水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第十章 決戦 中編2

「ダメです! まるで効いてません!!」

 

「すみません、魔力がもう……!」

 

「くっ……! アーシャ、ネリーを下げる間、持たせられるか!?」

 

「下げるのは良いですけど、魔力回復薬をこの混乱の中でネリーに探させるのは不可能です! 下げるなら私かティオファニアを傍につけないと!」

 

 地上は大混乱に(おちい)っていた。

 

 大地に触手が生え始めてから、急にあのバカげた威力の魔力砲を撃ってこなくなったのは良い。

 そのため、リュファスが殉職してから誰一人として勇者・準勇者級の実力者たちは脱落していない。

 

 しかし、それは決して状況の好転を意味してはいない。

 

 勇者達は既に至近距離まで接近してきた魔王達に攻撃を仕掛けているものの、まるで効いた様子がない。

 エステルをはじめとする勇者達の攻撃が辛うじて傷を与えることができているものの、見る見るうちに傷が塞がってしまうのだ。

 この再生力をどうにかするか、あるいは再生する間も与えないくらいの次元違いの攻撃力が必要とされていた。

 

 通常、このような場合は呪術部隊に再生力を封じさせたり、魔術部隊による大規模術式による高火力で殲滅するのがセオリーなのだが、その役割を担当する呪術兵・魔術兵達は周囲からひっきりなしに現れる触手や魔物の相手に精一杯で、そんな高度な術式を起動している暇がない。

 

(くそっ! これでは完全に(なぶ)り殺しだ!)

 

 この状況で士気を維持できていることこそが、今ここに集結している軍の非凡さを表していたが、彼らにも限界はある。

 

 軍が瓦解するのも時間の問題だった。

 

 

***

 

 

「竜のおじちゃん! お願い!」

 

「頑張ってくれたら、私達が“イイコト”してあげる♪」

 

(ぬし)ら……いったい、どこでそういう言葉を覚えてくるのだ……。まあ良い、しっかり(つか)まっておけ』

 

 レインが白竜の子を、レイクが黒竜の子を抱き締めながら、首を横に傾けて可愛らしくおねだりすると、水竜フリーシスは呆れつつも彼女達の願いに応えた。

 

 

***

 

 

 膨大な水が、大地を埋め尽くす。

 

 しかし、それらは不思議なことに軍の兵士達だけを器用に避け、触手や魔物のみを押し流し、大地へ押しつぶして封じ込める。

 

「おお~っ!! おじちゃん、さっすがーっ!」

 

「よ~しっ! 私達もがんばっちゃうぞーっ!!」

 

 元気な2人の少女の声が聞こえてきた瞬間、フリーシスが操る大量の水が、魔王の山の如き片足を縛り、その場に縫い止めんと(りき)む。

 

 動きを封じることは叶わなかったが、一歩一歩の動作は明らかに鈍くなっている。とりあえずはこれで充分だろう。

 近づくにつれて、そのあまりの巨大さに顔どころか腰から上を拝むことすらできなくなった魔王に近づかれては、片足を振り下ろされるだけで人間族の軍が全滅してしまう。

 

 双子の水精(みずせい)は、自ら空中に水を生み出してその上をスケートのように滑り、はるか天空に位置する魔王の頭部近くまで一気に上昇する。

 

 レインとレイクはシズクの教えを受けており、戦闘力は隠れ里の中では上位に位置するが、迷宮全体で見ればさほど高くはない。

 まともにやり合えば、竜種はおろか、地下100階層程度の魔物にすら容易(たやす)(やぶ)れるだろう。

 

 彼女達にはシズクのような何百年もの経験も無ければ、リウラのような異能も無い。

 だが、それでも彼女達はシズクやリウラを上回るものを持っていた。

 

「行くよレイク!」

 

「良いよレイン!」

 

「「雫流魔闘術!」」

 

 

 

 

 ――水花火(みずはなび)!!

 

 

 

 

 パアンッ! と大きな音を立てて、魔王の眼前に大輪の水花が次々に咲いた。

 しかもそれらは光の反射を想定しているのか、見るも鮮やかに虹色に輝き、腹立たしいほどに美しい。

 

 シズクやリウラを上回る彼女達の特性――それは、意外性。

 ()()()()()()()()()()()()……それこそが彼女達の恐ろしさなのだ。

 

 やたら大音量で爆発する水の花を眼前で展開され、視界を確保するために魔王の肉体は腕を振ってそれらを払おうとするも、腕をすり抜けるようにして花火が移動し、大きさを変えて嫌がらせのようにしつこくパンパン破裂する。

 中には耳元で破裂しているものまである。

 

 そのいやらしさは(はた)から見ている者にも余裕で伝わるほどで、心なしか……いや、明確に魔王がうっとうしそうにしているのが分かる。

 振り払う腕の動きが見るからにイライラしているし、肩を怒らせる様は、額に怒りの四つ角を幻視するほどであった。

 

「良いね良いね~! 太陽の光の下で使うのは初めてだけど、いい感じだね~!!」

 

「次々! 次の悪戯(いたずら)いこう! ティアちゃんが悪戯をおおっぴらに許可してくれるなんて、今だけだよ!!」

 

「よ~し、受けるがいい! ティアちゃん達から怒られるのが怖くて使うに使えなかった、秘められし技の数々!」

 

「シズクちゃんに『それを“雫流”と呼ぶのはやめて』と真顔で言われてから、シズクちゃんのおしおきが怖くて、考えた悪戯……じゃなかった、技を振るうに振るえなかった私達のストレス! 受けるが良いよ!!」

 

「「SHIZUKU流魔闘術!!」」

 

 『“雫流”と呼ぶな』と言われて、発音だけやたら西方諸国っぽく言い換えるだけ。

 それこそが双子クオリティ。

 

 

 

 ――笑いの()えない触場(しょくば)ver58.9

 

 

 

 ビクンッ! と魔王の肉体が激しく反応する。

 

 脇、脇腹、首、背中……膝、手のひら、果ては股間にまで水の触手が現れ、丁寧に、そして時に激しくくすぐってゆく。

 足は一歩踏み出して地上を踏み砕くごとに地下の迷宮と癒着してしまっているらしく、足裏だけはくすぐれなかったのが非常に残念。

 

