水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第四章 美少女とオーク 後編

「ふーん……魔王が復活しちゃったらみんなが困るんだから、エステル様も自分の国の兵士をいっぱい連れて来てあげたらいいのにね?」

 

「それだけエステル様が強いってことじゃない?」

 

「僕たち庶民には分からないけど、政治的なものも関係してるんじゃないかな?」

 

 色とりどりの花が咲き誇る庭園。様々な種の花々がある種の統一感を持って庭を(いろど)(さま)は、さながら絵画のように芸術的だ。

 

 そんな庭園の一部に腰を下ろして弁当を囲む若者たちが、サンドイッチを食べながら会話に花を咲かせていた。

 

 1人は、この庭園を一手(いって)に管理する庭師(にわし)、エミリオ。

 

 黒い髪に紅い瞳をした、優しげな面持(おもも)ちの青年だ。

 その体格は非常に華奢(きゃしゃ)で、10代後半の年齢であるにもかかわらず、背丈も腕の細さも10歳のそれとほとんど変わらない。

 庭師の服とは到底思えない、どこか毒々しいデザインの作業服を(まと)っているが、おだやかで柔らかな雰囲気を持つ彼には、まるで似合っていなかった。

 

 2人目はエミリオの幼馴染であるコレット。

 

 短めに整えられた桃色の髪に白い羽の髪飾りをつけた、16~17歳程の少女である。とても快活な性格で、その金の瞳は今も元気いっぱいに輝いている。

 料理上手な彼女は、時折こうして弁当を作ってエミリオに持ってきてくれる。“用事のついで”とはいえ、わざわざエミリオのために時間を()き、足を運んでくれる彼女に、エミリオは素直に感謝していた。

 

 そして、最後の3人目……紺のフードつきローブを羽織(はお)った、10歳くらいの少女。

 

 フードから(のぞ)くその容貌(ようぼう)はとても整っており、金の髪も紅い瞳も、まるで高名な職人が作った人形のように美しい。

 

 『リリィ』と名乗るこの少女は、今から半月ほど前に突如(とつじょ)としてこのユークリッド王宮の庭園に現れた。彼女はエミリオが育てた花々に興味があるらしく、どこからともなく現れては、エミリオと花について語り合ったり、一緒に花の手入れの手伝いをして、エミリオが気づいた時にはいつの間にかいなくなっている……そんな子だった。

 その美しさと、あか抜けた雰囲気から、“おそらく、この少女はどこかの貴族の子で、こっそりとお忍びで来ているのだろう”と、エミリオは考えていた。

 

 

 ――が、実際の事情は180度真逆(まぎゃく)

 

 

(……なるほど、原作で魔王様が『救国(きゅうこく)姫君(ひめぎみ)を護るには、過小な戦力』って言ってたけど、裏ではこういう事情があったんだ……)

 

 城壁の外に造られた庭とはいえ、まさか()()()()()()()()()()堂々(どうどう)()()()()()()()()()()()()()などとは、エミリオには思いもよらなかった。

 

 

 実はこの庭園……原作において、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 衰弱した魔王の魂を抱えた原作のリリィが、『地上に行って、強い肉体を探せ』という命令に従って必死に走り、出た先が、よりにもよって敵地のど真ん中だったのだ。

 

 それだけの情報があるのなら、あとはヴィアや情報屋から地理情報を仕入れ、リリィが魔王の魂を見つけた場所を中心に、アイの大地感応で探れば、この庭園への道はすぐに見つけることができる。

 こうして、リリィはあっさりとユークリッド王国への侵入に成功したのだった。

 

 ちなみに、“魔物だらけの迷宮の上に、なぜ城を造るのか?”、“なぜ、迷宮と繋がる穴を見逃すほどに、地上の人間の警戒心が薄いのか?”と、疑問に思うかもしれないが、これには、この地下迷宮の巨大さと、そこに棲む魔物の性質が関係している。

 

 まず、地下迷宮の上に城が建てられている理由だが、これは単純に“誰も全容が把握できない程に、迷宮が広すぎるため”である。

 “大陸すべてに張り巡らされているのかもしれない”と疑うほどに広いため、迷宮を避けて城を建てることができないのだ。というよりも、“国ができた後に調べてみたら、地下に迷宮があった”と言ったほうが適切である。

 

 次に、迷宮に対する地上の人間達の警戒心が薄い理由についてだが、結論から言うと、“迷宮の魔物が、地上に出ようとしない性質を持っているから”だ。

 

 この迷宮の魔物は、魔力の濃い場所に()かれる性質を持っている。強力な魔物であればあるほど、より強い魔力の方へ向かおうとするのだ。

 そして、この迷宮では、なぜか深く潜れば潜るほどに空気中や地中の魔力が濃くなっている。そのため、魔物は自然に地下へ地下へと潜るようになり、逆に魔力の薄い地上には余程のことがない限り出ようとしないのだ。

 深い階層に行くほど魔物が強力になるのはそのためであり、自分より強い者の縄張りを侵さないように棲み分けが行われた結果、迷宮内の魔物の強さは見事に階層に応じて区分けされているのである。

 

 

 

 リリィは、エミリオから聞いた話を頭の中で整理する。

 

