水精リウラと睡魔のリリィ   作:ぽぽす

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第三章 リューナを救え! 中編2

 ――リウラの視界が真っ赤に染まる

 

 それはまるで夢を見ているかのように現実感がなく、酷くスローモーションに感じられた。

 

 オクタヴィアの振るう(やいば)が、妹の背を通過してゆく。

 染み(ひと)つ無い綺麗な肌。すべすべしていて、ずっと()でていたいと感じた愛しい妹の肌が無残(むざん)に裂かれ、紅い紅い血が噴水のように噴き出す。

 

「リリィ!!」

 

 遅れて追いついたヴィアが血相を変えて飛び込み、オクタヴィアと切り結ぶ。技術、魔力共にオクタヴィアの方が格上だが、今のヴィアならば防御に徹すれば持ちこたえることくらいはできた。

 

「……あ……あああ……」

 

「大……丈夫? ……お姉ちゃん……」

 

 リウラの腕にグッタリと身体を預ける妹は、血だまりを作りながら、それでもリウラのことを案じていた。

 

「だ、大丈夫! 大丈夫だよ!! リリィが(かば)ってくれたから!!」

 

 あまりの状況にパニックに(おちい)りながらリウラがそう答えると、リリィは力無く、だが心から安心したように笑顔を浮かべ、「良かった」と(つぶや)いた。

 

 ギリッ……!

 

 リウラは歯を食いしばり、拳を強く握り締める。

 

 ――自分は、いったい何をしているのか。自分はリリィを護るためにここに居るのではなかったのか

 

 ――それが護るどころか逆に護られて、護るべき彼女の身を危険に(さら)すなど、姉失格ではないか……!!

 

「あ、ああああぁあぁぁっ!!」

 

 リウラは()える。そしてあまりにも情けない自分に対して、心の底から強く強く念じ、そして命じる。

 

(邪魔……邪魔邪魔邪魔邪魔ぁっ!! お願い私の心……その罪悪感をねじ伏せて! 大切な家族失わないために、今すぐ私を戦わせてぇっ!!)

 

 

 

 

 

 ――身体が……動いた

 

 

 

 

 

 今までの様子が嘘のようにピタリと震えが止まる。

 

 右手でリリィを支えながら、左手で素早く水の衣のポケットから真っ白な“治癒の羽”を取り出して握り潰す。

 純白に輝く魔力の風が、羽を握り潰した拳の中から(あふ)れて流れ出し、リリィの背を撫でると、一瞬でその傷を消し飛ばした。

 

 リウラの拳から溢れた白い風はリリィだけでなく、リューナの刀傷にも、自力で土を吸い上げて再生する途中にあったアイの手首と下半身にも流れ、完全に元通りにしてしまう。

 

 “治癒の羽”は癒す対象を明確にイメージしなければ発動しない。

 目の前で死にかけていたリリィだけでなく、周囲の仲間も意識していなければ、彼女達全員を同時に癒すことはできない。

 

 さらに言えば、“治癒の羽”はその色が白に近づくほど強力になり、逆に赤に近づくほど効力が下がるのだが、最高級の純白の羽を取り出して使用しなければ、全員を完全回復させることはできない。

 

 全員が回復して態勢を整えなければ死ぬかもしれなかったこの状況で、“とにかくすぐに回復させよう”と適当に羽を取り出さず、適切な羽を選んで握り潰した事実は、リウラが完全に冷静な状態を取り戻したことの証左(しょうさ)と言えた。

 

 肩の傷が癒えたリューナが、素早く弓を拾って周囲に牽制(けんせい)の矢を放つ。

 

 その隙に下半身が修復されたアイが跳ね起き、素早く地面を操って隆起(りゅうき)させ、群がろうとしていた敵の目の前に土壁を造って足止めし、その副次効果で地面を敵から見て前に(すべ)らせることで、敵の足をすくって転倒させ、態勢を立て直す。

 

「ぐぅッ!!」

 

 オクタヴィアからドシンと腹に重い突き蹴りをもらったヴィアが、リウラ達の元へ吹き飛んでくる。その瞬間、周囲から先程アイが操作した以上の勢いで、地面がリウラ達を(かこ)むように盛り上がり、そして完全にリウラ達を閉じ込めてしまった。

 

 警戒を(くず)さず、すぐにリューナが魔術で(あか)りを(とも)し、視界を確保する。

 

「……って、アイはどこよ!?」

 

 大きめの部屋ぐらいはある広い空間に居るのは4人。

 ――リウラ、リリィ、ヴィア、リューナ……アイが居ない。

 

「これは……」

 

 リューナは周囲に満ちる魔力を感じ取り、何が起こったのか事態を把握した。

 

 

***

 

 

「……な、なんだアレ?」

 

「……おそらくは、アースマンの一種と思われます」

 

「……アースマン!? アレが!?」

 

 ブリジット達の見つめる先……そこでは、女性の上半身――腰から上だけという姿の、見上げるほどに巨大な土人形――アイが猛威を振るっていた。

 

 アースマンの中には、土を吸い上げて身体を再構築する再生能力を利用して、より巨大な身体を(つく)り上げる(しゅ)がある。

 土や大地を操作できるアイにその程度のことができないはずもなく、巨大化した体内にリウラ達を取り込むことで、混乱状態のリウラを保護しつつ自分の攻撃力を上げるという手に出たのだ。まさに攻防一体の大技である。

 

 アイは巨大な拳を次々と敵の頭上に落として、地面に真っ赤な血の花を咲かせ、ちょっとした家ほどの大きさがある腰をズルズルと泥を(したた)らせながら動かし、まっすぐに当初の目標である道へと進んでゆく。

 途中、アイの進路上にいた敵が、アイの腰に身体を巻き込まれてすりつぶされ、聞くに()えない断末魔の悲鳴を上げる。

 

