水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第十章 決戦 中編1

(次! X261、Yマイナス354、Z5021! X279、Yマイナス370、Z5021! X301、Yマイナス355、Z5025!)

 

「オッケー、いいよいいよ! どんどん情報送って!」

 

 肩に乗ったツェシュテルの指示に従い、リウラは次々と空間に穴を開けていく。

 

 その姿は先程までと異なり、道化師(ピエロ)のような姿へと変わっていた。

 しかし、同じ道化師姿であるニアとは異なり、リウラの様相は上半身は肩を出しつつ、下は膝上のミニスカートで、白を基調としたフリルを多めにトランプの柄をあしらった非常に可愛らしいものとなっていた。

 ニアは涙のマークを入れていた頬も、リウラは小さな赤いハートマークをあしらっている。

 

 ツェシュテルは非常に複雑な表情をしていた。

 セシルの命で再び仮のマスターを(つく)らされたこともそうだが、アイとは別の意味でリウラもまた非常に彼女と相性が良かったことがその原因である。

 

 彼女はアイとは違い、“ツェシュテルを使いこなせないが故に、自然と相棒(パートナー)関係を築く”といったようなことはない。

 むしろ、()()()。彼女はツェシュテルを、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

 オリジナルの魔導巧殻にも存在する特殊術式――魔神の知識をもってセシルが再現し、アレンジを加えてツェシュテルに与えられたそれは、戦場の状況を直接兵士の頭の中に送り込み、それを理解させることで乱れなき行軍を可能とする術だ。

 

 だが、“頭の中に突如(とつじょ)として情報が現れる”という奇妙な感覚を植え付けられれば、まず間違いなく対象は戸惑(とまど)う。

 それはアイやセシルであろうと変わらず、心構えが無い者であれば、“自分の頭や魂に何かされたのではないか”と軽いパニックに(おちい)ってもおかしくはない。

 

 ところが、リウラはそうではなかった。

 逆に彼女は一瞬でその術式がどういったものかを把握し、なぜか大喜びしたのだ。

 

 それどころか、送りつけられる情報の速度を上げるようにすら要求してきた。

 内心“バカかコイツは”と思いながら『頭がパンクするわよ?』と伝えるも、『大丈夫大丈夫』と能天気にのたまうので、“いっぺん痛い目見ればいい”と要求通りに情報量を増やしてやれば、軽々とそれを処理しきり、瞬時に的確な座標――ツェシュテルが検索した救出対象や撃破対象が存在する場所に空間の穴を次々と展開したのだ。

 

 これだけの情報処理能力と、雫流魔闘術によって鍛え上げられた臨機応変な対応能力があれば、彼女の変身能力と組み合わせて、ツェシュテルに搭載された様々な機能や魔法具・魔導具を十全に使いこなしてくれるだろう。

 自分の全能力を引き出してくれるかもしれない……それは創造物としての自覚を持つ彼女にとって、とても魅力的な誘惑であった。

 

 一方、リウラは非常に驚き……とても興奮していた。

 

 肩にちょこんと可愛らしく乗ってくれた途端、様々なデータや座標情報が頭の中に浮かんだことから、ツェシュテルが彼女の知識で言う“()()()”であると気づいたためである。

 

 自分自身、“水の精霊”なんてファンタジー世界の住人になってしまっており、リリィをはじめとする猫耳少女やら魔王やら王女様やらゴーレムにエルフに騎士に魔法使いと、バラエティ豊かな存在に出会ってはいるものの、隠れ里に居たままでは出会えない存在、漫画の中でしか出会えないはずだった存在と触れあえてワクワクしないリウラではない。

 それが、これまで出会ったことのない科学チック(サイエンティフィック)なロボ少女とくれば尚更(なおさら)だ。

 

 とはいえ、今は緊急事態。

 ワクワク感は胸の内に秘めつつ、リウラはツェシュテルから送られてくる情報の奔流(ほんりゅう)を、異能を()って自分の無意識領域を最大限に活用することで余裕を持って処理し、次々と空間に穴を開けていく。

 

 ……もっとも、そのワクワク感は、直接頭の中に情報を投影しているツェシュテルには完全に筒抜けであり、彼女には呆れた視線を向けられていたが。

 

「悪いわね。事情を説明している暇は無いの。さっさと外に脱出してもらうわよ」

 

 リリィやヴィア、リューナの操る魔導巧殻(リューン)が、次々とリウラが開けた“穴”へと飛び込み、その先にいた迷宮の住民を抱えて戻り、リウラの隣に開けられた巨大な“穴”へと放り込んでゆく。

 リウラの有り余る精気を分け与えられて、完全に魔力や精気を回復した彼女達の動きに(よど)みは無い。

 

 “穴”の先は地上へと繋がっており、毒々しい緑で彩られた翼の形の耳飾りをつけたサスーヌとヴィダルが、放り込まれた人達を避難誘導していた。

 情報屋であるヴォルクは、放り込まれる人達をチェックし、彼の知る情報の範囲内ではあるものの、避難対象に漏れが無いかを確認している。

 

 その一方でリウラは、ツェシュテルが算出した“魔物を上層や地上に上げないために撃破すべき優先順位”に従って、水弾や魔弾による空間跳躍攻撃をしかけ、広範囲にわたって魔物の移動を制限し、リリィ達の避難誘導を魔物達に邪魔されないようフォローしている。

 

 

 ――シルフィーヌはあの時、リウラに2つ質問をした

 

 

 1つ目の質問は、『歪魔族(わいまぞく)に変身できるか』。

 

 リウラは様々な姿に変身し、その姿に合わせて能力を大きく様変わりさせた。

 今まで彼女が見たことのない姿もあれば、猫獣人(ニール)というシルフィーヌも良く知る種族の姿もあり、当初は彼女の変身の法則性についてシルフィーヌは全く理解できていなかった。

 

 

 ――しかし、リウラの最後の変身を見た瞬間、“もしや”とシルフィーヌの中で仮説が立てられる

 

 

