――リウラの視界が真っ赤に染まる
それはまるで夢を見ているかのように現実感がなく、酷くスローモーションに感じられた。
オクタヴィアの振るう
染み
「リリィ!!」
遅れて追いついたヴィアが血相を変えて飛び込み、オクタヴィアと切り結ぶ。技術、魔力共にオクタヴィアの方が格上だが、今のヴィアならば防御に徹すれば持ちこたえることくらいはできた。
「……あ……あああ……」
「大……丈夫? ……お姉ちゃん……」
リウラの腕にグッタリと身体を預ける妹は、血だまりを作りながら、それでもリウラのことを案じていた。
「だ、大丈夫! 大丈夫だよ!! リリィが
あまりの状況にパニックに
ギリッ……!
リウラは歯を食いしばり、拳を強く握り締める。
――自分は、いったい何をしているのか。自分はリリィを護るためにここに居るのではなかったのか
――それが護るどころか逆に護られて、護るべき彼女の身を危険に
「あ、ああああぁあぁぁっ!!」
リウラは
(邪魔……邪魔邪魔邪魔邪魔ぁっ!! お願い私の心……その罪悪感をねじ伏せて! 大切な家族失わないために、今すぐ私を戦わせてぇっ!!)
――身体が……動いた
今までの様子が嘘のようにピタリと震えが止まる。
右手でリリィを支えながら、左手で素早く水の衣のポケットから真っ白な“治癒の羽”を取り出して握り潰す。
純白に輝く魔力の風が、羽を握り潰した拳の中から
リウラの拳から溢れた白い風はリリィだけでなく、リューナの刀傷にも、自力で土を吸い上げて再生する途中にあったアイの手首と下半身にも流れ、完全に元通りにしてしまう。
“治癒の羽”は癒す対象を明確にイメージしなければ発動しない。
目の前で死にかけていたリリィだけでなく、周囲の仲間も意識していなければ、彼女達全員を同時に癒すことはできない。
さらに言えば、“治癒の羽”はその色が白に近づくほど強力になり、逆に赤に近づくほど効力が下がるのだが、最高級の純白の羽を取り出して使用しなければ、全員を完全回復させることはできない。
全員が回復して態勢を整えなければ死ぬかもしれなかったこの状況で、“とにかくすぐに回復させよう”と適当に羽を取り出さず、適切な羽を選んで握り潰した事実は、リウラが完全に冷静な状態を取り戻したことの
肩の傷が癒えたリューナが、素早く弓を拾って周囲に
その隙に下半身が修復されたアイが跳ね起き、素早く地面を操って
「ぐぅッ!!」
オクタヴィアからドシンと腹に重い突き蹴りをもらったヴィアが、リウラ達の元へ吹き飛んでくる。その瞬間、周囲から先程アイが操作した以上の勢いで、地面がリウラ達を
警戒を
「……って、アイはどこよ!?」
大きめの部屋ぐらいはある広い空間に居るのは4人。
――リウラ、リリィ、ヴィア、リューナ……アイが居ない。
「これは……」
リューナは周囲に満ちる魔力を感じ取り、何が起こったのか事態を把握した。
***
「……な、なんだアレ?」
「……おそらくは、アースマンの一種と思われます」
「……アースマン!? アレが!?」
ブリジット達の見つめる先……そこでは、女性の上半身――腰から上だけという姿の、見上げるほどに巨大な土人形――アイが猛威を振るっていた。
アースマンの中には、土を吸い上げて身体を再構築する再生能力を利用して、より巨大な身体を
土や大地を操作できるアイにその程度のことができないはずもなく、巨大化した体内にリウラ達を取り込むことで、混乱状態のリウラを保護しつつ自分の攻撃力を上げるという手に出たのだ。まさに攻防一体の大技である。
アイは巨大な拳を次々と敵の頭上に落として、地面に真っ赤な血の花を咲かせ、ちょっとした家ほどの大きさがある腰をズルズルと泥を
途中、アイの進路上にいた敵が、アイの腰に身体を巻き込まれてすりつぶされ、聞くに
敵から振るわれる武器は全て
ボンボンと敵から放たれる魔弾がアイの体表で爆発するが、それもその巨大な質量からすれば大したダメージではなく、すぐにアイが土を吸い上げて修復してしまう。
……アレは無理だ。
驚愕から立ち直ったブリジットが、バサリとコウモリの翼を広げる。
「……ご主人様、ここは私が……」
「いいや、ボクがやる。オクタヴィアは手を出すな。……今はアイツを思い切り蹴り飛ばしてやりたい気分なんでね……!」
額に青筋を立てて、
――なぜか、超巨大化したアイの豊かなバストへと
「……」
そのことに気づいたオクタヴィアは、何も言わずに目を伏せて下がる。
――直後、ブリジットの姿が
ドオンッ!!
