水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第八章 理解者 中編1

≪――幾重(いくえ)もの(はば)みも光の(つぶて)の前に開かれん。黄の太陽神、アークリオンの輝き、今、この地に下らん!≫

 

≪――主の御名に代わり、我が名において命ず。死すべき時を見失いし哀れなる者達よ、今こそ汝らの罪を許さん。穢れた肉体(からだ)を捨て、その魂を我が手に(ゆだ)ねよ!≫

 

 シルフィーヌが聖句を唱えて杖を掲げるとともに、爆発的な光が広大な城の広間を照らし出し、亡者の軍勢を光の彼方へと消し飛ばす。

 

 その上空でコウモリの翼を広げ、空色に金細工の装丁の魔導書を左手で開いたリリィが、芸術的なまでに美しい白く細い右手をかざし、シルフィーヌ達には耳慣れない不思議な聖句を唱える。

 すると、20メートル向こうで虚ろな眼窩(がんか)をシルフィーヌ達に向けるドラゴンゾンビが巨大な聖なる光の柱にのまれ、苦悶(くもん)咆哮(ほうこう)をあげた。

 

 竜の不死者(ふししゃ)は、その眼窩に宿る紅い輝きを上空のリリィへ向け、強烈な敵意を叩きつけながら大きく息を吸い込み、口腔(こうくう)に毒々しい暗緑色の魔力光をはちきれんばかりに膨れ上がらせる。

 

 その様子を見ても一切動じず、リリィは紅玉の瞳で不死竜を鋭く(にら)みつけながら、一時的に所有者に神聖魔術適正を与える魔法具――“神聖魔術の書”を左手から消し去ると、その右手に力天使の力を宿す(つるぎ)――“ヴァーチャーズ”を()び出し、“()”の名を叫んだ。

 

「シルフィーヌ!」

 

「はい!」

 

 “()”の一言を聞いたシルフィーヌは瞬時にその意図を汲み取り、朗々とリリィの守護を願う祝福の呪言を紡ぎ、神聖な輝きを帯びた長杖をリリィへとかざす。

 シルフィーヌの祈りが込められた対毒の呪鍛(じゅたん)魔術は、あらゆる不浄を清めるであろう清々しさを感じさせる白く優しい輝きを睡魔の少女に(まと)わせる。

 

 

 ――次の瞬間、空間がたわんだ

 

 

 不死竜の放つ猛毒の吐息は、自身の背後以外の空間を衝撃波で破壊しながら、その濃緑色の輝きを()って睡魔の少女を沈めんと迫る。

 雫流魔闘術の奥義たる“奔流(ほんりゅう)”にも勝るその速度――並の相手であれば、毒に侵される前に、その身体を細胞単位にまで削られるであろう。

 

 ――だが、睡魔の少女は恐れない

 

 大きく振りかぶった聖なる剣に渾身の魔力を込め、自身が暗緑色の闇を切り裂く一条の流れ星となって、少女は腐乱した巨躯(きょく)を貫く。

 

 イィンッ!

 

 空間そのものが悲鳴を上げるかのような斬撃音とともに、竜の背後に少女が剣を振り下ろした姿勢で現れる。

 

 左膝が、剣の切っ先が床に触れんばかりに、深く腰を落とした状態で残心をとった少女の背後で、巨竜がピタリと動きを止め……

 

 

 ズゥン……と、重々しい音ともに崩れ落ちた。

 

 

 頭から尾へと走る斬撃の跡は、その淡く清らかな輝きを徐々に広げてゆくとともに、不浄なる肉体を光の粉雪へと変え、迷いし竜の魂を冥府へと(いざな)う。

 

 やがて、肉の一片も残さず浄化され、消滅すると、“終わった”と判断した少女はブンと血糊を払うように剣を振るい、その手から剣をいずこかへと消し去った。

 

 ――途端、少女……リリィは満面の笑顔で、シルフィーヌへと振り返る

 

 「ナイスよ、お姫様! ほら、手ぇ上げて、手!」

 

 「は、はい?」

 

 “なぜ挙手を求められているのか?”と目を白黒させながらも、杖を握る手とは逆の手をシルフィーヌが上げると、リリィはその手に向けて、自分の手を軽く、だが勢い良く合わせる。

 

 パァンッ!

 

 乾いた音が響き渡る。

 じわじわとした軽い痛みが少しずつシルフィーヌの手から引いていく感覚につられるように、その動作が“祝勝を分かち合う意味である”ことを、ゆっくり少しずつ理解したシルフィーヌは……

 

 

 ――花がほころぶような笑顔を浮かべるのだった

 

 

 

 

 

 自国の姫に対して、あまりにも気安い態度で接するリリィを注意しようと激高する妹を、サスーヌが止める。

 

 あれほどまでに楽しそうなシルフィーヌの笑顔を、サスーヌは見たことがない。

 

 思えば、人間族から見た彼女は、常に“王族”という色眼鏡で見られていた。

 物事の道理が分からないほど幼い頃であればともかく、物心がついた頃からは、例え友人同士の付き合いであろうとも、その立場を意識した振る舞いをシルフィーヌも、その友人も求められていたであろう。

 

 

 ――だが、リリィの場合にはそれが無い

 

 

 魔族である彼女にとって、人間族の立場はそこまで重要な意味を持たない。必要があれば敬うこともへりくだることもあるだろうが、逆に必要であれば敵対だってできる。

 その奔放(ほんぽう)さが、“やりたいことをやる”という魔族の性質が、ありのままのシルフィーヌを見て、真に対等な関係を構築しているのだ。

 

 (……皮肉なものですね。まさか、姫の友人として最もふさわしい価値観を持っていたのが、人間族ではなく魔族であったなんて……)

 

 シルフィーヌに対する同情と、申し訳なさと、リリィに対する(わず)かな嫉妬をそっと心に隠して、サスーヌは楽しそうな2人のやり取りを見つめていた。

 

 

 

 

 

 しかし、少女達の楽しそうなやり取りはすぐに終わり、リリィとシルフィーヌは表情を引き締める。

 

 「……危険を承知で飛び込んではみたけど……居ないみたいね」

 

 猫耳をピクピクと振るわせて、周囲の気配を探りながらリリィが言うと、探知の魔法陣を眼前に展開させたシルフィーヌが応じる。

 

 「そうですね。不死者たちの巣窟(そうくつ)になっている時点で“可能性は低い”と感じておりましたが……やはり反応はありませんね」

 

 今、彼女達が訪れているのは、かつてブリジットの一族が利用していたという別荘だ。

 

 “別荘”とは言うものの、強力な魔族の一族が利用していたそれは、広大な“城”である。

 対侵入者を想定して建築されたそれは、間取りを把握していないリリィ達にとって、いつどこから魔王に“命令”されてしまうか分からない危険な場所であった。

 

 しかし、それでも彼女達がここにやってきたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 ユークリッド軍を使った人海戦術で、リリィの知る魔王やその部下達の拠点を中心にしらみつぶしに探しても、魔王達は影も形も見当たらなかったのである。

 魔王すら知らないこの“別荘”は、原作でブリジットが進言することによって魔王の拠点になっていたため、“もしかしたら”と門番の魔物ごと門を吹き飛ばして押し入ったものの、やはり魔王達の姿はないし、この拠点が使われた形跡もない。

 

 ここまでくると、“もう既に魔王はディアドラに捕まっている”と想定して動いた方が良いかもしれない……そう2人の認識が一致したその時だった。

 

 

 ――パリ……

 

 

 ピタリ、とその場の全員の動きが、会話が止まる。

 何か硬質なものが割れたような音……慎重にリリィとシルフィーヌが視線を向けると、そこにはかつてこの城の主が利用していたのであろう、朽ちた玉座があった。

 

