水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第六章 3つの賭け 中編

「この()に……シルフィーヌに、あなたと交渉するチャンスをあげて欲しい」

 

「サ、サラディーネ姉様!?」

 

 突然振られた予想外の展開に、シルフィーヌは目を白黒させる。

 

「交渉ですか? この状況で?」

 

 未だシズクとリウラが戦闘中とはいえ、ティアとシルフィーヌという頭をしっかりと押さえたリリィ達は完全な勝者だ。交渉をするも何も、まず間違いなくリリィ側の要求はほぼ全て通り、逆にシルフィーヌ側の要望は全て跳ね除けられるだろう。

 

 仮にシズクがリウラを押さえたとしても、おそらくティアとリウラを人質交換すれば、それでおしまい。リリィの手元にはシルフィーヌが残る以上、どうしたって交渉はリリィの思い通りに進んでしまう。それが分からないティアではないはずだが……。

 

「ええ、お願い」

 

 なぜか、彼女は自信ありげにそう言った。いったい彼女が何を考えているのかリリィには分からないが、この状況で何ができるとも思えない。

 

 リリィは面倒くさそうに溜息をつく。

 

「……わかりました。それで貸し借り無しですよ?」

 

 そう言ってシルフィーヌと向き合うリリィ。

 

 しかし、シルフィーヌもリリィと同様の見解を持っている上に、そもそも彼女は外交関係について多少の知識は有れど、経験はほぼ無きに等しい。

 もともと病弱であまり政治の表舞台に立てていなかったところに、魔王との戦いで第一王女(サラディーネ)を失い、第二王女(セリハウア)がゼイドラム王家へ嫁に行った後、すぐに魔王との戦いに身を投じているからだ。

 この状況から、何をどう交渉してよいかさっぱりわからず、彼女は途方に暮れた。

 

「姉様……その、わたくしよりも姉様が交渉した方が……」

 

「シルフィーヌ……いえ、()()。今の私は水精(みずせい)ティアであり、ユークリッド第一王女のサラディーネは既に死んでいます。私はユークリッドの手助けはできても、国そのものを動かすことはできません。ユークリッドの代表としてリリィと交渉できるのは、あなたしかいないのです」

 

「そんな……!?」

 

「大丈夫、ヒントは既に出揃(でそろ)っています。姫様なら、それに気づけるはずです」

 

「ヒント……?」

 

 信頼する姉の言葉を信じ、シルフィーヌは必死に今までのリリィとティアのやり取りを思い出す。

 

(……そういえば、『静かに、穏やかに暮らしたい』って……)

 

 リリィの望みは、魔王との静かで平穏な暮らし。だからこそ、可能な限り人間と争うことを避けたいと考えている。

 

 今、こうしてシルフィーヌ達を襲ったのは、あくまでも“魔王の封印を解くために必要だから”であり、だからこそこうしてシルフィーヌ側の人的被害も可能な限り抑えようとしている。

 先ほど大怪我を負ったサスーヌをはじめとする負傷者たちを、拘束しつつも戦闘終了後に迅速(じんそく)に治療していた様子から見てもそれは明らかだ。

 

 ただし、それを逆手に取って、“私達を解放しなければ、各国の勇者達にお前の討伐を依頼するぞ”といったような脅迫に類する手段を使うことはできない。

 

 今この場でそれをすると、せっかくリリィがブレーキを踏んでくれているのに、危機感から、逆に思いきりアクセルを踏ませてしまう恐れがあるのだ。

 “この場の全員の記憶を消される”くらいならばまだいいが、最悪、シルフィーヌから封印に関する記憶を抜いたうえで、絶対に勇者達に状況を伝えられないよう、この場の全員が皆殺しにされてしまうかもしれない。

 

 勝者がリリィであり、シルフィーヌ達を自由にできる以上、シルフィーヌは下手(したて)に出る必要がある。

 つまり、リリィ達が魅力的に思える条件を提供することで、ユークリッドの益になる交渉を行わなければならない。

 

 ――“リリィと魔王をユークリッドで(かくま)う”と約束するか? ……それは無理だ

 

 到底隠し通せるものではないし、バレた瞬間に国際問題になり、外圧でユークリッドが消滅しかねない。

 いや、そもそもユークリッドは人間族の国。魔族を敵視する者達に監視された状況で、魔族である彼女達が心やすらかに暮らせるとは、とても思えない。まず、リリィは首を縦に振らないだろう。

 

 ――ならば、今ここでリリィに襲われたことを握り潰し、なかったことにしてしまうか? ……それも無理だ

 

 封印に関する情報をリリィに提供し、彼女達がユークリッドを襲撃したことを隠蔽(いんぺい)する。彼女達が魔王の封印を解いても、シルフィーヌ達は知らぬふりをする……確かにそうすれば、リリィ達の存在を明るみに出さないまま、魔王を復活できるだろう。そのままひっそりと隠れて暮らすことができれば、リリィの望みは全て叶う。

 

 だが、どうしたって人の口には戸が立てられない。外交の場で1対1で話しているのならともかく、今この状況では、この場にいる兵士も含めた誰かから、必ず“シルフィーヌが握り潰した”という情報が漏れてしまう。そうなれば、シルフィーヌは最も大切な“信用”を失ってしまう。

 

 ……いや、そもそも“国に戻ったシルフィーヌが約束を守る”と、リリィが信じてくれるとは思えない。

 魔術的な契約でシルフィーヌを縛ることはできるだろうが、それをするくらいなら、初めから交渉せずにシルフィーヌ達を洗脳したほうが、よほど信用できるだろう。

 

 ダメだ。どうしても分からない。どう考えても、交渉など成り立たない。

 それこそ、なにかしらの前提条件でも、ひっくり返さない限り……?

 

(……あれ……?)

 

 

 ――()()()()()()()()()()()

 

 

 シルフィーヌは考える。

 

 “今のままならば、絶対に交渉が成り立たない”と仮定するならば、“交渉が成り立つ状況”をまず作り上げなければならない。

 

 では、なぜ交渉が成り立たないのか?

 それは、リリィが勝者であり、シルフィーヌが敗者であるからだ。この立場を逆転させるか、最低でも対等にまで持ってこなければならない。

 

 ならば、どうすれば立場を逆転させることができるのか?

 ……可能性があるとすれば、やはり“リリィの望み”だ。

 

 彼女は、平穏に暮らすことを望んでいるにもかかわらず、父である魔王を復活させたいがために、“シルフィーヌを襲う”という、平穏とは真逆の行動をとっている。

 それを理解している彼女は、その悪影響を可能な限り低くしようと努めている。これは、リリィがシルフィーヌに対して見せている唯一の“弱み”だ。

 

 では、どうすればこの弱みを利用して立場を逆転できる?