腹に響く重々しい衝突音。その発生源は、上空――アイの……左胸。
「はああっ!!」
1回、2回、3回、4回……ブリジットはコマのように回転しながら、次々と連続で回し蹴りをアイへ叩き込んでゆく。
いくら巨大化したアイの頑丈さがデタラメでも、リリィ以上の速度と威力で放たれる旋風脚に耐えられるほど頑強ではない。
一瞬の間に何度も何度も……
アイがグッと背を起こしながら、竜族のように大きな目でブリジットを
その時にはアイの左胸は既に再生を始めており、徐々にその美しい形が
その様子を見て、ブリジットの眼が吊り上がり、どんどん険しくなってゆく。
(うらやましくない……うらやましくないったら、ないんだ! あんな、土でできた作り物の胸なんて……!)
同じ精霊でも、無意識に水で自らの衣を形作る水精とは異なり、土精アースマンは土で己の衣服を
土の操作に
そして巨大な身体を新たに構築したが故に、その豊満な胸は、リウラの前で彼女が誕生した時と同じように、
ブリジットは魔王の幼馴染……つまり、
誕生したばかりで、さらには
再生するアイの胸を
ブリジットの頬をかすめるように、濃密な電撃の魔力を
「……ああ、もう! イライラする!!」
苛立っていたところに、さらにちょっかいを出されてブリジットが
ブリジットは自らに向かって降り
***
――アイの体内
グイッ!
リューナがアイの援護に向かったのを見送った後、
潜水魔術の応用で水球の中に“流れ”を生み出し、洗濯機のようにリリィにかかっていた血が洗い流され、水球が赤黒く
水滴ひとつ残っていないリリィの身体は、シミひとつない美しい姿に戻っていた。
リリィはヴィアに視線を合わせると、言った。
「ヴィア、
ヴィアが緊張する。
リリィが『主として命じる』と宣言したということは、使い魔である自分には決して逆らえない
だが、それが分かっていてもリリィの使い魔の自分には命令を
ゴクリと
「――脱ぎなさい」
……………………………………………………。
(また、このオチかあああぁぁぁぁぁ!!!!)