 リリィは視線を外さないまま、シルフィーヌに向けて(ささや)く。

 

 (……私が行くわ。お姫様は此処(ここ)で待ってて)

 

 (……いえ、わたくしも行きましょう。もし、あそこに魔王が居たら、“命令”を回避できないかもしれません)

 

 (……了解)

 

 リリィは心話(しんわ)でヴィアへと周囲の警戒を命じ、シルフィーヌもサスーヌを手招きして同様の指示を出す。

 これが、敵の注意を音のする方へ引きつけるための策でない、という保証が無いからだ。

 

 ルクスリアを右手に喚び出したリリィは、両手で杖を握るシルフィーヌを伴い、慎重に玉座へと向かう。

 

 そして、ゆっくりと玉座の裏を覗き込んだ。

 

 

 

 「……卵……?」

 

 

 そこに()ったのは、わずかに(ひび)が入った2つのダチョウサイズの卵。

 シルフィーヌの不思議そうな声を聞きながら、リリィは「あ」と思い出していた。

 

 (ああ、そっか。そういえば、そんなユニットも居たっけ……ほとんど存在感が無いから、かんっぜんに忘れてたわ……)

 

 そんな失礼なことを考えながら、リリィが卵を見つめていると、バリバリと音を立てて見る見るうちに殻が破壊されていき、中から現れたものが元気よく産声を上げた。

 

「ぴぴー!」

 

「ぴぴぴー! ぴぃ!」

 

 誕生したのは、ひと抱え程の大きさの竜の子供。

 同じ親から生まれた兄弟なのか、どちらも同じ姿形をしているが、片方は純白の鱗にターコイズブルーの瞳、もう片方は漆黒の鱗にピオニーパープルの瞳をしている。

 

 赤子ならではの可愛らしい姿に、わずかに目を輝かせていたシルフィーヌは、ふと表情を曇らせる。

 

 「リリィ……もしかして、この子達は先程の……」

 

 「……たぶんね」

 

 原作でも明言はされてはいなかったが、おそらくこの竜の赤子達は、あのドラゴンゾンビの子だろう。死してなお、愛する我が子を護り続けていたのだ。

 悲しそうに眉をひそませるシルフィーヌを見て、リリィは軽く溜息をつくと、ポンとその頭に手を乗せる。

 

 「……そんな顔しないの。あの竜を眠らせてあげたことは、決して間違ってはいないわよ……って、わぷっ!?」

 

 リリィがシルフィーヌへと視線を逸らした隙を突いて、翼を広げた黒竜がリリィの顔面へ突撃し、ぺっとりと腹から抱きついた。

 リリィはすぐに黒竜の首根っこを(つか)み、ベリッと顔から引きはがすと、ジト目でそのつぶらな瞳を覗き込む。

 

「……コラ、いきなり人の顔に何してくれてんのよ」

 

 黒竜はぬいぐるみのような可愛らしさで、コテンと首をかしげる。

 同じように胸に飛び込まれた白竜に頬を舐められながら、シルフィーヌはリリィの疑問に答える。

 

「……おそらく、わたくし達の事を親だと思い込んでいるのではないでしょうか?」

 

「“刷り込み”ってやつ? 私、ペットの世話なんてできないわよ?」

 

「でも、この子の親を奪ってしまったのはわたくし達ですし、責任を取る必要があるのではないですか?」

 

「うぐっ……!?」

 

 冗談ではない。リリィは(うめ)いた。

 

 竜族は強力な種族だ。飼い犬に手を噛まれても“大怪我”で済むだろうが、竜に手を噛まれれば“大災害”である。その殺傷力も、被害範囲も比べ物にならない。

 

 しかも、やっかいなことに成長すればするほど、どんどん大きくなる。

 その大きさは大型犬なんか目ではなく、ちょっとした豪邸……へたすれば文字通り山のような大きさにまでデカくなる。

 もし飼うこととなれば、エサ代も住む場所も悩むどころの騒ぎではない。

 

 一国の姫であるシルフィーヌならば、それぐらいどうとでもなるだろうし、むしろ軍事力が増えるので喜ばしいことだろうが、こちとら宿屋暮らしの根無し草である。リリィには、とても飼える気がしなかった。

 

「……ん?」

 

 リリィの猫耳がピクリと動く。

 一拍(いっぱく)遅れて、ヴィアも近づいてくるその懐かしい気配に気づいた。

 

「リュー!?」

 

 

***

 

 

「わかった。リューがヴォルクを感知した場所を教えて。すぐに向かうわ」

 

「ヴィア、ストップ」

 

 リューナが事情を話し、ヴォルクの救出をヴィアに願うと、ヴィアはすぐに首を縦に振ったが、即座にリリィが“待った”をかける。

 ヴィアは苛立ちを隠さず、自身を止めんとする主を(にら)みつける。

 

「……アンタが言いたいことは分かるわよ? 魔王が(よみがえ)ろうかどうかって非常時に、たった1人の――」

 

 

 ――ゴッ!

 

 

 額にリリィの肘鉄を打ち込まれたヴィアが、被弾箇所を抑えてふるふると震える。

 

「落ち着きなさい。私だってお姉ちゃんが危ない目にあったら絶対助けるんだから、ヴォルクさんを助けるのを止めやしないわよ。ただ、“ヴォルクさんの位置情報を感じた場所へ直接向かうのは反対”ってだけ」

 

「……?」

 

 涙目になったヴィアが(いぶか)()にリリィを見つめると、リリィは真剣に己が発言の意図を説明する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んでしょ? ってことは、そこはまず間違いなく一本道よ。ひょっとしたら見晴らしも良いかもしれない。そんなところで強力な魔術……例えば、そうね……私の偽・超電磁弾みたいな魔術なんて撃たれてみなさいよ? あなた、一発であの世行きよ?」

 

「……じゃあ、どうすれば良いってのよ? 私がそんな場所の道を知らなかった以上、そこの行き方なんて、それこそヴォルクくらいしか知らないわよ? それとも何? 『アンタが別の道を知ってる』とでも言う気?」

 

「む……」

 

 ヴィアがそう言うと、リリィは少し考えこむや否や、はたと何かに気づいた顔をする。

 そして、なぜか急に虚ろな眼をして自分の左肩にへばりつく黒竜を眺め、そのくりくりとしたアメジストのような美しい紫の瞳と視線を合わせて言った。

 

「……ねぇ、あなた……ここよりずっとずっと深くに行く方法……知ってる?」

 

「……アンタ、気ぃでも狂ったの?」

 

 “生まれたばかりの赤子に道を聞く”というリリィの正気を疑う行動に、ヴィアはドン引きしながら思ったことをそのまま口に出す。

 

 ――が、

 

 

 

 

 

 

 「ぴぃーーっ!」と黒竜は嬉しそうに鳴き、コクリと首肯(しゅこう)した。

 

 

 

 

 

「は……………………はああああああぁああぁあああっ!?」

 

 驚くのも無理はないだろう。つい先ほど生まれたばかりの赤子が言葉を理解したばかりか、見たことも聞いたこともないはずの……それもヴィアですら知らない迷宮の道を知っていると言うのだから。

 大声を上げたのはヴィアだけだが、まわりの者達も目を丸くして呆気(あっけ)に取られている。

 

「いや、待って!? どういうこと!?」

 

「落ち着いて、ヴィア。馬だって生まれて1~2時間で立てるでしょ? 竜族だったら生まれてすぐ言葉が分かってもおかしくないんじゃない? ……たぶん」

 

「アンタ今『たぶん』って言ったわよねぇ!? いや、百歩譲ってその怪奇現象は見逃すとしても、“生まれた直後に迷宮の道が分かる”って、どう考えてもおかしいでしょ!?」

 

「あ~……ヴィア。地、水、火、(いかずち)の四大守護竜って聞いたことない?」

 