 ……いや、やはり無理だ。そんなもの、それこそ“シルフィーヌを襲う理由そのもの”がなくなりでもしない限り――!?

 

 

 

(まさか……本当は、わたくしを……いえ、()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 仮に……仮に、だ。

 

 魔王の封印を解くことなく、魔王が無害な存在として……そう、例えば大した力を持たない唯の水精として生まれ変わる方法があるのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シルフィーヌを襲うことなく、“父と平穏に暮らしたい”というリリィの望みは叶う。

 

 だが、本当に“ユークリッドを襲うことなく解決する手段”があるのならば、なぜティアはこの場でそれを言わない?

 

(いえ……“()()()()()()()()()、“()()()()”……?)

 

 もし、この推測が正しいのならば、ティアがその解決策を口にできないのは……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 ならば、ティアが今、シルフィーヌに求めているものとは――

 

 ……そこまで考えた時、

 

(……あれ?)

 

 “魔王の水精化”という案をシルフィーヌが考えていたためだろうか。ティアが話した“リリィの水精化”について、()()()()()があることに、シルフィーヌは気がついた。

 

(たしか……姉様は『リリィさんを殺して水精にする』って言っていましたけれど……)

 

 

 

 ――()()()()

 

 

 

 ティアの前世はユークリッドの第一王女だ。彼女が記憶を取り戻したこのタイミングで、“リリィを殺して水精にし、ユークリッドの危機を救おう”とティア達が動くのは、一見、自然に見える。

 

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 今のティアの話を聞く限り、シズクはティアの幸せを第一に優先して行動している。

 リウラに恨まれることを覚悟でリリィを殺し、彼女を水精にしようとしても、決しておかしくはないだろう。

 

 だが、それをするならば、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――そう、()()()()()()()()()()()()……その時に殺して水精にしてしまえば良かったのだ

 

 

 リリィとシズクが出会ったのは、“水精の隠れ里”という場所で、当時、リリィは脆弱な存在でしかなかったという。

 今のように上級悪魔クラスの力を持った後に彼女を襲うのでは、()()()()()()()()()()()()()()。抵抗され、手痛い反撃を受けることが目に見えていた。

 

 その時はリリィに対する殺意が無かった? 彼女を殺す覚悟ができていなかった? そんなことはないだろう。

 先程リリィが話していた“彼女がティア達から受けた恩”の話では、『ティアやシズクが助けに来てくれたおかげで、リリィとリウラは水蛇(サーペント)を倒すことができた』という。

 

 ――しかしそれは、逆に言えば、“()()()()()()()()()()()()()”、ということを意味している

 

 当時脆弱な存在であったリリィ達が倒せて、各国の勇者達と共に対魔王の精鋭部隊に選ばれるほどの強者であるシズクが、水蛇を倒せないわけがない。それこそ、リリィ達が倒す前に、あっさりと片づけられるはずだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 ということは、仮に“リリィを殺して水精にする”という話が真実なら、もうこの時すでに彼女は“リリィを見殺しにして、水精にしようとした”ということになってしまう。

 すなわち、この時点でリリィに対する殺意と覚悟があったことになり、“わざわざリリィ達が強大に成長してから殺しにやってくる”という、今の彼女の行動が完全に矛盾してしまう。

 

 もし“リリィを殺して水精にする”という話が正しいと仮定した場合、どうしてもこの矛盾を説明することができないのだ。……ならば、答えは一つ。

 

 ――“リリィの水精化”という話は真っ赤な嘘

 

 そして、リリィが絶対に受け入れないような提案でもって嘘をつく理由……それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――では、その“()()”とは、()()()()()()

 

 

 

 成立しないはずの交渉。

 “リリィの水精化”、という嘘。

 

 どちらも指し示しているのは――“ティアにとって不都合な第三者が、この会話を聞いている”、ということ――!!

 

 そこに思い至ったシルフィーヌは、バッとティアを振り返る。

 それに気づいたティアは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シルフィーヌは迷いのない澄んだ瞳でリリィを見つめ、一言お願いする。

 

心話(しんわ)をお願いします。サラディーネ姉様も一緒に」

 

「心話? 遮音(しゃおん)結界じゃなくて、ですか?」

 

「はい」

 

(……よっぽど聞かれたくない内容なのかな?)

 

 おそらく、ユークリッドにとってギリギリの交渉をするつもりなのだろう……そう判断したリリィは、シルフィーヌの望み通りにすることにした。

 

 リリィとシルフィーヌ、そしてティアは輪になるようにお互いの手を繋ぐ。

 

 心話は、別に使い魔の契約を結んでいなければ使えないものではない。

 使い魔の契約といったような、なんらかの魔術的なつながりが無ければ、魔力に乗せた声が拡散し、魔力が届く範囲なら誰にでも聞こえる状態になってしまう、というだけなのである。

 相手と接触することができるのならば、接触部分から相手にメッセージを伝えることは問題なく可能だった。

 

 これならば、遮音結界とは異なり、唇の動きから話している内容を読まれることもないだろう。

 

(……それで、お姫様は私達に何をしてくれるんですか?)

 

 単刀直入にリリィが問うと、シルフィーヌは慎重に口を開く。

 

(いえ、それよりもまず、サラディーネ姉様が“本当に話したいこと”を聞いた方が良いと思います)

 

(“本当に話したいこと”?)

 

 リリィが眉をひそめる。

 

(はい。おそらく、お姉様が本当に作りたかったのは、“絶対に誰にも盗み聞きされず、内緒話ができる、この状況”だったはずです。内緒話の場を整えるのならば、“交渉をするため”という名目が使える、わたくしから切り出すのが自然ですから)

 

(ええ、本当に良く気づいてくれたわ……ありがとう、シルフィーヌ)

 

 ティアは“リリィから内緒話を持ちかけるのは無理だ”と悟ると、今度はシルフィーヌへ水を向けた。

 シルフィーヌが言うように、“少しでもユークリッドの益になるギリギリの交渉をするため”という名目さえ与えてあげれば、今のように彼女から内緒話を持ちかけることができるからである。

 

 ティアが示した“ヒント”――“リリィの弱み”・“不可能なはずの交渉”から、シルフィーヌが“自分達の会話を聞く第三者の存在”に気づけるかどうかだけがネックだったが……勝者であるリリィと違い、敗者であるシルフィーヌは国を護るために全力で必死に考えることができ、見事、シルフィーヌは気づくことができたのである。

