水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第十章 決戦 後編

 迷宮と融合し、天を()く巨人となった魔王の口が大きく開き、その前方の空間が大きく光り輝く。

 

 シルフィーヌ達が絶望とともに、今までで最大級の魔力砲が発射されるのを見届けるしかなかったその時――

 

 

 

「……貴様にしては随分(ずいぶん)と雑な攻撃だな。どうやらその肉体は貴様には過ぎたものであったらしい」

 

 

 

 ――青い肌の魔族の背が、かつて人間族を追い詰めた宿敵の生まれ変わった姿が、その射線を(さえぎ)った

 

 

 

 強大過ぎる魔力に正気を失った魔王(ディアドラ)が放つ魔力砲を、本来の肉体の持ち主である魔王が(はば)む。

 

 ――魔力(ちから)まかせに放たれる魔力砲

 ――それを強固な城壁の如く遮り、散らす、複雑な紋様を描く魔術障壁

 

 かつての彼らとは真逆の攻防を崩すは、メルキア帝国の決戦兵器たる巨竜の咆哮(ほうこう)

 

 

 

 ――竜咆(りゅうほう) ペルソア歪波動(わいはどう)

 

 

 

 灰銀に輝く鱗を持つ竜……セシルが轟音と共にブレスを撃って辺りを光で埋め尽くす。

 その威力は迷宮内でシルフィーヌが見た(ツェシュテルを融装していた)時と比べれば大分落ちてはいるものの、ブレスは巨人の(あご)に直撃してその軌道を強制的に変更し、魔力砲は空の彼方へと消え去った。

 

 シルフィーヌ達が呆然としている間にも、状況は次々に目まぐるしく変わっていく。

 

 

『あまねく世に生きる全ての勇者よ、よくぞここまで勇敢に戦った』

 

 

 神威を感じさせる女性の声が頭に響く。

 その声は慈愛と母性に満ちており、“この世界に存在する、ありとあらゆる生命を我が子のように愛している”ことを直感的に理解させた。

 

『我はこの迷宮の土着神、塩の(かんなぎ)。今こそ汝らに我が加護を授けよう。我が使いとともに今一度勇気を奮い、我が領域を侵し、奪い取った魔王を共に倒そうぞ!』

 

 直後、一帯に淡く柔らかな光が降り注ぎ、シルフィーヌ達の身体に触れる。

 すると、ぼうとシルフィーヌ達の身体が淡い光に包まれ、温かさとともに石化が引いてゆく。

 

「これは……いったい……?」

 

 シルフィーヌ達が立ち上がると、そこに魔王がコウモリの翼を羽ばたかせて降りてくる。

 彼の背から生えているのがオクタヴィアの翼であることに気づきつつ、シルフィーヌは身構える兵達を手で制し、自ら彼に近づいていく。

 

「まぉっ……いえ……」

 

 とっさに『魔王』と呼びそうになってしまったが、ここで彼をそう呼んだら、巨人の方の魔王と合わせて魔王が2人居ることになってしまう。

 事情を知っている一部のユークリッド兵やエステルならばともかく、それ以外の兵に()らぬ混乱を生むだろう。

 

 シルフィーヌが言いよどんだのを見て事情を察すると、魔王は言った。

 

「私の事は“アナ”と呼べ。姫よ、助けに来たぞ」

 

「助けに来てくれたのはありがたいのですが……状況を説明していただけますか?」

 

 魔王――いや、アナは周囲の兵へ一瞬だけチラリと視線をやる。

 その様子から“周囲の者に聞かれるとまずいことなのだ”とシルフィーヌは理解した。

 

 (あん)(じょう)、彼は口で話す内容とは別に、心話(しんわ)で詳細な状況を説明し始めた。

 彼の魔力と意思が伝わってくる右手の小指を見れば、いつの間にか一筋の銀髪が絡みついている。おそらく、この髪を通して心話を行っているのだろう。

 

 

 

 

 

 魔王アナがリリィとの約束を思い返していた時、彼は1つの矛盾に気づいた。

 

 アナは、『ソヨギを何とかする方法を考えて欲しい』という“リリィとの約束を守る”ために動いている。

 

 なぜ、彼は約束を守るのか?

 

 その理由は、自身の使い魔が命を懸けて稼いでくれた時間を無為にすることを、“主人ならばできる”という信頼を裏切ることを、彼の“魔王としての誇り”が許さないからだ。

 

 だからこそ彼には“リリィを見捨てて逃げる”という選択肢が存在しない。“魔王としての誇り”という極めて個人的な感情が、彼を縛っているからだ。

 

 同じように考えてみよう。

 

 ソヨギは、自らが“悪”と判断した古神(いにしえがみ)である“ティアマトを殺し、喰らう”ために動いている。

 

 なぜ、彼女はティアマトを殺し、喰らおうとするのか?

 

 その理由は、彼女がこの世界唯一の神になり、神々の身勝手な行為に巻き込まれる不幸な人々を救うため。

 そして、自らが“悪”と判断したティアマトが人々を不幸にする前にこの世から消す為だという。

 

 ならば、なぜ――

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 実際の彼女は目の前の古神を殺すことに躍起(やっき)になって、民の事が頭から消し飛んでいる。

 先の前提と明らかに矛盾しているが……魔族である魔王には、すぐにその理由が理解できた。

 

 

 ――それはおそらく……彼女が“共感”や“理想”ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 彼女が唯一神になろうとする原動力――それは両親を奪った神に対する復讐心だ。

 だから、同じようなことをしている魔神や神を見ると、彼女の中の復讐心が燃え上がり、その魔神や神を徹底的に攻撃する。

 

 つまり、力を得るために魔神らを喰らうのも、その結果として人々が救われるのも、単に彼女の復讐心を(なぐさ)める代償行為の副産物に過ぎないのだ。

 “神に成り代わり、悪を裁く”なんて一見お綺麗なお題目を掲げてはいるものの、それは自身の復讐を正当化するためのつたない言い訳でしかなく、復讐を成す上で犯した罪から目をそらすために自分自身についた嘘に他ならない。

 

 だからこそ、目の前に復讐すべき対象が居た時、彼女は冷静さを失い、それ以外が目に入らなくなる。まず目の前の相手を満足するまで痛めつけないと、復讐心に狂った彼女は自分自身を止めることができないのだ。

 “自分を酷い目に()わせた奴に復讐したい”、“自分に不快な思いをさせる(やから)に八つ当たりしたい”……魔族であれば極めて自然なその思考は、魔王アナにとって実にトレースしやすい考え方であった。

 

 

 そして、ここで重要なことが1つ……それは、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”ということ。

 

 