 宗主国(そうしゅこく)に近い立場にあるゼイドラム王国によって、対魔王軍の最前線に送り込まれたユークリッド軍は壊滅的な被害を受けた。

 つまり、姫の護衛兵が少ないのは“誰かが姫を罠に()めようとしている云々(うんぬん)”といった話ではなく、“そもそも兵を出したくても出せない状況にユークリッドが(おちい)っているため”……完全な兵力不足なのだ。

 

 困ったユークリッドは滞在中のゼイドラムの姫――エステルに兵を拠出(きょしゅつ)するよう願い出たようだが、すげなく断られたらしい。いわく、『自分1人で充分である。姫騎士(ひめきし)の二つ名に懸けて、どんな脅威もシルフィーヌに近づけさせたりはしない』と。

 

 そこまで言い切られては、立場的に弱いユークリッドは引き下がらずを得ない。ユークリッドが懸念しているのは“今以上の戦力が現れたらどうしよう”という不確定要素の話であり、それを裏づける証拠は何ひとつないのだから。

 

 結論として、戦力は前回の遠征とほぼ同じ。前回の時はブリジットが襲撃をかけ、あっさりエステルに撃退されているので、その戦力は彼女達が知っており、リリィも事前にオクタヴィアに()いて把握している。多少の増減はあるだろうが、組み立てた作戦の実行に支障はないだろう。

 

(うん、ちょくちょく足を運んでおいて良かった)

 

 リリィがわざわざ人間族が蔓延(はびこ)る地上にやってきた本来の目的は、()()()()()()()()()()()()

 何を隠そう、彼こそが原作における魔王の魂の器であり、リリィが知る限りにおいて、健康でありながら最弱の肉体を持つ男性――つまりは、新しい魔王の身体のモデルなのである。

 

 魔力で身体を(つく)る際のイメージを固めるため、足しげくエミリオの元に(かよ)い、仲良くなるうちに、ポロポロとこういった有益な情報が手に入るようになった。この間も、お姫様が封印強化の儀式に向かう予定日の情報を入手している。

 

 猫耳と翼・尻尾をフードとローブで隠したリリィは、一見すると人間族の少女にしか見えない。

 “花”という共通の趣味を持ち、なおかつ自分よりも幼い少女であるが故に警戒心が緩むのであろう。そのせいか、そろそろ半月()つというのに、いまだに正体も庭園への侵入経路も詮索(せんさく)してこない。

 

 ……まあ、“魔王という脅威がなくなったことによって、この国の人々が平和ボケし始めている”という、どうしようもない理由もあるのだが。

 

 

 ――コツ……コツ……

 

 石造りの道を歩く音。誰かがこちらに向かってやってくる。

 

 エミリオ達は慌てて立ち上がって姿勢を正し、音が聞こえる方向を向いた。

 この庭園は、国のトップであり、重責を(にな)うシルフィーヌ姫の癒しの場であるため、自然、彼女が現れる頻度も高くなる。自国の姫が現れる前にきちんと身を正して(こうべ)を垂れ、敬意を払えていなければ、それは魔王の侵攻から国を護ってもらった国民の1人として、大きな恥となってしまう。

 

「エミリオ。いつもご苦労様です」

 

「ご機嫌麗しゅうございます。姫様」

 

 おだやかな微笑みとともに声をかけてくれる(はかな)げな姫の姿に、エミリオの胸が高鳴り体温が上昇する。ワクワクとした高揚感が膨れ上がり、思わず頬が緩む。きっと自分はだらしのない顔をしているのだろう……コレットにも声をかける姫の姿を見ながら、エミリオはそう思った。

 

 だが、それも仕方がない。

 今日は姫の護衛と世話係を兼ねる王宮メイドたちの姿がない。彼女達を(ともな)わずに姫が来園されたときは、姫は本当に親しげに……それこそ身分の差など無いかのようにエミリオに接してくれる。ひそかに憧れている女性――それも姫という(くらい)にある方に、そのように扱われて嬉しくないはずがない。

 

 “姫と会話する時間がいただける”という期待感に背中を押され、エミリオは「姫様」と声をかけながら無意識に姫へ1歩近づく。

 

 

 

 ――瞬間、姫の表情が変わった。……まるで、“まずい”とでも言うかのような慌てた表情に

 

 

 

「エミリオ。みだりに姫様に近づかないでください」

 

 エミリオの背後から、静かだが有無を言わさぬ、ズシリとした圧力を伴う声が聞こえる。

 エミリオは一瞬固まると、慌てて踏み出した足を戻して居住まいを正す。そして、ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには(くだん)の王宮メイドたち――サスーヌとヴィダルの姿があった。

 

 エミリオは冷や汗を垂らす――まずいところを見られた、と。

 

「エミリオ。姫様は本来、あなたから声をかけて良い存在ではありません。ましてや、自らおそばに寄るなど言語道断です」

 

「お前は庭の花を枯らさぬことだけ考えていればいいのだ。分を(わきま)えろ」

 

 サスーヌからは(たしな)められるように、ヴィダルからは高圧的に、今の行為についてお(とが)めを受けてしまったエミリオは、「申し訳ございません」とひたすら頭を下げるしかない。

 しかし、姫に急な用事でもあったのか、2人はそれ以上追及することなくすぐにエミリオから視線を外すと真剣な表情で姫と声を交わす。その後、シルフィーヌは申し訳なさそうな視線を、ヴィダルは威圧的な視線をエミリオに向けながら、3人は庭園を去って行った。

