水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第九章 水瀬 流河 中編2

 ――気分が重い

 

 天使達、そして美來(みらい)達が、全校生徒を護衛しながら天使の領域へと進んでゆく。

 

 そう、()()()だ。

 そこに流河(るか)は含まれない。

 

 流河は異能者とはいえ、直接的な戦闘力に乏しい。

 かといって、どこかのテレビゲームのように回復魔法や防御魔法に(るい)するような、味方の戦闘を補助する異能も持ってはいない。

 そのため、他の生徒と同様に“ただ護られる者”としてクラスメート達とともに黙々と歩き続けていた。

 

「あ、あの、ルカちゃん……ほんとに大丈夫? 凄く顔色悪いよ……?」

 

「……大丈夫」

 

 明らかに大丈夫ではない。

 

 普段の流河であれば、たとえ本当に不調であったとしても、ハイテンションに微笑んで、クリエイター達を指揮する負担がかかっているシャネルを逆に気遣(きづか)っていただろう。

 それは、現在の彼女が()を気遣うどころか、自分自身の事すら把握できない程に精神が弱っていることを意味していた。

 

 もちろん、このことは(るい)秀哉(しゅうや)、美來達も気づいている。

 だが、“何か得体のしれないものを見た”だけのまどかの時とは異なり、自分の存在意義にかかわるショックを受けた流河は涙達が少々抱き締めたり、声をかけたりしたところですぐには回復せず、更にはすぐに天使領への移動が始まったことで、このような状態のまま移動することになってしまったのだった。

 

 当初は出発を(おく)らせようかとも提案されたのだが、流河自身が拒否したことに加え、メヒーシャ(いわ)く『移動が遅れれば遅れるほど、悪魔達に攻撃の機会を与えてしまう』という(もっと)もすぎる提言があったため、仕方なく出発することとなってしまった。

 

 流河が、戦闘に直接大きな影響を与えるような異能者ではなかったことも大きい。

 彼女が好調であろうが不調であろうが、総合的な生徒達を護衛する力には、ほとんど変わりがないのである。

 

 とはいえ、このような状態の流河を1人で放り出す訳にもいかない。

 そこで、クリエイター達の指揮・操作能力は有るが、本人に直接的な戦闘力が無いため、必ずしも前線に出る必要がないシャネルが流河につくことになったのである。

 

 流河達を護衛するためについてきたヴァフマーも、“自分が流河を護る”と申し出てくれたものの、流河は断り、生徒たち全体の護衛をお願いした。

 ただでさえ自分の価値に疑問を覚えているというのに、その自分を護るためにヴァフマーという貴重な戦力を()いたことで誰かが傷つき、死ぬことになれば、流河はその罪悪感に耐えられないからだ。

 

 流河は悩む。

 

(……私が、もっとお姉ちゃんのように勉強してたり、生徒会の仕事をしてたら……異能なんて関係なく、みんなの役に立てたのかな?)

 

 異能が無くとも、涙も、そしてまどかも非常に皆に貢献していた。

 

 涙は生徒会副会長として積み上げてきた信頼や実績、そして本人の統率力を活かして、不安そうな生徒達を見事にまとめ上げていた。

 その手腕は、悪魔達に襲われていた時にもパニックを起こさせず、今も生徒達を1人残らず天使領へと導いていることからも明らかだ。

 

 ――そう、()()()()()である

 

 通常であれば、これだけの人数が居れば、少なからず反対者は出るものだ。

 特にあれだけの悪魔達に襲われた直後であれば、“安全そうに()()()学園から動きたくない”と思っても仕方がないし、中には不良のように、上に従うことを良しとしない者達もいる。

 

 だが、学園生活を“政治能力を(みが)く場”として(とら)えていた涙は、既に彼らに対しても確固とした人脈を築き上げていた。

 清濁あわせ呑む彼女の交渉力や人心掌握術は凄まじく、なぜ鳴海(なるみ)が彼女を副会長に指名したのかが、今や誰の目にも明らかになっていた。

 

 『椎名(しいな) 沙夜音(さやね)が学生会長選挙で栢木(かしわぎ) 鳴海に敗れたのは、水瀬(みなせ) 涙を味方につけられなかったからだ』という(うわさ)が一時期流れたことがあったが、おそらくあれは真実だったのだろう。

 

 同様に、まどかも非常に役に立っていた。

 

 彼女は涙のような政治能力はないものの、新聞部部長として鍛え上げてきた足や観察力・情報収集能力、そして生来の機転の良さを存分に活かし、生徒達の不安を初めとする数々の問題点を即座にまとめ上げ、改善案を提案し、鳴海達に報告することで生徒達の不満や恐怖が爆発することを抑え、天使領への移動のリスクを最小限に抑えている。

 

