水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第十章 決戦 中編3

 ――ピクリ

 

 ソヨギの狐耳が反応する。

 

(……何?)

 

 リリィの気配がガラリと変わった。

 

 ダイヤモンドの原石のように輝く天才的なセンスを持っているものの、まだまだ経験が足りていないがため、少々乱れが目立っていた全身の魔力の流れ……それが、急に熟練の武術家のように静謐(せいひつ)なものに変化したのだ。

 

 どうやらそれは魔王達も感じ取っているらしく、いったん攻撃を止めて全員がリリィの方へ注意を向けている。

 ソヨギに至っては、魔王達よりも脅威と判断したのか、しっかりとリリィへと顔を向けて注視していた。

 

 ジャリ……

 

 砂を踏みしめて現れたリリィの表情に決して余裕は無いが、静かな自信に満ち、その瞳には勝負を諦めていないことを示す希望の光が見えた。

 

「……魔王様」

 

「なんだ」

 

 リリィはソヨギから視線を外さないまま、魔王に願った。

 

「私が時間を稼ぎます。その間に、この人を何とかする方法を考えてください」

 

「よかろう」

 

 そして、魔王は唯の一言でそれに応える。

 

 『どうやって?』とも『できるのか?』とも聞かなかった。

 

 魔王様なら、できる――

 リリィなら、できる――

 

 お互いにそう信じているが故に、言葉はそれだけで充分だった。

 

「セシルさん、ツェシュテルさん、お願いがあります」

 

「はい?」

 

「? 何よ?」

 

 唐突なリリィの“お願い”に、そろって疑問符のついた声を上げた主従たちへ向かって、リリィは言葉を続ける。

 

「ツェシュテルさんの力を、私に貸してください」

 

 ツェシュテルを(まと)うセシルではなく、ツェシュテル個人を指しての協力要請。

 その意味を理解したツェシュテルは、静かに激怒した。

 

「……アンタ、この状況で私に『マスターの守護を放棄しろ』と……『マスターではなく、アンタに従え』と、そう言「はい、どうぞ」って、ますたああああああああぁあぁあああっ!?」

 

 あっさりと我が子を売り渡し、勝手にリリィを仮マスター登録されてしまったツェシュテルは涙声で訴えるも、セシルは笑顔で知らんぷり。

 魔導鎧状態が強制的に解除され、いつもの人形サイズの少女の姿に戻った彼女の表情は、怒りと悲しみとショックで複雑に歪んでいた。

 

「ツェシュテル。私は工匠(こうしょう)であって、戦士ではないのよ? 歪竜(わいりゅう)の力だって寿命を延ばすことが目的であって闘うためじゃないしね。なら、私よりもリリィに使ってもらった方がよほど戦力が上がるわ。……私はソヨギが襲う対象に入ってないから、別に逃げても問題ないし」

 

「言いたいことは分かるけど、分かりたくない! ああああああああ……もう、いったい私は何人の主を持てば良いってのよ……死にたい」

 

「ごめんなさい」

 

 リリィの言葉に、頭を抱えていたツェシュテルが頭を上げる。

 リリィの視線が真っすぐにツェシュテルを射抜いた。

 

「護りたい人から引き離してしまって、ごめんなさい。無理を言ってしまって、本当にごめんなさい。この人を抑えるために、私の大切な人達を護るために、あなたの力が必要なんです。……いただいた借りは、必ずお返しします。だからお願い、私に力を貸してください」

 

「……」

 

 真摯で、誠実な言葉だった。

 言い訳も無ければ、脅迫じみた言葉も無い。ただ素直に、そして真剣にツェシュテルに協力を求めていた。

 

 本当ならば、ソヨギという強敵の前で彼女から視線を外すことすらしたくはなかっただろう。しかし、彼女はしっかりとアイへと視線を向けて懇願(こんがん)した。

 もしソヨギがこの場にいなければ、おそらく彼女は頭を下げて……いや、ひょっとすれば土下座すらしていたかもしれない。それほどに必死な想いが彼女の言葉から、態度から、眼から感じられた。

 

(あ……)

 

 魔神の肉体が混ざった影響により変質したツェシュテルが、自らの魂の本質(土精の性質)を思い出す。

 

 

 ――自分は、いったい何故セシルの願いに(こた)えて魔導巧殻(まどうこうかく)になったのか?

 

 

(……『大切なものを護って欲しい』って、言われたんだったっけ)

 

 セシルが願う真摯な想いに……大地の化身として、地に生きるものを癒し、育み、護る性質を持つツェシュテルは応えたのではなかったか。

 リリィからひしひしと伝わってくる“大切なものを護りたい”という想いは、彼女の心の奥底にいつの間にか眠ってしまっていた(こころざし)を思い起こさせるに充分なものであった。

 

 

(――この人だ)

 

 

 ツェシュテルは確信する。

 

 

 ――自分の原初の志を思い出させてくれた、この人が

 ――自分と同じ志のために戦おうとしている、この人が

 ――そして、その志を果たすため、ここまで自分の事を必要としてくれている、この人こそが

 

 

 創造主であるセシルが一時的に預かっている“真のマスター権限”を受け渡すに相応(ふさわ)しい人物であり、自身の生涯を通してその身を捧げるべき存在……

 

 

 

 ……ツェシュテルの真の使い手(マスター)である、と。

 

 

 

 こんな状況で、不謹慎かもしれない。

 だが、真に主として望む人物を見つけたツェシュテルは、“リリィと共に戦いたい”という想いを抑えきれず、キラキラと輝く瞳で不敵に笑ってしまう。

 

「良いわ! そこまで言うなら、このツェシュテル様の力を貸してあげる! 見事、私を使いこなしてみなさい!」

 

 瞬間、人形サイズの身体が爆発的に膨らみ、鋼の濁流となってリリィの身体を包む。

 その様相はアイの時のように銀のシャープな形のものでもなければ、セシルの時のように機械的な“これぞ魔導鎧”といったものでもない。

 

 魔導巧殻ツェシュテルは、主人の思い描く“鎧”のイメージを基に自身のデザインを決める、オートオーダーメイドの魔導鎧。

 これにより、“どんなに高性能の装備でも、サイズが合わなくて装備できない”、“本人の戦闘スタイルとうまくかみ合わない”といったデザイン上の問題を克服している。

 

 リリィが思い描くのは姫騎士エステルが(まと)っていたような、“動きやすさ”と“防御力”を両立する鎧。

 

 白を基調として金の装飾がなされた胴、肩当、籠手、具足が装備される。腰回りは鱗のように何枚もの装甲が折り重なるようになっており、動きを阻害しにくくなっている。

 肩から肘、足の付け根から膝までに装甲は無く、その代わりにぴったりとした黒のタイツのようなものを纏っている。MP鋼を糸状にしたものを幾重(いくえ)にも編み込んで柔らかさを調節したものだ。ワイヤーにも勝るその硬度と伸縮性は、魔神相手でも充分に通用する頑強さとしなやかさを誇る。

 

 そして、何より特徴的なもの。

 それは……リリィの左手に握られた一振りの連接剣。

 

 ツェシュテルの体内に極小サイズで保管され、質量変化によりリリィに最適化されたサイズで解凍された、魅了剣ルクスリアにも劣らぬセシル謹製の逸品だ。

 

 リリィは、その月明かりのように冴え冴えと白い刀身をゆっくりと持ち上げ、剣先をソヨギへ向ける。

 半身となった彼女は腰を落とし、右手の魅了剣(ルクスリア)を腰の後ろへと回して構え――

 

 

 

 

 

 次の瞬間、魔王達が目で捉えることができたのは、淡い紫の魔力光の残滓(ざんし)だけだった。

 

 

 

 

 

 大きく目を見開いたソヨギが、手首をしならせるように放たれた白き連接剣での面打ちを、リリィの手首を左に逸らして回避しようとする。

 

 

 ――直後、リリィの姿が消える

 

 

「っ!」

 

 ピクリとソヨギの狐耳が震える。

 視界から消えたリリィの位置を音と空気の流れから察知し、突き出そうとしていた左手を止め、後ろへと跳んだ。

 

 先程までソヨギの足があった位置を紫黒(しこく)の刃が通過する。

 宙に魔力の床を(つく)りだして着地したソヨギは、すかさず反撃に移るため重心を前に動かそうとするが、眼を大きく見開いたソヨギはその場で肘を跳ね上げ、左から凄まじい勢いで振るわれた()()()()を上へと()らす。

 

(これは……!)