 

「……行きましたか」

 

 その言葉とともに、エミリオ達の後方の草花の後ろからリリィが現れた。どうやらシルフィーヌが現れる直前に場を離れ、やや背の高い草花の陰に伏せていたらしい。まあ、無断で庭園に入っているようなので、当然と言えば当然の行動である。

 エミリオには見慣れた場面(シーン)だが、コレットは初めて見たようで、そんなお転婆(てんば)な彼女の様子を見て唖然(あぜん)としている。

 

 リリィが紺のローブについた土や砂を叩き落としながらエミリオ達に歩み寄ると、ローブにくっついていた青虫も叩き落され、コロコロ転げ落ちてコレットの鞄の中にポトンと入り込む。

 そして、うつむいたまま立ち尽くしているエミリオに気づくと、リリィは心配そうに声をかけた。

 

「あの……さっきのメイドさんの言葉は、気にしない方が良いと思いますよ? お姫様が許可してらっしゃるんですから、あのメイドさん達はエミリオさんを叱っちゃいけないはずです」

 

 シルフィーヌとエミリオが話しているところをリリィが見るのは、これが初めてではない。

 そのたびに草花の陰に隠れ、フードの下の猫耳をピクピク動かして拾った会話や、草花の隙間から見えた姫の親しげな表情からして、シルフィーヌ自身がエミリオと垣根なく接することを望んでいるのは明らかだった。

 

 しかし、リリィの言葉にエミリオは首を横に振る。

 

「ううん、あの人達は間違ってないよ。僕は花を育てるしか能がない……いや、それだって僕以上に上手に育てたり、もっと芸術的な庭園を造ったりできる人はいっぱいいる。こんな何も持ってない僕が姫様と対等に話すなんて、本当はあっちゃいけないんだ」

 

「……そんなこと、ありません」

 

「……え?」

 

 静かながらも有無を言わせぬ強い断定に、思わずエミリオがうつむいていた顔を上げると、何かを訴えかけるかのような強い輝きを持つリリィの紅い瞳と目が合った。

 

「私はエミリオさんの良いところをいっぱい知ってます。なんにも知らない私に根気よく花のことを教えてくれたこと、毎日毎日心を込めて1本1本それぞれの花と誠実に向き合って育てていること、どんな庭園ならお姫様に喜んでもらえるか、感動を与えられるか考えて、庭のどこに何のお花を植えるか1日中考え続けてること……」

 

 自分よりもずっと幼いはずの少女。本来ならば、人生経験が足りないが故に軽くなるはずの意見なのに、エミリオは彼女の言葉に重みと深い説得力を感じていた。

 

「エミリオさん、気づいていますか? お姫様がこの庭を見るとき、とっても穏やかで愛しげな眼差(まなざ)しで見ているんです。たしかに、エミリオさんよりも上手に花を育てられる人も、庭を造れる人もいるかもしれません……でも、心からお姫様のことを考えて花を育てること、そして実際にお姫様を喜ばせられる庭園を造ること、これは誰にでもできることではありません」

 

 リリィの瞳に、そして言葉に、嘘の色も世辞(せじ)の色もない。

 なぜなら彼女の言葉は、まぎれもない本心であるからだ。

 

 ベリークとの一件以来、リリィはわずかに変わった。リウラを除く他者に対し、常にどこか打算混じりに行動していた彼女だが、彼女の利害に直接関係しない場合に限り、心からの気遣(きづか)いを見せるようになったのだ。

 

 “ベリークの期待に恥じることのない自分でありたい”……そんな思いが心の底で芽生えたのかもしれない。

 

 自信を喪失(そうしつ)したエミリオの姿……それはリリィにとって一月前(ひとつきまえ)の、ベリークと出会う前の自分自身の姿でもあった。だから、リリィは自分と同じようにエミリオに自信を取り戻してほしかった。エミリオに自分自身を認めて欲しかった。

 

 ――だから、リリィはエミリオの素晴らしさを訴える。()()()虚飾(きょしょく)()()()()()()()()()()()()()

 

「他の人と比べたりなんてしないでください……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……だから、お姫様も嬉しそうにエミリオさんに近寄って話しかけてくださるのではないですか?」

 

「リリィ……」

 

 エミリオは言葉を失っていた。こんなにも近くに、こんなにも自分のことを見ていてくれている人がいたことに、驚き、戸惑(とまど)い、感動し……そして安らぎを覚えていた。

 

 ――“ここに居てもいいのだ”と認められた気がした

 

 そう感じた時、腹の底から何かがこみ上げてくるのを感じ、“あ、まずい”と思った時には涙が込み上げていた。

 エミリオの瞳の揺れからそれを敏感に感じ取ったリリィは、エミリオの表情が崩れる前にエミリオの頭をスッと自分の胸元に抱き寄せる。

 

 エミリオは泣いた。声を殺して泣いた。

 姫を喜ばせようと工夫し、努力した数年間が決して無駄ではなかったのだとようやく心から信じることができた彼の涙は、あとからあとから(あふ)れて止まらなかった。

 

 そんな彼の頭を、母親が我が子を(いつく)しむかのようにリリィは()で続ける。

 