ヴィアは頭を抱えてしゃがみ込む。
まさかの3度目である。1日に3度立て続けに同性に襲われる者が、この世の中にいったいどれだけいるというのだろうか。
無情にも、ヴィアの身体は本人の意思を無視して勝手に服を脱ぎはじめ、羞恥で顔を真っ赤にするヴィアは、リリィに向かって必死に涙目で訴える。
「いやいやいや待ちなさいよ! アンタが消耗してるのは分かるけど、今ここで精気を取られて私が倒れたら、手が足りなくなって結局、は……、アン、タ、も……」
ヴィアの声が力を失ってゆく。
足がふらつき、意識がぼやけてゆく。
(この……匂いは……)
いつの間にか甘ったるい匂いが、この閉鎖された空間――アイの体内に満ちていた。
匂いはどんどん濃密になってゆき、まるで視界すべてが桃色になっているかのように感じられる。
――フェロモン
それがこの匂いの正体だ。
その効果は強烈――老若男女・種族を問わず効果があり、よほど精神力か魔力が強くなければ抵抗など許さない、
睡魔リリィの使い魔たるヴィアには高い魅了耐性があるが、その魅了耐性を与えた張本人から仕掛けられた魅了に
ヴィアは同性の……それもまだ成熟していない
「ごめんヴィア。言ってることはもっともだけど、説明してる時間がないの。“アイとリューナさんが
「なんか私すごいこと要求されてる気がする!?」
意識がぼやけながらも、
“制限時間以内に同性(子供)にイかされろ”なんて、いったいどんな罰ゲームだろうか? 悪夢にも程がある。なんだか
でも、むりやり興奮させられた自身の視線は、リリィの胸と
「大丈夫。強制的に興奮させるし、快楽も私がコントロールするから。ヴィアは天井のシミの数でも数えといて」
「それがイヤだっつってんのよぉぉおおおおお!!」
その言葉を最後に、ヴィアは再び(性的に)食われた。
「おおぉ~~……!」
唐突におっぱじめられた妹の
それどころか彼女は初めて目にした、他人の
頬を赤く染めつつも、彼女の視線は
先程まで自身の罪悪感について真剣に悩んでいたことなど、あっという間に吹き飛んでしまう衝撃的かつ興味深い光景に、リウラはすっかりいつもの調子を取り戻していた。
リューナからもらった、精神安定の効果があるらしい薬草をムグムグと噛みつつ、18歳未満お断りなシーンを観賞していると……ややあって、リウラはもじもじと
(うう……見てたらなんか、アソコがムズムズしてきちゃった……)
今度は
――リウラは、
正確には、
この密閉空間には、リリィという強力な睡魔が放つフェロモンが満ちている。
ということは、当然リウラもそのフェロモンを嗅いでおり、猛烈な性衝動に襲われるはずである。
それは今リウラが感じている程度のものでは断じてない。
――つまり、彼女にはリリィのフェロモンがほとんど効いていないのだ
一般的な睡魔を遥かに超える魔力を持つリリィのフェロモンは、リウラ程度の魔力の持ち主では、よほど精神力が強くない限り抵抗できるものではなく、今リウラが噛み続けている薬草程度で防げるものでもない。
特に意識しない状態でそれに抵抗できるなど、さらに有り得ない。
そんな自分の異常性もつゆ知らず、リウラは興奮に息を荒らげながらもリリィの邪魔をしないように彼女達の
(わ、私も混ざりたい~~~~~!! って、うわっ!?)
アイが攻撃を受けたのか、部屋が大きく震え、斜めに傾く。
――リリィとヴィアが全裸で絡まり合ったまま、リウラの目の前をゴロンゴロンと転がって行った
***
(ッ……強い……!!)
泥で衝撃を吸収し、打撃はおろか斬撃すら防ぐアイの自慢の身体は、目の前の小柄な魔族少女によってボロボロにされていた。
右腕がもげ、腹と頭部に穴が開き、片目を潰された。
胸など、とうに両方とも
常に土を吸い上げて身体を再生しているにもかかわらず、ブリジットが与えるダメージに再生がまるで追いつかない。肩に乗っているリューナは何とか死守しているものの、このまま身体を削られ続ければ、リューナだけでなくアイの体内にいるリウラ達が攻撃されてしまう。
リウラは明らかに様子がおかしくなっており、とても戦闘できる状態ではないとアイは認識している。
ここでアイが倒れれば、リウラが殺されてしまう。それだけは絶対に許容できない。彼女はアイの恩人だ。ここで彼女を殺されるわけにはいかない。
――だが、どうすれば良い?
ブリジットの戦いは恐ろしく速く、そして
リューナが矢や魔術で援護してくれているにもかかわらず、アイの拳も石弾もかすりもしない。その上、身を隠す
リューナの援護がなければ、とっくに身体を破壊されつくしていただろう。
アイがブリジットと戦うためには、まず攻撃を命中させられるようにならなければならない。だが、どうすれば当たるようになるのか?