 

 ティアは、改めて“本当に伝えたかった話”を語る。

 

 ロジェンが人差指でティアの額に触れた時、封じられていたティアの記憶と魔力が解放されたのだが、ロジェンが行ったのはそれだけではない。触れていたところから、心話(メッセージ)を伝えてきたのだ。

 

 伝えられたメッセージは、“情報”と“要請”。

 

 ロジェンから伝えられた情報は2つ。

 

 ――黒ずくめの女に、隠れ里の水精達を人質に取られ、ロジェンがリリィ達を表立って護ることができなくなっていること

 

 ――黒ずくめは“ディアドラの邪魔をしてほしくない”……すなわち、“リリィの成長を(さまた)げて欲しくないから、ロジェンを妨害している”こと

 

 つまり、リリィ自身が動かなくても良いほど強力な助っ人が出てきたり、あるいはリリィが戦わなくても彼女の問題を解決できる手段を持つ人物に登場されると、黒ずくめが困るのだ。

 そして、リリィが隠れ里にやってきたとき、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、彼女は“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”なのである。

 

 それだけの魔力があれば、ディアドラを倒すことも容易(たやす)い。リリィを(おびや)かす要因の全てを、彼女は排除できてしまう。

 だから、黒ずくめは人質を取ってまで、彼女の動きを封じにやってきたのだ。あれだけの実力を持つシズクが水蛇を倒せなかったのも、ロジェンから人質の件を伝えられていたためである。

 

 そして、リリィが魔王の魔力を放っていたことと、ディアドラの『封印を解かなければリリィは死ぬ』という発言から、“リリィと魔王の魂の繋がりを断てば問題は解決する”こともロジェンは理解している。

 

 ということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを意味するのだ。

 

 そう、ロジェンから伝えられた“要請”とは、“リリィを救うために、リリィとロジェンが接触する方法を伝えて欲しい”という、メッセンジャーの役割をティアに願ったのである。

 

 だが、それを馬鹿正直にリリィに伝える訳にはいかない。

 別の場所に隠れ里を移したとはいえ、あの黒ずくめは神出鬼没。新しい隠れ里の場所が知られていることは充分に考えられるし、どこで聞き耳を立てているかもわからない。

 

 もし黒ずくめが“リリィとロジェンが接触する”という情報を知れば、ロジェンに行動させないよう、再び力なき水精達を人質にとるだろう。場合によっては見せしめに1人2人殺してしまうかもしれない。

 

 ティアがリリィと接触するだけでも、非常に危険だ。

 突然ティア達がリリィ達に接触してくれば、真っ先に“ロジェンからのメッセンジャーではないか?”と彼女は疑うだろう。では、どうすればいいか? 

 

 ――1度、リリィ達と敵対すればいい

 

 リリィの成長を望む黒ずくめならば、シルフィーヌ並みの魔力を持つティアとの戦闘は、大いに歓迎するだろう。ティアの前世がユークリッド第一王女であることを明かしてしまえば、ユークリッドを襲うリリィと敵対しても怪しまれることは、まずない。

 さらにリリィへの殺意を口にすれば、まさかそんなことを堂々と宣言とする者が“リリィを救うメッセージを(たずさ)えている”とは誰も思わないだろう。

 

 そして、その戦闘でティアが勝てば、戦闘不能となったリリィに直接触れて拘束魔術をかけるふりをしつつ、触れた箇所から魔力を送って気つけや回復を行い、そのまま心話でロジェンからのメッセージを伝えればいい。

 後は、そのまま心話で『自分(ティア)を人質にして逃げろ』と指示を出せば、ティアをサラディーネ本人であると認識しているシルフィーヌは手が出せないだろう。リリィは、そのままロジェンの元へ向かうことができる。

 

 仮に負けたとしても、恩義に厚いリリィと、姉妹のように仲が良かったリウラがいる以上、ティアから事情を()く必要があるため、ティアが直ぐに殺されることはないだろう。

 そこから、リリィに対する殺意を“リリィの水精化”という矛盾した話で説明することで、リリィにクロの存在を気づいてもらえばいい。後は、先の“リリィの水精化”の流れの通りだ。

 

 勝つにせよ、負けるにせよ、必ず接触の機会はやってくる。

 そこで、なんとかして“ロジェンからのメッセージがあること”を黒ずくめに悟られないよう、リリィと心話を行うことさえできれば、このようにティアはその“接触するための手段”をリリィに伝えることができるのだ。

 

 ちなみに、シルフィーヌから内緒話を切りだすパターンが最も自然だが、別にリリィから内緒話を切り出しても問題はない。ティアから内緒話を切り出さない限り、“ロジェンからのメッセンジャーである”という疑いはかからないからだ。ティアが自分から内緒話を切り出さず、リリィやシルフィーヌに気づいてもらおうとしたのは、そのためであった。

 

(リリィ。ロジェン様からの伝言を伝えるわ。『このティアの話を聞いた後、()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうすれば、わたくしが貴女(あなた)と魔王の繋がりを断ち切って差し上げます』……以上よ)

 

 リリィは再び眉をひそめる。

 

(結成当時……? メンバーを名前で指定せずに、時期で指定するの?)

 

 つまり、それはアルカーファミリーを結成した当時に在籍していたメンバーであれば、全員が知っている“何か”がある、ということ。

 16年前ということは、ヴィアやリューナは知らず、ブランや……獣顔で年齢が分かりにくいが、おそらくヴォルクも知っているのだろう。ヴィアの母であるミュラは、当時の年齢を考えると微妙なところか。

 

 リリィは、ふとあることを思いだす。

 

(……そういえば、たしか今のヴィアの年齢は16だったよね。……っていうことは、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?)