 それだけではない。

 この不可思議な世界の写真を撮影して証拠を残す(かたわ)ら、流河達のように学園以外の場所に居た人たちを、天使領への移動中に次々と見つけ出し、学園生へと合流させている。

 

 こうした事実が、流河を更に責め(さいな)んでいた。

 

 流河とて、本当は分かっている。

 彼女達と自分ではできることが異なるのだから、自分ができることをやれば良いのだと。

 秀哉達に劣るとはいえ、異能者である自分の方が一般の生徒達よりも戦闘能力が高く、いざという時には生徒達を少しでも護ることができるのだと。

 

 だが、高校生離れした能力を発揮する姉達の姿を見て、“自分が如何(いか)に役に立たないか”ということにばかり焦点が合ってしまう。

 それ程に、彼女は追い詰められていた。

 

「――!」

 

 シャネルの隣にいた、土を人間の女性型に固めたかのようなクリエイターが、一瞬驚いたような表情を浮かべた後、慌ててシャネルに謎の言語で話し出す。

 

 美來の謎のネーミングセンスによって『土でできてるから、“つっちゃん”』と名付けられてしまった彼女は、『どこの宇宙人の言語か』と言いたくなるような奇妙な言葉をしゃべりだすも、それを聞いたシャネルは瞳に理解の色を浮かべて頷き、上空へと視線を向ける。

 すると、上空に居た飛行型のクリエイター達がシャネルの無言の指示に従い、一斉に右回りの円を描いて飛び出した。

 

 

 ――敵襲である

 

 

 生徒達を囲うように移動していた天使やクリエイター達、そして秀哉が展開していた血液による悪魔やクリエイターの複製体達が一斉に戦闘行動に入り、いつの間にか忍び寄っていた悪魔達と激戦を繰り広げる。

 

 多くの生徒達が(おび)え震えながらそれらを見守りつつも移動を続ける中、流河は無気力に死んだ魚のような瞳で……いや、()()()()()()()()それらを(なが)めていた。

 

 

 

 ――……!

 

 

 

「……………………ぇ?」

 

 流河の耳が……いや、流河の異能が“声なき声”を聴く。

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何らかの理由によって()()()()()()()()であった。

 

「流河ちゃん!?」

 

 流河は走る。

 

 今の声を聞けるのは()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()……それを自覚した瞬間、流河は悲鳴の元へと走り出していた。

 

 異能を発動――流河の肉体の全能力が引き出され、一流アスリートもかくやと言わんばかりの流れるような動きで、生徒達をすり抜けて移動する。

 自身の身体能力には一切干渉できないシャネルの異能では、とても追いつくことができず、シャネルはあっという間に流河に置いて行かれてしまった。

 

(……!!)

 

 そして悲鳴の聞こえる場所で流河が見たもの……それは悪魔達が放つ闇弾によって岩盤が崩れ、下に落下して足を(くじ)いて動けなくなっていたまどかの姿だった。

 

(……なんで、誰も気づいてないの!?)

 

 流河は疑問に思うが、これは誰が悪いわけでもなく、完全に偶然の産物だった。

 

 ――()()()()、まどかが他の場所へと移動しようとした時、

 ――()()()()、生徒たち全員がまどかを見ておらず、

 ――()()()()、彼女の周りに人が居ない時に、

 ――()()()()、悪魔からの流れ弾が彼女の足元に直撃した……それだけだった

 

 そして、まどかは生徒達が自分の危機に気づいていない事を知り……本当は『救けて』と声を上げたいにもかかわらず、それを押し殺した。

 それぞれの異能者が全身全霊で眼前の敵と戦っている今、自分を救けることに力を割いてしまったら、自分だけでなく、より多くの被害を出してしまうかもしれないから。

 

(……ううん、今はそんなことを考えてる場合じゃない!)

 

 だがここに、彼女の悲鳴に気づいた少女がいる。

 どんなにショックを受けていようとも、誰かの危機に駆けつけることのできる、心優しい少女が。

 

 襲撃を受けながらも徐々に生徒達が移動することによって、まどかは完全に孤立してしまっている。悪魔達が彼女に気づくのも時間の問題だ。

 それまでに、この闇弾の入り乱れる中、まどかを救い出さなければならない。

 

 ふっ……と流河が息を吐く。

 

 

 ――直後、流河の中で何かが弾けた

 

 

 ショックに曇っていた思考が急にクリアになり、全身から全能感が溢れ出す。

 鋭敏になった感覚は、周囲を飛び交う悪魔の闇弾やクリエイターの吐く酸を明確に捉え、ゆっくりと流れる時間の中で、それらを()うように避けて、まどかの元へと走る。

 

 先程まで歩き通しだったのに、痛みも疲れも感じない。

 先程までの落ち込みようは何だったのか分からない程の高揚感……流河は突如(とつじょ)として過去最高の絶好調状態を体感していた。

 

(……そうか、私の異能……ちょっとだけ成長させたから……!)