(……ううん、待って……
ブリジット達相手には勝てない――それはブリジットの
今だって、次の
――しかし、本当にブリジットを
ハッと気づいたアイは、今までで最大の速度で目的の転移門がある“道”へと突進する。
その間に立ち
ドオンッ! と凄まじい音を立てて、アイの
――踏ん張る
アイの腰の位置は
アイは何とか再生が間に合った右腕と、無事だった左腕をクロスさせて胸を
同じような行動を2回続けて取ったことで、ブリジットが
今度は腹。腰の位置がわずかに後ろにずれるが、それもグッと地面を腰の泥でつかみ、可能な限り後ろへ下がることを
ジリジリ……ジリジリと少しずつではあるが、転移門が近づいてくる。
3回目の突進で、ようやくブリジットがアイの狙いに気づいた。
そう、巨人族と
ブリジットの攻撃力は確かに高い。しかし、
ならば、ブリジットを攻撃する余力を全て防御に回して転移門へと突進すれば、ブリジットにはそれを妨害する手段が存在しないのだ。
もちろん、アイの再生能力を上回る攻撃力は持っているので、アイが耐えきれずに潰される可能性はあるが、転移門まで持ちさえすれば、あとはリリィ達が何とかしてくれるとアイは信じていた。
そうはさせじ、とアイの腹に連続で蹴りを放ち、ブリジットはアイを後ろへ下がらせようとする。
アイの位置が耐えきれずに、ほんの少しだけ後退する……が、雨のように上から降り
“アイを転移門から引き離す”という目的がある以上、ブリジットはアイの前面からしか攻撃をしてこない。あまりのスピードに、前後左右上下どこから攻撃してくるのか分からなかった先の戦闘では、ブリジットに狙いをつけることすら難しかったが、“前からしか攻撃がこない”と分かっているのならば、いくらかやりようはある。
リューナの援護を受けることで、再びアイの前進が始まる。
そして、前進とわずかな後退を繰り返し、アイがいくらか転移門までの距離を縮めたところで――気づいた。
(……まずい。身体がもたない……!!)
とうとうアイの身体に限界が訪れた。
腹にも頭にも大きな穴が開き、腕は両方とも肩からもげ、首も取れかけている。胸ももう少しでリウラ達のいる空間まで届いてしまうところまで削られてしまった。
次か、その次の突進でアイの身体は行動不能になる。
そして、リューナも限界が来ていた。
魔力が限界に来ているのか、矢に魔力がほとんど乗っておらず、今や避けるそぶりすら見せないブリジットの
そのことから“脅威ではない”と認識されているのか、リューナへの攻撃もないが、もし攻撃されればリューナは一巻の終わりである。
(どうすれば……! どうすれば……!! …………え!?)
アイが目を大きく見開いた。
***
「ん?」
ブリジットが
馬鹿の
今度は何を
――リリィである
アイの体内で衣服を
そしてそのせいなのか、彼女の雰囲気までもがガラリと変わっていた。
いつもの紺のキャミソールドレスではなく、白いワンピースにパンプスを
ツインテールに結っていた髪は下ろされ、リリィの快活なイメージを大人しいイメージに塗り変えていた。
トドメは、その態度と表情。
両手を胸の前で祈るように組み、心もち上目づかいに瞳を
そして、彼女は右目からポロリと
「お願い、みんな! ……私を……私を助けて!!」
リリィの意味不明な行動に、「はぁ?」とブリジットが思わず口にしたその瞬間、
――リリィの瞳が、ぼぅと紅く輝いた
ブリジットの身体にリリィの魔力が当たり、そして弾かれた感触があった。
何をしようとしたのかはわからないが、失敗したようだと判断したブリジットが、リリィに狙いを定めて攻撃態勢をとったその直後、
「「「「「「ウオオオオオオオォォオオオオオオ!!!!!」」」」」」
「「「「「「キャァァアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」」
そして、ブリジットの配下達――そのほぼ全員が同時にグルリと首をブリジットとオクタヴィアへ向け、すさまじい
「………………はぁぁああああっ!!?」
「……!!」
ブリジットが
――魅了魔術 誘惑の
妖艶な微笑みを
だが“心の隙がなければ、絶対に効かないか?”と言われれば、別にそんなことはない。
ブリジットの配下達で、リリィの装いに心の隙を作ったのはほんの一部だ。自分達の仲間を何十人と殺した相手なのだから、油断できないのは当然である。
