水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第二章 怪盗リウラ 中編

「「弟(さん)を助けたい?」」

 

 リリィとリウラの声がハモる。

 リリィ達の目の前にいるのは獣人族――猫獣人の上位種であるニール種の少女と、エルフの少女だ。

 

 猫獣人(ニール)の少女は、だいたい16~17歳くらい。

 ポケットがたくさんついたノースリーブのジャケットも、その下に着ているタンクトップも腹が見えるほど(たけ)が短く、ホットパンツからは健康的に引きしまった両脚がすらりと伸びている。

 後ろ腰に交差するように2本の短剣(ダガー)。その上から被せるようにポーチを身につけている。

 

 髪は鴉の濡れ羽色に光を反射するショートボブ。

 そこから飛び出す猫耳と、腰から伸びる2本の尻尾も同色だ。

 

 やや吊り上がり気味の金色の瞳は、本来であれば勝気な印象を与えるのであろうが、意気消沈している今は痛ましさを感じる。

 

 エルフの少女はリウラよりも幼く……だいたい13~14歳くらいに見えるが、いかんせんエルフは総じて千年は生きる若作り種族であるため、これだけでは判断できない。

 

 青を基調とした上着と膝下まであるロングスカートを身に着けており、スカートからは黒いストッキングに包まれた足がすらりと伸びている。

 

 背には、魔力を感じる立派な(こしら)えの弓と矢筒(やづつ)

 腰まである(つや)やかな銀の長髪からは、エルフ特有の(とが)った長耳が飛び出しており、その頭部には大きな青いリボンが結ばれている。

 

 美貌(びぼう)で知られるエルフの名に恥じない整った顔立ちは、『命を吹き込まれた人形である』と言われても納得できるほどであり、特に青玉(サファイア)のような両の瞳は、見ているだけでまるで吸い込まれそうな印象を受ける。

 

 リリィとリウラの疑問の声に、エルフの少女がコクンと頷き、猫獣人の少女が口を開く。

 

「私の名前はヴィア。こっちのエルフの()がリューナ。……知ってるとは思うけど――」

 

 リリィもリウラも世間知らずだ。もしヴィアが今から言おうとしていることが常識的なことであり、たとえそれを知らなかったとしても、“恥を(しの)んで、きちんと質問しよう”とリリィは意識する。

 

 

 

 

「――迷宮のここら一帯を牛耳(ぎゅうじ)るマフィアのボス……ブラン・アルカーの娘とその養子よ」

 

「ストップ。待って。お願い、ちょっと待って」

 

 

 

 

 リリィが早々にヴィアの言葉を(さえぎ)る。

 のっけから、とんでもない発言が飛び出してきた。

 

「“()()()()()()()”……? それって、ひょっとして“水の貴婦人亭(きふじんてい)”の……?」

 

 冷や汗をたらしながらリリィが問うと、2人は“何を当たり前のことを”と言わんばかりの表情で頷く。

 

「……知らずに宿をとっていたんですの?」

 

「あそこ、私の実家よ? ……ていうか、“父さんや私達のことを知らない”って、いったいアンタ達どっから来たのよ?」

 

 リリィは頭を抱えた。

 

(『()()()()()()()()()宿()』って、そういう……!)

 

 リリィはロジェンの発言を思い返して、納得した。

 

 それはそうだろう。マフィアのボスが経営する宿屋だ。彼の客に手など上げようものなら、“舐められた”と判断されて即座に潰されかねない。

 そう考えると、リウラの財布がスられたのは、かなりギリギリのラインだ。ブランは笑い飛ばしていたものの、リリィ達の知らないところで、そのスリが締め上げられていても、まったくおかしくはない。

 

 しかし、ロジェンは何故このことをリリィ達に話してくれなかったのか?

 単純に話し忘れていた? ……それはない、とリリィは判断する。

 

 

 ――『あの面倒見のいい嬢ちゃんらしくねえな』

 

 

 ブランの発言を信じるならば、面倒見がいいはずのロジェンが、こんな重要なことを……それも『マフィアだから気をつけてね』とひとこと言えば済むことを忘れるなど、考えにくい。

 

 そこまで考えたところで、隣にいるリウラのきょとんとした表情が目に入った

 

(……あれ? なんで、お姉ちゃんはこんなに平然(へいぜん)として……)

 

 ハッ、とリリィは気づく。

 

 

 ――“魔王の使い魔”なんて、とんでもない肩書を持っている自分が、リウラに恐れられないのは何故か?

 

 

(私を……“魔王の使い魔”ではなく、ただの“リリィ”として見てくれているから……)

 

 『ブランがマフィアのボスである』とロジェンがリリィ達に伝えなかったのは……わざとだ。おそらく、先入観を与えたくなかったのだろう。“マフィアのボス”というレッテルを貼ることなく、彼のことを見て欲しかったのだ。

 

 リウラは、彼がマフィアであると知っても、彼女自身が見たままのブランの人柄を信じている。彼女にとって“マフィア”という肩書は、決して彼の人格を決定するものではないのだ。だからこそ、“どうしてリリィは、こんなにうろたえているのだろう?”と、リリィを見てきょとんとしている。

 そして、そんなリウラだからこそ、リリィは“魔王の使い魔”という肩書を持ちながらも、彼女に大切な家族として愛してもらえたのだ。

 

 ……だというのに、自分は『彼はマフィアである』と聞いただけで、勝手にブランのことを“恐ろしい人である”と思い込もうとしていたのである。

 

 リリィは、そんな自分を深く恥じた。

 

「話を止めてしまって、ごめんなさい。続きをお願いします」

 

 そして、あらためてヴィア達に向き直り、話の続きを(うなが)す。

 ……決して彼女達を“マフィアの関係者である”という色眼鏡で見ず、きちんと話を聞こう、と心に誓って。

 

 リリィの言葉に、リューナが頷いて口を開く。

 

「今から数年前、私の家族が魔族に襲われたんですの……」

 

 

 

 

 

 リューナの話はこうだった。

 

 リューナとその家族は、この迷宮からそう遠くない、地上の森の片隅でひっそりと暮らしていた。

 少々不便な生活ではあったものの、優しい両親に恵まれたリューナとその弟――リシアンサスは幸せに暮らしていた。

 

 ところがある日、突然リューナの家族が魔族の集団に襲われた。

 

 襲われた理由は今でもわからない。

 リューナ自身はとある人物に助けられ、ヴィアの父――ブランに預けてくれたことで無事だったが、両親は殺されてしまい、弟は行方不明。

 

 そして、ヴィアやブラン達の力を借りて、リューナがリシアンサスの居場所を突き止めた時……彼は既にその身分を奴隷に落としていた。

 

 しかし、彼は転んでもタダでは起きなかった。

 奴隷は奴隷でも、闇の密輸商ラギール・バリアットが大陸中に展開する支店……その店主に彼は収まっていたのである。

 

 ラギールは極めて優秀な者にしか店を任せない。

 彼の店は“売れる物ならば何でも”、“売れる相手ならば誰にでも”物を売る。

 必然、普通の店では考えられないような幅広い商品知識や、荒くれ者・道理を(わきま)えない者への対応能力、店を切り盛りするための経営・会計知識など、様々な能力を高いレベルでバランスよく身につけなければ店を経営することができないからだ。

 

 リシアンサスは、ラギールの課す常識を超えた訓練や課題を見事にクリアし、通常の奴隷では有り得ない破格の待遇(たいぐう)を得ることに成功していたのだった。

 

 お得意様に時々性的サービスを提供しなければならないものの、それ以外は基本的に一般人と同様の生活を送れる。

 給金もきちんと支払われており、貯めれば自分を買い戻すこともできるし、高い功績をたてれば無償で解放してくれることもある。

 さらには、優秀な成績をあげたリシアンサスの希望が聞き届けられたことで、この迷宮の支店に異動することができたため、リューナと頻繁(ひんぱん)に会うこともできている。

 

 ブランの多大な援助もあり、リシアンサスの頑張り次第では、数年もあればその身柄を買い戻すこともできる……全ては順調なはずだった。

 

()()()?」

 

 過去形で終わった言葉にリウラが疑問の声を上げると、リューナは頷いて続ける。

 

「……ラギールの店では、()()()()()()()()()()

 

 リウラの表情が固まる。

 