 

 杏里咲(ありさ)に試す前に自分自身で試していた“異能の強化”。

 ほんの少しだけであったものの、それは明確に形として流河の前に成果を示した。

 

 流河の異能は、“流河の主観において潜在的な事象を操作する”異能。

 そして、流河にとって“心”とは間違いなく目に見えない……即ち、“潜在的なもの”だ。

 流河の意思によって発動するそれは、()()()()()()()()()()()()()()()、術者である流河自身の精神すらも操作・改変する。

 

 “まどかを救けたい”、“そのために、この落ち込んだ状態をどうにかしたい”という本心からの願いを()み取った流河の異能は、強制的に流河の精神状態を調律し、まどかを救けることに集中させ、心と体が完全に調和した流河は、(ぞく)に“ゾーン”や“フロー”と呼ばれる超集中状態へと突入していた。

 

 まどかが驚きに目を見開き、「来ないで!」と叫ぶのを無視して流河は瞬く間にまどかの元へと辿(たど)り着く。

 少女とは思えない膂力(りょりょく)で、まどかをひょいと背負った直後、流河は今来た道を振り返って冷や汗をかく。

 

(気づかれたっ……!)

 

 悪魔達によって、既に道が塞がれていた。

 おまけによく見れば流河達は既に包囲されており、じわじわとその輪は縮まっている。おそらく流河の人間離れした動きを見て、“異能者ではないか”と警戒しているのだろう。

 

 だが、流河の表情に焦りはない。

 

 流河達を包囲していた悪魔達が、クリエイター達に次々と(ほふ)られてゆく。

 見れば、追いついてきたのだろうシャネルが、こちらに向かって心配そうな視線を向けている。隣には、流河の名前を呼びながら必死に駆けるシャネルを見かけたのか、涙の姿もあった。

 

 シャネルの異能(クリエイターの操作能力)を知るまどかも安心したのだろう。

 おとなしく背負われて、感謝の言葉を述べようとして、

 

 

 

 

 ――突如、彼女は流河に振り落とされた

 

 

 

 

 したたかに腰を打ち、まどかは(うめ)く。

 いや、それだけではない。横腹に激痛が走り、反射的に右手をあてがうと、ぬるりとした感覚が返ってきた。擦り傷どころの話ではない、いったい何が起こればここまで多量の血が流れる傷が……

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 まどかが考えることができたのは、そこまでだった。

 なぜなら、彼女は見たからだ。

 

 

 

「流河……ちゃん……?」

 

 

 

 ――血は繋がらなくとも、妹のように可愛がっていた後輩が、目の前で水の触手によって串刺しにされている、悪夢のような光景を

 

 

 

 シャネルが操り、まどか達を救けに来たはずのクリエイター……その全身が水でできている女性のような姿から、美來によって“スイちゃん”と名づけられていた個体が、その両腕から幾本(いくほん)もの水の触手を伸ばし、流河の背後からその腹部を貫いていた。

 

 喉にせり上がってきた生温かく鉄臭い液体を、流河は口から大量に吐きだす。

 

 ほんの数瞬前、流河の異能は感じていた。

 つい最近どこかで感じたことのある“何か”が、突然、電波のように飛んできたのが分かった瞬間、シャネルとクリエイター達の間に繋がっていた生命エネルギーのラインが切れ、流河達に……いや、()()()その敵意が向いたことを。

 

 だから、流河は背中に居るまどかが自分ごとまとめて攻撃されないよう、彼女を振り落とした。

 残念ながら完全には間に合わず、スイちゃんが繰り出す触手の1本がまどかの腹部を(かす)めてしまったが、なんとかまどかの命は救かった。

 後は、流河が救かるだけなのだが……

 

(こ、れは……無理かな………………は、はは……)

 

 奇跡的にスイちゃんが繰り出した触手は、流河の急所をことごとく外していた。

 流河の異能も肉体の生命力を全開にすることで、なんとかギリギリで流河の命を保っている。

 

 もし、美來や、あるいは海斗(かいと)といった速力に優れる異能の持ち主がこの場に来て、急いで治療できる場所まで運んでもらえれば、流河が救かる可能性もあるだろう。

 

 だが、流河には見えていた。

 

(な、んで……? ……封じ、られてる、はずなのに……)

 

 まどかの腹部の傷から漏れ出し、流河にまとわりつく真っ黒な“怨念(おんねん)”が。

 

 

 ――死ね、死ね、死ね

 ――お前が死ねば、まどかが不幸になる。だから、死ね

 

 

 いったい、まどかに何があったのだろう。

 どんな理由があれば、これほどまでに彼女の不幸を望むようになるというのだろう。

 

 流河が異能を通じて聞いた“怨念”の声は、ただひたすらにまどかの不幸を望むものだった。

 