 

 紫の魔力光を纏う斧槍(おのやり)が、その重さを感じさせない軽々とした動きでリリィの右手の中でくるくると回され、両手でピタリとソヨギに突きつけるように構えられる。

 いつの間にか魅了剣は手放され、リリィの右腕へと巻きついていた。

 

 

「今の……ひょっとして“彗星(すいせい)”?」

 

「合ってるけど……正確には、違う」

 

 リウラが驚愕とともにリリィが使ったであろう技の名前を口にするも、彼女の師はそれを否定する。

 

「あれは、“()()()()()()()()()。確か、名前は――」

 

 

 リリィが再び淡い紫の閃光となって駆ける。

 斧槍が縦横無尽に振るわれ、突かれるも、ソヨギはそれらを的確に(さば)く。

 

(……ここね)

 

 ソヨギがリリィのフェイントを見切り、斧槍の袈裟斬りの軌道を左に回避しつつカウンターの掌底を当てようとする。

 

 ――が、

 

(っ……!?)

 

 リリィの身体がぶれる。

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 確かにソヨギは左に回避したはずなのに、同じ距離分だけリリィが()()()()()()()()()()()()()()()()()()動いたのだ。

 その結果、リリィが振るうであろう斧槍の軌道から、ソヨギは全く逃れていないことになってしまっている。

 

 タンッ!

 

 ソヨギは左への回避を諦め、地を蹴って上へと跳ぶ。

 リリィが振るうであろう斧槍を回避し、1回転しつつ(かかと)落としを脳天に決める腹だ。

 

 グンッ!

 

「くっ……! ()()()()()()()()()()!」

 

 リリィの肩の動きから、間違いなく袈裟懸けに振るわれるはずだった斧槍……それが、振るおうとした直後に軌道を変え、リリィの頭上へと跳んだソヨギへ、まるで追尾するかのように移動する。

 しかし、ソヨギは冷静に刃を(かわ)しつつ斧の側面を蹴り飛ばし、いったん大きく距離を取り――始めた瞬間に、さらに転移。

 

 

 ――直後、一瞬前までソヨギの身体があった空間をリリィの斧槍が通過した

 

 

 リリィの全身が淡い紫の輝きを纏い、光の尾を引いて一瞬にしてソヨギの背後に回り、斧槍を振るったのだ。

 その速度、その動きはまさに紫電一閃。当たればソヨギであろうともタダでは済まないであろう鋭さを備えていた。

 

 ソヨギは知っている。

 この超人的な速度と、予測不可能な動きを可能とする、魔力による肉体操作術を……その名は――

 

 

 

(……“()()()()()”……っ! ここまで洗練されたものは初めて見た……!)

 

 

 

 猫獣人や睡魔族(すいまぞく)が好んで使う独特の体術――ねこぱんち。

 それは己が肉体を闘気や魔力で弾くことによって、本来の肉体では発揮できない瞬発力を一時的に生み出す技術である。

 

 はるか昔、ディル=リフィーナのとある武術家が“自分の動きが読まれやすくなっている”という壁にぶつかった際、ふと小さな猫がその可愛らしい手で虫にパンチしてじゃれている様子が目に入った。

 

 その静止状態から瞬時に猫がパンチを繰り出す様子をヒントに、武術家は“猫がパンチを瞬時に繰り出すように、魔力で自身の肉体を弾いて瞬時に動く”という、“肉体を全く動かさずに、魔力を()って肉体を操作する技”を生み出した。

 

 武術家は自身にヒントを与えてくれた猫にあやかって、この技を“ねこぱんち”と名づけたのである。

 

 だから、別に拳に限らずとも、脚であろうと、頭突きであろうと、あるいは剣、槍、斧、(つち)といった武器を用いようとも……もちろん、猫耳の無い種族が繰り出そうとも、“魔力や闘気を弾いて行う肉体制御術”であれば、それらは全て“ねこぱんち”と呼称されるのである。

 

 かつてリリィが繰り出した“ねこぱんち”や“ねこぱんち・改”は、この肉体制御術を学ぶためのとっかかりとして、スケールダウンしたものに過ぎない。

 それらを基礎として修得し、全身を制御するための(すべ)として極めると、今のリリィのように変幻自在の動きを可能とするのだ。

 

 全身が発光するのは、いつでもどの部位でも弾けるように、また、弾く部位を敵に悟られないようにするために全身を魔力や闘気で覆った結果であり、そのため術者が動くと、その闘気や魔力の光が残像となって残り、まるで彗星が尾を引いて()けたかのように見える。

 

 そう、実は雫流魔闘術の“彗星”とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――体術 ねこぱんちの極み

 

 

 リウラたち水精(みずせい)が扱う“彗星”は、水蒸気爆発を自在に操って移動する奥義だ。

 しかし、睡魔であるリリィが扱う場合はそうではない。“魔力の爆発を自在に操る技”となる。

 

 シズクの膨大な経験を得たリリィは、その生まれ持ったセンスをもって即座に己のものとして昇華。“彗星”をはじめとする彼女の技を、自身が扱える“型”へと最適化して修得した。

 結果、長い長い努力によってしか得られないはずの経験と、天性の才能とを兼ね備えた即席の達人が此処(ここ)に誕生したのである。

 

 ――ソヨギの視界の中で、ほんの(わず)かにリリィの姿がブレる

 リリィの“彗星”がミリ単位で、彼女の姿勢を崩すことなく移動させたのだ。

 

 ――リリィの振る剣が不意に軌道を曲げる

 剣に纏わせた魔力が、本来の軌道を捻じ曲げたのだ。

 

 ――突進していたはずのリリィが急に停止する

 ――リリィが手元に呼び戻し、連結を解除した連接剣(ルクスリア)が、慣性では有り得ない軌道を描く

 ――筋肉の動きが全くない状態で腕や足が動く

 

 とにかく動きが読めない。

 魔力の流れや爆発の予兆を読んで(かろ)うじて回避できているものの、非常にやりにくい。

 

 そして、動きの読みにくさに拍車をかけているものがもう一つ。

 

(でも、だいたいの動きは分かった。次は何とかでき……!?)

 

 ソヨギの瞳が一瞬戸惑(とまど)いに揺れる。

 

 リリィの背後に転移した彼女は、当然リリィの背を目にしている。

 しかし、あれだけ長大なはずの斧槍の柄も斧も、見当たらない。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!