 ラギールの店では店主も奴隷として売られている。

 だからこそリューナ達はリシアンサスを買い戻すことが可能なのだが、彼女達とは全く関係のない他人……得意客の1人が彼を気に入り、購入したいと申し出たのだ。

 店主の値段は中規模の(とりで)が1つ建つほど高額であるため、すぐに満額を用意することはできないらしいが、それでも1年かからずに工面(くめん)できるらしい。

 

 この情報にリューナは焦った。

 

 もし(くだん)の得意客に買われてしまったら、弟は帰ってこない。

 だが、まともなやり方では……仮に知り合いという知り合いから借金をしてかき集めたとしても、得意客よりも先にそんな大金を用意することなどできない。

 かといって、リシアンサスを無理やり(さら)うこともできない。魔術で奴隷契約を結ばされている上、契約を結ばせた術者もどこにいるかわからないため、(おど)して解放させることすらできないのだ。

 

 追いつめられた彼女は、その弓と魔術の腕を()かし、次々と盗賊から金品を巻き上げ、賞金首を狩る賞金稼ぎと化した。

 

 共に育った家族であり、親友でもあるヴィアの協力もあり、資金は凄まじい勢いで貯まっていった。

 しかし、それでも砦1つ分の金額を1年で貯めきることは厳しく、リシアンサスを“客”よりも先に購入するためには、2人は自分達の身の丈を超えた賞金首や大盗賊団を狙う必要があった。

 

「……2人には、その超高額の賞金首や、大量の金品を抱える大盗賊団を狩る手伝いをして欲しいんですの」

 

「どうして私達に? 自分で言うのもなんですが、私達はまだ子供ですよ? おまけに実績もゼロ。とてもお手伝いできるとは思えませんが?」

 

 リリィは冷ややかな目で言う。

 

 見た目で言うなら、リリィは10歳前後、リウラは15~16歳程度。

 この世界では子供でも凄まじい実力を持つ者もいるし、子供の姿で何千歳という若作りもいないわけではないが、常識的に考えてこんな物騒な頼みごとをする相手ではない。あやしさ満点である。

 

「……だれも手伝ってくれないのよ」

 

「どういうことですか?」

 

 ヴィアが苦々(にがにが)()に言うと、リリィが眉をひそめる。

 

「私達は少しでも多くのお金を、一刻も早く手に入れなければならない。つまり、金銭的な報酬が約束できないのよ。……にも関わらず危険度は高い。あまりにも割に合わなすぎて、みんながみんな断ってしまう」

 

「……当たり前じゃないですか」

 

 リリィは呆れる。

 

 たしかに事情を(かんが)みれば、1日でも早く、1エリンでも多くのお金を確保する必要がある彼女達にとって、容易に多額の金銭的報酬を約束はできないだろう。

 妥協(だきょう)して高い報酬を与える契約をしてしまえば、危険度の高い仕事をより多くこなす必要があるし、そもそも期間が限られている以上、そんな大仕事をいくつもこなす余裕もないからだ。

 だが、だからといって危険な仕事に対して報酬を確約できなければ、仲間が集まらないのは当たり前である。

 

 こういう時に頼れるはずのブランは『なんとか金は用意してやるから、へたに動くな』と、危険なことをしないよう、逆に釘をさしてくる始末。当然、マフィアの人員も借りられない。

 しかし、今すぐにでも例の客がやってきて、リシアンサスを買ってしまうかもわからないのに、彼女達はじっとなどしていられなかった。

 

「彼を取り戻したら、必ず相応のお金は渡すから! 何年かかってもちゃんと渡すから! だからお願い、私達を助けて!」

 

(毎回この要領で頼んでたんだ……そりゃあ、誰も引き受けないわ……)

 

 こうした盗賊・賞金首狩りは、即座に大金が手に入ることが最大のメリットである。

 逆に言えば、そのメリットが無ければ誰も()(この)んで、こんな命のやり取りを(ともな)う危険な仕事など引き受けはしない。

 その最大のメリットを『ローンで払うから』と言われて引き受ける者など、まずいないだろう。よほどのお人好しなら話は別だが……

 

 

(……()()()()?)

 

 

 嫌な予感がしたリリィがくるりと首を動かして隣を見れば、ダバダバと涙を流す()()()()水精(みずせい)がそこにいた。

 

(――しまったあああっ! この人達が私達を選んだのは、()()()()()()()()()()かぁっ!?)

 

 きっと告知板(こくちばん)の前でのやり取りを見られていたのだろう。

 リウラが『指輪を盗られた人が、かわいそうだから』と依頼を決め、リリィがそれに頷いたところを見て、“こいつらなら(じょう)で動くに違いない”と思われたのだ。

 

 その後、気配を消してリリィ達を尾行し、オークの盗賊団を倒したところを見られたことで、“実力もある”と判断された。

 

 しかし、オーク達を倒した直後に現れたら、リリィ達を尾行していたことがバレバレだ。そんなことをしたら、リリィ達から警戒されて交渉の難易度が跳ね上がってしまう。

 ただでさえ、彼女達は“マフィアのボスの娘”という、人聞きの悪い肩書を背負っているのだ。ひょっとしたら、話すら聞いてもらえないかもしれない。

 

 だから……おそらく彼女達は、いったん気配を消したまま来た道を戻り、距離を開けてからわざと気配を(さら)し、足音を立てながらリリィ達の元に来たのだろう。そうすれば、『自分達を手伝ってくれるかもしれない人が現れたことを聞いて、“水の貴婦人亭”からすぐに飛んできた』と言い訳ができる。

 

(……けっこう、いやらしい手を使うなぁ。あまり信用しない方が良いかも)

 

 メリットが無い上に危険すぎる依頼。

 おまけに世間知らずの自分達では、彼女達に(だま)される可能性も高い。

 

 姉には悪いが、ここは断ったほうが無難(ぶなん)だろう。

 リリィは断りの文言を口にしようと口を開きかける。

 

 

 

 ――その時、嫌な気配がリリィの全身を包み込んだ

 

 

 

「ぐぅっ!?」

 

「リリィ!?」

 

 突如(とつじょ)として胸を締めつけられるような痛みに襲われ、リリィは胸を押さえてうずくまる。

 

「ちょっと、アンタ!?」

 

「……! ど、どうしたんですの!?」

 

「な、んでもないです……触らないでください!」

 

 様子のおかしくなったリリィに駆け寄るヴィア達を、“今の自分を調べられたら(まず)い”とリリィは慌てて振り払う。

 

 痛みは一時的なもので、すぐに消えた。

 しかし、この症状に心当たりがあるリリィにとって、決して楽観できる事象ではなかった。

 

 すぐさま魔王の魂に検索をかければ、該当するものが1つだけ存在した。

 それは……

 

(魔王様が封印されたときと同質の力……やっぱり人間族が封印の強化を始めたんだ!)

 

 魔王の肉体への封印を強化した影響が、リリィの中にある魔王の魂にまで届いたのだろう。

 

 そしてこれは1回こっきりではない。

 これから毎月1回定期的に儀式が行われ、完成すればリリィは無事ではいられない。それは原作でハッキリと描かれている。

 

(まずい……。この痛み……思った以上に時間が無いかも……!)

 

 リリィは焦る。

 隠れ里を出た直後に立てた“リリィが生き残るための計画”は、原作の内容から“だいたいこれくらいの時間的猶予(ゆうよ)がある”と見積もって立てられていたが、リリィが今まさに体感している現実でも同じように進む保証はない。

 

 この依頼の危険度も依頼人の信頼性もリリィ達にとっては未知数で、通常ならば断わるべきなのだろうが……

 

(相手は表面的には弱い立場を演じている。なら、こっちはある程度強気に交渉できるはず……うまくいけば計画を前倒しにすることも……)

 

 リリィは(しば)し悩み、実質的に“了承”を意味する文言を口にした。

 

「……条件が有ります」

 

 

***

 

 

「待ちやがれ!! このクソガキがああぁぁ!!」

 

「舐めやがって!! 両手両足へし折った後、股座(またぐら)から○○○して、○○○てやらあ!!」

 

(……(こわ)っ! めっちゃ怖っ!!)

