水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

33 / 40
第十章 決戦 前編

()()()()()()()魔王(コイツ)()()()()()!?」

 

 今なお続く迷宮の凄まじい振動に声を揺らしながら、ブリジットの疑問符に満ち満ちた叫びが辺りに響く。

 

 彼女の疑問はもっともだ。言っている意味が分からない。

 いや、“迷宮と魔王の肉体が融合したこと”は周囲を見れば分かるのだが、それならばリウラは素直にそう言うはずだ。『迷宮が魔王になる』という言い方はしないだろう。

 

「この凄い地震……これ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まわりから魔王さんの魔力だけじゃなくて、明確に“戦おう”とするディアドラの意思を感じる。たぶん、ディアドラも魔王さんの肉体と一緒に迷宮と融合したんだ」

 

「ディアドラだと? いったい誰と、何のために戦おうというのだ?」

 

 リウラの説明に、魔王が問う。

 

 魔王の肉体とディアドラが融合するのは分かる。おおかた魔王の肉体を乗っ取ろうとしたのだろう。

 昇華魔術で不安定になっていた魔王の肉体の扱いを誤り、魔力を暴走させ、迷宮まで融合してしまったのは誤算だろうが。

 

 封印の間の場所についても、あれだけ神出鬼没な彼女であれば、知っていてもおかしくはない。

 この場においてはリリィしか知らないが、彼女は原作において王城にあっさり忍び込み、シルフィーヌに気づかれることなく彼女の部屋に潜んで盗み聞きできる腕を持っているのだ。

 

 だが、魂を失って抜け殻となった魔王の肉体にディアドラの精神が入った以上、彼女自身が魔王となったようなもの。

 そんな彼女が、明確に“敵”と認識して戦おうとする相手とは、いったい誰だ? そして、彼女は何のために、その“敵”と戦うのか?

 

 彼女の殺気や敵意をリウラ達が感じていない以上、その“敵”がリウラ達でないことだけは確かだった。

 

「そんなこと、どうだっていいでしょ!? “迷宮(ここ)が魔王の腹の中になった”っていうんなら、早くみんなを避難させないと!!」

 

 焦りに満ちた声でヴィアが叫び、リューナが隣でガクガクと頭を上下させる。

 

 今の迷宮は非常に危険だ。この地震もそうだが、いつ自分達もこの迷宮のように同化・融合してしまうか分からない。

 ひょっとしたら高い魔力や精気を持つ自分達は問題ないかもしれないが、彼女達の家族をはじめとして、そうではない者達が迷宮には大勢暮らしている。避難を真っ先に訴えるのは当然であった。

 

 実は、融合に関してだけはおそらく問題ないと、リウラにだけは分かっている。

 

 迷宮が魔王の肉体と融合した当初は焦ったが、迷宮と融合したディアドラの意思からは“戦意”しか感じられず、度を超えた融合をしたクリエイターに存在してしかるべき“捕食”や“食欲”の衝動が欠片も意識に浮かんでいない。

 

 リウラの異能の特性上、ディアドラの許可なく彼女の精神を探ることはできないが、おそらく戦闘を止めたとしても、今から誰かを吸収・融合することはまず無いだろう。

 もしかしたら、魔王の肉体に残っていたクリエイターの因子はごくごく弱いものだったのかもしれない。

 

 懸念があるとすれば、“迷宮と融合した瞬間”だが、リウラ達の魔力の高さによる抵抗力とは無関係に生物を取り込もうとはしなかった。

 事実、わずかに生き残ったリザードモール達が、戦闘によって瀕死の状態であるにもかかわらず、誰一人として取り込まれていない。こちらも心配する必要はまず無い、と言えた。

 

 とはいえ、この地震はまずい。

 迷宮そのものが魔王と化した以上、迷宮の動き方によっては上下逆さになったり、生物の関節のようにグリグリ動いてもおかしくはない。

 そうなれば、壁に挟まれたり、どこかにぶつかって骨折したりする人も出てくることだろう。場合によっては致命傷になってもおかしくはない。

 

 シルフィーヌはヴィアの言葉に頷くも、その表情は(かんば)しくない。

 

「確かに、あなたの言う通りです。……()()()()()()()()?」

 

 そう言われて、ヴィアは言葉に詰まる。

 