「“竜の始祖を護ってる”っていう、おとぎ話の竜でしょ? それがいったいどうしたってのよ……って、まさか……!?」

 

 言ってる途中でリリィの言いたいことを理解したヴィアが言葉を詰まらせると、リリィはその推測を肯定するように、こっくりと頷き、下を指さした。

 

情報源(ソース)は明かせないけど、その竜達はこの迷宮の地下600階層くらいに()んでるって聞いたことがあるわ。多分この子は、その同族の気配か何かを感じ取ることができるんじゃないかな?」

 

「ぴぃっ!」

 

「……うそぉ……?」

 

 仮にリリィの言うことが正しいとするならば、この子竜は生まれて間もなく地下数百階先の気配を探ることができるという、正真正銘の化け物である。

 

 ……いや、決しておかしくはないのかもしれない。

 

 この世界での強さを大雑把(おおざっぱ)に上から並べると、神族≧(魔神・神格者)≧竜族となる……が、そもそも“魔神”や“神格者”は種族ではなく、“神の如き力を持った者”の事を指すうえ、神族に至ってはそのほとんどが“神骨の大陸”と呼ばれる聖地に住んでいるので、ラウルバーシュ大陸ではまず出会うことはない。

 

 つまり、竜族とは実質的なこの地の最強種族なのである。

 

 そんな彼らからすれば、生まれてすぐに言葉を理解し、千里先の同族の気配を掴むなど、造作もないことなのだろう……ヴィアは、そう無理やり納得しておく。

 

 ……が、実際のところ、ヴィアの考えは半分間違いである。

 原作知識を持つリリィは知っている。この子竜が原作において魔王とリリィを地下600階以降の深い階層へと案内してくれることを。

 

 ――そして、たしかに竜族は強力な種族だが、その強さは()()()()()()()()()()()()()ということを

 

 強い竜族は魔神級の力を持つ上に、人化だってできる高度な魔術の使い手になり得るが、弱い者は成竜であろうと言葉を話すこともできない唯の巨大トカゲに過ぎない。

 つまり、デタラメなのは竜族という()()()()()()、そのデタラメを成した()()()()()()()()()()()()()なのである。

 

 リリィの眼が虚ろになったのはそういうことだ。

 この子竜は将来、間違いなく魔神級の力を持った化け物竜になる。その飼い主が自分? ……厄介ごとを呼び寄せる未来しか想像できない。

 この子竜の設定なんて思い出したくはなかった、というのがリリィの正直な想いである。

 

 

「「……!!」」

 

 

「ちょ、ちょっと、どうしたのよ?」

 

「どうしたのですか?」

 

 リリィとシルフィーヌが戸惑(とまど)ったような声を上げる。

 

 なぜなら、2人の(かたわ)らにいたそれぞれの子竜が、突如(とつじょ)として警戒態勢に入ったからだ。

 子竜たちが睨みつける先は全く同じ。疑問に思いながらも一同がそちらの方に視線を向けると、そこから現れたのは皆が良く知る人物であった。

 

「……ここに居ましたか、リューナさん」

 

「マスターやこのツェシュテル様の手を(わずら)わせるなんて、いい度胸してるじゃない? “置手紙の一つでもしておこう”とか思わなかったの?」

 

「……あ、すすす、すみませんですのー!! 決して、決してわざとやったわけじゃあいだだだだだだ待って待って耳引っ張らないで千切(ちぎ)れる千切れてしまいますの~~~っ!!!」

 

 現れたのはセシル匠貴(しょうき)と、空飛ぶ小人ツェシュテルだった。

 

 ツェシュテルは現れるや否やリューナへと飛びかかり、その尖った耳をグイグイと引っ張ってリューナを涙目にしている。

 とても(なご)む光景のはずなのだが……2頭の子竜の敵意に満ちた視線は、一切緩むことなく明確にただ1人に向けられていた。

 

 

 ――にこやかに微笑む黒髪の女性、セシルに

 

 

***

 

 

 ――『……その座標、私が感知した“魔王が空間魔術を使ったと思われる位置”とほぼ同じね。そのヴォルクって奴、アンタ達に対する人質として捕まえられたんじゃないの? それか、アンタ達の注意を引きつけとくためのエサとか……』

 

 ツェシュテルのこの発言に、“状況は予想以上に悪化している”と理解したリリィとヴィアは、焦りを(にじ)ませつつも真剣な表情で、“どういった状況が予想されるか”、“どのようにヴォルクを救うべきか”を話し合いながら、最後にツェシュテルが反応を感知した地下700階付近を目指す。

 

 岩が一度溶けて固まったかのような、不思議な造形の床をコツコツと足音を立てて歩くリリィとヴィアの前を、白竜と黒竜がパタパタと可愛らしい羽音を立てて先導している。

 伝説の四大守護竜が棲むような迷宮の深層では、一般兵は足手まといにしかならず、上層に待機させたため、辺りに響く足音は少ない。

 

 そうして移動する中、リューナはシルフィーヌに深刻な表情で相談を申し込んでいた。

 彼女もまた実力的に非常に不安な者であり、同行することに皆は……特にセシルが難色を示したものの、ヴォルクの位置を現在も正確につかめるのが彼女だけであったため、いざとなったら逃げることを条件に、仕方なく同行を許されたのだった。

 

「……それで、わたくしに聞きたいこととは何でしょうか?」

 

「……私があのお城につく少し前に感じた神聖な魔力……あれはシルフィーヌ様の魔力ですの?」

 

「? ええ、不死者たちを浄化するためにアークリオン様の御力(おちから)をお借りしました。でも、あの時はリリィも――」

 

「どうすれば! どうすれば、あれほどの信仰心を手に入れることができますの!? 教えてください! お願いしますの!!」

 

「!? わ、わかりました! わかりましたから、少し落ち着いてください!!」

 

 基本的に魔術は本人の魔力量によって質が上下する。

 神聖魔術もその点に変わりはないが、1点だけ他の魔術にはない特徴がある。

 

 

 ――それは、“術者の信仰心が高ければ高いほど、扱う魔術の質が向上し、使える魔術も増える”ということ

 

 

 その時、城外にいたリューナであっても、ありありと感じることができるほどの聖性……それがシルフィーヌが放った魔術からは感じられた。

 純粋で透明感のあるさわやかな風のような信仰心、自身が信ずる神への尊崇(そんすう)の念と愛……彼女の魔術から感じられたそれらは、リューナがかつての力を取り戻すために必要なものだった。

 

 リューナは己が事情を語る。

 

 ――ほんの数年前、自分はとある神の加護を異常なまでに受けていた子であったということ

 ――その力のせいで、生まれ故郷から追い出されたこと

 ――その事から自身に加護を与えた神を恨み、やがてその力を失ったこと

 

 

 ――そして、今、その力を仲間を助けるために取り戻したい、ということ

 

 

「虫のいい話だってことは、よ~く理解していますの。でも、仲間を助けるためにはどうしても力が――」

 

「信仰とは、そのように甘いものではありません」

 

 ぴしゃり、とシルフィーヌが断じ、リューナが言葉に詰まる。

 

「今の貴女(あなた)のような御利益信仰(ごりやくしんこう)でも、神は貴女に力を与えてくれるでしょう。しかし、それはとてもこの戦いについて行けるほどの力ではありません。なぜなら、この苦境を乗り越えた時、あなたは間違いなくその信仰を失うからです。その程度の信仰心では、与えられる力も、それ相応のものしかいただけないでしょう」

 

 苦しい時の神頼みは間違ってはいない。苦しい時ほど人は真剣に祈り、相応の信仰を神にささげるからだ。

 だが、その苦しい時が去った時、彼らは信仰を失い、忘れる。いかに真剣と言えど、それはその時限りの薄い信仰心なのだ。

 