 

 ……ダメだ。これ以上は情報が少なすぎてわからない。

 

 そうリリィは判断して、“不自然な条件”に対する思考を切り上げる。

 重要なのは、そちらではない。……この話の真偽だ。

 

 リリィが魔王の肉体を解放しようとしていたのは、単純に魔力タンクが欲しかったため。

 そして、魔力タンクが欲しかったのは、魔王との魂の繋がりを切り離すため、そしてディアドラを撃退する強さを得るために膨大な魔力が必要だったから。

 

 もし、ロジェンに魂を切り離せるだけの魔力があった場合、彼女と接触できれば、問題はほぼ解決である。

 それだけの魔力があれば、ディアドラを撃退することも容易い。仮に人質の件からロジェンが撃退できなくとも、ロジェンから魔力を分けてもらえば、リリィ自身で撃退が可能だ。魔王の魂をリリィから分離することも、彼のために新しい肉体を創造することもできる。

 もしこの話が本当ならば、リリィがシルフィーヌ達を襲う必要性はほぼなくなる。

 

 だが、ティアは、ユークリッド第一王女 サラディーネが水精として生まれ変わった存在だ。

 ユークリッドを、そしてシルフィーヌを救うため、リリィに嘘の話を吹き込んで危機を切り抜けようとする可能性は充分にある。

 

(……いや、それはないか)

 

 リリィは、少し考えて、その可能性を否定した。

 

 もしリリィを騙すのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()。“黒ずくめの女”などという、いかにも怪しげで正体不明な人物を使って言い訳などするはずがない。

 

 そして、事実、リリィはその黒ずくめの女……クロの存在をヴィアから聞いて知っているのだ。

 ブリジットと自分を争わせようとしたところも、ティアの言う“リリィの成長を望む”という特徴にピタリと合致している。真実と判断して良いだろう。

 

 つまり――

 

 

(その……()()()()()()()()()()()()()。自信はありませんが、なんらかの形で必ずお詫びしに伺いますので、()()()()()()()便()()()()()()()()()()()()……?)

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう、“リリィがシルフィーヌを襲う必要はなかった”と明らかになれば、極めて人間族に近い価値観を持ち、かつ“穏やかに暮らしたい”と願うリリィは、シルフィーヌに対し“今回大暴れした件を穏便に納めて欲しい”と願い出ざるを得ない……()()()()()()()()()()()()()

 

 ちなみに、この交渉に対してティアが干渉するつもりは全くない。これだけユークリッド側が有利なのだ。よほどリリィを追い詰めない限り、どう転んでも、まずいことにはならない。

 シルフィーヌに交渉の経験を積ませる良い機会なので、彼女に任せて自由に交渉させようと、ティアは考えていた。

 

 交渉どころか、むしろ平謝りに近い状態になってしまったリリィに対し、シルフィーヌは全く責める様子を見せず、逆に笑顔を見せて()()()をした。

 

 

 

 

 

(でしたら………………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 

 

(………………え?)

 

 何を言われたのか分からず、リリィが硬直する。

 ティアもこれは予想外だったのか、口をあんぐりと開けて呆けていた。

 

(わたくしは“魔族”というものを(うわさ)でしか知りません。そして、それらの噂は決して良いものではありません。……でも、私はリリィさんを見て、“魔族”の方々がそうした噂に当てはまる方ばかりではないことを知りました)

 

(だから、知りたいのです。リリィさんのことを。そのために、どうかわたくしとお友達になっていただけませんか?)

 

(え、あの、その……今、私達、お姫様達を思いっきり攻撃しちゃったんですけど……)

 

 不敬どころではないドえらいことをしでかしているのに、友人になどなれる訳がない。

 リリィがそう言うと、シルフィーヌはニコニコと笑顔を(くず)さずに言い放った。

 

 

 

(あら? “()()()()()窮地(きゅうち)()(おちい)()()()()()()()()()首魁(しゅかい)()()()()()()()()()()”……魔族の方と友人になるのに、こんなに説得力があって英雄的(ヒロイック)なお話が他にありますか?)

 

 

 

「「!?」」

 

(……こ、このお姫様…………意外と腹黒い!?)

 

 まさか、こちらがユークリッド軍を制圧したことを逆手に取るとは思わなかった。

 たしかにこの方法ならば、ユークリッドのメンツをつぶすことなく、穏便に納めることができる。

 

 横目で見れば、ティアが『育て方を間違えたかしら……いえ、政治家として考えればむしろ……でも……』と珍しく頭を抱えている。

 どうやら彼女にとってもこれは予想外らしいが、今しがたティアの策謀の解説を聞いたリリィからしてみれば、原作のシルフィーヌにないこの腹黒さは、間違いなく生前の彼女の影響だった。

 

 ニコニコと微笑むシルフィーヌに対し、動揺し、うろたえるリリィ……心話を聞くことができない周囲の者たちには、その交渉の内容を知ることができないものの、交渉がどちらに有利に進んでいるかは、その表情を見るだけでも明らかだった。

 

「「「!?」」」

 

 リリィが返事をする前に、突如として迷宮に巨大な魔力が生まれる。

 魔力に敏感な者達が一斉に向いた方向はリウラとシズクが戦闘を続けているであろう、“聖なる地底湖”のある方角。

 

 

 その魔力は、あろうことか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な、なんだよこの魔力……!? 魔王(アイツ)よりデカいじゃないか!!」

 

「これは……!?」

 

 ブリジットが動揺に声を震わせ、冷静沈着なオクタヴィアが戦慄(せんりつ)に思わず声を上げてしまう。

 そう、リリィやブリジット、シルフィーヌが知る()()()()()()()()魔力が現れたのである。

 

「――お姉ちゃん!」

 

 当然、そうなればリリィは落ち着いてはいられない。

 最愛の姉のすぐ(そば)にこんな物騒な魔力が現れたのである。すぐに救出に向かおうと翼を広げたその時、

 

「リリィ!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 巨大な水の(バルーン)に、エステルを含めた人間族の兵士達をこれでもかと詰め込み、泡の片面から勢いよく水蒸気を噴射(ふんしゃ)しつつ、こちらへと宙を()けてくるリウラの姿をリリィは(とら)えた。

 

「お姉ちゃん! 何があったの!?」

 

「わからない! 背中から触手が生えてておっきい剣を持った女の人が、何もないところから急に出てきて、いきなり私とシズクに攻撃してきて! ……今はシズクが押さえてくれてるから、シズクが逃げられなくなる前に早く逃げよう!」

 

 よほど慌てているのだろう、泡を大急ぎで解除しつつものすごい早口でまくしたてるリウラに、リリィは即座に頷く。

 その触手女が何者かは分からないが、魔王以上の魔力を持った化け物など、相手にしていられない。

 

「お姫様! 魔王様以上の化け物が来てるみたいだから、すぐに全員逃げ……ッ!?」

 

 その瞬間、

 

 ――リリィが、

 ――リウラが、

 ――ティアが……大きく目を見開いた

 

「うそ……」

 

 呆然とリウラが(こぼ)したことで、リリィは自分が今感じたものが現実であることを確認した。

 

 

 

 ――シズクの気配が………………()()()

 

 

 

 それだけではない。シズクが押しとどめていたはずの巨大な魔力がゆっくりとこちらに向かってきている。

 この状況が何を意味しているか……リウラ達に分からないはずがなかった。

 

 ガシィッ!