「この広大な迷宮を探索し、人を見つけ、彼らを避難させることにどれほどの時間がかかるでしょう? 私は短距離転移ならばできるので、ある程度距離を無視できますが、それでも迷宮の隅から隅まで探索して避難誘導を行うのは現実的ではありません。ましてや、私は封印の間までのルート以外、この迷宮をほとんど知らないのです。達成は非常に困難と言えるでしょう」

 

「さらに言えば、シルフィーヌも私も“迷宮内から迷宮内への転移”はできるけど、“迷宮そのものから脱出する転移”はできないわ。もしそれをするなら、“飛翔の耳飾り”を用意するか、迷宮外に通じる転移門まで避難者を集める必要がある。……もっとも、この状況でその転移門が無事かは分からないけどね」

 

 シルフィーヌとティアが、救助における課題を列挙(れっきょ)する。

 

 この迷宮は非常に広い。その広さは情報屋であるヴォルクですらどこまで広がっているか把握しきれておらず、『大陸中に広がっている』と言われても全くおかしくない広さだ。

 いかにシルフィーヌが並外れた凄腕の魔術師であろうとも、一個人でそのような広さを短時間で回れる訳がない。

 

 そして、シルフィーヌやティアが使用する転移魔術の有効範囲は、だいたい射撃系魔術の有効射程と同程度……要は()()()()()()()()()()()()、ということだ。

 

 壁があろうとも無視して移動できるし、連発できるので総合して見れば移動速度は相当に速いが、迷宮そのものから脱出するような長距離転移はできない。

 それをするならば、転移門や飛翔の耳飾りといった専用の魔法具が必要になるだろう。

 

 だが、迷宮が魔王の肉体と融合した以上、転移門も融合に巻き込まれてしまっている可能性は非常に高い。

 まともに使用できるかは賭けになるだろうし、仮に機能したとしても、今も動き続けている迷宮のどこに門があるのかは分からない。

 

 『出口に転移した途端、魔王化した迷宮の移動で押しつぶされました』では目も当てられない。

 この迷宮から脱出するには、力づくで外壁を破壊して安全を確かめるか、あるいは“必ず使用者が安全な場所に転移する”機能を持った飛翔の耳飾りの使用は必須条件である。

 

 実を言うと、状況がひっ(ぱく)しているのはシルフィーヌ達も同じだ。

 

 迷宮が動き出した、ということは迷宮の上……すなわち地表にも多大な影響がある、ということ。

 ユークリッドを含む地上の国々に何が起こっているのか、現在の彼女達には知る(すべ)がないのだ。

 早急にこの迷宮を脱出して状況を確かめなければならないのだが、その為にもなんらかの脱出手段の確保は急務と言えた。

 

()()()()()()()()()()()

 

 意外なその言葉に全員がヴォルクを見ると、彼は鋭い爪を伸ばした人差し指で隣を指さしていた。

 

 ヴォルク以外の全員の視線がその指先を辿(たど)ると、そこにはきょとんとした表情のブリジットが思わず自分を指さしていた。

 彼女の耳には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が揺れていた。

 

「なるほど、そういえばそれは元々貴様の持ち物だったな」

 

「確かに私達は、それで迷宮を一時的に脱出していましたね」

 

((((((それでか……))))))

 

 魔王とオクタヴィアが納得して頷き、リリィ、ヴィア、シルフィーヌ、ティア、サスーヌ、ヴィダルの6名が疲労感による脱力とともに納得した。

 

 なるほど、いくら迷宮中を探しても魔王達が見つからない訳だ。……長距離転移で迷宮の外に出ていたのだから。

 彼女達の“無駄なことをしていた”という徒労感(とろうかん)は凄まじかった。

 

「あ、揺れが止まった」

 

 突如(とつじょ)として揺れが止まり、今度はズシン……ズシン……と大きな音を鳴らしながらゆっくりと上下に動いている。

 

 どうやら、今の迷宮には何本かは分からないが“足”があるようだ。

 そして、リウラが迷宮から“戦う意思”を感じた以上、この迷宮はなにがしかの“敵”に向けて移動を開始している可能性は高い。

 

 救出を行うなら今だ。

 可能なら戦闘が始まる前が良い。

 

「飛翔の耳飾りは1組だけ? 今の迷宮でも使えるのかしら?」

 

生憎(あいにく)これ1組だけだな……あと、ティアの嬢ちゃんの懸念は、おそらく当たってる。こんだけ魔王の魔力が迷宮に(かよ)っちまってると、まともに機能するかどうかは賭けだ」