 水の触手から返ってくる手応(てごた)えから“どこをどうくすぐると相手は弱いのか”を探り、双子は瞬時に触手の形状、柔らかさ、数を変更し、適応させる。

 数秒後、そこには全身を()きむしって触手を引きはがそうと(もだ)え苦しむ魔王の姿があった。

 

 水精以上のスピードで動いた水蛇(サーペント)と異なり、魔王の動きは非常に鈍重だ。しかも、水蛇など目ではないほどにデカい。

 双子の放つ(イタズラ)に、魔王は面白いほど的確にハマってしまっていた。

 

「いやあ、この悪戯の開発には苦労したよね~」

 

「ホントホント。一度ティアちゃんに使ったら、ものすごく怒られて、即、禁術に指定されちゃったよね。声を上げて笑ってるティアちゃん、すっごい可愛かったのにな~」

 

「そして禁術に指定されてから、魔物や魚類相手にこっそり技の試し掛けをする(むな)しさといったら……」

 

「最後には魚すら笑わせられるレベルになって、“あ、この魚ちゃんと笑ってる”って分かるようになった時、『私たち何してんだろ……』って真剣に考えちゃったよね……」

 

 いつのまにか、魔王の肉体から離れて、宙に浮く水の足場に座りつつ、遠い目で昔を懐かしむ双子であったが、それも束の間。

 すぐに目をキラキラと輝かせて、次の悪戯の相談を始める。

 

「よし、次は全身に猛烈な(かゆ)みを与える“蕁麻疹(じんましん)”を使ってみようよ!」

 

 過去、シーに使っていたらシズクに即マネされて、逆に酷い目にあっ(おしおきされ)たことをすっかり忘れて、活き活きとレインが提案する。

 

「え~。私、結局誰にも使えなかった“げろっぱ”とか使ってみたい」

 

 (のど)の奥、正確には舌の付け根あたりを良い感じで刺激すると嘔吐感(おうとかん)(もよお)すことに気づいて開発した“ゲロ技”だが、あまりのエグさに双子すら使用を躊躇(ためら)いお蔵入りとなった技を、レイクはこれ幸いとばかりに嬉々として使おうとする。

 

「じゃあ、それぞれ使いたい技を好きに使おっか?」

 

「さんせー!」

 

(ぬし)ら……」

 

 双子のあまりのえげつなさに、いつの間にか傍にやってきた伝説の守護水竜がドン引きし、天を(あお)いだ。

 

 ――ちなみに“水花火”だの“笑いの絶えない云々(うんぬん)”だの、“蕁麻疹”や“げろっぱ”だのといった奇妙奇天烈な技は、雫流魔闘術には存在しないことを、シズクの名誉のためにも明言しておく

 

 

***

 

 

 今にも軍を壊滅させようとしていた魔王の肉体を見て、真っ先にティアが思いついたのがレインとレイクの投入であった。

 彼女達ならば、どんなに魔力量に差があろうとも、えげつない悪戯で魔王を足止めしてくれるという、全力で間違った方向への信頼をティアは(いだ)いていた。

 

 しかし、彼女達はあまりにも脆弱。

 魔王に攻撃されても何とかできるよう、ティア自身が援護に向かうつもりであったが、ここでフリーシスが協力を申し出てくれるという幸運に見舞われた。

 

 彼自身、水と関わりが深いため、水精達に親しみを覚えていること……そして、世界を安定させるため、精霊王が遣わした管理者とともに、何千年も古神の封印を護っていたくらい世界の平和を願っていることから、“目の前で暴れている魔王を前に何もしない”なんてことはできないらしい。

 

 ……まあ、嘘ではないだろう。『悪戯オーケー』と言われてはしゃぐ双子を見て心配になった、というのが本音であることが誰の目から見ても明らかだったのは、言わぬが花だ。

 

「さあ、今よ! あの双子(バカども)が魔王の足止めをしているうちに!」

 

「わかりました、サラディーネ姉様!」

 

「姫様、ご武運を!」

 

 ティアが号令をかけると、シルフィーヌとティアは瞬時に転移魔術で別の場所へ。

 サスーヌとヴィダルは、ツェシュテルからもらった転移の腕輪でさらに別の場所へと向かう。

 

 彼女達の到着した地点……それは魔王を中心として、正三角形を描いた頂点。

 それぞれの頂点で、シルフィーヌ、ティア、そして王宮メイド姉妹は全力で魔力を高め、全身から力強く輝く魔力を立ち昇らせる。

 

「シルフィーヌ!? 迷宮の中に居たのではないのか!?」

 

「すみません、そのお話は後で!」

 

 エステルが呼びかけるも、シルフィーヌはそれに答えている暇がない。

 

 己が苦痛の原因が双子にあることに気づいたのか、魔王が(かゆ)みだの吐き気だのを(こら)えて必死に腕をぶん回し、魔術をぶっ放している。

 フリーシスの援護はあるものの、そう長くは持たない。一撃でも当たればフリーシスはともかくあの2人はお陀仏(だぶつ)だ。それまでに何とかしなければならない。

 

 

 ――サスーヌとヴィダルは(とな)える

 

 

≪我が力……≫

 

 

 ――ティアは念じる

 

 

≪わが命……≫

 

 

 ――そしてシルフィーヌが祈る

 

 

 

 

≪全てを(さえぎ)る……金剛の壁とならん!≫

 

 

 

 

 魔王を中心に、大地に巨大な魔法陣が描かれる。

 

 直後、魔王を囲うように三角柱の結界が現れた。

 魔神ラテンニールの肉体すらも切断する強力な翡翠(ひすい)色の魔術障壁が魔王を閉じ込め、足を切断し、迷宮との融合を物理的に解除する。

 

 結界による迷宮との分離はシルフィーヌの発案だ。

 

 迷宮内に居る時、リウラは『迷宮が動くことによって地震が発生している』といった。

 すなわち、先程までシルフィーヌ達が居たのは、今まさに巨人となって暴れている魔王の中であり、そこからさほど離れていない座標であるアイを救出した場所……魔王の封印施設も近い場所にある可能性が高かった。

 それは、迷宮を浸食する魔王の肉体の大本がある場所も、巨人化している魔王の中にある可能性が高い、ということも意味する。

 

 

 ――ならば、強制的に迷宮と巨人を切り離せばどうなるか?