 敵から振るわれる武器は全て体表(たいひょう)の土に埋まり、その上からアイが回復のために吸い上げた土が武器をアイの体内へと埋め込んでゆく。ダメージを与えるどころか、武器の回収すらできない。

 

 ボンボンと敵から放たれる魔弾がアイの体表で爆発するが、それもその巨大な質量からすれば大したダメージではなく、すぐにアイが土を吸い上げて修復してしまう。

 

 ……アレは無理だ。雑兵(ぞうひょう)ではどうにもならない。オクタヴィアかブリジット自身が動く必要がある。

 

 驚愕から立ち直ったブリジットが、バサリとコウモリの翼を広げる。

 

「……ご主人様、ここは私が……」

 

「いいや、ボクがやる。オクタヴィアは手を出すな。……今はアイツを思い切り蹴り飛ばしてやりたい気分なんでね……!」

 

 額に青筋を立てて、気炎(きえん)を上げるブリジット。彼女の視線は……

 

 

 

 

 ――なぜか、超巨大化したアイの豊かなバストへと(そそ)がれていた

 

 

 

 

「……」

 

 そのことに気づいたオクタヴィアは、何も言わずに目を伏せて下がる。

 

 ――直後、ブリジットの姿が()き消えた

 

 ドオンッ!!

 

 腹に響く重々しい衝突音。その発生源は、上空――アイの……左胸。

 

「はああっ!!」

 

 1回、2回、3回、4回……ブリジットはコマのように回転しながら、次々と連続で回し蹴りをアイへ叩き込んでゆく。

 いくら巨大化したアイの頑丈さがデタラメでも、リリィ以上の速度と威力で放たれる旋風脚に耐えられるほど頑強ではない。

 

 一瞬の間に何度も何度も……執拗(しつよう)に執拗に打ち込まれた()()()()()容易(たやす)くアイのちょっとした丘程度はある大質量の左胸を破壊し、バランスを大きく(くず)されたアイは背後へと倒れ込んだ。

 下敷(したじ)きになった部下の断末魔が響くが、ブリジットもオクタヴィアもそんなことは毛の先ほども気にしていない。

 

 アイがグッと背を起こしながら、竜族のように大きな目でブリジットを(にら)みつける。

 その時にはアイの左胸は既に再生を始めており、徐々にその美しい形が(よみがえ)り始めていた。

 

 その様子を見て、ブリジットの眼が吊り上がり、どんどん険しくなってゆく。

 

(うらやましくない……うらやましくないったら、ないんだ! あんな、土でできた作り物の胸なんて……!)

 

 同じ精霊でも、無意識に水で自らの衣を形作る水精とは異なり、土精アースマンは土で己の衣服を(つく)るようなことはない。

 土の操作に()けたアイは創ろうと思えば創れるが、恩人の命にかかわる戦いの最中(さなか)であるが故に、そこまで気が回らなかった。

 

 そして巨大な身体を新たに構築したが故に、その豊満な胸は、リウラの前で彼女が誕生した時と同じように、何物(なにもの)にも(おお)われず、さらけ出されたままであった……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ブリジットは魔王の幼馴染……つまり、()()()()()()()()()()()リリィと同じような年齢(10歳くらい)の容姿でありながら、彼女は立派(りっぱ)に成人してしまっているのだ。

 

 誕生したばかりで、さらには睡魔族ならではのナイスバディ(輝かしい未来)が約束されているリリィとは違い、彼女にそんなものなど無い。現実は非情である。

 

 再生するアイの胸を(にら)みつけながら、ブリジットが心中(しんちゅう)で血の涙を流していると、ふと感じた殺気に反射的に体が動く。

 

 ブリジットの頬をかすめるように、濃密な電撃の魔力を(まと)った矢が通り()ぎた。見れば、アイの右肩に穴が開いており、そこから身を乗り出したリューナが弓を構えている。

 

「……ああ、もう! イライラする!!」

 

 苛立っていたところに、さらにちょっかいを出されてブリジットが癇癪(かんしゃく)をおこす。

 

 ブリジットは自らに向かって降り(そそ)(いかずち)の矢の雨も、巨人の(こぶし)()(かい)さず、その怒りのままに襲いかかった。

 

 

***

 

 

 ――アイの体内

 

 グイッ!

 

 リューナがアイの援護に向かったのを見送った後、突如(とつじょ)としてリリィが血にまみれたキャミソールドレスを脱ぎはじめる。

 

 唖然(あぜん)として見ているリウラとヴィアの視線を無視して、下着まで脱いですっぽんぽんになると、リリィは水球を召喚して自らを包み込む。

 

 潜水魔術の応用で水球の中に“流れ”を生み出し、洗濯機のようにリリィにかかっていた血が洗い流され、水球が赤黒く(にご)ってゆく。スッとリリィが右腕を横に動かすと、水球がリリィを残して横に移動し、その後フッとどこかへと転移する。

 水滴ひとつ残っていないリリィの身体は、シミひとつない美しい姿に戻っていた。

 

 リリィはヴィアに視線を合わせると、言った。

 

「ヴィア、()()()()()()()

 

 ヴィアが緊張する。

 

 リリィが『主として命じる』と宣言したということは、使い魔である自分には決して逆らえない(めい)(くだ)るということ。わざわざ強制しなければならないということは、ヴィアが拒否するであろう命令であるということだ。

 

 だが、それが分かっていてもリリィの使い魔の自分には命令を(さえぎ)ることも拒否することもできず、ただ命令が下るのを待つしかない。

 

 ゴクリと(のど)を鳴らして、次の言葉を待つヴィア。心なしか、リリィの口がゆっくりと動いているように感じられる。はたしてその内容は――

 

 

 

「――脱ぎなさい」

 

 

 

 ……………………………………………………。

 

 

 

(また、このオチかあああぁぁぁぁぁ!!!!)

