水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第九章 水瀬 流河 前編

 これは、水精(みずせい)リウラが誕生する、ずっとずっと前の話。

 

 この世界――二つの回廊の終わり(ディル=リフィーナ)が未だ存在しておらず、2つの世界……ネイ=ステリナとイアス=ステリナに分かれていた頃。

 

 そして、イアス=ステリナが、未だ“地球”という名前で呼ばれていた頃の物語。

 

 

***

 

 

「ど〜んぐ〜り〜こーろーこーろーど〜んぶ〜り〜こ〜〜〜〜♪ お〜い〜け〜に〜は〜ま〜って、さ〜あた〜いへ〜〜〜〜ん!」

 

「あ、あれ? “どんぐりころころ”って、こんな渋いメロディだったっけ?」

 

「……ルカっちよ、“どんぐりころころ”を水戸(みと)のご老公(ろうこう)のテーマで歌うでない。シャネルが混乱しているではないか」

 

「相変わらずのルカクオリティ……流石。親友として戦慄を禁じ得ない」

 

「意味がわからないよう!?」

 

 天慶(てんぎょう)第二学園……世界に名だたる巨大複合企業(コングロマリット)であるミレニアム重工業――通称、MHI(Millennium Heavy Industries)が出資する、自社の技術を有用に扱える人材を育てる高等学校。

 その屋上にて、楽しそうに(かしま)しい声を上げる4人の制服姿の少女達の姿があった。

 

 サイドテールを揺らして、元気よく“どんぐりころころ”を歌っている少女の名は水瀬(みなせ) 流河(るか)

 

 かつてMHIの最高財務責任者(CFO)を務めていた水瀬 成康(なりやす)の次女である。

 飛行機事故によって両親を失い、さらには親戚に財産まで奪われて今は姉と2人暮らしであるものの、そんな不幸を微塵(みじん)も感じさせないほど元気で明るく、その名の通り流れる川のように、とらわれることない(さわ)やかさを感じさせる少女だ。

 

 彼女の歌う歌に翻弄(ほんろう)されている金髪碧眼の少女の名は、シャネオルカ・ミラーヴォナ・ブリューソフ。

 

 純血のロシア人にもかかわらず、まるで大和撫子(やまとなでしこ)のようにお(しと)やかで奥ゆかしい少女である。

 その為か、周囲の3人に良く振り回されており、今のようにツッコミ役に回ることもしばしば。

 その長ったらしい名前が呼びにくいため、他の3人からは“シャネル”という愛称で呼ばれている。

 

 制服の上から悪魔チックなフード付きパーカーを着込み、花柄のアップリケをつけた眼帯で右眼を覆う少女の名は蘇芳(すおう) 杏里咲(ありさ)

 

 その服装もそうだが、時代劇に出てくる(サムライ)のような独特の口調など、一風変わったキャラづけを自らに課した人物であり、常に高いテンションと飛び抜けた行動力から、4人の中では流河と一二を争うトラブルメーカーである。

 だが、その実、非常に周囲の配慮に長けた人物でもあり、困っている人を目にすれば率先して助けに行く心優しい少女でもある。

 

 黒々とした黒檀(こくたん)の髪をポニーテールに結った、クールな雰囲気の少女の名は仙崎(せんざき) 美來(みらい)

 

 流河とは孤児院時代からの幼馴染であり、親友同士。

 同世代の中では抜きんでて落ち着いており、暴走する流河や杏里咲のストッパー役でもある……のだが、意外とノリも良いため、結構な頻度で彼女も悪ノリする。結局、振り回されるのはシャネルだけである。

 

「よし、秀哉(しゅうや)さんを()けよう」

 

「どうしたの急に!?」

 

 こんなふうに。

 ちなみに、“秀哉”というのは美來の兄の名前である。

 

「実は、さっきお手洗いに行った時、ちらっと(うわさ)で聞いたんだよね……明日、秀哉さんが学生会長さんとお出かけするって」

 

「大問題ではないか! 何ゆえ今まで黙ってたのじゃ!?」

 

「あぅ……パーティー、多分できないよね……」

 

 有能であるが故に、最近なにかと色々なことを頼まれて忙しそうにしている秀哉。

 そんな彼をねぎらう為に、4人娘は日曜日にサプライズパーティーを企画していたのだが、これまでの彼の仕事ぶりを考えると、帰りは遅くなるだろう。

 当然、パーティーなんてできるはずもない。

 

「むぅ……しかし、秀やんめ。全学生の憧れである会長殿とデェイトして何をす……まさかっ、学園で乳繰(ちちく)り合う気なのでは!? 制服の上からでも分かるくらいに、繰り合いがいのありそうな乳じゃったし!」

 

「ありえない。0点。本当のところ、お兄ちゃんはちっぱい好き」

 

 杏里咲が妙な妄想を繰り広げると、美來はさらりとそれを否定し、さりげなくそこに自分の願望を付け加える。

 そんな彼女の胸のサイズは()して知るべし。

 

 ちなみに、(くだん)の学生会長は容姿端麗、成績優秀、文武両道、おまけに人望もあり、MHIと唯一張り合うことのできる大企業――三鷹(みたか)セラミックスの社長令嬢という、できすぎなくらいの美女である。

 秀哉自身、文武ともに非常に優秀かつ眉目秀麗な好青年ではあるのだが、いったい何があってそんなスーパーご令嬢との縁ができたのだろうか?

 

 杏里咲は茶化して『デート』などと言っていたが、美來が即『ありえない』と否定したように、普段の2人の振る舞いを見ている限り、そのような様子はなかった。

 ならば、必ず2人が外で会わなければならない、何らかの理由があるはずだが……?