 リウラの最後に変身した姿に現れた特徴……紫電を纏う2本の角や青紫と銀の鎧、そして胸部の紫紺の四角い宝玉が、伝説に語られる四大守護竜――雷竜トゥオーノの特徴と酷似していたのである。

 そこに、水竜フリーシスの『さては先の化け物も……』という発言や、巨大プテテットから突き出た竜の翼を見れば、推測は容易に成り立つ。

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? と

 

 

 シルフィーヌは覚えている。

 非常に特徴的で巨大な竜の翼に目を奪われやすいが、その他にも、あの巨大プテテットから突き出ていたものは数多くあり、その中には()()()()()()()()()()()()()()()ということを。

 そして、普段からそのような格好をする種族など、歪魔族以外に彼女は知らない。

 

 

 ――もし、プテテットが捕食した中に歪魔族が居たのならば、

 ――そして、もしシルフィーヌの仮説が成り立つのならば、

 

 

 リウラは歪魔族に変身し、彼女たち特有の空間把握・操作能力を使うことができるはず。

 

 その推測に、リウラは首を縦に振り……キラキラと輝きながら華麗な変身バンクを繰り出して可愛らしい道化師(ピエロ)へと変身し、『この緊急時に何をしているんだ』とティアからこっぴどく叱られた。

 

 そして、2つ目の質問……それは、『特定の座標を指定して空間に穴を開けられるか』。

 

 歪魔族は空間操作に特化した魔族だ。

 通常の転移魔術など比較にならないレベルで自由自在に転移し、場合によっては超遠距離から空間に穴を開けてナイフやら爆破魔術やらを放り込んでくるという、危険極まりない存在である。

 

 だが、逆に味方が使えれば、これほど便利で心強い能力はない。

 

 『迷宮の住人を逃がす』と聞いて、シルフィーヌは“アイが迷宮に穴を開け、ユークリッド兵達の逃げ道を(つく)ってくれたシーン”を真っ先に思い出した。

 そして考えたのだ……“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”、“欲を言えば、()()()()()()()()()()()()()()”と。

 

 ティアに拳骨(げんこつ)をくらって涙目になっていたリウラは、この質問にもまた首を縦に振った。

 

 

 ――ここに、シルフィーヌの策は成った

 

 

 まず、セシルを介してツェシュテルの協力を依頼する。

 

 ニアに強制転移させられたシズクの位置を探知したことから、彼女には生命を探知する何らかの能力がある。

 地下500階であろうと探知できるそれを使えば、迷宮中の住人や魔物の現在位置を把握することも難しくはない。

 

 ツェシュテルに直接協力を依頼しなかったのは、彼女の主人であるセシルの顔を立てるため、セシルがツェシュテルをアイに貸し出す程リリィ達に協力的であるため、そしてツェシュテルがセシル以外、誰の言うことも聞かないためだ。

 

 そして、サスーヌを“迷宮の耳飾り”で地上の安全地帯へと脱出させる。

 

 サスーヌの転移を追跡したツェシュテルが、リウラにサスーヌの座標を知らせ、リウラがその場所と現在位置を繋ぐ大きな空間の穴を創造。

 これで大人数が脱出できる即席の転移門ができた。

 

 後は簡単だ。同じ要領で迷宮の住人達の座標をツェシュテルがリウラに伝え、リウラがそこに至る“穴”を創り、リリィ達がそのバカ魔力にものを言わせた速度で()って彼らをさらって、転移門へ放り投げて強制的に脱出させる。

 

 いちいち事情を説明している暇が無いため、こうでもしないととても間に合わないのだ。

 いきなりさらわれるので抵抗を示す人も多いが、魔神級・準魔神級の力を持つ彼女達に抵抗できる訳もなく、あっさりと放り出されている。

 

 とはいえ、迷宮に異変が起きていることは明らかなので、地上に出された時点で何となく助けられたことを悟り、地上で待機していたサスーヌとヴィダルが簡単に事情を説明しつつ避難誘導しているので、そこからの混乱は少ない。

 話が通じない者も少なからずいるが、そうした者はリリィ達によって強制的に意識を刈り取られて安全地帯へと運ばれている。

 

 上層や地上に上がろうとする魔物についても、それらの座標をツェシュテルが探知し、リウラが歪魔族特有の空間跳躍攻撃で瞬時に撃破することで、避難者が魔物に襲われることを防ぎつつ、一度に魔物が大量に地上に溢れることを阻止している。

 

 シルフィーヌの策は順調に進んでいた。

 

「よし、住民の避難は終わったわよ! あとはアイだけね!」

 

「!? 待って、隠れ里の水精が1人も脱出した人の中にいない!」

 

「はぁっ!? レーダーには魔物以外なにも映ってないわよ!?」

 

「あ、アタシも、この迷宮のどこにも人の姿を保てるほどの精霊力は感じないわよ!?」

 

 ツェシュテルが作業終了を告げると、シズクが焦りとともに『隠れ里の住民の避難がまだである』ことを告げる。

 しかし、彼女に搭載されたレーダーには何も映っていないし、フィファも精霊の存在を一切感知できない。

 

 それを聞いてシルフィーヌがパッと思いついた状況は2つ。

 

 

 ――結界か何かを張って、位置情報が遮断されているか

 ――あるいは、何らかの理由でもう既に隠れ里が壊滅してしまっているか

 

 

 かつて水精の隠れ里は、リリィが放つ魔王の魔力を感知されたことでディアドラにその存在が発覚している。気配や魔力への探知は念入りに対策するはずだ。

 同様にディアドラも、自分の居場所を探知されないよう、入念に自分やアイの気配・魔力を隠蔽(いんぺい)しているだろう。

 ツェシュテルや精霊王女の探知であろうと妨害する結界が展開されている状況は、充分に考えられた。

 

 未だツェシュテルとの特殊契約が切れていないアイは、契約者である彼女が追跡できる。

 では、隠れ里の水精に対し、結界などを無視して場所を把握するためには、どうすればいいか?

