水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第一章 家族 後編

 ――湖面が爆発する

 

 地底湖から勢いよく飛び出してきたのは、リウラをお姫様だっこで抱えたリリィだ。彼女は空中でコウモリの翼を広げると、一気に急降下し、ダァンッ! と大きな音を立てて地面に着地する。

 

「リ、リリィ!? いったい、どうしたの!? もう、やっつけちゃったんだから、そんなに急いで陸に上がらなくても……!?」

 

 リリィとリウラによって急所を傷つけられた水蛇(すいだ)は、ウォーターブレスを撃つことなく、ぐったりと全身の力を抜き、口をだらしなく大きく開くことになった。

 その直後、無抵抗になった水蛇からごっそりと精気を奪ったリリィは、大急ぎでリウラを抱え、陸へと逃げ出したのだった。

 

 その精気の奪い方も実に慌ただしく、大量に奪ってはいたものの、水蛇にはまだまだ精気が有り余っている。事実、腹を上に向けてプカプカと湖に浮いている水蛇のヒレは、呼吸をしているかのように動いていて、その生命力が尽きていないことを表していた。

 

 とはいえ、それ以外に全く身体を動かせていないところを見るに、身体の動きを(つかさど)る神経か何かを傷つけられて、動けなくなってしまっているのだろう。

 つまり、完全に無力化はできているはずなのだ。

 それなのに、なぜこれほどまでにリリィが急いで陸に上がろうとしているのか、とっさにリウラは察することができなかった。

 

「リウラさん、アイツが出てきた魔法陣は召喚用です! 水蛇(アレ)を誰かが此処(ここ)に呼び出して私達を襲わせたんです!」

 

「……え?」

 

 彼女達から一拍(いっぱく)遅れて水面にティア達、水精(みずせい)が現れる。

 魔法陣を見た水精や、魔術に詳しい水精から、水蛇が『何者かの使い魔である』と知らされていたティアは、当然いまだ脅威は去っていないことを理解しており、水精全員が水面に現れるや否や、素早く撤退の指揮を()った。

 

「シズク! お願い!」

 

 こくり、と巫女服姿の水精が頷くと、隠れ里を濃密な魔力を()びた濃霧が覆い尽くす。

 シズクと呼ばれた水精の魔力によってリリィ達の魔力や気配が隠され、一瞬にして上手く感知できなくなると同時、リリィの手首をシーが、リウラの手をティアが取り、素早く走り出した。

 

 この視界ゼロの状況で迷いなく、つまづくことなく走ることができるのは、あらかじめ水びたしにしておいた地面のおかげだ。

 

 彼女達水精は、自身が支配する水の位置を手に取るように把握することができる。こうしておけば、水蛇を召喚した者はこちらの居場所も行動も認識できず、水精達は的確に逃走することができる。

 おまけに、水を司る彼女達ならば、地面の水を制御することで水しぶきを上げることもないので、足音すら消せるのだ。

 

 しかし――

 

 ゴッ――!

 

 猛烈な突風が濃霧を吹き飛ばし、彼女達の策を一蹴する。

 

 魔力を帯びた突風により、動きを止められた彼女達は見た。

 

 いつの間にか、彼女達が進もうとしていた先に、既に何者かが立ちはだかっているのを――

 

 

***

 

 

「こんにちは」

 

 そこにいたのは、30に届くかどうかといった年齢の人間族の女性だった。

 まるで水着のような露出度の高い衣装に身を包み、毛皮のマントを羽織(はお)っている。

 腰まで届く長い黒髪をなびかせた彼女は、うさんくさい笑みを浮かべながら、水精達に馴れ馴れしく話しかけた。

 

 おそらく、この場のリーダーだと見抜いたのだろう。女性はティアに視線を合わせる。すると、なぜか彼女は驚いたように目を見開き、軽く口を開いて唖然とした様子を見せた。

 

 ティアは片腕を真横に伸ばして、水精達に下がるように(うなが)すと、女性に対して問いかける。

 

「……あなたは?」

 

「!! ……おっと、これは失礼」

 

 女性は我に返るとわざとらしくおどけ、ティアの質問に答える。

 

「私の名はディアドラ……人間族の魔術師。そこの睡魔(すいま)のお嬢さんにちょっとしたお誘いをしにやってまいりました」

 

「……お誘い?」

 

「はい」

 

 ディアドラと名乗った女性は愛想よく返事するが、やはり胡散臭(うさんくさ)い。

 そして、警戒を緩めない水精達の目の前でリリィに向かって歩き出し、彼女の前まで来ると、しゃがんで自分の目線をリリィと同じ高さに合わせて言った。

 