 

 リリィは慌ててリウラの腕を掴む。

 リウラが必死の形相でシズクの方に向かおうとしたからだ。

 

「離してリリィ! お願いだから!」

 

「今行っちゃダメだよお姉ちゃん! 時間を稼いでくれたシズクさんを無駄死にさせる気!?」

 

 リリィの言っていることは正しい。

 

 この状況で、シズクがわざわざ気配を消して敵を通す理由なんて無い。

 リウラが助けに行ったところで、おそらくシズクはもう死んでいるだろうし、狙われているであろうリウラが自ら敵の近くへ行くなど、シズクが命を懸けて作ってくれた逃げる時間を無駄にする愚かしい行為だろう。だが――

 

 くるり、とリウラが手首を返す。

 すると、力点をズラされたリリィの(てのひら)は、あっさりとリウラの手首を離してしまう。

 

「リリィの言ってることは正しいよ。すっごく正しい。でもね……」

 

 言葉の端々(はしばし)からひしひしと伝わってくるリウラの怒り。

 リリィがこれを感じたのは二度目だ。

 

 

「……そうやって、すぐに諦めちゃうところは………………私、嫌いだな」

 

 

 一度目はリューナを見捨てた時だった。

 喧嘩したのも、その時以外に無い。

 

 基本的に物事にとらわれないリウラが明確に譲らないこと、それは――

 

「リリィ……リリィはどうして今、ここでこうして生きていられるの?」

 

「それは……お姉ちゃん達が助けてくれたか「だったら!!」」

 

 リウラの声に悲しみの色が混じる。

 

「だったらどうして……“同じことをしてあげたい”って思えないの?」

 

 ――誰かの命がかかわった時だ

 

「そ、れは……」

 

 姉の真剣な問いに、リリィは自問する。

 

 仮にシズクの立場にリウラが立っていたとしよう。その場合、自分はどうしていたか?

 ……決まっている。間違いなく今のリウラと同じように皆の制止を振り切って、姉を救いに飛び出していくに違いない。

 それなのに、なぜシズクの場合はあっさりと見捨てられるのか。

 

 答えは簡単だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……それだけである。

 

 たしかに、シズクは親友を魔王に殺されているにもかかわらず、隠れ里にリリィが住むことを許してくれたのだろう。

 それどころか、先程のティアの心話によれば、本当にリリィが水蛇に殺されそうになったら、なんとかしてクロにバレないように助けようと、必死に頭を回転させ、細心の注意を払って全力で集中してくれていたという。

 

 しかし、師と弟子として長い付き合いがあったリウラと異なり、リリィとシズクの接点はほとんど無い。魔王の魔力を放つリリィを警戒して、シズクの方からリリィと距離を置いていたためだ。

 ティアの話を聞き、シズクから受けた恩義が少なからずあることを知ったものの、あまりにも彼女と接触した時間が少なすぎて、まるで紙の上の人物のように実感が湧かないのである。

 

 だが、リウラは違う。

 

 彼女は、出会ってから1日しか経っていないリューナの命の危機にさえ、自らの危険を(かえり)みずに立ち上がる人物だ。そんな彼女が、師として多大な恩があるシズクを見捨てることなど決してできはしないだろう。

 

 リウラの強烈な視線に射抜かれてうろたえるリリィに、予期せぬ人物から声が掛けられる。

 

「大丈夫。おそらく、その“シズクさん”は無事です」

 

「へ?」

 

 声をかけてきたのは、リウラが初めて見る人物……軽甲冑(けいかっちゅう)を纏った黒髪長髪の美しい人間族の女性――セシルであった。

 

「ツェシュテル」

 

 そうセシルが呼びかけると、セシルの魔導銃(まどうじゅう)の銃床がパカリと開き、中からずるりと銀の液体が溢れると同時、瞬時に形と色を変え、人形のように小さな少女へと姿を変えた。

 紫がかった銀髪に、黄金の瞳、背からは鴉のように真っ黒な翼が生えた褐色(かっしょく)肌の、可愛らしくもどこかふてぶてしい雰囲気を持つ少女であった。

 

「はいはい、たった今解析完了したわよ。強制転移と(おぼ)しき空間の波を追跡した結果、その転移先は地下730階付近。ちょうどそこに、さっきの水精の魔力が観測されたわ。大きさ・質ともにその“シズクさん”と一致してるわよ?」

 

 その言葉にリリィとリウラは目を見開き、そしてリウラはその言葉に嘘はないと信じたのか、あからさまにホッと肩の力を抜く。

 

 だが、逆にリリィは警戒の目をその小さな少女――ツェシュテルに向ける。

 

 

 ――あれはいったい何だ? 小型の魔族? それとも小人族と魔族のハーフか? いや、最初の液状化した状態を見るに、水精やプテテットの亜種か?

 

 ――転移なんてほんの一瞬。“空間の波を解析する”なんて特殊な術式を間に合わせるには、事前に用意しておかなければならないはずなのに、それを間に合わせることができたのは何故だ? まさか“常時展開していた”とでもいうのか?

 

 ――地下730階? ここは大体地下290階くらいだぞ? どうして、そんな深くまで魔力を探知できる?

 

 

 リウラやアイも常識外れの存在だったが、この少女はそれ以上だ。いくら警戒しても、しすぎるということはないレベルである。

 

「そんで、その下手人は――」

 

 スッとツェシュテルがその小さな手を壁に向けると、セシルの魔導銃にも劣らない高出力の魔力砲をその人差指から吐き出した。

 やや青みがかかった白色の魔力光が空間を舐めた後、そこにはぽっかりと壁に空いた大穴と……

 

 

 

「いや~、まいったッスねぇ……どうしてバレたんスか?」

 

 

 

 その前に立つ、ボロボロになった黒布を(まと)った1人の女性の姿があった。

 

 

***

 

 

「あ、アンタ……クロ!?」

 

「お久しぶりッス、ヴィアさん。1ヶ月ぶりくらいッスか?」

 

 ヘラヘラと笑う黒ずくめの女性、それはかつてリューナを(さら)い、ブリジットへと売り飛ばしたヴィアの怨敵(おんてき)である何でも屋であった。

 彼女はセシルに目を向けるとこう言った。

 

()()()()()もお久しぶりッス。()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 リリィは猫耳を揺らして耳を疑う。

 偽名を使っていたことはいい。それよりも、この一見人間族にしか見えない女性が数百年を生きているということが信じられない。

 