 

 

 

 ――リリィの肩が、ほんの僅かに動く

 

 

 その動作が“何かをつま()く動作”だと気づいたソヨギは、慌てて空気の流れを見切り、ほんの1歩分左に、そして軽く右に飛び込んで前転するように動く。

 

 直後、ソヨギの背後で凄まじい音を立てて岩が崩落する音が聞こえる。

 見れば、こちらを向いたリリィの手の中には“竪琴(たてごと)型の弓”が構えられていた。

 

 再び、リリィの指が竪琴をつま弾くと、魔力を込められた空気の刃が宙を縦横無尽に駆けてソヨギを襲う。

 非常に視認しにくいはずのそれらを、ソヨギは“音などの色を見る”自身の眼でハッキリと視認しながら、回避する。

 

 

 その様子を見たリリィは背後へと跳びながら、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――これだ

 

 リリィの剣となり、鎧となった小人の少女。

 彼女はどうやら鎧や連接剣、魔導銃だけでなく、あらゆる武器にその姿を変えられるらしい。

 

 いや、それだけならば、たいした脅威ではない。

 

 いくら多彩で強力な武器に変身しようとも、使用者が扱いきれなければ何の意味もない。

 事実、セシルが使用していた時、ソヨギはツェシュテルに何の脅威も覚えなかった。彼女が扱えるのは魔導銃しかなかったからである。

 

 厄介なのは、それをリリィが()()()()()扱えてしまっていることである。

 

 どろり、と竪琴が形を崩し、瞬時に鉤爪(かぎづめ)へと変化してリリィの両腕に装着された瞬間、リリィが全身に纏う魔力のうち、背中側がキラキラと魔力の粒子を噴出して、瞬時にソヨギの間合いに入り込む。

 

(させないっ!)

 

 ギラリ、とソヨギがリリィを(にら)みつける。

 すると、轟と空気を焼き尽くす音とともにリリィの身体が蒼炎に包まれた。

 

 ソヨギの念炎だ。

 同時、ソヨギは青白い闘気を全身から放ち、気合とともに掌底を炎の塊となったリリィに叩きこむ。

 

「はっ!」

 

 ドン!

 

 重々しい音とともに炎の塊が吹き飛ぶ。

 しかし、打ち込んだ瞬間に感じた異様な手応えに、ソヨギは大きく目を見開いて動揺した。

 

「な、なんで色が減って……っ!?」

 

「……なるほど、“()”ね」

 

「!?」

 

 背後から聞こえた有り得ない声に、ソヨギは反射的に肘打ちを繰り出す。

 しかし、それはあっさりと白銀の籠手に覆われたリリィの腕に防がれ、リリィとソヨギは至近距離で見つめ合うことになった。

 

「おかしいとは思っていたのよ。いくら貴女(あなた)の技術や身体能力、魔力が優れていようとも“どうしようもないこと”っていうのは必ずある……あなた、お姉ちゃんが空間の穴を開ける前に反応してたわよね? それに、さっきから視線どころか視界にすら入っていない攻撃に対する反応……明らかに()()()()()

 

「ッ……!」

 

「魔術の霧で包もうが、神気そのものの塩剣(えんけん)で囲おうが、お姉ちゃんが空間や空気に干渉しようが、ほんっとうに面白いくらい的確に対応してたものね、あなた。流石に“気配”やら“空気の流れ”だけで対応できる範囲を超えてるわよ」

 

 リウラ……いや、歪魔族(わいまぞく)が操る空間操作術は、基本的に前兆が皆無だ。

 

 仮に、歪魔の眼前の空間Aから、敵の眼前の空間Bに対して空間の穴を開けたとしよう。

 

 一般的な転移魔術などとは異なり、彼ら彼女らが操る魔術は空間に直接干渉する。

 もちろん、起点となる空間Aに対して魔力干渉する以上、そちらには“魔力を空間に放つ”という前兆はあるのだが、終点となる空間Bは“穴が開くまでは”何の前兆も無い。

 

 つまり、“穴が開く瞬間”ならばまだしも、“穴が開く前”に敵が反応することはできない。

 そんなもの、たとえ歪魔族であろうと感知することは不可能だ。

 

 また、戦闘が始まった瞬間にリウラが放った“狭霧(さぎり)”は、魔力のこもった水蒸気を空間に満たす特性上、“空気の流れが通常では有り得ないものになる”という副次的な効果がある。

 

 雫流魔闘術の使い手と戦った場合、周囲の空気の流れすらフェイクとして使われてしまう上、必要とあれば空気の流れを停止できるので、空気の流れから敵の行動を予測することは極めて困難だ。

 シズクとリウラが戦闘になった際、空気中の水分を操作して突風を起こすことでアイを突き飛ばし、攻撃を強制的に回避させたのも、その応用である。

 

 それだけではない。

 

 リリィの魔力がたっぷりと込められた漆黒の霧に包まれようと、ティアマトが創造した神々しい神気を放つ剣群に視界を完全に遮られようと、その後の攻撃がまるで見えているかのように、彼女は適切に対応して見せた。

 

 ならば、魔力感知でも空気の流れでもなければ、気配でもない“何か”で感知している、と考えるのが筋だ。

 先程の『色』という発言からしてそれは――

 

「あなた……共感覚能力者ね? それも複数の複合型」

 

「……ッ!」

 

 

 ――共感覚

 

 

 それは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚をも生じさせる特殊な知覚現象だ。

 例えば、文字や音、数に色が見えたり、味や匂いに色や形を感じたり、痛みに色が見えたり……中には、人の心が発する感情や、時の流れですら視覚情報として捉えることができる者もいるという。

 

 こうした共感覚能力を持つ者はそう珍しくなく、リリィに原作知識を与えた魂の居た世界でも、100人に1人は存在していた。

 

 このリリィ達が感知できない知覚情報によって、リリィ達の攻撃を感知していたのだとしたら、ソヨギの異様な対応力も説明がつく。

 1つや2つの共感覚では、これまでの対応は不可能であろうことから、おそらく彼女は最低でも3つ以上の共感覚を保有している可能性が高い。

 

 

 ――ならば、

 

 

「なら、話は簡単よ。いったい(いく)つの感覚を持っているのかは分からないけど、それを把握する必要なんてない。だってそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その声は、背後から聞こえた

 

 

 

 

 ――目の前にリリィが居るのにも関わらず、()()()()()()背後から聞こえた

 

 

 

 

 バッと、ソヨギは背後を振り向く。

 そこには、()()()()()()()()()()()

 

(あの小人の変身……!? いえ、違う!)

 

 あれは……“()()

 

 ソヨギも先ほど用いた、膨大な魔力を固め、イメージで具現化した分身。

 それを、リリィが操っているのだ。

 

 

 ――雫流魔闘術 空蝉(うつせみ)

 

 

 その、対ソヨギ用の型だ。

 

 リリィは、ソヨギが放った炎に包まれた瞬間、自分の分身を目の前に生み出しつつ、ツェシュテルに頼んで分身にも鎧を纏わせ、分身がソヨギの掌底に吹き飛ばされた瞬間に、彼女の背後に回り込んだのである。

 

 分身にリリィ自身の精神は込められていないし、分身の纏う鎧にもツェシュテルの精神は存在しないが、それ以外は肉体も鎧も本物と寸分たがわぬ複製だ。

 いくら共感覚を持つソヨギとはいえ、瞬時に“偽物である”と判断するのは難しいだろう。

 事実、掌底を打ちこんで接触するまで、“リリィの感情”を表す色が消えていることに、ソヨギは気づけなかった。

 

 分身の鎧が(ほど)けて液状化し、リリィ本体が纏う鎧へ吸い込まれていくと同時、分身を(かたど)っていた魔力が一瞬にして形を崩し、リリィの元へ戻ってゆく。

 その膨大な魔力量にソヨギは目を()いた。

 

(おかしい……! あの分身、明らかにリリィ本体と同じだけの魔力量があった! そんな莫大な魔力、いったいどこから……!?)