 

 ヴィアは頭を抱えてしゃがみ込む。

 

 まさかの3度目である。1日に3度立て続けに同性に襲われる者が、この世の中にいったいどれだけいるというのだろうか。

 無情にも、ヴィアの身体は本人の意思を無視して勝手に服を脱ぎはじめ、羞恥で顔を真っ赤にするヴィアは、リリィに向かって必死に涙目で訴える。

 

「いやいやいや待ちなさいよ! アンタが消耗してるのは分かるけど、今ここで精気を取られて私が倒れたら、手が足りなくなって結局、は……、アン、タ、も……」

 

 ヴィアの声が力を失ってゆく。

 足がふらつき、意識がぼやけてゆく。

 

(この……匂いは……)

 

 いつの間にか甘ったるい匂いが、この閉鎖された空間――アイの体内に満ちていた。

 匂いはどんどん濃密になってゆき、まるで視界すべてが桃色になっているかのように感じられる。

 

 ――フェロモン

 

 それがこの匂いの正体だ。

 

 睡魔族(すいまぞく)は他者を性行為に(いざな)うため、強力なフェロモンを放出することができる。

 その効果は強烈――老若男女・種族を問わず効果があり、よほど精神力か魔力が強くなければ抵抗など許さない、(たけ)り狂うような性欲を()いだ相手に植えつける。

 

 睡魔リリィの使い魔たるヴィアには高い魅了耐性があるが、その魅了耐性を与えた張本人から仕掛けられた魅了に(あらが)うことなどできようはずもない。

 ヴィアは同性の……それもまだ成熟していない(おさな)い裸体に、身を焦がすような激しい興奮を覚えた。

 

「ごめんヴィア。言ってることはもっともだけど、説明してる時間がないの。“アイとリューナさんが(ねば)ってくれている間に貴女がイッてくれないと、私達が全滅しちゃう”ってとこだけ理解して」

 

「なんか私すごいこと要求されてる気がする!?」

 

 意識がぼやけながらも、渾身(こんしん)のツッコミを入れるヴィア。

 

 “制限時間以内に同性(子供)にイかされろ”なんて、いったいどんな罰ゲームだろうか? 悪夢にも程がある。なんだか無性(むしょう)想い人(リシアン)が恋しい。

 でも、むりやり興奮させられた自身の視線は、リリィの胸と股間(こかん)から離れてくれず、だんだん死にたい気分になってくるヴィアだった。

 

「大丈夫。強制的に興奮させるし、快楽も私がコントロールするから。ヴィアは天井のシミの数でも数えといて」

 

「それがイヤだっつってんのよぉぉおおおおお!!」

 

 その言葉を最後に、ヴィアは再び(性的に)食われた。

 

 

 

 

 

 

「おおぉ~~……!」

 

 唐突におっぱじめられた妹の痴態(ちたい)……それも同性相手。だが、リウラはそれに驚くことはあっても、引くことはなかった。

 

 それどころか彼女は初めて目にした、他人の色事(いろごと)に興味津々。

 頬を赤く染めつつも、彼女の視線は(から)みあう肌色の(かたまり)から()れることはない。むしろガン見である。

 

 居住(いず)まいを(ただ)し、正座してこの興味深い行為を熱心に……それはもう熱心に見学している。

 先程まで自身の罪悪感について真剣に悩んでいたことなど、あっという間に吹き飛んでしまう衝撃的かつ興味深い光景に、リウラはすっかりいつもの調子を取り戻していた。

 

 リューナからもらった、精神安定の効果があるらしい薬草をムグムグと噛みつつ、18歳未満お断りなシーンを観賞していると……ややあって、リウラはもじもじと(ひざ)(こす)り合わせるような動きを見せる。

 

(うう……見てたらなんか、アソコがムズムズしてきちゃった……)

 

 今度は扉越(とびらご)しではない(なま)のヴィアの嬌声(きょうせい)をBGMに、リウラのことを気にする様子もなく全力全開で肌を擦り合わせる2人(ヴィアは気にする余裕がないだけ)の姿を見ているのだから、リウラが興奮するのも当然……と、リウラ自身は考えている。

 

 

 

 ――リウラは、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 正確には、()()()()()()()()()()()()が異常だということを知らない。

 

 この密閉空間には、リリィという強力な睡魔が放つフェロモンが満ちている。

 ということは、当然リウラもそのフェロモンを嗅いでおり、猛烈な性衝動に襲われるはずである。

 

 それは今リウラが感じている程度のものでは断じてない。

 傍観(ぼうかん)することはおろか、相手のことを気遣(きづか)うこともできず、(けもの)(ごと)く本能のままにリリィに襲いかかってしかるべきもの。

 

 

 ――つまり、彼女にはリリィのフェロモンがほとんど効いていないのだ

 

 

 一般的な睡魔を遥かに超える魔力を持つリリィのフェロモンは、リウラ程度の魔力の持ち主では、よほど精神力が強くない限り抵抗できるものではなく、今リウラが噛み続けている薬草程度で防げるものでもない。

 特に意識しない状態でそれに抵抗できるなど、さらに有り得ない。

 

 そんな自分の異常性もつゆ知らず、リウラは興奮に息を荒らげながらもリリィの邪魔をしないように彼女達の(そば)(ひか)え、ただひたすら妹の濡れ場を(うる)んだ切なげな瞳で見つめ続けた。

 

(わ、私も混ざりたい~~~~~!! って、うわっ!?)

 

 アイが攻撃を受けたのか、部屋が大きく震え、斜めに傾く。

 

 ――リリィとヴィアが全裸で絡まり合ったまま、リウラの目の前をゴロンゴロンと転がって行った

 

 

***

 

 

(ッ……強い……!!)

