているのだ。
先程ヴィアが“リリィを見習って素直になれ”とリューナに言われたのは、リリィへの協力をどう申し出ようか悩んでいたのを見抜かれたためである。
ヴィアもリューナも、自分の親を奪った魔王に対して、割り切れない気持ちがあるのは事実だ。
だが、同様に割り切れない気持ちがありながらも、リリィは命を懸けてリューナを救ってくれた。そんな彼女に対して恩返しをしたい、という彼女達の気持ちは決して嘘ではなかった。
……しかし、“魔王が彼女達の親を奪った”という事実を知らされていないリリィは思った。
(うん、ヴィアには最前線で私達と一緒に戦ってもらおう。ついでに潜入技能を活かして、
最初からリリィ達を罠に
それを言えばリューナも同罪だが、彼女は自分の
リリィ達を罠に嵌める計画が発覚してから、リリィがヴィアを呼び捨てにしているのに対し、リューナの方は未だに“さん”づけで呼んでいることも、そのことが影響している。
――結果、最も危険で最も忙しいであろう役割が、リリィの
そうして話がひと段落したあと、リウラは、ふとあることを思い出して
リリィは、その様子から姉が真剣な話をしようとしていることを察し、姿勢を正してリウラと向き合った。
「ごめんね、リリィ……私、ブリジット達と戦ってるとき……最初、全然動けなかった」
「……そういえば……」
リリィは当時の状況を思い出す。
あの時は大勢を相手どって戦闘することに必死でよく見ていなかったが、言われてみれば確かに、戦闘開始時にリウラが戦っているところも、彼女が操作する水が暴れているところも思い出せなかった。
リリィが気づいた時には、すでに彼女はへたりこみ、オクタヴィアに殺されそうになっていたのである。
「あの時、私は“相手が人の形をしている”だけで、相手を攻撃することを
リウラは、あの時の自分に対する情けなさを今でもはっきりと覚えている……いや、きっと一生忘れることはないのだろう。
「だけど、もうあんな私は見せない。これからはちゃんとリリィを護って見せる。だからリリィ、私のことを見ていてほし、い……?」
リウラの言葉が止まった。
――リリィの様子がおかしい
「ちょっと、アンタ、どうしたのよ!?」
「リリィ!?」
『リリィさん!?』
ヴィア、リューナ、アイもリリィの異常に気づいた。
リリィは顔を
いや、返せないほど……彼女達の言葉も届かないほど、深く己の思考にはまり込んでいたのだ。
リリィは気づいた……リウラが話した内容は、
リリィの人格の
――そう、今まで全く争いのない世界で生きてきたのなら、いざ人を傷つけなければならなくなったときの反応は
たしかにリウラが話した通り、リリィは他人を殺す覚悟を決めていた。
だからこそブリジット達との戦闘で
――だが、覚悟を決めたからといって、そう簡単に人が殺せるものだろうか?
しかも、リウラと違ってリリィは人を殺したことに対する罪悪感を欠片も持っていなかった。
それは、リウラの話を聞いた今でも変わらない。明らかに人として異常な精神性である。
(……いったい何で!? どうして!? 前世の“私”は、人殺しなんて1回もしたことない……のに……?)
――待て
――本当にそうだったか?
自分が人殺しを
(……あれ? ……あれ? アレ? アレ!? アレエェッ!!??)
――思い出せない
――
――友人も、家族も、住んでいた場所も……
自分の家が一軒家かマンションかも分からず、となりに誰が住んでいたかも分からないのに、少し離れたスーパーやデパートのどこの棚にどんな商品が置いてあったかは分かる。
テレビで見る芸能人や、あまり付き合いのない学生時代のクラスメイトの顔も名前も
“自分が自分であること”を証明するものが、何ひとつない。
そして、事態はそれだけにとどまらなかった。
――なぜ、自分は“前世、自分が居た世界へ帰りたい”と欠片も思わなかったのか?
――自分の持っている知識からすれば、前世の
――ブリジット達と戦う際、大切な家族であるはずのリウラに、なぜ当たり前のように“人殺し”の指示が出せたのか?
自分を証明するどころか、否定する要素ばかりが次から次へと思い当たる。
リリィのアイデンティティが、ガラガラと音を立てて壊れてゆく。
「……私……私は……」
リリィは
「私はいったい……“誰”、なの……?」
――その問いに答えてくれる者は、いなかった