 

 飛翔の耳飾りは便利な反面、非常に繊細な魔法具だ。

 特殊な魔力が通った迷宮だと、うまく機能しないことは多々(たた)ある。

 

 また、飛翔の耳飾りは“脱出”はできるが、“迷宮に戻る”ことはできない。つまり、飛翔の耳飾りが1組だけならば、使えるのは1回だけだ。

 ということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()、ということを意味している。この広大な迷宮の生存者全てを1ヶ所に集めることの困難さは言うまでもない。

 

「それ貸して! 早く!」

 

「お、おう?」

 

 珍しく慌てた様子のリウラの姿に、戸惑いながらもブリジットは耳飾りを取って渡す。

 

 あまりにも素直に渡すその様子に、ティアが(わず)かに反応する。

 

 これがもし自分やシルフィーヌ達であれば間違いなく反発したであろうし、たとえリリィであったとしても多少なりとも抵抗感がある様子を示しただろう。

 そうした様子が一切ないということは、彼女がリウラに対して妙なプライドや反発心を持っていないという何よりの証拠であった。

 

 ティアは頭の片隅に“ブリジットに交渉するときはリウラを通したほうが良い”と書き込んでおく。

 

 リウラはブリジットから右手で耳飾りを受け取ると、左手で迷宮の肉壁を強引にむしり取り、それらを手の中に入れたまま両手を合わせ……数秒したのちに開く。

 

 

 ――そこには、肉壁と同色の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……オマエ、いったい何したんだよ」

 

 一同が絶句してドン引きする中で、薄々リウラが何をしたのかを察しながらもブリジットが問うと、リウラは真剣な表情で答える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これなら多分、この迷宮からでも脱出できると思う」

 

「……次から次へと色々起こるから聞くのを後回しにしてたけど、お姉ちゃんにいったい何が起こったの?」

 

「あのでっかいプテテットを取り込んだり、変身したり、魔法具や魔術を使った様子もなしに、飛翔の耳飾りを合成したり……いったい、いつからリウラは水精(みずせい)()めてしまったんですの?」

 

 リリィが“頭が痛い”と額に手を当て、リューナが呆れた様子でジト目になり、彼女の隣では彼女の操る魔導巧殻(リューン)が宙で肩をすくめている。

 だが、本当に時間が無いので『その質問への回答は後で』ということで、話は進む。

 

「とりあえず、これで脱出手段は確保できたわね。……とはいえ、1組しかないということは、脱出させる人達を1か所に集めないと――」

 

「あ、そっか。ごめんごめん」

 

 ヴィアの言葉に、そうリウラが言うや否や、彼女は再び手を閉じる。

 

「リリィ、両手を出して。こう、水を(すく)うような感じで」

 

「はい?」

 

 訳も分からず、とりあえず言われた通りにリリィが手を出すと、その上にリウラは自分の閉じた両手を持って来て下向きに開く。

 

 

 

 ――ぼとぼとぼとぼと

 

 

 

「「「「「「「……………………………………」」」」」」

 

 “もう、何も言うまい”――1組しかなかったはずの耳飾りが、リウラの手からリリィの手に向かって人数分こぼれ落ちる様子を見て、一同の心は一致した。

 

 

 ――ただ1人……セシルを除いて

 

 

 一見しとやかに微笑んでいるものの、彼女の目はリウラに対する興味と興奮でギラギラと輝いている。

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 リウラの変身も、今の物質の合成・複製も、その本質は同じ――クリエイターの融合能力だ。

 しかし、リウラの場合、彼らとは決定的に異なる点がある。

 

 

 ――それは、“()()()()()()

 

 

 リウラは一度融合したものを判別・把握し、それを自在に制御することができるのだ。

 

 クリエイターの融合能力はあくまでも()()()()能力。本来、リウラのように特定の能力を切り取って持ってくるような器用なことはできない。

 なぜなら、彼らの融合能力は“進化”・“生存”するための能力として究極化されたものであり、“その能力が必要とされる状況・環境”が現れない限り、そうした能力は因子化され、使われることがないからだ。

 

 仮に様々な能力を持つ生物を捕食したクリエイターが居たとしよう。

 彼らの姿は吸収した生物が全て入り混じった不気味な姿になるようなことは決してなく、最も安定した姿、現在の環境に最適化された能力を発現する。

 