 封印から解放されたばかりの彼女は、単にディル=リフィーナの現状を知らないがために、ソヨギの言うことを鵜呑(うの)みにせず、判断を保留しただけに過ぎない。彼女自身が弱者を虐げたり、あるいは虐げられているのを見て見ぬ振りしたりしていた訳ではないのだ。

 ソヨギがティアマトを攻撃しているのは、復讐心に目が曇り、“自分の意見を否定する神=今の現神(うつつかみ)と同じ”と思いこんだからなのである。

 

 ならば、話は簡単だ。

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 すると、“神が弱者を庇護し、慈しむ”という彼女にとって本来あるべき理想の光景ができあがる。

 そうなれば、もう彼女はティアマトに手を出すことができない。なぜなら、“自らの個人的な復讐心で、理想の光景を破壊する”ということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 “両親の仇と自分が同類になる”などという、ソヨギからすれば身の毛もよだつ状況……そんなもの、彼女は自身の舌を噛み切ってでも受け入れる訳にはいかないだろう。

 

 “極めて個人的な感情”で動く彼女を縛るために最も効果的なもの……それもまた、“極めて個人的な感情”だった、というわけだ。

 “極めて個人的な感情”である“魔王としての誇り”に縛られている……というよりも、“()()()()()()()()()()()()()()()()魔族の王であるアナは、それを誰よりも良く理解していた。

 

 そして、おまけでアナやリリィ達を彼女の“使い”……“天使のようなもの”として扱えば、自分達もその攻撃対象から外れる。

 魔王は(わず)か一手で、自分達全員をソヨギの攻撃対象から外してしまったのだった。

 

 

***

 

 

 ――これは、なんだ?

 

 

 ソヨギは自失していた。

 

 ニアとともに迷宮の外へ跳ばされた直後、急にリリィもリウラもニアも、なぜかソヨギを無視して目の前の巨大な人型創造物――戦闘前に聞いた会話から、迷宮を取り込んだ魔王の肉体だろう――へと向かっていった。

 いったいどんな策を考えたのかと、術で空に浮かびながら周囲へ感覚を()ぎ澄ませた瞬間、ソヨギは固まった。

 

 

 

 ――不可視化したあの古神が、眼下にいる人々へ語りかけ、鼓舞し、加護を与えていた

 

 

 

 ……見事な策だ。

 

 確かに、この状況でティアマトに手を出すことは、ソヨギにはできない。

 このまま彼らの守護神としての地位に収まれば、ティアマトが彼らに不当な扱いを()いない限り、ソヨギはティアマトに手を出せないだろう。

 

 だが、そのこと自体は別に問題ない。

 自己の安全のために弱者を利用するなど、ソヨギが最も嫌う行為。()()()()()()()()()()()()()()()()()()これらの行為が行われたのであったのなら、彼女は冷静でいられた……なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、複数の共感覚を持つ彼女の感覚器が、正確にティアマトの感情の色を捉え、ソヨギに伝えてくるのだ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 

 

 ――それは、()()()()()()ソヨギがイメージする“理想の神の()(かた)”だった

 

 

 

 そして、驚愕によって復讐心が一時的に薄れた今だからこそ、ソヨギは気づくことができた。

 ティアマトがソヨギへと向ける目。そこには警戒こそ含まれていたものの、怒りや憎しみといった負の感情が一切ない。

 

 そこにあったのは……

 

 

 

 ……母が子を(しか)る時に見せる、“愛”の色しか見えなかった。

 

 

 

 信じがたいことに、ティアマトは自らを殺そうとした()()()()()()()()()()()

 “ソヨギが誤った方向へ行かないように”、“幸せになれるように”と叱ってくれていた。

 

 一瞬、ティアマトのまなざしが、かつて炎狐(サエラブ)だった頃の彼女を叱ってくれた(サティア)のそれとかぶる。

 

「……ぇ? …………ぁ、…………ぇ?」

 

 もう、ソヨギには訳が分からなかった。

 

 だって、アイツは『今も苦しんでいる人たちを放っておいて、話し合え』なんて言っていたではないか。

 今感じているアイツの感情は本当か? 自分の感覚器が騙されているのではないか? ……今も感じ、伝わる愛情を否定したくて、ティアマトが敵である理由をソヨギは必死に探す。

 

「古神さんを信じてあげて」

 

「……え?」

 

 いつの間にか(そば)に居たリウラが、ソヨギを安心させるように微笑む。

 

「私からの……お願い」

 

 リウラが言ったのは、たったそれだけだった。

 それだけで充分だった。

 

 

 ――本人が信じるか否か……問題はそれだけなのだから

 

 

 リウラが再び巨人へと向かって飛び去った後も、ソヨギは呆けたようにその場から動くことはなかった。

 

 

***

 

 

「……大丈夫なのかしら」

 

 迷宮と融合した魔王の肉体へ向かって翼を羽ばたかせるリリィが背後を振り返り、呆然と空中に立ち尽くすソヨギを見ながら不安そうに言う。

 

 別にソヨギの心配をしている訳ではない。

 ソヨギを放っておいて、もし恥も外聞もなく自分(リリィ)を含めた味方が攻撃されたら……と、あれほどの実力を持つ相手に背を向けることを不安に思っているのだ。

 

「大丈夫だよ」

 

 しかし、そんなリリィに、なんの(うれ)いも無い笑みを浮かべて、リウラはハッキリと断言する。

 

「? なんでわかるのよ?」

 

「だって、少しずつだけどソヨギさんの心が優しく、温かく変わっていってるから」

 

 集合的無意識を通して感じられるソヨギの心……それが、大きな“戸惑(とまど)い”、“困惑”の中で、少しずつ“憎しみ”の色が薄れ、“許し”と“親愛”の色が生まれているのを感じる。

 この分ならば、今すぐティアマトや自分達を攻撃することはないだろう。……ひょっとしたら、友達にだってなれるかもしれない。

 ハッピーエンドの予感に、リウラはワクワクとした想いが抑えられなかった。

 

 嬉しそうな姉の姿に、リリィは“仕方ないわねぇ”とでも言うように軽く溜息をつくと、気を取り直して言う。

 

「……ま、お姉ちゃんがそう言うなら、信じるわ。……さて、じゃあ、あのデカブツを何とかしなきゃね」

 

「うん! ……あ、その事なんだけど……」

 

 リウラがちょいちょいとリリィを手招きし、その可愛らしい猫耳に口を近づけ、手を添えて、魔王アナの策を耳打ちする。

 ややあって、リリィは一つ頷いて了承の意を示すと、巨人族ですら赤子に見えるほどの巨体……その足元へと視線を移した。

 

 そこでは、石化が徐々(じょじょ)に治りつつある、エステルをはじめとする勇者や戦士たちを、はぐれ化したアイが凄まじい速度で抱え、安全な場所へ避難させようとしていた。

