水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第九章 水瀬 流河 後編

 ディアドラがリウラに施そうとした洗脳魔術の中で、最も強力だったのは呪術系統のものだった。

 強大な魔力を用いずとも大きな効果を発揮する呪術は、リウラの異能による精神防御を突破するだけの攻撃力を(そな)えていた。

 

 まどかの一件から“呪い”というものの脅威を良く知るリウラの無意識は、このままでは異能そのものを弱体化させられて防御を突破されると悟り、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”方法に切り替えることによって、自身の精神を護り抜いた。

 

 しかし、“呪い”に侵されそうになっている状況で、かつてリウラが誕生した時のように、人格を再構築する過程で“水瀬(みなせ) 流河(るか)”の記憶をより分ける余裕など有る訳がなく、再構築したリウラの人格には“水瀬 流河”の記憶が完全に混じってしまっていた。

 

 そんなところに、かつて己が死んだ時と酷似した光景を目にし……その結果、リウラは全てを思い出した。

 

 

(ああ、そうか……そうだったんだ……)

 

 

 リウラは、自分の今までの水精としての生を思い出し、その行動の1つ1つに彼女の前世が影響していたことに、ようやく気づいた。

 

 

 ――あれほどまでに外の世界を渇望し、美味しいものや、美しい衣服・装飾品を求めていたのは、“もっと遊びたかった”という後悔があったから

 

 ――細長いものを水で創造するとき、ロープやリボンではなく“鎖”なんて複雑なものにこだわっていたのは、美來(みらい)の異能に憧れたから。水弾を(つく)る時に生物を(かたど)るのは、秀哉(しゅうや)の異能が(うらや)ましかったから

 

 ――親を失ったリリィにものすごく同情してしまったのは、自分もまた親を失ったから

 

 ――サーペントに“サッちゃん”、アイアンゴーレムに“アイちゃん”と名づけていたのは、美來のネーミングセンスを真似(まね)して、かつての親友を少しでも感じていたいと無意識に思ってしまっていたから

 

 ――無意識下で決められているはずの“水の(ころも)”を自由に変化できたのは、異能を使って自分の無意識にある“水精(みずせい)リウラ”の衣服イメージを書き換えていたから

 

 ――水精なのに美味しく肉を食べることができたのは、長い長い年月の間に失われた水精型クリエイターの潜在能力を異能によって目覚めさせ、先祖返りすることにより、有機物・無機物を問わず捕食・融合する機能が復活したから

 

 ――リリィのホルモンに影響されなかったのは、リウラの異能が彼女の精神への干渉を防いでいたから

 

 ――ブリジットと戦った時、強く念じることで落ち着くことができたのは、リウラが心から“落ち着くこと”を望んだことで、異能がリウラの精神そのものを“落ち着いた状態”に操作したから

 

 

 今ならわかる。どうして魔神すらも恐れるほどの力を持つこの巨大プテテットに、半端に吸収された状態で止まっているのか。

 それは、目覚めたばかりのあの頃とは比べ物にならない程に強大になった自分の異能――その1割にも満たない力で“吸収”・“融合”というプテテットからの干渉を防ぎ、侵攻が中途半端なところで止まってしまったからだ。

 

 では、残りの9割は?

 今もリウラの……いや、今は()き流河の願いを聞き届け、彼女の異能の強化を続けていた。

 

 もう、充分だろう。

 

 リウラには、あれから何年経ったのかは分からない。

 だが、それが何百年、何千年……ひょっとしたら何万年という長きにわたり自己改造されてきたそれが、今こそ必要とされているのだ。

 

 さあ、自らの無力に(なげ)くのは終わりにしよう。

 

 

 

 ――今度こそ、完全無欠のハッピーエンドを迎えるために

 

 

 

 

 

 

 

 ビクン! とプテテットが大きく震える。

 その反応を、かつてプテテットに襲われたことがあるリリィは良く知っていた。

 

(これは……!?)

 

 それは、捕食した獲物が反撃した際に起こす、プテテットの反射的な嘔吐(おうと)反応。

 

 かつてリリィを襲ったプテテットとは比較にならない魔力を持つこの化け物が起こすその速度は、まさに神速。

 魔神の力を得たリリィすら反応できない速度で、プテテットは原因と思われる今しがた取り込んだ体内の異物全てを吐き出した。

 

 いや、()()()()()()()()

 

 今や魔神級の力を持つリリィすらも吐き出した彼が、たった一つだけ吐き出せないものがあった。

 

 

 ――既に彼に半分融合していたリウラである

 

 

 吐き出せなかった理由は、“半分融合していたから”ではない。

 彼がリウラを切り離そうとするのを、()()()()()()()()()()()

 

 リウラの異能は、“リウラの主観において「隠されている」・「見えない」と認識しているものを操作する”能力。

 そして、過去のリウラ――水瀬 流河が最も利用したパターンは“潜在能力の全開放”だ。

 

 アイが何故、通常のアースマンの姿で生まれず、女性型で生まれ、肉を食べられるようになったのか?

 

 それは、魔制珠(ませいだま)によって命令を聞かざるを得ない状態のアイに、“強くなってほしい”という願いを受けたリウラの異能が干渉し、強制的に潜在能力を解放された結果、先祖返りを起こして“つっちゃん”と同種の“クリエイター”としての力を手に入れた……いや、()()()()()からである。

 

 土精(つちせい)アースマンも水精と同様、極めて近い存在……土精型クリエイター“トトガノ”と異世界(ネイ=ステリナ)の土精が、何千年もの年月の間に1つの種として融合した存在だったのだ。

 

 リウラは、それと同じことを自分に(ほどこ)した。

 

 既に(なか)ば目覚めかけていたクリエイターとしての力を完全に覚醒させ、太古の“クリエイターの力”を100パーセント使えるようにしたのである。

 

 “クリエイターの力”、とは何か?