 

 

「触手が消えていく……?」

 

 フリーシスの念水で押し込められていた触手が魔物を残して徐々に消えていくのを見て、エステルは驚く。

 

 リウラが容易く迷宮の壁を千切(ちぎ)っていたこと、そして巨人の魔王が双子の悪戯に反応していたことから分かることがある。

 

 

 ――それは、アイとは異なり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ

 

 

 もし集中させていたならば、いかにリウラが魔神級の魔力を持っていたとしても、あれほど容易く千切れたりはしない。

 もし迷宮中の魔力がその肉体に満ちていたのならば、双子の悪戯に反応できるほど正気を保てるわけがない。

 

 おそらく魔王の肉体に溜まっている魔力は、封印前とそう変わらない。

 ただ、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 魔王は決してプテテットのような単細胞生物でなければ、リウラのように進化退化を自在に繰り出す規格外でもない。

 “融合”はあくまで増設タンクとの“接続”という意味でしかなく、プテテットが分裂増殖するように“それもまた魔王の一部”という訳にはいかないのだ。

 魔王の肉体と完全に融合している迷宮は、今、魔王の姿を取っている部分のみなのである。

 

 結果、切り離された迷宮は“魔王”としての属性を失い、魔王の操作から解き放たれ……迷宮から魔王の肉体の一部として操作していた触手は、ただの岩や土塊(つちくれ)に戻ってゆくしかなかったのである。

 

「エステル様! これで魔王の魔力は以前と同等ではありますが、無尽蔵ではなくなりました! 移動はさせませんし、攻撃も結界の外には届きません! 今なら倒せますから、突入する人員を呼んでください! わたくしの短距離転移で結界内に飛ばします!」

 

「転移の腕輪も有りますの! 緊急時はこれを使って結界内から脱出してください!」

 

「リュー、急ぐわよ! ベリークがもう戦闘を始めてる!」

 

 目の前に積まれた転移の腕輪を見て、エステルは考える。

 

 『魔王の魔力は以前と同等』……シルフィーヌはそう言った。

 あの尊敬する兄にして、誰もが認める勇者であった()()()()()()()仕留(しと)()()()()()()()()()()()()、と。

 

 

 ――果たして、自分に兄と同じ役割が果たせるのだろうか?

 

 

「……愚問だな」

 

 別に兄と同じ役割を果たす必要はない。

 リュファスにはリュファスの、エステルにはエステルのやり方があり、長所がある。

 

 

 ただ、魔王を倒すこと。それだけを考えていればいい。

 

 

「ティオファニア、ネリー。ついて来てくれ。アーシャも各国の勇者達にこの腕輪を配り終えたら来てほしい」

 

 当然、と不敵に頷く戦友たち。

 なんの動揺も見せず粛々(しゅくしゅく)と主の命に従う従者。

 

(……私は、本当に得難(えがた)いものを得ているな)

 

 なぜだろうか。

 これほどまでに絶望的な相手なのに、今だけは負ける気がしなかった。

 

「行くぞ!」

 

 結界内に跳ぶ。

 その中では、先程エルフに声をかけていた猫獣人が、魔王の肉体から生える多数の触手を回避しながら、エステルの眼にもとまらぬ速度で魔王の巨体へ攻撃を仕掛けていた。

 彼女の後方では、銀髪エルフの少女が小さな人形を操り、凄まじい魔力で猫獣人の少女を援護している。

 

「……っと! ご新規さんですの!? 今、呪鍛(じゅたん)魔術をかけますから少し待ちますの!」

 

 エルフの少女はそう叫ぶと、彼女の(そば)で浮かぶ小さな人形が詠唱を始める。

 短い詠唱が終わった直後、瞬時にエステル達の疲労が吹き飛び、痛みが消え、凄まじい力が身体の奥底から湧き上がってきた。

 

「こ、これは……!?」

 

 驚くエステル達の疑問に答える余裕もなく、エルフの少女は猫獣人の少女の援護に戻ってゆく。

 

「ねぇ、これ! 魔王の身体の中に戻って、中からぶっ壊したほうが良かったんじゃないの!? っていうか、今から中に戻れないの!?」

 

「無理ですの! もう“穴”が閉じちゃって戻れないし、仮に戻れたとしてもこの調子じゃ四方八方から触手の海に呑まれますの! そんなことするくらいだったら、大人数で連携したり援護したりできる今の方がよっぽどマシですの!」

 

 狐耳の女(ソヨギ)との戦闘の影響が外にまで及ぶことを恐れたのか、それとも“穴”を維持する余裕がなくなったのか、リウラが(つく)りだした“迷宮と外とを結ぶ空間の穴”は既に閉じられていた。

 

 そして、いくら迷宮の内部が広さに余裕があると言っても、限界がある。

 1ヶ所で動ける人数には限りがあるし、魔王は自身の身体から触手を生やして攻撃できるため、天井も床も壁も全てが敵になってしまう。

 

 体内からの攻撃は一見有効そうに見えて、実は一番危険でやってはならない攻撃方法であった。

 

「!?」

 

 言ってるそばから、もはや巨大な岩壁にしか見えない魔王の足に、更なる触手が大量に生え、1本1本から小さな魔力砲が放たれる。

 

 触手だけではない。

 様々な形の生物……いや、魔物だろうか? それらが魔王の肉体からぼろぼろと生まれ落ち、エステル達に攻撃を仕掛けてくる。

 

「むぅん!」

 

 ズウンッ!