(……う~ん……やっぱり、お姉ちゃんみたいにはいかないなぁ……)

 

 リリィは心の内で苦笑する。

 

 リウラならば100%の慈愛で相手を包み込むことができるのだろうが、自分だとどうしても、“もしこれでエミリオの信用を勝ち取れたら、何かお願いできるかも”といった打算がちらちら頭を()ぎってしまう。おまけに言っていることは、ベリークからの受け売りでしかない。

 

 だがエミリオの様子を見る限り、彼の心を癒す一助(いちじょ)になれたことは間違いないだろう。それができれば充分だ。

 

 

 ――だって、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ……こう思えるようになったのもベリークのおかげである。本当に、彼には頭が上がらない

 

 そうしてエミリオにばかり注意を向けていたのが災いしたのだろうか――

 

「っと! って!? うわぁっ!?」

 

 背後から響くコレットの()頓狂(とんきょう)な声に、リリィが何事かと首を後ろに向ける。

 

 

 

 

 ――次の瞬間、彼女が羽織(はお)っていたローブが()ぎ取られた

 

 

 

 

***

 

 

(…………気まずい……)

 

 姫が現れてからの怒涛(どとう)の展開に、完全に置いてけぼりをくらったコレットは、幼い少女の胸に抱かれて男泣きする幼馴染を前に“どうやって声をかけたものか”と悩んでいた。

 

 しばらくそっとしておくべきなのかもしれないが、延々この光景を見続けるのは少々つらい。さりとて空気を読んでこの場を離れるというのも、自分より幼い少女に何もかも任せて放り投げるようで気が引ける。

 

 ……それに幼い頃からエミリオの面倒を見てきた自分よりも、数週間前に現れたリリィの方がずっとエミリオのことをよく見ていた、という事実が少々くやしいので、“なんでもいいから自分にできることを何かしたい”とコレットは思う。

 

(……よしっ! ちょっと強引だけど、明るい感じに空気を変えよう!)

 

 盛り上がっている今はいいが、冷静になったら目の前の2人は恥ずかしさのあまり、まともにお互いの顔が見れなくなるのではないだろうか? コレットはそれを防ぎ、スムーズにいつも通りの日常に戻すことを自らのすべきことと定めた。

 

 具体的には、リリィの背中に抱きつく感じで『私もリリィの良いところをいっぱい知ってるよ~! 可愛いとことか、可愛いとことか、可愛いとことか!』と思いっきり頬擦(ほおず)りするのだ。

 そうすれば、少女同士のじゃれあいから和気あいあいとした空気になって、自然にいつも通りの雰囲気に戻ることだろう。コレットも輪に混ざることができるし、可愛らしいリリィとスキンシップもできて、一石三鳥である。……決してスキンシップの方が主目的ではない。ないったらない。

 

 そうと決めたコレットは、リリィの背中を見て“どうやって抱きつこうか”と考えつつ1歩を踏み出す。

 

 

 ――ガッ!

 

 

 しかし、考えごとをしながら歩いたのが悪かったのか、コレットの足は昼食をとる際に地面に置いたままであったカップの中に突っ込んでいた。

 

「っと! って!? うわぁっ!?」

 

 カップに足を取られたコレットはバランスを崩し、前へと倒れ込む。

 とっさに前へと伸ばした右手が何かを(つか)むが、コレットの体重を支えられるものではなかったようで、つかんだものをずるりと引きずりおろしながら、彼女は地面へ思いきり鼻をぶつけることになった。

 ジンジンと痛む鼻をさすりながら、コレットは身を起こす。

 

 

 

 ――そして、コレットは見た

 

 

 

「あいたた…………へ?」

 

 

 

 ――大きく目を見開いて固まるリリィ

 

 ――腰までずり下ろされたローブ

 

 ――彼女の金髪から飛び出した、()()()()()()()()()()()

 

 ――紺のキャミソールドレス……その大きく開いた背中から飛び出す()()()()()()

 

 

 

 獣人族ではない。彼らの中に猫耳と翼の両方を兼ね備えた者などいない。

 

 ならば、大きく目を見開いてコレットを見つめる彼女の正体は――

 

 

「……魔族」

 

 

 その単語が無意識に口から(こぼ)れ落ちた瞬間、リリィは弾かれたように駆け出した。

 

「待って! リリィ!」

 

 エミリオが叫ぶも、なんの反応も見せず脱兎(だっと)のごとく走り続けるリリィ。

 慌ててエミリオが後を追うが、彼我(ひが)の距離はグングンと開くばかり。

 

 その彼を、右脇にリリィが脱ぎ捨てたローブを抱えたコレットが、あっという間に後ろから抜き去る。

 貧弱なエミリオとは比べものにならない健脚を持つコレットだが、それでもリリィに追いつくことができない。(コンパス)の長さは明らかにコレットが有利なはずなのに、そんな不利をものともせず、リリィはコレットとの距離を引き離してゆく。

 

 そしてコレットとエミリオは、庭園の外周に存在する森の中にリリィが飛び込んだところで、彼女の姿を見失った。

 

 コレットは目を()らして地面を見つめる。

 

 彼女は、鹿や猪といった畜産(ちくさん)されていない動物の肉を王宮に納めることを生業(なりわい)とする狩人の娘である。獣を追跡する必要がある職に()くが故に、足跡を見つけることも、その足跡がいつごろできたものなのかを判断することもできる。