 

 再びシルフィーヌの脳が回転し始めた直後、予期せぬところから唐突に“答え”が降ってきた。

 

()()()()()()()()()()()()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこに穴を開けてくれ」

 

「! わかった!」

 

 ヴォルクの指示にリウラが即座に反応して“穴”を開けると、まさにドンピシャで中には避難準備を始めていたシー達が驚いた顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「……なんで知ってんのよアンタ」

 

「俺は情報屋ですぜ? ……っつって誤魔化されるわけもねぇか」

 

「当たり前でしょ? 情報を売り買いする奴にバレてたら元も子もないじゃない」

 

 隠れ里はその性質上、位置情報が漏れてしまうことが致命的である。それが情報を売り買いする情報屋に漏れていたのではお話にならない。

 水精達はその場所がバレないよう最大限の注意を払っていたはずだ。……それこそ、隠れ里を出る際にティア達から記憶を奪ってまで場所を隠すほどに。

 

 なら、いったいどこから漏れたのか?

 

「お嬢、オヤジのやってる宿の名前は?」

 

「? “()()()()()亭”……って、ああっ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を思い出したヴィアは頭を抱え、思い至った“ヴォルクが隠れ里を知っている理由”を全力で否定したい衝動に駆られる。

 

「あ~……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことですのね……そりゃー、わたくしを養子として受け入れてくれるはずですの……」

 

「『()()()()()()()()()宿()』って、そういう……!」

 

 リューナが遠い目で結論を(つぶや)き、リリィが水の貴婦人亭を紹介したロジェンの言葉を思い出して頭を抱える。

 

 水精の隠れ里が抱える組織ならば、その長であるロジェンが頼めば、エルフの1人や2人受け入れてくれても全くおかしくはない。

 同様に、リリィやリウラが初めて泊まる宿として最も安全で適切であるのも言うまでもない。

 なにしろ、身内が経営している宿屋なのだ。財布の件をはじめとして妙に親身だった理由に、ようやく納得がいったリリィであった。

 

「……なんで娘の私がそれを知らないのよ」

 

「お嬢にまで、そんな重荷を背負わせたくなかったんですよ。第一、さらわれて心に傷つくったり、エルフの坊ちゃん助けるために必死になってたりしたお嬢に、そんな情報話したところで混乱するだけだと思いやすぜ」

 

「うっ……」

 

 ヴィアは言葉に詰まる。

 

 実際、ヴォルクにそんな情報を話されたところで、ヴィアにはどうすることもできなかっただろう。

 もし話されていたら、リシアンを助けることに集中できなかったかもしれない。

 

 

 ――ひるむ彼女に、影が(せま)る!

 

 

「おかーさーん!!」

 

「ぐふぅっ!?」

 

 ヴィアの鳩尾(みぞおち)めがけて頭突(ずつ)きを喰らわせながら、1人の水精が体当たりするように抱きついてきた。

 水精の隠れ里きってのおてんば娘その1、レインである。ちなみにその2は妹のレイクで、その3はリウラだったりする。

 

「レインのお母さん、私のお父さんは居ないの? ほら金髪の“いかにも王子様~!”って感じの」

 

「いや、私コイツの母親じゃないから!? あと、私に金髪男の知り合いはいない!」

 

「うわぁ……認知しないとか、酷っ……人として最低だね……」

 

「おかーさん、私のこと嫌い……?」

 

「ああああああああ、話が通じない!! ちょっと、リウラ! コイツらどうにかしなさいよ!!」

 

 まさかの認知拒否にドン引きするレイクに、涙目で上目づかいにグサグサとヴィアの良心(ハート)を攻撃してくるレイン。

 意味不明な双子の水精の精神攻撃にヴィアのストレスは急上昇。そして機嫌は急降下。

 

 そんな彼女達の様子を見かねたのか、ティアとシーが2人を上手に(たしな)めて、転移門へ避難させる。

 その言いくるめ方は堂に入っており、“彼女達が如何(いか)に双子の扱いに苦労させられていたか”が容易にうかがい知れた。

 

「これで全員ですか?」

 

「そうだな。ロジェンの姉御(あねご)は事情があって別の場所に居るはずだから、俺の知る限りはこれで全員だ。水精の嬢ちゃん達と同じように結界張って引きこもっている連中もいるかもしれんが、そこまで構ってる余裕は()ぇ」

 

 情報屋の彼が知らないのであれば、“ほぼ全員が救出できた”と判断して問題あるまい。

 シルフィーヌはヴォルクの言葉に頷いた。

 

「わかりました。……リウラさん」

 

「うん、わかった。みんな、アイちゃんの救出いくよ!」

 

 リウラの言葉に、一同が顔を引き締める。

 

 アイはディアドラにさらわれた。ということは、アイが居る場所はディアドラの拠点である可能性が非常に高い。

 リウラより『既にディアドラは、魔王の肉体と共に迷宮と融合している』とは聞かされているため、本人はそこに居ないだろうが、侵入者を防ぐための凶悪な罠はあってしかるべきだ。いくら警戒しても、しすぎるということはないだろう。

 

 

 リウラが“穴”を開く――

 

 

 

 

 

「……どうやら番人の(たぐい)は居ないようね」

 

「ツェシュテル?」

 

「……ええ、どのセンサーにもアイ以外の反応は一切ないわ。特に罠らしきものも見当たらないわね」

 

「アイちゃん!」

 

 リウラは輝く魔法陣の上に横たわるアイへと駆け寄り、魔法陣へ伸びる土の管を手刀で切断しながら抱き起し、異能をもってアイの精神状態を確認する。

 強制的に意思を操作するような干渉の痕跡があることから洗脳されていたことが分かるが、それ以外の事はされていないようだ。

 

 リウラが異能で精神の中に入ろうとしたところ、どうやらかなりリウラの事を受け入れてくれているようで、問題なく洗脳を解除することができた。

 これなら後遺症の心配もないだろう。

 

 状況確認のため、ほんの少しだけリウラがアイの記憶を覗くと、洗脳されたアイがさせられていたのは、魔王の予測通り、迷宮の魔力をディアドラに渡すことだったようだ。

 