 

 ひたすらに魔神を喰らい、自分を鍛えてきた彼女は知らない。

 “人が創る兵器など、鍛えた魔神の拳の前には無力”と信じる彼女は知らない

 

 

 

 ――メルキア帝国の英知が結集し、1人の才媛の発想を持って生み出された、夢の永久機関の存在を

 

 

 

 永久魔焔反応炉(えいきゅうまえんはんのうろ)

 

 メルキア帝国の決戦兵器――魔導戦艦のメイン動力にも使われるほどの莫大なエネルギーを生み出し続ける、人には過ぎた力(オーバーテクノロジー)

 それを搭載されたツェシュテルの存在は、リリィにとってルクスリア以上に彼女に適した力となった。

 

 なにしろ、強大な魔力を持つ敵を倒す必要もなく――

 性魔術のように面倒な儀式も必要なく――

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その恐ろしさが分かるだろうか?

 

 “魔力切れがない”ということ……それは、精気で肉体を構成する彼女にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということと同義である。

 

 普通ならば、その膨れ上がった力に振り回されて、あっという間に自滅するだろう。

 しかし、彼女は他者の経験を奪った瞬間から使いこなし、己のものとしてみせる天才中の天才。魔力が膨れ上がった状態を予測して己の動きを最適化するなど、朝飯前だ。

 それどころか、ソヨギとの戦闘を己が(かて)とし、戦闘中であるにもかかわらず、技がどんどん磨かれ、()()まされていっている。

 

 ……おまけに、分身が消えた後、周囲の空間に膨大で多種多様な色や匂い、音、触感が入り乱れ始めた。

 何をどうやったのか知らないが、どうやら周囲の微妙な音、匂い、温度、魔力……いや、おそらくソヨギが把握していない“何か”すらも含めて、巧妙に(いじ)られている。

 これはおそらくツェシュテルの仕業(しわざ)か。

 

 

 ――『いったい幾つの感覚を持っているのかは分からないけど、それを把握する必要なんてない。だってそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 なるほど、木を隠すなら森の中――()()()()()()()()()()()ということか。

 

 納得したソヨギは、簡潔に今の状況をまとめる。

 

(……つまり、眼も耳も塞がれた状態で、今この時も技量と魔力を増大させ続ける、超再生能力持ちの化け物を相手に勝たないと、私はあの古神(いにしえがみ)()れないと……)

 

 ソヨギの口の(はし)が弧を描いて牙を剥き、獣そのものの眼光を目に宿しつつも、人が磨き上げた術理に沿った構えをしなやかに、ゆらりと構える。

 獣性と理性を兼ね備えたその構えに、隙は無い。

 

(……やって、やろうじゃない……!)

 

 彼女は母を殺し、父を今も苦しめている神々を相手に戦わなければならないのだ。

 世界中の信仰を集めて魔力に満ち溢れる彼らに勝利するなど、今のリリィに勝てなければ夢のまた夢である。

 

 ソヨギはかつてない敵の登場に、全身全霊をもって戦い、勝利することを決意する。

 

 

 

 ――目の前のリリィに集中するあまり、いつの間にかその場から魔王達が消えていたことに、彼女が気づくことはなかった

 

 

***

 

 

 仮の契約を含めると、魔導巧殻ツェシュテルには複数の主がいる……いや、セシルに()()()()()

 普段は変なプライドが邪魔をして絶対に口にすることはないが、実は心の底では皆すばらしい主だと彼女は考えている。その想いに嘘は無い。

 

 

 だが、『全く不満が無かったか?』と問われれば……ツェシュテルは首を横に振るだろう。

 

 

 ――セシルは、ツェシュテルの全てを知る創造主であったが、戦士ではない

 

 創造主として彼女の全権限を預かってはいるものの、セシルの本分は“戦う者”ではなく“創る者”……かつて軍人であった経験からある程度戦うことはできるものの、現役かつ一流の戦士達に比べれば劣り、ツェシュテルの全能力を引き出せているとは言い(がた)かった。

 

 

 ――アイは同じ土精(つちせい)同士、非常に気が合った。自分を必要ともしてくれた

 

 その感覚はとてもくすぐったいものだったが……同時に“ただ速く動いて殴るだけ”の戦い方に物足りなさを覚えた。

 “自分はもっと活躍できるはず”……そういった思いが常にどこかに付きまとっていた。

 

 

 ――リウラは、先史文明期の技術が使われているツェシュテルに匹敵する素晴らしい情報処理能力を持っていたが、必ずしも自分を必要としていた訳ではなかった

 

 彼女は自分の肉体を変化させて戦う者であり、必要なものは自ら生み出すことができた。戦士が自らの命を預ける武器や防具も、彼女にとってはポンと生み出せる道具にすぎない。

 ツェシュテルは彼女にとって“強力な武器や道具の一つ”にはなれても、“相棒”にはなれない。アイの時のようにお互いを必要としあう関係にはなれなかったのだ。

 

 

 彼女の理想の主……それは、自分を必要としてくれて、かつ自分を十全に活かしきれる者。

 “自分は主を護る剣であり、鎧である”と感じさせてくれる人。

 心身ともに1つとなって、敵に立ち向かえる者だ。

 

 原初の想いを思い出させてくれたリリィを主に選んだことに悔いはない。

 しかし、ゆくゆくは彼女にそのような人物になってもらいたい……そう、ツェシュテルは願っていた。

 

 

 

 そして、彼女にとって思いがけないことに――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 超常の感覚器を備え、そこらの魔神など軽く超える魔力を持ち、数百年の研鑽(けんさん)を積んでなお戦闘中に技量を成長させる仙狐(せんこ)の魔神。

 そんな規格外の化け物を相手に、主は自分(ツェシュテル)を振るい、()()()()()()()()()()

 

 

 ――そう、(リリィ)もまた常軌を逸した才を持つ人物であったのだ

 

 

 相手は複合共感覚能力者。音に色を、熱に匂いを感じるような別感覚を備える能力者だ。

 言ってみれば、彼女は五感や第六感、魔力・気配感知に加え、多数の感覚器(センサー)を持っているような状態である。

 

 そんな敵に対抗するには、どうしたらよいか?

 

 

 簡単だ……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ツェシュテルに搭載されている各種センサーをはじめとする様々な機能……数百キロ先だろうと生命体を感知できるそれらは、決してソヨギの感覚に劣るようなものではない。

 電波探知や、魔力分布および熱源分析による瞬間動作予測なんてものは流石にソヨギにも真似(まね)できないだろう。

 

 常人であれば、戦闘中に見せられたら間違いなく邪魔になるであろうそれらのデータが脳内に投影されても、リリィは“そういうもの”を常態として瞬時に適応し、使いこなしてみせた。

 

 それどころか、リリィは“敵が多数の感覚を備えている”と知った途端、恐ろしいほどの数のフェイントを入れ始めたのだった。

 

 ――ほんの少し指や肩、足を動かす

 ――ほんの少し身体のどこかに魔力を込める

 ――ほんの少し空間に念を凝らす

 

 たったそれだけでソヨギは反応し、思い通りに動けなくなる。

 

 適当に動いただけならば彼女が反応するはずがない。

 一見無造作に出されているように見えて、“実際にその行動を起こす場合、その動きの起点となる挙動はどうなるか”を想定した丁寧なフェイントだからこそ引っかかるのだ。

 

 多数の感覚を持つからこそ、そして達人であるからこそ引っかかる僅かなフェイントは非常に効果的で、彼女は明確に攻めあぐねていた。

 

 もちろん、ツェシュテルも様々な魔導具・魔法具を駆使して、的確なタイミングで周囲に熱や電磁波・魔力などを放ったり、わずかに空間を歪めたりすることで多数のフェイントを入れている。

 しかし、リリィのフェイントは未だ破られていないのに対し、ツェシュテルのフェイントは徐々に対応され始めていた。

 こと“先読み”に関しては、先史文明期の技術が使われた分析能力を持つツェシュテルよりも、リリィが勝っている、という証拠であった。

 