 だが、一つだけわかったことがある。

 ()()()()まどかが致命的な不幸に陥った(足を挫いて取り残された)のは、間違いなくこの“怨念”が原因だ、ということであった。

 

「たず、けっ……」

 

 怨念が徐々に流河の異能の働きを妨害し、生命力を奪ってゆく。

 そうなれば、腹部から大量に出血している流河に(あらが)(すべ)はない。

 

 スイちゃんの身体に取り込まれた部分からじわじわと溶かされ喰われていく感覚――そのあまりの恐ろしさに、流河は思わず此処(ここ)にはいない涙に救いを求め、涙を流して叫ぼうとする。

 だが、ごぽりと(のど)から溢れる大量の血液がその叫びを(にご)らせ、こちらに向かって必死に走るシャネルにすら届くことはなかった。

 

 『愚か』、と人は彼女を見て言うかもしれない。

 

 事実、愚かだろう。そのような目にあいたくなければ……あるいは死ぬ覚悟ができていないのならば、まどかを救いに行ってはいけなかったのだ。

 他の強力な異能者に任せ、他の生徒達ともに震えていればよかったのだ。

 

 たとえ、その異能者が間に合わずにまどかが死のうとも、被害を増やしてはいけなかったのだ。

 もし、行動してしまったのならば、救けを求めて仲間の手を(わずら)わせてはならないのだ。

 

 だが、彼女は歴戦の兵でもなければ、おとぎ話の勇者でもない。社会経験すらまともに積んでいない学生の少女だ。

 そんな彼女が自分のもう1人の姉ともいえる存在の危機に、後先のことなど考えてはいられなかった。

 

 たとえ、流河に異能の力が宿っていなくとも、彼女はまどかを救うために走っただろう。

 “もう二度と大切な人を失いたくはない”という想いは、それほどまでにこの少女の心の底に深く根付いてしまっていたのだから。

 

 やがて、流河の鼓動は緩やかに動きを止め始め、瞳から光が失われる。

 直後、彼女は触手ごと水の怪物の体内へと取り込まれた。

 

 

 

「流河――――――――――――ッ!!!」

 

 

 

 半透明の怪物(クリエイター)の中でぼやける視界に、必死にこちらに手を伸ばして駆けてくる大切な姉の姿が見える。

 

 そんな涙を周囲の人たちが必死に止めようと抑え込むも、涙は彼らを振り払い、たった1人の家族を救わんと半狂乱で暴れ回っていた。

 しかし、この“電波”は流河の殺害が目的だったのか、流河をスイちゃんの腹に収めたまま、一斉にクリエイター達を離脱させていく。

 美來やヴァフマー、海斗が応援に来た時には、既にその姿は遠く離れてしまっていた。

 

 こうして、流河は天使領へ移動した天慶(てんぎょう)第二学園生の唯一の行方不明者となり、二度と彼女達の元へ戻ることはなかった。

 

 

***

 

 

「洗脳した全クリエイターの自害を確認。作戦、完了しました」

 

「すぐに現場の全チームを撤収させなさい。痕跡(こんせき)は可能な限り残さないように」

 

「了解。全チーム、撤収開始。Dチームは洗脳装置の解体を急げ」

 

 沙夜音は、表面上は余裕の笑みのまま、内心で大きく安堵の溜息をついた。

 

(……ようやく、ひと段落ね。最大のイレギュラーは排除できた……これまでの影響が大きいから、到底“原作そのまま”とはいかないとは思うけれど、それでも大分予想はしやすくなったわ)

 

 MHI社長の一人娘、椎名 沙夜音は両親によって知能を異常発達させられたデザインベイビーであると同時に、この世界をゲームとしてプレイした経験を持つ転生者だ。

 彼女は与えられた才能も環境もフル活用して、ただ1つの願い……“平穏な生活”を手に入れるために奮闘してきた。

 

 

 ――歪秤(わいびん)世界

 

 

 このゲーム――“創刻(そうこく)のアテリアル”の舞台となる、直径数十kmの小さな異世界だ。

 

 この世界固有の生物“クリエイター”は、捕食した相手の特徴を取り込み、融合・進化する性質を持っている。

 しかし、この小さな世界で、生まれ、捕食し、産み、捕食され……の繰り返しなんて行ってしまえば、最終的に行き着く先は全く同じ特徴の生物だけの世界……すなわち、進化の行き詰まりである。

 

 それを解消するため、この小さな世界は()()()()()()()()()

 

 新たな世界と繋がれば、新たな生物や物質が流入してくる。それと融合すれば、クリエイター達は劇的に進化できる。

 彼らにとって、他の世界との接触は、自らを進化させる重要な要因(ファクター)であった。

 

 あるとき、現世と繋がったこの異世界の存在に気づき、そこに存在する未知の素材・資源を現世に持ち込んで研究し、売り出すことで莫大な財を築いた企業が現れた。

 