 洗脳されたアイの前で、意気揚々と“魔王の肉体を我が物にせん”と姿を消した様子も確認できたので、おそらく魔王の肉体と融合したのは彼女自身の意思だったのだろう。

 他の生物が一切融合していないのに、ディアドラだけが融合していた理由が分かり、リウラは納得する。

 

「……俺はソイツの事を良く知らんが、用済みになったからその土精(つちせい)ごと拠点を放棄したんじゃないか?」

 

「もしディアドラの目的が“魔王の肉体と自身の融合”に有ったのでしたら、その可能性も充分にあります。ですが、ここの防衛が手薄である理由を探っている時間はありません。次に行きましょう」

 

 まるで防衛がされていない拠点に対し、ベリークがシンプルな理由を考え、シルフィーヌがそれを否定せず、次の指示を出す。

 ある意味、次が最大の問題だ。

 

 

 ――古神(いにしえがみ)の封印の確認

 

 

 こればかりは、今まで封印を担当していた専門家であるフィファ達に任せるしかない。

 リリィ達はフィファ達を護るための護衛だ。古神が(よみがえ)ってしまえば、へたをすれば魔王以上の脅威になってしまう。それは魔王達にとっても面白いことではなかった。

 

 リウラとツェシュテルは、フィファが指定する座標を検索し、これまで通り空間の穴を開けようとする。

 

「あ、あれ?」

 

「どうしたの、お姉ちゃん?」

 

「うまく、空間が開けない……」

 

 

 ――シルフィーヌ達の顔に緊張の色が走る

 

 

「精霊王女様、封印の周辺に結界などは?」

 

「い、いちおう無い訳じゃないけど、歪魔の転移を防げるような代物(しろもの)じゃないはずよ? ねぇ、シャンデル?」

 

「はい。幻術を主体とした“迷わせてたどり着けないこと”を目的とするものですので、座標を直接指定して転移されたら防ぎようがないはずです」

 

 あれほど自由自在に“穴”を開けていたリウラが、うまく空間を(いじ)れない。

 それは何者かが彼女の作業を妨害していることを意味している。

 

 

 ……そして、その“何者か”が古神でない保障など、どこにも無い。

 

 

「……ここを、こうして、こう……うわ、ものすごい複雑に空間を弄ってる…………これ、たぶんだけど歪魔族の人が転移してくるのを考えて結界張ってるよ。でないと、ここまでグチャグチャに空間を操作する必要なんてないもん」

 

()()()()()()()()()()……? なぜ歪魔族なのでしょう? 精霊王女様の言葉を信じるなら、今までそんなものは張られていなかった。つまり、その結界を張った者はつい最近やってきて、歪魔族の転移を防ぐ結界を張った。ということは、特定の歪魔族を警戒していたことを意味している。ならば、可能性として挙げられる人物は2人……)

 

 

 ――歪魔族に極めて近い容姿と能力を持った天使 ニアか

 ――今まさに歪魔族に変身して、迷宮のあちこちに空間の穴を開けているリウラか

 

 

 おそらくは、後者。

 先程から手当たり次第と思える速度で空間に穴を開けまくっているこの状況……もし、古神の近くで何らかの作業をしようと思っていたら、“自分のところに何かの拍子(ひょうし)にやってくるのではないか”と気が気ではないだろう。

 

「違うわよ、そっちそっち」

 

「あ、そっか。じゃあ、ここをこうして……ああ、なるほどこうすればいいんだ。よくできてるね~」

 

「何を呑気(のんき)なこと言ってんのよ、このスカぽんたん! あ、そこ弄る前にこっちよ! でないと、アンタ罠にかかって別次元にすっ飛ばされるわよ」

 

「テルちゃん凄いね! 私だけだったらこんなに早く解けないよ!」

 

他人(ひと)に勝手に変なアダ名つけてんじゃないわよ、このボケボケ精霊!」

 

 ツェシュテルが対象の空間を分析し、罵倒を絡めつつリウラの空間連結をサポートする。

 マイペースで悪口を気にしないリウラと、なんだかんだで面倒見が良いツェシュテルの相性は非常に良いようで、見る限り結界の解除は問題なく進んでいるようだ。

 

「できた! いつでも“穴”開けられるよ!」

 

「全員、戦闘態勢を……リウラさん、お願いします」

 

 

 リウラが“穴”を展開する――

 

 

 

 

 

 ガキリ、ゴリッゴリッゴリッ……

 

 むせ返りそうなほどの濃密な魔力とともに、何か硬いものをかじる音が聞こえてくる。

 一同が目を向けたそこには、山のように巨大な女性が胸から血を流しながら仰向けに倒れる姿があり、

 

 

 

 ――その上に腰掛けて、丸い何かに鋭い牙を立てて(かじ)りつく純白の狐耳と尾を持つ女性が、こちらに視線を向けていた

 

 

***

 

 

 リウラは弾かれるように飛び出した。

 

 背後の人に影響を与えないよう、“彗星”ではなく、リリィの超ねこぱんちを真似(まね)て背を魔力で弾き飛ばす。

 

 アイの時と同じだ。

 

 見えざるものを見、聞こえざるものを聞く異能を持つリウラには聞こえる。

 今まさに噛られているあの丸い物体――神核から悲痛な叫びが上がっているのが聞こえるのだ。

 リウラもかつて人間だった頃に味わった、“生きながらにして喰われる”苦痛……そんなものを感じとって動かずにいられるリウラではない。

 

 魔神級の魔力で弾丸の如く放たれたリウラの身体は、先の偽・超電磁弾ほどではないものの、下位の魔神程度では反応できない凄まじい速度で狐耳の女性へと接近する。

 しかし、女性はそれをいともたやすく視線で追い、自身が噛る神核にリウラが左手を伸ばすのを見て、スッとその手を(かわ)そうと動き出す。

 

 

 ――ふっ

 

 

 直後、リウラの姿が()き消える。

 