 

 冷や汗をたらしながら、リリィは翼を広げ、全力で盗賊達から逃走する。

 

 大量の強面(こわおもて)のおじさんやお兄さんたちが、額に青筋を立てて武器を振り上げて追いかけてくる(さま)は、それはもう『怖えぇ!』の一言(ひとこと)

 

 水蛇(サーペント)ほどの迫力は無いものの、背後から殺気だった声で叩きつけられる“捕まった場合の己の未来予想図”が妙に具体的かつ現実的(リアル)なため、ある意味、水蛇以上に恐ろしい。

 特に対女性ならではの“あれやこれや”は聞くに堪えず、リリィは自分の頭頂部の猫耳を両手で(ふさ)ぎたい衝動と必死に戦っていた。

 

 ときおり飛んでくる投げナイフや魔弾を(かわ)しつつ、盗賊達を引き離さないよう迷宮を飛び続け、リリィは大きな屋敷がすっぽり入りそうなほど広い空間に飛び出した。

 そのまま広間の反対側の端にリリィが到達しようとしたその時――

 

「リウラさん……今ですの!」

 

「よっっっこい、せええぇぇぇっ!!」

 

 広間で待機していたリューナが合図を出すと、隣にいるリウラが力強い掛け声とともに、思い切り何かを引っ張るような動作を行う。

 

 すると、地面を覆う水膜がズルリと真横に(すべ)り、それを踏みしめて走っていた盗賊達は、足を取られて一斉(いっせい)に転倒した。

 

 その隙を見逃さず、リューナが物陰から驟雨(しゅうう)のごとく大量の矢を()びせかける。

 リューナが構える鮮やかな若草色に彩られた弓は、つがえる矢に稲妻を(まと)わせ、射抜いた者を次々と麻痺・昏倒させてゆく。

 

 睡魔(すいま)鳥人(ハルピュア)といった翼を持つ盗賊が、数人(から)くもこの罠を回避する。しかし、罠に気を取られるあまり、飛翔して接近するリリィへの対応がおろそかになって、麻痺毒を塗られた水剣で次々と落とされてゆく。

 

 幸運にも転倒から回復し、なんとか矢を避けて広間を逃げ出そうとする盗賊は、リウラの水壁に(はば)まれて逃げ道を失っていた。そして、いつの間にかヴィアに背後から接近され、短剣(ダガー)柄頭(つかがしら)を首筋に打ち込まれて意識を奪われる。

 

 リリィが広間に突入してからわずか3分足らず。瞬く間に盗賊団は壊滅した。

 

「……こんなに簡単で良いのかな?」

 

 あまりにあっさり片づいたため、肩透かしをくらった様子のリウラが疑問の声をあげる。

 

 ヴィア達の話から想像していたよりも、盗賊達が(はる)かに弱い。

 はたして本当にこれで“大盗賊団”と呼べるのだろうか? 

 

 たしかにリリィとリウラの協力があってこそ、あっさり片づいた側面もあるだろうが、それでもヴィアとリューナの戦いぶりを見れば、そこまで苦労しそうには見えない相手である。

 正直、自分達の協力が()るのか疑わしいくらいだ。

 

「リリィさん。あと何人くらい残ってそうですの?」

 

 リューナが残りの盗賊の数を()くと、リリィは「う~ん……」と(うな)る。

 

「……たぶん、全員()れたと思います。この人達、アジトの中でどんちゃん騒ぎしてたんですけど、そのとき見かけた人達、ほとんど此処(ここ)にいますし……なぜか見張りも警邏(けいら)する人も全然見かけなかったし……」

 

 と、そこまで言って「あ」とリリィが声を上げ、倒れている盗賊達を見やる。

 

「すみません。あと1人は確実に残ってます。……気絶してるかもしれませんが」

 

「どういうことですの?」

 

「首領っぽい人を、思いっきりぶん殴ってきたんです。手加減はしましたけど、そこそこ力を込めたんで意識が飛んでるかも……。殴った後、一目散に逃げてきたんで確認はできなかったんですが……」

 

 盗賊団を狩るためにヴィアが提示した方法の1つが“釣り”である。

 文字通り敵を釣り出して罠を仕掛けた場所までおびき寄せ、一網打尽(いちもうだじん)にするやり方だ。

 問題はより多くの相手を釣る方法であったが、それはリリィが思いついた。

 

 リリィが盗賊達を釣り出すために()った方法は単純だ。

 

 アジトに忍び込んだ後、まず、盗賊団の中で一番えらそうにしている人を見つける。

 大きな稼ぎでもあったのか、陽気に騒いでいる盗賊達の中で1人だけ多くの女性を(はべ)らせている人物がいたので、特定はあっという間だった。

 

 その後、リリィが()びた笑顔と猫なで声で近づくと、ターゲットは何の警戒もせずにリリィを招き寄せた。

 ターゲットが侍らせている女性達も、ライバル……というか、“邪魔者が現れた”という(たぐい)の警戒はするものの、“自分達に危害を加えようとしているのではないか?”という警戒心は微塵(みじん)も感じられなかった。

 

 それも当然と言えば当然。

 

 この世界において“睡魔”という単語は、“淫乱”と同義。“男と見れば飛びついて(くわ)え込む不埒(ふらち)な魔族”というのが共通認識だ。

 彼女達の主食は性行為による精気摂取であるため、あながち間違っているわけでもない。

 

 彼女達との行為は、他の種族では決して味わえない凄まじい快楽を得られるため、お金を払ってでも彼女達と関係を持ちたいという者は少なくない。

 また、睡魔側もお金を継続して払ってくれればありがたいので、こういった相手に対しては精気を吸いつくして殺してしまうことも、まず無い。

 こうしてお金を持っている人のところへリリィが足を運んでも、まったく不自然ではないのだ。

 

 特に魔力を抑えたリリィは、どこから見ても“幼さ故にうまく生活できず、お(こぼ)れに(あずか)ろうとしている睡魔の少女”にしか見えなかった。

 

 あとは簡単。

 笑顔のまま()り寄りつつ、ターゲットのどてっぱらへ“ねこぱんち”。

 

 何が起こったのか分からず盗賊達が固まっている間に、翼を広げて逃げ出せば任務完了。

 荒くれ者の集団である盗賊達は、自分達を舐めきった恐れ知らずの行動に(いた)くプライドを傷つけられ、凄まじい怒号(どごう)とともにその場にいた全員が押し寄せてきた、というわけだ。

 

 その話を聞いたヴィアは、「ふむ」と納得した様子を見せると全員に次の指示を出す。

 

「こいつらのアジトへ向かうわよ! 全員、周囲の警戒を(おこた)らないように! リリィは罠の見つけ方を教えてあげるから、私の(そば)に来なさい!」

 

 リリィが依頼を受ける条件として出したのが、“知識の提供”であった。

 

 魔王の魂からも知識は得られるものの、それらは全て“暴君として”、“凄まじい才を持つ実力者として”の視点で構築されたものであり、一般人が迷宮を生きる上で必要なものは少ない。

 たとえば、“宿の見つけ方”や“値切りの仕方(しかた)”という知識は無く、逆に“物の奪い方”や“尋問の仕方”の知識は存在する、といった具合だ。

 

 契約が完全に終了するまで……具体的には、ヴィア達が約束した報酬をリリィ達に払いきるまでの間、ヴィア達はリリィ達に可能な限り迷宮で生活するうえで必須の知識を提供し、さらにリリィ達から質問を受けたら可能な限り答える、という契約をリリィは持ちかけ、既に追いつめられていたヴィア達は『その程度なら』と即座に了承したのだった。

 リリィの水剣に麻痺毒を塗ってくれたのもヴィアである。

 

 これは、即、リリィの魔力強化に(つな)がるような報酬ではない。しかし世間知らずのリリィ達にとって、それらの基礎的な知識は、リリィの魔力を強化するための行動を支える強固な(いしずえ)となってくれるだろう。

 

 リリィ達を仲間にしたことで余裕ができたのか、ヴィアは弱り切った様子から立ち直り、堂々(どうどう)とリーダーシップを発揮するようになった。

 おそらくは、これが本来の彼女なのだろう。リリィから見て“ちょっと偉そうだな”とは感じるものの、活き活きと動いているこちらの方が好ましいのは確かだ。

 

「ラジャ!」

 

「了解です」

 

 リューナが頷き、リウラ、リリィがしっかり返事したのを確認すると、ヴィアは盗賊団のアジトへと向かう。

 