 ――海で生活するならば、水中でも呼吸できるか、あるいは呼吸が不要になる能力が……

 ――強力な攻撃をする外敵がいる環境では障壁作成能力が……

 ――そして、何も過酷な環境が無ければ、獲得した能力はだんだん退化=因子化し、最後には一番最初の……この世に生を受けた時の姿に戻るだろう。その姿が一番安定しているからだ

 

 彼らの融合能力は、本来は何世代もかけて死者を多数出しながら適応していくはずの過酷な環境を、“既に適応した生物”を捕食し、己のものとすることによって適応化の期間を大幅に短縮するという“進化短縮能力”なのである。

 

 

 ――しかし、リウラは違う

 

 

 彼女は環境への適応など関係なく、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”し、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()”ことができる。

 

 ……つまり、()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、あのように毎回欲しい能力を発現した姿に()()できる。

 

 さらには、彼女は“飛翔の耳飾り”と“迷宮の肉壁”を合成……いや、()()して見せた。

 

 あれはおそらく、いったん“飛翔の耳飾り”と“迷宮の肉壁”を自身に取り込んで融合し、その2つの因子だけを手のひらに限定して表出させ、それらを切り離したのだろう。

 彼女が自分の体内の因子を自在に操作できる証拠だった。

 

 一度融合してしまえば、クリエイターの質量変化能力を使って数を増やすことなど、因子を操る彼女にとっては造作もないことだろう。

 リリィの手のひらに山のように積まれた飛翔の……いや、“迷宮の耳飾り”は、その結果だった。

 

「む……なんか魔力が薄くなっていないか?」

 

「そういえば……」

 

 ベリークが疑問の声を上げると、サスーヌが同意する。

 

 確かに、先程に比べて空気中の魔力濃度が薄くなっている。

 迷宮は深く潜れば潜るほどに魔力が濃くなる。相当深く潜った今の階層はかなり濃度が濃いはずであり、さらに言えば魔神級の強者たちがその魔力を存分に使って戦い終わった今ならば、一般人ならば気絶するレベルの魔力濃度のはずである。

 

 しかし、今感じられる魔力はせいぜい中層……だいたい200階レベルでしかない。

 その違和感の答えはシズクが見つけた。

 

()()()()()()()()()()()……生物からは奪わないけど、空気中の魔力は吸い取るみたい」

 

「では、特に問題はないと?」

 

「んなわきゃないでしょ!? 大問題よ!」

 

 ヴィダルが『生物に害が無いなら問題ないか?』問うと、『これだから迷宮の素人は!』とヴィアが苛立(いらだ)つ。

 

「魔物ってのは魔力の濃い場所に()かれる性質を持ってんのよ。強力な魔物であればある程、より強い魔力の方へ行こうとするの」

 

「だから、この迷宮は下の方に行けば行くほど魔物が強力になっていくんだ。下の方に行くほど魔力が濃くなるからな」

 

「つまり、“空気中の魔力が迷宮に奪われる”ということは、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”、ってことですの! 放っておいたら上層にいる人達が襲われるだけでなく、へたすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 そこまで聞いたヴィダルの血の気がサァーッと引いていく。

 

 ヴィダルからすれば迷宮に住む者達などどうでもいい……とまでは言わないが、そこまで自分と関わりが深いわけでないため、危機感は少ない。

 だが、地上に魔物が溢れるのはまずい。ユークリッドの民が虐殺されるのだけは、なんとしても防がなければならない。

 

「なるほど、さっき魔物が下の階から突撃してきた理由はそれか」

 

 そうベリークが納得していると、今度はただでさえ顔色の悪いフィファが声を震わせて発言する。

 

()()()()()()()()()()()()()()……? ね、ねぇ……そういえばさっき『転移門とかも魔王と融合してるかも?』って言ってたわよね? ……じゃ、じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

「……? それが魔導具か魔法具か、それとも先史文明の遺産かは知らないけど、外部からの攻撃に備えていないんだったら十中八九融合しちゃってるでしょうね。今もキチンと効果を発揮できているかは怪しいと思うわ」

 

「やっぱりぃぃぃいいいいいいいっ!?」

 

 ティアの回答にフィファは頭を抱えてのけぞり、従者(シャンデル)(まと)う雰囲気から凄まじい焦燥が溢れる。

 ……そして、原作知識から心当たりのあったリリィが内心で「あ」と声を漏らす。

 