 歪魔の能力で空間を捻じ曲げて跳躍したリウラは、進行方向と逆方向から現れて女性の背後をとり、その勢いのままに神核に左手を伸ばす。

 しかし、女性はそれすらも予期していたのか、リウラが姿を消した途端に背後に視線を向け、回避方向を変更。リウラから見て左方向へと移動して彼女の手を躱し、リウラの手は神核にかすることもなく彼女の目の前を通過した。

 

 

 ――女性の目が驚愕に見開かれる

 

 

 神核からズルリと魂が抜ける。

 女性がよく目を凝らせば、リウラの左手から気配を極限まで落とされた“念”で創造された手が伸びて魂を丁寧(ていねい)(つか)んでいる。

 

 直後、彼女が先程まで座っていた巨体の女性が、いつの間にか触れていたリウラの右足へゾルッと吸い込まれる。

 

 リウラは融合能力を()ってその巨体を自分の身体へと取り込み、即座に転移。

 その場を離脱すると、リリィ達の背後に現れ、すぐに右手から巨体を修復した状態で吐き出し、自分から切り離した。

 

 そして、いつの間にか念の手から実体の左手に握り直されていた淡く光り輝く魂を、その巨体の胸……復元した神核がある位置へと素早く、だが慎重に押し込んだ。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「う……」

 

 リウラが声をかけると、女性はうめき声を上げつつゆっくりと起き上がる。

 そして周囲を見渡して、“自分がこの少女達に助けられたのだ”と状況を理解すると、口を開いた。

 

「すまぬ、助かった。マルドゥクに消耗させられていたとはいえ、この私がこうも容易(たやす)(やぶ)れるとは……」

 

「いったい何があったんですか?」

 

「……そこの娘がマルドゥクの施した封印を解いて私を解放したのじゃ。私が目覚めた途端、『今、この世界が異界の神々によって支配されていて好き勝手に振る舞っているから、そやつらを倒すために協力しろ』などと言うてきてな。夫と同じ過ちを繰り返させるわけにもいかぬ故、『まずは落ち着いて、そやつらと話し合え』と(さと)しておったのじゃが……」

 

「そうしたら攻撃された、と?」

 

 巨人の女性は、シルフィーヌの問いに「うむ」と首を縦に振る。

 リウラが巨人の女性から狐耳の女性へと視線を向けると、彼女は感心した様子でリウラを見ていた。

 

「……素晴らしいわね。“念の手を創って魂だけをつかみ取る”って発想もそうだけど、私が反応できないくらい綺麗に気配を隠すなんて。今の動きを見るにシズクの教え子だと思うんだけど、違うかしら?」

 

 女性の言葉に、一同の視線が一斉にシズクに集まる。

 シズクの表情は、全身が半透明な水精であっても一目でわかるほどに青ざめていた。

 

「シズク、知り合い?」

 

「……ソヨギ、と言います。……私の母で、師です」

 

「シズクのお母さんで先生!?」

 

 ティアが問い、リウラが驚く。

 シズクは震える声で母に問う。

 

「母様……この方を殺そうとしたのは、“あなたにとっての『悪』だから”ですか?」

 

「そうよ」

 

 

 ――即答

 

 

 そのあまりにシンプルで傲慢な理由に、シルフィーヌ達は唖然(あぜん)とせざるを得なかった。

 

「だって……! この人はサティアさんと同じ古神でしょう!? 今の話を聞いても、とても悪い人には見えないのに、なぜ……!?」

 

「シズク。私は“古神だから”、“現神(うつつかみ)だから”という見方は一切していないわ。私が見ているのはただ1点……“(わたしたち)に迷惑をかける存在か、否か”」

 

「別に私に協力しないこと自体はどうでもいいのよ。でも、コイツは()()()()()()()()()()()()()。私がどんなに“酷い目に()っている人が大勢いるか”、“彼らがどれほど酷い目にあっているのか”説明しても『即排除するのではなく、まずは話し合え。排除は本当に最後の手段だ』なんてぬるいことを言うのよ。今、こうしているときも苦しんでいる人達が居るかもしれないというのに……!!」

 

「話していて、ハッキリわかったわ。コイツは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。コイツを野放しにしたら、現神と同じように何とも思わず人を食いものにするようになる……なら、そうなる前に、私がこの手で殺しておかないと……!」

 

 ソヨギは、怒りと憎しみに満ちた眼で古神の女性を(にら)む。

 

 ソヨギからしたら、彼女の答えはあり得なかった。

 それは、神の都合によって親とも言える存在を奪われた彼女からしたら、許せないものであった。

 

 人々に多大な苦しみを味合わせた現神は排除してしかるべき。いいや、排除だけでは生ぬるい。

 彼らと同じ苦しみを受けさせるのが当然の(むく)い……そういう考えが根底にある。

 

 そんな彼女に向かって、『例え、彼らの勝手な都合で親を殺した相手であろうと、まずは話し合え』などと言うのは、『被害者(お前)の気持ちなど知ったことではない』と言うようなもの。

 即座に“コイツは現神の同類である”と判断され、殺しにかかってもおかしくはない。

 

 一方、原作を知るリリィは古神の女性の言い分を聞いて“なるほど、彼女らしい”と納得していた。

 彼女の名はティアマト。バビロニアの創世神話“エヌマ・エリシュ”に登場する、原初の海の女神である。

 

 彼女は夫のアプスーとともに多くの神々を誕生させる“神々の母”なのだが、若い神々がうるさく騒いでも(とが)めもせず耐え、夫のアプスーが騒々しさに耐えかねて神々を殺そうとした際にはそれをやめさせ、夫が騙し討ちに遭って殺害された時でさえ、新しい神々の味方だったという、非常に忍耐力と慈愛に満ちた神なのだ。

 異邦(いほう)の神を受け入れる寛大さも、彼らが過ちに気づくまで見守る優しさも兼ね備えているだろう。

 

 

 ――だが、そこに人間に対する気遣(きづか)いが無い

 

 

 それも無理はないだろう。なぜなら彼女は()()()()()()()()()()()()