 それは種によって様々だが、唯一どのクリエイターも共通して保有している力がある。

 

 

 ――それは、()()()()

 

 

 弱った相手を喰らい、吸収し、相手の全てを己のものとする力。

 知識も、知恵も、姿も、器官も、能力も、魔力も、膂力(りょりょく)も、精気も、異能も、すべてすべて自分のものにしてしまう力。

 

 リウラはそれをこの巨大プテテットに対して行った。己を喰らおうとするプテテットに、逆に自ら喰らいついたのである。

 通常であれば、逆に取り込まれてしまうであろう無謀な行為。だが、彼女の異能がその奇跡を叶える。

 

 リウラは知らないことだが、“プテテット”とは、遥か昔から現在に至るまでほぼ姿形を変えずに残ることができた、ほんの(わず)かなクリエイター達の一種だ。

 

 中でも、この巨大プテテットはその生存競争に勝ち続けたことで、一級神ですら迂闊(うかつ)に手を出せない程の強大な力を手に入れるに至った例外中の例外。

 相手を喰らい、融合することで、己を強化する種族たちが集う蟲毒(こどく)世界(つぼ)の中で最後まで生き残った、たった1匹の勝者だ。

 

 

 ――だが、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということをも意味する

 

 

 膨大な魔力をいきなり宿した者が暴走してしまうように、魔力の素となる生命エネルギーである精気を、他者と融合することによって急激に増大させた者が暴走しない訳がない。

 この(あわ)れなクリエイターはひたすら融合を繰り返したことで、己が精気の膨大な量に耐えられず、知性も人格も失い、ただ本能のままに喰らい、融合するだけの食欲の怪物と化していた。

 

 本来ならば、融合した相手の特徴が現れるはずの彼の肉体が、“プテテット”の形を取っているのはその象徴だ。

 “相手を倒す”能力も、“誰かを癒す”能力も必要ない。必要ないから彼の体内に“因子”となったまま出てこない。

 必要なのは“ただ相手を喰らう”能力……それだけだった。

 

 リウラは、それをとても寂しいことだと思う。

 

 プテテットの精神世界の中で、融合に融合を繰り返して見上げるほど肥大化してしまったプテテットの魂を見ながら、彼女は同情する。

 彼女がプテテットの体内に残ったのは、かつてのアイの時のように、彼の苦しみに満ちた声を聞いたからだ。精気に溺れ、食欲に()りつかれ、ひたすら貪り、喰らうことをやめたくてもやめられない中毒者のような苦しみの声。

 

 “食欲”しか存在しない精神――ここまで狂ってしまえば、いかに相手の魔力が多かろうと、リウラが相手にとって心許せる相手でなかろうと関係ない。

 顕在意識も潜在意識も完全に自身の制御を手放した精神など、鍵の壊れた家のようなもの。簡単に相手の精神世界に入り込み、リウラの異能を()って精神を少し(いじ)れば、無意識に行われている捕食行動を止めてしまうことができる。

 

 いわば、リリィの扱う性魔術の上位互換のようなものだ。

 リウラが、その異能のたった1割にも満たない力でこのプテテットに吸収されずに済んでいるのは、その為だった。

 

 

(……辛かったね)

 

 リウラがプテテットの魂に触れる。

 

(……苦しかったね)

 

 巨大な光の塊が、徐々に光の粒子となってほどけてゆく。

 

(……もう大丈夫だよ。今、私が助けてあげるから)

 

 今のリウラの力ならば、数える気すら起きない魂の集合体を分解し、融合に融合を繰り返した肉体の因子を読み取って分離させ、彼ら彼女らを個として再び甦らせることは可能だ。

 狂いに狂った精神を異能で強制的に落ち着かせることもできるだろう。クリエイターに食べられた記憶や、その時の恐怖を封印することだってできる。

 

 

 ――だが、果たしてそれは、本当にして良いことだろうか?

 

 

 今この場で全員を甦らせたとき、再び蟲毒のような捕食の連鎖が始まらないだろうか?

 例えそれをリウラが止めたとしても、全員を魔術で縛って管理するわけにもいかない。クリエイターの本能に支配され、第二の化け物プテテットが誕生しないとも限らない。

 

 また、何千年、何万年も後になった世界に放り出されて、彼らは生きて行けるだろうか?

 人格を持つ者も持たない者も含め、凄まじい種類の生物・種族が、融合を解けば何億、何十億と現れるのだ。

 そんな彼らの面倒を、リウラは見ることができるだろうか?

 

 

 無理だ。

 そこまでの重責を、リウラは背負えない。

 

 

 だから、リウラは彼らを()()()()()()()()()

 

 リウラが異能を持って巨大な魂を()()と、小さな個性を持った粒子がお互いに混ざり合っているのが分かる。

 リウラの異能は“見えないもの”を感知し、操る異能。彼女が“見よう”・“感じよう”と意識を向ければ、“見えなかったはずのもの”・“感じなかったはずのもの”を知覚することができる。

 アイやこのプテテットの()()のように、リウラが無意識に“見過ごせない”と感じていれば、意識せずとも感知することだってできるのだ。

 

 他の人が見ればミックスジュースのように見えるものも、リウラが見れば砂利と砂金が混ざったように見える。

 リウラは砂金と砂利をより分けるように、丁寧(ていねい)にプテテットの魂片(こんぺん)を分けて、次々に融合前であろう元の魂に戻し、分離させていく。

 “暴食”の苦しみから解放された魂が、強化されたリウラの異能を全開にすることによって1つ、また1つと凄まじい勢いで増えていく。

 

 肉体からそれぞれの魂を切り離し、それぞれの魂が苦しみから解放された途端、それらの魂が何か大きな力に引っ張られるのを感じる。

 それがこの世界を巡る“輪廻の力”であるとリウラの異能が分析すると、彼女はその力に逆らわず、ただ自然のままに魂をまかせた。

 

 絶えることのない飢えより解放され、ようやく眠りにつくことを許された魂たち。

 リウラの眼には光の玉のように見えるそれらは、キラキラと輝きながら流星群となって去って行った。

 

 

 

 

 

 ……ありがとう

 

 

 

 

 

(……!)