 

 泥で衝撃を吸収し、打撃はおろか斬撃すら防ぐアイの自慢の身体は、目の前の小柄な魔族少女によってボロボロにされていた。

 

 右腕がもげ、腹と頭部に穴が開き、片目を潰された。

 胸など、とうに両方とも完膚(かんぷ)なきまでに破壊されている。

 

 常に土を吸い上げて身体を再生しているにもかかわらず、ブリジットが与えるダメージに再生がまるで追いつかない。肩に乗っているリューナは何とか死守しているものの、このまま身体を削られ続ければ、リューナだけでなくアイの体内にいるリウラ達が攻撃されてしまう。

 

 リウラは明らかに様子がおかしくなっており、とても戦闘できる状態ではないとアイは認識している。

 ここでアイが倒れれば、リウラが殺されてしまう。それだけは絶対に許容できない。彼女はアイの恩人だ。ここで彼女を殺されるわけにはいかない。

 

 ――だが、どうすれば良い?

 

 ブリジットの戦いは恐ろしく速く、そして(うま)かった。

 

 リューナが矢や魔術で援護してくれているにもかかわらず、アイの拳も石弾もかすりもしない。その上、身を隠す(すべ)()けていて、気がつけば姿を見失っていることなど当たり前のように起こった。

 リューナの援護がなければ、とっくに身体を破壊されつくしていただろう。

 

 アイがブリジットと戦うためには、まず攻撃を命中させられるようにならなければならない。だが、どうすれば当たるようになるのか? 

 

(……ううん、待って……()()()()()()()()()()()()()?)

 

 ブリジット達相手には勝てない――それはブリジットの居城(きょじょう)に潜入する前から分かっていたことであり、だからこそヴィア達は最初から逃げの一手を選び続けていた。

 今だって、次の転移門(てんいもん)へ移動する途中に敵がいるから、しかたなく倒していただけにすぎない。

 

 

 ――しかし、本当にブリジットを退(しりぞ)けなければ、次の転移門へたどり着けないだろうか? ……()()()()()

 

 

 ハッと気づいたアイは、今までで最大の速度で目的の転移門がある“道”へと突進する。

 

 その間に立ち(ふさ)がるブリジットは、すぐさま再生途中のアイの胸へと蹴りを放つ。

 ドオンッ! と凄まじい音を立てて、アイの上体(じょうたい)が後ろに()れるが……

 

 ――踏ん張る

 

 アイの腰の位置は()()っていない。リウラ達を(かくま)っている箇所――胸の中心が大きく(えぐ)れ、ヒヤリとしたものの、それ以外に影響はない。

 

 アイは何とか再生が間に合った右腕と、無事だった左腕をクロスさせて胸を(かば)いながら、再び突進する。

 

 同じような行動を2回続けて取ったことで、ブリジットが(わず)かに(いぶか)()な表情になるが、再びブリジットはアイに認識できないスピードで蹴撃を放つ。

 

 今度は腹。腰の位置がわずかに後ろにずれるが、それもグッと地面を腰の泥でつかみ、可能な限り後ろへ下がることを(まぬが)れる。

 

 ジリジリ……ジリジリと少しずつではあるが、転移門が近づいてくる。

 

 3回目の突進で、ようやくブリジットがアイの狙いに気づいた。

 

 そう、巨人族と見紛(みまご)う今のアイの姿ならば、その巨大な質量と重量、そして再生能力を利用して、無理やり前に進むことができるのだ。

 

 ブリジットの攻撃力は確かに高い。しかし、今のアイの身体(大質量の土の塊)を丸ごと吹き飛ばせるほどではないし、再生能力を無視してすぐさま滅ぼせるほどでもない。

 ならば、ブリジットを攻撃する余力を全て防御に回して転移門へと突進すれば、ブリジットにはそれを妨害する手段が存在しないのだ。

 

 もちろん、アイの再生能力を上回る攻撃力は持っているので、アイが耐えきれずに潰される可能性はあるが、転移門まで持ちさえすれば、あとはリリィ達が何とかしてくれるとアイは信じていた。

 

 そうはさせじ、とアイの腹に連続で蹴りを放ち、ブリジットはアイを後ろへ下がらせようとする。

 アイの位置が耐えきれずに、ほんの少しだけ後退する……が、雨のように上から降り(そそ)ぐリューナの矢がブリジットの攻撃を中断させた。

 

 “アイを転移門から引き離す”という目的がある以上、ブリジットはアイの前面からしか攻撃をしてこない。あまりのスピードに、前後左右上下どこから攻撃してくるのか分からなかった先の戦闘では、ブリジットに狙いをつけることすら難しかったが、“前からしか攻撃がこない”と分かっているのならば、いくらかやりようはある。

 リューナの援護を受けることで、再びアイの前進が始まる。

 

 そして、前進とわずかな後退を繰り返し、アイがいくらか転移門までの距離を縮めたところで――気づいた。

 

(……まずい。身体がもたない……!!)

 

 とうとうアイの身体に限界が訪れた。

 

 腹にも頭にも大きな穴が開き、腕は両方とも肩からもげ、首も取れかけている。胸ももう少しでリウラ達のいる空間まで届いてしまうところまで削られてしまった。

 次か、その次の突進でアイの身体は行動不能になる。

 

 そして、リューナも限界が来ていた。

 

 魔力が限界に来ているのか、矢に魔力がほとんど乗っておらず、今や避けるそぶりすら見せないブリジットの体表(たいひょう)に弾かれている。魔術による援護もなくなった。

 そのことから“脅威ではない”と認識されているのか、リューナへの攻撃もないが、もし攻撃されればリューナは一巻の終わりである。

 

(どうすれば……! どうすれば……!! …………え!?)

