水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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最終章 水精リウラと睡魔のリリィ 前編

 ――シュナイル神権国(しんけんこく)

 

 西方諸国において、魔王に滅ぼされたシュナイル王国……その跡地に建国された多種族国家である。

 

 その国民の多くは、迷宮そのものが魔王となった際に住む場所を追われた、迷宮からの避難民達だ。

 主義主張・文化・生態・種族の異なる彼ら彼女らを(まと)めることができているのは、ひとえにその統治する者達が、“迷宮の魔王”を倒した地方神 “塩の(かんなぎ)”とその“御使(みつか)い”であることが大きい。

 

 

 シュナイル神権国を(つく)りあげた、塩の巫の御使いは全部で5(はしら)

 

 

 ――千の宝具を創造し、御使い達に知恵と宝具を授ける竜の賢人……竜賢人(りゅうけんじん)セシル

 ――聖巫女(せいみこ)シルフィーヌに神託を授け、千の触手によって神敵を縛る、女と見紛(みまご)う美男子……(つた)の魔人アナ

 ――千の術を操り、邪悪な魔神を喰らう白狐の仙女……魔神喰いソヨギ

 

 

 そして、これら3柱とは別格に名が知られ、恐れられる2柱の御使いがいる。

 

 

 ――千の姿を持ち、人の心を束ねる力を持つ水精(みずせい)の魔神……水魔神(すいまじん)リウラ

 ――千の武器を操り、眼を合わせただけで人を魅了する睡魔(すいま)の魔神……睡魔神(すいまじん)リリィ

 

 

 いともたやすく迷宮の魔王を燃やし、切り裂いたというシュナイル神権国の建国神話によって、国内外から畏怖と尊敬を集めるシュナイル神権国の2大スイ魔神は今――

 

 

 

 

 

 ――書類の山に埋もれて、半泣きになっていた

 

 

 

 

 

「お願いっ! 5分! 5分でいいから寝かせてえええぇぇぇぇぇえぇえええっっっ!?」

 

「その5分があれば、書類に1枚署名(サイン)できる! 良いからさっさと手を動かす!」

 

 

 シュナイル神権国の首都オセアン。

 

 その国家運営の中枢たるザルツ城はリウラの執務室にて、「ぴぃ~~~~~~~っ!!」という木精(ユイチリ)の鳴き声にも似た情けない悲鳴が響き渡る。

 

「うぅ~~~~……どうして? どうしてこんなファンタジーな世界に生まれてまでOL(オフィスレディ)なんてやらなきゃいけないの……?」

 

「人手が足りないからに決まってるでしょ? 『みんなが幸せに暮らせる国を創る~っ!』って張り切ってたあの頃の姉さんはどこに行ったのよ?」

 

「……リリィは寝たくないの?」

 

「……寝たい」

 

「……」

 

「……」

 

 (しば)しの無言。

 

 無言になりながらも目は書類の文字を追い、手は署名(サイン)を書き続ける。

 ややあって、ガン! とリリィは机に頭を打ちつけて唸りながら言った。

 

「いや、いくらなんでも働かせすぎでしょ!? 丸1年休日なし、平均睡眠時間2時間は流石におかしいでしょ!?」

 

「……だから、あの時私が言ったのに……リリィが『ちょっとやそっと優秀なだけの奴になんか任せられない』なんて言うから……」

 

「うっ! ……それは……そのぅ……」

 

 のちに“迷宮の魔王”と呼ばれることになった迷宮と魔王の肉体の融合体を倒した後、迷宮の魔王が大地からその身を起こした……いや、引っこ抜いたことによってボロボロになったシュナイル王国跡地に、セシルは新たに国を(おこ)すことを提案した。

 

 元々セシルから国興(くにおこ)しの話を聞いていたリューナは、すぐに賛成。

 隠れ里の水精をはじめとする、迷宮に住んでいた人たちの居場所を創るために、リウラも賛成した。

 

 そして、リウラが賛成すれば、彼女を大切に思っているリリィもまた賛同する。

 しかし、大切な姉が住むことになる国の中枢に無能な人材を置いて、リウラが危険に(さら)されることをリリィは何よりも恐れ……結果、国づくりに関わる仕事全てにべらぼうに高い採用基準を設けてしまっていたのだった。

 

 そのため、1年()った今でも、シュナイル神権国の国家中枢は人材不足でヒイヒイ言っているのである。

 

 リリィは精気生命体であり、リウラは睡眠を不要とするクリエイターの能力(ちから)を引き出すことができる。

 精神的な疲労さえ無視すれば、実質的に不眠不休で働くことができた。

 

 そして彼女たち程の魔力量があれば、“影”を生み出すことで、自身と同等の能力を持つ分身を創ることができる。

 今も別室でセシルが作った“魔導情報端末(コンピュータ)”のキーボードをカタカタカタカタと叩いているはずだ。ファンタジーの欠片(かけら)もない光景である。

 

 あまり先史文明期の技術を使うと現神(うつつかみ)に目をつけられて危険なのだが、セシル(いわ)く『電気じゃなくて魔焔(まえん)で動いているから、先史文明期の技術ではありません♡』だそうだ。

 セシルにこの技術を伝えた某色欲の魔神を、リリィが恨んだのは余談である。

 

 そんな分身たちから脳内に送られてくる情報を処理する疲労も含めて、肉体的には問題ないものの、精神的に2人は限界ギリギリまで追い込まれていた。

 

「もう選挙しちゃおうよ、選挙……やる気のある人に任せちゃおうよ……」

 

「姉さん………………仮にリンカーンとパンダのシャンシ○ンが選挙に出たら、どっちに入れる?」

 

「シ○ンシャン! …………………………あ」

 

 元気よく、そして躊躇(ためら)いなくパンダ(客寄せ動物)に1票入れる姉に、リリィは大きく溜息をついた。

 

 ちなみに、今の『リンカーン』発言でわかるように、既にリリィとリウラはそれぞれの前世について共有している。

 共通点は多いが、歴史的な差異が随所に見られること、そして以前の魔王の『異世界』発言から、“リリィの前世世界は、リウラの前世世界と限りなく近い平行世界”であると結論は出たものの、今のように共通する知識は多いため、最近はこのようなやり取りを楽しむ様子がちらほらと見られていた。

 

 リリィが溜息をついた直後、バタン! と大きな音を立てて、目の下に大きなクマを作ったヴィアが座った眼でリシアンを(ともな)って現れた。

 リシアンは苦笑いをしながら冷や汗を垂らしている。

 