 その道程で、リリィが殴り飛ばした相手とも、その他の盗賊達とも出会うことはなかった。

 

 

***

 

 

「おっきい……」

 

 リウラがぽかんと口を開ける。

 

 盗賊団のアジトは、朽ちて廃棄された砦跡(とりであと)だった。

 けっこう大きな砦であったため、奪った金品を保管しているであろう蔵も、その扉も大きかった。

 

 なにしろ、扉の上端(じょうたん)が首をほぼ真上に向けなければ見えないくらいだ。

 金品を積んだ台車が何台も一斉に入れるように大きく造ってあるようで、リリィ達のいる空間――蔵の前はちょっとしたグラウンドくらいの広さがある。

 砦など見たことがなかったリウラにとっては、今まで見た中で最大級の建造物だ。

 

「いったい何に使われていた砦なんでしょうね……?」

 

 リリィがそう言って疑問符を浮かべる。

 

 よほどの金持ちでなければ、ここまでの砦は築けまい。

 だがそうなると、誰が何のために造り、こうして廃棄されたのか……その理由が気になる。

 

「ほら、無駄話は後々(あとあと)! (ほう)けてないで周囲を警戒しなさい!」

 

「えっと……入り口はリューナさんが警戒してるし、大丈夫じゃないの?」

 

「見晴らしも良すぎるくらいですしね……」

 

 倉庫の鍵を開けようと鍵穴に向かっているヴィアが、リリィの疑問を遮るように声を出せば、リウラとリリィが『その必要があるのか?』と不思議そうな顔をする。

 

「甘いわよ。この世の中、私達が知らない罠も魔術も魔物も数えきれないくらいあるんだから、“警戒して、しすぎる”ってことはないわ」

 

 そんなものだろうか……? 言われていることは理解できるものの、リウラとリリィはいまいちピンときていない。

 特にリリィはあまりにも盗賊団の手応(てごた)えが感じられなかったため、早くもこの盗賊団を見下し始めている。そこまでの罠や魔術を仕掛けられる相手だとは思えなくなっているのだ。……まあ、“未知の魔物がやってくる可能性”についてはわからなくもないが。

 

 

 

 ――だが、(うわさ)をすれば影が差す

 

 

 

 ゾクリとリリィの背筋が粟立(あわだ)つ。

 

 次の瞬間、全員が顔を真上に向けた。

 突如、その方向から強大な魔力を感じたためだ。この迷宮の上層……ひとつ上の階に強力な魔物か何かが現れたことになる。

 その魔力の大きさは水蛇(サーペント)にも劣っていない。とてもではないが、積極的に戦いたい相手ではなかった。

 

 リリィは敵が聞こえないであろう距離にもかかわらず、思わず声を(ひそ)めてヴィアへ指示を()う。

 

「ヴィアさん……どうしたら……」

 

 良いですか、とは言えなかった。

 

 リリィが言いきる前に、天井が轟音とともに崩落した。

 降り(そそ)瓦礫(がれき)とともに巨大な何かが落ちてくる。

 

「チッ!」

 

「っく!」

 

「うわぁっ!!」

 

「……!!」

 

 ヴィアとリリィが素早く跳び退(すさ)り、リウラが声を上げながら慌てて水壁で瓦礫の雨を遮りつつ、後ろへ跳んで大きく距離を取る。

 リューナは瓦礫が落ちてこない位置へ素早く退避すると、落ちてきた“何か”へ向けて弓を構えた。

 

 

 リリィ達の視線の先――落ちてきた“何か”はゆっくりとその巨体を持ち上げる。

 

 

 身長10メートルはあるだろう“ソレ”は、言うなれば、真っ黒で巨大な西洋の甲冑(かっちゅう)……フルプレートアーマーだ。

 その身の丈ほどもあろうかという長さの両刃(もろは)の大剣を右手に持ち、(かぶと)の瞳と(おぼ)しき部分は不気味な赤い魔力光(まりょくこう)で輝いている。

 

「ゴ……ゴーレム……?」

 

 リリィが落ちてきたモノの正体を口にする。

 

「……ただのアイアンゴーレムじゃないですの……皆さん、気をつけるですの……!!」

 

 リューナがゴーレムを(にら)みつけながら続ける。

 その青玉の瞳はゴーレムを覆う黒色の装甲――それらに彫り込まれた魔術紋様を映していた。

 

 

***

 

 

 意思を持つ岩の巨人兵、それがゴーレムだ。

 

 “意思がある”といっても、創造主に魔術的に縛られているため、自由は無い。

 “主から(くだ)された命令を、自律的にこなすことができる”という意味であり、“岩でできたロボット”と思えば間違いはない。

 

 その重量から動作はやや(にぶ)いものの、抜群のパワーと防御力を誇り、弱点さえ突かれなければ、練度や武装にもよるが小規模の軍隊程度なら単体で殲滅できる力がある。

 おまけに少々のダメージならば、周囲の地面から土を吸い上げて傷を埋めてしまうため、一定以上の火力が無ければまともに戦うこともできない。

 

 そして、それをさらに強化したものが“アイアンゴーレム”である。

 

 この名前だけ聞いたら、“岩の代わりに鉄で(つく)られたゴーレム”と考えてしまうだろうが、実際のところは違う。

 そもそも、仮に全身が鉄でできたゴーレムを創った場合、重量がさらに増加して動作が通常のゴーレム以上に鈍くなってしまう。そうなれば、それは唯の巨大な木偶(でく)でしかない。

 では、どうすればゴーレムに(はがね)の強度を持たせることができるだろうか?

 

 

 答えは単純(シンプル)――()()()()()(よろい)()()()()()()()()()

 

 

 鎧の分だけ重量が増加するが、全身を鋼鉄で創るよりは遥かに軽い。この程度なら、戦闘可能な程度の俊敏さは維持できる。

 “ギアゴーレム”、“鉄兵”、“闇の儀仗兵(ぎじょうへい)”など、製法によって呼び方は変化するが、大本(おおもと)のコンセプトは皆同(みなおな)じだ。

 

 そして、“ゴーレムに鎧を着せる”というのは、それ以外にも、とても大きなメリットがあった。

 

「リューナさんッ!」

 

「分かってますの……!」

 

 リリィが突き出した両手の前に、紫に輝く魔法陣が現れる。

 同時に、リューナが精神を集中して詠唱を開始した。

 

 わずかに間をおいて、ほぼ同時にリリィとリューナの魔術が発動する。

 

 

 ――純粋魔術 烈輝陣(レイ=ルーン)

 

 ――火炎魔術 熱風

 

 

 リリィの魔法陣から(まばゆ)い純粋魔力のレーザー砲が放たれ、リューナが右手をゴーレムに向けると、ゴーレムが炎を伴った高熱の竜巻に飲み込まれる。……しかし、

 

「えっ!?」

 

「うそっ!!」

 

 リリィとリューナが大きく目を見開く。

 鉄の巨人は、リリィの放つ魔力の光線を軽々と弾き、リューナの操る炎と風の鎌鼬(かまいたち)()にも(かい)さず、その右手の巨大な剣を振り上げた。

 

「全員回避―――ッ!!」

 

 ヴィアの言葉に正気を取り戻した2人が、バッと横へ飛び跳ねると、そこに柱のような長さの剣が叩き込まれ、地面を大きく砕き散らした。

 

「なんなんですかアレ!? どうなってんですか!!」

 

「……たぶん、あの鎧が特殊なんだと思いますの。魔術を弾く特注品……といったところですの?」

 

「うげっ!?」

 

 リューナの答えに、リリィは(うめ)いた。

 

 冗談ではない。軍隊すら相手どれるはずのゴーレムが、この世界でさしたる脅威とみなされないのは、彼らが共通して“非常に魔術的に(もろ)い”という弱点を持っているためだ。

 

 岩や鉄でできている分、物理的には強固なのだが、いかんせんそれを覆い、魔術的に防御するための魔力が無い、もしくは足りない場合がほとんどなのだ。

 そこまでしてしまうと、単純に作成するコストがかかり過ぎてしまうからである。

 

 だが、このゴーレムのように特殊な武器防具を装備している場合、話は別だ。

 そして、これこそが鎧を着せるというメリットの1つである。

 

 この世界には呪付鍛錬(じゅふたんれん)――(ぞく)呪鍛(じゅたん)と呼ばれる魔術付与(エンチャント)技術が有り、武器や防具に魔術的な効果を与えることは、決して珍しいことではない。