 

 リウラの耳に届いた、小さな小さな声。

 以前とは比較にならないほど強化された異能を()ってして、かろうじて聞き取れた弱々しく……それでいて感謝に溢れた言葉に、リウラははちきれんばかりの笑顔で応えた。

 

 

(どういたしまして!!)

 

 

 

***

 

 

 

「お姉ちゃん!? お姉ちゃん!!」

 

「ええい、少しは落ち着かんか! 策も立てずに(いのしし)のように突撃しようとするなど、貴様本当に私の使い魔か!?」

 

「でもっ! 早く、早くしないとお姉ちゃんが……っ!!」

 

 状況は最悪だった。

 

 せっかく救けに入った全員が強制的にプテテットの体内から排除され、よりによって救出対象であったリウラだけが取り残されてしまった。

 さらには、プテテットとの接触部分からかなりの量の精気を持って行かれ、リリィの魔力は半減。ベリークは膝をつき、シズクも立っているのがやっとだ。

 ティアに至っては魔力が枯渇寸前で気を失い、シズクが魔力を与えることで(かろ)うじて存在を保っている状態である。

 

 こんな状態で先程と同じようにプテテットに突撃などしたら、間違いなく全滅である。

 とはいえ、魔王にも他に策がある訳ではなく、半狂乱になっているリリィを触手で締め上げて暴走を止めることしかできない。

 

 完全に手詰まりで途方に暮れる彼らに、状況はさらに追い打ちを加える。

 

「……! 姫様、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 氷精(こおりせい)シャンデルが警告し、精霊王女フィファが疑問符のついた悲鳴を上げる。

 

「えええぇぇええええっ!? なんで、どうして!? ここ激戦区よ!? なんでわざわざ危ない場所に突撃してくるわけ!?」

 

「私だって分かりませんよ!? でも、間違いなく魔物の気配がこちらに向かってきてます! このままでは、あと数分もしないうちに接敵します!!」

 

 確かに、魔物は強大な魔力の持ち主に()かれる性質を持っている。

 原作でいうなら、エステルが魔王の力を手に入れた際、大量の魔物が彼女に従った事例がそれにあたる。

 

 だが、流石に魔神同士がバチバチ()り合う戦場に好んで姿を現すような魔物は、滅多にいない。

 彼らは“魔力のお(こぼ)れに(あず)れるかもしれない”、“長い物に巻かれたい”といった思いで巨大な力の持ち主に()り寄るのであって、命知らずな訳ではないのだ。

 

「……来る!」

 

 

 ドッ――

 

 

 まるで洪水のように魔物の大群が押し寄せた――その時だった。

 

 

 

 

 

(……おいで)

 

 

 

 

 

「え? ふ、封印が……!?」

 

 プテテットを縛っていた封印が、フィファの手をすり抜ける感覚。

 直後、プテテットに異変が起こった。

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

***

 

 

 魂なきクリエイターの強大な肉体、これを放置するわけにはいかない。

 だが、あまりに秘めた魔力が高すぎて容易に破壊できず、様々な特性を持つ生物や無機物を取り込んでいるため、へたに破壊しようとすると何が起こるか分からない。

 

 ならば、自分が隠してしまおう。

 決して誰にも触れられない場所に。

 

 だから――

 

 

 

 ――融合する。飲み()

 ――その肉体も、魔力も全て

 

 

 

 クリエイターを取り込むことで、クリエイターを縛っていた封印魔術が対象を見失う。

 全てが終わった後、リウラはタンッと軽やかに地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

「お、お姉ちゃん――!?」

 

 押し寄せる魔物の波の前に突如(とつじょ)として現れた影、それは間違いなくリリィの愛しい姉の姿であった。

 

 リリィが慌てて背後を見やれば、あの巨大なプテテットが影も形もない。

 いったい何があったのか、と戸惑(とまど)うリリィをよそに、リウラはそっと目を閉じ、両掌(りょうてのひら)を上に向けて軽く手を広げ、己が異能に心で命じた。

 

 

 ――因子顕現

 ――対象:氷精ヴィリニ、ヴュリテュン、レニア・ヌイ

 

 

 リウラの魔力が爆発的に膨れ上がり……()()する!

 リウラの眼が開かれ、鋭く魔物達を射抜いた。

 

 

 

 

 ――融合転身(ゆうごうてんしん) ブリザードティエネー

 

 

 

 

 白い爆発が起きる。

 いや、爆発ではない。リウラを中心に生み出された氷、それがあまりの速度で広がったため、爆発したように見えたのだ。

 

 大量の魔物を巻き込んで氷漬けにしつつ、リリィ達の前に生まれた巨大な氷山。

 その頂点に(ひび)が入り、徐々にその亀裂を広げ、粉々に砕け散った。

 

 輝くダイヤモンドダストの中から現れたのは、豪奢(ごうしゃ)(しも)のドレスで着飾ったリウラの姿であった。

 クリスタルのように輝く氷の首飾りやティアラが上品に彼女を飾り立て、白と水色のみで構成された(よそお)いながら、気品を感じさせる華やかさがそこに()った。

 

 リウラが(しと)やかにその手を振るう。

 すると、その軌跡をなぞるように氷の瀑布(ばくふ)が走り、進路上にいた魔物達をいともたやすく氷漬けにしてゆく。

 

 その氷を飛び越えるように、翼持つ魔物達が襲いかかる。

 すると、リウラは先程の淑やかな様子は何だったのか、ニッと笑ってグッと雄々しく拳を上に突き上げた。

 

 

 ――因子顕現

 ――対象:ルトハルピュア、歪秤(わいびん)の鳥娘、迎撃ユニットMG33

 

 

 霜のドレスが輝き、光がリウラの姿を覆い隠した直後、いつの間にかリウラを覆い隠すように現れていた2対の水の翼がバサリと広がり、中にいたリウラが露わになった。

 

 黒のリボンで二つ結びになっている髪型。

 服装は素肌の上に直接ブレザーのような服を着てネクタイをしており、下にはミニスカートとニーソックス、パンプスを履いている。

 肩から肘までを露出する分離式の袖(デタッチドスリーブ)やスカート、靴下はベースが黒なのだが、やたらキラキラしており、上着は銀に輝いている。

 頭には黒のカチューシャ、額に青銀のアイマスクをつけている。

 

 

 ――そう、()()()()()()()()。氷や水ではなく、明らかに()()()()()()()衣服が顕現していた

 

 

 先端が鳥の足のようになっている奇妙な翼から、何やら丸い金属製の物体がいくつも飛び出す。宙を飛んでいるところを見ると、何らかの魔導具だろうか?