 

 アイが目を大きく見開いた。

 

 

***

 

 

「ん?」

 

 ブリジットが(まゆ)をひそめる。

 

 馬鹿の(ひと)つ覚えのように、ガードを固めて突進を繰り返していたアイの動きがピタリと止まった。

 今度は何を(たくら)んでいるのか、とブリジットが考えていると、リューナが立っている場所とは逆の肩……アイの左肩に穴が開き、中から幼い少女が現れた。

 

 ――リリィである

 

 アイの体内で衣服を()び出して着替えたのか、彼女の(よそお)いが変わっている。

 そしてそのせいなのか、彼女の雰囲気までもがガラリと変わっていた。

 

 いつもの紺のキャミソールドレスではなく、白いワンピースにパンプスを()いたシンプルな装いは、リリィにわずかに(ただよ)妖艶(ようえん)な雰囲気を打ち消し、見る者に純真無垢(じゅんしんむく)なイメージを与えている。

 ツインテールに結っていた髪は下ろされ、リリィの快活なイメージを大人しいイメージに塗り変えていた。

 

 トドメは、その態度と表情。

 両手を胸の前で祈るように組み、心もち上目づかいに瞳を(うる)ませるその様子は、どこかの物語に登場するお姫様のようで、庇護欲(ひごよく)をそそられずにはいられない。

 

 そして、彼女は右目からポロリと一筋(ひとすじ)の涙を流して懇願(こんがん)した。

 

「お願い、みんな! ……私を……私を助けて!!」

 

 リリィの意味不明な行動に、「はぁ?」とブリジットが思わず口にしたその瞬間、

 

 

 

 ――リリィの瞳が、ぼぅと紅く輝いた

 

 

 

 ブリジットの身体にリリィの魔力が当たり、そして弾かれた感触があった。

 何をしようとしたのかはわからないが、失敗したようだと判断したブリジットが、リリィに狙いを定めて攻撃態勢をとったその直後、

 

 

「「「「「「ウオオオオオオオォォオオオオオオ!!!!!」」」」」」

 

「「「「「「キャァァアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」」

 

 

 怒号(どごう)のような凄まじい()()が響く。

 

 そして、ブリジットの配下達――そのほぼ全員が同時にグルリと首をブリジットとオクタヴィアへ向け、すさまじい雄叫(おたけ)びとともに()()()()()()()()()()

 

「………………はぁぁああああっ!!?」

 

「……!!」

 

 ブリジットが(あご)を落とし、オクタヴィアが目を()いて驚愕する。

 

 

 ――魅了魔術 誘惑の微笑(ほほえ)

 

 

 睡魔族(すいまぞく)が得意とする魔術の(ひと)つで、本来は男性に対して妖艶な微笑みとともに使用することで対象を誘惑し、(ねや)へと導く(=精気をいただく)目的で使用される魔術である。

 

 妖艶な微笑みを(ともな)うのは、相手の心に隙を作って魅了に抵抗されにくくするためであり、今回リリィが行ったように、意外性があり、かつ護ってあげたくなる装いで“庇護欲”という心の隙を作っても充分に機能する。

 

 だが“心の隙がなければ、絶対に効かないか?”と言われれば、別にそんなことはない。

 

 ブリジットの配下達で、リリィの装いに心の隙を作ったのはほんの一部だ。自分達の仲間を何十人と殺した相手なのだから、油断できないのは当然である。

 

 にもかかわらず、こうしてほぼ全員がリリィの魅了にかかったのは、(ひとえ)に魔術を使用するリリィの魔力が一般的な睡魔から隔絶(かくぜつ)した強大なものであり、敵の魔術的な抵抗力を魔力(ちから)ずくで突破できたことが理由だ。

 リリィの新たな装いは、少しでも敵を魅了する確率を引き上げるためのダメ押しにすぎない。

 

 これが力ある睡魔の恐ろしさである。彼女達に対していくら数を(そろ)えようとも、質が低ければ、これこの通り。戦力が丸々相手のものとなってしまう。

 今やブリジットの配下で、リリィの魔力に(おか)されていないのは少数の闘気・魔力が高いメンバーだけで、眼をハートマークにした仲間に(かこ)まれて完全に孤立してしまっている。

 

「……ッ!!」

 

 主の手を(わずら)わせないよう、オクタヴィアが対処に動く。

 

 彼女が暴走する部下達の上空へと飛び立ったことを確認すると、リリィはアイの肩から飛び降りた。

 ストンと着地したリリィのワンピースとパンプスが転送魔術で隠れ里跡地(あとち)の蔵へと戻され、その身体をいつもの紺のキャミソールドレスと、同じく紺のフラットシューズ、そして紫のリボンが(おお)う。

 

 この衣服はリリィの魔力で(つく)られているため、いつでもこのように出現させることができる。

 そして、“リリィの魔力で創られている”ということは、“リリィの魔力が成長すればするほどこのドレスに込められている魔力の質も上がる”ということであり……現在のリリィの魔力であれば、へたな防具――つまり先程のリウラが選んだワンピースよりもよほど防御力が高い。

 

 リリィは手のひらに創りだした髪紐(かみひも)で、自分の髪を再びツインテールに結い上げると、上空にいるブリジットを見上げながら武器を()びだす。

 

 リリィの手に出現したのは、初心者に(やさ)しい長柄武器(ながえぶき)ではない。

 

 

 

 ――彼女の両の手に握られていたのは……二振(ふたふ)りの短剣(ダガー)であった

 

 

***

 

 

 オクタヴィアは、魅了された部下達に対して即座に電撃を放った。

 

 魅了というのは一種の混乱状態であり、痛みやショックを与えることで正気に戻ることが多々あるからだ。

 とはいえ、魅了をかけたのが強大な魔力を持つリリィであるため、ちょっとやそっとの刺激では正気に戻すことは難しく、かなりの威力――それこそ“死んでも構わない”というレベルで電撃を放つ必要があった。

 

 その結果、電撃の範囲内で死んだ数と正気に戻った数は、だいたい五分五分(ごぶごぶ)といったところ。また、正気に戻っても、電撃のダメージが大きくて戦闘不能である者も多い……が、それはそれで構わない。

 

 オクタヴィアにとっても彼女の主にとっても、部下に対する認識は“道具”・“駒”・“消耗品”であり、仲間意識は全くない。オクタヴィアにとって大事なのは主だけであり、ブリジットにとっても大事な部下はオクタヴィアだけなのだ。