「お嬢ちゃん。このままだとアンタ……死んじゃうよ?」

 

「……」

 

「ど、どういうこと?」

 

 リウラは見知らぬ人物から突如(とつじょ)として告げられた、リリィの死の宣告に驚き戸惑(とまど)う。

 

 そして、リリィは予想外の人物の登場に思考が止まり、呆然とディアドラを見続けることしかできなかった。

 

(……どうして……なんで彼女がここに……)

 

 その理由は、リリィの原作知識にある。

 魔術師ディアドラ――彼女は原作にて魔王の魔力を奪い、自らが新たな魔王となることを(たくら)む人物だ。

 

 原作でも詳細は明かされなかったが、彼女が新たな魔王となるためには、ただ単純に魔王の魔力を得るだけではダメで、それとは別に莫大な精気を必要とするらしい。

 その精気を得るために、急成長しつつある魔王の使い魔リリィに目をつけ、彼女の成長をうながし、充分に成長したところでその精気を奪うためにリリィを(さら)いに来る……という話になっている。

 

 だがリリィは魔王が封印された後、すぐにこの隠れ里に住んでいる。リリィが魔王の使い魔であることも、凄まじい勢いで成長することも知ることはできないはずだ。なのに、どうして彼女はここに現れたのか?

 

 ディアドラはすっとリリィの猫耳に口を寄せ、耳打ちする。

 

「お嬢ちゃん。アンタ………………魔王の使い魔だろう?」

 

「!?」

 

 リリィの猫耳と尻尾がピンとこわばる。

 

(なんで……!? どうしてそれを……!?)

 

 リリィの疑問に答えるように、ディアドラは耳元でささやき続ける。

 

「私はこう見えても凄腕の魔術師なんだよ……だから、お嬢ちゃんがときどき魔王とそっくりの魔力を放っていることに気づくことができたのさ。ちょっと探し物をしているときに、偶然その魔力を感知してね」

 

「少し魔術でお嬢ちゃんの()を調べさせてもらったら、魔王の魂があるときたもんだ……それとお嬢ちゃんが使い魔の契約で結ばれているんだから、お嬢ちゃんがどういう存在かも分かったんだよ」

 

 リリィは、“なぜ自分がディアドラに見つかったか”を理解した。

 

 おそらく、彼女は封印されている魔王を探していたのだろう……自らが魔王となるために。

 その時点では、魔王の魂が既にその肉体に無いことを知らなかったはずだから、封印を解いて魔王に取り入り、隙をついてその魔力を奪うつもりだったのかもしれない。

 

 “ときどき魔王とそっくりの魔力を放つ”というのは、たぶん魔王の魂から記憶を引き出しているときだろう。

 

 魔王の魂から記憶や経験をもらうと、少しの間、自然にリリィの魔力光(まりょくこう)が淡い紫から漆黒に染まっていたことをリリィは思い出す。水蛇に向かって撃った追尾弾が真っ黒に染まっていたのは、その(さい)たるものだ。

 

 原理はさっぱり分からないが、ひょっとしたら、リリィの魂が魔王の魂に波長を合わせていたのかもしれない。その魔王そっくりの魔力が、魔王を探す彼女の探査魔術に引っかかってしまったのだ。

 

「アンタのご主人様が、人間達に封印されたことは知っているね? お嬢ちゃんが今も生きていられるのは、その封印が不完全だからさ。だけど、その封印もいずれ完成する。そうなったら、お嬢ちゃんも生きてはいられない……お嬢ちゃんのご主人様も二度と復活できない。そうなる前に強くならなきゃならないねぇ、人間なんて簡単に蹴散らして封印を解けるぐらい」

 

 ディアドラは立ち上がって一歩リリィから離れると、にっこり微笑んでリリィに手を差し出す。

 そして、今度はハッキリと皆に聞こえる声量で言った。

 

「お嬢ちゃんは、早く強くなってここから出たいんだろう? 私についてくれば、あっという間に何倍も強くしてあげるよ? アンタには、それだけの才能がある」

 

 そして、“どうして自分が狙われたのか”をリリィは知る。

 

 おそらく、バギルの精気を吸ってパワーアップしたところを見られたのだ。

 ディアドラの狙いは明白だ。原作通りリリィの成長速度に目をつけて、充分に育ったリリィの精気を奪うつもりだろう。

 

 魔王が()ずから創造した使い魔であるリリィの潜在能力は、文字通り桁はずれだ。一般的な睡魔など、まるで比べものにならない速度で成長する。ディアドラは、これを見逃すような人物ではない。

 

「……」

 

 うつむいて黙り込むリリィに代わり、ディアドラの言葉に反応したのはティアだ。

 