 人類が創造されたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 マルドゥクとの戦闘で封印されて、時間が止まってしまっていた彼女にとっては、いくら口で説明されようとも“その存在がどういうものか”、“どのような営みをしているのか”、実際に目にしなければ、まるで実感が湧かず、うまく共感できないのである。

 

 さらに言えば、“神々の迷惑な振る舞いに堪忍袋の緒が切れて、殺害を(くわだ)てる”というシチュエーションは、まさにかつて彼女の夫が行った行為そのものであり、彼女はソヨギに夫と同じ過ちを繰り返さないよう、真摯に諭している。

 初対面かつ見たことがない種族であるにも関わらず、ソヨギの身を心配する彼女の姿勢は、決して“悪”と判断されるようなものではない。

 

 しかし、ソヨギはそうした事実を知らない。

 

 古神、それもディル=リフィーナ創世よりもさらに前……イアス=ステリナの創世記に封じられた存在のことなど、それこそ現神すら知らないだろう。

 だから、ティアマトの現状も知らないし、そこから推測できるはずの彼女の気持ちも分からないのだ。

 

 彼女達の想いは、完全にすれ違ってしまっていた。

 

「いやいやいやいや、何普通に話進めちゃってんのよ。古神よ? 復活しちゃってんのよ? どうして古神を助ける流れになってんのよ? いや、その前にどうやってあの封印を解いたってのよ?」

 

 精霊王(ちちおや)から封印をまかされていたフィファが冷や汗とともにそう言うも、ソヨギは事もなげに言う。

 

「ああ、あれ? 見たことない魔術式の解読には時間がかかったけど、フェミリンスを石化したブレアードの呪いとよく似てたから、そこからは簡単に解けたわよ? シズクが使ってたから実際に呪いをかける時にどうなるのか良く分かったし」

 

「アンタのせいかぁぁぁあああっ!! 責任取りなさいよおおおおおぉぉぉぉおおおおっっっ!! 精霊王(パパ)に怒られるのはアタシなのよぉおおおおおおっ!?」

 

「ご、ごめん……」

 

 (……へぇ、原作にはなかったけど、ティアマトを封じていた魔術って、ブレアードの呪いとよく似てるんだ。そういえば、確かにフェミリンスも同じように石化して封じられて……あれ? もし本当にそうなら、この人(ティアマト)は既にブレアードに見つけられて……)

 

 フィファに胸倉(むなぐら)をつかまれて、シズクがガクガクと揺さぶられるのを見ながら、リリィは頭の中でいくつかの情報が線で結ばれるのを感じていた。

 

 ティアマトが封じられていたということは、この迷宮はディル=リフィーナ創世前に存在していたことになる。

 なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 上層にある、シルフィーヌが魔王の肉体を封じた施設。もしそこもディル=リフィーナ創世前……いや、イアス=ステリナ創世記に創られたのだとしたら、使われている魔術式は現代のものと到底一致するはずがない。

 何しろ、“人類が生まれる前に創られた”ということは、“古神によって創造された”ということを意味するのだ。古代語以上に訳のわからない代物となっているはずである。

 

 だが、現実にシルフィーヌ達は、何の疑問も覚えずに封印施設を利用して魔王を封じているし、リリィだって、転移門をはじめとするその他の迷宮の施設を違和感なく利用している。

 このことから、上層の施設において使われている魔術式は現代のもの、もしくは極めて現代に近いものが利用されていることが分かる。

 

 これが意味することは、“この古神を封じた封印施設そのものはディル=リフィーナ創世以前に創られたものであるが、上層の施設は比較的近代に創られた可能性が高い”ということだ。

 

 リリィはさらに思い出す。

 女神ティアマトを封じていた区画は、原作でどのように表現されていただろうか?

 

 

 ――今までとは雰囲気の違う迷宮

 ――子竜の案内が無ければ辿(たど)り着けないようなところにある

 ――女神が封じられている区画そのものを、四大守護竜たちが封じている

 

 

 実際にリリィがその身を(もっ)て辿ってきたからこそ分かる。

 それらの表現は事実であると。

 

 そこに、ソヨギの発言が結びつく。

 

 

 ――『()()()()()()()()()の解読には時間がかかったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、そこからは簡単に解けたわよ?』

 

 

 リリィの脳裏に浮かぶ1人の人物。

 

 それは、かつて十柱の魔神を率いて姫神(きしん)フェミリンスへ戦いを挑んだ人間族の大魔術師――ブレアード・カッサレ。

 “フェミリンス戦争”と呼ばれる三度の大戦の中で、彼は、レスペレント地方全土にわたる巨大な地下迷宮――“ブレアード迷宮”を築き上げて神殿へと侵攻し、最終的にフェミリンスに勝利。フェミリンスは彼に石にされて封じられてしまうのだが……

 

 

 ――その“神すら石化して封じる術式”を編み出すための()()()()()()()()()は、いったい何だ?

 ――対神用の術式をぶっつけ本番で使うとは思えない。入念に実験に実験を重ねて完全なものに仕上げたはずだ。では、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ……仮の話だ。

 

 

 ――女神を封じていた区画と、それ以外の区画……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――女神を封じていた迷宮の上に、新たに別の誰かが迷宮を築き、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 まずい、とリリィは焦る。

 

 仮にこの推測が当たっているなら、この迷宮はブレアード迷宮と繋がってしまっている。

 ()の迷宮は『レスペレント地方全土にわたる』と言われているものの、実際にはフォルマ地方や北ケレース地方など、他の地方にも普通に伸びており、レスペレントからそう遠くないこの地域にまで伸びてきていても全くおかしくはないのだが……思い出してほしい。

 

 迷宮の一部に接続して魔力を盗んだだけで、ただのアースマンであるアイが曲がりなりにも()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを。

 

 では、

 

 ――最低でも1地方全域に広がる広大な迷宮の魔力すべてを利用できるようになり、

 ――それを元々魔神級の魔力を持っていた魔王の肉体が操ったとしたら、

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――ヤバい。これはヤバい

 