 

「はいはーい、杏里咲達がここでいくら頭を捻ってたって、答えは分からないよ? だからこそ、レッツストーキング! 美來! 秀哉さんが明日どこでデートするか、007(ダブルオーセブン)よろしく!」

 

 

***

 

 

「……あんまり秀哉や鳴海(なるみ)先輩に迷惑かけるんじゃないわよ?」

 

「わかってるよう。……で、お姉ちゃんは何か知らない?」

 

「あいにく、私も初耳ね。もし『秀哉を学生会長に~』なんて考えているのなら、私に話くらいは通すはずだから、それはないと思うけど」

 

 “親戚すべてから見放されている”という点、そして“唯一残った肉親(きょうだい)との2人暮らしである”という点については仙崎兄妹も水瀬姉妹も同じである。

 境遇が同じ、ということは与えられている保護も同じであるわけで、仙崎家と水瀬家は同じMHIが提供する寮に住んでいた。今頃、この寮の別室で、流河と同じように、美來が秀哉へ探りを入れていることだろう。

 

 “美來にばかり任せて自分は何もしない”、というのも何なので、流河は姉である水瀬 (るい)に『何か知らないか?』とストレートに確認していた。

 なにしろ、彼女はその卓越した頭脳を見込まれ、学生会長より直々(じきじき)に副会長に指名された人物。

 もし明日のデートが『秀哉を次期学生会長に~』あるいは『副会長に~』という話をする為であるならば、必ず何らかの形で彼女に連絡が入るはずだからだ。

 

「……お姉ちゃん。何度も言ってるけど、食べてる時くらい勉強は()めようよ」

 

「私は父さんと違って、前世の記憶なんてないからね。どんな細かい時間でも有効に使わないと偉くなんてなれないのよ」

 

 食卓でも教本を手放さない姉を見て、流河は不満そうに溜息をつく。

 

 かつての飛行機事故で奇跡的にほぼ無傷で(たす)かった涙とは異なり、流河は瀕死の重傷を負っており、手術を受け、入院していた。

 その間、涙は両親を失った自分達から、更に財産という財産をむしり取っていった親戚達の悪意に(さら)され続けていたのだ。

 その悪意の程は、先に流河の手術代を払っていなければ、それさえもむしり取られ、流河が死んでいたかもしれない程に欲深く、おぞましいものであった。

 

 そのため、その悪意と直接向き合うことがなかった流河には、財産がなくなったことなど“不便になったな”程度の実感しかないが、実際に相対(あいたい)した涙は、彼らに深い深い恨みを抱いている。

 その恨みを原動力に、彼女はあらゆる手段を使って強大な権力を手に入れ、その力を()って彼らに復讐を成そうとしているのだ。

 

 学生会長である栢木(かしわぎ) 鳴海と親しいのは、涙自身が鳴海の人柄に惹かれていることが大きいものの、そこには“三鷹セラミックスのご令嬢”という強力な人脈を得る打算も明確に存在しているのである。

 

(お姉ちゃん、自分では全然気づいてないみたいだけど、本当に苦しそう……でも、お姉ちゃんの想いが間違ってるとも思えないし……まどかお姉ちゃんに相談してみようかな……)

 

 復讐に燃える姉……その憎しみ自体が姉を苦しめているように見える流河は、彼女を心の底から心配する。

 しかし、そうした心配を口にすると涙は猛反発するため、流河は困ったように眉根を寄せることしかできない。

 

 幼い頃にお隣さんであった流河の2つ上の少女――風波(かざなみ) まどかは、明るく、世話好きであり、場を楽しく盛り上げるムードメーカー……さらには新聞部の部長として(たぐい)まれなる手腕を発揮する有能さと行動力を兼ね備えた、あの学生会長の親友であることが頷けるスーパーウーマンである。

 

 また、流河と同じく楽しいことが大好きである上に、非常にさっぱりとした気質を持っており、彼女と流河は幼い頃から非常にウマが合った。

 その仲の良さは、飛行機事故の直前、旅行に行く流河達をわざわざ家の前で『いってらっしゃい』と見送ってくれたほどである。

 彼女ならば、この姉の瞳の奥にある(くら)い輝きをどうにかしてくれるかもしれない。

 

(……うん。月曜日になったら、まどかお姉ちゃんに相談してみよう)

 

 今は明日の秀哉のデート模様を観察して楽しむことだけ考えよう、と流河は考えを打ち切る。

 

 

 

 ――しかし、その相談が実現することはなかった

 

 

 

***

 

 

「しゃがむのじゃ、ルカっち!!」

 

「!!」

 

 杏里咲の声が聞こえた瞬間、その声に従って流河は何も考えずにその場にしゃがみ込む。

 頭上をブンッという重々しい音が通り過ぎた瞬間、すぐ(そば)の工事現場に置かれていたはずの地面を固める機械が目の前の化け物にぶつかっていた。

 

 暗く青い光に包まれたショッピングモールの床に倒れ込み、うめき声を上げるゾンビのような化け物から目を離せない流河の手を、杏里咲の手が握り、引っ張り上げ、しゃがんでいる流河を立ち上がらせる。

 

「しっかりするのじゃ、ルカっち! 呆けている場合ではないぞ!」

 

「ぁ、ぁ……」

 

(何が、いったい何が起きて……?)