 それらはライトをリウラに照射すると同時に、音楽を流し始める。

 

 ハラハラと水の羽が舞い散る中、ダンッとリウラが勢い良く右足を踏みしめると、舞い落ちていた水の羽の1つから短めの棒状の“何か”が勢い良く飛び出し、くるくると回転しながらリウラの手に収まった。

 

(……はい?)

 

 魔王達がその“棒状のもの”を理解できない中、リリィは“それが何であるか”をとても良く知っていた。

 それは、このファンタジー世界にはあるはずのない、非常に現代じみた道具――

 

 

 

 ……()()()、であった

 

 

 

 

 ――融合転身 アイドルティエネー

 

 

 

 

 リウラが歌う。

 超音波として指向性を持って放射されたそれは、味方には聞こえず、敵には破滅をもたらすセイレーンの歌となった。

 

 性質(たち)の悪いことに、その歌には“これでもか”とたっぷり魔力が乗っており、聞いた魔物を魅了で足止めしつつ、超音波でもって鼓膜を粉砕し、絶命させる凶悪な一撃であった。

 

 超音波の影響で、魔物が現れた側の迷宮が崩壊する。

 リウラは大きく跳躍すると、降り注ぐ岩盤の中へ、身を投じた。

 

 

 ――因子顕現

 ――対象:猫獣人ニール

 

 

 水の翼で再び自分を覆うと、パンッと翼が弾け、中から水の猫耳と2本の尾を生やしたリウラが飛び出した。

 

 

 

 

 ――融合転身 キトゥンティエネー

 

 

 

 

 ヴィアとは比較にならない魔力で強化されたリウラの身体は、水でできているにもかかわらず猫獣人のしなやかな筋肉を再現し、颶風(ぐふう)となって魔物や降り注ぐ岩々の間を駆け抜ける。

 

 タンッと落下する大岩を蹴り、くるくると回転しながら元の場所へと降り立つリウラの両手には、ひと目で業物(わざもの)と分かる立派な短剣(ダガー)がいつの間にか握られており、ブンと血糊(ちのり)を振り払った瞬間、魔物達の首を初めとする様々な急所から血飛沫(ちしぶき)が上がる。

 

 リリィ達は唖然(あぜん)とした。

 リウラが次々に姿を変えること……そして、何よりその強さに。

 

 これまでも気分によって水の衣を変化させる程度の事はしていたが、これはそんなレベルではない。明らかに“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうでなければ、口から超音波を放ったり、猫獣人そのもののしなやかな動きを再現したりなどできるはずがない。

 

 これは、“クリエイター”という種族の特徴と、リウラ固有の異能について知らなければ、到底理解できる事象ではなかった。

 

 クリエイターは喰らった相手と融合し、その力を己のものとする特徴を持っている。

 性魔術のように“魔力や経験だけ”といった制限もなく、肉体に依存する固有能力や無機物ですら取り込める上、いくら喰らおうとも質量を自在に操作して適切な状態に保つことができる。

 さらには、やろうと思えば必要のない器官や能力は“因子”の状態にしておき、特定の姿を保つこともできるという凄まじい能力だ。

 

 一見、最強の強化能力に見えるが、しかし同時にこの能力は非常に大きな弱点も持っている。

 

 

 ――それは、“急速に力をつけすぎるせいで、膨れ上がった己の精気や魔力に魂が耐えられず、狂ってしまう”ということ

 

 

 いくら自身が強くなろうとも、己が人格が消えてしまっては何の意味もない。

 生まれるのは、ただ強大な力を持つ()()の怪物だ。

 

 しかし、強化されたリウラの異能が、この弱点を補った。

 

 1万年を超える長い年月をかけて、様々な自己改造が行われたリウラの異能は、“既に顕在化しているものを()()()()()”という点においてのみ、“目に見えるもの”に対しても干渉可能になっていた。

 

 どんなに強大な魔力であろうとも、本人の奥底に眠っている状態であるならば全く影響はない。

 リウラは、神ですら軽々と(ほふ)れるであろう強大な魔力の大半を己が内に眠らせてしまったのだった。“異能による封印状態”、と言い換えてもいい。

 

 その結果として、強化された能力のほぼ全てを“取り込んだ巨大プテテットの潜在化”に使ってしまい、彼女は弱体化してしまった。

 彼女は1万年以上かけて鍛えた異能を、ただ“神域の魔力を持つクリエイターの遺骸を保管するためだけの倉庫”として使ってしまったのだった。

 

 しかし、彼女に後悔はない。

 

 こんなとんでもない力を持ち、破壊すら困難であろう遺骸を放置しては、いったい誰に悪用されるかもわからないし、再びこのプテテットのような悲しい怪物が生まれてしまうかもしれない。

 例えどこかに封印したとしても、魔王の復活を企むディアドラのように狙われてしまうかもしれない。

 

 この遺骸によって、悲しむ人が出ることだけは避けねばならない……そう、リウラは信じているからだった。

 

 だが、強化された異能の力の大半を失ったものの、その代わりに彼女は別の力を手に入れた。

 それは強大な魔力と、数える気すら起きない数多(あまた)の種族特有の能力である。

 

 リウラが狂わない程度、という上限こそ定められてしまっているものの、異能によって魂が保護・強化された彼女の発揮できる最高出力は、今のリリィすら超える。

 潜在化した魔力を次々に引き出せることを考えれば、たとえ魔神と戦おうともガス欠の心配は()らないだろう。

 

 そして、その強大な魔力を持って駆使(くし)される様々な種族の特殊能力。

 本来であればささやかなはずの特殊能力が、膨大な魔力のブーストによって凶悪な効果を発揮する。

 

 彼女が自重なしに魔力を込めれば、わずかな時間魅了するだけの歌声が強力な洗脳魔術と化し、軽く痺れるだけの麻痺毒も心停止まで引き起こす猛毒と化す。

 更にはそれらを組み合わせることだってできる。

 

 リウラは雫流魔闘術(しずくりゅうまとうじゅつ)すらも超える膨大な技と、様々な状況に対応できる適応力を手に入れたのだった。

 

 

 ――ゴッ!