 ツカツカツカツカ……とリリィに向かって早足で歩いてくると、バンッ! と両手をリリィの執務机に叩きつける。

 疲労に濁った2人の猫娘の視線が交わる。

 

「国民番号作るわよ。それで、全ての資産やサービスに国民番号の付与を必須にして、全国民の財産をデータ管理するわ」

 

「ヴィア…………国を潰す気?」

 

 旧シュナイル王国跡地は、それなりに広い。

 新たに国を興すにあたって、その広い国土を管理するためには多くの人員が要るし、他の国から商人を呼びこまなければ経済もまわらない。

 迷宮の避難民たち全員に国が仕事を与えても全く人手が足りない程に、黎明期のシュナイル神権国は多くの人材を必要としていた。

 

 ところが、“迷宮の避難民が住める場所”として生まれ変わるシュナイルは、必然的に魔族も含めた多種族国家にならざるを得ない。

 このラウルバーシュ大陸で最も繁栄しているのは人間族であり、その人間族に他の種族……特に魔族が警戒されているということもあって、シュナイルは“人材を必要としているにもかかわらず、非常に人が集まりにくい”という深刻な問題を抱えていた。

 

 そこで、リシアンが提案したのが“無税国家”である。

 

 実際には、非売却資産である国土の利用料や、任意で入ることができる国民保健など、各種サービスの利用料は取るものの、消費税や相続税、所得税や住民税といった税金は存在しない租税回避地(タックスヘイブン)を生み出した。実に商売人らしい発想である。

 

 こんな無茶ができるのは、セシルのおかげだ。

 彼女はクリエイターの融合能力・質量操作能力を利用した、有機物・無機物を問わず資源を増やす大規模なクローニングプラントを設立。

 結果、どこからも何も購入することなく国を運営する(すべ)をシュナイルは手に入れたのである。クローニングした素材を輸出する事業も順調で、シュナイルの御台所(おだいどころ)事情は非常に健全であった。

 

 話は()れたが、租税回避地としてシュナイルは見事に成功し、各国の富豪や商人たちがなだれ込み、凄まじい速度で人口を増やし、経済を一気に盛り上げた。

 しかしそれは同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、治安を維持する仕事を振られているヴィアの苦労は加速度的に上昇した。

 

 国民1人1人の資産を全て番号管理できれば、“怪しい”と目星を付けた時点で全資産を国が差し押さえることができる。

 確かにそれができれば、ヴィアの苦労はだいぶ減るのだが……

 

「せっかく入ってきた富裕層も商人達も、“いつでも国が資産を差し押さえられる”なんて知ったら一目散(いちもくさん)に逃げだすわよ? ただでさえトップの1人が魔族だから信頼されにくいってのに……アンタ、リシアンさんの成果を台無しにするつもり?」

 

 商売人の発想で創られた国で、商売人を絞めつけるような政策を行えば、国が潰れるのは当たり前である。

 普段ならヴィアもそんな提案はしないのだろうが、そんな提案をしてしまうほど、彼女は疲れ切っていた。

 

「あはは。まあ、僕のことは良いんですけど、せっかくここまでヴィー達が頑張ってくれたのに、(むく)われないのは嫌ですよね」

 

「むぐぐぐぐぐ……!」

 

 治安維持責任者のヴィアに比べて、財務・経済責任者のリシアンの疲労はそこまででもない。

 クローニング技術のおかげで財政的に困っていない事や、ラギールの店の店長である木精(ユイチリ)のヨーラを引き抜いたことが大きな理由だ。

 

「失礼しまーす! ……うわぁ。いつものことだけど、大丈夫? はい、気休めかもしれないけど栄養ドリンク」

 

「いえ、助かります。エルヘンミリッタ匠範(しょうはん)

 

 ヴィアが開け放した扉から、肩甲骨まである美しい銀髪をなびかせた碧眼の少女がセシルを伴って入室し、栄養剤の入った袋をリリィに手渡した。

 

 彼女の名はエルヘンミリッタ・ミリエーダ・レビエラ。

 

 ユイドラの前領主……つまり、“当時の工匠達の頂点に立つ人物”の娘という重い期待を背負いながらも、みごと匠貴(しょうき)に次ぐ地位にまで上り詰めた才媛である。

 

 見た目は10歳前後の可愛らしい少女であるが……驚くなかれ、立派に成人している。

 彼女の前で、身長やら胸囲やらの話をしてはいけない。リリィをも唸らせる芸術的な魔術攻撃が、彼女の怒号(どごう)と共に飛んでくることだろう。

 

「こっちは南の国境の壁が完成したよ。これで外壁の工程は全部終わったから、次は不足してる公共施設を優先する予定……あと、セシルから報告があるって」

 

 いくらセシルがゆりかごから墓場までお世話できる工匠技術を持っていたとしても、流石に国家すべての建物やら設備やらを作成するのは無理がある。

 そのため、彼女は信頼できる工匠としてエルヘンミリッタを招聘(しょうへい)し、国家のインフラ造りを一手に(にな)ってもらっていたのだった。

 

 エルヘンミリッタがセシルを(うなが)すと、何がそんなに嬉しいのか、セシルはニコニコと笑みを浮かびながら前へ進み出る。

 

「……何か良いことでもあったの?」

 

「ええ、リウラさん達にとって、とっても良いニュースが」

 

「……アンタが言うとメチャクチャ胡散臭(うさんくさ)いわね」

 

 リウラが小首をかしげ、リリィが胡乱(うろん)なまなざしでセシルを見やる。

 

 いくら事情があるとはいえ、コイツは出会った瞬間から“持ち主を魅了する魔剣”なんて物騒なものを赤の他人に平気で渡したりしてきているため、リリィからの信用は限りなく低い。

 しかし、そんな彼女のジト目などどこ吹く風と、彼女は部屋の外に待機させていた“それ”を部屋の中へと招き入れた。

 

「うげっ!?」

 

「……それって、プテテット?」

 

 セシルが招き入れたのは、彼女の身長より拳ふたつ分ほど低い体高のプテテットだった。

 ちょうどリウラと出会う前にリリィを襲ったプテテットと同じくらいの色と大きさで、トラウマを刺激されたリリィは冷や汗とともにうめき声を上げる。

 

「はい♪ ……ですが、ただのプテテットではありませんよ? こちらはクリエイターの融合能力を分析して開発した特殊なプテテットで、触れた相手の姿形や能力を完全に再現するという――」

 

 

 ――そこまで説明した瞬間、セシルの背後でダァンッ! と大きな音を立てて2つの影が舞い降りる!