 リューナの傍にあの人形(魔導巧殻)が浮いていないところを見るに、アイが人形を取り込むことではぐれ化するためのエネルギーを確保し、昇華したのだろう。

 確かに避難させるためには、人形を直接使った魔術的な破壊力よりも、アイの常識離れした速度の方が重要だ。

 

 リリィは、アイに向かって大きく叫ぶ。

 

「今から私達がコイツをどうにかするわ! 全員、お姫様の方へ退避させて!」

 

「……!」

 

 こちらを向いたアイがハッキリと頷き、進路を変える。

 そして、避難済みのリューナや戦士たちと合流すると、彼らの居る地面がズルリと滑り、アイを含めた全員をベルトコンベアーのようにシルフィーヌ達の元へと運んでいった。

 

 ……前々から思っていたが、地味に便利な娘である。

 

「……よし、ツェシュテルさん。最後の一仕事といきましょうか!」

 

(……うん。……でも、その前に少し待ってちょうだい)

 

「……? まあ、少しなら」

 

 リリィは頭に疑問符を浮かべるも了承し、それを聞いたツェシュテルは神妙な声音で心話を繋げた。

 

(マスター、聞こえる? お願い、()()()()()()()()()()!)

 

「え!?」

 

 目を丸くするリリィをよそに、ツェシュテルの生みの親であり、真のマスターであるセシルとの会話は続く。

 

(……そう、見つけられたのね?)

 

(ええ、リリィが私の(つか)えるご主人様よ)

 

(……ちゃんとリリィの許可は取った?)

 

(う゛っ……!? さ、最初に私を求めてきたのはリリィの方なんだから、私を拒否する訳ないでしょ!? だいたい、リリィは私に大きな借りがある訳だし……!)

 

(ダメよ? ちゃんと許可を取らなくちゃ……でないと、本当に心が繋がった主従にはなれないわよ?)

 

(~~~~~~っ!!)

 

 凄まじい葛藤(かっとう)がセシルの心と……ついでに仮マスターとして繋がっているリリィの心にまで伝わってくる。

 たかだか許可を取るだけの事なのに、何をそんなに躊躇(ためら)うのか……そして、なぜそんな(ツェシュテル)の様子を見て微笑まし気な雰囲気がセシルから伝わってくるのか。

 

 ややあって、仕方なく……ほんっと~~~に仕方なく、っといった悔しそうな……それでいて、必死な声がセシルに返る。

 

(……わかったわよ。たとえ今認めてもらえなかったとしても、絶対に認めてもらえるまで諦めないわ……だから、お願い!)

 

 彼女の願いに、セシルは真摯に応えた。

 

(うん、わかった。……リリィさん、うちの子をよろしくお願いします)

 

(願ってもないことだけど……良いの? この娘、機密情報の塊じゃない?)

 

(うちの子を売り飛ばすような人だったら、そもそも許可なんてしませんよ。……それに、あなたは元々“うちの子と相性良さそうだなー”と()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(………………………………はい?)

 

 

 

 何やら聞き逃せない単語(ワード)が飛び出したような……?

 

(リリィさんって、身内にすっごい甘いタイプですよね。いったん身内にしちゃったら、たとえ世界を敵に回そうが、多少倫理観に問題があろうが、味方になってくれるタイプ。リューナの話を聞いたときも思いましたが、実際にリリィさん達の戦っている姿を見て確信しました。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ツェシュテルでも受け入れて、しかも何かあったら護ってくれそうだな~とは思っていたんですよ)

 

(え……、え……!?)

 

 初めて耳にするツェシュテルの創造理由に、子竜が生まれた時にも似た“厄介ごと”の匂いを嗅ぎ取り、リリィの額を汗が伝う。

 “リリィの許可を取ること”に、ツェシュテルがあそこまで葛藤していた理由を、彼女は少なくない動揺とともに理解した。

 

(おまけに、“魔王が創造した使い魔”で“睡魔(すいま)”だっていうじゃないですか。ツェシュテルは生物でありながら黎明機関(れいめいきかん)の出力に耐えられるよう、魔神の細胞を基に(つく)ったんですけど、私が唯一細胞を採取できたのが“色欲の魔神アスモデウス”だったせいで、最大出力……黎明機関を起動させると、魅了の魔力が制御できずに暴走して主を狂わせてしまうんですよ。なので、“もしかしたらリリィさんなら耐えられるんじゃないかな~?”って、リューナの話を聞いたときに思ったんです)

 

 セシルが出会ったことのある魔神で、唯一戦闘となったのが、ユイドラの工匠であるウィルフレドとともに戦った色欲の魔神アスモデウスであった。

 戦闘の際に武器に付着した魔神の血液や肉片を、歪竜(わいりゅう)作成の技術を応用して培養し、魔導兵器を融合させて創り上げたのが“魔導巧殻(まどうこうかく)ツェシュテル”である。

 

 しかし、彼女に組み込んだ動力炉を起動したところで、問題が発生した。

 

 魔焔反応炉(まえんはんのうろ)程度なら問題はなかったのだが、黎明機関を起動すると、魅了の魔力が暴走……アスモデウスの司る大罪“大いなる色欲(ルクスリア)”の象徴たるサソリの幻影として具現化し、主に()りついて狂わせてしまう。

 セシルが改造を施しても、ツェシュテルが訓練してもなかなか制御できず、彼女達は困り果てていた。

 

 そんな時、古き親友の生まれ変わりであるリューナがやってきて、教えてくれたのだ。

 

 

 

 ――“とても仲間想いで優しい、魔王が創造した睡魔の子が武器を必要としている”、と。

 

 

 

(だから、ツェシュテルと同じ素材を基にしつつ、わざと魔力を暴走させた剣を渡して試してみたんですよ。『リリィさんなら、耐えられるんじゃないか?』って。最初は『あ、こりゃダメかな?』と思って、『そろそろ取り上げて別の連接剣を渡そうかな?』と考えてたんですけど……見事にその支配を跳ね除けるどころか、“剣の本能”とでも言うべきものを喰らって取り込んでしまうなんて予想以上の結果を出されたら、そりゃもう認めるしかないですよね)

 

(ちょっ……!?)

 

 この世界には、セノセラスという巨大な巻貝の魔物に代表されるような“精神を持たない生物”が存在する。

 

 セシルによって創造されたルクスリアは、彼らと同様に、精神を持たず、本能によってのみ行動する生ける魔剣だ。

 いわば“心を持たない劣化ツェシュテル”であり、“ツェシュテルの主足りうるか”を判断するための実験道具だったのである。

 

(だから、“リリィさんが如何(いか)に相性ピッタリか”ってことをツェシュテルに理解しやすくさせるために、先に他の人を仮のマスターにさせてみたりとか……まあ、同じ土精(つちせい)のアイさんや、クリエイターの力を最大限に発揮できるだろうリウラさんも“相性良さそうだな~”と思って選んだところもありますけど)

 

(待っ……!? はぁっ!?)