 耳打ちしていたせいで良く聞こえなかったが、前後の発言から考えて、おおかた『私が鍛えないと、リリィは死ぬ』とでも脅したのだろう。

 ティアは怒りの感情を隠すことなく、言葉に乗せる。

 

「ふざけた言い分ね。水蛇(アレ)をけしかけたのは、あなたでしょう? そんな人を信用できるものですか」

 

「これは申し訳ない。ですが、あれはこのお嬢ちゃんの素質を見るために、しかたなく(おこな)ったこと……決して大きな怪我はさせないように注意していましたよ?」

 

「よくもまあ、ぬけぬけと……!」

 

「信用していただけないとは、悲しいですねぇ……では、お嬢ちゃんはどうだい? 私についてきたいと思わないかい?」

 

 ティアがディアドラの言葉を切って捨てれば、ディアドラはいけしゃあしゃあと『あれはリリィのためだった』と言い張った。そしてそれを信じさせるつもりもない。

 リリィが頷けばそれでよし、という態度である。

 

 おそらく、『素質を見るため』という発言は真実だろう。

 “リリィがどこまで戦えるのか”を(はか)ることができれば、彼女がどの程度のスピードで、どの程度の強敵を(くだ)し、その精気を奪ってどの程度成長するかを、おおまかにではあるが推測することができる。

 

 だが、後半は真っ赤な嘘だ。

 彼女は間違いなく、“別に死んでも構わない”と思って水蛇をけしかけている。でなければ、口を閉じたままウォーターブレスを放つなんて真似(まね)を水蛇にさせる訳がない。

 もしかしたら、彼女にとって“死んだら、その程度の才能だった”くらいの認識なのかもしれない。

 

 立ち上がって上から問いかけるディアドラからは、うつむくリリィの表情はうかがえない。

 しかし、もしリリィの表情が見えたなら、“警戒”なんてレベルでは到底収まらないほどの、凄まじい恐怖に彩られた表情に違和感を覚えただろう。

 

(どうしよう……どうしよう……どうしよう……!!)

 

 普通に考えれば、断るべきだ。

 だが、ディアドラはとても非情な人物である上に、リリィの有用性を知ってしまっている。たとえここでリリィが断ったとしても、無理やり(さら)って、魔術で洗脳するぐらいはしても全くおかしくはない。

 

 しかし、だからといって素直について行っても、洗脳されないとは限らないから、結果は同じだろう。断ろうと断るまいと精気を絞り尽くされて死ぬ未来しか見えない。

 

 そして、ディアドラを倒す実力も、ディアドラから逃げ切る実力も、今の自分には無い。水精達にも無い。つまるところ、完全な手詰まり(ゲームオーバー)である。

 

 

 ――そんな時だった

 

 

 

「ダメだよ、リリィ。ついて行っちゃダメ」

 

 

 

「リウラさん……!?」

 

 リウラはリリィの手をギュッと握りしめ、ディアドラを(にら)みつけながら言う。

 まるで、その手を離したらリリィが居なくなってしまう、と恐れているかのように。

 

「うまく説明できないけど、なんとなくわかる。このおばさん、リリィのことなんて全然考えてない……ううん、“リリィのこと利用してやろう”って思ってる。ついて行ったら、絶対にリリィは不幸になっちゃう」

 

 そうリウラが言った瞬間、ディアドラの眼つきがガラリと変わる。

 

 ゾクリ――!

 

 リウラの背筋が震える。

 まるでモノを見るかのような冷たい眼。“やはり自分の勘は間違っていなかった”とリウラは、自分とリリィを護るために、水弾を周囲に()びだそうとする。

 

 

 

 ――その瞬間、繋いでいたリウラの手が、リリィによって思い切り振り払われた

 

 

 

「え……?」

 

 何が起こったのか分からずリリィへと振り返ると、リリィと視線が合った。

 

 ――その眼つきはディアドラと瓜二(うりふた)つ……リウラを“人”ではなく“モノ”として見ている眼だった

 

「リ……リリィ?」

 

 あまりに予想外の出来事に、リウラが戸惑う。

 それをまるで()(かい)さず、リリィはこう言い(はな)った。

 

「今までありがとうございました。もう貴女(あなた)は用済みです」

 

「何を、言って……?」

 

「あなたに気に入られるように振る舞っていたのは、まともに戦える力が身につくまでの間、私を庇護(ひご)してくれる人が必要だったからです。あなたよりもよほど強い彼女が鍛えてくれる以上、もうその必要もない」

 

「だから……! その人は信用できないって……!」

 

「ああ、ひとつ言い忘れていました」

 

 リウラの叫びをそよ風のように聞き流し、リリィは言う。

 

 

 

 

 