にもかかわらず、こうしてほぼ全員がリリィの魅了にかかったのは、
リリィの新たな装いは、少しでも敵を魅了する確率を引き上げるためのダメ押しにすぎない。
これが力ある睡魔の恐ろしさである。彼女達に対していくら数を
今やブリジットの配下で、リリィの魔力に
「……ッ!!」
主の手を
彼女が暴走する部下達の上空へと飛び立ったことを確認すると、リリィはアイの肩から飛び降りた。
ストンと着地したリリィのワンピースとパンプスが転送魔術で隠れ里
この衣服はリリィの魔力で
そして、“リリィの魔力で創られている”ということは、“リリィの魔力が成長すればするほどこのドレスに込められている魔力の質も上がる”ということであり……現在のリリィの魔力であれば、へたな防具――つまり先程のリウラが選んだワンピースよりもよほど防御力が高い。
リリィは手のひらに創りだした
リリィの手に出現したのは、初心者に
――彼女の両の手に握られていたのは……
***
オクタヴィアは、魅了された部下達に対して即座に電撃を放った。
魅了というのは一種の混乱状態であり、痛みやショックを与えることで正気に戻ることが多々あるからだ。
とはいえ、魅了をかけたのが強大な魔力を持つリリィであるため、ちょっとやそっとの刺激では正気に戻すことは難しく、かなりの威力――それこそ“死んでも構わない”というレベルで電撃を放つ必要があった。
その結果、電撃の範囲内で死んだ数と正気に戻った数は、だいたい
オクタヴィアにとっても彼女の主にとっても、部下に対する認識は“道具”・“駒”・“消耗品”であり、仲間意識は全くない。オクタヴィアにとって大事なのは主だけであり、ブリジットにとっても大事な部下はオクタヴィアだけなのだ。
だから、無駄に魔力を喰う魅了解除の魔術を使うこともないし、電撃で倒れた部下がまともに戦えなくとも、彼らが魅了された別の部下に殺されようとも、特に気にはしない。
オクタヴィアの電撃で魅了された部下を全滅させるまで、彼らが少しでも時間を稼いでくれればもうけもの……と考えているのである。
次の電撃を放とうとオクタヴィアが精神を集中する……が、横から高速で飛来する複数の魔力を感じ、魔術を中断して回避する。
オクタヴィアの
オクタヴィアが向けた視線の先……そこにはまるで宙に浮いているかのように、水で
――落ち着いている
自分でも驚くほど心が静かだった。
心が透明に感じられるほど、一切の雑念が湧かず、ただ目の前の強敵を倒すことだけに意識を向けることができている。
(……これも、リリィのおかげかな?)
リリィが身体を張って示してくれた、自分よりも小さな体に秘められた覚悟と勇気……そして、愛。それらが、リウラの迷いを全部まとめて押し流してくれたのかもしれない。
そう、リウラは覚悟を決めていた。
自分もまた、リリィと同じようにその手を血に染める覚悟を。
ふっ、とリウラの頭に、リリィと一緒に食べた魔物の肉の串焼きの記憶が
リウラのような水精は例外として、基本的に生き物は皆、他者の命を喰らうことで自分の命を長らえさせている。
今回のこともそれと同じだ。
リウラとリリィが生きるためにブリジットやオクタヴィア、そして彼女達の部下といった他者の命を奪う。
ただ、今回は命を奪う対象が、自分と同じ人の姿を持ち、自分と同じように考える知恵を持つ生物だった。自分と同じように、相手にも
出会い方が違えば、わかりあえたかもしれない。もしかしたら友達になれたかもしれない。それは、とても残念に思う。
だが、もう迷いはしない。リウラはブリジット達の命を喰らって、自らの、友人の、……そして、大切な
(私とリリィと……ヴィアさんとリューナさん……そして、私達に関わるみんなの未来のために……)
リウラは、これから命を奪うことに対しての謝罪と、自分達の未来の
「あなた達の命……いただきます!」
――“串焼き”になるのは、あなた達だ
***
その連接剣の
オクタヴィアが飛翔しながら放つ、その突きのスピードはリリィやブリジット以上。
昨夜の……リリィの性魔術で強化される前のリウラであれば、反応することはできなかったかもしれない。
オクタヴィアの右手で繰り出される刺突に対し、リウラから見て剣の左側面――外側に、すぅっと右肩から身を
そして、左足を前に出しながら
そのまま、それぞれの
相手の飛び込んでくる勢いを利用しながら、右の
――
突進してくる相手の身体を
パアンッ!!