 真の信仰とは、そのような生やさしいものではない。

 

 ――神の手足となって、神の意思をこの世に()ろし、神の代行者として無私の心で奉仕する

 ――己の“()”を極限まで薄く、透明にし、どのような苦難困難に見舞われようとも、神の御心(みこころ)のままに行動する。

 

 そのような振る舞いが、行動力が、そして何より精神が求められるのである。

 一時(いっとき)限りの力を求めるような心の弱い者では、リューナが望むレベルの信仰心を手に入れることはできないのだ。

 

 リューナは(うつむ)き、唇を噛む。

 

 分かっている。そんなことは言われなくても分かっているのだ。

 でも、それでも何か、力を取り戻すきっかけとなるものがないか……そのような(わら)にも(すが)る想いで吐き出した問いかけだったのだ。

 

「……ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 パッとリューナが顔を上げる。

 涙に(うる)んだ瞳が、優しく微笑むシルフィーヌの瞳と視線を絡め合わせた。

 

「世の中には無条件で加護を与える神もいらっしゃいます。リリィなんかが良い例でしょう。睡魔族(すいまぞく)は生まれながらにして誘惑の女神(ティフティータ)の加護を得ると聞きます。なぜ、()の女神は彼女達に、そして貴女の神は貴女に加護を与えるのでしょうか? それは、その神自身にしか分からないでしょうが……ひょっとすると、昔の貴女を好ましく思っていたのかもしれません」

 

「昔のわたくし……ですの?」

 

 シルフィーヌは真剣な表情で、こくりと頷く。

 

「信仰心を磨くことも、あなたの力を取り戻すための一助(いちじょ)となることは確かでしょう。しかし、それは一朝一夕で手に入るものではありません。毎日の生活の中で徐々に(やしな)ってゆくものなのです。それよりも、特に信仰を意識しなくとも多大な加護を得ていた当時の自分を振り返って見てください。おそらくその中に、あなたが力を取り戻すためのヒントがあるはずです」

 

「……」

 

 ――当時の自分……故郷を追い出される前の自分はどうだっただろうか?

 ――どのように日々を生き、どのように世界を見ていただろうか?

 ――そして、自分に加護を与える神の事をどう思っていただろうか?

 

 リューナが深く己の内を思索しようとした、その時だった。

 

 

 

 ――ドサリ、と人が倒れる音が響く

 

 

 

 「「ティアさん(姉様)!?」」

 

 突如として意識を失ったティアに、リリィ達の注意が奪われた直後――

 

 

 

 ――その頭上に忽然(こつぜん)と現れた“海”が、彼女達に襲いかかった

 

 

 

***

 

 

 ――空気の流れが変わった

 

 その事を感じ取ったリリィは、反射的に天に向かって広範囲の障壁を展開する。

 

 

 ――ギガガガガガガッ…………!!!

 

 

 巨大な魔法陣が淡い紫に輝き、上空から降り注ぐ水槍の豪雨を次々と弾き返す。

 しかし――

 

 リリィは鋭く舌打ちすると、瞬時に地を蹴り、翼を広げる。

 直後、先程までリリィが居た場所を4本の水の槍が射抜く。見れば、まるで空間転移してきたかのように大量の水が地面を覆い始めていた。

 

(違う、転移じゃない……これはまさか、“蜃気楼(しんきろう)”!?)

 

 蜃気楼――それは、強力な思念を()って自身のイメージをこの世界に具現化する、雫流魔闘術の奥義。

 魔力を全く用いず、イメージ力のみで物質を生み出すその特性から、魔力を一切感じさせず、瞬時に指定した空間に発生させることができる、極めて奇襲に適した技である。

 

 自身の姉から経験を貰ったことにより、この技を知るリリィは、瞬時に敵対者の候補を洗い出す。

 

 ――この技の開発者であるシズクか

 ――雫流魔闘術の後継者であるリウラか

 

(……いえ、それにしては様子がおかしいわね。もしあの2人だったら、こんなに雑な水の使い方はしないはず……)

 

 仮にあの2人がディアドラか誰かに洗脳されているのであれば、こんな念力(ちから)まかせの攻撃はしない。変幻自在の水術で翻弄(ほんろう)するはずだし、何より本人がリリィ達に姿を見せた方が精神的な動揺を誘えるだろう。

 いや、そもそも攻撃させるよりも、彼女達を人質として使った方が余程効果的なはずだ。

 

 そのリリィの疑問は、直後の水の動きで氷解する。

 

「ぴぃ!?」

「ぴぃーっ!!」

 

 突如(とつじょ)、周囲の水が子竜達を捕らえ、(さら)いにかかったのだ。

 

「させないわよ!」

 

 連結が解除されたルクスリアの刀身が伸びる。

 

 紫黒(しこく)の刃が念水を切り裂き、2匹の子竜を絡めとると、瞬時にその(にな)い手の元へと引き寄せる。

 リリィは子竜を左手で抱きかかえながら刀身を連結。追いすがる水を翼を羽ばたかせて回避する。

 

(なるほどね……そういえば、そうだったわ。あの強力な水弾、たしか思念を具現化させたものだったっけ……応用すれば、この程度のことはできるってことね)

 

 生まれたばかりのこの子竜達を奪おうとする水使いで、ここまでの実力者など、原作において1人……いや、()()しかいない。

 

 

 ――伝説の四大守護竜の一角 水竜フリーシス

 

 

 自分達の一族に連なる子竜達を取り戻しに来たのだろう。

 リリィの都合を考えれば、厄介ごとの種でしかない子竜をそのまま返しても構わないのだが……

 

 チラリ、と抱きかかえる子竜達に目を向ける。

 

 ――そこには、こちらを見つめる子竜達の、リリィを信じきる澄んだまなざしがあった

 

(まあ……“本人の同意なしで問答無用”っていうのは、流石に論外よね!)

 

 不敵な笑みを浮かべるリリィの意志を受け取ったルクスリアが、ぼうと桃色に輝き、蜜のように甘くねばついた魔力を解き放つ。

 すると、先ほど子竜達を助ける際に切り裂いた水の塊に、紅いサソリの幻影が浮かび上がった。

 

 サソリが、右のハサミを鋭く閃かせる。

 すると、液体であるはずの水が、まるで傷口のようにパックリと開かれた。

 サソリは、両のハサミを器用に使い、()()から内部に潜り込み――

 

 ――途端、リリィ達を襲う周囲の水すべてが、まるで幻影であったかのように一瞬にして消滅した

 

(……対応が早いわね。長く生きてるだけあって、呪術の(たぐい)にも詳しいのかしら?)

 

 魅了剣ルクスリア――その能力は“接触した対象を魅了し、操ること”。

 基本的に被術者との物理的接触を想定しているが、別に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 イメージ……つまり、“想いそのもの”が具現化した念水に接触できれば、それを媒介に、呪術的に本体の精神を犯し、魅了することも可能だ。

 

 しかし、本体へ干渉する直前に具現化を解除されたことで、魅了は不発に終わってしまった。

 セシルが作成したばかりの魔剣の情報を、フリーシスが知っているとは考えにくい。むしろ、竜族ならではの長寿を以って、呪術的な知識を蓄えていたと考えた方がいいだろう。

 

 ――ピクリ

 

 リリィが猫耳を振るわせつつ、ルクスリアを構える。

 すると、リリィの前方に再び大量の水が具現化し、巨大な竜を形作った。

 

(うわ~~……知識として知ってはいたけど、本当に綺麗……水で(つく)った偽物でこれなら、本物はどんだけ綺麗なんだろ……?)