 人間族が数百年を生きる、ということ自体は実は可能である。それこそ、別の種族になったり、特殊な神の加護を得たり、多くの魔力を得て身体になじませたりと方法は様々だ。

 しかし、そのような場合はどうしても“人間族ではない”気配がしたり、巨大な魔力を感じたりと何らかの異常をリリィは感じられるはず。ところが、彼女からはそれが全く感じられないのだ。

 

「……その名前は捨てました。今は“セシル・トープ”と名乗っています」

 

「おや、あんなにこだわっていた“ザイルード”の姓すら捨てるなんて相当ッスね。いったい、どんな心境の変化があったんスか?」

 

「あなたには関係ありません。それよりも、あの巨大な魔力……あれは貴女の仕業(しわざ)ですね? ニア」

 

「それは“()()”じゃなくって“()()”ッスねぇ……いや~成長しましたねぇ、見違えるほどッス。空間迷彩で誤魔化せないわけッスねぇ……。やれやれ、せっかく正体を隠してたのに、まさか私のことを知ってる人がやって来るなんて、予想外にも程があるッスよ」

 

 クロ……いや、ニアは観念したように肩をすくめると、己の右肩の黒布をグッと握り、バサリと放って己を覆う黒布を脱ぎ捨てた。自分を知る人物がこの場にいる以上、正体を隠しても仕方がないと判断したためである。

 

「あ、あれは……?」

 

歪魔(わいま)……いえ、天使……?」

 

 “歪魔”とは、その名の通り空間の歪みを操ることのできる魔族のことである。

 

 生まれつき高い魔力を備えており、その多くが上級悪魔か、それを超える貴族悪魔に位置づけられている。

 その特徴は、感覚的に空間を把握・操作できること。言うなれば、水精であるリウラが感覚的に水を操れるように、彼女達は空間を操ることができるのだ。

 

 ふわりと広がり肩をくすぐるクリーム色の髪。それを覆う、2本の山羊の角のように伸びるとんがりをつけた白色の道化帽。

 赤い瞳の下、頬の片方には涙のような化粧をしており、その身を覆うモノキニのような服や、肘・膝までを覆う長い手袋やブーツも、白を基調としつつも道化師らしい派手な柄で彩られている。

 このあからさまな道化師スタイルは、歪魔族によくみられるスタイルであった。

 

 ところが、彼女の背から生える翼は美しい純白。加えて、纏う魔力も魔なるものとは正反対の神々しい聖属性。

 このアンバランスさに、リリィ達もシルフィーヌ達も、彼女がいったい何者なのか判断がつかず、皆ひとしく警戒感を高める結果となった。

 

 ただ1人、ブリジットだけがそのあまりに平坦な胸を見て、彼女に親近感を覚えていたりするのだが、これは完全な余談である。

 

「んで、これはどういうことッス? 私達は目的を同じくする同志……こっちの邪魔はしないはずじゃなかったッスか? まさか『数百年も前の話なんて忘れました~♪』なんてボケたこと言ったりはしないッスよね?」

 

「ボケたことを言っているのは、そちらでしょう? 私達のそれぞれの最終目的は全く相いれないもの。共通するのはその()()()()()……あなたはこうも言ったはずですよ? 『ただし、こちらのやり方を妨害するようならば排除する』と」

 

「なるほど? つまり……」

 

「ええ、私は私の事情でこの睡魔の()の側につきます。あなたがどういう()()()を考えていて、どうしてあの巨大な魔力の持ち主に、この娘たちを襲わせようとしているのかは知りませんが……それだけは絶対にさせません」

 

 そうセシルが宣言した瞬間、セシルの身体から莫大な魔力が吹きあがった。

 

「何、この気配……!?」

 

 今まで人間族そのものであった気配が、まるで偽装であったかのようにガラリと変わる。魔族でもない。人間族でもない。獣人族でも無ければエルフでもない、初めて感じる気配。

 いや、感覚的に言えば人間族に近いが……何か別のもの、それも人工的な何かが混ざったような気持ちの悪い気配だ。

 

「……そうッスか。じゃあ仕方ないッスね」

 

 ニヤリと笑いながらニアが手を振る。

 すると、ニアの周囲に翼の生えた人形のようなものが無数に現れた。

 

 ――傀儡使霊(くぐつしれい)

 

 自らが使役する霊を宿した、天使の傀儡人形(くぐつにんぎょう)である。

 直接的な戦闘能力は低いが、支援能力に()けており、使役者の目的や能力によって、その用途は様々に変化する。

 そして、ニアが操る場合の用途は――

 

 ブウン……

 

 

 ――高速転移する魔術起点

 

 

 四方八方に散った傀儡人形が、目まぐるしく空間転移を行って周囲を跳び回り、各々が強力な()()()魔弾を生み出していた。

 

(闇属性の魔弾!? しかも、あのスムーズかつ瞬間的な空間転移……なら、やっぱりアイツは天使じゃなくて歪魔? いやでも、だったら傀儡使霊なんて使えるわけが――)

 

 ゴバァッ!

 

 リリィ達の背後……“聖なる地底湖”の方角から岩盤が崩落する音が聞こえる。

 振り返れば、成人男性の胴ほどもありそうな巨大な触手群が、その1本1本に炎を……あるいは風を、(いかずち)を、冷気を纏いながら、こちらへと侵攻(しんこう)しつつあった。

 

 度重(たびかさ)なる急展開について行けていなかったリリィ達は、ようやく気づいた。

 悠長(ゆうちょう)にセシル達の会話を聞いている余裕などない、ということに。

 

 リリィは転送魔術で魔力回復薬を左手に()び出し、頭からその中身をかぶると叫んだ。

 

「アイ、お姫様たちが逃げる道を造って! ヴィア、お姫様たちを先導して逃がして! お姉ちゃん、私を遠距離から援護して!」

 

「って、おい!? オマエ、いったい何をするつもりだよ!?」

 

「私が、あの触手の化け物を引きつけて、お姫様達が逃げる時間を稼ぐ! それが終わったら退却、それだけだよ!」

 

「オマエ、馬鹿か!? なんでさっきまで戦ってたこいつらなんかのために(おとり)になるんだよ!?」

 

「こっちにはこっちの事情があるんだよ! ああもう、うっとおしい!」

 

「んだとぉ!? って、うわっ!?」

 

 慌てて飛び退()いたブリジットを追うように、炎を(まと)った触手が伸びる。

 ブリジットの部下を一瞬で炭化させながら伸びるそれを、ブリジットは不本意ながらリリィの性魔術(セクハラ)を受けてパワーアップしたその身体から繰り出す蹴りで弾きとばそうとするが、

 

(重っ!?)