 

 

 唐突に横から放たれた、雷撃を(まと)う嵐。

 

 しかし、それに瞬時にリウラは反応して左手をかざすと、一瞬にして水の傘を展開。雷風を円錐状の水結界で受け流し、結界から伸びた水のアースが雷を地面へと受け流すことによって、リウラを含めた仲間全員を護る。

 かつて師が魔神の雷撃よりリウラを護るために使ってくれた技――避雷傘(ひらいさん)である。

 

 雷竜にも劣らぬサンダーブレスを吐き、未だ口の周りで火花を散らす巨大蝸牛(ラーグスネール)を視認したリウラは、グッと両の拳を握って胸の前で交差しつつ腰を落とし、両の手を鉤爪(かぎづめ)のように開きながら勢い良く下に降ろしつつ、咆哮(ほうこう)した。

 

 

 ――――――――!!!

 

 

 少女の口から放たれたとはとても思えない、竜そのものの咆哮が響き渡った直後、リウラの周囲に稲光が弾け、足元から極大の昇雷放電(ブルージェット)が立ち昇り、リウラの姿を覆い隠す。

 

 雷光が過ぎ去った時、リウラの姿は大きく一変していた。

 

 頭部より前方に伸びる2本の角は紫電を纏わせ、しなやかさを感じさせつつも周囲を威圧する豪奢な青紫と銀の2色でカラーリングされた鎧を纏っている。

 その鎧の胸部には発光する紫紺の四角い宝玉が埋め込まれ、凄まじい雷の魔力を放射していた。

 

 ――リウラは知らない

 今、顕現した因子の元の持ち主である雷竜が、彼女の背後にいる子竜達の血族であるということを。

 

 まるで今は亡き雷竜の遺志を汲み取ったかのように、()の雷竜の同朋(はらから)である子竜達を……そして、その家族となるであろう仲間を護るため、四大守護竜の一角と融合したリウラは強力な不可視のフィールドを展開する。

 竜族特有の魔力力場だ。竜族は自らの魔力を用いて特殊な力場を創り上げることにより、飛翔を初めとした数々の難解な魔術的作業を正確かつ素早く、そして感覚的に行えるようになる。

 

「この力場って……まさか……」

 

「……」

 

 リリィが息を呑み、魔王の視線が鋭さを増す。

 

 人の記憶とは曖昧なように見えて、実は機械のように正確である。

 暗示をかければ、どんなに幼い頃の記憶でも引き出せることからわかるように、人の記憶は無意識を活用することにより、どんなに些細な記憶だろうと写真や動画のように鮮やかに再生することができる。

 

 リウラが脳裏に再生し、そして力場によって再現しているのは、当時の愛する妹が自傷もいとわず放った、身の丈に合わない大魔術。

 固い硬い人型の牢に(とら)われて泣いていた、たった1人の土精を救った優しい魔術。

 

 その時に使われた短剣(たま)は無いけれど、そんなものよりもずっと硬く丈夫な弾はここにある。

 

 

「――貫いて」

 

 

 

 ――竜技 偽・超電磁弾

 

 

 

 一瞬にして全身に雷を纏ったリウラが、自らの創った電磁力場に弾かれ、次の瞬間、迷宮を揺るがす轟音とともにラーグスネールの背後に降り立った。

 

 繰り出されたのであろう右脚は、ひときわ強力な雷の魔力に輝いて、大人の親指ほども有ろう太さの火花を散らし、視線は真っすぐ前方を(にら)んで残心の姿勢を取っている。

 その背後で、あれほど容易(たやす)く魔神達の魔弾を弾き返していた背の殻に大穴を開けたラーグスネールが、ぐらりと横へ倒れ――

 

 

 ――かけたところを、がっしりと巨大な鉤爪が引っ(つか)んだ

 

 

「へ?」

 

 振り返ったリウラが間抜けな声を上げた時には、鳩頭の魔神はラーグスネールをかっさらい、「かかかかかかかっ! 妻よ、娘達よ! 今、土産(エサ)を持って帰るぞ~~!!」と叫びながら空へと羽ばたき去って行ったのであった。

 

 

 

「……あの鳥、しゃべれたんだな」

 

「……むしろボクは、アレに嫁と子供がいたってことに驚いてる」

 

 先程までブリジットと戦っていた着物少女を、背から生える触手によって背後で埋もれさせながら、魔王はそれを見上げつつぽつりと(つぶや)き、その隣でブリジットは腰に手を当てながら同じ方向へ視線をやりつつ、呆れたように感想を述べるのだった。

 

 

***

 

 

「お姉ちゃん!」

 

「リリィ!」

 

 ひしと抱き締め合い、再会と互いの無事を喜び合う姉妹。

 しかし、安心する暇は無い。未だ予断を許さない状況は続いている。

 

「ヴォルクーっ!! どこですのーっ!!」

 

 リューナは焦る。この階に降りるまで感知できていたはずの位置把握の魔術……ヴォルクにマーキングしていたそれが一切反応を返さないのだ。

 付与された魔術が何らかの理由によって()がされたり機能不全に(おちい)っていたりするだけならば良いのだが、最悪の場合――

 

 

「呼んだか?」

 

 

 ――を想定する暇もなく、のほほんとした声とともに、リューナの背後から狼顔がニュッと現れた。

 リューナの肩が面白いように、びびくん! と跳ねる。

 

「うおわぁっ!? いったい、どこから現れやがったですのっ!?」

 

「なに、隠形(おんぎょう)は得意分野でな」

 

「そういう問題じゃ……」

 

 そう言いかけて、リューナは「あれ?」と首をかしげる。

 

(なんで、わたくしはヴォルクを感知できなかったんですの?)