 

 ――生ける芸術

 

 ふっとリリィの頭に浮かんだ言葉がこれだった。

 

 おそらく水竜フリーシス本人の姿だろう。巨大な氷を削りだして彫刻にしたかのようなその造形は、リリィがこれまで見たどんな生物よりも美しいと断言できる。

 竜の“恐ろしさ”と“美しさ”を奇跡的なバランスで兼ね備えた、自然界の美しさの結晶であった。

 

 フリーシスが口を開き、重々しい声で要求する。

 

「我ら竜族の肉体を(もてあそ)ぶ者よ……()く、我が一族の宝を返せ。そして、その首を差し出すのだ」

 

 リリィは眉をひそめる。

 

 『一族の宝』、というのは分かる。

 原作でも子竜のことを指して同様の言い方をしていたから、おそらく『子竜を返せ』という意味だろう。

 

 

 ――だが、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 さらに言えば、原作の彼と比べて、あまりに殺意が高すぎる。

 『子竜を返せば許す』と言っていたはずが、『子竜を返して、死ね』だ。明らかに様子がおかしい。

 

「帰って来てほしいんだったら、ちゃんとこの子達の意思を()きなさいよ。だいたい、“アンタ達の肉体を弄ぶ”って何のことよ?」

 

「とぼけるな……っ!! 我が一族の宝を貴様らの玩具(がんぐ)にされてたまるものか!! ……さては、先の化け物……アレも貴様らの仕業(しわざ)か!?」

 

「いやいやいや、勝手に納得して勝手に話を進めるんじゃないわよ!? まずは話を――」

 

「問答無用――!!」

 

 言うや否や、フリーシスを(かたど)った水が消え失せ、空間から(にじ)み出るように大量の水が喚び出される。

 

 (まず――!?)

 

 周囲一帯の迷宮を埋め尽くす勢いで喚び出された大洪水は、空気という空気を押し流さんと溢れかえる。

 このままでは、潜水魔術を使えないであろうヴィアやサスーヌ達が溺死してしまう。

 

 

 ――その時、アイが動く

 

 

 勢い良く大地に両手を叩きつけた彼女は、迷宮と融合し、その魔力を吸い取りつつ、地精としての力を行使。

 ()()()()()()()()を破壊し、全員を下の階層へと落下させ、強制的に洪水を回避する。

 

「ツェシュテルさん!」

 

 落下しつつ叫んだアイは、シルフィーヌ達を囲うように周囲の土や岩を操作しつつ、それらと融合。

 それを見たリリィは、子竜達をシルフィーヌへとブン投げ、ツェシュテルは自身を液状にしつつ、その質量を爆発的に増加させる。

 

 上階から洪水が流れ込み、下の階をも満たした時、既にシルフィーヌ達を取り込みつつ巨大化したアイは、鎧と化したツェシュテルを纏い、リリィは潜水魔術を発動させて構えていた。

 

(さすが伝説の水竜……とんでもない水への干渉力ね……! ティアさんが気絶したのは、これが原因か!)

 

 リリィは、ティアが突如として倒れた理由を理解する。

 おそらく、水竜ならではの水精霊への干渉力と、強大な魔力を利用して、ティアに干渉したのだろう。

 

(!? くっ……!)

 

 突如、水の不自然な流れを感じたリリィは、大きく右へと移動。

 

 

 ――直後、目に見えない“何か”が、先程までリリィが居た位置を突き抜けていく

 

 

(なるほど、迷宮を水で埋め尽くしたのは、そういうこと……!)

 

 思念が具現化された水は、()()()()()()()

 ならば、空間を水で埋め尽くしてしまえば、視覚で念水を(とら)えることはできない。

 

 念水そのもので空間を埋めなかったのは、リリィの持つルクスリアによって念水を媒介に干渉されることを警戒したことと――

 

 ズゥン……!!

 

 ――念を集中することによって、水弾の威力を上げることが、その理由だろう

 

 リリィが回避したことによって突き進んだ思念の水弾は、急激に進む方向を変更し、アイを直撃。

 アイは胸の前で腕を交差させて防御姿勢を取り、その鎧には傷ひとつついていない。

 

 だが、問題はダメージの有無ではない。問題は、()()姿()()()()()()()()()()

 そう、フリーシスの水弾は、魔神級の魔力を持つツェシュテルの魔術障壁を突破したのである。

 

 これが、水竜フリーシスの奥義――“圧縮水弾”。

 

 その強力な思念を凝縮させることによって、格上の相手であろうと問答無用で貫き、押しつぶす念の水弾を生み出す技である。

 

 リウラから雫流魔闘術の経験をもらっているリリィは、周囲の水の流れから水弾の位置を察知し、回避できる。

 アイもツェシュテルの力を借りれば水弾の位置を察知することは可能だが、回避はできない。

 なぜなら、圧縮水弾を回避できるような超速度でアイが動けば、彼女の体内に保護したシルフィーヌ達がシェイクされ、大怪我を負ってしまうからだ。

 

 アイとリリィの視線が交差し、リリィは頷く。

 

 このまま圧縮水弾による攻撃を受け続けてもアイは耐えられるが、中の人達はそうではない。

 アイが体内に用意した空間はそう広くはないのだ。この状況をどうにかしなければ、シルフィーヌやヴィア達が酸欠で死んでしまう。

 

 

 ――ならば、自由に動けるリリィがフリーシスを倒すしかない

 

 

 使い魔の仮契約を結んでいるアイから心話が届く。

 

(ツェシュテルさんがフリーシスの居場所を見つけました! そこまでの経路も私が把握済みです! 心話で案内しますから、そちらに向かってください)

 

(了解!)

 

 リリィは薄くまぶたを閉じ、精神を集中させる。

 

 圧縮水弾を回避することは可能だ。

 だが、障壁を容易(たやす)く貫通する水弾の嵐を回避しながらフリーシスの元へ向かうとなれば、非常に時間がかかる。ましてや、入り組んだ迷宮であれば尚更(なおさら)だ。

 その間にフリーシスに場所を移動されてしまえば、いつまでたってもこの状況は変わらない。

 

 

 ――ならば、リリィに変わって水弾を避け、移動させてくれる“足”を用意すればいい

 

 

 水精に劣らぬ水中移動速度を誇り、

 眼球に似た多数の感覚器官から敏感に周囲の状況を把握し、

 リリィが魔術的に支配しているが故に信頼できる“足”を――!

 

 

 リリィの後方に巨大な魔法陣が現れる。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”――!

 

 

 

 

 

『――さあ、出番よ……()()()()! ()()()()()!!』

 

 

 

 

 

 ――招聘(しょうへい)魔術 水蛇 サッちゃん(サーペント)招聘

 

 

 光り輝く魔法陣の中から、かつてリウラとリリィを苦しめた巨大な水蛇(すいだ)が現れる。

 

 使徒どころか本契約すら結んでいない仮契約の使い魔であるため、成長したリリィの魔力の影響を受けて強化されることはない。

 そのため、サッちゃんが耐えられる限界ギリギリの魔力を与えることで、リリィは彼女を一時的に強化する。

 

 サッちゃんはリリィの意思を受け取ると、その身をくねらせて、主の指示する方向へと身を躍らせる。

 

 入り組んだ迷宮を、巨大な水蛇が凄まじい速度で突き進む。

 発生する水中衝撃波によって、周囲に少なくない破壊をまき散らしつつ、右へ、左へ、時に上へ下へと、水棲生物ならではの自由自在さで泳ぎ回る。

 

 リリィは、サッちゃんの頭部から生える突起を握り、頭部に足をつけてルクスリアを構えて前方を睨みつける。

 ジェットコースターを何十倍にも速く、危険にしたような迫力ある光景を見つめつつ、リリィは気合とともに連接剣を振るった。

 

『ふっ!』

 

 鋭く、複雑にうねった蛇腹状の刀身が、3つの圧縮水弾を切り裂き、魅了の魔力で浸食する。

 魅了の魔力が浸食しきる前に消失した圧縮水弾のあった場所を、リリィとともにサッちゃんが駆け抜けた。

 

 直後、再び3つの圧縮水弾がリリィ達を迎撃せんと迫り――

 

 

 ――するり、とサッちゃんはそれを回避し、置き去りにした

 

 

 彼女の眼……身体の側面に沿うように一列に存在する多数の感覚器官には見えているのだ。

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()巨大な異物(不自然な水)の姿が

 

 

 まさに、一心同体。

 

 かつての敵と味方は今、運命共同体として、パートナーとして1個の生物となり水の守護竜へと迫る。

 

(そこを右に! その真正面にある壁を突っきってください! そこにフリーシスが居ます!)