 コレットは周囲に危険な猛獣や魔物の気配がないか注意しつつ、リリィのものと思われる真新しい足跡を辿(たど)ってゆく。

 

 ――そして、見つけた

 

 大木の陰に隠れるように、ちょうど人1人分入れるくらいの穴があった。リリィの足跡はここで途切れている。リリィはここから出て行ったのだろう。……おそらくこの穴は地下迷宮に続いているはずだ。

 

「ゼイッ……ゼイッ……コ、コレット……はぁ……はぁ……リ、リィは……?」

 

 喘息(ぜんそく)にでもかかったかのような、ゼイゼイという苦しげな呼吸をしながら、ふらふらとエミリオがようやく追いつく。

 

「……たぶん、ここから出て行ったんだと思う」

 

 エミリオが「ここ?」と疑問の声を上げて、コレットが見つめる先に視線を合わせる。そこで、エミリオも“リリィがどこへ去って行ったのか”を理解した。

 

「ねえ、コレット……もう、リリィとは会えないのかな……」

 

「……」

 

 押し黙るコレット。その沈黙はエミリオの質問を肯定しているも同然だった。

 

「僕……リリィに何のお返しもできてない……」

 

「……」

 

 それはコレットも同じだ。大切な幼馴染の心を救ってくれたというのに、コレットは何も返せていない。

 なにより、コレット自身もリリィと……大切な友達と、こんな形で、自分のせいでお別れになるなんて、納得できることではなかった。

 

「よしっ!」

 

 ビクンッ!

 

 コレットが突如として気合を入れた声に、驚いたエミリオの身体が跳ねる。

 うつむいていた顔が持ち上がると、幼馴染の力強い瞳と目があった。暗い表情をしているエミリオとは正反対に、彼女の金の瞳からは希望と不屈の闘志が感じられる。

 

「私、リリィを探してくるよ」

 

「!! 危ないよ! 迷宮には魔物がいっぱいいるのは分かってるでしょ!」

 

「当たり前でしょ? でも、このままじゃきっとリリィは戻ってこない。……エミリオはそれでいいの?」

 

「それは……」

 

 ギュッと拳を握り締め、歯を噛みしめる。地面を見つめるその表情を見れば、彼が納得していないことは誰の眼にも明らかであった。

 

 コレットは、自分を心配してくれるエミリオに、心のどこかで嬉しさを感じながら、安心させるように明るく笑いかける。

 

「これでも狩人の(はし)くれよ? 危険な魔物から身を隠す(すべ)も、逃げる方法もひと通りキチンと身につけてるから! お姉さんに任せなさい!」

 

 その太陽のように(ほが)らかな笑顔に、少しずつエミリオの心配が薄れてゆく。

 決して全ての懸念が晴れたわけではないが、少しは幼馴染の言葉を信じて見ても良いかもしれない……エミリオに控えめながら笑顔が甦る。

 

「誰がお姉さんだよ……同い年じゃないか」

 

「その台詞は身長が追いついてから言いなさ~い♪」

 

 ひとしきりじゃれ合うと、エミリオは真剣な表情でコレットの顔を見上げて言った……『共に潜る』と言うことができない己の貧弱な肉体を悔しく思いながら。

 

「絶対に無茶はしないで……必ず無事で帰って来てよ」

 

 そして、コレットはそんなエミリオの心情を、幼い頃からずっと付き合ってきた経験から察して答えた。

 

「うん、わかってる。……必ずリリィを連れて無事に戻ってくるから、そしたらリリィの歓迎会を開こう? エミリオはいつでもお祝いできるように準備をしておいて」

 

 ――『心配しないで』とは言わなかった。……言ったところで、この優しい幼馴染は心配するに決まってるから

 

 

 この後、家に戻って準備を整えたコレットは穴の中へと姿を消した。それを見送ったエミリオは、コレットとの約束を守るため、(きびす)を返す。

 

 リリィの歓迎会……リリィに喜んでもらうために、自分に何ができるだろうか?

 ……そうだ、まずは花が好きなリリィのために、めずらしい花を用意しておこう。水鳥草(すいちょうそう)なんてどうだろうか? 白鳥の羽の裏のような、薄い水色の美しい花をつけるあれならば、必ずリリィの目に(かな)うはずだ。

 

 自分はコレットではない。彼女とはできることが違う。……ならば、自分は自分にできることをしよう。

 

 リリィが認めてくれた“誰かを喜ばせることを1日中考えられる”という己の長所を十二分に()かす彼の紅い瞳には、それまでの彼にはなかった力強い輝きが宿っていた。

 

 

 

 

 ――人間社会において“魔族”とは“駆逐(くちく)すべきもの”である

 

 その性質は残虐にして非道。“殺して奪うことしか頭にない者達であり、見つけたならば速やかに排除すべき”……これが一般的な人間族の魔族に対する認識であり、常識だ。こうした偏見はレスペレント地方を平定(へいてい)した半人半魔の王の活躍により薄れつつあるものの、いまだに人間族の中に深く根づいている。

 

 だが、エミリオもコレットもそんな常識を唯の一言(ひとこと)も口にすることはなかった。

 

 信じていたからだ……リリィのことを。

 

 

 ――そして、またリリィと共に花を育てられる日が来る、ということを

 