 

 見たところ、リューナが掛けた位置把握の魔術は確かに剥がれてしまっている。

 だが、今の彼女は、ルーンエルフの魔術を知り尽くした前世の記憶を取り戻しているのだ。

 

 こんなすぐ傍まで近寄ったならば、彼女が今まさに行使している数々の探査魔術のいずれかに確実に引っかかっている。

 もしリューナが見つけられなかったとするならば、ヴォルクにそういった探知を回避するような魔術がかけられていた、としか考えられない。

 

 だが、ヴォルクがそんな高度な魔術を使えるなど、リューナは聞いたこともない。

 リューナが頭を悩ませようとする間もなく、ヴォルクはリリィの居る方向を見て口を開いた。

 

「どうやら厄介ごとのようだな。向こうへ行くぞ、リューナ嬢ちゃん」

 

「うえっ!? ちょっ、ちょっと待つですの! 引っ張るなー!」

 

 “いったい何なのか?”とそちらを見て、リューナの顔が引き締まる。

 なるほど、これは大変だ。少なくとも、無事が確認されたヴォルクの技能のことなんて、後回しにしても全然かまわない程に。

 

 

 ――リリィと魔王が、今まさに向き合って会話を始めていた

 

 

***

 

 

(……なんなのでしょうか、この違和感は……?)

 

 シルフィーヌが見守る中、リリィと魔王の会話は彼女に……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔王は『リリィのおかげで、心から自分を愛してくれている人に気づくことができた』と、照れて真っ赤になっているブリジットを紹介し、リリィは『魔王のおかげで大切な姉を救うことができた』とリウラを紹介する。

 

 そして、リリィは『命令するな』という単純な1ワードの命令を口にするどころか、『あなたの使い魔ではなく、1人の魔族として、あなたの家族として魔王と向き合わせてほしい。だから、使い魔の契約を解除してほしい』と申し出た。

 

 従属の縛りがある以上、これは申し出ではなく、実質的な命令だ。

 だが、その事に気づいているのかいないのか、魔王は申し出を快諾し、シルフィーヌ達の目の前で呪文を唱え、契約を解除して見せた。これで、リリィの命令のみが魔王に通ることになるだろう。

 

 

 順調だ……()調()()()()()()()

 

 

(もしかして、本当に魔王がリリィの使い魔になっていることに気づいていないのでしょうか? そう考えれば、先の命令も理解できますが……)

 

 リリィがあの巨大プテテットに怯えていた時、魔王は行動不能に陥っていた彼女に対し、『命令するな』ではなく『勇気を振り絞り、立ち上がれ』と命じた。

 もし単純に巨大プテテットに突っ込ませたかったのならば、『命令するな』と命じておいてから先の命令を出すなり、単純に傀儡(かいらい)として突っ込ませるなり、やり方はいくらでもあるだろう。

 

 これがリリィの命令によって“自分の良心に従った結果”だというのならば、辻褄(つじつま)が合う。魔王はリリィのためになるように動いたのだ、と。だが……、

 

 

 ――なぜだろう。うまく()に落ちない

 

 

 

 

 

 一方、シルフィーヌよりも政治的な経験が多いティアは、さらに深く魔王達のやり取りを分析していた。

 

 魔王達の狙い自体は明確だ。

 彼らは“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先の命令の最大のメリットがそれなのだ。

 あの状況であのように命令すれば、周囲の者は十人中九人までがシルフィーヌのように“魔王はリリィの命令に気づかず、己が良心に従って生きるようになったのだ”と思うだろう。

 リリィが巨大プテテットに突っ込んで死のうが死ぬまいが関係なく、その印象だけは植え付けることができる。

 

 こうしてリリィの要求に快諾しているのも、それが目的だと考えると矛盾しない。

 

 事実、非常にさりげなくではあるものの、先程から影を薄くしているブリジットの使い魔(オクタヴィア)がシルフィーヌとティアに視線を送り、こちらの様子を伺っている。

 人間族……より正確には、“ユークリッド王国で最も影響力を持つ2人に今のシーンを見せたい”という思惑(おもわく)が丸わかりだ。おそらく、エステルが居れば彼女の様子もうかがっていたことだろう。

 

 

 ――だが、いったいなぜ? どうして、彼らが人間族の顔色を(うかが)う必要がある?

 

 

 仮に協力してディアドラを倒す方向に方針転換したのだとしよう。

 だが、そうだとするならば“リリィに対する完全従属”はあまりにも代価が大きすぎる。そこまで譲歩せずとも、協力するだけならば交渉は充分に可能だ。

 

 

 更に、先の仮定が正しいとするならば、()()()()()()()()()()()()

 

 

 ティアは気づいている。

 魔王の触手によって今まさに性魔術の餌食となっている着物少女。触手に埋もれてその姿が見えなくなっているが、触手の間から彼女の視線が、何故か()()()()()()()()()()()()()

 “実はとっくに性魔術による支配が完了している”とするならば、彼女の行動は魔王の意思だろう。ならば、なぜ1獣人、1マフィアでしかない彼の様子を伺う必要がある?

 

 そして、魔王の表情。

 病弱な身であるが故に、政治的な経験の少ないシルフィーヌでは気づけなかったようだが、明らかに何かを企んでいるときの特徴が表れている。

 

 最後に……()()()()()()

 彼女もまた、何かを企んでいる。親子であるが故か、その表情は魔王とそっくりだ。

 さらに、リリィはヴォルクと目が合った瞬間、()()()()()()()()()()()()()。いったい、それは何を意味している?