 

 

「そんな面白そうなことを聞いたら!」

 

「じっとしてなんていられないね!」

 

 膝をつき、グリコのように両手を斜め上に上げたポーズで降り立った、お騒がせ(かしま)し水精娘のレインとレイクは、立ち上がるとババッ! とリリィ達に背を向けた状態で、某仮面をかぶったバイク乗りのようなポーズを取り、不穏な宣言を言い放つ。

 

 ……『お前らじっとしてる時なんて無いだろ』と突っ込んではいけない。

 

「「とーうっ!!」」

 

 そして、グッと膝をかがめると、バッと両手を上にあげて、自らの身長を大きく超える大ジャンプ。

 天井近くで膝を抱えてクルクルと回転すると、(ひね)りまで入れて芸術的なプテテットへの飛び込みを披露(ひろう)した。

 

 

 

 スッポン!

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 プテテットに刺さる双子の上半身。

 

 水の(ころも)のスカートが(まく)れて下着が全開になり、4本の半透明の生足が飛び出ている奇怪なオブジェクトを、リリィ達は無言で眺め続ける。

 

 やがて、身体が抜けないことが分かったのか、逆さになってもがく虫のようにジタバタと必死で足が動き始める。

 そこにエロスなど全くない。あるのは愚かさと滑稽(こっけい)さだけであった。

 

 呆れたリリィとヴィアが双子の足首を(つか)んでズボッ! と引き抜くと、プテテットは2つに分裂し、見る見るうちにその姿を変える。

 

「わっ、面白~い!」

 

「「おおっ!!」」

 

 3人の水精達が目を輝かせる。

 

 

 ――そこには、眼を閉じて静かにたたずむもう1人のレインとレイクの姿があった

 

 

 スゥ……と静かに……あまりに双子らしくない様子で、水精の姿となったプテテット達は目を開く。

 

 そして彼女達は、リリィとヴィアに足首を掴まれて逆さ吊りにされた、自分達のオリジナルであるレインとレイクを見るや否や、カッ! と目を見開いてタンッ! と軽やかに床を蹴った。

 

 それを見て何やらハッ! としたオリジナル達は、すぐさまこう言った。

 

 

「「私達に構わず、やれーーーーーーっ!!」」

 

 

 それを受けて、プテテット達もノリノリで叫ぶ。

 

 

「「あなた達の犠牲、無駄にはしないっ!! 覚悟っ! ネコババーズ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 ――ぶっすぅ♡

 

 

 

 

 

 

 

「「誰がネコババァだ」」

 

 

 ――シンクロしたように同時に、ネコババーズの容赦のない目潰し(チョキ)をカウンターで喰らって墜落するプテテットーズ

 

 ――目潰しと同時に足首から手を離され、ゴッ! と痛そうな音を立てて床に頭頂部をぶつけるオリジナルズ

 

 

 眼を押さえ、頭を押さえて情けなくゴロゴロと床で痛みに(もだ)える4人の間抜けな姿は、寸分たがわず瓜ふたつであった。

 

 

 その様子をジト目で眺めながら、リリィは言う。

 

「……随分(ずいぶん)とまあ良くできたものね。……で、これがいったい何だってのよ?」

 

「あら、流石にお疲れですか? リリィさんにしては察しが悪いですね」

 

 首を捻るリリィにセシルはクスクスと笑う。

 親にサプライズプレゼントを渡す子供のように、セシルは無邪気な(たくら)みに満ちた眼で言った。

 

「このプテテット……“複写粘体(ふくしゃねんたい)”でリリィさん達をコピーしたら、今している仕事のほとんどを肩代わりしてもらうことができるんですよ。リリィさん達のバカ魔力まではコピーできませんが、思考能力も価値観も性格もリリィさん達と完全に同じ……事務仕事をする分には全く問題ありません」

 

「さらに単細胞生物(プテテット)なので、適当に(えさ)を与えておけば、不眠不休で働いてくれるおまけつきです。これで、ようやくみなさんに休暇を差し上げることができます。……さすがに、あまりに重要な判断を必要とするものは、本人にしてもらう必要がありますが――」

 

 

 ――ガッ!

 

 

 凄まじい勢いでヴィアに両肩を掴まれ、思わずセシルの言葉が止まる。

 

 セシルの眼を覗き込むヴィアの形相は“ネコババァ”ならぬ“トラババァ”と呼ぶべき凄まじい迫力で、そのあまりの恐ろしさに、いつも余裕がある(たたず)まいを崩さないセシルが、珍しく額から冷や汗を流して固まっていた。

 

「……………………それ、本当?」

 

「え、ええ……本当です」

 

「当然、私の分もあるのよね?」

 

「は、はい。一応、主要な方々の人数分は用意しています」

 

 そこまで聞いてセシルを解放すると、ヴィアはふらふらと力ない足取りでリシアンに近寄ると、ギュッと彼を抱き締めた。

 

「ヴィ、ヴィー?」

 

 愛する女性の抱擁(ほうよう)に嬉しさを隠せず頬を赤くしながらも、ヴィアのあまりに“らしくない”行動に戸惑(とまど)い、心配するリシアン。

 

 彼女は非常に照れ屋で、2人きりの時以外……それもこんな大人数の前で彼女の方から愛情表現をするのは(まれ)だ。

 何か辛いことでもあったのか、と声をかけようとしたその時、リシアンの(とが)ったエルフ耳がヴィアのかすかな声を聴く。

 

「…………き……ょ……」

 

「え?」

 

 上手く聞き取れずに問い返すと、ヴィアはガバッ! と天を仰いで絶叫した。

 

「式をッッッ! ()げるわよおおおおおおぉぉぉおおおっっっっ!!!」

 

 積もりに積もった乙女心が爆発した、そのあまりに(おとこ)らしいプロポーズに、リシアンは頬を赤く染めたまま、嬉しそうに「はい」と(まぶ)しい笑顔で応えたのだった。

 

 

***

 

 

「……なんてこともあったよね~!」

 

「あれからもう1年か……時が経つのは早いものね……」

 

 思い出話をしながらリウラとリリィはオセアンの町を歩く。

 

 エルヘンミリッタ匠範の腕は確かで、わずか2年にしてシュナイル神権国の首都を、他の一流国と遜色(そんしょく)ない一大都市へと築き上げていた。

 その他の都市については未だ建設中の箇所も多々あるが、それでも凄まじい速度と質を兼ね備えた仕事ぶりである。

 

 リリィは白のシャツに青のスラックス、花をあしらったブレスレットに、小さなルビーのついた金の鎖の首飾り、リウラは髪を下ろしてピンクの薄手のワンピースに身を包み、貴族だけが住める区画を歩き、やがて大きな屋敷へと辿(たど)りつく。

 本当は馬車で来ることもできたのだが、魔神である2人ならば歩いた方が余程(よほど)早いため、散歩がてらこうして歩いて目的地に向かうことは度々(たびたび)あった。

 

 カンカン!