リウラの水弾が弾ける――失敗だ。
本来、この技は衝突した水球が相手の顔面に張り付き、そのまま相手の眼や鼻、口から内部へ侵入して内臓を破壊するという、かなりえげつない技だ。
リウラはそこまでするつもりはなかったものの、
水弾が弾けた理由――それは、結界。
“魔術結界”と呼ばれる、対魔術用の結界を衝突の寸前に展開されたため、水弾がオクタヴィアの顔面に当たる直前に結界に当たって弾かれてしまったのだ。
“戦闘において魔術戦を
飛行しながら前転を行い、ひねられた右手を無理やり外して、そのまま前へと距離を取るオクタヴィア。
とっさの判断で水弾を防ぐことはできたが、今まで戦ったことのないタイプであるリウラを警戒している様子だ。
――だが、それは悪手
近接武器は届かないが、魔術ならば届く“中距離”……それは
オクタヴィアがリウラに振り向いたとき、すでに彼女はリウラが
水精の隠れ里でも
――状況に合わせて瞬時に変化する、通常の球型
――剣や槍・斧・槌といった殺傷力を高めた武器型
――コウモリや魚・バギルといった不規則な動きで敵を
――宙を走る鎖型が、オクタヴィアを隙あらば捕らえようと囲うように動き、
――さらには10を超えるミニ
前後左右上下から不規則に
オクタヴィアの魔術結界ならば、先程のようにリウラの水弾を無傷で弾くことは可能だ。ならば、なぜリウラの攻撃を無視してリウラ本体の攻撃に向かわないのか?
ゴオッ!!
アイがそれを許さないからである。
いくらオクタヴィアの魔力が高くとも、巨人族並に巨大化したアースマンの拳は無視できるものではない。対物理攻撃用の結界を展開することもできるが、あの大質量の拳を防ぎきれるものではない。
――リウラの腰のあたりに、輝く魔法陣が現れる
「ひょわあっ!?」
すっとんきょうな叫びをあげて慌ててリウラが跳び
オクタヴィアの
リウラは再び水で足場を張りなおそうとするが、水を
空間指定型の爆破魔術である
こうしてリウラが作ろうとする足場を先読みして破壊することも、リウラが落ちる位置を計算して魔法陣を設置することもできるという訳だ。
足場を張ることができずに自由落下するしかないリウラへと、連結を解除したオクタヴィアの
(くっ……それなら!!)
オクタヴィアの剣を回避するように、リウラが横へと
「!?」
オクタヴィアがリウラの移動した方向へ目をやると、リウラが足からだらりと力を抜き、
――
水床のように足で体重を支えている訳ではないため、体術を扱う難易度が上がるデメリットはあるが、これならば足場がなくとも戦闘できる。
意表を突かれたオクタヴィアの動きが一瞬止まり、そこに大岩の
それを危ういところで回避したオクタヴィアは、ピクリと何かを感じ取りその顔を上へ向ける。
オクタヴィアの
オクタヴィアの卓越した飛行技術は、リウラの攻撃のほぼ全てを回避しており、
――ならば、どうするか?