「何よ、自分1人だけで分かってないで、ちゃんと説明しなさいよ!」

 

「じゃあ言ってあげるけどねぇ! どうしてこの迷宮がこんな魔力の吹き溜まりになってたか分かる!? ()()()()()()()()()()()()()古神(いにしえがみ)()()()()()()()()()()()()()()()()! アタシは、あのでっかいプテテットのお化けと、その古神の封印を護るために精霊王(パパ)から(つか)わされた管理者なの!!」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 魔王だけでもいっぱいいっぱいだったところに邪神まで出てきて、話を聞いていたメンバーの内心はもう大混乱だ。

 しかも、フィファの言い方からして、相当長い間その古神は魔力を放出し続けている。

 

 通常、神族は信仰を得なければ魔力不足に(おちい)るような、エネルギー補給を必須とする種族である。

 そして、現神(うつつかみ)によって『邪神である』とレッテルを貼られた古神への信仰などほとんど存在せず、ましてやこんな迷宮の底に封印されっぱなしの神など、まず間違いなく完全に忘れ去られていて信仰など欠片も集まるはずがない。

 

 なのに、フィファの言う古神は、()()()()()()()()()()()()()()()()という。

 それも、封印されたまま……つまり、それは“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”ということだ。

 

 これだけで相当ヤバい神であることが分かる。

 まず間違いなく一級神クラス。そんな神を封じている封印設備が迷宮ごと魔王の肉体に取り込まれているとなればどうなるか……?

 

「設備ごと取り込まれているのであれば、封印は解けていないのではないでしょうか?」

 

「楽観視は禁物よ。それに解けていないならいないで、漏れ続けている魔力を魔王が丸々吸収しているかもしれない。そんな相手をどうやって止めるというの?」

 

「ホントにそこまで魔力高いかぁ? さっきリウラ(ソイツ)が簡単に壁をむしってただろ?」

 

「違うわよブリジット。お姉ちゃんがむしったところ、もう再生されてるでしょ? もしその魔力が防御力でなく再生能力に全振(ぜんぶ)りされてたら、倒すのは逆に困難よ。アンタだってアイ……土精(つちせい)の子と戦って、それは分かってるでしょ?」

 

「そうだ! この迷宮、魔王さんの身体なんでしょ? 魔王さん、アイちゃんの位置は分からない?」

 

「……無理だな。どうやら、私と本来の肉体とのつながりが切れてしまっているようだ。私からこの迷宮に干渉することは不可能だろう」

 

「う~ん……あ、そういえば、フィファさん精霊のお姫様なんだよね? アイちゃんの居場所わからない?」

 

「水精の隠れ里の位置も探してほしい。私とティアは、隠れ里の位置がバレないよう、記憶を(いじ)られて場所が分からない。ロジェン様達も避難させないと」

 

「古神が復活しようってのに、精霊の救出に構ってる余裕なんて無いわよ! アンタたち状況わかってる!?」

 

「あ~……リウラ? アイとの仮マスター契約が切れてないから、追跡は何とかなるわよ? たぶん契約が特殊すぎて、ディアドラも見つけられなかったんだと思うわ」

 

 あまりにもやるべきことが多すぎて、議論だけが進んで行動に移れない。

 早く行動しなければ手遅れになる……その事だけは全員認識しているのに、問題が大きすぎて迂闊(うかつ)な行動がとれない。

 

 ティアは考える。

 

(優先順位をつけないと、どうしようもない。避難誘導については、このメンバーの関係者を最優先して脱出させる。古神の封印については判断材料が少なすぎる。とりあえず魔神級の気配を感じないことから、“封印は解けていない”と判断して、その区画をまるごと隔離して封印する手段を考えてみましょうか……なら、巨大プテテットの封印方法を知っていた精霊王女(フィファ)を説得して……)

 

 ひと通り考え終わったティアが口を開く。

 正直もう少し考えたいところだが、そこまで考えを巡らせる時間的余裕は無い。

 

「この中で転移魔術が使える人はいる? セシルはそういった効果を持つ魔法具を持ってない?」

 

「……ツェシュテル」

 

「はいはい、分かったわよ~。ほら、そこの人間。ありがたく分けてやるから、両手出しなさい」

 

「貴様っ!」

 

「ヴィダル。……これで良いですか?」

 