 

 ……腑に落ちないのは、ティアの経験に照らして見る限り、魔王とリリィの“何かを企む”表情が、()()()()()()()、ということである。

 

(実は、使い魔の契約で心話(しんわ)が使えていた? シルフィーヌが問いただした時には既に魔王から『命令するな』という命令が下っていて、私達には『心話は使えない』と嘘をつかされた? それならリリィを裏切らせることも可能だけど……いえ、それならリリィが“共犯者”の顔をするはずがない。むしろ、何とか反抗しようと動くはず)

 

 リリィが魔王の命令を受けた時、リリィは逆らい、『待ってくれ』と嘆願(たんがん)した。だからこそ、あの場面で魔王に対し『自分の良心に従え』と、リリィ本人が意図することなく命令を下すことができた。

 もしリリィ自身の意思にそぐわない命令を出されたのであれば、同様に逆らって見せるはずだ。

 

(……まずいわね。明らかに何か情報が足りない。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 おそらくそれは魔王とリリィが共有する何らかの情報、もしくは知識。

 それが欠けている為に、現在の状況が理解できない。おそらく、そのカギは――

 

(――魔王の魔力。いったいどうやって短期間であそこまで回復できたのか……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 気づいていない訳がない。

 これだけの戦場で魔神達と対等に戦っていたこともそうだが、何より見た目がまるで違う。

 

 リリィが魔力を奪った直後は幼女の姿をしていたのに、今は女顔の美青年になっているのだ。

 おそらくは男性化の魔術を使ったのだろうが、これだけ顕著に表れていて“魔力の回復”に思い至らないのはあまりに不自然。

 

 だが、彼女はその事について全く話題に出そうとしていない。いや、()()()()()()()()()()()()

 でなければ、これほど話題にしやすいものをあえて避ける必要がない。確実とは言えないが、そこにヒントがある可能性はあった。

 

 ティアが問いただそうと動いた、その時だった。

 

「なんだと……っ!?」

 

「こ、この魔力って……!」

 

 魔王が驚愕(きょうがく)に目を開き、リリィが猫耳や尾の毛を逆立てて動揺する。

 

 

 ――直後、迷宮の様子が一変した

 

 

 ゴツゴツとした岩肌が緑がかった不気味な肉の壁へと変化する。

 

 それだけではなく、所々(ところどころ)に巨大な心臓のようなものや腫瘍(しゅよう)のようなものが現れ、大きく脈動している。

 良く見れば肉壁には血管のようなものが通っており、それらの脈動とともに液体を押し流している様子が見える。

 

 そして、何より異常なのは……

 

「こ、これは私の魔力か……!?」

 

 それらが全て魔王の魔力を……それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を発していることだ。

 

「な、なんで……どうして…………?」

 

「! お姉ちゃん、どうしたの!?」

 

 リウラは青ざめ、動揺に声を震わせる。顔色のわかりにくい水精でありながら、ハッキリとわかる程に。

 そして、それは魔王やリリィのような“驚愕”だけではなく、明確な“恐怖”を(ともな)っていることを意味していた。

 

 それもそのはず。彼女だけが今、何が起こっているのかを、原作知識を持つリリィ以上に理解していたのだから。

 そして、それこそがリウラが最も避けたいと思っていたことだったのだから。

 

 

 ――魔王の肉体の先祖返り

 ――そして、それに伴うクリエイターの捕食・融合能力の暴走である

 

 

 リウラの前世……水瀬 流河は見ていた。

 クリエイターが悪魔を捕食し、融合していた場面を。

 

 ならば、あれから何千年、何万年とたてば、“先祖がクリエイターだった悪魔”が生まれても決しておかしくはない。

 クリエイターにだって、生殖能力は有るのだ。悪魔をより多く取り込み、悪魔の特徴を色濃く反映したクリエイターならば、悪魔とつがいになることも有るだろう。

 巨大プテテットを取り込み、その機能の全てを理解したリウラにはそれが分かる。

 

 そして、その力が暴走すれば、今のように生物・無生物を問わず手当たり次第に食い荒らすことになる。

 それはやがて、世界そのものを喰らい尽くす存在となるだろう――巨大プテテットの死骸を残すことを恐れ、リウラが自らの内に取り込んだのは、これを避けることも大きな目的だったのだ。

 

 だが、なぜ?

 いったい、どうしてこうなった?

 

 過去、リリィの話を聞いた限りでは、魔王にこのような融合能力など無かった。

 非常に優秀で強大な力を持ってはいたが、それ以外は極めて一般的な魔族だったはずだ。

 リウラのような“潜在能力を解放する異能”でもない限り、遥か昔に失われた先祖の能力を復活させることなどできるはずが……!

 

「……アイは迷宮と融合して魔力を奪う能力を持っていたわね。ディアドラが彼女と、封印された魔王の肉体に何かしたのかしら?」

 

 ティアがそう考察すると、意外なところからそれを否定する声が上がった。

 

「……それはないわよ」

 

 いつの間にか傍に居た精霊王女である。

 彼女の顔もまた、リウラと同様に青ざめていた。

 

「ちらっと見ただけだけど、“アイ”って魔術でどこかに行っちゃった、変わった土精の子でしょ? もし、あの子が迷宮と融合したんだったら、どんなにその魔王の魔力が強力だろうと、アタシが気づかない訳ないわよ……」

 

 今の迷宮に満ちる魔王の濃密な魔力は、パッと感じただけでもかつての魔王を遥かに上回っている。この魔力濃度の中でも、彼女は明確に精霊の気配や魔力の特徴を感知できるらしい。

 精霊限定なのかもしれないが、デタラメな感知能力である。

 

 では、いったいなぜ?