 充分な資金さえあれば、ゴーレム用の特大サイズの呪鍛装備を作成してもらうことは可能だ。

 

 そして、それらをゴーレムに着せ、持たせれば、特殊能力を持つゴーレムの一丁上(いっちょうあ)がり。

 魔術攻撃という弱点がなくなった上、どんな特殊能力を使ってくるかわからない、でかくて堅くて重い敵……悪夢である。

 

「みんな、少しだけそのゴーレムの相手してて! その間に解錠して必要な分だけお宝かっさらうわ!」

 

 ヴィアが全員に指示を出す。

 

 いくら倒すのが難しい相手であろうと、ゴーレムである以上、動作が鈍いことには変わらない。

 わざわざ必死こいて倒さずとも、宝を(かつ)いでさっさと逃げてしまえば、振り切ることは充分に可能だ。

 

 リリィ達が納得し、一斉にヴィアに返事を返した直後、

 

 

 

 ――リリィの頭上に影が差した

 

 

 

「――ッ!?」

 

 反射的に翼を広げ、真横に飛ぶ。

 ズシン……! と大きな音を立てて、先程までリリィがいた場所を(はがね)の足が踏みしめていた。

 

(速い――!?)

 

 横へ飛んだ勢いのまま90度方向転換し、真上へと飛ぶと、今度は巨大な剣が空振(からぶ)った。

 

 通常、身体のサイズが大きくなればなるほど、稼働する腕や足の移動距離が長くなるため、動きはスローモーションに感じられるはずだが、まるで人間サイズの敵を相手にしているかのような、信じられない速度である。

 

 上空へ退避したリリィは、ある事実に気がついた。

 

「何……あの、魔力……?」

 

 愕然(がくぜん)とした表情でリリィは言葉を失う。

 ゴーレムが鈍いのは、重い身体をギリギリ動かせるだけの魔力しか保有していない場合が多いからだ。

 だが、何にでも例外はある。高い魔力を(そな)えたゴーレム、というものも、めずらしくはあるが、決して存在しないわけではない。

 

 目の前のゴーレムは、現れた時以上の……すなわち、あの水蛇(サーペント)すらも超える魔力を、全身からなみなみと溢れさせていた。

 これならば、サイズ差を無視したかのような、あのスピードも頷ける。

 

 そして、その事実は、ゴーレム自身の防御力も半端(はんぱ)ではないほど魔力強化されているということも同時に示しており……ヴィアの解錠を待たぬ即時撤退を、リリィは本気で検討し始める。

 

 ――そこへ、リウラの気合の入った掛け声が響いた

 

 

 

「そいやっ!」

 

 バクンッ!

 

 

 

 ゴーレムの左脚から奇妙な音が聞こえる。

 唖然(あぜん)とするリューナの視線の先で、ガランガランと間抜けな音を立てて黒色の板金(ばんきん)が床を叩いた。

 

 

「ええええええぇええええええぇえええっ!?」

 

 リリィが目を真ん丸にして大声を上げる。

 

 リウラは、ゴーレムの鎧をすり抜けるように水を侵入させ、内側から()()(はず)して見せたのだ。

 おそらく、魔術を弾くのが鎧の外側だけだからこそできた芸当だろうが、すばやく動き回る鎧の隙間を、よくもまあすり抜けたものである。

 まさか、姉の解錠技術がこんなところで役に立つとは……人生、どんなところで何が役に立つか分からないものだ。

 

 ゴーレムは、この場で最も魔力が高いリリィよりも、己の防具を()がすリウラの方を脅威と感じたのか、グルリと頭を動かし、亡霊のように不気味に光る眼でリウラを見つめる。

 

 

 すると、兜の横についていた4本の筒のようなものがガチャンと音を立てて動き、その先端をリウラへと向けた。

 

 

「へ?」

 

「お姉ちゃん、逃げて!」

 

 ドガガガガガガガガガガガガッ!!

 

「うひょわああああぁああああっ!?」

 

 降り注ぐ弾、弾、弾……頭部に取りつけられた筒――いや、銃口から雨霰(あめあられ)(おそ)()る魔弾の嵐に、リウラは短距離走者(スプリンター)も真っ青の素晴らしいフォームで必死に逃げ回る。

 

 先程から水壁を張っているのだが、まるで紙のごとくあっさり破かれており、リウラの表情が恐怖でヤバいことになっている。

 

 ガガオォンッ!

 

 轟音とともに機関銃が停止する。

 リウラが振り返ると、4つの銃口すべてから煙を吐き出している兜をリューナへ向けるゴーレムと、それに向けて弓を構えるリューナの姿があった。

 どうやら、銃口すべてに魔力を込めた矢を放ち、魔弾を誘爆させたようだ。

 

 すると、今度はリューナめがけてゴーレムが歩き始める。

 ゴーレムからかなり距離を取っていたはずなのだが、見る見るうちにその距離が削られてゆく。

 リューナが全力疾走でゴーレムから距離を取ろうとしているが、“誤差の範囲”と言わんばかりのスピードである。

 

 それを黙って見ているリリィではない。

 数瞬だけ考える様子を見せた後、すぐに魔王の魂から必要な知識と経験を自分の魂へ落とし込む。

 

 そして、右手を高く(かか)げ、全員に大声で呼びかけた。

 

 

雷撃(らいげき)、いきます! 全員、気をつけてください!」

 

 

 ゴーレムに最も有効な魔術は何か? ……答えは電撃である。

 

 ゴーレムの身体は基本的に土や岩石・金属などの電気を通す物質でできている。つまり物理的な衝撃は通りにくいが、電気は素通りしてしまうのだ。

 

 すると、ゴーレムの身体を動かしている核――そこに宿(やど)る、魔術で意思を縛られた精霊に直接ダメージを与えることになり、結果、わざわざ固い身体を破壊しなくても簡単に無力化できる。

 ロボットに過電流(かでんりゅう)を流して、内部のコンピュータを故障させる様子をイメージしてもらえば分かりやすいかもしれない。

 

 ゴーレムの纏う鎧は魔術を弾いてしまうだろうが、リウラによって装甲が剥がされた左足だけは別だ。そこから雷撃を流し込めば、機能停止に追い込める可能性は高い。

 

 

 

 ――ゴーレムに背を向けて走っていたリューナは、リリィの声を聞いた瞬間、走ったまま弓を手放し、長く尖ったエルフ耳を両手で覆う

 

 ――ヴィアは解錠作業をいったん中止し、ゴーレムに背を向けてしゃがむと、頭頂部の猫耳を両手でグッと押さえ込み、両目を閉じて口を半開(はんびら)きにする

 

 ――リウラは迷宮ではまず見ることの(かな)わない(かみなり)を見れると知り、「おおっ!」と目を輝かせる

 

 

 

 次の瞬間、ゴーレムの頭上から轟音とともに巨大な(いかずち)が降り注いだ。

 

 

 

 事前にシズクから“魔術によって強化された雷の脅威”を習っていたにもかかわらず、好奇心に負けてその事をうっかり失念したリウラは、リリィの強力な魔力で放たれた(いかずち)を直視。

 

 結果、その雷光と轟音に両目両耳を潰された彼女は、「目が~!! 耳が~!!」と涙を(にじ)ませた目をギュッと(つむ)り、両耳を押さえて床をごろごろと転がりながら(もだ)えることになった。

 

 遠くから「床に寝るな!! 感電するわよ!!」というヴィアの叱責(しっせき)が飛ぶも、耳がやられたリウラには聞こえちゃいない。

 

 一方、この4人の中で飛びぬけて大きな魔力を秘めた肉体を持つリリィは、この程度の(まぶ)しさや音で視覚や聴覚が麻痺したりはしない。

 まぶしさに目を細めながらも、しっかりとゴーレムの様子を観察する。……しかし、

 

 ――グルリ

 

 ゴーレムは何の痛痒(つうよう)も感じさせない様子で、リリィへと振り返った。

 それもそのはず。

 

(――魔術結界か!!)