 (いきどお)るヴィダルを(たしな)めたサスーヌが、先程のリリィのように両手を差し出すと、これまた先程のリウラのようにツェシュテルの人形のように小さな手から、ボトボトと腕輪が落ちてくる。

 

 “転移の腕輪”――装備したものに短距離転移能力を授ける魔法具だ。

 

 

 ――やはりか

 

 

 アイがツェシュテルを纏った時に、鎧から砲門やら盾やらが現れていたことから、“ツェシュテルは体内に様々な魔法具や魔導具を保管しているのではないか?”と推測していたが、どうやら当たっていたようだ。

 

 ……あまりにもリウラと()()()()()()その能力は、後で問い詰める必要が有りそうだが。

 

「ヴィア、ヴォルク、リューナ。あなた達はこの迷宮に詳しいわね? その腕輪を使って助けたい人をできるだけ集めて飛翔の耳飾りで転移して脱出して。魔王、あなたは……」

 

「貴様の指示は受けん。私は勝手にやらせてもらう……私の身体を勝手に使われるのは我慢ならんからな。人助けをしたいのなら、私が迷宮を破壊しつくす前にさっさと終わらせることだ」

 

「でしょうね。そういうわけだから――」

 

 

()()()()()()()()

 

 

 そのとき、ティアの指示をシルフィーヌが(さえぎ)った。

 

 ほんの僅かな間とはいえ、生前サラディーネの指導を受けたことがあるシルフィーヌには、彼女の考えていることがなんとなく分かってしまった。

 

 避難誘導を指示されたのがヴィア、ヴォルク、リューナである時点で、“避難させたい人だけ避難させればいい”という考えが透けて見える。このメンバーの中で“避難させたい人”がいるのは、迷宮の住人である彼女達だけだからだ。

 水精の隠れ里と関わりがあるであろうリウラやシズクがその対象から外れているのは、“隠れ里の位置を探す時間は無い”と考えているから。

 

 絶対に他人の指示なんて聞かないだろう魔王に()えて話を振ったのは、『自分達は勝手に行動する』という言葉を引き出すため。

 そうすれば、腹の底で何を考えているか分からない彼らと自然に別れ、リウラ達と共に脱出しやすくなる。

 

 おそらく、ティアは“実現する可能性が高い範囲”を自ら定め、そこから漏れたもの……救出する対象や、取りかかるべき事柄を切り捨てている。

 同時に、“自分が救けたい人”を優先し、それ以外を切り捨てるように動いている。

 それは、かつて彼女がユークリッドの第一王女だった頃に行っていた、王族として小を切り捨て大を活かす判断と同じものだ。

 

 その事を理解した時、シルフィーヌの口から、

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ぽろり、と無意識にその言葉が漏れ出た。

 

 

 静かに、そして次々と大量の情報を処理し続けている彼女の頭脳は言っている。

 

 

 

 

 ――『()()()()()()()()()()()()()』、と

 

 

 

 

 今、姉をも超える彼女の才能が花開く。

 

 

 

 

 ――『……もしそれをするなら、“飛翔の耳飾り”を用意するか、迷宮外に通じる転移門まで避難者を集める必要が……』

 

 ――『あのでっかいプテテットを取り込んだり、変身したり……』

 

 ――『……さては、先の化け物も貴様らの仕業(しわざ)か!?』

 

 ――『あ~……リウラ? アイとの仮マスター契約が切れてないから、追跡は何とかなるわよ?』

 

 ――『……この迷宮の最深部で封じてた古神から魔力が際限なく漏れてたからよ!』

 

 ――『……強制転移と(おぼ)しき空間の波を追跡した結果、その転移先は地下730階付近。ちょうどそこに、さっきの水精の魔力が観測されたわ……』

 

 ――『……あの巨大な魔力……あれは貴女の仕業ですね? ニア』

 

 ――『アイ、お姫様たちが逃げる道を造って! ヴィア、お姫様たちを先導して逃がして!』

 

 

 

 

(……!)