 

 リリィがドアノッカーを鳴らすと、猫科と思われる耳を生やした壮年の執事が中から現れる。

 

「これはこれはミナセ様、ようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞこちらへ。奥様がお待ちです」

 

 シュナイル神権国を建国する際、建国に(たずさ)わった主要な人物には貴族の(くらい)と、家、土地、義務と権利、そして貴族としての姓が与えられた。

 

 リリィ達が希望した姓は“ミナセ”……リウラの前世の姓である。

 以来、彼女達はリリィ・ミナセ、リウラ・ミナセと名乗り、同じ家に入り、名実ともに義姉妹として世に知られることになったのである。

 

 残念ながら、生まれ変わる前にリウラと姉妹だったティアに関しては、“主神である塩の巫の言葉を聞いて政治を行う、事実上のシュナイルのトップ”という公正中立を求められる立場となったため、シュナイルで政治的な力を持つ者達……特に、人間族から警戒されやすい魔族であるリリィと同じ姓を名乗ることは難しかった。

 そのため、リウラから『同じ姓にしよう?』と誘われたものの、ティア自ら辞退していた。

 

 しかし、“政治的な話をする”という名目で、彼女は頻繁にリウラの家を訪れるし、泊まっていくことも少なくない。

 たとえ姓は違えども、2人はお互いを大切な家族として認識しており、前世では失われてしまった姉妹で過ごす大切な時間を、ゆっくりと取り戻していたのだった。

 

 執事に通された応接間――既に部屋にいたヴィアの腕の中を見て、リウラは目を輝かせて歓声を上げた。

 

「わぁぁ~~~っ! 可愛い~~~~っ!!」

 

 そこにいたのは、可愛らしい猫耳を生やした美しい白銀の髪の赤子であった。

 将来、間違いなく美少年、もしくは美少女になるであろう端正(たんせい)な顔立ちをしている。

 

 あれからリシアンと結ばれたヴィアは、夢の結婚生活へと突入して、めでたく懐妊。

 そして、つい昨日出産が終わり、その知らせを聞いたリリィ達はそのお祝いにやってきたのであった。

 

「男の子? 女の子?」

 

「女の子よ。名前はフィリアブラン。『フィリア』って呼んであげて」

 

 フィリアを見つめるヴィアの眼はとても優しい。それに、心なしか以前よりも落ち着いた気がする。

 母としての自覚が芽生(めば)えたのだろうか? と不思議な気持ちになりながらも、ヴィアの手が赤子で塞がっていることに気づき、リリィは1箱1000エリンは下らない高級菓子の土産を執事に手渡す。

 

「あれ? “ブラン”って、もしかして……」

 

 リウラの気づきに、ヴィアは頷く。

 

「ええ、父さんの名前よ。もともと“ブラン”っていうのは大昔の言葉で“白”って意味らしいわ。今は年を取ってちょっと色あせちゃったけど、若い頃の父さんは綺麗な純白の毛並みをしていたのよ? 父さんの血か、リシアンの血かは分からないけど、この子の毛並みも綺麗な白銀でしょ? だから名前を貰ったの」

 

「あれ、白髪(しらが)じゃなかったんだ……」

 

 その2人の会話を聞きながら、リリィは軽く思案する。

 

 “フィリア”とは、確かギリシャ語で“愛”を意味する言葉だったはずである。

 “ブラン”は、ヴィアが言うようにフランス語で“白”。

 

 

 ならば、“フィリアブラン”という名前は――

 

 

(“純白の愛”……意訳して“無垢(むく)なる愛”、“(くも)りなき愛”といったところかしら? ずいぶん乙女チックな名前ね)

 

 別々の国の言葉が混じっているのは、1万年以上前の古語であることを考えればご愛敬(あいきょう)といったところか。

 ヴィアの可愛らしいネーミングセンスに、リリィは微笑ましさから思わず笑みをこぼした。

 

 おそらく自分が乙女チックな名前を付けてしまった自覚があるからこそ、名前の由来の半分をわざと話さなかったのだろう。ヴィアの言葉には(わず)かな照れが見えた。

 だが、もう少し年を取って余裕ができれば、堂々と全ての名前の由来を言えるようになるはずだ。……とても良い名前である。是非(ぜひ)、自分の子供ができた時の参考にしたいほどに。

 

 バアンッ!

 

「でかしたぞっ! ヴィア!」

 

 おろおろする執事を無視して、勢い良く扉を開け放ち、初代“ブラン”本人のご登場である。

 

 「ほーら、じいちゃんだよ~」とだらしなく微笑む父の姿に苦笑いしつつも、ヴィアはきょとんとしているフィリア嬢を父の腕に抱かせた。

 ブランは“たかいたかい”をしながら、何やら確信に満ちた力強い眼で、フィリアの透き通った大海のように無垢な碧眼を見つめた。

 

「う~む……こりゃあ、コイツはでっかくなるぞ……。ジジイの贔屓目(ひいきめ)なんかじゃねぇ。間違いない! よし、フィリア! 夢はでっかく極道王だ!」

 

「父さんっ!! この子にそんなヤクザな商売は絶対にさせないわよ! この子は立派な教育を受けさせて、ゆくゆくはリシアンの跡を継いでもらうんだからっ!!」

 

 既に手紙か何かでフィリアの事を知らせていたのだろう。

 フィリアの名前を叫んで『マフィアの王になれ』などと寝言をほざく父から、激怒したヴィアは素早く、しかし丁寧(ていねい)にフィリアを奪い返し、フシャーッ! と尻尾の毛を逆立てて威嚇(いかく)した。

 

「……ヴィアは間違いなく教育ママになるわね」

 

「だねぇ」

 