 

(それじゃ、ツェシュテルのこと、よろしくお願いしますね! マスター権、放棄!)

 

(待ちなさいよ、アンタぁああああああぁぁぁぁぁあっっっっ!!!?)

 

 プツン――とセシルとのリンクが切れる感覚。

 どうやらツェシュテルのマスター権を破棄されたせいで、つながりが切れたらしい。

 

 リリィの脳裏に、当時の様子が甦る。

 

 ――『私は誰彼かまわず強力な武器を渡すつもりはありません。その条件に、“あなたが善人であるか、悪人であるか”は問いません。私が創った武器を振るう条件は2つ。“武器に振り回されない実力”と、“強力な武器の力を己の力と勘違いしない精神力”』

 

 なるほどなるほど。確かに、神々に対抗して平和を築くために創られた兵器の主になるのに、善悪を気にしてはいられないだろう。

 ツェシュテルの力に振り回されるような未熟者も、ツェシュテルの力を自分のものと勘違いする者も、彼女の主には相応(ふさわ)しくない。

 

 ――『“その子”を握り、従えてみせてください。もし、それができたのなら、無償で“()()()”をお譲りしましょう』

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()……と。

 

 つまり、あの言葉は魅了剣ルクスリアのことだけを指していたのではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ……なんのことはない。セシルは()()()()()婿()()()()()()()()()()()()

 

 

 リリィの味方をしていたのも、娘の婿(むこ)の条件を満たすであろう良物件だから。

 “さあ、神々に対抗できる兵器を創ってやるぞ”なんて罰当たりな女性なのだ。今更、国の1つ(ユークリッド)2つ(ゼイドラム)と敵対したところで何とも思わないし、何やら同盟っぽいものを結んでいたらしい道化姿の天使とも平気で敵対するだろう。

 

 リリィは今更ながらに、セシルが無条件で味方になってくれた理由を理解した。

 

(ッ……! アンタの母親、良い性格してるじゃない!)

 

(その……なんか、ごめん)

 

 珍しく殊勝(しゅしょう)に謝るツェシュテル。

 さすがに、アレはどうかと思ったらしい。

 

(そ、それで……その………………どう、なのよ?)

 

(はい?)

 

 妙に歯切れ悪く、曖昧な言い方をするツェシュテルに、リリィは首をかしげる。

 

(だからっ! わ、私のご主人様になってくれるの!?)

 

(……)

 

 頭に響く声色(こわいろ)から、顔を真っ赤にして涙目でリリィを(にら)むツェシュテルの姿が容易に想像できて――

 

 

「あははははははははははははははははははっっっ!!!」

 

 

 リリィは、盛大に、声に出して笑った。

 

 

(ちょっ、なに笑ってんのよ!?)

 

「ごめん、ごめん。いや~、アンタ、ほんっと可愛いわね」

 

(かわ……っ!?)

 

「……オーケーよ、()()()()()()。」

 

(~~~~ッ!?)

 

 当初は静かに暮らすためには邪魔だった“魔王の使い魔”なんて肩書も、創造主である魔王から使い魔として認められた今はとても誇らしく感じているのだ。

 “対神兵器の使い手”という肩書くらい、背負って見せねば“魔王の使い魔”の名が(すた)る。

 

 

 ――それに……何よりもリリィ自身が、この可愛らしくも頼もしい少女の友であり、主でありたいと願っているから

 

 

 ツェシュテルの“認めてもらえた”という嬉しさに満ちた感情が、繋がりを通して伝わってきて、自然と優しい笑顔が浮かんでくるのを感じつつも、リリィは彼女に改めて確認する。

 

「でも、本当に私で良いの? 世界は広いわ。ひょっとしたら、ソヨギや()の有名な神殺しみたいに、私よりずっと凄い人たちが他にいるかもしれないわよ?」

 

(そんなの知らないわよ。もちろん、あなたの強さに()かれたのは事実だけど……一番の理由は“私の心が貴女(あなた)を選んだから”よ)

 

「“勘”ってこと?」

 

(“()()勘”よ)

 

「そう……なら、仕方ないわね」

 

 ツェシュテルの真のマスターとなったリリィに、秘匿されていた全ての情報が流れ込む。

 リリィは、ゆっくりとルクスリアを頭上へと掲げて言った。

 

 

「魔導巧殻……いえ、()()()()ツェシュテル……あなたの主、リリィが命じるわ」

 

 

 魔導巧殻とは、“魔導”技術によって創られし、“(こう)()を極めた、晦冥(かいめい)の雫を納めるための“(から)”である。ツェシュテルにその名の由来は当てはまらない。

 魔導巧殻という名は、彼女の正体を隠すためのカモフラージュ。

 

 彼女の正体は、セシルが魔導技術と魔法技術を融合させることによって生み出された、“機械仕掛けの神”。

 神々の、魔神の、先史文明の遺産の……あらゆる脅威から主を、そして主が大切に想うものを護るために生み出された、忠実なる(ほこ)にして盾。

 

 

 

 ――魔導機神(まどうきしん)ツェシュテル

 

 

 

 彼女は、忠誠を誓う主からの命を、耳を澄ませて待ち望む。

 

「魔王様の肉体を好き勝手に操る不届き者を、私の手となり、足となって滅ぼしなさい」

 

(了解……()()()()

 

 ツェシュテルの声が響いた途端、リリィの(まと)う鎧が液状に(ほど)け、掲げられたルクスリアの刀身へと吸い込まれてゆく。

 

 魅了剣ルクスリアの構成素材は、ツェシュテルとほぼ同じだ。

 その大部分はMP鋼と……元智天使の堕天使にして、ソロモン72(はしら) 序列32位の大いなる王――色欲と秘術を司る魔神、アスモデウスの細胞からできている。

 

 

 ――なら、ツェシュテルがそれを喰らい、融合することも可能だ

 

 

 刀身が吸い込まれるような紫黒(しこく)から、星空のようにキラキラと輝く銀がちりばめられた紫紺へと変わる。

 柄が黒を基調に金で細工されたシックな意匠へと変化し、その刀身に一瞬、ぼんやりと紅いサソリの幻影が浮かび上がる。

 

 そして、ツェシュテルがルクスリアと融合するのならば、ルクスリアの本能を取り込み、一心同体と化しているリリィに影響が出ないはずがない。

 リリィの黄金色の長髪が頭頂部から一瞬にして紫銀に染まり、血のように赤かった瞳が、毒々しい金へと変わる。

 