 

 杏里咲が必死に声をかけて流河の精神を立て直そうとするものの、流河は動揺から立ち直ることができない。

 それもそのはず。彼女達はいきなり日常から非日常へと叩き落されたのである。

 

 昨晩、秀哉は理由も告げず、『明日は海岸公園には近づくな』と美來に確約を迫っていた。

 そのあまりに不自然な態度から、“デートの場所は海岸公園のショッピングモールである”とアタリをつけた彼女達は、ショッピングモールに向かい、到着した途端(とたん)、未知の脅威に襲われることになった。

 

 天地が逆転するかのような凄まじい地震が起こり、周囲は突如(とつじょ)として夜のように暗くなり、床や壁が一部青白く光りだし、空や宙に不思議な光の紋様(もんよう)が浮かびだしたのである。

 

 それだけならば、まだ良かった。

 

 上空では白い鳥の翼を生やした天使のような人々と、黒いコウモリの翼を生やした悪魔のような人々が光弾を撃ち合い、剣や爪を打ち合って激しい殺し合いを繰り広げており、さらにはショッピングモール内に次々と謎の化け物達が現れたのだ。

 その種類は豊富で、先のゾンビから始まり、巨大なカラスに(むし)、全身が水でできている女性、果てはディスクが連なって輪を描いているような、そもそも生物かどうかも怪しいものまでいる。

 

 天使や悪魔の放った流れ弾がショッピングモールを破壊し、怪物どもが人を襲い喰らう。

 海岸公園にいた人々は、即座にパニックに(おちい)った。

 それは流河も同様であり、彼女は完全な思考停止状態となってしまったのである。

 

 グイッと手を引っ張られ、流河はそれにつられてふらつきながらも、反射的に引かれた方向に走り出すことで、転ぶことなく杏里咲と並走する。

 このまま流河に話しかけていても(らち)が明かないと判断した杏里咲が、流河の運動神経の高さから、“この程度では転ばない”と見越して強引に移動を開始したのだ。

 

「ルカっち! みぃとシャネルがおらん! はぐれてしもうた!」

 

「!!」

 

 その時、流河達は目撃した。

 

 

 ――怪物に襲われた人間が、先ほど目にしたゾンビへと変化していく、おぞましいありさまを

 

 

 その様子を見て辺りを見回せば、同じようなゾンビがうようよと辺りを徘徊(はいかい)しながら人に襲いかかろうとしているのが見えた。

 

 考えたくない。

 嫌な予感がガンガンと警鐘(けいしょう)を鳴らす。

 必死にその可能性から目を()らそうとするが、流河の袖を引いて必死に親友達を探す杏里咲の姿が、流河にそれを許さなかった。

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 

 

「美來……シャネル……!」

 

 流河の頭を事故の記憶がフラッシュバックする。

 父を、母を……大切な人達を失った、未だ癒えない心の傷が(わず)かに口を開く。

 

 奇跡的にほぼ無傷であった姉が、瀕死の重傷を負った流河を背負い、飛行機の外へと必死に逃がしてくれた。

 MHIの最先端医療を受けなければ、まず間違いなく死んでいた重傷を負いながらも、流河は必死に、今にも消えそうなほど小さな声で『お父さんとお母さんも救けて』と涙に(こいねが)っていた。

 

 本当は流河も分かっていた。

 

 父も母も既にこと切れていると。

 涙は唯一救けられる可能性のある妹だけは何としてでも生かそうと、唇を噛み切りながら流河の言葉を無視していたのだと。

 

 

 

 ――もう、あんな思いはしたくない

 

 ――二度と大切な人達を失いたくない

 

 

 

 心の底からそう思った瞬間、ただ杏里咲に手を引かれて前に進むだけだった流河の両足が、力強く自らの意思で地面を踏みしめた。

 

 

***

 

 

「シャネル、流河と杏里咲がいないっ! 探さないとっ……!」

 

「うんっ、分かってるよっ……分かってるけど……!? ……来たっ、もうすぐ傍まで来てる! 私達に気づいてるみたい!!」

 

 周囲から押し寄せる怪物から逃げるため、美來とシャネルはモールを走り回っていた。

 

 命の危機から火事場の馬鹿力でも発揮しているのか、地震が起こった直後からシャネルの勘が急激に冴えわたり、周囲から近づく怪物達の気配のことごとくを察知し、おびえながらも的確に彼女達は怪物達を避けながら逃げ続けていた。

 

 しかし、少女達に怪物達を突破できる攻撃力が無い以上、追い込まれるのは必然。

 ビルの隙間へと逃げ込んだ彼女達は、とうとう逃げ場を失っていた。

 

 ずるずると()い寄る音に(おび)えて震えるシャネルを、美來が抱き寄せる。

 

「はぅぅ、うぅ……みぃちゃん、今までありがとう……友達になれて嬉しかったよ……」

 

「っ……! 私も同じ……でも、諦めちゃダメ! きっと、きっと……!」

 

 絶望と恐怖でまぶたを閉じたシャネルの目から涙がこぼれ、美來も徐々にビルの角から姿を現そうとする怪物の姿に全てを諦めそうになった。

 

「救けて……お兄ちゃん……っ!!」

 

 

 

 ――その、瞬間だった

 

 

 

 ギャイギャイギャイギャイギャイイイイイイイッ!!

 

 

 耳をつんざく凄まじい切断音。

 それも、チェーンソーのように強力なモーターを利用した機械的な力で、無理矢理に対象を引き裂くような暴力的な音が辺りに響く。

 

「ぬははははっ、待たせたな! 拙者(せっしゃ)が来たからには何も心配はいらぬぞ!」

 

「2人とも、大丈夫!?」

 

(この声……!)