 それだけではない。リリィは攻めのパターンを次々と変えてソヨギを攻めたてているのだが、その多彩なパターンの構築には、ツェシュテルの機能が大いに活かされた。

 

 リリィが腕を振るうと、鎧からズルリと鉄色の液体が飛び散る。

 

 飛び散った液体は、それぞれ内蔵された武装や魔導具・魔法具の質量を爆発的に増大させ、あるものは爆弾、あるものは矢、あるものは毒、あるものは剣、あるものは呪符……と鉄色の雫の一滴一滴がソヨギを害するものへと変化し、ツェシュテルの意思やリリィの念によって操作され、複雑な軌道を描いてソヨギへと襲いかかる。

 

 その軌道を見切り、流れる水のように飛び交う武器の隙間を縫って接近するソヨギに、拳撃用の籠手へとツェシュテルを変化させたリリィが、迷宮を震わせる震脚とともに縦拳を放つ。

 その縦拳を受け流そうと手を添えようとしたソヨギは、急に手を添えるのをやめてしゃがみ前転での回避に切り替える……リリィの籠手の側面から大きな曲刃が飛び出していた。

 

 ソヨギは前転が終わった直後、背後にいるリリィに向かって飛び込むように地を蹴ってバク宙。直後、冷気を纏った矢がソヨギの足元を通り過ぎた。

 

 ……見れば、ソヨギに向き直って低く距離を離すように跳んだリリィの左足の具足が弓へと変化し、弓弦(ゆづる)が大きく震えている。

 

 足に引っかけて撃てるような特殊な形状をした矢を念で具現化することで作成し、背後へ身体の向きを変える体捌(たいさば)きに合わせて軽く跳躍。

 右足に矢を引っかけて弓を引き絞り、矢に魔術で冷気を纏わせて放ったのだ。

 

 

 ――パズルのピースがピタリと合う感覚

 ――自分の全てが、全力が強引に引き出されていく快感

 

 

 ツェシュテルは、その感覚に酔いしれる。

 “大切なものを護るための兵器”として、自身の存在意義を遺憾なく発揮できている今、彼女の魂は震えるほどの歓喜に満ちていた。

 

 

 

 

 ……そう、満ちて()()

 

 

 

 

 ソヨギがバク宙の回転に合わせて足を振り下ろす。

 それをリリィは肩部分の鎧で受け止め、指向性を持たせた魔力爆発で威力を減衰させる。

 

 

 ――雫流魔闘術 焙烙(ほうろく)

 

 

 衝撃でソヨギの脚が跳ね上がった瞬間、目の前で逆さになっているソヨギの頭をキッと睨みつけたリリィの眼が紅く輝き、視線を媒介に直接ソヨギの眼に魔力を叩き込む。

 

 魔力量的にソヨギの方が格上であるため、かつてコウモリに叩き込んだ時のように全身の精気を支配することは叶わないが、ルクスリアによって増幅した睡魔の誘惑の魔力は、“焙烙”で足を弾かれた勢いに乗せて打ち込もうとしたソヨギの肘をほんの一瞬止めることに成功する。

 

 その瞬間、全身の各所を魔力で弾き、上体を(ひね)るようにして、自身の肩をソヨギの鼻の下へ思い切りぶつけ――

 

 

 ――リリィの肩が、ソヨギの顔を()()()()()

 

 

「がっ!?」

 

(リリィ!?)

 

 いつの間にか、リリィの死角に(もぐ)り込むように、右手を大地につけて蹴りをリリィの腹に叩き込むソヨギの姿があった。

 空中に()ったソヨギの姿がふわりと消える。どうやらこの御仁(ごじん)は精霊王族並の幻術も使えるらしい。とことん多芸な人物である。

 

 腹を押さえたリリィは、冷や汗を流しながらツェシュテルのみに聞こえる心話(しんわ)でひとりごちる。

 

(……()()()()()……思ったよりずっと早かったわね)

 

(アンタ何を言ってんのよ!? ()()()()!? この私がついてるのよ!? 時間切れなんてある訳ないじゃない!!)

 

 

 ――永久魔焔反応炉による無限の魔力供給

 ――精気で構成された睡魔の肉体

 

 

 この2つが揃えば、彼女は肉体を無理やり超速で再生させ、精神力が尽きない限り戦い続けることができる。

 ソヨギ相手の戦闘はたとえ数秒であっても精神を削るであろうことは想像できるが、リリィのバイタルを見る限り、彼女の精神力はまだまだ余裕があるはずだ。

 

 いったい何をどうすれば“時間切れ”になど――

 

 

 

 

 ――気づくと、ソヨギの爪がリリィの頸椎(けいつい)に迫っていた

 

 

 

 

(―――――――え?)

 

 思考が止まるツェシュテルをよそに、リリィはまるでそうなることが分かっていたかのように、後ろを振り向くようにして体捌(たいさば)きしつつ、数センチだけ右へ身体を弾くことによって回避。

 しかし、ギリギリ回避しきれず、頬から僅かに血が飛び散った。

 

(な、にが……………………いったい、何がっ……!!?)

 

 ツェシュテルの思考が止まった理由は明白だった。

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である

 

 

 

 先程、ソヨギの姿はリリィから見て左前方にあった。

 光学でも熱源でも、その他のセンサー全てでも感知できていた。

 

 しかし、実際に攻撃が来た方向は()()()……真逆(まぎゃく)である。

 

 しかも、左前方にいたソヨギは爪ではなく、蹴りを繰り出していた。空間を捻じ曲げて一瞬にして背後に回ったとか、そういうレベルではない。

 かといって、先程のリリィのように膨大な魔力にものを言わせて分身を創ったのか、と思えば、それも違う。

 

 

 ――雫流魔闘術 驟雨(しゅうう)

 

 

 リリィが足を通して魔力を地面に浸透させ、広範囲の地面から上方に向かって間欠泉のごとく魔力弾の乱れ打ちを放つ。

 足元という死角から撃たれるそれらが2人のソヨギに当たり……

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(なんで……!? 確かに、確かにそこにいるはずなのに……っ!?)

 

 

 そこで、気づいた。

 

 

 

 ――ツェシュテルに搭載された各種センサー……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(まさか……まさか……っ!?)

 

 反射的に、リリィへの情報提供そっちのけで全力で周囲の環境情報を分析する。

 その結果、わかったこと。それは――

 

(ありえない……こんな場所にこんな熱源や電波がある訳がない。私が配置したダミーでもない……それに、この魔力――っ!)

 

 分析に分析を重ねることでようやく判明した、不自然な環境を創りだしている魔力の波長……それは主人を今まさに追い詰めている女と完全に一致した。

 

 ツェシュテルは先にリリィが口にした言葉を思い出す。

 

 

『いったい(いく)つの感覚を持っているのかは分からないけど、それを把握する必要なんてない。だってそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ――さて、幾つもの感覚を持っているのは、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

真似(まね)……された?)