 

 地の精霊たるアイの最後の導き。

 それを聞いたリリィは、サッちゃんへ心話で指示を飛ばす。

 

 リリィの指示を受けた水蛇が、その移動速度を全く落とさないまま、大きく口を開く。

 ズラリと鋭い牙が生えた口が、次から次へと大量の水を飲み込み、その喉元に強大な魔力を集中させてゆく。

 

 

 ――そして、リウラの奥義にも劣らぬ超圧縮した水の奔流が、前方の壁を粉砕した

 

 

 突き抜けたその先で、大きく口を開いた氷の竜がその喉元に魔力を集中して待ち構えていた。サッちゃんが扱うウォーターブレスの上位技――アクアブレスだ。

 

 だが――

 

『甘い!』

 

 瞬時にその口に連接剣が巻きつき、強引にその口を閉じさせる。

 連接剣から滲む魅了の魔力にフリーシスが動揺したその瞬間、

 

 

 ――気づいた時には、目の前に大きく翼を広げ、重ねた両手に煌々(こうこう)と輝く巨大な魔力弾を構えたリリィが不敵な笑顔を浮かべていた

 

 

『さあ、お話の時間よ』

 

 

 ――魅了魔術 イルザの束縛弾

 

 

 リリィ渾身の魅了の魔力が込められた砲弾が、フリーシスの脳髄を撃ち抜いた。

 

 

***

 

 

 リリィに魅了されたフリーシスは、対話を強制する束縛(ギアス)をかけられたうえで、魅了を解呪された。

 ここまでされて、ようやくリリィ達が本当に何も知らず、対話を求めていることを信じたフリーシスは、まず何よりも先に子竜達との対話を求め、リリィ達は快くそれに応じたのだった。

 

「……我らの元に来る気はないというのか?」

 

「「ぴぃっ!」」

 

 フリーシスの問いに、『(しか)り!』と元気に首肯(しゅこう)する2匹の子竜。

 彼らの返事を(にご)った瞳で見ていたリリィは、どんよりとした雰囲気を漂わせながら肩を落として言う。

 

「お願いだから、フリーシスさんのところに行ってくれない? いやほんと、アンタ達の将来のエサ代考えただけでも憂鬱(ゆううつ)なんだけど」

 

「リリィ、この子にとって貴女は母なのですよ? その発言がどれほど残酷か、わからない貴女ではないでしょう?」

 

「……お姫様は余裕で世話できる財力があるから、そういうこと言えんのよ」

 

「否定はしません。ですが、もし貴女がリウラさんから同じように言われたらどう思いますか?」

 

「う゛っ……」

 

 それを言われると弱い。

 

 明らかに厄介ごとのタネでしかないのは、子竜だけでなくリリィも同じ……いや、“魔王の使い魔である”という背景を考えればリリィの方が遥かに厄介だ。

 それでもリリィを受け入れてくれたリウラの()(がた)さというものを、リリィはとてもよく知っている。

 シルフィーヌが眉を吊り上げてリリィに苦言(くげん)(てい)するのも無理はなかった。

 

「……なるほど、そなたらもその者だけは認めていないと」

 

「「ぴぃ……」」

 

 そう言って3頭の竜が視線を向けるのは、やはりというかなんというか、セシル匠貴であった。

 

「……アンタ、こいつらにいったい何やったのよ?」

 

「心外ですね。()()()()()()()何もしていませんよ?」

 

 うさんくさそうに見つめるヴィアに、セシルはその言葉通り“心外だ”と言わんばかりの態度で返す。

 その様子を見たフリーシスは(うな)るように発言する。

 

「……たしかに貴様の言う通り、()()()()()()何もしていないだろう」

 

「あん? なら何が問題なのよ?」

 

「……例えば小娘、貴様とは全く無関係の同族……猫獣人の肉体を使って人体実験をするような者がいたら、貴様はどう思う?」

 

 ヴィアは顔をしかめた。

 そして、それが答えでもあった。

 

「……そういうことだ。そ奴は、命を弄ぶことを何とも思っていない。いや、そ奴にも何らかの基準はあるのかもしれんが、少なくともその中に我ら竜族は含まれていないのだ」

 

「待って、どうしてそこで“竜族は含まれていない”って分かるの? ――!?」

 

 

 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

 

 

 リリィがそう訊いた瞬間、凄まじい振動が迷宮を襲った。

 後衛であるシルフィーヌや、先ほど目覚めたばかりのティアが、すぐ(そば)にいたヴィダルやセシルに支えてもらわなければ立っていられない程の大地震である。

 

「地震!? アイ、いったい何が起こってるの!?」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 リリィに問われたアイは、すぐさま周囲の地の精霊に呼びかけて状況を探る。

 そして、状況を把握した瞬間、ざっと血の気が引いた。いや、土塊(つちくれ)でできているので顔色はさほど変わっていないが、それほど絶望的な表情に変わった。

 

 

「め、()()()()()()()()()()()()()()()()!!?」

 

「「は……はああああああぁああぁあああっ!!?」」

 

 

 リリィとヴィアが(かしま)しいデュエットを奏でた瞬間、天井が、床が、詰み木細工のように崩れた。

 

「ちぃっ!」

 

 ヴィアは鋭く舌打ちすると、超ねこぱんちの要領で身体を弾き、リューナを抱き抱えると宙を崩れ落ちる瓦礫を足場に、徐々に下へと降りてゆく。

 

 リリィは素早く翼を広げてシルフィーヌを姫抱きに(すく)い、ヴィアを追いかけて急降下。その後ろを、子竜たちが小さな翼を一生懸命パタパタと羽ばたかせて追ってゆく。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ええ、ありがとう」

 

 ティアは宙を浮くセシルに姫抱きにされている。

 セシルが宙に浮くカラクリは、彼女の腕を飾る魔法具、“飛翔の腕輪”の効果である。

 

 ヴィダルは……

 

「おい、貴様! 早く姫様を追いかけろ! ……って、ちょっと待て!? よせ、離すな!!」

 

「あ~、聞こえないわね~。せっかく助けてあげたのに、感謝の“か”の字もない人の言葉なんて~。あ、滑る。手が滑るわ~~~~けけけけけけけけけけけけ」

 

「落ち、落ちる!? わかった! わかったから! 感謝するから、私を掴んだまま早く姫様を追ってくれ!」

 

 などと魔族よりも魔族らしく、いやらしそうに笑うツェシュテルとコントをしながら、彼女の人形のように小さな手から振りほどかれないよう、必死に掴まっている。

 

「アイさん……でしたか。すみません、急いで姫様を追ってください」

 

「了解です! しっかり掴まっていてください!」

 

 アイはサスーヌを抱いたまま背から巨大な土の手を生やし、遠く離れた壁や砕かれつつある床にその巨腕をひっかけつつ降下していた。

 

 だが、サスーヌからの要請を受け、すぐさまその手をひっかけた場所から直接迷宮に融合し、はぐれ化。

 背の巨腕を管状に変化させつつ身体を跳ね上げ、巨大な穴の端……壁に着地。

 土の管を伸ばしつつ、壁を、落下する岩を蹴り、稲妻のような軌道を描いて凄まじい速度で降下し、リリィに抱かれたシルフィーヌを追う。

 