 

 美來とシャネルは恐怖で閉じていた目を、胸から溢れる温かな希望に押されるように開く。

 

 

 

 

 ――そこには、全身をフード付きのレインコートで覆い、ホッケーマスクをかぶり、血まみれのチェーンソーを構えた超不審者がいた

 

 

 

 

「……………………ふぅ」

 

 恐怖のレベルが許容量を超え、悲鳴を上げることもなくシャネルが気を失い……そうになったところを、その声から冷静にホッケーマスクの正体を見破っていた美來に、頬をはたかれて叩き起こされる。

 

「シャネル!? しっかりして! ……杏里咲、後ろ!」

 

 不審なホッケーマスク――杏里咲の背後からゾンビが現れ、

 

「そいや~っ!!」

 

 更にその後ろから現れた流河が、見とれるような美しいスイングで、血まみれのゴルフクラブをスイングする。

 背後から忍び寄っていたゾンビの頭が強打され、大きくバランスを崩したところを、身体ごとチェーンソーを振り回しつつ振り返った杏里咲が逆袈裟(ぎゃくげさ)に斬り飛ばした。

 

「ぬははははっ! ()ねっ、去ねっ! うぬらの居た世界に戻るのだ! 2人には舌1枚触れさせぬぞぉっ!!」

 

「杏里咲! こっちの2体、バランス崩すよ!」

 

「おうっ! まかせるのじゃ!」

 

 美來は驚きに目を見開く。

 

 杏里咲がチェーンソーなんて重たいものを、まるでオモチャのように軽々と振り回して次々と怪物を駆逐(くちく)しているのだ。

 

 流河が振るっているのは、美來でも振るえそうなゴルフクラブだが、その動きが尋常ではない。

 一流のスポーツ選手もかくやというほどの滑らかで素早い動き。周囲の怪物の動きを全て理解しているかのように動く彼女は、的確に怪物達の行動を阻害し、杏里咲の行動をアシストしている。

 

 美來が唖然(あぜん)とする間もなく、速やかに周囲に居た怪物達は一掃されてしまっていた。

 

「無事だったか2人とも。遅くなって済まぬの」

 

 その声につかつかと杏里咲に近寄った美來は、ベリッと杏里咲のホッケーマスクをひっぺがし、ペッと地面に捨てた。

 

「ちょっ、何をするんじゃ!?」

 

「それはこっちの台詞(せりふ)。シャネルが怖がってるのが分からない?」

 

「……おお! すまんすまん。ルカっちが『その武器だと血飛沫(ちしぶき)が凄いことになるから』と半壊したスポーツ用品店で見つけて来てくれたのじゃ! 本当はヘルメットや胸当ても欲しかったんじゃが、掘り起こす暇は無いと思っての」

 

「…………………………なるほど」

 

 一応、ちゃんとした理由は有ったらしい。

 確かに、よく見れば杏里咲の着ているレインコートや、地面に転がっているマスクの所々(ところどころ)に血飛沫らしきものがついている。

 

 どこか釈然(しゃくぜん)としないものを感じながらも、美來は納得して頷く。

 

「でも、どうしてここがわかったの? 私達、結構あっちこっちに逃げ回ってたんだけど……?」

 

「これ、美來のでしょ? これがあそこに落ちてたから『ここら辺にいるのかな?』って」

 

 シャネルが疑問を口にすると、流河がどこに持っていたのか美來の鞄を持ち主に手渡す。

 

 なるほど、この混乱で落としてしまっていたらしい。これが落ちていた場所を中心に探し回ってくれていたということだろう。

 化け物がうようよとうろついていただろうに、恐怖も危険も(かえり)みず……本当に自分にはもったいないほどの友人達だと、美來もシャネルも胸の内から湧き上がる想いに涙が浮かびそうになる。

 

「そうだ、お兄ちゃん……っ!?」

 

 美來が“兄も怪物達に襲われているかもしれない”と気づいたその瞬間、轟音とともに美來の左隣のビルが崩れ始めた。

 

「走れえぇえええええぃっ!?」

 

「き、きゃあああああぁぁああああっ!?」

 

 杏里咲が必死にシャネルの手を引き、流河と美來が青ざめながら全力疾走する後方で、重々しいものが次々と落ちてくる恐ろしい音と膨大な土煙を上げながら路地が崩れ、先程までビルであったものによって埋まってゆく。

 

 幸運にもコンクリートのひとかけらもぶつかることなく逃げ切り、ほっとしたのも(つか)の間、流河の1.5を超える視力は崩壊したビルの瓦礫の上で、ぐったりと横たわる人影を(とら)えた。

 

「天、使……?」

 

 全身を白い衣服で覆い、背から白翼を生やした少女であった。

 

 見る限り、だいたい流河と同年代くらいだろうか。白熊を()した布製の帽子をすっぽりかぶっており、それが少女のやや幼い顔によく似合っている。それぞれの熊耳の上には小さな光輪が1つずつ浮かんでいた。

 だが、その白い衣服はあちらこちらが真っ赤に濡れており、(ひたい)を切ったのかその顔の半分も紅に染められていた。さらには、彼女の左腕は二の腕あたりから有り得ない方向を向いている。

 

(救けなきゃ……!)

 

 そう感じて動こうとした瞬間、流河の足がピタリと止まる。

 

 美來も杏里咲もシャネルも彼女に気づいていない。このまま流河が見て見ぬふりをすれば、自分達は()()()を抱えることはない。救かる確率はグッと上がるだろう。

 

 事実、姉は“救からない”と判断した両親だけでなく、その他の救けを求める人達を見捨てて、流河だけを救けてくれた。幼い涙には、流河しか救ける余裕がなかったのだから、見捨てても仕方がないことなのだ。

 

 同じように見捨てればいい。見捨てるべきだ……流河はそう思う。思い込もうとする。

 

(ど、どうして……? さっきまで色んな人が襲われているのを見過ごしていたのに……!?)