 それこそが、MHI――歪秤世界の研究成果を売りさばいて成り上がった組織である。

 

 

 ――化石燃料を過去のものにする超高効率燃料“リエンノル”

 ――クリエイターの質量操作能力を素に(つく)りだした、自在に自身の質量を変化させる特殊金属“ミスリア鋼”

 ――さらにそれの強度を高め、現軍用兵器の装甲を時代遅れにした“Sミスリア鋼”

 

 

 MHIは、世界の科学を何世代も先に進化させた、偉大な功績を遺した大企業なのだ。

 

 ……が、同時に、医療分野において平然と人体実験をするような、超外道組織でもあったりする。

 それがバレた瞬間、MHIのCEOの娘である沙夜音がどうなるかは想像に(かた)くない。

 さらには、MHIの主力研究者――宮原(みやはら) 権三(ごんぞう)の勝手な行動により、天慶市が歪秤世界と融合してしまうという大事件が起こされるのだ。

 

 のんびり静観していては、MHIの転落とともに沙夜音のお先は真っ暗である。間違いなく社会的に抹殺されてしまうだろう。

 下手すれば、何百人も死んだ恨みから、殺されてしまう可能性だってある。MHIが転落すれば、金で安全を買うことなどできなくなってしまうからだ。

 

 そんな最悪の未来を回避するため、沙夜音は幼い頃から行動を開始した。

 

 超人的な戦闘能力を持つ執事との信頼関係構築に始まり、MHIの持つ民間軍事会社から密かに引き抜きを行ったり、原作であれば犬猿の仲であるはずの栢木 鳴海との良好な関係の構築など、やれることは全てやってきた。

 

 本来、未成年である彼女では無理であろうことも、MHIの権力と異常発達した頭脳のおかげで何とか(無理やり)成し遂げてきた。

 高校2年目が始まった時には、想定される大体の状況には対応できると自信を持っていたのだが、そこで彼女は信じられないものを目にした。

 

 

 ――“原作”における主人公、仙崎(せんざき) 秀哉の仲間である1年生の少女達……原作では“(いもうと)ズ”と呼ばれていた彼女達の人数が()()()()のだ

 

 

 水瀬 流河――彼女こそが、沙夜音の持つ原作知識に存在しない登場人物であった。

 

 沙夜音と同じ転生者ではないだろう。最も未来を予測しにくくなるであろう転生者の存在の確認は真っ先に行っている。

 彼女の父である、MHIの前CFOは少し怪しかったが、その娘である彼女は“完全に白である”と他ならぬ沙夜音自身が判断したのだ。

 

 おそらくは、沙夜音が原作に無い行動を取ったことによって起こったバタフライエフェクトなのだろうが……その正体が何であろうと、原作に存在しない彼女の行動を予測し、さらにそこから派生する未来を予測するという離れ(わざ)は、いかに沙夜音の頭脳が人間離れしていようとも難しい。

 

 これで、流河が異能者でなければ、まだどうにかなったのだが……彼女は幼い頃にMHIの最先端医療を受けている。

 つまりは、世間どころか本人にも知らされていない、クリエイターの因子を埋め込まれた人体実験の被験者だ。間違いなく歪秤世界と天慶市が融合したら、異能力に覚醒する。

 どんな異能に目覚めるかは分からないが、高確率で秀哉達の戦力に組み込まれるだろう。そうなっては、もう沙夜音には予測のしようがない。いくら原作知識があろうとも、望み通りの未来へと誘導することなど不可能だ。

 

 かといって、手っ取り早く彼女を引っ越しさせることもできなければ、暗殺することもできない。

 

 権力を使って無理やり引っ越しさせれば、長い時間をかけて必死に構築してきた鳴海に不審の念を抱かせて信頼関係に(ひび)を入れることになるし、科学が発達した現代で完全に証拠を残さずに暗殺することは非常に難しく、沙夜音が秘密裏に少しずつ築き上げてきた小さな組織程度では到底無理だ。

 やるならば、それこそMHIをまるごと使えるだけの組織力が必要になるだろう。それができるのは沙夜音の父のみであり、彼女はその権力のほんの一部しか使うことはできない。

 

 ならば、方法はただ一つ。

 今の科学技術では証拠が見つからないやり方――()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()

 

 歪秤世界の物質を研究して挙げられた様々な成果の中で、最も大きなものの1つが“洗脳装置”だ。特殊な電波を飛ばすことにより、一時的にではあるが、人間はもちろんのこと、天使・悪魔・クリエイターすらも洗脳できる。

 それを利用して沙夜音の関係者以外の者に流河を殺させれば良い。躊躇(ちゅうちょ)なく人間を殺してもおかしくない悪魔やクリエイターであれば、なお良しだ。

 