 

 ――それは、ツェシュテルの(もと)となった魔神……アスモデウスと同じ髪と瞳の色であった

 

 

 睡魔らしい……いや、睡魔以上に妖艶な笑みを浮かべたリリィは、静かに、そして厳かに自身の剣にして盾、杖にして鎧たる相棒に命を下した。

 

 

 

 ――黎明機関、起動

 

 

 

 魔導機神ツェシュテルの真のマスターのみに許された、持ち主の力を神域に押し上げる動力炉が唸りを上げる。

 

 すると、高まる異常な魔力に反応したのか、断崖のようにしか見えないほど巨大な魔王の肉体から、メキメキと音を立てて翼持つ悪魔が無数に生まれ、リリィを包囲する。

 ガーゴイル……いや、魔王の肉体が混ざっていることを鑑みるに、肉人形(フレッシュゴーレム)といったところか。

 

 1匹1匹からエステルにも匹敵する魔力が感じられるが……

 

 ニヤリとリリィは笑う。

 

 

 

 ――今の、私達の敵ではない

 

 

 

 リリィは鎧の作成を命じることすらなく、心話で望む武器のイメージを伝え、ツェシュテルはそれを汲んで、必要な武装を解凍。

 夜空を思わせる連接剣は溶けるように形を変え、両端に(おもり)のついた鎖――流星錘(りゅうせいすい)と化す。

 

 リリィは鎖を(つか)んで円を描くようにクルリクルリと錘を振り回す。

 やがてヒュンヒュンと音を立てて速度を上げていくにつれ、徐々に回転範囲を広げ、突如(とつじょ)、その錘の軌道が変化する。

 

 指先、肩、腰、肘、頭……全身のあらゆる部分を使って鎖の支点を変えることで、錘の速度と軌道を変化させ、両端の錘は変幻自在に動き、ゴーレム達にその軌道を読ませない。

 

「ハッ!」

 

 ガガガガガガガガガッ!!

 

 次の瞬間、ゴーレム達が立て続けに破壊される。

 MP鋼の特性である質量操作により、鎖が一瞬にして伸び、錘が大きさをそのままに質量を増加させ、軌道上にあったゴーレム達を砕き散らしたのだ。

 

 リリィは翼持つゴーレム達の中で舞い踊る。

 リリィから伸びる鎖が、あまりの速度に影だけを残して宙を飛び、ガラス細工のように軽々とゴーレム達を砕いてゆく。

 それは(リウラ)へと向かうゴーレム達も例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 リリィが創りだした安全な時間と空間。

 それを利用して、リウラは魔王の肉体を止めるための変身を行う。

 

 今の彼女に必要なものは、スピードでもなければ応用の効く能力でもない。大地そのものが隆起したと言える大質量にも通用する、圧倒的な出力(パワー)だ。

 瞑目(めいもく)したリウラは自分の中に、そのパワーが生み出せるイメージを探す。

 

「……」

 

 しかし、なかなか見つからない。

 

 おそらくソヨギであれば簡単に発揮できるし、リウラの体内に空天狐(くうてんこ)の因子は存在しないものの、炎狐(サエラブ)と他の生物を組み合わせて、それらしい能力を再現することはできるだろう。

 しかし、あまりに隔絶した実力差から、“自分がソヨギに変身できる”と彼女は信じることができなかった。

 

 リウラの異能は無意識の影響を多大に受ける。

 自分が“変身できる”と信じられない者に変身することはできない。

 

(……ううん、そうじゃない。誰かをマネするんじゃダメなんだ。それじゃあ、その人以上にはなれない。私にとって、最も強く、印象に残ったイメージ……それを再現するような変身……)

 

 リウラにとって最も強く印象に残る“破壊”のイメージ……それは――

 

 

 

 

 ――お姉ちゃん、お願い……! お父さんと、お母さんも救けて……!!

 

 

 

 

 それは、未だ癒えない心の傷。

 彼女が家族を失うことを恐れ、“人を救いたい”と願うこととなった原点。

 

 姉に背負われて崩壊する飛行機から逃れつつ見た、人も荷物も草木も全てを燃やし尽くすその光景……それは水瀬(みなせ) 流河(るか)という少女の中で“何よりも恐ろしいもの”として定義されていた。

 

 リウラの頬を一滴の雫が(つた)い……そして、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ――直後、リウラの身体が巨大な紅蓮の渦に包まれた

 

 

 

 

「ああああああぁぁあぁああああぁああああぁっっっ!!!」

 

 

 悲しき過去を、大切な人を救うための力に変えて、少女は生まれ変わる。

 その身を包む轟焔は、はるか後方にいたシルフィーヌ達にもうかがえるほど凄まじいものだった。

 

「……(あわ)れよな」

 

「え?」

 

 神託(しんたく)を聞く役目を(にな)っているためだろうか。シルフィーヌのみに聞こえたティアマトの(つぶや)きを拾い、シルフィーヌが思わず声の聞こえた方向を見上げる。

 姿を消しているはず……しかし、シルフィーヌの眼にはハッキリと映っている原初の母たる古神は……リウラを包む炎を見て、悲しそうに眉をひそめていた。

 

「わからぬか? あの(むすめ)が纏う炎は、呪いのそれよ。“心の傷の具現化”と言い換えても良いかもしれん……泣いておるのだ、奴は。『苦しい、悲しい、寂しい』……とな。そんなものを武器にせざるを得ん奴が、我は哀れで仕方がない」

 

 リウラを包む業火の渦が掻き消えた。

 

 現れた姿を見て、シルフィーヌは思わずつぶやいた。

 

「人、間族……?」

 

 今までのリウラの変身は、必ず“水精(みずせい)の身体”の上に“融合した種族の特徴”が表れるという形で行われていた。

 

 しかし、今回はそうではない。

 

 “リウラ”ではなく“水瀬 流河”の記憶を基に再構築した肉体……ならば当然、その肉体のベースは水精ではなく人間のものとなる。

 

 熱い熱い……流河の大切なもののほとんどを奪った燎原(りょうげん)の火。

 その“印象”を再現するため、リウラの異能は様々な火属性の魔物やクリエイターを顕現させていた。

 しかし、その姿は四大守護竜の一角――火竜ウェルシュを主軸に据えていたため、どこか竜に近い容姿へと変わっている。

 

 熱したガラスのように光を放って輝く角は頭部から大きく反り返るように伸び、後ろでひとくくりにまとめられた長い髪は真っ赤に染まっている。

 肩口から手の甲まで紅い鱗でおおわれ、纏う衣装はやや黒みがかった真っ赤なドレスと、足から膝上までを覆う黒いブーツのみ。

 そして、その背では堕天使でも顕現したのか、鴉のように黒々とした立派な鳥の翼がバサリと羽ばたいた。

 