 

 流河の内に湧き上がる凄まじい罪悪感。

 美來とシャネルを必死に探していた時には(いだ)かなかったそれに、流河は激しく戸惑(とまど)っていた。

 

 ……流河は気づいていなかったのだ。

 

 ――美來とシャネルを救けたことによって、流河の心に罪悪感を抱くだけの余裕が生まれてしまったということに

 ――そして、心のどこかで“無理をすれば彼女1人くらいなら救けられる”と思えるようになってしまったことに

 

(……私にとって大切なのは美來達……美來達を危険に晒す可能性のあることは……!)

 

 

 そう自分に言い聞かせていた時だった。

 

 

 流河の良すぎる視力が、ゾッとする光景を捉える。

 

 崩壊したビルの中に燃えやすいものでもあったのか、少女の周辺のあちこちで火の手が上がっていた。

 そして、ビルの瓦礫に横たわる少女のすぐ近く……そこには(ふた)が潰れ、中から大量の中身をこぼすポリタンクがあった。そのポリタンクに記載されている文字、それは……

 

「リ、エンノル……?」

 

 それは、MHIが開発した化石燃料に変わる新エネルギー。その燃焼力は灯油やガソリンの比ではない。

 あんなものに火がついてしまえばどうなるかは、それこそ火を見るよりも明らかだ。

 

 流河の脳裏に、燃え上がる飛行機の残骸が辺りに散らばる光景が浮かび上がる。

 

 

 

 ――気がついたら、流河は天使の少女めがけて走り出していた

 

 

 

「流河!?」

「ルカっち!?」

「ルカちゃん!?」

 

 親友達の声を置き去りに、流河の身体は、そして意識は加速する。

 

 命の危機に反応したのか、先程から流河の身体は普段からは考えられないほど、自由自在に動くようになっていた。

 意識が身体の隅々にまで行き渡る感覚。身体を思い通りに動かし、まるで時間が遅く動いているかのような感覚に陥る。

 

 崩れやすく、足を取られやすいはずの瓦礫の山を、軽やかに流河は駆け上がる。

 瞬く間に少女の傍まで駆け寄ると、普段の流河では考えられないパワーで軽々と少女を姫抱きに抱え上げ、すぐさま瓦礫を蹴って宙を跳んだ。

 

 

 ガオンッ!!

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 流河の背を爆風が叩き、吹き飛ばす。

 だが、幸いにも石の(たぐい)は飛んでこなかったようで、流河は怪我をすることもなく、宙でうまくバランスを取り戻し、スタンと軽やかな音を立てて着地する。

 

「大丈夫か、ルカっち!?」

 

「……流河、その()は……?」

 

「わかんない……ひょっとしたら、上から落ちてきたのかも……」

 

「う、上……?」

 

 シャネルが戸惑いながら空を見上げて絶句する。

 地上の怪物の気配を敏感に感知する彼女は、そちらに気を取られて気づいていなかったのか、空で激しく切り合い、光弾を撃ち合う天使と悪魔に全く気づいていなかったようだ。

 

「……とても声をかけられる状況ではないのう……どうする気じゃ、ルカっち?」

 

「……」

 

 杏里咲の言葉に考え込む流河を見て、代わりに美來が案を述べる。

 

「……ひとまず、東に逃げよう。みんな、東に向かってる。そこにお兄ちゃん達もいるかもしれない」

 

 命の危機がいったん遠ざかったことで、冷静な思考能力が美來に戻って来ていた。

 

 場を見渡した時、天使らしき者達は北から、悪魔のような者達は南から、そして怪物達は西からやってきているように見えた。

 必然的に、この場に居る人々は東へ逃げる流れができている。秀哉達もそれに合わせて一緒に逃げている可能性は高かった。

 

 天使と合流して怪我をしている少女を預ける、という選択肢は除外した。

 怪物達を潜り抜けて天使のところまで移動するのは、いくら杏里咲のチェーンソーがあるといってもあまりにも危険すぎたし、なにより天使達が味方である保証はどこにも無かったからである。

 

「杏里咲、悪いけどそのパーカーをこの娘に着せて。流河は、この娘を背負って逃げれる?」

 

「わ、わかったのじゃ」

 

「……うん、たぶん大丈夫」

 

 慌てて杏里咲がフード付きパーカーを脱いで少女に羽織らせて少女の翼と光輪を隠し、流河が少女を背負う。

 これで少なくとも上空の天使や悪魔から見て、彼女が天使だとは分からないだろう。いきなり上から攻撃される、ということは無いはずだ。

 

 怪物との戦闘が可能な流河に、少女を背負わせるのは、正直に言って心細い。

 だが、唯一チェーンソーを扱える杏里咲は戦闘要員として外せず、美來とシャネルに少女を背負って走るだけの体力がない以上、その役割は流河以外に(にな)えない。

 

「シャネル、怪物を()けて東へ行くルートを教えて。杏里咲、どうしても怪物が避けられない時はお願い」

 

「うん、わかったよ、みぃちゃん」

 

「うむ、拙者のチェーンソーに任せておけい! 行くぞ(みな)(しゅう)!」

 

 全員が覚悟を決めた表情で東へと走り出す。

 

 

 

 ――しかし、(いく)ばくも()たないうちに、彼女達の行く手はあっさりと(はば)まれた

 

 

 

「は~い、そこのお嬢ちゃん達ぃ、ちょ~っとスト~ップ」

 

 妙に軽い声が()()()かけられる。

 ギクリと身体を硬直させる流河達が上を向くと、そこには異形の姿をした男がニヤニヤと笑いながら宙に浮いていた。

 