 

 対攻撃魔術用の結界が、露出した左足を含めてゴーレムを覆うように発動していたのだ。

 鎧かあるいはゴーレムそのものかは分からないが、どこかに魔術結界を発動させる装置があるようだ。

 

 だが、手が無いわけではない。

 魔王の知識を持つリリィが見たところ、張られている結界は明らかに対()()魔術に特化したもの。だからこそ、攻撃意思のないリウラの水には反応しなかったのだろう。

 攻撃以外の魔術が通用するのなら、なにか手はあるはず……そうリリィが考えていると、いまだ()まない電撃の中で、鉄の巨人はリリィに向かってその大きな左手を真っすぐに突き出した。

 

 バクンッ!

 

 左腕の装甲が、花弁(かべん)のように四方(しほう)に開く。

 

 リウラではない。リリィの強力な電撃魔術の中で水弾を維持できるほど、彼女の魔力は高くない。

 だとすれば、これはゴーレム自身の意思で行ったことだ。いったいなぜ?

 

 

 

 ――その疑問は、花弁1枚1枚の装甲の内側にある()()が輝きを()びることで氷解(ひょうかい)した

 

 

 

「嘘ぉぉぉぉおおおおっ!?」

 

 原作知識を持つリリィにとって、見覚えのありすぎる特徴的な砲撃体勢。それを見て、ようやくこのゴーレムが纏う鎧の正体を理解した彼女は、雷撃を中止し、大慌てで宙を飛翔して回避行動に移る。

 

 

 ――魔導鎧(まどうよろい)

 

 アヴァタール地方の五大国家が一つ、メルキア帝国が国を()げて研究している、魔焔(まえん)という燃料を動力として稼働する兵器――魔導兵器(まどうへいき)の一種である。

 

 その特徴は、鎧に仕込まれた砲門。

 “魔導砲撃”と呼ばれる特殊弾頭を(もち)いた砲撃は、通常の大砲とは比べ物にならない威力を誇り、鎧の出来(でき)や使い手の技量によっては、魔神……(よう)は、魔王と同格の相手との戦闘も充分に可能、というデタラメな性能を持つ。

 

 ジュオウッ!!

 

 だが、どうやらその大砲すら特殊らしく、出てきたのは実弾ではなく極太(ごくぶと)の熱線砲であった。

 

 どこぞのSF映画を彷彿(ほうふつ)とさせるビーム兵器はリリィの翼をかすり、砦跡を破壊……いや、()()させた。

 リリィの烈輝陣(レイ=ルーン)を軽々と上回るその威力を見るに、たとえリリィの強力な魔力で張られた結界の上からであろうと、当たれば即座にあの世行き確定だ。

 

 だが、ゴーレムに着用させる魔導鎧など、聞いたこともない。

 ひょっとしたら個人で研究開発している誰かの作品かもしれないが、ハッキリ言って、ただ剣と拳を振り回すだけの岩人形に着せるよりも、一流の戦士に着せた方がよほど戦力になるだろう。

 完全に趣味の領域だ。採算度外視(さいさんどがいし)にも程がある。

 

 ドゴォンッ!

 

 轟音が響くと同時、グラリと巨人がバランスを崩す。

 鎧が外されて()き出しになった左足を、リューナが魔力を込めた矢で破壊したのだ。

 

 どうやら魔術は遮っても、魔力を込めた物理攻撃なら通してしまうらしい。

 ゴーレムが体勢を崩したことで魔導砲撃がやみ、リリィが自由を取り戻す。

 

「はぁぁああああっ!」

 

 リリィの魔力を込めた拳打が、ゴオン! と重い音を立ててゴーレムの顔面に衝突する。兜にくっきりとリリィの拳をかたどりながら、ズウン……と重々しい音を立てて、ゴーレムは倒れる。

 

「ヴィアさん! 解錠はまだですか!?」

 

「ごめん! 魔術的なロックがかかってるから、もう少しかかる!」

 

「『もう少し』って具体的には!?」

 

「5分……いや、3分!」

 

 3分……()()を相手に3分?

 

 

 

 

 ……………………………………。

 

 

 

 

「1分で終わらせてください!!」

 

「ムチャ言わないでよ!!」

 

「どっちがムチャ言ってんですか!!」

 

 

 ジャララララララ!!!

 

 ゴオン!!

 

 リリィとヴィアが言い争っている間に起き上がろうとしたゴーレムが、巨大な水の鎖に(から)みつかれ、そのまま地面に引き戻される。

 

 涙目のリウラが左手で耳を押さえ、右手をゴーレムに向けていた。

 どうやら何とか戦闘ができる程度には視力・聴力が回復したらしい。

 

 だが、地面に縛りつけたゴーレムはグググ……と身体を起こしつつある。

 全身にまんべんなく水鎖をかけているため、そうとう力が入りにくいはずなのに身体を起こせるということは、それだけリウラの魔力とゴーレムのパワーに開きがある、ということだ。

 このままでは、またゴーレムに暴れられてしまう。

 

(――魔力をとんでもなく消費しちゃうけど、仕方ない)

 

 リリィは素早く胸の前で次々に印を結ぶと、高らかに詠唱した。

 

 

 

(くら)き愛を()べる淫魔(いんま)イルザよ。その(あで)やかなる(かいな)で、無垢(むく)なる幼子(おさなご)らを抱き()めよ!≫

 

 

 

 バヂィッ!!!

 

 突如、ゴーレムが紫の稲妻に包まれる。

 

「うわっ!!」

 

 驚いたリウラが一瞬水鎖の力を緩めてしまうが、ゴーレムが起き上がる様子はなかった。

 よく見ると、ゴーレムを包む稲妻はまるでゴーレムに絡みつき、その動きを縛っているように見える。

 

「あ……」

 

 リウラがその稲妻から感じる魔力の波長から、これがリリィの魔術であると悟ると視線を上へと向ける。

 そこには瞳を閉じ、印を結んだ状態で魔術に集中するリリィの姿があった。

 

 

(くぅ~~っ……! 予想はしてたけど、魔力がガンガン減ってる……!)

 

 ――魅了魔術 イルザの束縛術

 

 淫魔イルザの力を借りて、敵を縛る魔術だ。

 その真価は敵を魅了することによって、精神的にも相手を縛れることなのだが、既に意思を魔術によって縛られているゴーレムを魅了することはできない。

 

 しかし、原作において、どんな敵であろうとザコであればこの魔術で縛ることができたように、単純に相手の動きを封じる技としても非常に優秀な魔術だ。

 “この魔術であれば、ゴーレムの動きを封じることができるはずだ”という、リリィの判断は的中し、見事に動きを封じてみせた。

 

 しかし、いかに力が入りにくい体勢で縛った上で、かつリウラの水鎖による援護があろうとも、元々の出力はリリィよりもゴーレムが上。

 その凄まじいパワーに対抗するため、リリィの魔力が、まるで湯船(ゆぶね)(せん)を抜いた湯のように勢いよく減ってゆく。

 

 

「……開いた!」

 

 所要時間2分強。

 なんとかリリィとリウラがゴーレムを抑えきると、扉が重々しい音を立てて開いていく音が聞こえる。ヴィアが蔵の解錠に成功したようだ。

 

 リウラが視線を向けると、その姿は既に蔵の中へと消えていた。

 

 ヴィアの気配が蔵の中で素早く動いているところを見ると、本当に価値のある物だけを(かた)(ぱし)から袋に放り込んでいるようだ。

 おそらく、あと1分もしないうちに撤退の指示が出るだろう。ゴーレムが落ちてきたときはどうなるかと思ったが、なんとかなりそうな状況にリリィとリウラは胸をなでおろした。

 

 気持ちに余裕ができたリウラは、『さあ、もうひと頑張り』と改めて水鎖に魔力を込めようとする。

 

 

 

<……テ>

 

 

 

(え?)

 

 リウラの意識の(はし)に何かが引っかかったような気がした。

 リウラが戸惑(とまど)っている間に、今度はより強くその“何か”を感じる

 

 

 

<……ィ……ケ……>

 

 

 

(……声?)