 閉じられていた(まぶた)が開き、新緑(しんりょく)に淡く輝くリウラの瞳が(あら)わになる。

 リウラはゆっくりと身体を半身に構え、右手を前へ差し出す。……すると、太陽のように(まばゆ)い閃光がその(てのひら)の前に(とも)る。

 

 姉の準備が終わったことを確認したリリィが、ツェシュテルを流星錘から元の連接剣の姿へと戻し、大上段へと掲げる。

 黎明機関が生み出す莫大なエネルギーが刀身から溢れ、リウラの右手にも負けない輝きを放つ。

 

 

 

 ――呪譚(じゅたん) 喪失(そうしつ)悲焔(ひえん)

 ――魔導接技(まどうせつぎ) 黎明魅了剣(れいめいみりょうけん)

 

 

 

 リウラが右手で輝きを握り潰した瞬間、魔王の肉体の全身が輝き出し、黄金色の炎に覆われる。

 

 

 ――それは、流河が大切なものを奪われた過去の再現

 

 

 魔術よりも呪術に近いその炎は、リウラの任意の場所にて発火し、その構成素材のみならず、精気や精神力も含め、“()()()()()()()()()()を燃やす”ことによって、その存在を保つ。

 そしてリウラが指定したものを燃焼し尽す(が全て失われる)まで、決して消えることはない。

 

 

 リリィが振るうツェシュテルの刀身連結が()かれ、その質量操作能力を活かした、はるか地平の彼方へと伸びる斬撃が瞬く間に魔王の巨体を切り刻む。

 

 リリィとツェシュテルの共鳴によって引き出され、黎明機関によって強化された魅了能力は、精神を持たぬ無機物すらも(とりこ)にする。

 斬撃を受けた切断面には無数の紅いサソリが這いまわり、リリィの命を受け、魔王本人の意思を無視してその再生能力を停止させる。

 

 いくら無限の魔力があろうとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それどころか、サソリは切断面から他の細胞へと足を延ばし、徐々に徐々に他の細胞へと浸食……魅了範囲を拡大してゆく。

 

 “このままではまずい”と考えたのか、魔王が(はし)も見えないほど巨大な拳を大きく振りかぶる。

 

「させんぞ」

 

 ニヤリと笑いながらアナが言うと、その背から爆発的に増え、伸びた触手が怒涛(どとう)となって魔王の身体を這いあがり、貫き、その巨拳が振り下ろされる前に縛り上げる。

 

 ならば、と魔王は大きく口を開け、巨大な魔力塊を生み出す。

 

 しかし、突如として魔王を覆うように展開された巨大なドーム状の立体型魔法陣が展開され、直後、その魔力塊は雲散霧消した。

 

 

「――()()()()()!」

 

 

 リウラが嬉しそうな声を上げて振り向くと、ソヨギは未だ悩み、苦しむ表情を見せつつ言った。

 

「……正直、まだ私には分からない。あなた達を信じるべきなのか……そして、私はどうするべきなのか……。でも、コイツを暴れさせていたら、不幸になる人が出てくる。それだけは分かるから……!」

 

 次々と目まぐるしく変わる展開に、今まで戦っていた人間族の軍や、迷宮の戦士たちが呆然としていると、天から大量の水に乗った氷の彫像のような美しい竜が、キラキラと輝きながら大地へと降りてきた。

 

 やがて、氷竜はシルフィーヌとエステルの前にゆっくりと降りると、その背から瓜ふたつの2人の水精がふわりと降り、それぞれがシルフィーヌとエステルに手を差し出した。

 

「ゼイドラムの姫……勇敢なる騎士、エステル様」

 

「ユークリッドの姫……聖なる巫女、シルフィーヌ様」

 

「「今こそ、あなた達の力が必要です。どうか、私達と共に来て、魔王を倒すために力をお貸しください」」

 

 厳かに、しかし親しみを感じさせる笑顔でそう告げる水精達。

 

 

 

 

 ……しかし、その内心は非常にキャピキャピとした興奮に満ちていた!!

 

 

 

 

(レインちゃん、レインちゃん! 今、私達すっごく輝いてるよね! これ、伝説になっちゃうよね!)

 

(“もち”よ、レイクちゃん! 明日から私達は人気者ね! 後でサインの練習しとかないと! いや~、まいっちゃうね! カッコいい役目をくれたリウラちゃんに感謝だね!)

 

(ぬし)ら……………………いや、もう何も言うまい)

 

 お互いの片耳に張った水の膜を振動させることで、心話なしで会話する双子。

 その水の振動を感じ取ることで、その気の抜ける会話を傍受(ぼうじゅ)してしまったフリーシスは、疲労感たっぷりの溜息を飲み込んだ。

 

 

 

 

 ソヨギの攻撃対象から外れるだけならば、人間族の味方をするだけで良い。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。仮にそうなった場合、この場にいる人間族の立場はどうなるか?

 

 ――人間族は魔王にいいようにやられてしまい、

 ――魔族達、魔神達にその命を救われ、

 ――そのまま、おめおめと帰ってきました

 

 ……ある程度事情を知るシルフィーヌやエステル達個人ならばともかく、それ以外は間違いなく人間族と魔族との間にしこりが残る。

 それは人間族との不和を望まないリリィにとっては致命的だし、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、ここで人間族を立てておく必要があった。

 そこで魔王は、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と、人間族が胸を張って言えるようなお膳立てを用意した。

 

 しかし、この策を成り立たせるためには、そのお膳立てまで導く者が必要だった。

 

 当初は変身能力を持ち、いかにも神々しい姿へと変身できるだろうリウラがその役割を(にな)う予定だったが、ちょうど良い位置にちょうど良い人材が偶然存在したため、リウラはその役割をその人達にお願いしたのだ。

 

 

 

 ――そう、今まさにシルフィーヌ達の前に登場した、水精の双子と水竜フリーシスである

 

 

 

 やはり竜族は、存在そのものが非常に迫力がある。

 それだけでなく、水竜フリーシスは氷の彫像のような姿をしており、誰が見ても『美しい』と断言できる芸術的な造形美がある。

 神の使いの霊獣としてこれほど相応しい存在は、そうは居ない。

 

 そして、水精の双子たち。

 どう見ても水属性、冷却属性のフリーシスに連なる眷属としてこれほど相応しい人材もいない。

 隠れ里に住んでいたためにその姿を知る者もほとんどいないし、“誰かを悪戯(いたずら)に引っかけるため”というアレな理由ではあるものの、演技力も普段から磨かれている。

 