 

 シルフィーヌは真っすぐにリウラを見つめ、きょとんとする彼女に対してこう言った。

 

「リウラさん……()()()()()()()()()()()?」

 

 

***

 

 

「全軍っ、撤退しろおおおおおぉぉぉぉおおおおっっっ!!」

 

 そう叫んだのは、いったい誰だったのか。

 声が聞こえた直後、はるか彼方にある山よりも大きな魔王の口から、一条(いちじょう)の光が真っすぐに放たれて、弧を描くように軍を()ぎ払う。

 

 

 ――直後、光が大地を切断。断面が一瞬にして融解・膨張し、大爆発を起こした

 

 

 リュファスを含めた各国の勇者達は、そのあまりの威力に心底から恐怖し、(おのの)いた。

 

 以前戦った時とは明らかに次元の違う魔力。

 こんな化け物が相手では、倒すことなど到底不可能だ。あの時のように、都合よく封印する設備が近くにある訳でもない。ならば、いったいどうすれば良いのか。

 

「氷剣リーニよ!」

 

 エステルがゼイドラム王より新たに(たまわ)った魔法剣を振りかざし、先程の魔力砲によって燃え上がる大地を鎮火する。

 火がある程度治まるや否や、アーシャが広範囲治癒魔術を()って兵士達の傷を癒し、リュファスが各国の軍へ撤退するよう伝令を出す。

 

「各国に通達! いったん退却して、作戦を立て直す! 今のままではムダ死にするだけ……っ!?」

 

 再び魔王の口から太い魔力砲が放たれる。

 しかし、今度の魔力砲は先程とは少し異なっていた。

 

 

 真っすぐ兵士達に向かって放たれたはずの魔力砲――それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「「「「「「!?」」」」」」

 

 魔力砲はあらぬ方向へと飛び去り、その場にいた人間たち全てを困惑させる。

 ……が、はるか彼方(かなた)で爆発音とともに大きなきのこ雲が上がったことにより、全員の表情が同時に青ざめた。

 

「兄上……()()()()()()()()()()()……」

 

「っ!!」

 

 逃げられない。逃げ道を失った。

 

 今逃げてしまえば、魔王は手当たり次第に魔力砲を放って“()()()()()()()()()()()()。そうなったら、もう立て直しどころの話ではない。

 

 

 ――何としても今ここで魔王を倒さなければならない。例えそれが、どんなに無理難題なのだとしても

 

 

「伝令! 先程の命令を取り消す! 各国へ勇者と、それに準ずる者達のみを戦闘に出すように伝えてくれ! エステル、君も来い!」

 

「はい、兄上!」

 

 背後ではアーシャが兵士達の撤退の準備を進めている。

 

 以前の魔王の時もそうだったが、あまりにも敵が強すぎる場合は一般兵が居ても足手まといになるだけだ。

 邪魔にならないよう、後方で(ひか)えさせて、勇者達を治療・支援させる以外に役に立てる場はない。

 

 ゼイドラム側の戦力は、勇者リュファス、エステル、アーシャ、そして隻眼(せきがん)のエルフの弓使い“ティオファニア”と獣人族の神官“ネリー”……このたった5人だ。この5人以外は全て足手まといになる。

 おそらく他の国々も似たようなものだろう。この少数精鋭であの魔王をどうにかしなければならない。

 

「う、うわああああぁああああああっ!?」

 

 突如上がった悲鳴に、“何事か”とエステルが振り向く。

 彼女が目にしたものは――

 

「魔物!?」

 

 兵士達が大量の魔物に襲われている場面だった。

 

 突然、兵士達の間に現れたのだろう。

 兵士達が動揺して、態勢を整えるのが遅れている。

 

 しかし、いったいどこから!?

 どうやって!?

 

 

 ――その答えは、彼女の()からやってきた

 

 

 ガクンッ!

 

「っ!?」

 

 大地が割れ、足を取られそうになったところに、割れた地面から大量の魔物が現れ、飛びかかってきた。

 

「エステル!」

 

 ティオファニアが魔力を()びた矢でもってそれらの魔物を消し飛ばし、体勢を整えたエステルが残った魔物を斬り払う。

 ……が、射ても斬ってもキリがない。次から次へと現れる魔物の対処に手を取られてしまい、魔王が今にも次の魔力砲を撃とうとしているのに、何もできないでいる。

 

「ネリー! アーシャ! あの魔力砲を防げるか!?」

 

「ムチャ言わないでください! 一瞬だって持ちませんよ!」

 

「ッ!? ネリー、下だ!」

 

「え? きゃあっ!?」

 

 ネリーが何かに足を取られてこけてしまう。

 何事かと自身の足に目を向ければ、そこには毒々しい緑色の触手の1本が彼女の足首を絡め取り、その他の触手が鎌首をもたげて今にも襲いかからんとしていた。

 