 

 エステルの視界を、突如(とつじょ)として壁のように巨大な刀身が遮り、触手の魔力砲を弾き飛ばしつつ魔物達を一刀両断にする。

 

「怪我はないか?」

 

「あ、ああ……貴公(きこう)は?」

 

「俺はオークの戦士、ベリーク」

 

 ただ一言それだけを述べると、彼は巨剣を担いで戦闘に戻る。

 仮にも一国の姫に対する態度ではないが……その無骨ながらも己の仕事に邁進(まいしん)する()り方は、騎士でもあるエステルには好ましく映った。

 

(魔族……か)

 

 魔族――それは“()()()()()()()()()()”。

 

 ならば、今こうして人間族と共闘している彼は()()()()()()のだろう。

 オークなんて、本来であれば“人間族の女性を犯す、典型的な魔族”のはずなのだが、不思議とそう思えた。

 ……やたら筋肉質な肉体を持つ彼を見て、とてもオークとは思えなかったことは脇に置いておく。

 

 ベリークが振り下ろした巨剣が、魔王の足に大きな傷を刻む。

 

 刀身に炎が宿ったところを見るに、名のある魔剣なのだろう。

 氷剣を操るエステルは別の箇所を攻撃した方がよさそうだ。

 

 

 

 

 

 エステルが仲間とともに魔王に攻撃を始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか?

 気づけば、人間族の勇者達と、迷宮の戦士たちが入り乱れ、一丸となって魔王と戦っていた。

 

 魔王の魔力は強大で、決して優勢に戦いを進められた訳ではない。大怪我をする者だって当然いる。

 だが、不思議と結界に突入してから死者だけは出ていなかった。

 

 ベリークがエステルに対する攻撃にフォローを入れたように、誰かが窮地(きゅうち)(おちい)れば誰かがフォローし、誰かが大怪我をすれば誰かが癒すというチームワークが自然と生まれていた。

 強大な敵を前に、種族の差にこだわる余裕が誰からも失われていたのだ。

 

 

 ――こいつがやられたら、回復が間に合わなくなる

 ――この人を失ったら、攻め続けることができなくなる

 

 

 無意識のうちに、誰もがその者に対する“価値”を認めていた。

 全種族が連携する“連合軍”は、それぞれの武器や技を駆使して、魔王の身体を少しずつ削っていく。

 

 あっという間に傷が再生されてしまうものの、その分、魔王の魔力は削られているし、魔王が攻撃魔術や魔力砲でこちらを一掃しようとしても、人形遣いの少女が操る強力な魔術で防いでくれる。

 

 

 ――いける……!

 

 

 魔王の魔力は絶大だ。だが、迷宮と切り離されている以上、無限ではない。

 このまま攻め続けていれば、倒すことは不可能ではないだろう。魔王と連合軍との体力の削り合いの形になっている以上、それは綱渡りの消耗戦ではあったが、勝ち目は充分にあるはずだ。

 

 

 

 

 ――そう思った直後、その見立てが唯の幻想に過ぎなかったことを、エステル達は思い知らされた

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

「な、に……!?」

 

「これは……!?」

 

 エステル達の身体から、急激に力が抜ける。

 剣を持つどころか、膝に力を入れることすらままならず、結界の床の上に無様(ぶざま)()いつくばってしまう。

 

 それは結界の外にまで影響し、遠距離から結界を張っていたシルフィーヌ達や兵士達も倒れ、結界どころか、魔王の動きを妨害していたフリーシスの操る念水まで消滅してしまう。

 

「いったい、何が……?」

 

 倒れ伏すシルフィーヌの視界に、自分の手が映る。

 

 

 

 ――小指の先から石化が始まっている、自分の手が

 

 

 

「!?」

 

(なぜ、石化が始まって………………()()?)

 

 シルフィーヌの脳裏に、ソヨギの言葉が(よみが)る。

 

 

 

 ――『……フェミリンスを()()したブレアードの呪いとよく似てたから、そこからは簡単に解けたわよ?』

 

 

 

 ゾッとシルフィーヌの背筋が凍る。

 

 

 もし、もし仮に……古神(いにしえがみ)を封印する設備が魔王に融合、取り込まれていたとして、

 

 

 

 魔王が設備を“自分の肉体の一部”として使うことができたら?

 設備が実は遠距離でも使うことができたとしたら?

 

 

 

 ――それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 おそらく、遠距離で使うこと自体に無理はあるのだろう。

 古神すら封印する呪いをまともに受けたら、一瞬で全員石化してしまうはずだ。こんな風に力が抜けて倒れるだけ、なんて生ぬるい効果になるはずがない。

 

 だが、その“生ぬるい”効果が今は致命的だ。

 全員が無力化されれば、後はただ(なぶ)り殺しにされるだけである。結界も消されてしまい、連合軍が必死で消耗させた魔王の魔力も、迷宮と再接続することによって回復されてしまう。

 

 それに、この呪い……おそらく魔王との距離が近くなるほど効果が高い。

 精鋭である勇者達なら何とかなるだろうが、一般兵であれば魔王から近づかれただけで即、全身が石化してもおかしくない。

 

(どうすれば……いったい、どうすれば……!)

 

 精気は全ての行動を行うためのエネルギーだ。それがなければ、闘気も魔力も生み出すことはできず、肉体を動かすことすらままならない。それを封じられてしまえば、なすすべがない。

 

 魔王の口が大きく開き、その前方が大きく光り輝く。

 

 シルフィーヌ達は絶望とともに、今までで最大級の魔力砲が発射されるのを見届けるしかなかった。

 

 

***

 

 

「さて、逃げ出すなら今のうちよ? そこの魔族達と古神以外は全員見逃してあげるわ」

 

「嫌!」

 

(だよねー……)

 

 シンプルなリウラの回答に、リリィは苦笑する。

 

 姉はいつもこんな感じだ。一度“助けたい”と思ったら、それを曲げない。

 以前は激怒して猛抗議したものだが、流石にもう慣れた。

 

 後先考えずに自分の思いに正直に従う彼女はリリィにとって悩みの種だが、困ったことにこうした彼女の性格をリリィは嫌いになれなかった。

 

 なら、リリィは彼女の想いを叶えるために、彼女の足りない部分を補うべきだろう。

 卑怯卑劣、罠に策謀どんと来い。リウラでは思いもつかない手練手管で、いけすかない狐女を追い払ってやろうではないか。

 

 

 

 ――そんな彼女の自信は、次の瞬間に砕け散った

 

 

 

 ゾクッ!