 まるで暗い穴に紅い光点が浮かぶような不気味な眼。それが両目だけでなく、額にも縦にパックリと開いている。

 肌は不気味なまでに青白く、逆立つ髪は完全に真っ白。首には暗い紫のスカーフをネクタイのように結び、腹の上からビリビリに破れたコートをその上から羽織(はお)っている。

 そして、背から生える、骨だけになった翼。

 

 10人が見れば9人が『悪魔』、残る1人が『化け物』と答えるであろう容姿の男であった。

 まず、間違いなく空で戦っていた悪魔達の仲間。傷ついた天使を見られれば、いったい何をされるか分からない。

 

 美來は慎重に……それでいて舐められないよう、毅然(きぜん)とした態度で口を開く。

 

「……何? 私達に何か用?」

 

「いやぁ~()(はい)、『人間を通行させないように出口を塞げ』とか言われてたり? まぁ、つっても絶賛サボり中な訳なんだがなぁー!」

 

「なら、私達も通して。どこからどう見ても私達は人間」

 

「確かに、お嬢ちゃんは人間だなぁ。そこの眼帯も金髪も、えーと……サイドテール? も人間だなぁ」

 

 男の言いように、シャネルの顔からざっと血の気が引く。

 美來は額から冷や汗を流し、視線をきつく(とが)らせながらも、表情を崩さない。

 杏里咲は僅かに腰を落とし、いつでもチェーンソーのエンジンをかけられるよう、スターターロープに手をかけた。

 

「……だが、その背負われてる嬢ちゃんだけは見逃せないねい。そいつを置いてってくれたら、お嬢ちゃん達4人だけは通そう。おじさん、約束しちゃう!」

 

 美來達は確信していた。

 

 男はこの口約束を守るだろう。なぜなら、今しがた会ったばかりのこの男は、杏里咲のパワーも流河の動きの巧みさも知らない。4人の無力な少女相手に下手(したて)に出る必要など全くないのだ。

 堂々と正面から美來達をぶちのめして、天使の少女を奪い取れば良い。わざわざこんな申し出をする、ということ自体が、“彼が約束を守る”という姿勢を示していた。

 

 ……だが、『類は友を呼ぶ』と言うべきか。

 天使の少女を見捨てられなかった流河と同様、美來も杏里咲もシャネルも、少女をこの不気味な男に渡す気になどなれなかった。

 

「……みんな、聞いて。方針変更」

 

 美來は相手に聞こえないよう、声を小さくして呼びかける。

 

「今から私達は北に向かう。北には天使達が居るはず。そっちに近づけば、たぶん途中でこの人は逃げてくれると思う」

 

 なんとかして悪魔達が敵対している相手の集団へ近づくことができれば、たった1人しかいない男は美來達を諦めるしかないだろう。

 

 天使達が美來達を受け入れてくれるかどうかは分からない。だが、傷ついた天使の少女を救けた美來達を攻撃しない可能性は充分にある。

 少なくとも、この男の横を無理やり抜いて東へ抜けたり、西へ戻って怪物達を回避しながら逃げるよりは、ずっと救かる可能性は高いはずだ。

 

「「「……」」」

 

 杏里咲達は沈黙を()って、肯定の意を示す。

 一拍(いっぱく)ののち、美來は叫んだ。

 

「走って!」

 

 命懸けの全速力。

 

 流河など、人1人背負っているにもかかわらず、この中で一番足の遅いシャネルの全力疾走に負けていない。

 その見事な逃げっぷりに、男は「おーおー、凄ぇ凄ぇ」と軽く目を見開いている。

 

「良い逃げっぷりだなぁ~……だが、我が輩のこと、ちょっと舐め過ぎだぜぃ」

 

 そういうと、男は骨だけの翼を広げて空を飛び、あっという間に美來達を追い越し、彼女達の前に降り立って道を塞ぐ。

 

「そこじゃあああああぁっ!!」

 

「おっ?」

 

 杏里咲が素早くスターターロープを引く。

 ドルンと重々しい音を立てるチェーンソーが唸りを上げ、男の胴体に迫る。

 

 杏里咲が困っていたのは、男が空を飛ぶ能力を持っていたことだった。

 

 美來達をも護ろうとしても、杏里咲は空を飛ぶことができず、チェーンソーを当てることができない。

 こうして目の前に降り立ってくれたのは非常に幸運であった。空から光弾を撃たれていたら、杏里咲にはどうすることもできなかったのだから。

 

 

 ――だが、杏里咲は知らなかった

 

 

「ほい」

 

 男が軽く拳を振るっただけで、彼女のチェーンソーがバラバラに砕け散る。

 

「……!?」

 

 

 ――男が光弾を撃たず、ただ立ち塞がったのは、単に“それをしても問題が無いほどに実力が離れている”という、余裕の表れでしかなかった、ということを

 

 

 ドンッ!

 

 重々しい音を立てて、杏里咲の腹に蹴りが叩き込まれる。

 いくら体重が軽いとはいえ、蹴りで人間が宙を飛ぶさまを、美來達は初めて目にした。

 

「ぐっ、げええええっ!」

 

「「「杏里咲!!」」」

 

 腹を押さえて杏里咲がのたうち回り、美來達が慌てて彼女に駆け寄る。

 

「これで分かっただろ~ん? おとなしく、その背中の女を渡してくんないかなぁ?」

 

 美來達が絶望に支配されそうになった、その時だった。

 

 

 

「……降ろして」

 

 

 

 流河の耳元から、今までに聞いたことがない涼やかな声が聞こえる。

 流河が振り向くと、白熊帽子の中からこぼれる水色の長髪を風に揺らした天使の少女が、アメジストの瞳で冷ややかに目の前の悪魔を(にら)みつけていた。

 

 その瞳が放つ凄まじい迫力に、流河は呑まれる。

 

 いったい、どれだけの戦場を潜り抜けてきたのだろうか? 