 

***

 

 

 ―― 一方、その頃のリリィ

 

「う~ん、失敗しちゃったなぁ……まさか、あんな形でバレちゃうなんて……」

 

 テクテクと迷宮を歩いて水の貴婦人亭へと戻る彼女の表情には、残念そうな色はあってもそれ以上のものはない。

 

 エミリオやコレットのことは気に入っているし、多少は情も湧いてはいるが、それだけだ。

 魔王の封印解放を巡って人間族と争う以上、いつかは彼らとの関係を切らなければならない――彼女は元々そう割り切っていた。ただそれが数日早まっただけである。

 

 リウラやベリークの影響で大分性格が丸くなったリリィだが、一朝一夕(いっちょういっせき)で性格がガラリと変わるはずもなく、物事に明確な優先順位をつけ、必要とあらば躊躇(ちゅうちょ)なく切り捨てる性質は依然(いぜん)として彼女の中に残っていた。

 

「さて、お姫様たちがやってくる日がわかったことだし、最後の準備といきますか」

 

 そう言うと、エミリオとコレットのことはリリィの意識の外に追いやられ、人間族との戦いへと思考が切り替わる。

 

 

 ――彼女は、自分がエミリオ達に与えた影響に気づいていない

 

 

 魔族とバレたことで、“エミリオ達からの信用は完全に失われた”と考えているのだ。

 今までリリィがエミリオ達にしてきたことも“エミリオ達から人間族の情報を引き出すため”といった裏の意図がある……そう思われているはずだ、と。

 

 リリィがそう思い込んでも仕方がないほど、人間族と魔族の間に横たわる(みぞ)は深い。

 まさか“魔族の中にも人間と共存できる者がいるのだ”と信じて、危険な魔物が蔓延(はびこ)る迷宮に、自分を探すためにコレットが潜り込んでくるなどとは夢にも思わない。

 

 1人の睡魔と2人の人間の想いは、完全にすれ違ってしまっていた。

 

 

***

 

 

 新たな水精(みずせい)の隠れ里……里長(さとおさ)であるロジェンの指揮によって、速やかに居心地の良い環境へと変貌(へんぼう)したその一角に、ぼんやりと視線を宙に(ただよ)わせる1人の水精が岩に腰かけていた。

 

 リウラが最も信頼する水精――ティアである。

 

 そんな“心ここにあらず”といった様子の彼女の元に、彼女の名を呼びながら駆け寄るやや幼い少女の姿の水精が2人。

 

 こちらは、リウラと最も気が合う水精の双子――レインとレイクだ。

 

「ティアちゃ~ん! ロジェン様がお呼びだよ~!」

 

「早く来ないと、怒られちゃうよ~?」

 

 双子が呼びかけるも、ティアは何の反応も示さない。

 

「ティアちゃ~ん?」

 

「ティアちゃ~ん?」

 

 双子がティアの目の前でひらひらと手を横に動かすが、それでも無反応。

 

「ティアちゃ~ん!」

 

「ティアちゃ~ん!」

 

 ゆっさゆっさとレインが右肩を、レイクが左肩を持って交互に左右にティアを揺さぶるが、それでも反応がない。

 

 

 ゆっさゆっさ、ゆっさゆっさ、ゆっさゆっさ、ゆっさゆっさ……

 

 

「ティ~アちゃん♪ ティ~アちゃん♪」

 

「ティ~アちゃん♪ ティ~アちゃん♪」

 

 

 ゆさゆさ揺さぶるうちに、だんだん楽しくなってきたのか、リズムに乗って彼女の名を呼び、身体を揺さぶるレインとレイク。

 特定のリズムで規則正しく左右に揺れるティアの身体は、まるでメトロノームのようだ。

 

 

「あ、そ~れ! ティ~アちゃん♪ ティ~アちゃん♪」

 

「ティ~アちゃん♪ ティ~アちゃん♪」

 

 

 揺さぶっても効果が無いと悟ったのか、はたまた何をやっても反応がないのが逆に面白かったのか……双子は肩を揺さぶるのを止めると、頭の上で両手をひらひらと動かす奇妙な踊りを踊りながら、グルグルと彼女の周りをまわり始める。

 もちろん、リズムに合わせてティアの名前を呼ぶことも忘れない。

 

 

「あ、よいしょ! ティ~アちゃん♪ ティ~アちゃん♪」

 

「ティ~アちゃん♪ ティ~アちゃん♪」

 

 

 グルグル回るうちに、双子の踊りが徐々に変化し、今度はグッと腰を落としてクネクネと両腕を動かす珍妙(ちんみょう)な踊りを踊りながら、ティアを中心に公転する。

 

 双子は非常に楽しそうだが、はたから見れば何かの怪しい儀式にしか思えない。

 おまけに、ノリにノっているうちに双子の表情が恍惚(こうこつ)としたものになってゆき、しまいにはティアの名を呼ぶことも忘れ、彼女達の頭から当初の目的が完全に消失した。

 

 

「「あ、そ~れ! へいっ! へいっ! ヘイッ!! HEY!!!」」

 

 

 ――ゴゴンッ!!