 

 リリィは己の感覚の命ずるまま、自身の背後に魅了剣(ルクスリア)の刀身をまわす。

 直後、そんなとっさの防御を嘲笑(あざわら)うかのようにすり抜けて、多段展開されたリリィの魔術障壁をまるで紙のように容易く貫き、彼女の背にソヨギの手刀が突き刺さった。

 

「ぐっ!?」

 

 とっさに前方に跳んで威力を殺すことで、なんとか手刀が背を貫通することを避け、前方に回転しながら受け身を取って振り返る。

 

(いない!?)

 

 ソヨギの姿が見えない。

 

 だが、突き抜けた解析能力を持つツェシュテルと、空間を自在に操る歪魔(わいま)へ変身したリウラの視線の向き――彼女達の視線が交差する位置にいると想定し、牽制の魔術を繰り出す。

 

 

 ――暗黒魔術 破滅のヴィクティム

 

 

 肉体を崩壊させる漆黒の霧を生み出して敵を包む魔術だ。

 

 そんじょそこらの魔物であれば触れただけで軽く消し飛ぶそれが、いともたやすく青白い炎によって燃えつくされる。

 炎の中から姿を現した彼女の視線はリウラに向き、いつの間にか膝がかがめられている。

 

 

 ――雫流魔闘術 狭霧(さぎり)

 

 

 歪魔族に変身しているとはいえ、基本(ベース)はあくまで水精だ。雫流魔闘術は問題なく使える。

 リウラは瞬時に半径数百メートルを霧にならない程度の水蒸気で埋め尽くす。これでどんなに巧く姿を隠そうとも、どんな奇策を巡らせようとも、その位置も行動も手に取るようにわかる。

 

「!?」

 

 直後、リウラは慌ててしゃがみつつ背後を振り返る。

 すると、そこにはいつの間にか“もう1人のソヨギ”が鋭く伸ばした爪で、先程までリウラが居た空間を薙ぎ払っていた。

 

「――空蝉(うつせみ)!」

 

 リウラは瞬時に水の分身を生み出し、その操作を無意識に任せて背後のソヨギに向かわせる。

 

 意識とは無関係に身体が動く、という経験をしたことはないだろうか?

 表面に現れる顕在意識と、現れない潜在意識とで行動が食い違う、ということはままある。

 

 リウラの場合は、それが特に顕著だ。

 なぜなら彼女の場合、“潜在意識が勝手に異能を使い、本来表面に出ないはずの無意識の活動を表面化させる”ことが可能だからだ。

 

 かつて美來(みらい)たちの潜在能力を解放したように、リウラの異能は潜在的なものを表面化させることができる。

 ならば、潜在意識の活動を表面化させることもまた可能だ。

 

 そして、リウラの異能は顕在意識だけでなく、潜在意識も使用することができる。

 結果として、リウラは顕在意識だけでなく潜在意識までリウラの身体や異能・魔力を駆使して戦うことができるのである。

 

 その片鱗が現れたのは、アーシャとの戦闘だ。

 

 彼女が特に意識せずとも空中に水床を固定し、敵の攻撃に合わせて無意識に身体の表面で“焙烙(ほうろく)”を発動させた。

 あれは潜在意識が異能を使って、勝手に表面に出てきたからこそできた芸当なのである。

 

 あの時と同じように……いや、分身である“空蝉”に遠慮はいらない。

 体表面どころか、分身を形作る水分全てを水蒸気爆発させるつもりで背後のソヨギに襲いかからせ、自分は目の前のもう1人のソヨギに集中する。

 

 既に極限集中状態には突入済みだ。

 ()()まされた感覚と全能感がリウラを満たし、力強く腰を落として拳を構える。

 

 リウラの構えに対しソヨギは、まるで“避雷傘(ひらいさん)”のような円錐状の炎の障壁を展開しつつ突っ込んで……

 

 

 

 ――()()()()()()“避雷傘”のような障壁?

 

 

 

 ゾクリと嫌な予感に背筋を震わせたリウラは、瞬時に転移してその場を離脱する。

 

 ――直後、

 

 ゴッ!!

 

 水蒸気爆発させる間もなく、背後側に居たソヨギが放った蒼炎の濁流によって、リウラの水分身は跡形もなく蒸発させられた。

 正面側に居たソヨギは、その濁流を円錐状の障壁で悠々と受け流す。雫流魔闘術 “焙烙”について充分に理解していることが良く分かる、適切すぎる対応であった。

 

「何よアレ!? 正真正銘のバケモノじゃない!?」

 

「双子……? いえ、アレは“影”ですか。あんな膨大な魔力を必要とするものをいとも簡単に……」

 

 ツェシュテルが(おのの)き、セシルが冷や汗を垂らす。

 

 物質の具現化、それ自体は比較的簡単な技術である。なにしろ、魔力をイメージ通りに固めればそれだけで具現化できるのだから。

 現に、リリィの衣服などは彼女の魔力とイメージで構成されており、破損しても瞬時に修復が可能だ。

 

 

 しかし、生命体を具現化する場合は例外で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 原作ではディアドラが“影”と呼ばれる自身の分身を創造していたが、あれは魔王の肉体という膨大な魔力タンクがあってこその芸当である。

 その他にも原作のリリィが死を迎えつつある魔王に対し、新たな肉体を創造することで救ってみせたが……並み居る兵を軽々と薙ぎ倒す原作終盤のリリィであっても、施術直後に昏睡し、長期にわたって目覚めることができなかった程の致命的な魔力不足に陥った。

 

 しかもそれだけの莫大な魔力を支払って生み出されたそれらは、必ずしも強大な力を秘めている、という訳ではない。

 先の例のように、原作のリリィが魔王の生存のために脆弱な人間族の肉体を生み出しただけでも、それだけ膨大な魔力を消費するのだ。“魔力による具現化”が如何に多大な魔力を必要とするかがそれだけで良く分かる。

 

 ところが、ソヨギはあっさりと“魔神級の力を持つ分身”を生み出して見せた。それもリウラの“空蝉”のような“水を固めただけの分身”ではなく、“完全な複製体”として。

 いったいそれを成すのにどれほどの魔力が必要なのか、想像もしたくない。

 