 片手を腰に当ててリリィは苦笑いし、リウラはのほほんと微笑みながら親子のやり取りを傍観する。

 

 

 ……彼女達は知る(よし)もなかった。

 

 

 この十数年後、シュナイルから(はる)か南西の海で、猫耳ハーフエルフの海賊少女が大暴れし、自分達が頭を抱えて悩むハメになるということを。

 

 

 

「ずいぶんと(にぎ)やかだな」

 

 遅れてのそりと2メートル近い筋肉質な巨漢が、メロン大の何かが入った袋を執事に手渡し、入室する。

 

「ベリークさん!」

 

「いらっしゃ~い!」

 

「おう」

 

 リリィとリウラが声をかけると、白いシャツをラフに着崩し、茶のズボンを()いたベリークは男らしく力強い笑みを浮かべ、2人に軽く手を上げて挨拶(あいさつ)する。

 

 そんな彼の眼を、リリィはジトッ……とした視線で見つめ続ける。

 想い人の明らかにご不満な様子に、“自分は何かしただろうか?”と疑問符を浮かべながら、ベリークは問う。

 

「どうしたリリィ? 何かあったのか?」

 

「……べっつに~。ヴィアは結婚して子供まで作ってるのに、ベリークさんが鍛錬ばっかであんまり構ってくれないだとか、ぜ~んぜん、()()()()()! 思ってませんから」

 

 当てつけるように“ぜ~んぜん”を強調しながら、腰に手を当てて下から覗き込むようにジリジリと迫ると、ベリークはのけぞりながらもすまなそうに頭を()く。

 

 そう、実はこの2人……迷宮の魔王を倒した直後あたりから、おつきあいを始めていた。

 

 

 

 

 

 

 ――2年前……迷宮の魔王を倒してから数日後

 

 迷宮の避難民たちのキャンプから少し離れたところにベリークを呼び出したリリィは、今にも沈もうとしている夕陽を前に膝を抱えて座り、ベリークに隣に座るよう(うなが)す。

 そして、腰を下ろしたベリークに微笑みかけて言った。

 

『……あの時は、ありがとうございました。……それと、ごめんなさい』

 

『……あの時?』

 

 ベリークが首を捻ると、リリィは頷く。

 

『……私が泣いて、(おび)えて、何もできなかった時……あなたは私の無謀(むぼう)な願いを何も言わずに聞いてくれた。私の何倍も強くて恐ろしい相手に立ち向かってくれた』

 

 化け物プテテットと遭遇したあの時、リリィは無自覚とはいえ自分より遥かに弱いベリークにお願いし、立ち向かわせてしまった。

 あれから、まともに謝罪も礼もできなかったため、落ち着いた今、改めてリリィは場を(もう)けたのだった。

 

『気にするな。俺がしたくてしたことだ』

 

『……私が、言いたいんです』

 

『……そうか。なら、受け取っておこう』

 

『……』

 

『……』

 

 しばし無言の時間が続く。

 

 ややあって、ベリークは言った。

 

『リリィ、俺はお前のことを愛している』

 

『……はい』

 

 ベリークの再びの告白。

 リリィは動揺することなく静かに頷く。

 

『俺は腕っぷし以外に能の無い男だ。だから、お前を護れるだけの力をつけて、お前に相応(ふさわ)しい俺となって……お前に惚れて欲しいと思う』

 

『……』

 

 夕日を見つめるベリークの横顔を、リリィは黙って見つめる。

 ベリークは、リリィへと視線を戻して言った。

 

『都合の良いことを言っているのは理解している。だが、それでも言わせてくれ。……必ずお前に相応しい力を身につける。だから、それまで待っていてほしい。……そして、その時になったら、俺の女になって欲しい』

 

『……』

 

 リリィは何も言わず、じっとベリークの眼を見つめ続ける。

 

 ベリークは理解していた。

 

 確かに自分は強くなった。しかし、リリィは自分以上に……それも比べ物にならない程に強くなっていた。

 ソヨギとの戦いで『足手まとい』とハッキリ断じられた時、ベリークは自分の弱さを思い知った。

 

 だから、ベリークはリリィに『待ってほしい』と頼む。

 どれだけ時間がかかっても、必ずリリィの伴侶(はんりょ)として相応しい力を身につけることを誓う。

 

 

 ……リリィがそれを受け入れてくれるか分からない、という恐怖に耐えて。

 

 

 ベリークにとって、何時間も経ったかのように感じられる数秒が過ぎた後、リリィはゆっくりと口を開いて言った。

 

 

 

 

 

『――嫌です』

 

 

 

 

 

 ショックに固まるベリーク。

 しかし、そんな彼に構わず、リリィは悪戯(いたずら)っぽく微笑んで続けた。

 

『……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『む……?』

 

 自分が何を言われたのかが分からず、思考が停止するベリーク。

 リリィは、そんな彼のことをとても可愛く思う。

 

『“今の貴方(あなた)が私に相応しくない”って、いったい誰が決めたんですか? “あなたの魅力が腕っぷしだけだ”と誰が言ったんですか? ……私が、たった一言でもそんなことを言いましたか?』

 

『それは……』

 

 言葉に詰まるベリーク。

 

 確かに、言っていない。

 では、なぜ、彼はそんなことを思ったのか?

 

『あなたがこれまでどんな女と出会ってきたのかは知りません。……あなたの腕っぷしに寄ってきたのか、お金に寄ってきたのか……それとも、容姿を馬鹿にされたのか、頭の悪さを馬鹿にされたのか……』

 

 そう、それこそが原因。

 ベリークがこれまで出会ってきた女性達は、(そろ)ってベリーク自身を見なかった。

 

 “オーク”という豚の鼻に相撲(すもう)取りのような体形、緑の肌という容姿で毛嫌いされることも多かった。

 彼女達の見ているものはベリークの持つモノや容姿、能力であり……いつの間にかベリーク自身も、その価値観に毒されていたのだった。

 

『自分を(みが)くことは素晴らしいことだと思いますし、私のために頑張ろうとしてくれるベリークさんはとても素敵だと思います。……でも、勘違いしないでください。私は貴方の腕力を好きになったんじゃない。“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ベリークが再び固まる。

 

 先程のように悲しいショックではない。

 ……彼が幼い頃から欲しいと思っていた言葉を、求め続けてきた言葉を、心から愛する女性が言ってくれた。

 

 