 

 弾き飛ばされたのは触手ではなくブリジットの方。

 その巨大な質量と満ちる膨大な魔力が、ブリジットの蹴りをものともしなかったのである。

 

 リリィが、自分に向かってくる冷気を纏った巨大な触手を、逆袈裟に切り上げる。

 

「はあああっ!」

 

 ザンッ!

 

(……硬い……!)

 

 何とか触手を断ち切れたものの、その手ごたえはあまりに重い。

 ルクスリアの切れ味が悪いわけでもなければ、リリィの腕が悪いわけでもない。単純に触手が頑丈すぎるのだ。

 

 “へたに斬れば逆に隙ができる”と気づいたリリィは、できる限り攻撃を回避する方向で時間を稼ぐ。

 それを援護するリウラの技術は流石の一言で、リリィやブリジットですらあれほど“重い”と感じた触手の一撃を、彼女達より遥かに劣る魔力しか込められていない水を操ることで、流れるように人のいない方へいない方へと受け流してゆく。

 

 その隙にアイが土や岩盤を操作して道なき場所に道を造り、土地勘を持つヴィアがシルフィーヌ達を先導しようとする。

 当然、今まで命のやり取りをしていた相手の言うことなどそう簡単には信じられず、「罠なのではないか」と疑い(わめ)く人間族の兵士達も少なくなかったが、

 

「じゃあ、お好きにどうぞ。私も本当は、アンタ達の世話してる余裕は無いから」

 

 と一言残してヴィアがリリィの援護に向かってしまったことで、「お前が余計なことを言うから!」「じゃあお前、魔族の言うことを信じられるのか!?」と大パニックに(おちい)った。

 

 それを(いさ)めるべくシルフィーヌが、一喝(いっかつ)しようとしたその時――

 

「いい加減にしないか!」

 

 ――それに先んじて腹の底から出された迫力のある声が響き渡り、兵士達を一瞬で沈黙させた

 

「エステル様!」

 

 リリィにその精気のほとんどを吸われていることなどまるで無かったかのように、堂々と立って姫騎士は言った。

 

「シルフィーヌ、状況は?」

 

 シルフィーヌは一瞬考えて、すぐに答える。

 

「正体不明の天使が、触手の魔物を召喚。睡魔は何らかの事情から、わたくし達が巻き込まれないよう(おとり)を買って出ました。彼女が用意した逃げ道がこちらです」

 

 3つの短文で説明しつつシルフィーヌが指差した穴を見て、エステルは考え、すぐに指示を出した。

 

「自分が殿(しんがり)を担当する! アーシャは斥候(せっこう)を担当しろ! ヴィダル! 先頭の部隊を指揮! サスーヌはシルフィーヌの(そば)で護衛だ! 急げ!」

 

 エステルは気絶から立ち直ったばかりであるため、今の状況は何ひとつ理解できていない。

 だが、それでも今現在見聞きしたこと、そして感じた魔力から明確に分かることがある。

 

 それは、あの触手の化け物もリリィ達も、今のエステルでは敵わない強敵であるということ。

 

 見れば兵士達も死なない程度に回復されているものの、そのほとんどがエステルと同じく満身創痍(まんしんそうい)であり、半数以上が戦闘できるような状態ではない。“ほぼ壊滅”と言って良い状況であった。選べる選択肢は“撤退”以外に存在しない。

 そして、事前に確認していた迷宮の地理から考えれば、この先は行き止まりであり、逃げ道はそれこそシルフィーヌが指し示した、エステルが全く知らなかった道以外に存在しない。必然、そこを細心の注意を持って進むことしかエステルには選べなかったのである。

 

 ――ゾクリ

 

 エステルの背筋を寒気が駆け抜ける。かつてない強敵の気配に振り向くと、通路に(あふ)れる触手の中から何かがやってくるのが見えた。

 

「あれは……」

 

 当然、その様子は攻撃を(さば)いている最中のリリィの視界にも入る。そして、現れたものを見て、リリィはくじけそうになる心を必死で立て直した。

 

 

 

()()()()()……()()()()()()!!?」

 

 

 

 頭部に金の巨大なティアラのような飾りを、身には赤い衣を纏い、その背から(むし)(あし)のような触手を、スカートの中からワームのような触手を大量に生やした蒼い肌の女性が、その身の丈を超える大きな大剣を片手に構えながら、その場にいる者達を睥睨(へいげい)した。

 

 

***

 

 

 ――魔神ラテンニール

 

 世界で名を()せる回遊(かいゆう)する魔神である。

 幾度(いくど)滅ぼされようとも必ず復活する“輪廻”という、この世界でも飛び抜けて特殊な能力を持っているが、何よりも恐ろしいのはその強さである。

 

 唐突だが、『この世界で最強の存在は誰か?』と問われた場合、原作知識を持つリリィだったらこう答える。

 

 『それは、“神殺しセリカ・シルフィル”である』、と。

 

 “魔神”とは、その名の通り“神の如き力を持つ魔族”の総称だ。リリィの主である“魔王”も、この“魔神”の1柱(ひとはしら)である。

 そんな、竜族などよりも遥かに強い魔神達……彼らをまるで端役(はやく)のごとくバッタバッタと倒して無双する彼は、リリィの知る限り最強の存在だ。

 

 もちろん、前世のリリィは原作の作者でもなければ、隅々(すみずみ)まで設定を読んだわけでもないし、原作の作品群を全てプレイした訳でもないため、本当は違うのかもしれない。

 しかし、少なくとも世界的に見て、トップクラスに強い人物であることは間違いない。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――『“いくら倒しても転生し、回遊する魔神がこの迷宮に出現する”という噂を聞いていたから、ひょっとしたら、とは思っていましたが……まさか、本当にこの魔王がそうだったとは……』

 

 

 

 魔王を倒した勇者の1人の発言は、ある意味正しく、ある意味間違っていた。

 転生し、回遊する魔神は、確かにこの迷宮に出現する。

 

 しかし、それは魔王ではなかった……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ハッキリ言おう。勝てる訳がない。

 それどころか、逃げられるかどうかすらも怪しい。

 

 そして、理解した。

 今、ラテンニールは全く本気を出していない。もし出していたなら、リリィ達などとっくに瞬殺されている。

 

 リリィ達からやや離れたところから轟音(ごうおん)が聞こえる。

 