「水の娘! ()に繋げるのじゃ!」

 

「!」

 

 ティアマトの言葉の意味を瞬時に察したリウラが迷宮の上の空間に干渉し、直接迷宮の外と空間を繋げる。

 燦々(さんさん)と照る太陽の輝きが差した直後、凄まじい勢いで莫大な質量を持つ何かがソヨギ達を押し潰した。

 

 

 ――隕石である

 

 

 およそ地属性の魔術としては最高峰に近い攻撃魔術。本来ならば遊星(ゆうせい)をぶつけたかったところだが、それをすると味方にまで被害が出る可能性が高い。

 それに、これはあくまでも()()に過ぎないのだ。この程度で仕留められる相手ならば、ティアマトは敗北なんてしていない。

 

 ティアマトの眼が素早く横に動く。

 

 天地が創造される前……原初において夫とともに神々を誕生させた、あらゆる生命の母である彼女は、それが“生命”である限りどんなに気配を消そうとも探知することができる。

 

 ティアマトの翡翠色の瞳が神々しく輝く。

 すると、再び空間が閉じて現れた天井から、壁から、床から、そして何もない空間から突如として塩の刃が現れ、神に歯向(はむ)かう愚か者を断罪せんと空間を埋め尽くした。

 

 しかし、それもまた牽制。

 一瞬だけだがソヨギの視界を奪い、その間にティアマトは己の親指の腹を噛みちぎり、床に血を(したた)らせる。

 

 ソヨギが塩の剣群に対応しようと持ち上げかけた腕がピクリと震え、剣群に遮られて何も見えないはずの上方を視線鋭く見据える。

 

 

 

 ――直後、塩の刃がソヨギに届くのを待たず、稲妻を(まと)った巨大な(ひづめ)が、それらごとソヨギを踏み潰した

 

 

 

 

「ブモオオオオオオオオオォオォォオオオオオオッッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 例の巨大プテテットなど比較にもならない、文字通り山をも越える巨躯(きょく)の牡牛が吠える。

 

 太古の生命の母が垂らした血の一滴から生まれた怪物は、その背で迷宮の天井を破壊してそびえ立つ。

 その雄姿は“怪獣”と呼んで差支(さしつか)えない莫大な質量と魔力をその身に蓄え、母の命を狙う敵を打ち滅ぼさんと眼下を(にら)みつける。

 

 

 ――ズンッ!

 

 

 ソヨギを下に敷いたまま、その蹄が更に地にめり込み、

 

 

 ――カッ!

 

 

 威力が高すぎてもはや閃光と化した稲妻が蹄から放たれる。

 たとえ魔神であろうともただでは済まぬその威力。だが、ティアマトも牡牛も共に表情に余裕は無い。

 

 

 ――グッ……

 

 

 徐々に、

 

 

 ――ググッ……

 

 

 徐々に、

 

 

 ――グググッ……

 

 

 見せつけるようにゆっくりと牡牛の蹄が持ち上がっていく。

 牡牛の意思ではない。彼は今も全体重、全膂力(りょりょく)、全魔力をもって狐娘を踏み潰そうとしている。

 

 やがて人1人分の身長程度持ち上がったところで、クスクスと笑い声が響いた。

 

「ああ、もう本当に……」

 

 ソヨギは片腕1本で自身の何倍もある牡牛の蹄を押し返しながら、金の瞳をギラつかせて叫んだ。

 

「うっとうしいわね!」

 

 

 ――狐炎神術(こえんしんじゅつ) 陸獣王(りくじゅうおう)(ほむら)

 

 

 ソヨギの腕から放たれた蒼炎が牡牛の蹄を、脚を伝い、一瞬にして燃え広がる。

 牡牛の全身に広がった炎はその断末魔とともに巨大な肉体を飲み込み、同じサイズの狐型の炎の塊となってティアマト達を睥睨(へいげい)する。

 

『――解析完了。ターゲットロックオン……発射』

 

 

 ――魔渦(まうず)封印弾

 

 

 ツェシュテルを身に纏ったセシルが機械的な翼を広げ、ライフル型の魔導銃を巨大炎狐に向けて放つ。

 

 セシルの魔力によって保護された弾丸は狙い(あやま)たずツェシュテルが解析した炎狐(えんこ)形成術式の“核”へと届き、その魔力の発生を停止させる。

 すると、炎狐は自身を保つことができず、ぐずぐずに全身を崩壊させる。

 

 セシルはライフルを魔導鎧(ツェシュテル)の腰部にガシャンと収めると、両の籠手からせり出した2門横並びの砲門――計4門の砲門を構えて言った。

 

「突っ込んでください! 援護します!」

 

 言うや否や、轟音とともに加速したセシルはソヨギの周囲を舞って小型魔導砲を乱射する。

 魔導砲の閃光が降り注ぐ中を――

 

「行くぞリリィ!」

 

「はい、魔王様!」

 

 

 

 ――魔王とその使い魔が駆ける

 

 

 

「はああああぁああああっ!」

 

「シィッ!」

 

 刀身の連結を解除した魅了剣ルクスリアが舞う中を魔王が駆け抜け、魔剣インフィニーを大上段から振り下ろす。

 ソヨギはふらりと剣撃の風圧に押し流されるように、自然にそれを魔王から見て右へと回避しつつ、掌底を繰り出そうと(わず)かに腰を落とす。

 

 しかし、その隙を補うように自身の背を魔力で弾いたリリィが魔王を追い抜き、一瞬にして刀身を引き戻し、連結しなおしたルクスリアで平突(ひらづ)きを放つ。

 それをしゃがんで避け、リリィの無防備な腹に向けて魔王に撃つ予定だった掌底を打とうとすると、地を舐めるように放たれた魔王の旋風脚が放たれる。

 それを見たソヨギは身体を捻りつつ後方へ宙返りすることで、脚を狙って放たれた旋風脚を回避しつつ、リリィから見て右へと移動する。

 

 

 ――純粋魔術 追尾弾

 ――純粋魔術 翼輝陣(ケルト=ルーン)