 そこで、流河と遭遇する悪魔やクリエイターに、“流河に殺意を抱かせる”程度の影響の電波を当てさせるよう、あらかじめ部下に命じていたのだが……その程度の影響しか与えなかったためか、対象となった悪魔の男は、なぜか流河を殺さずにその場を去ってしまったらしい。

 仕方なく次の機会を狙っていたところ、天使領へ生徒全員での移動する最中に運よく流河が孤立したため、これ幸いと急いでクリエイターを洗脳してけしかけ、そして今ようやく排除に成功したのである。

 

 クリエイターとコミュニケーションをとれる異能を持つシャネオルカが居る以上、“クリエイターに何かがあった”ことは分かるだろうが、実際に洗脳したクリエイター達を自害させてコミュニケーションできなくさせた以上、わかるのはそこまでだ。

 

 あとは、こちらの持つ洗脳装置を破壊するか隠してしまえば、沙夜音が疑われることはまずない。

 元々は宮原の開発した設計図を密かに入手してこちらで組み立てたものなのだ。“オリジナルの洗脳装置を持つ宮原によって水瀬 流河は殺害された”と思ってくれるだろう。

 

藤二郎(とうじろう)、お茶を用意して」

 

 緊張から解放されたことにより、喉の渇きを自覚した沙夜音が、自分の最も信頼する右腕に声をかけたところで………………彼女は気づいた。

 

 

(……待って。藤二郎が()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!?)

 

 

 田沼(たぬま) 藤二郎は非常に優秀な執事だ。沙夜音の様子を観察し、沙夜音が欲求を自覚する前に行動を起こす。

 お茶の用意など、それこそお茶が藤二郎に差し出されて、初めて喉の渇きを自覚するのが常であった。

 

 背後で、重たい何かが落ちる音がする。

 

「本当に、ここに“あたいとラグタスを2人きりにできるもの”があるんだろうね?」

 

「多分な! 我が輩の勘は確かだぜ!」

 

「……期待はできないねぇ……」

 

 その声を聴いてゾッと沙夜音は背筋を震わせ、慌てて振り向いた。

 

 そこにいたのは、人間よりも何千年も昔に歪秤世界を発見し、その世界を我が物にせんと軍団を送り込んだ種族。

 それを阻止せんと送り込まれた天使と終わらぬ争いを続ける者達――

 

 

 ――悪魔

 

 

(堕天使ギレゼルと歪魔(わいま)エルンスト……! なんで、こいつらがここに……!?)

 

 頭の後ろで腕を組んでニヤニヤと笑う男と、右腕の肘から先を藤二郎の血で真っ赤に染めた女……その容姿から、彼らが流河達を襲った悪魔の男と、ショッピングモール上空で白熊型天使(ラグタス)と激戦を繰り広げていた、空間を操り、跳躍する悪魔の女であることを沙夜音は知る。

 

 一瞬、状況を理解できなかったものの、沙夜音の優秀な頭脳は瞬時に現在の状況と、悪魔達の発言、そして原作知識を組み合わせ、すぐにその疑問を解消し、状況を理解する。

 

(!! アイツら……よりにもよって、ギレゼルを洗脳装置の対象にしたわね!? いえ、それはいいとして、拠点までずっと後を()けられるなんて、いったいアイツらは何をしていたのよ!?)

 

 ギレゼルは道化ぶっているものの、実は非常に頭の良い悪魔だ。

 洗脳装置を片付けて移動する人間を何らかの理由で見つけたことで、突如として湧いた流河への殺意に対する違和感と結びつけた可能性は高い。

 おそらく確信があってのことではないだろう。『勘』と言っているのが、その証拠だ。

 

 そして、その人間達を尾行してこの拠点を突き止めた後、エルンストに話を持ちかけて、その空間を操る能力を利用し、内部に転移。真っ先に、この中で最も戦闘力が高い藤二郎を排除した。

 流石の藤二郎も、空間を跳躍して打ち込まれるような不意打ちは想定外だったのだろう。

 

 エルンストはギレゼルの言うことなど聞くような性格ではないのだが、彼女はラグタスとの戦いに酷く執着している。

 先程の発言を聞くに、ギレゼルはここにある洗脳装置を使って、エルンストとラグタスを除く悪魔と天使を退(しりぞ)けて、1対1の状況を作ることを約束したのだろう。

 それならば、エルンストが動く可能性はある。

 

 そして、この予想が正しければ、まだゲームオーバーではない。

 “洗脳装置”を初めとするいくつかの利用価値を提示できれば、まだ交渉の余地があるはずだ。

 

 ヒュッとエルンストが手を横に振る。

 

 

 ――直後、沙夜音の背後で銃を構えていた配下達の首が一斉に飛んだ

 

 

「……え?」

 

 固まる沙夜音へと、ニヤニヤ笑いながらギレゼルが近づく。

 その様子に“次は自分だ”と考えた沙夜音は、慌ててストップをかける。

 