 そして、彼女達が居た場所が余程(よほど)視力が良い者でもそうそう見つけられないような上空、というのが素晴らしかった。

 魔王の石化の呪いが発動する直前、フリーシスが魔王を縛っていた念水を放棄し、大急ぎで双子を咥えて呪いの効果範囲外まで急上昇して、彼女達を避難させていたのだ。

 

 上空からキラキラと太陽の光を反射させて降りてくる彼女達は、さぞかし“天の使い”のように美しく登場してくれるだろう。

 まるで、この時のために待機していてくれたかのように思えるほどであった。

 

 リウラは迷宮の外に転移した直後、彼女達の元へ霧を飛ばし、それを振動させることで発声。

 現在の状況と作戦の詳細を説明したのである。

 

 『リウラの言うことならば』と双子は快諾。

 直後、自分達の姿が人型であるにもかかわらず、竜そのものの姿であるフリーシスに堂々と無意味な色仕掛けをしつつ、効果が無ければ清々しいまでの空中土下座外交を仕掛け、彼を呆れさせつつも見事に協力を勝ち取ったのである。

 

 

 つい今しがたアイに運ばれてきたばかりのエステルが、状況について行けず僅かに自失していると、そこに力強い親友の声が響く。

 

「行きましょう、エステル様」

 

「シルフィーヌ……」

 

「信じましょう……今、世界が巨悪を倒すために1つになっていることを」

 

 そう言って微笑む彼女に、エステルはフッと笑みを返す。

 

 いったい、いつの間に自分の親友はこんなにも大きくなっていたのだろうか?

 一国を背負う重責、そして魔王を封印する者としての重責を背負いながら、シルフィーヌはその重みに潰されず気丈に前を向いて生きてきた。

 

 だから、その心の強さは良く知ってはいたが、王族としての義務感と規範意識のみで動いていた彼女はどこか能動性に欠けるところがあった。

 今のような突発的な状況が起こった時、“どう動いたら()()()のか”とばかり考え、臨機応変に動くことができない傾向性がちらほらと見られていたのである。

 

 

 ――それが、今はどうだろうか

 

 

 堂々と前を見据える彼女に迷いはない。

 明確に自分の()()()こと、自分の()()()ことを理解している彼女の眼は勇気に満ち満ちていた。

 

(……勇者の血を引く者、兄上の遺志を継ぐ者として、負けてはいられんな)

 

 エステルは頷き、レイクの手を取る。

 シルフィーヌも僅かに遅れて、レインの手を取る。

 

 すると、彼女達の前に水で創られた透き通る階段が現れ、水精達はシルフィーヌ達を導くように階段をのぼり、水竜の背へと導いた。

 

 グッと身をよじった水竜が再び空へと昇ってゆく。

 水竜を支える念水は彗星のように尾を引き、役目を終えた(はし)から消えてゆく。

 

 やがて水竜は魔王の眼前へとやってくる。

 そこにはいつの間にか、塩の結晶でできた足場が創られていた。

 

 四方に立てられた柱の意匠からするに、おそらくは簡易的な神殿のようなものなのだろう。その証拠に、その足場や柱から神々しい雰囲気……神気を感じる。

 その足場の中央を見ると、鞘に収まったツェシュテルを左手に携えたリリィがこちらへ視線を向け、頭から角を生やし、両腕に紅い鱗を纏った少女が手を振っていた。

 

「……リリィ、なのか? その眼と髪は……? それに貴公(きこう)は?」

 

 エステルが紫銀の髪と黄金の瞳となったリリィの姿と、人間族の姿になったリウラに疑問を覚えて問うと、リウラはにっこりと笑って元の水精の姿に戻った。

 

 驚くエステルをよそに、リリィは言う。

 

「この姿の説明は後でお願いします。それよりもアレを倒すために力を貸してください」

 

「……具体的には?」

 

「私がこの場の人たち全員にお姫様達の声を届けるから、『みんなの力を分けて』ってお願いしてほしいんです。そうしたら、私が力をくれる意思を持った人達から力を集めて」

 

「それを私が魔術に込めて撃ちます」

 

 エステルの疑問に、リウラとリリィが答えるも、エステルは首を捻る。

 

「……それは、お前たちだけで充分なのではないか?」

 

 エステルの疑問は(もっと)もだ。

 

 魔神級の実力者が複数……ツェシュテルを入れれば5(はしら)。エステルは知らないが、ティアマトやソヨギ、ニアまで数に入れれば8柱もいる。

 そのうちソヨギはリリィ達が(たば)になって戦っても倒せなかった実力者だし、この場には彼女達を支援する神すらいる。どれか1柱とすら勝負にならないエステル達の力が必要とはとても思えなかった。

 

「それは違います」

 

「“みんなが力を合わせて倒した”……その事実が、みんなを結ぶ絆になるんです」

 

「……なるほどな」

 

 真っすぐに見つめるリリィとリウラの視線を受けて、エステルは納得する。

 

 ここで魔神達が魔王の肉体を滅ぼすのは簡単だ。おそらくソヨギ1柱だけでも簡単にできてしまうだろう。

 だが、それでは“人間達では倒せなかった”、“どこからともなく現れた魔神が倒した”という印象しか残らない。人間族のメンツは丸つぶれだ。

 

 しかし、人間達よりも遥かに強力な力を持つ彼女達が、頭を下げて人間達の協力を求めたのならば、そして最後の一撃の一端(いったん)(にな)えたのならば、話は別だ。

 

 全員の自尊心を満たすと同時、“共通の敵を協力して倒した”という連帯感が生まれる。

 それが分かっているから彼女達は、“魔王から再生能力を奪うこと”、“魔王の動きを縛ること”だけにとどめているのだろう。

 

 エステルはリリィへと視線を向ける。

 

 思えば、彼女は魔族であるにもかかわらず、人間族の……それも彼女の父であり主である魔王を封印した勇者の妹であるエステルと、出会った時から誠実に向き合おうとしていた。

 

 そして、先ほど共に戦ったオークをはじめとする迷宮の様々な異種族の戦士たち。

 彼らの視線に人間族に対する隔意(かくい)がまったく無かったとは言えない。しかし、同時にお互いの実力を認め、共に戦う戦士として認めていたことは確かだった。

 

(『“魔族”とは人間族に敵対するものである』……か)

 

 今にして思えば、なんと傲慢(ごうまん)な定義であろうか。

 エステルは彼女達の“種族を超えて仲良くしたい”という想いを汲むと、眼下にいる大勢の人々に向かい、腹の底から声を出した。

 

 

 

『魔王を倒すため、種族を超えて集った勇者達よ、聞いてほしい。私の名はエステル・ヴァルヘルミア。勇者リュファス・ヴァルヘルミアが実妹にして、ゼイドラムの第二王女だ』