 

 

 リリィが自身の周囲に百を超える追尾性能付きの魔力弾を生み出し、魔王が敵の足元に高純粋の魔力の渦を生み出す。

 

 金の長髪と、銀の長髪をなびかせて、主従が駆ける。

 

 その連携はまさに阿吽(あうん)の呼吸。

 あらゆる武器を使いこなす使い魔と、魔術や錬金術など様々な分野を高いレベルで修める魔王。ともに器用さとセンスにおいては群を抜いている彼女達は、生まれて初めての即席の連携であるにもかかわらず、比翼の鳥の如く1つの生き物として怒涛(どとう)の連撃を繰り出してゆく。

 

 ――クンッ

 ――フッ

 

 魔王とリリィが攻める間もひっきりなしに降り注ぐ小型魔導砲撃が、不規則に軌道を曲げ、空間を跳躍する。リウラが歪魔の力を用いて魔導砲撃の軌道を変更しているのだ。

 本来であれば当たらないはずの軌道が急にソヨギへと向きを変え、逆にリリィ達に当たりそうになる砲撃が宙に空いた空間の穴の中に消え、ソヨギの背後へと撃ち出される。

 その砲撃の中には、いつの間にかリウラが()び出した水弾が混ざり、変幻自在に形を変えて、ソヨギの動きを封じようと襲いかかる。

 

 その様はまさに嵐。

 エステルやシルフィーヌであろうとも流れ弾が1撃当たっただけで戦闘不能になるであろう超絶的な暴力の渦の中で、純白の狐娘は軽やかに踊る。

 

 

 ――まるで効いていない

 

 

 そのことが嫌でも分かる光景だった。

 

「……うん、大体わかった」

 

 ぼそりと(つぶや)かれたソヨギの不穏な言葉に、ざわりとリリィの背筋が凍えたその瞬間、リリィの眼が大きく見開かれ――

 

 

 ――気づいた時には、炎を纏ったソヨギの肘がリリィの鳩尾(みぞおち)に叩き込まれていた

 

 

「がっ……!?」

 

 

 ――狐炎神術 九焔尾(きゅうえんび)

 

 

 吹き飛ぶリリィに追い打ちで放たれた九つの炎の帯が次々とリリィに炸裂し、彼女を火だるまにする。

 しかし、彼女が迷宮の壁にクレーターを作る前にその姿が掻き消え、比較的攻撃されにくいであろうシズクの傍にリウラと共に現れた。

 

 ――冷却魔術 氷盾(ひょうじゅん)

 

 リリィごと氷の盾に閉じ込めるつもりで冷却魔術をかける。

 魔神級の魔力を込めて放たれたリウラの冷却魔術は、なんとかソヨギの炎を鎮火させることに成功し、リリィは焦げてボロボロになった肉体と衣服を魔力で再生・修復して素早く立ち上がる。

 

「冗談じゃない、何よあのバカげた実力は!? 魔力も膂力も技量も全部桁違いじゃない!」

 

「流石、シズクのお師匠様だね~。あの短時間でリリィの攻撃に適応されちゃったか~……でも、なんで真っ先に適応できたのがリリィなんだろ?」

 

「? どういうこと? お姉ちゃん」

 

 リウラの言っていることが分からず首を捻るリリィに、リウラは自分の疑問を詳しく解説する。

 

「ほら見て。私や魔王さん達の攻撃に対して、ソヨギさんはまだうまく反撃できてないでしょ? あれ、まだ私達の攻撃を見切れてないんだと思う。でも、私以外の今戦ってる人たちって、単純な技量だけならリリィより下なんだよね……なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……言われてみれば」

 

 確かに不自然だ。

 

 リウラには雫流魔闘術の下地が、リリィはリウラとヴィアからもらったそれぞれの武術の経験がある。

 それに対し、ティアマトは強力で独特な魔術を次々と繰り出しているものの、その戦闘には粗があり、あまり戦闘に慣れていないのが分かる。

 

 魔王の場合、ラテンニールの戦闘経験と、憑依したブリジットやオクタヴィアの武術・体術を生まれ持ったセンスで巧みに使いこなしているが、以前の肉体では膨大な魔力で力押ししていた弊害か、その扱いはリリィに比べれば一歩も二歩も劣る。

 

 そして、セシル。

 

 自身で素材を狩りに行くことで有名なユイドラの工匠(こうしょう)であり、かつてメルキアの軍人でもあった彼女の戦闘経験はそれなりに豊富だが、あくまでも彼女は“創る者”であり“戦う者”ではない。

 数年という僅かな期間ではあるものの、武術の専門家であるシズクから天才と評されたリウラの戦闘経験……それを引き継ぎ、使いこなすリリィに(かな)うものではなかった。

 

「……それは、リリィの連接剣術が、魔闘術(私の技)を基礎としているから」

 

「「!!」」

 

 リリィとリウラがバッと振り返る。

 2人の視線を受けたシズクは、“今の自分の知識が少しでもソヨギを止めるための力になれば”と必死に状況を説明する。

 

「魔闘術……それを生み出す基礎となった技術は母様に教えてもらったもの。技の長所も短所も良く理解している。それをそのまま使っているのなら、見切るのが早いのは当たり前」

 

 シズクの言葉に、リリィとリウラが異論を唱える。

 

「いや待ってください。確かにお姉ちゃんの戦闘経験はもらったけど、あくまで武器を使う基礎だけで雫流魔闘術は使えてないですよ? 私の戦闘術の基盤(ベース)はヴィアだし……それに、あの水精に最適化されてる技と、“型をその場で創る”っていう独特の感覚が理解できなくて」

 

「それに雫流魔闘術が見切られるんなら、リリィじゃなくて私が先じゃない?」

 

 水の精霊を喚び出して自在に操る技、そしてその場で型を生み出す独特の感覚。

 リウラから性魔術で経験をコピーさせてもらったものの、それらが自分には到底理解することができず、以来、リリィは雫流魔闘術を使っていない。

 使っているのはもっぱらヴィアの修得した武術と、魔王の魂からもらった知識で利用している攻撃魔術だ。

 

 さらに言えば、“雫流魔闘術が見切られる”というのならば、まず見切られるのはリウラでなければおかしい。

 多彩な変身を持つものの、その全ての戦闘スタイルの基礎は雫流魔闘術なのだから。

 

 2人の当然の疑問に、雫流魔闘術の創始者はあっさりと答える。

 

「ううん、あなたは魔闘術を使ってる。それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

「正当な、形……?」

 

 ポカンと呆ける2人。

 

 “正当な形”とは一体どういうことか?