 

 あたりにはゴーレムが身体を起こそうと暴れる音と、それに対抗するリウラの水鎖が(きし)む音、さらにはリリィの束縛魔術が起こす放電音のような音で溢れかえり、大声で話しても聞こえづらい状況だ。

 

 にもかかわらず、リウラには弱々しく小さな声が聞こえる。

 リウラはその特異な状況に、ついその“声”に集中してしまう。

 

 

 

<……クル……タス……ィタイ>

 

 

 

 集中すればするほど、声はより大きく明確に聞こえる。

 リウラの脳裏(のうり)に響くその声は、すぐにハッキリと聞こえるようになった。

 

 

 

 

<……イタイ、イタイ! ……タスケテ……クルシイ……!>

 

 

 

 

 “声”は延々(えんえん)それだけを繰り返していた。

 苦しさと悲しさに満ち溢れたその声を聴いたリウラは、胸が締めつけられるような感覚を覚える。

 

「誰!? どこにいるの!?」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 リウラが条件反射のように大声を上げて“声”に問いかける。

 しかし、“声”が繰り返す内容に変化はなく、ただ『助けて』『苦しい』と繰り返すだけだった。

 

 リウラは相手からの返事を諦め、さらに“声”に集中し、その出所(でどころ)を探ろうとする。

 これが魔力をもとにした発声やそれに(るい)するものであれば、魔力を探知して場所を探ることができるはずだからだ。

 

 そして、気づいた。

 

 魔力は感じられなかった。それでも、リウラは察知した。

 理由は分からない。だが、リウラの感覚は明確に“声”が発せられている場所を指し示した。

 

 

 

 ――その場所は……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 目の前のゴーレムが苦しんでいる……この状況をリウラは()()()()()()()()()()()()()()

 

 なぜならリウラの感覚は、“声”がゴーレムに縛りつけられている感触を(とら)えていたからだ。無理やりゴーレムに(くく)りつけられ、ゴーレムが動こうとする度に悲鳴を上げているように感じられたからだ。

 リウラのイメージではむしろゴーレム()苦しめられているように見える。まるでゴーレムが“声”を利用……いや、“()()(にえ)()()()()()()()()()()()、そんなおぞましいものに思えた。

 

 

 ――助けたい

 

 

 リウラは思う。

 こんなにも苦しそうな声は聴きたくない。すぐにでも助けてあげて、『もう大丈夫だよ』と抱きしめてあげたい。

 

 だが、どうしていいのか分からない。

 何が原因なのかすら分からない。

 

 (さいわ)い、ここにはリウラよりも遥かに外の世界に詳しい人物が3人もいる。リウラは迷わず彼女達を頼った。

 

「みんな! 聴いて!!」

 

「お姉ちゃん?」

 

「リウラ?」

 

 リリィとリューナは、突然声を上げたリウラに“どうしたのだろう”と顔を向ける。

 

「声が聞こえるの! ゴーレムの中から『助けて! 苦しい!』って!!」

 

「私、この“声”の人を助けたい! お願い、力を貸して!!」

 

 リリィは悟る。リウラが聞いているのはゴーレムを動かしている精霊の声だ。

 

 地の精霊は、エルフなどによって召喚された場合、土塊(つちくれ)の身体を持つ精霊――土精(つちせい)アースマンとして顕現(けんげん)する。こちらは、善意の協力者やお手伝いさんというイメージに近く、土精の意思にそぐわない内容であれば、創造主の“お願い”を拒否することも可能だ。

 

 ところが、人間族や魔族が彼らを利用する場合、創造体(そうぞうたい)……いわばロボットとして、土人形であるアースマンや岩人形であるゴーレムを創り上げ、そこに動作プログラムとして精霊を封じ込め、その意思を魔術的に縛ることで、作成者の命令を遵守(じゅんしゅ)させるのが一般的だ。

 

 目の前のアイアンゴーレムは間違いなく後者である。そうでなければ、『助けて』なんて言いながらこちらを攻撃してくるはずがない。

 そして、精霊が苦しんでいるのは、おそらく本来の許容量を超えて、過剰に魔力を注がれて暴走しているから。だから通常のアイアンゴーレムでは有り得ないほどの魔力を溢れさせているし、その膨大な魔力に耐えられない精霊の苦しむ声がゴーレムの中から聞こえる。

 

 

(……え? ()()()()()()()()()()()?)

 

 

 リリィは気づいた。()()()()()()()()

 

 リウラやティア、ロジェンのように人の姿をとってしゃべるならば話は別だが、そうでない精霊の声は、その属性に近しい者でなければ聞き取れない。水精ならば水の、土精ならば地の精霊の声しか聞き取れないのだ。

 

 睡魔族(すいまぞく)であるリリィは闇の精霊と親和性が高いため、闇の精霊の声ならば聞き取れるが、地の精霊の声は聞き取れない。全属性の精霊の声が聞き取れる種族など、エルフくらいである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 考えられるのは……なんらかの罠か、それとも()()()()()()()、だ。

 普通なら後者の可能性など考えもしないが、目の前で肉を美味しそうに食べ、()のままに水の(ころも)を変化させる、水精としては異常な姉の姿をリリィは見ている。可能性は決して低くない。

 

 たしかめる方法は――ある。

 

「リューナさん! お姉ちゃんの言ってること、本当ですか!」

 

 そう、エルフならば地の精霊の声は聞き取れるのである。リューナが耳を澄ませるような様子を見せると、眉をハの字にして言った。

 

「……たしかに、苦しんでますの……でも……」

 

「撤退よ! リリィ! リウラ! 逃げながらぎりぎりまで縛ってなさい!」

 

 リューナの声を遮るように、ヴィアの声が響き渡る。

 ちょうど作業が終わったらしく、蔵の扉から姿を現していた。金品が入っているのか、大きな巾着(きんちゃく)タイプの袋を背負っている。

 

「待ってください! お願いです! このゴーレムの中の子を助けてください!」

 

「……そいつを助けるのに、私達の命を懸ける理由がどこにあるってのよ! 見捨てなさい!」

 

「嫌です! ヴィアさんは、この苦しそうな声が聞こえないから、そんなことが言えるんです!」

 

 ヴィアとリウラの言い争いを聞きながら、リリィは焦っていた。

 

(まずい……このままじゃ魔力が持たない……!)

 

 束縛魔術でずっとゴーレムを抑えていたせいで、だいぶ魔力を失ってしまった。まだ余力はあるものの、このままではすぐに魔力が()きる。逃げるにしろ、助けるにしろ、早急に決定しなければ、全員の命が危ない。

 

 リウラとヴィア、どちらが説得しやすいか……リリィは頭の中で天秤(てんびん)にかける。答えはすぐに出た。

 

「リューナさん! 仮に助けるなら、どうすればいいですか!」

 

「リリィ!」

 

 ヴィアがリリィを睨みつけるが、リリィはそれを無視する。

 こうなった姉がいかに頑固であるか、リリィは身をもって知っている。言葉だけでリウラを納得させることは不可能と考えていい。そんなヴィアを尻目に、酷く戸惑う様子を見せながら、リューナは解決策を口にした。

 

「……ゴーレムの身体を、いったん破壊する必要がありますの。中に魔制珠(ませいだま)……精霊が入った核があるはずだから、それさえ取り出せれば……」

 

「!? リュー、アンタも何言って……!?」

 

 ドガアアァッ!!

 

 まさか、親友までリウラの側につくとは思ってもみなかったヴィアは、その表情を愕然とさせる間もなく、回避行動を()いられた。視線の先には、あのゴーレムが使っていた巨大な剣。リリィを狙うように放たれた斬撃の延長線上にいたヴィアが巻き込まれたようである。

 

 彼女の隣では、ヴィアと同様に斬撃を回避したリリィが驚愕の表情で、ゴーレムを見ていた。リリィの集中が途切れ、魔術が中断されたため、リウラの水鎖をギギギとゆっくり持ち上げて身を起こしていくゴーレムの右の手元……そこには、大剣の()()()が握られていた。

 

「まさか……」

 

「そのまさか、みたいですよ……」

 

 冷や汗を流すヴィアとリリィの隣に鉄壁の如く打ち込まれた刀身が、フッと輪郭(りんかく)をぼやけさせた。すると、刀身は鉄色の霧となって渦を巻き、ゴーレムの持つ()へと集まり、再度刀身を形成する。

 どうやら、あの剣は持ち主の意思で霧となり、独自に攻撃できるらしい。たかがゴーレムにいったいいくらかけているのか……創造主の正気と資金量を疑うリリィであった。

 

 バキィィンッ!!