 

 

 頭を抱え、うずくまりながらプルプル震える双子。

 強制的に彼女達のトランス状態を解除したのは、彼女達の頭上に浮かぶ水の拳骨(げんこつ)(特大)であった。

 

「やかましい」

 

「……だって~……」

 

「ティアちゃん、全然反応しないんだもん……」

 

「……それは、すまなかったわね」

 

 涙目でぶーぶーと文句をたれる双子だが、ぼーっとしていた自覚があったティアが素直に頭を下げると、けろりと機嫌を直す。

 こうしたさっぱりとした性格が、リウラと気が合う理由のひとつなのかもしれない。

 

「ティアちゃん、最近どうしたの?」

 

「リウラちゃんがいなくなってから、ぼーっとしてばっかりだよ?」

 

 軽~く……誰もが“興味半分です!”とハッキリわかる口調で問う双子。

 だが、ティアの卓越(たくえつ)した洞察力は、その瞳の揺れと声音(こわね)にわずかに現れている“心配の色”を嗅ぎとった。どうやらこの“明るさ”は、ティアが悩み事を打ち明けやすいように、という双子の気遣いのようだ。

 幼い容姿ではあるが、“実はティアよりもお姉さんである”という自覚の成せる(わざ)だろうか。

 

 元々、隠すほどのものでもない。ティアはありがたくその気遣いを受け取り、自分がぼーっとしていた理由を話すことにした。

 

「……リウラのことを考えてたのよ」

 

「リウラちゃんのこと?」

 

「『追いかけとけば、良かった~!』とか?」

 

「半分正解」

 

 「「半分?」」と、双子はシンクロして首をかしげる。ティアはひとつ頷いて言った。

 

「私は、今でもあの時の選択を間違っていたとは思わないわ。“里のみんなを護りたい”、“そのために里に残らなければならない”と、強く思っている。……でもね、私の中でもうひとつの強い感情が叫んでるの。『リウラを追いなさい!』『リウラを護りなさい!』って……『でないと、私は絶対に後悔する!』って」

 

 自分の中にもう1人の自分がいるような感覚。

 通常、水精は人や魔により生み出された想念と、身体を持たぬ水の精霊が結びつくことで発生する種族なのだが、まるで2つの想念を基に自分が出来上がったような感覚であった。

 

「ん~……じゃあさ、今から追いかけてっちゃダメなの?」

 

「ティアちゃん1人くらい抜けても、そう簡単には襲われないと思うよ、ここ?」

 

 双子は誤解している。ティアの“里の者達を護りたい”という想いは、正確には“里の水精達が心穏やかに満ち足りた想いで過ごし、幸福のまま一生を終えられるよう尽くしたい”という想いである。

 それは、義務感……いや、使命感に近いものがあり、“里の者達が安全であれば良い”と放り出せるような軽い思いではない。もしそうであったなら、彼女はとっくにリウラを追いかけているだろう。

 

「ダメ」

 

 双子の問いに答えた声は、ティアのものではなかった。

 双子が声のした方に頭を向けると、そこにいたのは如何(いか)にも武人といった(たたず)まい、面構(つらがま)えの巫女服姿の水精。

 

 リウラの戦闘術の師――シズクである。

 

「ティアは“私たちが心穏やかなまま、幸せに一生を終えられるよう、たくさん尽くしたい”と考えているの。ティアにはまだまだやるべきこと、やりたいことがいっぱいある。だから、リウラ1人にかまけることはできない……わかった?」

 

 シズクが淡々と語り終えると、レインとレイクは「「そうなの?」」とティアに振り返る。

 だが、ティアはそれには反応せず、まるで猛禽類(もうきんるい)のような鋭い眼でシズクと視線を合わせると、こう言った。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「……?」

 

 言っている意味が分からない、とシズクは(まゆ)をひそめる。

 

「私は、この想いを今まで誰にも打ち明けたことはない。私と一番長く共にいる貴女であろうと、知っているはずがないのよ」

 

 それを聞いて、シズクは納得がいった様子で(ひと)つ頷いて言った。

 

「ティア、私は貴女が生まれた時から一緒にいる。つまりそれは、あなたが生まれた時にどんな想いを持った人物がそこにいたか、私は知っているということ。だから、あなたが生まれる基礎となった想念も当然知っている」

 

「それは嘘ね」

 

 ――即答

 

 迷いのない断言であった。

 「え?」と不思議そうに首を傾げるシズクに、ティアは理由を告げる。

 

 

「だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……!?」

 

 シズクは動揺に目を見開き、硬直する。

 

「私はあの子が前の隠れ里で生まれた時から、ずっとあの子のことを見てきた。あの子は私の妹も同然……シズク、もし貴女が本当に私の“親”となった人物を知っているのなら、むしろ貴女はリウラを追うように私に勧めるはずなのよ」

 

「……」

 

「シズク……あなたは、いったい何を知っているの?」

 

「……」

 

 シズクは口を開かない。開こうとする様子もない。明確な回答の拒絶であった。

 ティアが生まれてから1度も見たことのない彼女の(かたく)なな姿勢に、“彼女が何か自分にとって重大なことを隠していること”をティアは確信する。

 

 ……そして、溜息と共にやや呆れた口調で彼女は告げた。

 

 

「……シズク……()()()()()()()()()()()()

 

 

「……?」

 

 シズクは何を言われているのか分からず困惑する。

 