()()()()()使()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「……は? ……え?」

 

 リウラは唖然とする。

 いや、リウラだけではない。この場のほぼ全員が目を()いて驚いていた。

 

 異なる態度をとっているのは、最初からその事実を知っていたディアドラ……そして、鋭い目つきでリリィを見る巫女服姿の水精(シズク)と、巻貝の耳飾りの水精(シー)だけだった。

 

(はな)から信用なんてしてません……この人間も、あなた達も。私にとって信用できるのは、私を創造してくれた魔王様ただ1人」

 

「何を企んでるのかは知りませんが、この人間が私を鍛え、魔王様を復活させようとしているのは間違いない……なら、私はそれを利用させてもらうまで」

 

 ヒュッと翼を広げて飛び立ったリリィは、力なく水面に腹を上にして横たわる水蛇の上空へと移動し、わずかに(まぶた)を落として精神を集中させる……すると、水蛇全体を収める巨大な魔法陣が現れた。

 

愚昧(ぐまい)なる水の蛇竜よ……我が軍門に(くだ)れ!≫

 

 魔法陣が強烈な光を放ち、リウラ達はとっさに腕で自分の眼を(かば)う。

 

 光が収まりリウラ達が腕を退()けると、そこには無傷の水蛇が鎌首(かまくび)をもたげていた。

 そして、リリィはその水蛇の頭の上で片膝をついて(すわ)り、こちらを嘲笑(あざわら)うような眼で見下ろしている。

 

(へぇ……仮契約を結んだか……瀕死の状態だったとはいえ、私の使い魔に対して契約を結ぶとは、なかなかやるじゃないか)

 

 ディアドラは(わず)かな感嘆とともに、リリィへ更なる期待を(つの)らせる。

 

 使い魔の契約は基本的に早い者勝ちであり、多重で契約を結ぶことはできない。しかし、抜け道はいくつかあり、その一つが今リリィが結んで見せた“仮契約”というものだ。

 

 文字通り仮の契約であり、本契約とくらべればその質はやや落ちるものの、“主の命令に従う”などの効果は変わらない。

 本契約者であるディアドラの命令が優先されるため、ディアドラに対してけしかけることはできないが、こうして水精達を脅し、攻撃するには充分すぎるほど有用だ。

 

「感謝していますよ、リウラさん? 私をここまで強くしてくださったのですから。そのお礼に、邪魔をしないのであれば、あなた達の命は見逃すことを約束しましょう」

 

 どうやら水蛇を支配して見せたのは、“リリィがこれだけ強くなった”ということを示すパフォーマンスでもあったようだ。

 

 リリィを頭に乗せた水蛇はリウラ達に背を向けると、岩壁(がんぺき)に向かって大きく口を開き、地底湖の水がまるで滝を逆再生するかのように、開いた水蛇の口に飲み込まれてゆく。

 

「待って、リリィ!!」

 

 

 ――直後、轟音とともに岩壁が砕け散った

 

 

 リウラの呼びかけを無視し、開いた大穴を(くぐ)って水精の隠れ里をリリィが後にしようとする……しかし、

 

「……何のマネですか?」

 

 リウラが、リリィの前に立ちふさがる。その目線の高さは、鎌首をもたげた水蛇に座るリリィと同じ……すなわち、空中に立っているように見える。

 が、よく注意して見ればリウラの足元に透明な板状の何かがあり、それが魔力を放っていることが分かる。おそらく、水で足場を(つく)ってその上に立っているのだろう。器用な奴だ。

 

「もちろん、リリィを連れ戻しに」

 

「……ああ、ティアさん達のことですか? 安心してください。魔王様が復活した後も、彼女達の生活に支障が無いように取りはからってあげますから」

 

 リリィは少し考えて思い当たる。

 魔王の脅威から逃れるために造られた水精の隠れ里……そこに住まう者達からすれば、封印された魔王を復活させるなど言語道断だろう。

 『殺す』ではなく『連れ戻す』なのは、リウラの情けか。

 

 しかし、リウラは首を横に振る。

 

「違うよ。リリィを不幸にしないため……ううん、リリィを幸せにするために、私はリリィを連れ戻す」

 

「……私の話、ちゃんと聞いてましたか?」

 

 リリィが呆れ声で言うと、リウラはあっさりと頷く。

 

 

 

 

「うん。……()()()()()()()()?」

 

 

 

 

「……え?」

 

 ポカンとリリィが口を開ける。

 

「あ、『魔王の使い魔』っていうのは本当かな? だけど『誰も信用してない』ってのは嘘だよね? 少なくともリリィは私のこと信用してくれてるもん」

 

「ッ……何を根拠に……!」

 