 

 だから、無駄に魔力を喰う魅了解除の魔術を使うこともないし、電撃で倒れた部下がまともに戦えなくとも、彼らが魅了された別の部下に殺されようとも、特に気にはしない。

 オクタヴィアの電撃で魅了された部下を全滅させるまで、彼らが少しでも時間を稼いでくれればもうけもの……と考えているのである。

 

 次の電撃を放とうとオクタヴィアが精神を集中する……が、横から高速で飛来する複数の魔力を感じ、魔術を中断して回避する。

 

 オクタヴィアの(そば)を通過していったのは、オクタヴィアでもダメージを受ける密度の魔力が込められた()()

 

 オクタヴィアが向けた視線の先……そこにはまるで宙に浮いているかのように、水で(つく)られた透明な床の上に立って、半身(はんみ)に構えを取るリウラの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 ――落ち着いている

 

 自分でも驚くほど心が静かだった。

 心が透明に感じられるほど、一切の雑念が湧かず、ただ目の前の強敵を倒すことだけに意識を向けることができている。

 

(……これも、リリィのおかげかな?)

 

 リリィが身体を張って示してくれた、自分よりも小さな体に秘められた覚悟と勇気……そして、愛。それらが、リウラの迷いを全部まとめて押し流してくれたのかもしれない。

 

 そう、リウラは覚悟を決めていた。

 自分もまた、リリィと同じようにその手を血に染める覚悟を。

 

 ふっ、とリウラの頭に、リリィと一緒に食べた魔物の肉の串焼きの記憶が()ぎる。

 

 リウラのような水精は例外として、基本的に生き物は皆、他者の命を喰らうことで自分の命を長らえさせている。

 

 今回のこともそれと同じだ。

 

 リウラとリリィが生きるためにブリジットやオクタヴィア、そして彼女達の部下といった他者の命を奪う。

 ただ、今回は命を奪う対象が、自分と同じ人の姿を持ち、自分と同じように考える知恵を持つ生物だった。自分と同じように、相手にも(ゆず)れない理由があった。

 

 出会い方が違えば、わかりあえたかもしれない。もしかしたら友達になれたかもしれない。それは、とても残念に思う。

 

 だが、もう迷いはしない。リウラはブリジット達の命を喰らって、自らの、友人の、……そして、大切な(家族)の命を(つな)ぐ。

 

(私とリリィと……ヴィアさんとリューナさん……そして、私達に関わるみんなの未来のために……)

 

 リウラは、これから命を奪うことに対しての謝罪と、自分達の未来の(かて)になってもらうことへの感謝を込めて言った。

 

「あなた達の命……いただきます!」

 

 

 ――“串焼き”になるのは、あなた達だ

 

 

***

 

 

 連接剣(れんせつけん)は、刀身が(いく)つもの(やいば)に分解し、(むち)のようにしならせて攻撃する武器ではあるが、きちんと刀身を連結していれば通常の長剣と同じように使用できる。

 その連接剣の()(さき)が、すさまじい勢いでリウラの目の前に迫る。

 

 オクタヴィアが飛翔しながら放つ、その突きのスピードはリリィやブリジット以上。

 昨夜の……リリィの性魔術で強化される前のリウラであれば、反応することはできなかったかもしれない。

 

 オクタヴィアの右手で繰り出される刺突に対し、リウラから見て剣の左側面――外側に、すぅっと右肩から身を(すべ)り込ませる。

 そして、左足を前に出しながら(なめ)らかに両手を持ち上げ、右手をオクタヴィアの手首の横に()え、ひねり、左手を相手の脇の下に添える。

 

 そのまま、それぞれの爪先(つまさき)の向きを後方に向けることで、身体全体の向きを反転。

 相手の飛び込んでくる勢いを利用しながら、右の(かかと)を左の踵に(こす)りつけるように大きく後ろへ引いて、自分を中心に円を描くように、巻き込むように、勢いをつけて相手の身体を振り回し、空中に待機させていた水弾に向かってオクタヴィアの顔面を思いきりぶつけた。

 

 

 ――雫流魔闘術(しずくりゅうまとうじゅつ) 戦槌(せんつい)

 

 

 突進してくる相手の身体を(つち)に、突き出す腕をその(つか)に見立て、相手の身体を振り回して壁や水壁・水弾に衝突させる、水精(みずせい)シズクから伝授された戦技の1つである。

 

 パアンッ!!

 

 リウラの水弾が弾ける――失敗だ。

 

 本来、この技は衝突した水球が相手の顔面に張り付き、そのまま相手の眼や鼻、口から内部へ侵入して内臓を破壊するという、かなりえげつない技だ。

 リウラはそこまでするつもりはなかったものの、窒息(ちっそく)させる気はあったため、“水弾が弾ける”という現象が起こるはずがない。

 

 水弾が弾けた理由――それは、結界。

 

 “魔術結界”と呼ばれる、対魔術用の結界を衝突の寸前に展開されたため、水弾がオクタヴィアの顔面に当たる直前に結界に当たって弾かれてしまったのだ。

 

 “戦闘において魔術戦を(しゅ)とする、後衛向け種族であるはずの水精が体術を使う”という常識外れのカウンター攻撃を、あの一瞬に防ぐ判断力と魔術の展開速度……それだけでオクタヴィアが、どれほどの戦闘経験を積んできたかが分かろうというものだ。

 

 飛行しながら前転を行い、ひねられた右手を無理やり外して、そのまま前へと距離を取るオクタヴィア。

 とっさの判断で水弾を防ぐことはできたが、今まで戦ったことのないタイプであるリウラを警戒している様子だ。

 

 ――だが、それは悪手

 

 近接武器は届かないが、魔術ならば届く“中距離”……それは()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 オクタヴィアがリウラに振り向いたとき、すでに彼女はリウラが()び出した無数の水弾に(かこ)まれていた。

 

 

 