 一行(いっこう)が床を踏みしめることができたのは、少なくとも100階は降下した後の事だった。

 

 

 

 

 

 ――そして、彼女達はこの世の地獄を目にする

 

 

 

 

 

 辺りを凄まじい勢いで“何か”が飛び交う。

 それらはヴィアの眼でも捉えきれず、リリィの眼で辛うじて捉えられるほどの速度で飛んでおり、着弾箇所をまるで巨人族が拳を振るったかのように軽々と粉みじんに粉砕していた。

 

 周囲では巨大な歯車が回っており、何らかの罠でも稼働しているのか、あちこちから巨大な岩が転がり出て凄まじい勢いで通り過ぎてゆく。

 

 空間を埋め尽くす勢いで振るわれる触手。

 良く見れば、そこには()の魔王が、ラテンニールを彷彿(ほうふつ)とさせる力を振るい、暴れ回っていた。

 炎を、雷を、風を、冷気を……様々な属性を帯びた触手が踊り狂い、魔王自身も大剣や轟雷を操り、周囲の者たち相手に大立ち回りを繰り広げている。

 

 魔王のすぐ傍では「ぽぽぽっ! くわっ! こけぇぇぇぇぇっ!!」と、“お前は何の鳥なんだ”と言わんばかりの奇声を上げる黒々とした鳩頭(はとあたま)の巨人が、くちばしから唾液を垂らしつつ、その4本の筋骨隆々とした腕に剣を構え、飛び交う何かを打ち払い、触手を断ち切り、魔王と鍔迫(つばぜ)り合いを繰り広げている。

 

 特に右上腕に構えた大剣が明らかにヤバい気配を放ちつつ、轟々(ごうごう)と刀身から炎を噴出している。

 おそらく魔神ラテンニールの振るう魔剣インフィニーでなければ、刀身ごと魔王の身体は断ち切られていたであろう。

 

 やや離れたところでは“巨大なカタツムリ”としか言いようのない、不思議な魔物が猛威を振るっていた。

 

 鳩頭の巨人も充分に大きいが、それよりもなお大きい、砦のように巨大な怪物。

 その背に背負う棘の生えた濃緑色の甲羅(こうら)もまた鋼のように硬いようで、あの凄まじい勢いで飛ぶ“何か”をギィン!という金属音で次々と弾き返し、その後には傷すら残っていない。

 

 甲羅から姿を現している本体は鋼のような鈍色で、頭部には左右に4つずつの紅い眼、その間に収まるように額に甲羅と同じ色の巨大な眼が、点滅を繰り返しつつ周囲をギョロギョロと眺めまわし、紫色の舌をのぞかせた口から強力な雷のブレスを吐いて、己に群がる蜥蜴人族(リザードモール)達を蹴散らしている。

 

 別の片隅では、2人の少女たちが凄まじいスピードの激戦を繰り広げていた。

 

 1人はリリィ達も良く知る魔族姫ブリジット。

 残像すら残さない高速移動と共に繰り出される体術と魔術が一体化した流れるような動きは、まるで演武のように美しく敵を追い詰めてゆく。

 

 もう1人は東方風の着物と甲冑(かっちゅう)を身に着け、頭部に巨大な一本角の(かぶと)を身に着けた10代前半の人間族とみられる少女。

 滞空させている東方の“(おうぎ)”と呼ばれる送風具のような機械から、魔力弾や障壁を展開し、ブリジットの攻撃を(さば)きつつ的確に反撃している。

 

 

 ――そして、そうした魔神級・準魔神級の力を持つ者達の戦いのど真ん中に、()()()()()()()()()()()()()()()が堂々と鎮座(ちんざ)していた

 

 

 それは、プテテットだった。

 

 姿形は一般的な水色のスライムであるプテテットと大差はない。違いと言えば、せいぜい頭に巨大で立派な王冠が乗っかっているくらいだろうか。

 

 だが、一般的なプテテットと決定的に異なるとリリィ達はハッキリわかる。

 先のカタツムリの化け物と全く見劣りしない巨大さ、繰り出される攻撃や防御手段の強力さと多彩さ……

 

 

 ――そして何より、その身に秘めた次元違いの魔力量であった

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのあまりの強大さに、一般的な魔術師からすれば充分以上に優秀なはずのリューナが、()()()()()()()()()()()()()()ほどである。

 『この化け物であれば、神であろうと喰らい尽くせる』……そう言われてもリリィ達はあっさりと頷けるだろう、そんな現実味が感じられない幻想の中の生き物のようであった。

 

 リリィ達は理解する。

 先程の迷宮の崩壊は、間違いなくこの化け物たちの大暴れが原因だと。

 

 その時、ヴィアはふと水竜の言葉を思い出す。

 

 

 ――『()()()()()()()()……()()()()()()()()()()!?』

 

 

(……まさか、()()()()()()()()()()()……!?)

 

 フリーシスに襲われる直前に歩いていた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を思い出し、恐る恐るプテテットを観察してみれば、その巨体から()()()()()()()()()()()()()()()()()()のがわかった。

 

(喰ったの!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 原作知識を持たないヴィアは知らない。

 あの突き出ている翼の色からして、喰われたのは四大守護竜だけでなく、その(おさ)である伝説の創造竜も喰われているということを。

 

 つまり、あのプテテットは、今のリリィとだって戦える竜を、フリーシスも入れた5体同時に相手して倒してしまった、正真正銘の化け物なのだ。

 今思えば、“自らは矢面に立たず、ひたすら遠距離から水で攻撃する”という、竜族にしては妙に腰の引けた戦い方は、この化け物に襲われてフリーシスが弱っていたからなのかもしれない。

 

 その化け物プテテットを全員が避けるように戦っている。

 周囲で戦っている者達もみな化け物だが、彼らをさらに上回るこんな化け物がいたら全員がさっさと逃げ出してもおかしくない……が、それが起こらない。いったい何故か?

 

 

 ――ピクリ

 

 

 魔王が舌打ちしつつ素早く後ろに跳ぶ。

 つばぜり合いで勝った鳩頭の魔神は、追撃をかけて当然のところで、なぜか同様に奇声を上げつつ素早く後ろに飛び退()く。

 

 ゴオゥッ!!

 

 直後、彼らのいた場所に、洞窟を太陽のように煌々と照らす巨大な光の柱が出現した。

 その神聖な魔力はプテテットの魔力と全くの同質。すなわちそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という意味に他ならない。

 

 カタツムリの化け物が雷のブレスを吐き、数人のリザードモールがバタバタと倒れる。

 その瞬間、カタツムリがその巨体に似合わない素早い動きで後ろに下がると、すかさずプテテットの身体の一部が触手のように伸び、痺れて動けないリザードモール達を覆う。

 ゼリー状の肉体が戻されたとき……既にそこには何もなかった。

 

「ふっ!」

 

「……回避不能。障壁貫通を予測。デバイスで本体を防御します」

 

 バリッ、ガキィッ!

 

 ブリジットが繰り出した後ろ回し蹴りが着物の少女の障壁を貫通し、それを少女は扇形の機械で受けて何とかしのぐ。

 遠距離攻撃を主体とする着物少女に対して、追撃をかける好機。しかし、ブリジットはゾクリと背筋を振るわせて慌てて少女から離れ、着物少女も無表情のままその場から飛び退く。

 

 直後、その場に雷撃と轟焔が同時に炸裂する。喰らえば例えブリジットであろうとひとたまりもないその威力に、受けた地面が消滅し、ガラス状になったクレーターが現れる。

 

 

 

 この場の全員が理解していた。

 そして、“それ”を見たリリィ達も、今まさにその事を理解した。

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 なぜプテテットが周りの獲物を襲わないのか?