「なんとなく! 私、すごく勘が良いんだよ? 特にこういうのはバッチリ! ……それにね?」

 

 リウラは、ふわりと微笑む。

 

「たった1週間だけど、私はずっとリリィのこと見てきたから。だから、“リリィが私を信じてくれてる”ってことも、“今リリィが心にもないことを言ってる”ってこともわかるんだ」

 

 表情が抜け落ち、まるで人形のような無表情となったリリィは、黙ってリウラに向かって人差し指を向ける。

 

 

 ――淡い紫の魔力弾が、リウラの頬を(かす)めた

 

 

「「リウラちゃん!?」」

 

 双子の水精が動揺してリウラを助けんと飛び出そうとするが、ティアがそれを両腕で(さえぎ)って止める。

 

「「ティアちゃん!? なんで!?」」

 

「……ここはリウラに任せなさい」

 

「「でも!!」」

 

「いいから! ……あの子達を信じなさい……!!」

 

 ティア達のやり取りをよそに、リリィ達の会話は続く。

 

「消えなさい。次は当てますよ」

 

「うぉう……問答無用で押し通るか。それは困るね~」

 

 リウラは冷や汗を流しながらおどけたようにそう言うと、真剣な表情になって水の床の上で半身(はんみ)に構える。

 

 リウラは巫女服姿の水精――シズクの元で護身術を習っている。

 

 なぜかシズクから異様に警戒されていたリリィは、その鍛錬の様子を見せてもらうことはできず、リウラの強さを知ることはできなかったが、リウラ自身の申告では『結構(けっこう)強い』らしい。

 

 だが、そのシズクを含めた水精全員でも(かな)わない水蛇と、全てではないがその水蛇の精気を大量に吸収したリリィの敵ではあるまい。

 リリィは、リウラの(あご)を狙って再び魔弾を放つ。

 

 

 ――スッとほんの一歩分リウラの身体が横にずれ、魔弾はリウラの隣をすり抜けていった

 

 

「!?」

 

 リリィの驚愕に合わせるように、リウラが水の床を蹴る。

 慌てたリリィは、今度は外さないよう、水蛇にも使った誘導弾を同時に複数放つ……が、

 

「ふっ」

 

 鋭く息を吐いたリウラは、一度立ち止まり、自分に向かって飛んでくる魔術の矢の側面に手のひらを添え、次々と軌道を()らす。

 てんでデタラメな方向に飛ばされた魔矢は、リウラを撃ち抜かんと、リウラに照準を合わせて舞い戻る。

 

 そして魔矢が当たる瞬間、リウラは再びリリィに向かって水の床を蹴る。

 ……当たる直前で目標を見失った魔矢は、その全てが同士討ちし、打ち消し合った。

 

「な……な……!」

 

 リリィは、開いた口が(ふさ)がらない。

 リウラは軽々とやって見せたが、素人目(しろうとめ)に見ても、今のは明らかに達人の技だ。

 しかも、リリィが使ったのが誘導弾であり、それを一目(ひとめ)で見抜けなければできない芸当……一介(いっかい)の水精が成せる技ではない。

 

 ふと気づけば、もう目の前にまで(せま)っているリウラを見て、リリィはさらに焦る。

 ならば、そうした対人技術が通用しない巨大生物――水蛇に攻撃させるまで。

 

 リリィは水蛇の頭を蹴って空へ逃げながら、心話(しんわ)――魔術的なテレパシーで水蛇に命令を(くだ)し、リウラの走る動きに合わせて水蛇に首を振らせ、その鼻先を当てようとする。

 

「えっ……!?」

 

 しかし、それすらもリウラは(かわ)す。

 ()()()()()()()()をフェイントに()()()()()()()水蛇の鼻先を回避し、一気にリリィとの距離を詰める。

 

 水床が動くことで走る必要がなくなったリウラは、右拳を腰だめに構え――

 

「ッ……!」

 

 思わず目を(つむ)るリリィ。

 

 しかしその拳は当たらず、リリィの頬を(かす)めて、

 

 

 

 

 

 ――ギュッとリリィの頭を抱きしめた

 

 

 

 

 

「……」

 

 何が起こったのか分からず思考が停止するリリィに、リウラが優しく話しかける。

 

「……わかった。どうしてもあの人について行きたいんだったら、もう止めない。その代わり、私も一緒についてく」

 

「な、なんで」

 

「心配だからだよ。当たり前じゃない」

 

「だって、私は魔王の使い魔で、みんなを騙してて」

 

「私はね、リリィのこと“家族”だと思ってる」

 

「!!」

 

 リウラの胸の中で、リリィは大きく目を見開く。

 