「ちっ!」

 

 再びティオファニアの魔矢が触手を消し飛ばすも、今度は破壊されると同時に一瞬で再生してしまう。尋常(じんじょう)ではない凄まじい再生能力だった。

 

「単に破壊するだけじゃダメってか……ならっ!」

 

 ティオファニアは転送魔術で新たに矢筒を取り出し、今まで使っていた矢筒を放り捨て、すぐにその矢で触手を射抜く。

 すると、ギグンッと触手はその動きを止め、力なくひび割れた大地に次々と倒れ込んでゆく。

 

 彼女特性の麻痺毒が塗られた矢だ。

 そう本数は多くないが、とりあえずはこれで何とかするしかない。

 

 だが、彼女は知らなかった。

 今、彼女達を襲う触手は、地下迷宮と融合した魔王の肉体が変化して伸ばされているもの。いくら麻痺毒で麻痺させようと、その膨大な質量を利用して何百本、何千本と生み出せるのだ。

 たかだか数十本程度の毒矢程度では、たいした時間稼ぎすらできない。

 

「はぁっ!」

 

 ティオファニアの対処法を見たエステルは、すぐさま氷剣の力を借りて氷の壁を地面に(つく)りだし、触手を閉じ込める。

 今も地割れが起こっているところを見ると、一時しのぎにしかならないと思われるが、これで態勢を整える暇ぐらいは作れるはず――

 

「エステル! 後ろ!」

 

「なに!?」

 

 エステルが振り向くと、未だ遠方にはあるものの、魔王の口が大きく輝いていた。

 先程の魔力砲の発射直前の兆候(ちょうこう)だった。

 

(馬鹿な、早すぎる!?)

 

 先程の魔力砲と比べ、明らかに短い充填速度。

 それは威力を落としたことが原因だったらしく、再びまばゆい輝きとともに放たれた魔力砲は、若干細くなっている。

 

 しかし、それでも感じられるその魔力は、充分にエステルに致命傷を与えるだけの威力を秘めていた。

 回避できるような攻撃範囲でも速度でもない。エステルはとっさに剣を盾にするよう防御姿勢を取る以外の事はできなかった。

 

 

 ――だが、

 

 

「兄上!?」

 

 勇者リュファスは違った。

 

 エステルとは1つ次元の違う強さを持つ彼には、周囲の状況を把握する余裕も、指示を飛ばす余裕も、妹たちを護るために魔王の攻撃を受け止める余裕もあった。

 彼は魔王の攻撃に割り込み、いったいどのような理屈なのか、その剣を()って、まるで太陽が落ちてきたかのような威力と輝きの魔力砲を受け止めて、エステルを含めた背後の兵を護りきっていた。

 

「ぐっ!?」

 

 だが、魔王はそれが面白くなかったのか、徐々に魔力砲の太さを絞っていくことで、魔力砲の勢いを上げていく。

 

(……角度が、急に……!?)

 

 ほぼ真横に向かって防いでいたはずの魔力砲が、徐々に上からのものになってゆき、リュファスを地に押しつぶさんと凄まじい圧力をかけてくる。

 魔力砲の光に遮られてリュファス達は上手く見えないが、他の視点で見れば、魔王がゆっくりと2本の足で立ち上がり、前へ前へと歩いて来ているのが分かっただろう。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、その巨人族すら遥かに上回る巨体で踏みしめられた1歩1歩の距離は凄まじく、見る見るうちにリュファス達へ距離を詰めていた。

 魔力砲の角度が急激に縦へと変わっていったのは、そのためだった。

 

(キツい……! だが、さっきの魔力砲から考えれば、そろそろ1発分の魔力が切れるはず……! その隙に僕が斬り込めば――)

 

 

 ――ごぽり……

 

 

 突然、リュファスの(のど)から温かい何かががせり上がり、口腔(こうこう)から溢れた

 

「な……ん……?」

 

 腹に感じる灼熱感に目を落とせば、そこには鎧の隙間を縫うようにいつの間にか()()()()()()()()()()

 

(いったい何が……? これも、魔王の……?)

 

 

 

「兄上――――――――――――ッ!?」

 

 

 

 リュファスは何が己に起こったのか理解できぬまま、魔力砲に飲み込まれた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。