 水精の隠れ里でも屈指(くっし)の水操作技術を持つリウラの水弾は、多種多様。

 

 ――状況に合わせて瞬時に変化する、通常の球型

 ――剣や槍・斧・槌といった殺傷力を高めた武器型

 ――コウモリや魚・バギルといった不規則な動きで敵を翻弄(ほんろう)する動物型

 ――宙を走る鎖型が、オクタヴィアを隙あらば捕らえようと囲うように動き、

 ――さらには10を超えるミニ水蛇(サッちゃん)型が、ひっきりなしに位置を変えながら口からレーザーのようにミニウォーターブレスを放つ。水弾を召喚する要領(ようりょう)でミニ水蛇(サッちゃん)の中の水分は補充されており、そのウォーターブレスは弾切れになる様子がない

 

 

 

 全距離(オールレンジ)攻撃

 

 

 

 前後左右上下から不規則に間断(かんだん)なく放たれる攻撃に対し、“すべての攻撃に対処することは不可能”と判断したオクタヴィアは、魔術結界を展開しなおしながら回避行動に移る。

 

 オクタヴィアの魔術結界ならば、先程のようにリウラの水弾を無傷で弾くことは可能だ。ならば、なぜリウラの攻撃を無視してリウラ本体の攻撃に向かわないのか?

 

 ゴオッ!!

 

 アイがそれを許さないからである。

 いくらオクタヴィアの魔力が高くとも、巨人族並に巨大化したアースマンの拳は無視できるものではない。対物理攻撃用の結界を展開することもできるが、あの大質量の拳を防ぎきれるものではない。

 

 ――リウラの腰のあたりに、輝く魔法陣が現れる

 

「ひょわあっ!?」

 

 すっとんきょうな叫びをあげて慌ててリウラが跳び退(すさ)ると、上空から落ちてきた魔弾が爆発し、リウラの足場を砕く。

 

 オクタヴィアの鋼輝陣(イオ=ルーン)である。

 

 リウラは再び水で足場を張りなおそうとするが、水を()び出した瞬間に、オクタヴィアが同じ要領でそれを破壊する。

 

 空間指定型の爆破魔術である鋼輝陣(イオ=ルーン)は、相手の行動を先読みして魔法陣を設置するという詰将棋(つめしょうぎ)のような戦い方ができる、応用力の高い魔術である。

 こうしてリウラが作ろうとする足場を先読みして破壊することも、リウラが落ちる位置を計算して魔法陣を設置することもできるという訳だ。

 

 足場を張ることができずに自由落下するしかないリウラへと、連結を解除したオクタヴィアの連接剣(れんせつけん)(へび)のようにしなり、迫る。

 

(くっ……それなら!!)

 

 オクタヴィアの剣を回避するように、リウラが横へと()()()

 

「!?」

 

 オクタヴィアがリウラの移動した方向へ目をやると、リウラが足からだらりと力を抜き、()()()()()()()

 

 ――雫流魔闘術(しずくりゅうまとうじゅつ) 水の羽衣(はごろも)

 

 ()び出した水を使って身体を支える足場を作るのではなく、水の(ころも)、あるいは水精の身体そのものを水弾の要領で直接操り、空を飛ぶ技である。

 

 水床のように足で体重を支えている訳ではないため、体術を扱う難易度が上がるデメリットはあるが、これならば足場がなくとも戦闘できる。

 

 意表を突かれたオクタヴィアの動きが一瞬止まり、そこに大岩の(ごと)きアイの拳がオクタヴィアに迫る。

 それを危ういところで回避したオクタヴィアは、ピクリと何かを感じ取りその顔を上へ向ける。

 

 オクタヴィアの直上(ちょくじょう)、その上空――そこではリウラが操っていた全ての水弾が結集し、巨大な水塊となって、まるで隕石のようにオクタヴィアへ向かって勢いよく落下しようとしていた。

 

 オクタヴィアの卓越した飛行技術は、リウラの攻撃のほぼ全てを回避しており、(まれ)に当たったものは全て彼女の魔術結界に弾かれている。このままでは彼女に対してダメージを与えることができない。

 

 ――ならば、どうするか?

 

 リウラが出した答えがこれだった。

 

 巨大な水塊を作って、“点”ではなく“面”での攻撃で逃げ場をなくす。

 繰り出した水塊はリウラの魔力が結集しているため、オクタヴィアの結界を貫通できる可能性も上がる。

 

 仮に貫通できなくとも、この大質量ならば、すぐには弾かれない。少しでも動きを封じることができれば、アイの拳がオクタヴィアにダメージを与えてくれるという寸法(すんぽう)だ。

 

 そして、このリウラの思いつきは、見事にオクタヴィアが“リウラにされたくない行動”そのものだった。

 

 リウラが全力で振り下ろす水塊のスピードは相当なもの。その巨大さから、避けるにはオクタヴィアの速度であっても()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし、それではいくらオクタヴィアの飛翔速度が高かろうと、簡単に狙いを定めることが可能だ。

 

 つまり、そこを狙ってアイの拳が飛んでくる。

 

 逆にその場にとどまって全力で魔術結界を強化して水塊を耐えたとしても、やっぱりその間に物理攻撃(アイの拳)が飛んでくる。

 これを何とかするには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 よって、オクタヴィアは後方――アイから見て前方へと全力で離脱(りだつ)せざるを()なかった。

 

 アイの巨大な拳がオクタヴィアへと放たれる。しかし、アイの拳よりもオクタヴィアの飛翔の方が早いため、絶対に届くことはない。

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ドンッ!!

 

「!!?」

 

 アイの拳が文字通り()()()

 

 そう、アイは土精(つちせい)アースマン。その身体は、ただの土塊(つちくれ)。ならば、切り離すことも、操作することも可能である。

 

 (ひじ)あたりから切り離されたアイの腕は、単に拳を放つ以上のスピードでオクタヴィアに迫る。

 

 岩弾操作の要領で正確にオクタヴィアを追尾したアイの右手は、途中で形状を(グー)から平手(パー)へと変え、空中でオクタヴィアを捕らえると、そのままの勢いで壁面へと押さえつけた。

 

 ズウンッ!!