 轟音の付近で暴れている3つの魔力のうち、2つはセシルとあの小人、そしてもう1つはニアだろう。どうやら戦闘を開始したらしい。ラテンニールほどではないが、こちらも充分化け物だ。

 1人1人がパワーアップしたはずのリリィを軽くねじ伏せられるであろう魔力……間違いなく竜族よりもさらに上だ。魔神級と(ひょう)されるくらいの力はある。

 

 両陣営の魔力の動きから、おそらくその力は完全に拮抗(きっこう)している。

 セシルとあの人形のような少女(ツェシュテル)に、リリィ達を援護してもらうことは期待できないだろう。

 

「!?」

 

 走り高跳びで背面跳びをするように、リリィが触手の間をすり抜けた時、彼女は戦慄に大きく目を見開いた。

 

 

 

 ――ラテンニールが、その大剣を今にもエステルに振り下ろそうとしていたのだから

 

 

 

 ここでエステルが殺されるのはまずい。

 

 リリィはエステルを襲ったものの、それは“充分取り返しがつく事態である”と判断していた。エステルは騎士道を重んじる真っすぐな性格をしており、原作では“無益な殺生をしない”という点でしか見られなかったものの、魔族に対してすらその誠実さは発揮されていた。

 であれば、ディアドラの一件がまごうことなき事実である以上、全てが終わった後で事情を説明して、人間達に何も危害を加えなければ、充分に信じてもらえる可能性は高い、と判断していたのである。

 

 しかし、当のエステルが殺されてしまえば、その計画はおじゃんだ。

 いかに騎士とはいえ、一国の姫が殺されれば、ゼイドラム王国も本腰を入れてリリィ達を殺しにかかるに違いない。例えそこにどんな理由が有ろうとも“仕方がない”と納得はしてくれないだろう。そうなれば人間族との和解も交渉も夢のまた夢だ。

 

(間に合えっ!)

 

 リリィは“超ねこぱんち”の要領(ようりょう)で背を魔力で弾き、強引にラテンニールとエステルの間に割り込む。そのまま突撃の勢いを利用するように、ルクスリアの刀身をラテンニールの大剣の腹に当てつつ、その軌道を縦から斜め下へと逸らすように動かそうとする……いや、動かそうとした。

 

(!?)

 

 ラテンニールの大剣は、かろうじてエステルの肩を(かす)るように逸れた。

 しかしそれは、あくまで“超ねこぱんち”の突進力の分だけだった。リリィは軌道を逸らそうとした瞬間、その剣撃のあまりの威力に、衝撃で全身が一瞬にして痺れ、硬直してしまったのである。

 

(しまっ……!!)

 

 その致命的な隙を見逃してくれるはずもなく、ラテンニールは無造作に回し蹴りを繰り出し、それをリリィはまともに腹にくらってしまう。

 

「がっ……!?」

 

 ズゥン……ッ!

 

 迷宮が振動する。壁面に巨大なクレータを作ってめり込んだリリィは、大量の血反吐(ちへど)を吐き出した。

 

「ぁ……ぅ……」

 

 リリィから感じられる魔力が急速に小さくなっていく。

 彼女の視界はぼやけ、意識は今にも途切れる寸前。完全な致命傷であった。

 

「ごふっ……!?」

 

 同時、リリィへ向かう触手を少しでも減らすべく、自身も(おとり)として動いていたヴィアは、主であるリリィが致命傷を負ったことにより、そのフィードバックを受けて大量の血反吐を吐き、地に倒れ伏した。

 

(あんの……バカ……!)

 

 パワーアップして気が大きくなっていたのか、それともルクスリアの性能を信用し過ぎたのか。あんな災害の前に飛び出すなど、どんな理由があってもやってはならないことだ。

 例え、人間族との和解が不可能になったとしても、自分の身が可愛いのならばエステルを助けるべきではなかった。ヴィアは意識を薄れさせながらリリィに対して内心で毒づく。

 

 しかし、リリィがエステルを助けようとした本当の原因は、ヴィアの思惑とは異なる。

 

 直前に交わされていたリウラとの会話――『どうしてリリィは人を救おうとしないのか』という言葉が、リリィに対して影響を与えていたのである。

 リリィ自身は打算でエステルを救うつもりであったが、無意識に“救えるのに救わないこと”に罪悪感を覚え、本来ならばしない行動をとらせてしまっていたのだ。

 

 ラテンニールは自らの剣が(わず)かでも逸らされたことを脅威に感じたのか、目の前で呆然と固まるエステルを無視してリリィへと飛びかかる。

 

「リリィ!」

 

 襲いかかる触手を(さば)くことに手一杯となっているリウラは一瞬、リリィを救うべきか迷った。迷ってしまった。

 

 手を抜いているといえども、ラテンニールの速度は驚異的だ。彼女のスピードについていくためには、リリィかそれに準じる魔力の持ち主が“超ねこぱんち”を扱う速度で動かなければ到底追いつけない。

 

 ブリジットやオクタヴィアは魔力の条件をクリアしているが、“超ねこぱんち”クラスの速度で動く技を持っているかが分からず、そもそもリリィのために命を懸けて動いてくれる保障が無い。

 ヴィアはどちらの条件も満たしているが、リリィが倒れたことで自身も死にかけている。

 アイはそもそも魔力が全く足りていない。

 

 リウラは魔力こそ足りないものの、極限集中状態による先読みから“彗星(すいせい)”の機動力で移動すれば何とかリリィを(さら)って逃げることができる。

 つまり、この状況で唯一リリィを救けられるのは彼女しかいなかった。

 

 ところが、今ここで触手の対応を放棄してこの場を離れてしまえば、間違いなく今避難しようとしている背後の人間達が、触手の群れに襲われて大勢死んでしまう。

 だが、今リウラが動かなければリリィが死ぬ。

 無意識に頭の中で両者の命を天秤(てんびん)にかけてしまったことで、リリィを救う時間が奪われてしまった。

 

 大剣が再び振り上げられる。

 

「だめええええええぇっ!!!」

 

 

 

 ――ドクン……

 

 

 

 リウラの中で何かが目覚めようとしたその時――

 

 

 

 ゴッ――

 

 

 

 ()()()拳がラテンニールの頬を歪め、

 

 

 

 ――オオンッ!

 

 

 

 触手の海へとその身体を弾き飛ばした。

 

「……って、ええっ!?」

 

 リウラは目を疑った。

 リリィを救けた人物は、そんなことが――魔神を殴り飛ばすなんて芸当が到底できるはずのない人物――

 

 

 

 ――アイ、だったのだから

 

 

 

 

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