 

『“塩の(かんなぎ)”の使いが、魔王を倒すため、私達の力を必要としている。どうか、貴公達の力を貸してほしい。私達の力を束ね、魔王を貫く刃と成すのだ』

 

『わたくしはユークリッドの第三王女シルフィーヌです。みなさん、どうか祈ってください。“魔王を倒すため、自分の力を使って欲しい”……そう祈ることで、あなた達の力はわたくし達に届きます』

 

 

 

 端的に、だが誠実に姫達は望み、願い、求める。

 

 それを見てリウラは嬉しそうに微笑むと、光を纏ってクルリクルリとその場で舞い始める。

 いつしかその姿は紅い着物姿に変わり、額に小さな角、髪を赤いリボンで纏めた衣装に変わっていた。

 

 

 ――融合転身(ゆうごうてんしん) コツミヤノティエネー

 ――機能発動 友軍精気徴集(フィアシャルフ)

 

 

 リウラは己が異能によって個人個人の想いを汲み取り、変身したクリエイターの能力を()って、それぞれから負担にならない程度に精気を分けてもらう。

 キラキラと大地から光が舞い上がり始める。地上にいる人々が淡い光を纏い、彼らからホタルのように優しく小さな光がふわりふわりと舞い始め、それらは次々と塩の神殿へと集ってゆく。

 

 シャラン――

 

 リリィが鞘に納めていた愛剣(ツェシュテル)を抜き、アナの触手とソヨギの仙術で縛られた魔王へとその切っ先を向ける。

 すると、ツェシュテルは連接剣から長い銃身を持つ魔導銃へと姿を変える。凛と表情を引き締めるリリィの背に、この場に集う人々の力と想いを背負ったリウラが手を触れる。

 

 ゴウッ!

 

 リウラから伝わる凄まじい力が銃身に集中してゆく。同時、銃身を輪切りにするように次々と魔法陣が発生し、銃口に凄まじい密度の雷の塊が生まれる。

 

 

 スッ――

 

 

 リウラの背に2つの手が触れる。

 

 リウラが振り返ると、笑みを浮かべた2人の姫が、リウラがもらった分に加えて、更に手のひらから闘気を、魔力を送ってくれていた。

 リウラは笑みを返して1つ頷くと、リリィの肩越しに魔王へと視線を向けた。

 

 

 

 ――とても、とても悲しそうな視線を……向けた

 

 

 

 ()しくも、この状況はアイを助けた時ととてもよく似ていた。

 見えざるものを見るリウラの眼は、魔王の肉体に憑りつき、そしてそのあまりの魔力量に精神を狂わされてしまったディアドラの魂をハッキリと見ることができた。

 

 

 

 そして……彼女が、狂いながらも、()()()()()()()()()()()……その心が()()()()()()()()()()()()()()()()()()……見ることができた。

 

 

 

 ――素晴らしい。それでこそ人間だ。脅威に、苦難に立ち向かい、輝く魂。(みなぎ)る勇気、国どころか種族すらも超える友情と愛情……本当に、本当に人間は美しい

 

 ――ああ……私は間違っていなかった……だから、私は負けられない。私は永遠に人間達の脅威であり続けよう。人間達の魂を輝かせ続ける砥石(といし)となり、苦難を与え続けよう

 

 

 

 

 

 ――我が名はディアドラ……魔王 “災いと悲しみをもたらす者(ディアドラ)”なり

 

 

 

 

 

 リウラの異能は、“反射的行動”や“嘘に伴う後ろめたさ”といった無意識的なもの以外は、基本的に相手の本心からの許可が得られなければ、その心を覗くことはできない。

 しかし、今のディアドラは別だ。幽霊が『苦しい』『恨めしい』と叫び狂うように、彼女は『嬉しい』『素晴らしい』と叫び続けている。その様子があまりに(あわ)れで、リウラは眉を悲しそうに歪めるしかなかった。

 

(違う……それは、違うんだよ)

 

 確かに、苦難に立ち向かう人々は綺麗だし、かっこいいだろう。恐ろしいものに立ち向かう勇気も、見た目や文化の違いを乗り越える愛も、とても尊いものだろう。

 だが、その裏ではその苦難に押しつぶされて泣き叫ぶ人もいれば、その心に憎しみを抱えて生きることになる人もいるのだ。そんなもの、綺麗でも何でもない。みんながみんな苦難に立ち向かえるほど心が強い訳ではないのだ。

 

 それは……水精として生まれ変わる前に、両親も財産も、何もかも奪われた経験を持ち、憎しみに囚われた姉を見ていたリウラだからこそ、理解できることだった。

 

 そして、全てを奪われたからこそ、リウラは知っている。

 

 

 ――“平和”というものがどれほど貴重で()(がた)いものであるのかを

 ――(おび)えず心やすらかにいることの温かさを

 ――平和の中にあって、親しい友と()わす笑顔の美しさを

 

 

 それを……ディアドラにも知ってもらいたかった。

 

 だが、自分の肉体を失っても、強大な魔力に自我を失っても、なお叫び続ける彼女の信念……それ程までに大事にしている想いを、リウラの異能で操作することなんてできないし、したくない。それは、ディアドラの人格を、尊厳を、侮辱し、踏みにじる行為だ。

 かといって、これほどまでに強固な信念を持つディアドラを説得できる自信もない。

 

 オクタヴィアと戦った時と同じだ。

 リウラにはリウラの、ディアドラにはディアドラの譲れない理由があった。

 それぞれが信じる想いを通すために、彼女達は戦わなければならなかった。

 

 だから……リウラはディアドラが根っからの悪人ではないことを、そして、その“人を愛する尊い想い”を知りながらも……彼女を倒す。

 もし、もっと早く出会えていたら、友達になれたかもしれない……そんな未練を押し殺して、リウラは彼女の信念を否定する。

 

 リリィが静かに引き金を……………………

 

 

 

 

 引いた。

 

 

 

 

 

 ――秘印術(ひいんじゅつ) 超電磁弾

 

 

 

 

 

 直径2メートルを超える超圧縮された雷属性の大魔力弾が、リリィの眼にすら留まらぬ速度で飛び去り、ツェシュテルが見抜いた神核の位置を正確に貫いた。

 魂を収める器を砕かれた魔王の肉体は抵抗力の一切を失い、未だその肉体を蝕むように燃えていたリウラの炎に一瞬にして飲まれた。

 

 大地にいる人々は見た。

 一条の光が魔王を貫いた後、魔王の巨体を舐めるように這っていた黄金の炎が魔王を覆い、あっという間に燃え尽き、崩れ落ちるその光景を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓声が、轟く。

 

 

 ――戦いは、終わったのだ

 

 

 

 

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