 ボロボロの身体であるにもかかわらず、目の前の敵を倒さんとする気迫に満ち溢れたその眼は、(ろく)に殴り合った経験すらない流河達にはあまりにキツいものであった。

 

 その迫力に、思わず力が抜けた流河の手からするりと少女は抜け出し、バサリと背の翼を羽ばたかせてフード付きパーカーを強引に弾き飛ばしつつ、美來達の前に……美來達を男から(かば)うように、両の足でしっかりと大地を踏みしめて立つ。

 

「あなた達が私を救けてくれたことには感謝する。すぐに貴女(あなた)達は北へ向かって。そこで天使達に保護してもらって欲しい。『ヴァフマーが保護するように言っていた』と言えば、保護してくれるはず」

 

「おやおや~? 健気だねい、身を(てい)して人間を護るなんて。天使の(かがみ)って奴じゃない?」

 

「舐めるな。私は懲罰部隊の……兄様(あにさま)の副官。あなた程度の悪魔なんて、たいしたことない。すぐに倒してみせる」

 

 言うや否や、少女の、男の姿が()き消える。

 

 直後、上空から何かが激しくぶつかる音、天使や悪魔が光弾を撃っていた時に聞こえたものと同じ不可思議な音が聞こえる。

 美來達が上へ視線を向けると、男と少女が空中で目まぐるしく移動しながら戦闘を開始していた。

 

 人間の視界は左右には広いが、上下には狭い。

 おそらく瞬時に空へ飛んだことで、美來達の視界から消えたように見えたのだろう。

 

 先程までとは比べ物にならないほど速く力強いその動きから、いかに男が手加減していたのかが良く分かる。

 そして、それと渡り合う少女もまた、凄まじいまでの強者だった。

 

 だが、やはり大怪我が響いているのだろう。

 戦闘の素人である美來達の目から見ても、明らかに形勢は少女の不利に傾いていた。

 

 このままでは少女が敗北することは確実。その結果、少女がどうなるかは美來達には分からないが、どう考えても良い結果になるとは思えなかった。

 

 美來は自分の力の無さに歯噛みする。

 

 思えば、この4人の中で、唯一“火事場の馬鹿力”的な力を発揮できていないのは自分だけだった。

 

 杏里咲のパワー、流河の身体能力、シャネルの感知能力……無いものねだりだとは分かっている。だが、自分にも何らかの“力”があれば……それが、少女を助けられるものであったなら、と思わずにはいられなかった。

 大怪我をしている少女を護るのではなく、その本人に護られる、という状況は彼女にとって受け入れ(がた)いものだった。

 

 

 ――美來の固く握りしめられた拳が、そっと温かいものに包まれる

 

 

「……流河?」

 

 振り返ると、流河が自分の手を握っていた。

 

「考えよう」

 

 流河の目は諦めていなかった。

 

「私は諦めない。諦めたくない。だから、助ける方法を考えよう。今、あの娘が時間を稼いでいるうちに」

 

 

 ――そうだ。そうだった

 

 

 流河は決して諦めない。諦めさせてくれない。

 あの時もそうだった。

 

 

 

 

 

 

 美來の両親が行方不明となり、孤児院に預けられた時、幼い自分は毎日毎日泣きはらして過ごしていた。

 院長である真朱(まそほ)先生や、兄が心配してかける声も、気を紛らわせようと渡されるお菓子やオモチャも彼女にとっては何の慰めにもならず、声が()れるまで……いや、嗄れてもなお、泣いて泣いて泣き続けていた。

 

 

 ――そんな時だ。流河が孤児院にやってきたのは

 

 

『お願い。信じてあげて』

 

 秀哉から事情を聞くや否や、美來に向かって流河はこう言った。

 

『“美來ちゃんのお父さんもお母さんも必ず帰ってくる”って信じてあげて。それを心から信じてあげることができるのは、帰りを待っていてあげられるのは、秀哉君と美來ちゃんだけなんだよ?』

 

 自分自身も父と母を失ったからこそ、だろう。

 深く物事を考えられるほどの思考力がなかった当時の自分にも、すんなり受け入れられるほどに、流河の発言は重い説得力を(ともな)っていた。

 

 

 それから、美來が両親を想って涙を流すことはなくなった。

 

 

 今も、美來はどこかで自分の両親が生きていると信じている。

 いつか自分達の元に戻ってきてくれると信じている。

 ……そう思えるようにしてくれたのは、流河のおかげだと心から彼女に感謝している。

 

 そして今、流河は美來の背を支え、前へと押してくれている。

 

「……わかった」

 

 だから、美來は力強く頷く。友を信じて全力を尽くすことを誓う。

 

 

 

 

 ――その時、何かが美來の中で胎動(たいどう)した

 

 

 

 

((!?))

 

 直後、美來の視界が暗転する。

 

 昏い……上下左右前後、どこにも光が存在しない、真っ暗な世界。

 そんな世界で、美來はふらふらと宙を(ただよ)う風船のように浮いていた。

 

(……ここは……?)

 

(美來!)

 

 美來が戸惑っていると、背後から流河の声が聞こえた。

 振り返ると、流河がこちらに向かって飛ぶように移動してきているのが見えた。

 

(流河、ここがどこかわかる? 杏里咲とシャネルは?)

 

(……私も良く分かってないけど、たぶん美來の中だよ。だから、杏里咲とシャネルはここにいない)

 

(私の……中……?)