 それは獲物が絶えず動き回っており、非常に捕らえづらいからであると同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 プテテットは単細胞生物。魔術を扱えてはいるものの、それはあくまで“能力として反射的に使用している”だけであり、その知能の程はお察しだ。獣以下の反応をすることも珍しくはない。

 すなわち、これほどまでに精気に満ち溢れた魅力的な獲物たちを前に、どれを襲って良いのか分からないのである。

 

 仮に、逃げようとした者がいたならば、“獲物が逃げるかもしれない”と反応して、そちらを襲うだろう。

 仮に、動きが止まった者がいたならば、“獲物を捕らえる好機”と判断し、そちらを襲うだろう。

 

 

 ――そう、これは()()()()()()()()()

 

 

 カタツムリにまとわりついているリザードモールのような精気の小さな相手ならば、一瞬でプテテットに喰われ、吸収されてしまうであろうが、それ以外の者達はそうではない。

 誰もが魔神級、準魔神級の力を持った強者の中の強者。たとえプテテットに襲われ、捕らわれようとも、そう簡単に喰われるような者ではない。

 

 たった1人で良い。

 ほんの数瞬で良い。

 

 誰かの動きを止め、プテテットに襲わせることができれば、逃げ出せる時間が稼げるのだ。

 可能ならばより強い者が良い。その方が喰われないよう抵抗する時間が増え、逃げる時間も増えるからだ。

 その為に彼らは、こんな常軌を逸した化け物の傍で必死に誰かを、可能な限り強い者を蹴落とし、生贄にしようとしている。

 

 こんな場所にリリィ達が居て良い訳がない。

 今はまだ気づかれていないから良いものの、気づかれたらプテテットを含めた周囲の全員から攻撃対象にされる。

 

 リリィやセシル、ツェシュテルならばまだどうにかなるだろう。

 アイも“はぐれ化”すれば逃げるくらいなら何とかなるかもしれない。

 しかし、それ以外は間違いなく全滅である。

 

 

 ――しかし、その逃げ道は無情にも塞がれる

 

 

 ふっ……とプテテットの頭上、数十メートル上の空中に何かが現れる。

 リリィ達はそれに素早く反応し、大きく目を見開いて固まった。

 

 目を閉じ、力なく脱力したまま自由落下する()()()()()()()()――

 

 

 

 

 

 ――それは、ディアドラに(さら)われていたはずのリウラであった

 

 

 

 

 

***

 

 

 リウラが、巨大プテテットに向けて落下する。

 もし、このままプテテットに叩きつけられれば、彼女はドロドロに溶かされ、消化・吸収されてしまうだろう。

 

 この瞬間、ティアは理解した。

 

 

 ――自分は、()()()()()()()()()()()()()()()

 ――そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――ティアの魂が吠え、慟哭(どうこく)し、リウラを……大切な妹を救わんと猛り狂う。

 

 

 “もう、後悔したくない”――魂の奥底から溢れる謎の衝動に呑まれたティアは、“リウラを救う”という想い以外の全てを放棄して、化け物へと突き進む。

 

 そのティアを追い抜くように、背後から鈍色(にびいろ)の影が飛び出す。

 

 はぐれ化したアイが、落下するリウラを受け止めんと、背から土の管を伸ばしつつプテテットの頭上へと跳んだのだ。

 

 2人とも、周りの人間を危険に晒すことなど頭から消し飛んでいた。

 ティアは妹の、アイは恩人の命の危機に、彼女を助けること以外の事を考えられなくなっていたのだった。

 

 

 ――そして、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ガシィッ!

 

「な、なにっ!? ……あ、しまっ――!?」

 

 空中で何かに握り締められるように棒立ちになってしまったアイは、これと全く同じ現象がリウラで起こっていたことを思い出し、自分にも同じことが起きていることを遅れて理解した。

 

 しかし、理解した時にはすでに遅く、アイは宙に融けるように消えてしまう。

 

「アイ!?」

 

 ヴィアは叫ぶと同時、今、何が起こったのかを悟る。

 

 おそらく今のは、ディアドラに操られていた巨大悪魔だろう。

 ディアドラの魔術で不可視化し、アイが跳ぶであろう軌道上にその巨大な手を置いておいて、アイを握り締め、そのままディアドラの魔術で転移した、といったところか。

 

 

 ――だが何故?

 

 

 これではリウラとアイの交換だ。

 言っては悪いが、リリィの精神的支柱ともいえるリウラと、ただの友人もしくは仲間扱いのアイでは、人質としての価値に大きく差がある。わざわざ交換するメリットなど無いはずだ。

 

 いや、そんなことを考えている場合ではない。

 

 アイの救出が間に合わなかったリウラはプテテットの頭頂部に接触し、ずぶずぶとその身を沈めていく。

 リウラもかなりの強者ではあるが、それでも単純な魔力量はシルフィーヌに劣る。そう長い時間はもたない。早く助け出さなければ、ドロドロに溶かされて吸収されてしまう。

 

 それだけではない。

 

「ティアさん戻って!」

 

「バカ! 早く戻りなさい!」

 

 ティアが宙に浮かした水を足場にリウラに向かっている。明らかにリウラ以外が見えていない。

 

 シルフィーヌは驚愕する。

 

 サラディーネはどんな状況でも冷静沈着に事を進める才媛である。

 それは例え家族に危機が迫っていようとも変わらず、実際、彼女はシルフィーヌとリウラが戦闘状態に入っていても全く取り乱すことなく割り込んだ。

 

 そんな彼女が、ここまで取り乱すとは……いったいリウラとは何者なのか?

 

 自分達家族よりも大切に思われていることに、シルフィーヌは僅かにもやもやした想いを抱きつつも、彼女は今自分ができることを必死に考える。

 

 アイとティアが飛び出したことで、この場の全員がこちらに気づいてしまった。急いで動かなければ全滅してしまう。

 ましてや、この場には魔王がいるのだ。彼に一言『命令するな』と言われてしまえば、リリィの敗北まで決定してしまうだろう。

 

 シルフィーヌの結論が出る前に、ヴィアが動いた。

 

「リリィ、急いで! この場で何とか動けるのはアンタと――っ!?」

 

 ヴィアは息を詰まらせて仰天した。

 そこに居たのは、憎たらしくも強く美しく頼れるご主人様ではなく――

 

 

 

 

 ――顔を青ざめさせ、両目から涙を垂れ流し、身体をぶるぶると震わせて女の子座りでへたりこむ1人の無力な少女しかいなかったのである

 

 

 

 

「ちょっと、リリィ!? アンタ、いったいどうしたのよ!?」

 

 ヴィアが問うも、リリィは過呼吸に(おちい)り、紫になった唇を震わせて「あっ、あぅ……はっ、はっ……!」と苦しそうに呻くばかり。

 その視線はヴィアではなく、ただ真っすぐに彼女の背後の巨大なゼリー状生物に向けられていた。

 

「ヴィ、ヴィ……ア……わた、わ、たし……っ!」

 

 リリィは何とか震える唇と肺を動かし、かろうじて言葉を(つむ)ぐ。

 獣人の優れた聴力をもってしても周囲の爆発音に掻き消されそうなそれを、ヴィアは自分の猫耳を近づけることで何とか聞き取った。

 

 

 

 

「プテ、テット……は……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!」

 

 

 

 

「は…………………………はああああああぁああぁあああっ!!?」

 

 リリィはおそらく“この”化け物プテテットを指していない。

 この言いよう……間違いなくごく一般的な、最弱の魔物であるプテテットを指している。

 

 “()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”という訳のわからない事態に、ヴィアは一瞬とはいえ、思考を停止させるのであった。

 

 

 

 

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