「ま、待ちなさい!? あなた達が欲しいのは洗脳装置でしょう!? 私を殺せば、その在処(ありか)も使い方も分からないわよ!?」

 

「それを今からお前さんに()くのよ。安心しなって」

 

「な、なら良いわ。その装置の場所まで案内するから、ついてきなさい」

 

 なんとか自分だけは助かりそうだ、と沙夜音はほんの少しだけ安心する……が、

 

「そ~んなこと言って、いざその装置の場所に着いたら、我が輩たちをその装置で洗脳しちまうつもりなんだろう? 我が輩、引っかからないぞ~♪ ……それにな、」

 

 ガシリ、と沙夜音の頭をわしづかみにして言ったギレゼルの言葉に、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 あ、と沙夜音の口から声が漏れ、その安心は砕け散った。

 

 沙夜音の頭脳は、人よりも優れてはいるが、決して万能ではない。例えば、“ギレゼルに尾けられた”という情報がなければそれに対する対策が取れないように、“彼女が知らないもの”に対してはどうすることもできない。

 そして、“原作知識を持つこと”は、決してメリットだけではない。その知識を基に組み立てた計画には、必ず()()()()()()()()()()()()()()

 

 “創刻のアテリアル”において、悪魔達が記憶を覗いたり、弄ったりする場面は存在しない。情報が必要な時には、暴力で強引に訊き出していた。だからこそ沙夜音は“交渉の余地がある”と判断していた。

 

 だが、同じ世界観を持つ別の作品……原作から1万年以上経った世界が舞台の作品では、“神殺し”と呼ばれる人物が、集団レイプされた女性からその記憶を探し出して消してあげたり、特定の人物をつけ狙う魔神から、その人物の記憶のみを思い出せないようにしていた。

 

 

 ――ギレゼルには彼と同じことができないと、沙夜音は思い込んでしまったのだ。“原作で彼がそんなことをしていなかったから”という、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 沙夜音は悟った。

 

 ここが彼女の終わりだと。

 記憶を奪われた後、不要となった自分はあっさりと殺されるのだと。

 

 

 

 

 

 結局、彼女は最後まで自分が失敗した本当の理由を理解することはなかった。

 

 原作知識なんてものではなく、人を……秀哉でも、鳴海でも、藤二郎でも良い……心の底から誰かを信じ、全てを話し、救けを求めたならば、この結果にはならなかったであろうということに。

 

 ――“原作の沙夜音”は藤二郎を信じ、救けを求めたからこそ、苦難はあろうとも、最後まで生き残ることができたのだから

 

 

***

 

 

 ――溶ける、融ける。身体が、全身が解けて……消えてゆく

 

 痛い、苦しい、そして何より恐ろしい。

 

 流河は恐怖に泣き叫ぶ。『助けて! お姉ちゃん、助けて!』と。

 とっくの昔に身体の大部分は溶かされ、この水のクリエイターに喰われてしまったというのに、怪物の腹の中で、彼女の魂は必死に救いを求めていた。

 

 

 ――ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう

 

 

 涙のように復讐がしたかったわけではない。

 自分の異能を自慢したかったわけでもない。

 

 ただ、家族と、友人と一緒に、何気ない日常を過ごせれば、それでよかった。

 美來達の中に、自分の居場所があればそれでよかった……ただ、それだけだったのに。

 

(死にたくない……私、死にたくないよぉ……)

 

 

 ――流河の救いを求める叫びに、少女の異能が(こた)える

 

 

 彼女の異能は“目に見えないもの”にしか干渉できない。

 だから、彼女の異能は流河の肉体ではなく、その精神を護った。

 

 本来であればクリエイターの精神に取り込まれ、1つに融合するはずの流河の精神は、異能の力によって確固とした存在を保ち、輪廻の輪に囚われることもなく、クリエイターの体内で()()を続けた。

 

(私にもっと……もっと力があればこんなことにならなかったかもしれないのに……)

 

 

 ――己が無力を(なげ)く流河の後悔に、少女の異能が応える

 

 

 流河の異能そのものへの強化を開始する。

 少しずつ、少しずつ……まるで亀が1歩1歩あゆむかのように(のろ)く……だが確実に己が異能を強化してゆく。

 より強力に、より便利に、より応用できるように……より、皆の役に立てるように。

 

(もういやだ……こんな(つら)くて(みじ)めな思い、したくなんて……ない)

 

 

 ――そして、現実逃避する彼女の願いに……少女の異能が応えた

 

 

 流河の異能は、彼女の記憶が顕在意識に現れることを固く封じ、そしてこの残酷な光景から目をそらすため、深い深い眠りへと、彼女を(いざな)った。

 (もや)がかかったように、彼女の精神活動が、ゆっくりと低下し、少しずつ思い出が思い出せなくなってゆき……やがて彼女は長い長い眠りについた。

 