 ベリークの夢が叶った瞬間――それが今、唐突(とうとつ)にやってきたため、ベリークは嬉しさのあまり固まったのだ。

 

 

『――誇ってください。胸を張ってください……私が好きになったベリークさんは、一途で、誠実で、思いやりがあって、頼りになって……とても優しい、良い男です』

 

 リリィはベリークの両頬に自分の手をそっと添える。

 (うる)む彼女の瞳は、男を狂わせる魅力に溢れていた。

 

 

『……私を、貴方のものにしてください』

 

 

 黄昏(たそがれ)が終わり、夕日が沈む直前――2つの影が重なった。

 

 

 

 

 

 

 ……なんてロマンチックなことがあったにもかかわらず、複写粘体の活躍によって仕事(肉体労働)から解放されたベリークは、シズクのところに入り(びた)って鍛錬三昧(ざんまい)

 いくらリリィから『そのままの貴方を愛しています』と言われても、いざという時にリリィの役に立てない自分でいるのは我慢ならないらしい。

 ……リリィが『男のプライドってめんどくさい』と思ったことはナイショである。

 

 迷宮の魔王が生まれたことにより地下迷宮が崩壊したため、強力な魔物と戦うことができなくなったベリークは、戦闘技術を磨きながら世界を旅してきたシズクにアドバイスを貰おうと思って彼女の部屋を訪れた。

 

 『アドバイスをする前に、まず軽く手合わせしたい』という彼女の要望に頷き、実際に手合わせした途端、闘気にばかり頼り過ぎて力に振り回されかけていた彼の動きのあまりの酷さに我慢できなくなったシズクは、ベリークの動きの徹底改善に乗り出した。

 

 当初、『技術など身につけられるほど、俺は頭が良くない』とベリークは困惑していたものの、シズクは『武術に頭の良さなんて要らない。必要なのは“身体で理解すること”。……むしろ変に頭が良いと、素直に師の言うことを聞けずに中途半端なところで成長が止まる』と一蹴(いっしゅう)

 

 以来、手取り足取り……言葉で説明するのではなく、手本を見せて真似(まね)させ、おかしなところ……手首の向き、肩の位置、膝の向きといった細かなところをシズクの手で正しい位置に修正し、その時の感覚を覚えさせ、感じさせることで、言葉ではなく感覚で理解させた。

 

 結果、自分の力を無駄なく利用できるようになり、見る見るうちにベリークの実力は上がっていった。

 鳩頭の魔神から奪った、持ち主の意思によってその大きさを変える炎の魔剣――レーヴァテインも自在に扱えるようになったし、セシルが用意した強力な軍事用の魔法生物にも勝てるようになった。

 

 リウラのようにわけのわからない成長をするわけでもなく、普通に筋の良い生徒をシズクは気に入ったようで、暇があればベリークを鍛錬に誘い、ベリークもまた積極的にそれに応えた。

 

 しかし、そうなると面白くないのがリリィである。

 

 “リリィに相応しい力を身につけたい”という気持ちはとても嬉しい。

 鍛錬の合間を()って、リリィをデートに誘ってくれ、気にかけてくれているのも嬉しい。

 

 なにやらヨーラから好意を寄せられているようだが、それでもリリィ以外の女を見ようともせず、一途に自分を想ってくれていることも、ちゃんと知っている。

 

 

 ――だが、だからといって自分とつきあっている男が、鍛錬の為とはいえ、他の女と自分よりも長い時間一緒にいる、ということに何も思わないほど、リリィは達観していない

 

 

 結婚とは言わずとも、同棲くらいしてくれれば、シズク以上に一緒に居られるのに……と思わずにはいられないのだ。

 今の幸せそうなヴィアを見ていたら余計にそう思わずにはいられない。ベリークに我儘(わがまま)を言ってしまうのも致し方ないことなのだ。

 

 そして、そんな我儘を言われたベリークは困り顔ながらもどこか嬉しそうだ。

 こんな美人の……それも睡魔族である彼女が、他に男を作らず、一途に自分だけを想ってくれているからこそ出てくる言葉だということを理解しているからである。

 

「その事なんだが……この間、(シズク)から『俺に神核ができかけている』と言われてな。……神核ができれば、少なくともリリィと寿命で生き別れることはない。ならば、そこを一区切りにしても良いかと思ったんだ」

 

 神核とは、魔神クラスの力を手に入れると自然に肉体にできる“魂を入れる器”のことである。

 一度これができてさえしまえば、老いや寿命による死とは無縁になる上、例え肉体を滅ぼされても、神核さえ無事なら長い年月を経て復活することだってできるようになる。

 

 シズクとの鍛錬と、デートの(たび)にリリィから“早く鍛錬終われ”という念を込めて与えられた精気によって、わずか1年でベリークは魔神の領域へと足を踏み入れていたのだ。

 

 ベリークは近くにあった椅子に、手に持っていた袋を置くと、(ふところ)から小さな箱を取り出す。

 首をかしげるリリィの前で、ベリークはパカリと箱を開いた。

 

「……!」

 

 

 ――そこには、白銀に輝くシンプルなデザインの指輪があった

 

 

「リウラから聞いた。お前の故郷では指輪を薬指に()めることで、婚約の誓いとすると。……あともう少しだけ、待ってほしい。神核ができて、俺が魔神となったら……結婚しよう」

 

「……」

 

 たっぷり30秒。

 

 じっと指輪を見つめまま動かなかったリリィは、頬を赤く染め、猫耳を嬉しそうにピクピク動かし、尾をうねんうねん(もだ)えさせ……ニヤニヤと笑いそうになる表情を必死に取りつくろいつつ言った。

 

「ふんっ! し、仕方ないわね……! しょうがないから、もうちょっとだけ待ってあげるわ!」

 

 身体中からウキウキした雰囲気が漏れているのだが、全く気づいていない。

 興奮のあまり、敬語が取れていることも気づいていない。

 

 それほどに、リリィが嬉しく思ってくれていることにベリークは喜び……リリィの背後で、とてもイイ笑顔でグッと親指を立てているリウラに心から感謝した。

 

「……はい」

 

「?」

 

 スッと手の甲を上にして左手を差し出したリリィに、ベリークが戸惑う。

 湧き上がる喜びが落ち着いたのか、頬の赤みは残りつつもすまし顔で微笑みつつ、茶目っ気たっぷりに片目を閉じて、リリィはねだった。

 

「指輪。……ベリークさんの手で、はめて欲しい」

 

「……わかった」

 