リウラが出した答えがこれだった。
巨大な水塊を作って、“点”ではなく“面”での攻撃で逃げ場をなくす。
繰り出した水塊はリウラの魔力が結集しているため、オクタヴィアの結界を貫通できる可能性も上がる。
仮に貫通できなくとも、この大質量ならば、すぐには弾かれない。少しでも動きを封じることができれば、アイの拳がオクタヴィアにダメージを与えてくれるという
そして、このリウラの思いつきは、見事にオクタヴィアが“リウラにされたくない行動”そのものだった。
リウラが全力で振り下ろす水塊のスピードは相当なもの。その巨大さから、避けるにはオクタヴィアの速度であっても
しかし、それではいくらオクタヴィアの飛翔速度が高かろうと、簡単に狙いを定めることが可能だ。
つまり、そこを狙ってアイの拳が飛んでくる。
逆にその場にとどまって全力で魔術結界を強化して水塊を耐えたとしても、やっぱりその間に
これを何とかするには、
よって、オクタヴィアは後方――アイから見て前方へと全力で
アイの巨大な拳がオクタヴィアへと放たれる。しかし、アイの拳よりもオクタヴィアの飛翔の方が早いため、絶対に届くことはない。
――
ドンッ!!
「!!?」
アイの拳が文字通り
そう、アイは
岩弾操作の要領で正確にオクタヴィアを追尾したアイの右手は、途中で形状を
ズウンッ!!
「ぐぅっ!?」
自分の右手を追いかけたアイが、切り離された腕を再接続しつつ、全体重をかけてオクタヴィアを壁へ押し付け、彼女を押さえ込む。
通常ならば
アイの腕に魔法陣が現れる。
「はあああああぁぁぁああああっ!!」
そうはさせじ、とサイドテールをなびかせたリウラが、再び巨大な水塊を
今度の水塊は綺麗に形が整っているどころか、水塊の下が平面になっており、その面にはびっしりとバギルの牙のように大きく鋭い
全力で魔術結界を展開すれば防げるが、それでは逃げられず、ただリウラの魔術を防ぎ続けるしかなくなる。それではジリ
かといって、このまま
ゴオオオオオォォオオオオッ!!
そこへさらに、すさまじい魔力をたった1本の矢に込めて弓を構えるリューナが追い打ちをかける。
リウラ達が戦っている間に魔力回復薬を飲み終えた彼女の矢は、大きな鳥型の稲妻を
例えアイの腕を破壊したとしても、その瞬間に刺さる。
例え魔術結界でリウラの水塊を防いだとしても、その上から結界を貫通して刺さる。
――オクタヴィアに逃げ場はない。
チェックメイト。
水精、土精、そしてエルフ――たった3人の無名の戦士が、今まさに高名な魔族を討ち取らんとしていた。
***
スゥー、とブリジットが地上へ降りる。
それに対し、一切の油断なくブリジットの眼を見続けるリリィ。
――気に入らない
――何もかも、本当に気に入らない
――
思い通りにならない現実が……そしてその元凶の1人であるリリィが。
ブリジットは苛立ちのままに、衝動的に口を開く。
「どうし――」
――気づいたときには、リリィの右の
(!!?)
必死に首を
「ガッ!」
後ろへと勢いよく吹き飛ばされたブリジットは、翼を広げてブレーキをかける。前方のリリィに意識を戻すが、
――そこには誰もいない
ゾクリと背筋を走る
魔力を感じるよりも先に身体を動かすことができたのは、ブリジットの経験の
ブリジットが跳ねた直後、先程までブリジットがいた空間を、上空から急降下してきたリリィが両の
“戦闘の主導権を取り返さなければならない”――そう理解したブリジットは舌打ちしながら反撃を開始する。
お返しとばかりに
リリィはそれを無視して強引に前へと突っ込んだ。リリィの胴にブリジットの足が接触するが、蹴りの支点となる足の付け根である為ほとんどダメージが入らず、逆に体勢を
「くっ!」
翼を動かし、強引に回転するように飛行することで、
――その瞬間、
(!?)
視野の
バランスを完全に崩して
ギィンッ!
リリィの刺突が、とっさに張ったブリジットの対物理攻撃用の結界――防護結界に弾かれる。
その隙に、ブリジットは何とか
「なんでだよ……」
ブリジットは動揺に声を震わせて言う。
「
――“天と地ほどに離れていたはずの戦闘技術や経験が、ほんの1時間も