(……こんなことなら……もっと……みんなと、たくさん……遊んどけば、よかったな……)

 

 もっと色んな所へ行って、いっぱい美味しいものを食べて、いっぱい着飾っておけばよかった――そんな、少女らしい後悔とともに。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は流れる。

 

 少女を喰らったクリエイターは、クリエイターを操った者の陰謀により自害させられ、やがてその亡骸(なきがら)は、同じく水によって肉体を構成する少女型のクリエイターに喰われた。

 

 “リュカティエネー”と呼称される種の彼女は、やがて歪秤世界が人間の世界と融合してから何千年もの月日の中で、何度も世代交代を果たし、ついには更なる異世界“ネイ=ステリナ”と地球が融合した際に、その世界で彼女に最も近い存在である“水精(みずせい)”と呼ばれる種族と共生を始め……やがて両者は長い年月を経て混じり合い、別の種――“水精ティエネー”へと姿を変えた。

 

 彼女達は、誰に気づかれることもなく、眠り続ける“流河の魂”と、彼女の魂に刻まれた自己改造を繰り返す“異能(ちから)”を次の世代へと受け渡し続け、そしてある時、“流河”を内に秘めた水精が、とある事故によってその命を失い、ただの水へと(かえ)った。

 

 水に還り……大地に染み渡り……冥府(めいふ)へ渡ることなく、流河の魂は水とともに()()()()()()()へと流れついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブランさん達がリューナを受け入れてくれてよかったわね。あの奴隷にされたっていう、リシアンって子が少し気になるけど……」

 

「大丈夫ですよ。彼女の新たなご両親は私の知り合いですから、リシアン君のことは何とかしてくれるでしょう」

 

「……そうなの?」

 

「ええ。ですから、もし貴女(あなた)達が隠れ里から出て宿をとる時は、水の貴婦人亭に泊まったら良いですよ? 他のどの宿の人よりも貴女達を気にかけて、護ってくれるはずです。おそらく、私たち隠れ里の水精にとって、迷宮内で最も安全な宿屋でしょう」

 

 魔王軍から隠れ潜む水精達の()()――水精の隠れ里。

 その(おさ)であるロジェンは、新たに生まれた水精であるティアと、彼女を心配してついてきた東方出身の水精シズクを新たな仲間として招いていた。

 

 水精として生を受けたばかりのティアにとっては目にするもの、体験すること全てが新鮮であり、この人型の身体を動かすことや、水を操ることすら初めての経験で、シズクに手取り足取り教わる始末である。

 

 

 ――そんな彼女が、ふと足を止め、今訪れたばかりの隠れ里の湖の片隅をじっと眺めはじめた

 

 

 何か彼女の興味を引くものでもあったのだろうか?

 シズクは同じ方向を注視し、気配を探るも……シズクから見て、特別変わったものは見られない。

 

「……何か、面白いものでも見つけた?」

 

「……わからない。わからないけど……」

 

 とまどいながら、ふらふらとティアは注視していた方向へ足を進め、湖の上を歩いてゆく。

 なんとなく心配になったシズクも彼女の後ろからついてゆくと、やがてティアは湖の一ヶ所で足を止め、水面に両膝(りょうひざ)をつき、ゆっくりとそのたおやかな手を水面へと伸ばし……

 

 

 

 

 

 ――()()()

 

 

 

 

 

 ああ、来てくれた。とうとう、私を助けに来てくれた。

 

 信じていた。前と同じように、きっとまた私を助けてくれると。

 

 さあ、起きよう。また1からやり直そう。この人と家族になって、友達をいっぱい作って、いろんなところに行って、いっぱい美味しいものを食べて、いっぱい遊んで……

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 流河の潜在()意識は、自らの内に眠る力のほんの一部を解放する。

 助けに来てくれた彼女の身体を精査し、その構造を理解すると、周囲の()()()()()()水精と自らの魂をうまくすり合わせる。

 

 何千年……いや、何万年ぶりだろうか? 腕の、脚の、身体の感覚が目覚める。

 

 かつての記憶は……封印したままでいいだろう。もはや自分は“水瀬 流河”ではないのだ。

 彼女の無意識は異能を使って、“水瀬 流河”を潜在意識に封じたまま、元となる人格だけを顕在意識に覚醒させる。

 

 これから家族となる彼女が水面からゆっくりと、自分を引っ張り上げてくれる。

 すると、まるで水面から生えてくるかのように、少女の手が、頭が、肩が……全身が引っ張り上げられた。

 

 唖然(あぜん)とする背後の水精2人と、未だ手を繋ぎ、じっとこちらを見つめてくる水精の女性に向かって、大きな水のリボンで結ばれたサイドテールを揺らしながら、彼女は笑顔で元気よく挨拶した。

 

 

 

「はじめまして! 私はリウラ。水精です! これからよろしくお願いします!」

 

 

 

 

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