 白魚のような細い指に、緑の無骨で太い指が丁寧に指輪をはめていく。

 

 『美女と野獣』と呼ぶにふさわしい容姿のカップルだ。きっと多くの人……特に嫉妬に狂う男たちは、こぞって彼女達を見て『釣り合っていない』と言うのだろう。

 だが、お互いを大切に想って誓いを交わす2人の姿は、リウラ達から見て……微笑ましいほどにとてもお似合いだと感じられたのだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 ホッとヴィアは安心したように溜息をつく。

 

 ――本当に……本当にリリィが幸せになれて……穏やかに暮らせるようになって良かった

 

 前世の記憶を取り戻してから、彼女はずっと生きた心地がしなかっただろう。

 彼女の前世の何倍も治安が悪い今の世界では、かつてのような平穏はこれからも決して得られないだろうが……それでも、こうして大切な仲間と伴侶を手に入れ、彼女を政治的に護る国もできた。

 

 この平穏な日々を、彼女のためにも、我が子のためにも、微力ながらこれからも護っていこう……ヴィアはそう、心に誓う。

 

 リウラは、ヴィアから溢れる感情にリリィへの親愛と決意の色を見て、なにげなく()いた。

 

「ねえ、ヴィアさんがリリィを大切に想ってるのって――」

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ヴィアは眼を見開き、リウラへと振り返る。

 

 リウラは自然体でジッとヴィアの返事を待っている。

 ヴィアから驚愕の波が抜けると、肩から力を抜いて苦笑し、訊き返した。

 

「……いつから気づいてたのよ」

 

「ん~……実は、最初にヴィアさんに会った時から“よく似てるな~”とは思ってたんだよね。振る舞いとかしゃべり方とか……なにより性格とか考え方が、もうホントにそっくり」

 

「……そんなに似てた?」

 

「双子かと思うくらい瓜ふたつだよ。大切なもののために簡単に他人を切り捨てたり、逆に自分を切り捨てたり。“信頼できる”と思った人には簡単に信じ切っちゃったり、いざ人を頼る時は真正面から誠実に頼み込んできたり……」

 

「……」

 

「ちょっと違和感を感じたのは、リリィがお酒を飲んで日本語で歌を歌いだした時かな? あの時、ヴィアさん凄いビックリしてたけど、今思えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? その時の私は気づかなかったけど、でも、その後から急にヴィアさんがリリィに親切になったのはちょっとだけ気になった」

 

 おそらく、当時のヴィアも“リリィが自分と同郷の生まれである”と知った程度であっただろう。

 だが、それがリリィの立場のより深い理解へと繋がり、ヴィアの同情を生んだ。だからこそ彼女はリリィに対して協力的になったのだ。

 

「“ひょっとして”って思ったのは、魔王(アナ)さんが『リリィの魂は別世界の魂だ』って言った時。あの時、アナさんに引っかかった魂片(こんぺん)がリリィの人格に影響した、ってことは分かったけど、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?”って考えて……真っ先に思い浮かんだのがヴィアさんだった」

 

「……」

 

 ほんのわずかにヴィアの眉がひそめられる。鬼を思わせる巨大な化け物――おそらくは、アレがかつての魔王だったのだろう――に魂を引きちぎられた時の、想像を絶する苦痛を思い出したからだ。

 

 あの後、とある猫獣人の女性の腹に宿り、彼女から無償の愛を注がれ続けていなければ、きっと今もヴィアはその時の事がトラウマとなっていたに違いない。

 

「確信を持ったのは、この異能(ちから)に目覚めてから。リリィとヴィアさんの魂の色……微妙に違うけど、凄いそっくりだよ。“姉妹だってここまで似てない”ってくらい、そっくりだった」

 

「そう……」

 

 ヴィアは再び幸せそうに(むつ)み合うリリィ達へと視線を戻す。

 そうしてしばらく見つめていると、ヴィアはぽつりぽつりと話し始めた。

 

「私ね……()()()()()()()()

 

「……うん」

 

 聞く人が聞けば衝撃的な事実を、リウラは静かに受け入れる。

 

 

 ――姫狩りダンジョンマイスター

 

 人間族の勇者に倒され、魂だけの存在となった魔王が新たな肉体を手に入れるも、その身体が脆弱な人間族のものであったため、唯一残った配下である魔族の少女“リリィ”を鍛え上げながら、配下を増やし、元の肉体を取り戻すまでを描いた、R-18の男性向けゲームだ。

 

 そう、この世界は()()()()()()()()()()

 決してそれらを女性がプレイしないとは言わないが、高確率でプレイしている人たちは男性だ。

 その世界を知っていた魂……リリィの魂と融合した魂片やヴィアの生前もまた、それに当てはまっていたのである。

 

 ゲームの知識の記憶はリリィの魂片に全て持って行かれたのだろう……ヴィアはこの世界についての事前知識など一切持っていない。

 その代わり、彼女にはリリィには無かった“自分は何者か”という記憶がしっかりと残っており……それが、彼女を苦しめていた。

 

「こんな人権なんて存在しない世界で、“性同一性障害”なんて理解される訳がない。だから、マフィアの跡取り娘としてこの世界に生まれた時から、私は苦しかった。幸い、マフィアの家に生まれたから多少ガラが悪く(女の子らしくなく)ても許されたけど……男を伴侶に迎えなければならないことが、どうしても私には受け入れられなかった」

 

 多少の壁は感じていたものの、両親を含めアルカーファミリーの皆はヴィアを愛してくれた。

 

 ……そして、ヴィアはそんな彼らを失望させたくなかった。

 

 ちゃんと子供を作り、跡継ぎを……孫を抱かせ、安心させてあげたかった。

 色々とわがままを言って両親を困らせてはきたが、そこだけは絶対に困らせたくはなかった。

 

 

 ――だから、ヴィアはリシアンに目をつけた

 

 

 リシアンと初めて出会った時、ヴィアは“これだ”と確信した。

 エルフという、男性であろうと女性に見紛(みまご)う美形種族。更には、未だ二次性徴を迎えていない、男臭くない肉体……ヴィアは“この子だったら、()()()()()()()()()()”と確信したのだ。

 

 そう、彼女はショタコンではない。“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”だけなのである。

 

 幸い、両親は政略結婚とは無縁で、『ヴィアの好きな人を選べばいい』と常々(つねづね)言ってくれていた。

 一目惚(ひとめぼ)れしたと嘘をつき、惚れた演技を()ってリシアンに近づいた。

 