 

 流河が何を言っているのか良く分からない。

 だが、そんな美來の手を掴み、流河は“時間がない”とばかりにどこかへと引っ張ってゆく。

 状況は理解できていないが、親友の事を心から信じている美來は、引っ張られるがままに流河についてゆく。

 

 やがて、流河が向かう方向にぼんやりと光る何かが見えてきた。

 

 

 ――それは黄金色に輝く卵であった

 

 

(今、初めて分かったんだけど、私が急に運動ができるようになったのは、私の中にそういう“異能(ちから)”があったからだったんだ)

 

 流河は語る。

 

 ――美來の中に入ったことで、“自分の中の異能が力を発揮している感覚”を理解できた、ということ

 ――自分の異能が美來の中に導いてくれた、ということ

 ――流河の驚異的な運動能力は、その異能の一端(いったん)である、ということ

 

 

 

 ――そして、今、目の前にある()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ

 

 

 

 卵の形で見えているのは、“未だ美來の異能が目覚めていない”という状況を美來自身が無意識に“卵”というイメージで描いているからだろう。

 その卵は、ドクンドクンと胎動を響かせて、今にも生まれようとしていることを美來達に伝えてくる。

 

(美來、私の異能は“見えないもの”、“隠れているもの”をある程度操ることができるみたい。だから、今、目覚めようとしている美來の異能を、まだ形になっていない力を、美來の望む方向にほんの少しだけ……変えてあげることができる)

 

 流河の異能は、一言で言うならば“潜在事象の操作”。

 潜在的な状態・状況を任意の方向へと操作・変化させることができる力だ。

 

 普段、ダンスなど習ったことのない人間に『あなたは一流のダンサーだ』と深い暗示をかけて踊らせると、本当に一流のダンサーのように踊れた、という事例がある。

 これは、潜在的にそれを行うだけの実力があり、それを暗示を使って引き出せたことによって実力を発揮した典型的な一例だ。

 

 また、『あなたは力持ちだ』と暗示をかけられた人間が鉄パイプを捻じ曲げた事例もある。

 これは肉体にかけられているリミッターが暗示によって外され、人間に元々備わっていた潜在的なパワーが引き出されたことが原因だ。

 

 

 流河の異能は、そうした潜在的な能力を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 だからこそ、いきなり一流のアスリートのような見事な運動能力を発揮できたし、人1人背負って走り回ることもできたのだ。

 

 仮に彼女が何らかの技術を学んだ場合、一生その技術が衰えることはないだろう。

 “(なま)る”ということは、“その技術が潜在化する”ということ。潜在能力を引き出せる彼女の異能がある限り、彼女は100%のパフォーマンスをいつでも発揮することができる。

 

 それだけではない。

 

 心から自分を受け入れてくれる相手であれば、こうして潜在意識の領域に潜り込むこともできるし、そこに本人の表面意識を連れてくることもできる。

 本人の中に眠る才能を探して見つけることだって、そこに案内することだってできる。

 

 

 

 ――そして、本人が受け入れてくれるのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(イメージして。美來が考えられる“最強の異能”を。“あの娘を助けることができる異能(ちから)”を。……私は、それを形にしてくれるよう、“美來の異能”に干渉するから)

 

(……)

 

 美來は考える。

 

 

 ――自分にとって“最強の異能(ちから)”とは何か?

 

 

 ――もう、杏里咲や流河の後ろに隠れたくはない。護りは固めるべきだろう

 ――護りだけではいけない……杏里咲のように敵を倒す(すべ)がなければ、切り抜けられない場面もある。攻撃手段も確保すべきだ

 ――そして、それは空を飛ぶ相手に対しても届くものでなければならない……そんな攻防一体の異能

 

 ふと、美來の記憶に引っかかるものがあった。

 それを自らの異能で敏感に感じ取った流河は、美來の潜在意識からその原記憶を()み取って美來に渡す。

 

 すると、今見てきたかのように、美來の脳裏に当時の記憶が鮮やかに(よみがえ)った。

 

 それは、秀哉が孤児院でゲームをしていた光景。

 幼い兄が目をキラキラさせて操作していたゲームの主人公が操る力――

 

 

 

 ――()()()、と感じた

 

 

 

 その瞬間、“卵”は美來の想いに応え、太陽のように(まばゆ)い光を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――“卵”に、(ひび)が入った

 

 

 

 

 

 

 

「――ぁぁぁぁあぁああああぁぁぁぁぁぁあああああああッ!!」

 

 咆哮(ほうこう)

 いや、それは“産声(うぶごえ)”だった。

 

 

 突如として爆発的に膨れ上がった“力”の気配に驚いた悪魔の男と天使の少女がそちらを振り向くと、そこには異様な光景があった。

 

 あの4人の中のリーダーであったポニーテールの少女。

 彼女が天に吠えながら背の左から光の翼、右から闇の翼をまるで噴水のような勢いでエネルギーを噴出しながら展開していた。

 

 直後、翼から(いく)つもの二重螺旋(らせん)の鎖が伸びあがり、少女を、いや、少女()を護るように周囲に舞い踊る。

 その先端は鎌のように鋭利に(とが)り、少女を害するものを貫かんとギラリと光り輝き、闇に濡れる。

 

 少女――美來が固く(つむ)っていた(まぶた)をゆっくりと開く。

 そこには、先程まで失われていたはずの自信がみなぎり、“必ず護り抜く”という強固な決意に満ち溢れていた。

 

「流河、杏里咲、シャネル……あの天使の女の子も……みんな、私が護ってあげる」

 

 

 ――それは宣言

 

 ――それは誓い

 

 ――それを成し遂げられるだけの力がある……それを自覚したが故の、彼女の覚悟の証であった

 

 

 

 

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