 

 考えすぎだと思いたいが、今のところ否定できる材料がない。

 とにかく急いで魔王の肉体を停止させないと、地上が火の海になるどころの話ではない。今まさに地上の国々が滅ぼされていても全くおかしくはないのだ。

 

「シルフィーヌ。すぐに地上に行って、魔王様の肉体を止めて。ヴィアも、早く!」

 

「え……?」

 

「はぁ?」

 

 リリィは先ほど思い至った可能性について、簡潔に、だが要点は外さずに説明する。

 それを聞いたヴィアの頬は引きつり、シルフィーヌの顔が険しさを増す。

 

「ハッキリ言うわ。今、最低でも魔神級の力を持っていない人は足手まといよ。あの古神を助けるにしろ、そうでないにしろ、戦闘になれば貴女(あなた)達をかばう余裕なんて無いわ。先に外に出て魔王様の肉体がどうなってるか確認してきて」

 

「え、別に戦闘になるとは限らないんじゃない?」

 

「いや、なるな。奴は完全にやる気だぞ」

 

 フィファが疑問符を頭に浮かべるも、魔王が当たり前のように否定し、リリィが頷く。

 

 魔王は間違いなく天才中の天才である。

 彼は生まれてわずか十数年で魔神級の力を得ているが、そのためには、肉体や魔力の強さ、そして頭脳の優秀さだけでなく、何よりも“センス”が必要になる。

 

 “現在の状況はどうなっているのか”、“目的を達成するためにはどうすれば良いのか”を瞬時に把握する感覚がズバ抜けているのだ。

 原作において花の世話から高度な錬金術までマスターする器用さや、脆弱な人間の肉体からスタートしても瞬く間に軍を復活させ、以前以上の魔力を身に着けている事実もそれを証明している。

 

 その彼の感覚が言っている。

 

 

 ――奴は相当な頑固者だ

 ――この古神を殺すことはコイツの中ではすでに決定事項だ、と

 

 

 そして、もう一つ。

 彼が“やる気だ”と判断した理由がある。

 

「――貴様、“魔神喰い”か」

 

「“魔神喰い”? なんだそれ?」

 

「各地で悪事を()す魔神を殺しては喰らう白狐の獣人だ。何百年も前から流れているおとぎ話のようなものだったのだが……まさか実在するとはな。ブリジット、気を抜くな。こいつの狙いはそこの古神だけではない。私やお前も喰らうつもりだぞ」

 

 魔王とブリジットとのやり取りを聞いて、リリィは冷や汗を流す。

 

 リリィは以前魔王の魂から様々な知識を引き出していたものの、彼の記憶すべてを覗いたわけではなく、“魔神喰い”なんておとぎ話をリリィは聞いたことがなかった。

 原作にだって、そんな言葉は出てこなかったはずである。

 

 しかし、魔王が嘘をついているとは思えない以上、シルフィーヌ達に散々迷惑をかけてしまったリリィ達も喰われる対象になっている可能性は充分にある。

 “魔神ばかりを狙って喰らう”なんて化け物に狙われるなど、冗談ではない。既に魔王に“戦闘は避けられない”と断言されているにもかかわらず、“何とか戦闘を回避できないか”とリリィは必死に頭を回していた。

 

「……わかりました。ご武運を」

 

 リリィの願いに、シルフィーヌは頷いた。

 

 もともと地上の事は気がかりだったのだ。迷宮の住人の退避が終わった今、迷宮内にとどまっているのは、“古神”という特大の爆弾を処理するためでしかない。

 魔王の言葉に説得力を感じたシルフィーヌ達は、“穴”の向こうへ退避を開始する。

 

「リューン、あなたも行って」

 

「えっ?」

 

「『えっ?』じゃないわよ。いくら黎明機関(れいめいきかん)があるといっても、それを操ってるアンタはちょっと魔力のあるエルフどまりじゃない。本体狙われたら反応する間もなく即死よ。それくらい気づきなさいよ、バーカ」

 

「うっ……!? わ、わかった……ですの」

 

「ほら、そこの精霊のお姫様も」

 

「わかってるわよ! 良いわね! ちゃんと何とかしなさいよ! 何とかしないと全部アンタ達のせいだって精霊王(パパ)に言いつけてやるんだからね!!」

 

 セシルとツェシュテルに(うなが)されてリューナが、リリィに言われてフィファやシャンデル、ついでにリュフトも退避した。

 

「……リウラ」

 

「……ごめん、ぉ……ティア。ティアが私の事を大切に想ってくれてることは分かってる。その為に何もかも捨てて私のところに来てくれたことも……よく、わかってる」

 

「……」

 

「この人は私の何倍も強い。戦ったら死ぬかもしれない。魔族でも神様でもなくて、この人の気に障ることもしていない私は、ティアと一緒に逃げたら助かるかもしれない…………それでも、私は自分の心に正直に生きたい。理不尽に殺されようとしている人を、見過ごすことはしたくない」

 

 リウラは……いや、水瀬(みなせ) 流河(るか)は憧れていた。

 幼い身体であの飛行機事故から必死に自分の事を救ってくれた水瀬 涙(最愛の姉)のことを。

 

 同時に彼女は思った。

 もしあの時、父も母も、飛行機事故の被害を受けた全ての人々を救うことができたのなら、それはどんなに素晴らしいことだろうか、と。

 

 ――バッドエンドは要らない

 ――ハッピーエンドが、ただそれだけが欲しい

 

 これこそがリウラ(流河)ティア()の決して(あい)いれない価値観であった。

 

 助けられる望みの薄い者を躊躇(ちゅうちょ)なく切り捨てるティアは、決して間違っている訳ではない。

 そうしなければ助けられない場面も数多いだろうし、無理に多くを助けようとして被害を拡大してしまえば目も当てられない。

 国を統治する者としては、むしろティアの方が好ましいだろう。その事はリウラも理解している。

 

 言うなれば、リウラは我儘(わがまま)なのだ。

 