 

 ……そして、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 友人として魅力的だとは思っていた。それが、いつの間にか友情が愛情にすり替わっていた。

 到底理解できないと思っていたはずの“女性としてのヴィア”が目覚め、次第次第に男としての感覚は薄れ……今では、こうして彼と愛し合った結晶をこの腕に抱いている。

 

(――本当、人生って何が起こるか分からないわね)

 

「……だけど、やっぱり私とあの娘は違うわね。私だったら、どんなに良い人でもあんなに男くさい人を選べるとは思えないわ」

 

 ヴィアと同じ魂片によって人格に多大な影響を受けたとはいえ、土台は“リリィ”なのだ。混ざり合った魂は、魂の本体と似てはいても決して同じではない。

 

 原作のリリィは、例え魔王がどんな姿になろうとも心から慕い続けた、非常に一途な睡魔である。

 そんな“リリィ”の魂を土台とする彼女にとって、本当に心からその人を愛したのであれば、例え相手が豚面(ぶたづら)の巨漢であろうとも関係ないのだろう。

 そのことが今のリリィを見ていれば良く分かった。

 

「別にいいんじゃないかな? 元は同じ魂でも、リリィはリリィ。ヴィアさんはヴィアさんなんだから」

 

 軽くそう言うリウラ。

 見えざるものを見るリウラは知っている。魂とはいろんな色があるから美しいのだと。

 

 その魂のしたいこと、したくないことはそれこそ千差万別。

 “どんなに良い人でもオークと結婚するのは無理”……そんな人が居たって別に良いと思う。

 そうした個性を否定したら、ロボットのような無味乾燥な人々の住む世界となるだろう。そんなもの、リウラは見たいとは思わなかった。

 

「……さ~て、それじゃ、孫の顔も見れたことだし、俺は行くぜ」

 

「もう行くの?」

 

 今のヴィア達の会話を気にもせず、ブランが言う。

 

 ヴィアもブランも、今の会話の内容を聞いたところで崩れるような親子関係でないことを理解している。

 だからこそ、ヴィアもこの場で何のためらいもなく話し始めたのだろう。

 

「ああ、ちょっと墓参りにな」

 

「母さんの? だったら私も行くわよ」

 

 ヴィアが用意をしようと動き出すのを手で制し、ブランはどこか悲しそうな目をしながら言った。

 

「……いや、俺の戦友だ」

 

 

***

 

 

 ――迷宮の魔王との戦場跡地

 

 戦の跡が2年の間で緑の草原に覆い隠されたそこに、ぽつりと石碑が置かれている。

 その石碑には、“デアドリー・ディル ここに眠る”と刻まれていた。

 

 ブランはそこに少量の菓子とワイン、そして小さな薬瓶を置くと、片膝を立てて座り込んだ。

 

「……」

 

 しばらく無言でそうしていると、背後から足音が近づいてくる。

 やがて、足音の主は呆れたような溜息をつくと、苦笑いしていると明らかにわかる声音で言った。

 

「……また、そんなものを供えてるんですかい? デアドリー副隊長、怒りますぜ?」

 

「んなこたぁねぇよ。……なんだかんだ言って、怒ったふりをしながらも菓子をつまみにワインを飲んで馬鹿話して、最後に脂燃薬(やせぐすり)を飲んで安心する……そういう可愛い女だったからな」

 

「……」

 

 ブランの部下である狼獣人の男性、ヴォルクは暫し(もく)すると、ぽつりとつぶやくようにブランに問う。

 

「……副隊長を、どうして止めなかったんですか?」

 

「……元々あいつは汚れ仕事にゃ向いてなかったんだ。特務部隊なんてものに入っちまったのがアイツの大きな間違い。“人間”の醜さを毎日毎日見続けて……そんでもって、ある時そんな鬱屈した感情を吹っ飛ばすくらい綺麗なものを見ちまった……よりにもよって、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『――ブライト隊長! 私、気づいたんです。私達がしているような、こんな醜い仕事をなくす方法に!』

 

()()()()()()()()()()! 人間が欲望に染まり、怠惰に流れ、悪に手を染めるのは、強大な敵がいないからです! 苦難が無いから、恐怖が無いから、自分が害されないから、人は堕落し、つつましさを知らず、他人を想いやることができないんです!』

 

『――だから、私は人間の心を美しく保つため、永遠に彼らの強大な敵として君臨します!』

 

 

 

 迷宮の魔王ディアドラの過去……デアドリー・ディル。

 彼女はユークリッド特務部第一部隊隊長ブライト・アルカポネ――のちのブラン・アルカーが直々(じきじき)にスカウトした、非常に優秀な人材だった。

 

 非常に強大な魔力や幅広い魔術知識からなるその魔術の腕もそうだが、なにより優秀だったのは、どんな人間の(たくら)みだろうとも見抜く、その洞察力と思考力。

 そして、それらを己のものとすることができる立案能力だった。

 

 故に、ブランは彼女を副隊長に取り立てて、暗部として様々な汚れ仕事を行っていたのだが……まさか、彼女が狂気に目を染めてそんなことを言い出すほどに追い詰められているとは思わなかった。

 

 だから、ブランは彼女を解任した。やりたいことをやらせてやった。それだけが彼女を追い詰めた自分にできる唯一のことだと思ったから。

 ブランは自分達の主にこのことを報告していない。ただ“部下が1人死んだ”と報告しただけだが……おそらく主はこのことに気づいているだろう。その上で何も言わないのだから、きっと問題ない……そう、ブランは考えた。

 

「……だから、副隊長の好きにさせたと? そのせいでヴィアラガルデ様が危険に(さら)されて、俺達の任務が失敗するかもしれなかったのに?」

 

「……いや、すまん。まさかアイツが魔王の封印を解いて融合するとまでは思わなかったし、ヴィアもあんだけポンポンポンポンとんでもねぇ厄介ごとに巻き込まれるとは思わなかったんだよ」

 

「そーいうところは、ほんっと変わってませんね。今までどれだけ副隊長に頼ってたかが良く分かるってもんです」

 

「……とりあえず、ヴィアをそう呼ぶのは止めろ。俺達以上の実力者が聞いているとも限らねぇ」

 

「……了解」

 

 ブランとヴォルクは再び黙して佇む。

 そうして、ブランは今しがたヴォルクに言われた“任務”が終わった時のことを思い起こしていた。

 

 

 

 

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