 リウラのそれは正当ではないと?

 

「リウラには独特の能力(ちから)がある。一度修得し、経験したものを無意識のうちに反復し、磨き、改善し、工夫する力。本来であれば何年もかけて開発するはずの“技”をリウラは戦闘中に開発する……ハッキリ言うけど、()()()()()()()()()()()()。もしそれを“型を創る”と言っているのなら、それは間違い」

 

「どうして貴女(あなた)がそんな勘違いをしているのかは分からないけど、魔闘術は決して水精用の戦闘術じゃない。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。“型を創る”というのも、そんなに大げさなものじゃない。“技の要点を理解して、それを状況に適した形で使えるようにする”というだけのこと。本来、膨大な経験を必要とするそれを、あなたは自分の生まれ持ったセンスを使って自然に行っている。“特定の敵への最適化”は未熟なところも多いけど、それ以外……“特定の状況への最適化”や“自分のやりやすいようにする最適化”は理想的なほどに」

 

 雫流魔闘術の奥義に“明鏡止水”というものがある。

 

 極限まで精神を集中することによってゾーン状態に入り、最高のパフォーマンスを発揮するための技だ。

 つまり、技を発動させるためのプロセスとしては、まず“精神を集中させ”、それから“ゾーン状態に入る”という流れになる。

 

 しかし、リウラの場合は違う。

 彼女の場合、まず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になる……つまり、完全に原因と結果が逆転しているのだ。

 

 このような“異能を前提とした感覚”を経験としてもらったところで、リリィにそれを再現することなどできはしない。いかにリリィが器用であったとしても、“存在しないもの”を操ることなどできはしないのだから。

 できることはせいぜい、“リウラが使った型そのものを真似(まね)る”ぐらいである。

 

「そして、そんな能力(ちから)によって歪められた雫流魔闘術は、源流(ルーツ)こそ同じかもしれないけど、完全にリウラ()()に最適化された別物と化している。もう“リウラ流”と言ってもおかしくないくらい。リウラ独特の特性を前提にされた武術なんて世界に一つしかない流派、いくら母様といえど、見切るのに時間がかかるのは当然」

 

 それは事実だった。

 

 今もリウラの無意識が繰り出している空間歪曲や、水を使った多彩な攻撃を読むのに、ソヨギは非常に苦労していた。

 “読み切った”と思った(はし)から行動パターンが変わり、ソヨギの予想もつかない攻撃や補助を繰り出してくるからである。

 

 “少しの間、練習を休んでいたのに、なぜか以前よりも上手くなっていた”という経験をしたことはないだろうか?

 あれは無意識が練習のイメージを反復し、気づかないうちにイメージトレーニングをしていた結果である。

 

 リウラが“相手に適した型を創造しよう”と考えた瞬間、彼女の顕在意識は異能を介して潜在意識に指令を出し、“相手の動きに適した動き”を考え、思いついた端からイメージトレーニングを行っているのである。

 

 そして、顕在意識が1秒間あたり15~20ビットの考えが浮かべることができるのに対し、潜在意識は1100万ビットもの考えを浮かべることができる。

 潜在意識も含めて本心から望めば、異能をもってその思考を完全に制御できるリウラのイメージトレーニングの量は莫大だ。それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、ソヨギは自分の使った行動パターン1つ1つに対応するよう訓練したリウラを、都度相手にしているのである。

 そう考えれば、むしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「多分だけど、その“ヴィア”って人が使っていた技は短剣術でしょう? どうしてリリィは、その動きの上に私の連接剣術を乗せて使うことができているの?」

 

「それは……私が使えるようにうまく合わせたからで……」

 

 そう言ったリリィに、シズクは“我が意を得たり”と頷いた。

 

 

 

「――それが、“型を創る”ということ」

 

 

 

 ストン、と()に落ちた感じがした。

 

 魔王から“最高の使い魔”として生み出されたリリィの戦闘センス、そして器用さはズバ抜けている。

 他者から性魔術で奪った経験を、即座に自身の種族や体格に合わせて反映させるなど、まず普通はできない。

 事実、過去にリリィがアイにそれを行った際、アイはとても他者の経験を自分のものにすることはできなかった。

 

 リリィがあらゆる武器を利用できるのは、彼女自身の器用さに加え、リウラの経験をもらっているからだ。

 リウラがシズクから学んだ、あらゆる武器の戦闘術、その基礎。その経験を性魔術でもらったからこそ、彼女は連接剣なんて複雑な武器を自在に利用することができる。

 

 そして、リリィはそれをヴィアの武術に組み合わせて行使した。

 それはヴィアの動きが最もリリィにとってしっくりくる動きだったこともそうだが、何よりもリリィのセンスがそれらを自分に最適化して組み合わせるということをあっさりと行えたことが大きい。

 

 そして、雫流魔闘術はそれを“型を創る”と表現するのである。

 あとは、それを敵と状況に合わせて同じように最適化するだけだ。

 

 リリィは考える。

 

 自分の動きは見切られてしまった、とソヨギは言う。

 直感に過ぎないが、おそらくそれは事実だろう。『全ての攻撃が全く当たらない』とまでは言わないが、おそらくこれから有効打はほぼ与えられない可能性は高い。

 

 

 ならば、いっそのこと――

 

 

「シズクさん」

 

 

 ()()()()()()()()が、どのように敵や状況に対して最適化するのか――

 

 

「あなたの経験……私に下さい」

 

 

 

 ……それを学びつくし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、シズクはリリィの手練手管で、わずか5秒で盛大にイかされることになった。

 ヴィア、ブリジットに続く、リリィから受けたセクハラ被害者第3号である。

 

 

 

 

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