 他人の意見を聞けない訳ではない。

 他人の価値観を受け入れられない訳でもない。

 他人の意見を聞き、他人の価値観を認め、その上で自分の心の声を優先する。

 

「……」

 

 だから、ティアは諦めた。

 

 こうなったら梃子(てこ)でも動かないことは、水蛇(サーペント)からリリィを助ける時に良く分かっている。

 今のリウラを無理やり連れて行くだけの力も、自分には無い。

 

 

 ――だから、ほんの少しの八つ当たりも兼ねて、

 

 

「……無事に戻って来なさいよ」

 

 

 ――()()()を、させてもらった

 

 

 

 

 

「………………………………()()

 

 

 

 

 

 弾かれたようにリウラ(流河)が背後を振り向く。

 

 『してやったり』と言わんばかりの悪戯心に溢れた楽しそうな表情。

 それは飛行機事故が起こる前……憎しみに(とら)われる前の(るい)の表情そのままだった。

 

(……ああ、そっかぁ……私、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 おそらく巨大プテテットにリウラが囚われていた時だろう。あの時、人格を再構築し、“水瀬 流河”としての記憶が入り混じったリウラに、ティアは触れた。

 

 “自分は水瀬 流河である”と自覚したリウラは嬉しかったのだろう。

 こうして幾年月も()ち、転生して記憶を失い、種族すら変わって、“リウラがかつて自分の妹だった”と分からなくなってしまっても……それでも、あの時と同じように、こうして自分を大切に想い、助けに来てくれたことが。

 

 

 ――ならば、無意識のうちに“ティア()に自分の事を思いだしてほしい”とリウラが思ってしまってもおかしくはない

 

 

 リウラの潜在意識が異能を通じてティアに干渉し、そしてティアもその事を(こば)まなかった。

 だから、こうして魂から前世の記憶を引き出され、流河のことを思いだしてくれたのだろう……リウラは溢れる涙を隠すことなく「うんっ!」と元気よく頷いた。

 

「シズク、行きましょう」

 

「……私は、残る」

 

「……」

 

「この中で、母様の事を一番知っているのは、私。なにか、役に立てることがあるはず。……大丈夫、絶対に母様は私を殺さないから……先に行ってて」

 

 ティアは軽く溜息をつく。

 どうして、よりによって自分が大切にしている人ばかりが危険に突っ込んでゆくのだろうか。

 

 ティアは、リウラに対してそうしたように、“ティアの元に帰りたい”と思うような言い方(小細工)をすることしかできなかった。

 

「早く来なさいよ?」

 

「……わかった」

 

 サラディーネと出会った頃を彷彿(ほうふつ)とさせる気の置けない語調を聞いて、シズクの口の端がほんの(わず)かに上を向いた。

 

「ブリジット、お前も下がれ。別に『シルフィーヌを助けろ』とは言わん。この場から「やだね」……何?」

 

「別にオマエに(かば)ってもらう必要なんてない。ボクが鍛えてきたのはオマエの隣に立つ為なんだから、今ここで戦わなきゃ意味ないんだ。……それぐらい、わかれよ」

 

 ブリジットの手が握り締められ、わずかに震える。

 

 彼女の脳裏に()ぎるのは、つい先日魔王が封印されたときの記憶だ。

 自分があまりに無力であったがために、想い人の危機に駆けつけることすらできなかった。

 その時の無力感と絶望は今も彼女の心に暗い影を落としている。

 

 

 わかっているのだ。

 

 

 ――自分は未だ魔王の隣に立つに相応(ふさわ)しい力を得ていないと

 ――かつてとは比べ物にならないくらい強くなったが、それでも魔神と呼ばれる域には届いていないのだと

 

 

 それでも、この男の隣に立っていたいのだ。

 例え1度限りの弾除(たまよ)けだっていい。何もせずに、ただ安全な場所にこもっているのだけは二度と御免だった。

 

「ブリジット」

 

 魔王の声に、いつの間にか下を向いていたブリジットが顔を上げると――

 

 

 

 ――突然、魔王の唇によって、彼女の口が塞がれた

 

 

 

「ぷはっ! い、いきなり何する――!?」

 

「簡易的な使い魔契約を行った。()()()()()()()()()()()()()()()()()。この程度の契約でも問題あるまい」

 

「はっ? 何を言って……!?」

 

 直後、ブリジットの全身が輝き、魔王の身体へと吸い込まれた。

 

 “憑依”という現象がある。

 一般的には霊体が他者の肉体に乗り移る現象の事を指すが、この世界ではもう一つの意味がある。

 

 

 ――それは使い魔が主と肉体ごと同化することによって、使い魔の魔力や能力を主に差し出すこと

 

 

 掛け算や乗算ではなく、単純な足し算的な強化ではあるが、魔神に準ずる力を持つブリジットの力が加わることは決して小さくはない。

 

「これでお前と私は一心同体だ……私が死ねばお前も死ぬ。嫌なら言うがいい。すぐに分離してやる」

 

『――言う訳ないだろ! 望むところだ!』

 

 ……ああ、自分の心が浮かれているのが分かってしまう。

 

 “大切な人の力になれている”ということが、“共に力を合わせて戦える”ということが、何よりもブリジットを高揚(こうよう)させる。

 

 そんな主の幸福を感じ、いつの間にかブリジットの体内に戻っていたオクタヴィアは静かに微笑んだ。

 

「リリィ」

 

 ベリークの呼びかけにリリィが振り返ると、鳩頭の魔神が使っていた巨剣を(かつ)いだベリークは一言だけ彼女に声をかけた。

 

「……待っている」

 

 彼はブリジットとは違う。己が足を引っ張ると分かっていて、大切な人の隣に立つことはできない。

 だから、彼はただ己の役割を果たす。自分が惚れた女の願いを叶える。

 

 そして、彼はただ信じる。

 

 

 

 ――自分が惚れた女は必ず無事に帰ってくる、と

 

 

 

 その信頼に、彼女は不敵な笑顔をもって応えた。

 

「まかせときなさい!」

 

 

 

 

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