 

 その言葉を証明するかのように、()()()()()()()()()()()()()()()、先ほど以上のスピードと不規則性でリリィを追い詰め、リリィの雪のように白い肌に傷を刻み始めた。

 

 

***

 

 

「持って5分。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……それほどか、奴は」

 

「もちろんリリィも凄いよ。1を聞いて10どころか100を知っちゃう。だから、普通なら戦いが長引くほど成長して、最後には勝っちゃうはずなんだけど……でも、ソヨギさんは1を聞いたら500、場合によっては1000くらい成長しちゃう。いくらリリィでも、自分の5倍も10倍も成長する相手には、そんなに持たせられないよ」

 

 ソヨギ達から数百キロ離れた迷宮のとある場所にて、魔王達はリリィに言われた通り策を練っていた。

 

 リウラは途中からリリィの援護をやめていたが、それは自分達の安全を優先した訳ではない。単純に“()()()()()()()()()()()”である。

 

 ソヨギとリリィは相手の行動に対応できるよう、常に成長・進化を続けながら戦闘を続けていた。

 しかし、天才中の天才たる彼女達の成長速度に、精神の100%を使い尽くすリウラの高速学習が追いつけなくなったのだ。

 

 仮に一般的な兵士が1の経験を得る状況において、リウラが100の経験を得るとするならば、リリィは300、そしてソヨギは1500~3000の経験を得ることができる。

 

 リウラは異能によってイメージトレーニングを超加速させ、原記憶を(すく)って一度見たものを二度と忘れないことができるが、異能を操る彼女自身は凡人だ。

 天才(ギフテッド)特有の繊細さ・敏感さは持たない。

 

 リウラが見、感じる一場面で、リリィやソヨギは彼女の何倍もの情報に気づくことができる。

 リウラであれば、何度も何度も繰り返し鍛錬することでようやく気づけるコツや極意を、彼女達はずっと少ない鍛錬で……場合によっては実際に行う前、頭の中でシミュレーションした段階で気づくことができるのだ。

 

 だから、リウラは早々にリリィの援護を切り上げ、魔王達を空間転移で別の場所に移した。

 リリィが時間稼ぎに専念できるように、そして魔王達が策を練ることに専念できるようにするために。

 

 しかし、リリィの時間稼ぎがそう長く持たない事に気づいていたため、リウラの表情は非常に厳しい。

 

 リウラの高速学習で追いつけなくなったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その体感速度がリリィと比較して5~10倍くらいだったので、その見積もりから“持たせられるのは5分が限度”と、魔王にはそのように告げたが……実際にはもっと早い可能性も充分にある。

 

 学習とは経験同士の(ひも)づけである。“既知”に“未知”を繋げることで、人は新しい情報をインプットすることができるのだ。

 たとえば、『“グレイビーボート”という単語を覚えろ』と言われても、初めてその単語を聞く者はなかなか覚えることはできないだろうが、

 

 ――ランプみたいな形の、カレーを入れる器の名前

 ――“グレイビー”は“肉汁”の意。“ボート”はボートみたいな形だから

 ――“肉汁”という単語が入るのは、もともと肉汁から作られたソース(グレイビーソース)を入れるための入れ物だったから

 

 と言われれば、覚えることができる者も多いだろう。

 “既知”である“ランプ”や“カレー”、“ボート”、“肉汁”といったイメージに、“未知”である“グレイビーボート”という単語が結びつくからだ。

 

 これは、戦闘にも当てはまる。

 戦闘経験が増えれば増えるほどに、未知の経験と既知の経験が結びつき、学習速度は飛躍的に高まるのだ。

 

 当初、リリィがあっさりソヨギに見切られて吹き飛ばされていたにもかかわらず、シズクの膨大な戦闘経験をもらった途端、ソヨギの学習能力に喰らいついていけたのはそのためだ。

 “未知”であるソヨギとの戦闘で結びつくことができる“既知”の経験が、数百年におけるシズクの多彩な戦闘経験をもらうことにより、爆発的に増えたことが原因だったのである。

 

 

 ……そこで、問題が一つ。

 

 

 ――ひたすら自身を強化するため、魔神のような化け物たちを狙って多数相手にしてきた経験を持つソヨギと、

 ――魔神クラスの化け物を相手にしたことは数える程度で、ソヨギを探すことを目的として旅してきたシズク……

 

 

 

 “既知”の戦闘経験という1点で見た場合、はたしてどちらの質が上だろうか?

 

 

 

 リウラの見積もりである5分……それすらリリィが持たない可能性がある理由は、そういうことだ。

 

「方法は、あります」

 

「……言ってみろ」

 

 シズクはソヨギを止めるために学んだ呪術について語る。

 既に一度それをソヨギに対して行って破られているのだが、ソヨギに記憶を消されてしまった彼女はそれを知らずに内容を語った。

 

 しかし――

 

「却下だ」

 

「……なぜ?」

 

「魔神を喰らい、神を殺そうとするような奴だ。その手の格上を殺す手段はむしろ自分から求めているだろう。知らない可能性の方が低い。下手にかければ、こちらが呪詛返(じゅそがえ)しを喰らうぞ。……ちっ、仕方ない。奴の目的を話せ。奴は、なぜ古神や魔神を狙う? 大まかなところは奴の言動から理解したが、もっと(くわ)しく話せ」

 

 魔王は、まずソヨギの目的から探る。

 戦闘を避けるのならば、武力で追い払う以外にも、相手の目的そのものをなくしてしまうことも有効だからだ。

 

 しかし、シズクの回答を聞き、魔王はそれが難しいことを知る。

 

 

 ――ソヨギの目的は、この世界唯一の神となること

 

 

 そのためには並み居る現神(うつつかみ)達をなぎ倒し、支配する強大な力が必要だ。

 その力を得るため、彼女は自身が“悪”とみなした神や魔神達を食い荒らしている……この目的を失わせるのは難しいだろう。

 

 魔王は視線を、リウラへと移す。

 

「貴様は様々な姿に変身できたな。奴よりも強く、もしくは奴の弱点となるような変身はできないのか?」

 

「……ごめん、無理」

 

 リウラは、あっさりと否定する。

 即答するところを見るに、その可能性は真っ先に考えていたのだろう。

 

「確かに、私は時間をかければ今より強く変身できるし、ソヨギさんの弱点を突くような変身もできるけど、それでもすぐにソヨギさんを戦闘不能にするのは無理。……それで、もし短時間で仕留(しと)められなかったら――」

 

「すぐに対応されて反撃される、という訳か」

 

 リウラの異能は強力ではあるものの非常に繊細であり、彼女の表面意識だけでなく、潜在意識の影響も多大に受けてしまう。

 その影響力は表面意識よりも強く、その強さは例え表面意識が異能を発動しようとしても、潜在意識が拒否すれば発動しない程だ。

 

 そんな彼女が異能を()って変身しようとする場合も、当然彼女の潜在意識の影響は避けられない。

 具体的に言うと、“自分は強い”と潜在意識に思い込ませることが出来なければ、強力な変身ができないのだ。

 

 だから、彼女は変身する前に必ず何らかのポーズを取る。

 それはリウラが自分自身に“自分は強い”と思い込ませるための自己暗示のプロセスであり、それを丁寧に行えば行うほど、強く自分を納得させることができる。

 

 歪魔族に変身した際の変身バンクもまさにそれで、凝った演出を行うほどに、そして時間をかけるほどに、彼女の異能は変身元となる生物の能力も潜在魔力もより多く引き出すことができる。

 結果として、リウラはより強力な存在へと変身できるのだ。

 

 先の変身バンク以上の時間をかけて丁寧に演出を行えば、今以上の力を得ることはできるものの、それでも限界はある。

 “ソヨギ以上の力を得る変身ができる”とは、リウラには到底思えなかった。

 

 そして、“強力な変身に時間がかかる”ということは、実質“1回の変身で仕留めなければならない”と言うことを意味する。仕留めきれなかった場合、すぐに対応方法を学習されて反撃され、逆にリウラの方がやられてしまうからだ。

 ソヨギの学習能力がもう少し低ければ、次々と弱点を突く変身を繰り返すことで対応できるのだが……流石はシズクの師匠。雫流魔闘術以上の変幻自在さと対応能力である。

 

「……女、貴様は何をしている」

 

 1人、『我関せず』と言わんばかりに、マイペースに転送魔術で取り出した大量の魔導具やその部品、そしてそれらを整備する工具を取り出して、カチャカチャと弄りだしたセシルを見て、魔王は眉をひそめる。

 

「相手は空天狐(くうてんこ)なんでしょう? なら、それに合わせた対空天狐用の魔導具を用意しないと」

 