「そんなにあからさまに黙ったら、『何か隠してます』って言ってるようなもんじゃない……そこは『え、いやでも事実だし……』みたいに戸惑(とまど)わないと」

 

「…………? …………!? まさか……!」

 

「嘘よ嘘。カマをかけたの。私の基となった想いは貴女の言う通り“水精の幸福のために尽くしたい”で間違いないわ」

 

 絶句して涙目で口をパクパクさせるシズクを見ながら、ニヤニヤと嗜虐的(サディスティック)に笑うティアは実に楽しそうで、はたから見れば完全にいじめっ子といじめられっ子の関係である。

 事実、その様子を見ていた双子の水精はそのように認識しており、「ま~た師匠がティアちゃんに(いじ)られてるよ」「先生、進歩しないね~」と呆れかえっている。

 

「ま、あなたに悪意が無いのは知ってるから、悪いことではないんでしょうけど……どうしても話せない?」

 

 ティアが肩をすくめ、片目を(つむ)りながらそう言うと、シズクは彼女から目を()らしながら謝る。

 

「……ごめん」

 

「そ」

 

 ティアは岩から腰を上げると、彼女達に背を向けて歩き出す。

 

「どこへ行くの?」

 

「ロジェン様のところよ。私が生まれた時に傍に居たあの人なら、私のことも知ってるかもしれないし……もし答えてくれなくても、里長の彼女なら、すぐに里を出る許可をもらう話ができるでしょ?」

 

「!? ど、どうして里を出ようなんて……!!」

 

「簡単よ。シズク、あなたは“私をリウラの元に行かせたくない”……そういう想いで私の基礎想念の話題を引っ張り出してきた……なら、リウラ、もしくはリウラの周囲に貴女が隠したがっている“何か”がある……違う?」

 

「……違う」

 

「なるほど……ってことは、リウラ関係ではなく“里の外に出られること”自体が困るってわけね」

 

「……(汗)」

 

 ティアが見当違いの推測をしたため、安心して『違う』と答えた途端に、その情報を加味して推測を修正されたことに、シズクは冷や汗を流す。

 もはやティアの推測が正解だろうと間違いだろうと、自分が回答しただけでどんどん都合の悪い真実に近づかれてしまっている。

 

 ならば、ここからは黙秘だ。(さき)の失敗は、タイミング悪く黙秘してしまったのがいけなかったのだ。最初から最後まで黙っていれば、ティアは情報を得られまい。

 

「それは私を危険に(さら)したくないから?」

 

「……」

 

「当たり、と。だから、危険の真っただ中であるリウラの元へ行かせたくないのね」

 

「!?(滝汗)」

 

 そして、そんなやりとりを横で見ている双子は呆れていた。

 

「……先生、自分の表情で答え全部しゃべってるの、全然気づいてないね」

 

「戦ってるときは一切表情も動作も読ませないのに、どうしてこういうときはポンコツなんだろうね?」

 

 レインとレイクも、リウラと同様にシズクから戦闘術を学んでいる。だから師である彼女のフェイントや攻撃の予備動作を隠す、あるいは偽装する技術が凄まじいものであることを知っていた。ぶっちゃけ、まったく読めない。

 そんな彼女がこうもあっさりティアにオモチャにされているのを見ると、なんともいえない想いが胸に湧き上がってくる2人であった。

 

「ティアちゃん、外に行くんだね。大丈夫かな?」

 

「大丈夫じゃない? ティアちゃん慎重だから、無茶はしないと思うし」

 

 心配ではあるし、ティアと二度と会えなくなる可能性も充分にある。

 だが、だからといって彼女達はどうこうするつもりはなかった。

 

 

 ――双子が生まれた基礎想念は“ずっと一緒に居たい”

 

 

 まだ物心つく前の幼い双子の兄妹が、諸事情から引き離されることになったときに放たれた想念である。

 そのため、この水精の双子はお互いが離れ離れになることを極端に嫌う。

 

 目の前で襲われそうになっている仲間がいるような緊急事態なら話は別だが、基本的に片割れを失うような行動は避ける傾向があった。リリィについて行ったリウラや、今回のティアのように、自分から危険に突っ込んでいったのならば尚更(なおさら)である。

 

「それにしても、意外だったな~」

 

「何が? ……あ、ひょっとしてリウラちゃんのこと?」

 

「そうそう。リウラちゃんが前の隠れ里で生まれたなんて、私ぜんぜん知らなかったよ」

 

「ティアちゃんが前の隠れ里に来てすぐに、いつの間にか居たもんね。私もてっきりティアちゃんが連れてきたんだと思ってた」

 

「「でも……」」

 

 双子は同時に腕を組んで首を(かし)げる。

 彼女達が疑問に感じたのは、ティア達の会話の中の明らかにおかしな部分。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 流動的で移ろいやすい性質を持つがために、多様な影響を受けやすい水の精霊は、人や魔により生み出された想念と結びつく性質を持つ。身体を持たぬ水の精霊達が、それらと結びつくことによって誕生するのが“水精(みずせい)”という種族だ。

 ここで言う“人”とは、人間族や獣人族・エルフなどを指し、“魔”とは睡魔族(すいまぞく)をはじめとする多種多様な魔族を指す。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――では、水精以外の種族が訪れない場所で、いったい誰の想念からリウラは生まれたというのだろうか?

 

 

 

 

 

 

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