 

「ぐぅっ!?」

 

 自分の右手を追いかけたアイが、切り離された腕を再接続しつつ、全体重をかけてオクタヴィアを壁へ押し付け、彼女を押さえ込む。

 通常ならば圧殺(あっさつ)されてしかるべきだが、高い魔力を持つオクタヴィアの身体はそれにも耐える。しかし、腕から抜け出すことは(かな)わない。

 

 アイの腕に魔法陣が現れる。鋼輝陣(イオ=ルーン)で腕を破壊して逃げるつもりだ。

 

「はあああああぁぁぁああああっ!!」

 

 そうはさせじ、とサイドテールをなびかせたリウラが、再び巨大な水塊を(ともな)って現れる。

 

 今度の水塊は綺麗に形が整っているどころか、水塊の下が平面になっており、その面にはびっしりとバギルの牙のように大きく鋭い(とげ)がびっしり均等に並んでいる。

 

 全力で魔術結界を展開すれば防げるが、それでは逃げられず、ただリウラの魔術を防ぎ続けるしかなくなる。それではジリ(ひん)だ。

 かといって、このまま鋼輝陣(イオ=ルーン)を放てば、結界を破られ、脱出する前に大ダメージを受けてしまう。

 

 ゴオオオオオォォオオオオッ!!

 

 そこへさらに、すさまじい魔力をたった1本の矢に込めて弓を構えるリューナが追い打ちをかける。

 

 リウラ達が戦っている間に魔力回復薬を飲み終えた彼女の矢は、大きな鳥型の稲妻を(まと)って、大きく翼をはためかせる。放たれれば、(いかずち)の魔鳥はオクタヴィアの(のど)(くちばし)を突き立て、その身を雷光で焼き尽くすだろう。

 

 例えアイの腕を破壊したとしても、その瞬間に刺さる。

 例え魔術結界でリウラの水塊を防いだとしても、その上から結界を貫通して刺さる。

 ――オクタヴィアに逃げ場はない。

 

 

 チェックメイト。

 

 

 水精、土精、そしてエルフ――たった3人の無名の戦士が、今まさに高名な魔族を討ち取らんとしていた。

 

 

***

 

 

 スゥー、とブリジットが地上へ降りる。

 

 忌々(いまいま)しげにリリィを見るブリジット。

 それに対し、一切の油断なくブリジットの眼を見続けるリリィ。対峙(たいじ)する2人を邪魔する者はなく、2人はジッと相手を見つめ続ける。

 

 ――気に入らない

 

 ――何もかも、本当に気に入らない

 

 (おさな)き魔族姫は苛立(いらだ)ちを(つの)らせる。

 

 ――魔王(アイツ)が人間族なんかにやられたことも、魔王(アイツ)封印(あんなとこ)から出してやれないことも……こんな貧相な小娘に良いように引っかきまわされることも、みんなみんな気に入らない!!

 

 思い通りにならない現実が……そしてその元凶の1人であるリリィが。

 

 ブリジットは苛立ちのままに、衝動的に口を開く。

 

「どうし――」

 

 ――気づいたときには、リリィの右の短剣(ダガー)が己の首を斬り飛ばさんと迫っていた

 

(!!?)

 

 必死に首を()らし、短剣(ダガー)の軌道から退避する。直後、リリィの左足が跳ね上がり、ブリジットの鳩尾(みぞおち)を打ち抜いた。

 

「ガッ!」

 

 後ろへと勢いよく吹き飛ばされたブリジットは、翼を広げてブレーキをかける。前方のリリィに意識を戻すが、

 

 ――そこには誰もいない

 

 ゾクリと背筋を走る悪寒(おかん)が、ブリジットをさらに後ろへと跳ばせる。

 

 魔力を感じるよりも先に身体を動かすことができたのは、ブリジットの経験の賜物(たまもの)

 ブリジットが跳ねた直後、先程までブリジットがいた空間を、上空から急降下してきたリリィが両の短剣(ダガー)唐竹割(からたけわり)に切り裂いた。

 

 “戦闘の主導権を取り返さなければならない”――そう理解したブリジットは舌打ちしながら反撃を開始する。

 

 お返しとばかりに半身(はんみ)になったリリィの腹を狙うよう、回し蹴りを放つ。

 リリィはそれを無視して強引に前へと突っ込んだ。リリィの胴にブリジットの足が接触するが、蹴りの支点となる足の付け根である為ほとんどダメージが入らず、逆に体勢を(くず)したブリジットの左眼を狙って右の短剣(ダガー)が突きこまれようとする。

 

「くっ!」

 

 翼を動かし、強引に回転するように飛行することで、(から)くもリリィの短剣(ダガー)を回避する。

 

 ――その瞬間、軸足(じくあし)をグイと何かに引っ張られた

 

(!?)

 

 視野の(はし)で、リリィの尾がブリジットの軸足の(ひざ)へ伸びているのが見えた。

 

 バランスを完全に崩して仰向(あおむ)けに倒れこもうとするブリジットへ、くるりと(てのひら)逆手(さかて)に握り直した左の短剣(ダガー)を振り下ろすリリィ。

 

 ギィンッ!

 

 リリィの刺突が、とっさに張ったブリジットの対物理攻撃用の結界――防護結界に弾かれる。

 その隙に、ブリジットは何とか間合(まあ)いを離すことに成功した。

 

「なんでだよ……」

 

 ブリジットは動揺に声を震わせて言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()オマエ……!!」

 

 ()()()()()()赤子(あかご)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――“天と地ほどに離れていたはずの戦闘技術や経験が、ほんの1時間も()たないうちに埋められてしまった”という信じられない事実に、ブリジットは混乱するのであった。

 

 

 

 

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