「……奴の種族は炎狐(サエラブ)ではないのか?」

 

「その炎狐(サエラブ)の進化形の、更に進化形があれなんです。過去に一度別個体を見たことがありますが、ソヨギさんほどではないにしろ、あちらも化け物でしたよ。なにしろ身体がバラバラにされていても平然と生きていますし、生首の状態なのにほんの一瞬眼を合わせただけで、ウィル……下位の竜族くらいなら単独討伐できる方の精神を乗っ取れるくらいですから」

 

 セシルの手の中でみるみる内に魔導具が組みあがってゆく。

 魔神級の身体能力を持つ者が全力で組み上げるその様子は、まるでビデオの早回しのシーンを現実で見ているかのように不思議な光景であった。

 

「だから、彼らへの対抗策自体は考えていたんです。ただ、滅多にいない種族である上に、基本的に彼らはソヨギさんと違って引きこもりですからね。作業が後回し後回しになっていたんです」

 

「じゃあ、それを私が取り込んで変身すれば……!」

 

 リウラが期待に顔を輝かせるも、セシルは手元から目を離さないまま首を横に振る。

 

「いえ、正直5分では大したことはできません。出来合いのものを組み上げるだけで精一杯……武器が一つ増える程度です。決定打自体は別に考えなければなりません」

 

「なら、お前の頭の中にある“それ”を万全の状態で組み上げることができたなら、対抗できるのか?」

 

「無理です。私の頭の中にあるのは、あくまでも()()()()()()()()()()への対抗策です。ソヨギさん特有の、あの異常な学習能力をどうにかしない限り、どうしようもありません」

 

 その時、リウラが「あ!」と声を上げ、表情が明るくなる。

 

「そうだ! リリィがそのラ、ラ……?」

 

「ラテンニールか?」

 

 リウラが魔王を指さしながら言葉に詰まると、魔王が言いたいことを察する。

 

「そう! ラテンニールさんを倒したときみたいに――」

 

「やめておけ。確かに性魔術は格上殺しも可能だが、それはあくまでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。よく『性魔術は純粋な精神戦』などと言われるが、実際には精神力だけでなく、性魔術の経験や、魔力の多寡(たか)、性技の技量といった総合的な能力が試される……もし仕掛けるのなら、本当に速攻で仕留めなければ、あっという間に性魔術を学習し、性技の技量を上げて、逆にこちらが支配されるぞ? 敵側の戦力が増えるかもしれんことを考えれば、“ただ奇襲をかける”手を取った方が余程(よほど)マシだ」

 

 ――呪術の(たぐい)は、おそらく事前に対策されている

 ――多少戦闘力を上げたり、性魔術を仕掛けたところで、すぐに技量で上回られる

 ――ツェシュテルのような半永久的な魔力炉を持っていない以上、スタミナには限界があるだろうが、あの状態のリリィすら5分持たないのに、ソヨギのスタミナ切れまで戦闘を続けるのは現実的ではない

 ――かといって、ソヨギの目的そのものにアプローチしようにも、方法がない

 

 

 

 ……完全に手詰(てづ)まりだった。

 

 

 

「……」

 

 だが、魔王は諦めない。

 リリィから『この人を何とかする方法を考えてください』と頼まれ、ハッキリと魔王は了承した。

 魔王の名に懸けて、その約束を破ることなど………………っ!?

 

 

(……そうか)

 

 魔王は気づいた。

 

 ソヨギを倒す必要など無い。

 目的を失わせる必要など無い。()()()()()()()()()

 

 

 

 ――本当に必要なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

 

 

「そこの水精! 聞きたいことがある!」

 

「! ……なに?」

 

 魔王は、自らが分析した“ソヨギの性格”をシズクに確認する。

 ややあって、シズクはハッキリと頷いた。

 

「……うん、合ってる。あの人は大人なようでいて、実は非常に子供っぽいところがある。とても直情的で、何かに集中すると他に目がいかなくなるし、現実的なようでいて、実は理想を夢見てる……でも、それがいったい――」

 

「よし、次だ。古神よ、人をまとめる演説は得意か?」

 

「……ふむ。一応、マルドゥクらの騒動に悩まされる神々(我が子ら)(なだ)め、抑えていた経験はあるでな。最終的に抑えきれず、マルドゥクと戦うことになったことを考えれば、お世辞にも『得意』とは言えんが……まあ、兵の士気を上げる程度の事はやって見せよう。キングゥに与えた軍を鼓舞したこともある」

 

「あとは貴様だ。……リウラと言ったな? 1回だけで良い。奴を強制的に指定した場所に跳ばせるか?」

 

「……ごめん、たぶん無理。あの人、歪魔でもないのに、ものすごい空間操作に()けてるから、私が空間に干渉した瞬間に反応して対抗術式を組まれると思う。もう既に一度私の転移を目の前で見せてるから、奇襲もまず通じない」

 

「……なら、これでどうでしょう?」

 

 そういってセシルがひょいと手元で組みあがった魔導具を放り投げ、リウラはそれを受け取る。

 それは、辞書を3冊ほど重ねた大きさの金属質な箱であった。そのずっしりとした重さから、それが何らかの装置であることが推測できる。

 

「それを使えば、彼女が使う術を妨害できるはずです。ただ、空天狐の進化前である“仙狐(せんこ)”の術式を分析して創ったものだから、『絶対大丈夫』とは口が裂けても言えませんが……」

 

 セシルの言葉を聞き、リウラが内容を吟味(ぎんみ)する。

 しかし、彼女の表情は晴れなかった。

 

「……それでも、厳しい。たぶん、強制転移させること自体はできると思うけど、その前に私が転移させようとしている効果範囲から逃げられる方が先だと思う。せめて、もう1人歪魔の人が居れば……!」

 

 

 

 

「それなら、私がその役割を請け負うッスよ?」

 

 

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 フッと浮かび上がるように、何もないところから道化姿の天使が現れる。

 ニヤニヤと笑うその姿を見て、セシルは溜息をつく。

 

「……なるほど。落ち着いて考えてみれば、あなたが古神が殺されるのをみすみす見逃すわけがありませんでしたね。今思えば、あの“歪魔族を想定した結界”は貴女からの妨害を防ぐためにソヨギが張ったものだったのでしょう」

 

「どういうことだ? ……いや、それはいい。こいつは信用できるのか?」

 

 魔王が眉をひそめる。

 

 そもそもこの道化天使については、全くその素性が知れない。動機も目的も何もかもが不明なので、信用できないのだ。このままでは作戦に組み込むことなど到底できない。

 セシルやニアもそれは承知していたようで、共に“仕方がない”と言わんばかりの表情を浮かべると、すぐに簡単な説明を始める。

 

「この件に関しては信用して問題ありません。まず、私とニア……そしてソヨギは“()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “既にニアやソヨギと面識があった”ということに、わずかに驚く一同……しかし、次の言葉には度肝を抜かれた。

 

「――その目的とは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「!?」」」」

 

 セシルは語る。

 

 この世界、ディル=リフィーナは現神に支配されているが、彼らは決して全知全能でもなければ、人間達や弱者の味方、という訳でもなく、公正でなければ公平でもない。

 ギリシャ神話に近い非常に人間的な個性を持つ神々であり、その権能を使って個人々々が好き勝手しているせいで、そのしわ寄せが弱者に行くことも多いのだ。

 

 事実、そのせいでソヨギは、親代わりとなった何の罪もない男女を、現神に洗脳された末、同士討ちさせられるという凄まじい経験をしている。

 そんな現神に世界が支配されていると困るのは、ソヨギだけでなく、セシルやニアも同様だった。

 

 

 セシルの場合……どんなに栄えた国を創ろうとも、神の気まぐれで滅ぼされてしまうような不安定な状況が耐えられなかった。

 