 

「……おそらく、昇華(しょうか)の魔術が暴走したのだろうな」

 

 回答を見出した魔王の声。

 周囲の視線が彼に集中する。

 

「貴様らも見ているだろう。リリィが自身を成長させた魔術……あれは、いったん肉体を精気として分解し、その潜在能力を解放してから肉体を再構成する術だ。分解するレベルが高ければ高いほど強力な存在になれるのだが、そのぶん原型を留めなくなる可能性が高い危険な魔術でもある」

 

「かつて私は、その術を自分自身に使用したことがあるのだが、再構築が甘かったのか少々肉体が不安定でな。やろうと思えば、自分で自分の肉体の形を多少いじることができたのだ。あの女(ディアドラ)が私の肉体の扱いを誤って魔力を暴走させたのなら、こうした事態も十分に有り得る。……おそらく、あの土精の娘は、私の肉体の封印を解くためか……あるいは私の肉体を操作するための魔力の供給源にされたのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()

 

 だからか、とリリィは納得する。

 

 原作では、魔王の本来の肉体のサイズが場面場面によって大きく異なる。

 勇者達と戦う時などは見上げるような巨人のような大きさなのに、ある時は幼い頃のリリィと性行為を行えるほどのサイズにまで縮んでいることがあるのだ。

 さらに言えば、自分の肉体を操作して触手を生み出し、複数の女性と性行為を行うシーンもある。あれは、彼の肉体の不安定さが原因だったのだ。

 

 莫大な魔力を持つ魔王の肉体が精気として(ほど)かれ、その制御を失えば、この迷宮全体を覆い尽くしてもおかしくはない。

 そして、覆い尽くした後で再構築されてしまえば、“迷宮そのものが魔王化する”ということも充分に有り得てしまう。

 

 だからか、とリウラもまた納得する。

 

 一度、自らの肉体を精気レベルにまで分解すれば、なるほど、確かに潜在能力を100%解放することは可能だ。

 どんなに退化していようとも、構成するエネルギーにまで分解して確認すれば、異能など使わずとも、その者の持つ全能力を確認することができる。

 融合能力が残っているのならば、十全な状態で機能を復活させることは可能だろう。

 

 完全に解放して精気そのもので肉体を構築してしまえば、不老は確定。

 一部のプテテット等が持つ超再生能力を運よくその肉体が持っていれば、“魔力が持つ限り”という条件の元でなら不死をも実現できるかもしれない。

 

 しかし、分解した自分の再構築を魔術まかせにするなど、リウラには恐ろしくてできない。

 そんなことをすれば、どんな形に自分が戻されるか分からない。どんなおぞましい姿になってもおかしくはないのだ。

 

 場合によっては魂にまで影響が出て、正気を失ってしまう可能すらある。

 リリィが正しく成長した姿に戻れたのは、分解レベルが低かったこともそうだが、彼女自身が精気で肉体を構成する睡魔族(すいまぞく)であったことが大きかったのだろう。

 

 そして、リリィが既にこの魔術を使っているということは、“彼女に眠ったままの力は(ほとん)ど残っていない”ということを示している。

 リウラが異能を使っても、彼女を大幅にパワーアップさせることはできないだろう。

 

 ……ラテンニールとの性魔術戦で魔王がリリィを操ったように、あるいは昇華の魔術のレベルを引き上げるように、リリィの生命維持や肉体・精神に異常をきたすレベルで力を引き出すのなら、話は別だが。

 

 2人が納得し、対策を考えようとした直後――――――迷宮が大きく震えだした。

 

 

***

 

 

「兄上、ご報告します」

 

「エステルか。どうした?」

 

「今しがた○○○国が到着いたしました。これで残るはあと1国になります」

 

「承知した。到着するまで待機していてくれ」

 

「はっ」

 

(シルフィーヌ……もう少しだけ待ってほしい……そうすれば、兄上が、私が、各国の勇者が魔王を打ち滅ぼしに行く)

 

 エステルの鬼気迫る説得が功を奏したのか、ゼイドラム王は(ただ)ちに神託を求めるよう神官達に命じ、そして“魔王の復活と、その討伐”という神託を授かるや否や、勇者リュファスが先頭に立ち、各国の勇者に協力を要請した。

 

 勇者達は忘れていない。魔王の怨嗟(えんさ)に満ちた呪いの言葉を。

 

 

 ――『……覚えて、おくがいい。私は、滅びるわけでは、ない。いつか必ず蘇り、復讐を……果たすであろう』

 

 

 魔王の恐ろしさは、実際に最前線で戦った各国の勇者達が最もよく知っている。

 魔王が封印され、平和な日々を過ごすうちに市民や一部の王侯貴族、中には兵士ですら平和ボケしてしまったようだが、勇者達はそうではない。

 いつ復活するか分からない魔王の存在を恐れ、日々自らの力を(みが)き続けてきた。

 

 だからこそ、“魔王の復活”という一報が届いた瞬間から、彼らは行動を起こした。

 その速度は通常では考えられない程に素早く、エステルが王に報告してからそう時は()っていないというのに、もうユークリッド近郊に各国の勇者達がほぼ勢ぞろいしていた。

 

「……なんだ?」

 

 エステルは設営された自軍のテントに戻る際、わずかに揺れを感じた。

 一瞬“気のせいか?”と思うも、すぐにその揺れが足を(すく)われそうになるほどに増大し、決してそれが勘違いでないことに気づく。

 

(地震だと!?)

 

「全員、テントから離れろ! 貨物の(そば)に居る者もだ! それから――」

 

 滅多に経験することの無い地震にわずかに動揺するも、すぐに的確な指示を大声で下すエステル。

 しかし、その彼女の指示をかき消すような叫び声が響いた。

 

「エステル様! あれを! あれを見てください!!」

 

「!? 貴公は、いったい何……を……!?」

 

 エステルは未だ大地が揺れているにもかかわらず、呆然とそれを見上げた。

 

 はるか地平線の向こう……かつて魔王によって滅ぼされたシュナイル王国のある辺りから、徐々に何かがせりあがってくる。

 

 

 ――それは、“人”だった

 

 ――巨人族すら、赤子に思えるほど大きな“人”だった

 

 

 ……いや、よく見れば“人”ではない。

 頭や肩から大量の土砂を落としながら身を起こすその大きさ、そしてその身に秘める魔力はかつての彼とは天と地ほどにも違うが、各国の勇者も、彼らの配下で戦った兵士達も、その姿は恐怖とともに記憶に刻み付けられていた。

 

 そう、彼は……

 

 

 

「魔王……」

 

 

 

 だれかがそう呟くと同時、“それ”は大きく咆哮(ほうこう)し、ギラリとエステル達を、この遠距離からでもハッキリとわかる大きな(まなこ)で睨みつけた。

 

 

 

 

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