「“お父さんを復活させたい”って思うのは当たり前だよね? みんなからいじめられないように黙っているのも当たり前。……リリィは全然悪くない」

 

「そんなことより、私はリリィが……私の大切な家族が、危険な目に合うことの方が耐えられない。……だから、あの人がリリィに酷いことしないか見張ってる。もし酷いことしそうなら、身体を張ってでもリリィを逃がす。そのために、私はリリィについて行く。……ね、リリィ……」

 

 リリィを抱きしめる力を強めて、リウラは言った。

 

 

 

()()()()()()()?」

 

 

 

 それは、バギルと戦う前にリウラが掛けてくれた言葉。

 

 あの時は表面上の意味しか(とら)えられなかったが、今ならリウラが本当に言いたかったことが分かる。

 

 

 ――ずっと(そば)に居るよ。だって、あなたは私の家族だから

 

 

 リリィの眼から涙が溢れる。

 肩が震える。

 もう耐えられなかった……これ以上リリィの大切な()()を騙し、傷つけることに。

 

「ダメです……ついてきちゃダメです!」

 

「……リリィ?」

 

 リリィはリウラの水の(ころも)(つか)み、涙で顔を濡らしながら必死に叫ぶ。

 

「あの人が危ない人だなんて、最初から分かってたんです! でも、断ったら無理やり(さら)われちゃうかもしれない! 私を(かば)ってくれるリウラさん達も、殺されちゃうかもしれない! そんなの嫌だったんです!」

 

「私がついて行ったら、少なくともリウラさん達は見逃してくれるかもしれない……だけど、リウラさんがついてきちゃったら、リウラさんがどんな目に合うか分からない! だからお願いです! ついてこないでください! 私の事は忘れてください!」

 

 あの時……ディアドラの雰囲気が変わった瞬間、リリィは思った。

 

 

 ――このままでは、リウラが殺されてしまう

 

 

 だから、リリィはディアドラの誘いにのったふりをしたのだ。

 だから、リリィは“自分が魔王の使い魔であること”を明かして、リウラ達に嫌われようとしたのだ。

 

 そうしなければ、リウラの命は救えないと思ったから。

 

 あの瞬間、リリィの中の天秤(てんびん)は自分の命ではなくリウラの命へと確かに傾いたのだ。

 

 どうすれば、リウラを諦めさせることができるのか……焦りを(つの)らせるリリィに、声が掛けられる。

 

 

 

「あ~、盛り上がってるところ悪いけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「………………え?」

 

 思わず絶句してギギギ……と壊れたブリキのおもちゃのようにリリィが首を動かすと、そこには気まずそうにしているディアドラが宙に浮かんでいた。

 

「最初に言ったはずなんだけどねぇ……『誘いに来ただけだ』って」

 

「で、でも、リウラさんが『ついて行っちゃダメだ』って言ったら急に怒って……」

 

「そりゃあ、こんなうら若い乙女をつかまえて『おばさん』呼ばわりされたら怒るに決まってるさ」

 

 額に青筋を立てて言うディアドラに、リリィは「あ……」と思い至る。

 

 

 

 ――『この()()()()、リリィの事なんて全然考えてない……』

 

 

 

(言った! そういえばリウラさん『おばさん』って言ってた!!)

 

 リリィは頭を抱える。

 あらためて思い返してみれば、原作でもディアドラはリリィに『おばさん』呼ばわりされてブチ切れていたシーンがあったように思える。

 

 だが、そんな些細(ささい)なことをあの緊迫した状況で思い出せるわけもなく、てっきりリリィを連れていくことに抵抗するリウラが気にくわずに怒っていたのだと思い込んでいたのだった。

 

 しかし、よく考えてみれば、無理やりにでもリリィを攫うつもりなら、最初から攫っているだろう。こんな茶番を演じる必要など、どこにもない。

 彼女の“誘い”は、ただ単に“ディアドラ自身が鍛えた方が効率が良いだろう”と考えていただけなのだ。

 

「“さっさと強くなって、魔王の封印を解かないと死んじまう”ってことは理解できてるんだろう? 私はそれを手伝ってやろうと思っただけさ。『要らない』ってんなら、自分の力でどうにかするんだね」

 

 そう言うと、ディアドラはゆっくりと自身の姿を薄れさせ、やがてこの場から消え去った。

 

 

***

 

 

「……終わったわね」

 

 ティアは、ほっと安堵(あんど)の溜息をついた。

 

 本当に、たいしたものだと思う。

 たしかに、状況的にリリィが演技をしていた可能性は低くはなかったが、その演技は(しん)(せま)っていた。

 