 彼女は、闇の月女神(アルタヌー)から(こぼ)れ落ちた、神の力の一滴(ひとしずく)によって、祖国メルキアやその周辺諸国が凄まじい戦乱の渦に巻き込まれた経験がある。

 そんな神々の影響を排除し、自国の安全を確保するため、彼女は“神を軍事力として支配する”技術を求め、魔導技術による人工的な神の創造計画――魔導機神(まどうきしん)計画を打ち立てた。

 

 

 ニアの場合……彼女はかつての古神の眷属である天使族だ。

 その目的は“古神の復権”。現神を退(しりぞ)け、その後釜(あとがま)に古神を()えること。

 

 そのためには、現神を退けるための戦力として、そして退けた後にこの世界を支配する支配者として、可能な限り多くの古神を保護する必要があった。

 

 

 そう、こと“古神を護ること”に関してだけは、その目的から彼女を信じることが可能なのである。

 ティアマトが襲われていた場所の空間が、ソヨギによってグチャグチャに弄られていたのは、歪魔族に変身したリウラではなく、古神を護ろうとするであろうニアを想定したものだったのだ。

 

 

 ただし、彼女達が描いている“現神を倒した後のイメージ”は完全に(あい)いれないものだ。

 

 ――ソヨギは、自らが神となるため

 ――ニアは、古神が治める世界を創るため

 ――セシルは、神々に支配されない世界を創るため

 

 彼女達は、それぞれが全く異なる理想の世界を実現するために、現神を排除する同盟を結んでいる。

 つまり、彼女達は同盟の目的を果たした後は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ならば……互いが互いを倒すための手段を考えているのは当たり前。

 セシルが、ニアの空間転移を封じる魔導具を開発していたり、ソヨギの術を封じるための装置を準備していたのは、そのためであった。

 

 ……そして、それはニアも例外ではない。

 

「ま、そーいうこってス。私とリセルさんとソヨギさんは同盟を結んではいるものの、その思想は完全に()(どもえ)の相いれないもの……リセルさんが私の転移やソヨギさんの術を封じる手段を考えていたように、こっちも対抗手段は考えてあるッス。リウラさんの転移範囲に押し込むぐらいはやって見せるッスよ」

 

「それって、さっきのものすごく複雑な気配遮断魔術のこと?」

 

「……企業秘密ッス♪」

 

 リウラの異能は、あらゆる隠されたものを見抜く。

 今までほとんどの相手に見抜かれなかった自慢の魔術が察知されていたことを今のリウラの発言で知り、ニアは冷や汗を垂らしながら誤魔化す。

 

「……で、いったいお主は何を考えておる?」

 

「今から説明する。時間が無いから一度で把握しろ」

 

 ティアマトに(うなが)され、魔王は自分が考えた策を話す。

 すると、聞き終えるや否や、ニアが「はいはーい」と手を上げて疑問の声を上げた。

 

「それ、事前にリリィさんに言った方が良いんじゃないッスか? リリィさんて、確か魔王さんの使い魔ッスよね? 気を抜けない戦闘中なのは分かりますけど、心話を通じて説明しといた方が良いと思うッスよ?」

 

「……もう、奴と使い魔の契約は切っている。心話は使えん」

 

「うえぇ!? 大丈夫ッスか、それ!? 戦闘中のあの魔神お2人を、綺麗にリリィさんだけ避けて、ソヨギさんだけ転移させるなんてできないから“転移範囲に押し込む・押し込まない”の話をしていたんでしょ!? 下手したら転移後も2人が戦闘しっぱなしになるッスよ!?」

 

「……大丈夫。それは私がやるよ」

 

 全員の視線がリウラに集中する。

 

「できるのか? おそらくだが、ディアドラにさらわれたときに、貴様とリリィの仮契約は強制解除されているだろう?」

 

「うん。心話は使えないけど、方法は有るよ」

 

「……わかった。そこは貴様に任せる……行くぞ!」

 

 魔王が声をかけると同時、全員の姿がその場から消え――

 

 

 

 ――次の瞬間、リウラは現れた

 

 

 

 現れた場所は、ソヨギの後方50メートル先……膝をつくリリィに、蒼炎が凝縮された青い爪をソヨギが繰り出す瞬間であった。

 

「リリィ!」

 

 その掛け声に、リリィもソヨギも視線は互いから外さないものの、気配が僅かに揺らぐ。

 

 その瞬間、リウラは叫んだ。

 

 

 

てんいがおわったら、せんとうをやめて!!」

 

 

 

(……?)

 

 ソヨギが(いぶか)()に眉をひそめる。

 

 しかし、

 

 

「――!」

 

 

 リリィは大きく目を見開いて驚いた。

 

 

 リウラが叫んだ言葉は決して暗号ではない。

 一般の人々が使う普通の言語だ。ただし――

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 『リリィだけに作戦を伝える手段はないか?』と考えた時、リウラは思い出していた。

 リリィが酒場で酔った時に歌っていた歌……あれは、()()()()()()()()()()()()()()()ということを。

 

 リウラの異能は“目に見えないもの”全般を支配し、操作する。

 応用すれば当時経験したそのままの記憶……原記憶を脳内に再生することだってできる。

 

 当時は理解できなかったあの歌は――

 

 

『◆ー%ー&ー#¥~、スティルヴァ~レ~▲□÷、◎~$*~、×ー#~%~、@+■$~●~∞~∀~♪』

 

 

 ――前世の記憶が甦った今のリウラには、ハッキリと理解できた

 

 

 古神にして正義の女神――アストライアが放つ聖なる裁きの炎。

 それに呑まれ、燃え尽きてゆく愛しい男と……現神が彼女を討つ為に授けた神剣スティルヴァーレ。

 その孤独、痛み、切なさを歌う(うた)

 

 

 

 ――あれは、()()()()

 

 

 

(今!)

 

 リウラは己が異能で、ソヨギの一瞬の隙を察知する。

 

 目に見えないものを把握・操作する彼女の異能は、自身の潜在意識だけでなく、その更に深い領域……個人を越えた、集団や民族、人類に普遍的に存在する、超個人的無意識――すなわち、集合的無意識すら把握することができる。

 

 もちろん、精神操作に相手の同意を必要とする彼女に、集合的無意識を通して相手を操作することはできない。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、彼女はリリィの嘘を見抜き、(シズク)の無意識的な動きのことごとくを先読みすることができたのだ。

 

 

 それを応用すれば、たとえこの学習能力の化け物であろうと、一瞬の隙を突くくらいはやってみせる――!!

 

 

 リウラは体内に取り込み、融合した狐炎術(こえんじゅつ)妨害装置を、体内でスイッチを叩いて起動させ、転移術式を発動する。

 

「ッ!」

 

 空間に浸透する魔力に気づいたソヨギが対抗術式を構築しようとするも妨害され、仕方なく瞬時にその場から退避しようとしたその時、

 

「はい、ギューッ!」

 

「なっ……!? ニア!?」

 

 ニアに抱きつかれてその場に留められる。

 “あのソヨギに抱きつく”という、リリィですらできない偉業をあっさりとやってのけたことに、(はた)で見ていたリリィはあんぐりと口を開き、ツェシュテルは眩暈(めまい)を覚えた。

 

「っ! そうか、()()()()()()()()()()――!」

 

「やっぱ、バレちゃったッスか……でも、これでこっちの勝ちッス!」

 

 神々からすら隠れることのできる神殺し直伝の気配遮断術式……それをアレンジしたニア独自のこの魔術は、看破(かんぱ)された以上、二度とソヨギ相手には使えないだろう。

 

 だが、ニアにとってはそれで問題ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

 

 

 

 ――転移術式、起動

 

 

 

 

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