 

「ッ~~~!!」

 

 リウラの水鎖が砕け散り、水しぶきとなって(あた)りに散る。

 自由を得たゴーレムは、立ち上がるとゆっくりリリィ達へと振り返り、彼女達を睥睨(へいげい)する。リューナに砕かれたはずの左脚も、いつのまにか周囲の土を吸い上げて再生させていた。

 

「リリィ、もう一度あのゴーレムを縛れる?」

 

「……もう一度アレをさっきの体勢に戻せれば……リューナさん、もう一度あの足、砕けます?」

 

「……できるけど、あまりしたくありませんの。かなり魔力を込めなきゃいけないですから」

 

「……なら――」

 

「リュー」

 

 リューナ達の作戦会議を、ヴィアが彼女の愛称(あいしょう)を呼んで遮る。その疑念に満ちた鋭い視線は、不安定に()れるリューナの眼を真正面から(つらぬ)く。

 

()()()()()()()?」

 

「……後で、話しますの……」

 

 主語・目的語の一切(いっさい)(はぶ)いたその言葉のやり取りに、リリィは眉をひそめる。ヴィアは、しばしリューナの()らされた瞳を見続けた後、大きく溜息をついて言った。

 

「……わかったわよ。とりあえず、今回はリューに従うわ」

 

「……ごめんなさい、ですの」

 

 リューナは(わず)かに(まぶた)を伏せ、謝罪する。

 直後、4人が散開。先程4人が集まっていたところに、ゴーレムの熱線が突き刺さる。凄まじい熱量とともに地面が蒸発し、空中で再凝固して土埃(つちぼこり)の雨が降り注ぐ。

 

「お姉ちゃん、リューナさん、ヴィアさん! アイツの動きを少しだけでいいから止めてください! そうすれば、私がアイツの身体を砕きます!」

 

「わかった!」

 

「……魔制珠(ませいだま)の位置は、おそらく鳩尾(みぞおち)(あた)りですの。それだけは砕かないように注意してほしいですの」

 

「……」

 

 リリィの頼みに、リウラとリューナが返事する。ヴィアは溜息をつきつつ、後ろ腰から2本の短剣(ダガー)をそれぞれの手で引き抜くことで、了承の()を示した。

 

「ヴィアさん。手袋、貸してくれませんか?」

 

「?」

 

 ヴィアは疑問に思いながらも、短剣(ダガー)逆手(さかて)で持ったままポーチから厚手(あつで)の手袋を引き抜き、リリィに放る。リリィの水剣に麻痺毒を塗布(とふ)した際に、自分の手に毒がつかないよう()めていた手袋だ。

 

「ありがとうございます!」

 

 手袋を受け取ったリリィは、迷いなく蔵の中へと飛び込んでゆく。

 それを横目でチラリと見ながら、ヴィアは言った。

 

「……どうやって、アレを砕く気かしらね?」

 

「わかりませんの……けど、私はあの子を信じますの」

 

 リューナの台詞(せりふ)に、信じられないとばかりにヴィアの眼が大きく見開かれる。

 

 親友がショックを受けていることを感じながらも無視し、リューナは口の中で何事かを(つぶや)く。すると、残り少なくなっていた矢筒に、どこからともなく矢が現れて補充される。そこからリューナは矢を数本引き抜いて構えた。

 

「……とりあえず、今のところは黙って従ってあげるわ。――リウラ。アンタ、あの鎧全部ひっぺがしなさい」

 

「うえええぇぇえっ!?」

 

 さらりと振られたムチャぶりに(おのの)くリウラを尻目に、ヴィアはゴーレムに向かって走り出す。

 

 ――その瞳には、隠しきれない苛立ちの色があった

 

 

***

 

 

 蔵の中に駆け込んだリリィは、ざっと辺りを見渡す。

 

 探すのは(はがね)でできたもの。それもミスリル(こう)のように樹液を硬質化させたようなものではなく、純粋な金属で、できる限り丈夫(じょうぶ)なものだ。

 魔力が(かよ)っていれば、なお良い。通っていないものよりも何倍も頑丈である場合が多いからだ。

 

 簡単な探査魔術を使って大雑把(おおざっぱ)に当たりをつけると、最も強い魔力を放つ短剣を(つか)んで蔵の外へ走り出す。

 

 大きな扉を潜り抜けたリリィは、ゴーレムとリウラ達が戦っている様子を見ると、彼女達からなるべく離れるように距離を取り、準備を始めた。

 

 

 空中に指を走らせ、淡い紫に輝く光の線を描き出す。

 走り書きをしているかのように素早く、しかし複雑かつ精緻(せいち)に描かれるそれらは、リリィを囲むように設置された立体型の魔法陣。

 球状に書き(しる)したそれを描き終わると、さらにその内側に……球が積層状(せきそうじょう)になるように次の魔法陣を描いてゆく。

 

 バチィ!!

 

 魔法陣を描き終わると、リリィの前方の空間に一瞬だけ放電が起きる。見えない筒を覆うように走ったそれは、その位置に目に見えない強力な力場が発生したことを示すもの。

 

 ――すなわち、()()の完成である

 

 リリィは、ヴィアから借りた手袋を右手にはめると、その手に短剣を持ち、まるで銃で狙いをつけるように短剣をゴーレムに向けて半身(はんみ)に構える。

 

 リリィは深呼吸をすると、瞳を閉じて精神を()ぎ澄ませた。

 

 

 

 

 

 グルンッ!

 

(((!?)))

 

 ヴィア達と戦闘していたゴーレムが、これまでにない勢いで振り向いた。

 その視線は、ヴィア達を素通(すどお)りして、はるか後方――リリィの魔力が感じられる位置。急速に増大したリリィの魔力に反応していることは明らかであった。

 

 これまでの戦闘でも薄々感じられていたことだが、このゴーレムには明確に優先して狙うべき対象が設定されている。

 防具を剥ぎ取った瞬間にリウラを狙い、雷撃(らいげき)を放とうと魔力を高めたリリィを狙い、足を破壊したリューナを狙う……といったように、その時点で最も脅威と感じる相手を攻撃対象に定めているようなのだ。

 蔵に入った相手を優先させずに、脅威度を優先している理由は不明だが、このままではゴーレムの破壊準備を進めているリリィが狙われてしまう。

 

 リリィを除いた3人は、同時に己がすべきことを自覚し、即座にそれを行動に移した。

 

 ――リューナは、弓を背に収めながらリリィの元に走りつつ、リリィの魔力を隠す魔術の詠唱を開始する

 

 ――ヴィアは、全身に闘気(とうき)(みなぎ)らせて、むき出しになったゴーレムの左足へ両の短剣(ダガー)を叩きつけ、リリィへと向かう移動を封じる

 

 

 ――そして、リウラは……

 

 

 ヴィアがゴーレムに(ひざ)をつかせることに成功し、リューナが魔力遮断の結界を張ってリリィの魔力を覆い隠した直後、濃密な霧が発生した。

 

 魔力を伴ったその霧は、リリィ達の姿も気配も覆い隠し、あたり一面を白に染める。

 左足を再び再生させながら身を起こしつつ、とまどったように動きを止めたゴーレムの、胸の位置から前方約5メートル先の地点……そこがパッと油に石鹸水(せっけんすい)()らしたかのように霧が晴れ、中から半透明のマントをたなびかせた1人の水精が現れた。

 

 シルクハットにタキシード、単眼鏡(モノクル)にマントという水の(ころも)。その奇術師を彷彿(ほうふつ)とさせる姿は、リウラの故郷の(おさ)である女性が生み出した創作上の人物にそっくりだ。

 

 奇術師は空中で大きく手を広げ、胸を張ってこう言った。

 

 

 

 

「レディース、ア~ンド、ジェントルメ~ン!!」

 

 

 

 

 自信に満ち溢れているとハッキリわかる声が、(あた)りに響く……いや、辺り()()響く。

 不敵な笑みを(たた)えた水精――リウラは右手を胸に添え、左手を(てのひら)を上にするように水平に持ち上げて腰を折り、ゴーレムに向かって大仰(おおぎょう)挨拶(あいさつ)をした。

 

 

「怪盗リウラのマジックショーへようこそ! 今宵(こよい)、私の水のイリュージョンで貴方(あなた)(ハート)を盗んで御覧(ごらん)に入れましょう!」

 

 

 ――彼女のすべき役割……それは、思い切り派手(はで)に動いてゴーレムの注意を一身(いっしん)に引きつけ、リリィが魔術を当てる隙を作ることであった

 

 


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