 つい先程まで脅威を見せつけられていた水蛇の迫力もあって、ほとんどの水精達は完全に“リリィが自分達を利用していた”と信じ込まされ、ショックが引いた後は、湧き上がる自身の怒りの感情に飲み込まれそうになっていた。

 

 だが、リウラは違った。水精達の中でただ1人リリィに“家族”として接していた彼女は、他の水精達とは比較にならないほどリリィの事を理解し、リリィの事を想っていた。

 そんなリウラだからこそ、たやすくリリィの演技を見破り、リリィの本音を引き出すことができたのだろう。

 

「……ティアちゃんは、わかってたの?」

 

「ええ」

 

 ティアの足元で頭を押さえてうずくまり、プルプルと震えるレイクが()くと、ティアは事もなげに答えた。

 

 ティアは水精として誕生した時から、他者に対する洞察力には並はずれたものを持っていた。

 たしかにリリィの演技力は大したものであったが、ティアから見ればまだまだ甘い。

 

 リウラに放った魔弾・魔矢は全て怪我しない程度に手加減されていたし、水蛇に襲わせる時も傷つけないよう、噛みつかせるのではなく鼻先で叩かせようとしていた。

 そうしたひとつひとつの行動を丁寧に見れば、リリィがリウラを大切に思っていることはバレバレだったのだ。

 

 ティアがそのことを話すと、なぜか痛そうに頭を押さえる双子の水精達は恨めし()に言った。

 

「そ~いうことは」

 

「もうちょっと早く言ってほしいよね~……」

 

 リリィがリウラに向かって2発目の魔弾を放った瞬間、彼女達はティアの制止を振り切ってリウラを助けるために飛び出そうとしたのだが、直後、ティアが彼女達の頭に特大の水のゲンコツを落とし、力づくで止められていたのだった。

 

 双子は「殴られた理由はわかったけど……」「もうちょっと止め方ってもんがあるよね~」と痛みに頭をさすりながらブツブツ言っているが、ティアは『何も聞こえない』と言わんばかりに完全にスルーしている。

 

「……で、どうするの? あの人『魔王の封印を解かないと、リリィが死ぬ』って言ってたよ? リウラちゃん、このままだと魔王の封印を解くために、リリィと一緒に里を出て行っちゃうんじゃない? ティアちゃん、あれだけリウラちゃんの事を大切にしてたのに、このままだと危ない目に()っちゃうよ?」

 

「魔王が復活しちゃったら、大変なことになっちゃうんじゃない? 放っといていいの? あ、でもひょっとして、本当はリリィみたいに良い子なのかな? もしそうだったら、いいんだけど……」

 

 双子の言葉にティアは………………答えられなかった。

 

 

 ――『い・や・だあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!』

 

 

 リリィと出会うまでは、なんだかんだ言ってティアの言うことを聞いていたリウラが、あんなに目を吊り上げて拒絶の意志を叩きつけるとは思わなかった。

 

 今ここでリウラを無理やり捕らえ、ここではない新たな水精の拠点に縛りつけたところで、彼女はリリィを助けるために、必ずいつかそこを抜け出すだろう。

 

 どうせそうなるのなら、むしろ気持ちよく送り出してやった方が良い。

 餞別(せんべつ)を渡して、旅をする上でのアドバイスをして、可能な限りの準備をして送り出す。……それが少しでも、彼女達が安全でいられる時間を増やすと信じて。

 

 魔王の復活については、ディアドラが背後にいる以上、ティアにはどうしようもない。

 自分には、あんな化け物を軽々と使役(しえき)する彼女に対抗できるような魔力も無ければ、彼女の企みを阻止できるような組織も無いのだ。

 

 彼女のリリィに対するぞんざいな扱いから、リリィが魔王の復活に必要だとも思えない。

 仮に今ここでリリィを殺したところで、ディアドラに対する何の妨害にもならないだろう。

 

 ――ティアは拳をきつく握りしめる

 

 いまだ空中で抱きしめ合うリリィとリウラを見つめながら、ティアは自らの無力さに歯噛みし、そんな様子の彼女をシズクは心配そうに見ていた。

 

 

***

 

 

 彼女達から遠く離れた隠れ里の一角――

 びしょ濡れになった岩場に、1人の女がいつの間にか立っていた。

 

 その姿は頭のてっぺんからつま先まで真っ黒で、帽子、手袋、ズボン、靴に外套、果ては鼻から下を覆うマスクまで、黒で統一された黒ずくめ。

 

 その身体の線の細さと、曲線を描くラインから(かろ)うじて女性であることが分かるが、それ以外は何もわからない怪しい人物であった。

 

 黒ずくめは目元だけでニヤニヤと笑いながら、口を開く。

 

「こんなところで何してるんスか? ロジェンさん」

 

 誰もいないはずの岩場に黒ずくめが声をかける。

 しばし間をおくと、突如、岩場を濡らしていた水という水がゴッ! という音を立てて巻き上がり、1人の女性の姿を形作った。

 

 ティアにも負けぬ立派な水のドレスを身に(まと)い、豊かな髪をゆったりとした三つ編みにした、20代後半の美女である。

 手には水でできた扇を持ち、それを広げて口元を隠している。

 

 水精の隠れ里の里長(さとおさ)である彼女――ロジェンは、黒ずくめを鋭い視線で睨みつけながら言った。

 

「……どうして、わたくしの居場所が分かりましたの? 気配は隠していたつもりでしたけど」

 

「あいにく、気配を隠蔽(いんぺい)する(たぐい)の魔術については、昔ちょっとばかし高名な方に教えを()う機会があったんで、結構くわしい方なんスよ。むしろ、魔術じゃなくて素直に自前(じまえ)の技術で気配を消したほうが、わかりにくかったかもしれないッスね?」

 

「……それで? わたくしに何の用ですか? あなたの望み通り、わたくしも、わたくしの騎士たちも手出しはしませんでしたわ。いまさら、わたくしに用があるとは思えませんが」

 

「ええ、まあ、その件についてはありがとうございます。感謝するッスよ。……まあ、え~っと、“シーさん”でしたっけ? あと、“シズクさん”? なんか、いざという時の保険っぽい方がいらっしゃったみたいですし、こうしてロジェンさんも私に見つからないように隠れてたっぽいッスけど……、今回はうまくいったんで、見逃してあげるッス」

 

「……」

 

 ロジェンの視線に濃密な殺気が乗り始める。

 しかし、それを柳に風と受け流し、黒ずくめは用件を切り出した。

 

「私の用件は、さっきと一緒ッスよ。あの女……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今回だけでなく、これからもずっと……ね? もし、邪魔したら――」

 

 

 ボンッ!

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「さっきも言った通り、あなたの大切な水精達が、こうなっちゃうッスからね! ……どこに隠れても無駄ッスよ? どこにいようと私には分かるッスからね。……それじゃあ、今後ともよろしくッス~!」

 

 黒ずくめは、最後まで陽気な態度を崩さず、一瞬にしてフッと音もなく姿を消した。

 

 しばらく黒ずくめが居た空間をにらみつけていたロジェンは、やがて視線を落とすと、悔しそうに吐き捨てた。

 

「……本当に、情けない……このわたくしともあろうものが、一度ならず二度までも暴力でねじ伏せられようとは……!」

 

 まるで黒ずくめ以外にも力でねじ伏せられたことがあるかのような言葉を吐き出すと、ロジェンは心の内で決意を固める。

 

(いいでしょう。あなたの望み通り、わたくし達は手出ししません……()()()()()

 

 あの神出鬼没の黒ずくめであろうとも、決してわからないよう、できる限りの手を尽くして、リウラを……そして、リウラが認めた大切な家族を護る。そう、ロジェンは心に誓う。

 

(それに、あの娘達なら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あの2人なら、ディアドラや黒ずくめの企みを打ち砕き、必ずや幸せな未来をつかみ取れる。……わたくしは、そう信じています)

 

 そして、その決意と……家族愛に溢れた、力強くも優しい眼を背後の空へと向ける。

 その視線の先には、これから先の彼女達の未来を示すかのように……、

 

 

 ――とても、とても幸せそうにじゃれ合う水精(みずせい)睡魔(すいま)の姿があった

 

 

 

 

 

 

 

 ――ねぇ、リウラさん

 

 ――なあに? リリィ

 

 ――私たち、家族なんですよね?

 

 ――うん! もうとっくに!

 

 ――だったら……『お姉ちゃん』って呼んでいいですか?

 

 ――……………………

 

 ――リウラさん?

 

 ――もちろんだとも! 妹よぉぉおおおおおお~~~~~!!!!

 

 ――きゃぁぁぁあああああ!!? リウラさん!! 落ち着いてください!!

 

 ――『リウラさん』じゃなくて、『お姉ちゃん』!! それと、家族で敬語禁止!!

 

 ――わかりま……わかった! わかったから! ()()()()()、頭で私の胸をぐりぐりするのやめてぇええ!!

 

 ――良い!! 『お姉ちゃん』良い!! もう1回! もう1回、『お姉ちゃん』って言ってええ!!

 

 ――言うから! 後で言ってあげるから!! お願いだから、いったん離れて!!

 

 ――恥ずかしがるリリィも可愛いぃぃいいいい!!!!!

 

 ――お姉ちゃぁぁあああああん!!??

 

 

 

 

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