Afterglow〜Episode of Another〜 作:ある@誠心誠意執筆中
数日後、病院で宣言した通り蘭は父親に説得するべく、傍聴人として俺たちを家の門前に招集した。
そう。玄関前ではなく門前なのだ。玄関は、その前に堂々とそびえ立つ門をくぐった先にあると思われる。ここに来るのは初めてだし今は門のせいで実際にはどうなっているのか中に入るまでわからないので、予想で留めておくほか無いが。いつかはお邪魔することになるだろうから、その真相はそれまでのお楽しみだ。
それよりも気になるのは、ここまで広大な敷地と豪邸を有している美竹流の家元......蘭の父親の財力だ。このご時世、とてもじゃないが華道で稼いでいけるとは思ってもいなかった。そんな独断と偏見は、目の前に悠然としてある事実によって俺の頭から霧散していった。
「蘭〜......ほんとに1人で大丈夫?ついていこうか?」
らしくもなく黒い思考に頭を巡らせているとひーちゃんが見兼ねたのか、運命の分かれ目とも言える説得劇の当事者である蘭に心配の目を向けていた。案の定蘭は鬱陶しそうに、そんなひーちゃんの気遣いを一蹴した。その後のモカからの追撃も、軽くあしらっていた。
「......うん。じゃあ、行ってくる」
いつも通りのやり取りに安心したのか、蘭は不意に微笑みをこぼした後、腹を括ったようにそう言った。
「蘭ー!ホントに無理しないでねー?!」
「頑張ってねー、蘭ー」
「しっかりやってこい」
「蘭ちゃん、頑張ってね!」
「ああ。頑張れ、蘭」
見送りの言葉をかけると、蘭はこちらに背中を向けたまま手を振り返してきた。そんな蘭の背中からは、前まではあった迷いなどは一切感じられなかった。
▼
玄関を開けると、当たり前のようだが、いつも通りの我が家の落ち着いていながらも厳かな雰囲気が私を優しく、そして刺々しく出迎えた。
玄関の扉を閉め、外界からの一切をシャットアウトした。ここからは父さんとの一騎打ちだ。誰にも邪魔されることは許されない。
「......父さん」
リビングを覗いてみると、牙城である父さんが座椅子の上で新聞を読んでいた。
「蘭か。どうした?バンドをやめる気になったのか?」
私から話しかけることなんて滅多に無いため、父さんは一瞬面食らった顔をしてみせた。そんな反応を笑われる隙なんて作らせないと言わんばかりに、すぐにお馴染みの嫌味節をかましてきたが。
だけど、もう怯まない。
「やめない......やめたくないから、話、しにきた」
「......」
父さんはまた、先ほどと同じような反応をしてみせた。だが、耳を塞ぎたくなるような嫌味は飛んでこなかった。
「父さん。あたしはバンドをやめない。......これからもずっと、続けていく。父さんはバンドをごっこ遊びって言うけど、あたし達は本気でやってる」
「口で本気と言われたところで、これまでのお前の行動を考えると納得することはできないな」
確かにそうだ。本音を伝えたところで、結果として示さなければ納得されるわけがない。
ならば、示してやればいいだけのこと。
「......このチケット、父さんに」
「ガールズバンドジャム......?なんだこれは?」
「ガールズバンドのイベントなんだけど、出演バンドの中にあるAfterglowってやつ......それが、あたし達。......このイベントを父さんに見に来てほしい。そして、あたし達の本気の姿を見て納得してほしい」
「......蘭」
「......おねがい、します......!」
直角とまでは言えないが、深く頭を下げた。
言いたいことは全部言った。出し切った。
部屋に、束の間の沈黙が走る。ただ、束の間というのは肩書きでしかなくて、私にとってはとても長い時間のようにも感じた。
そんな沈黙を破って、父さんが言い放った言葉は......
「......わかった」
肯定の一言だった。
「父さん......!」
「見に行こう。だが、私を納得させる演奏をしなかった時は考えさせてもらうぞ」
「......!もちろん、納得させてみせる。その為に父さんに来てもらうんだから」
正直消極的に見積もっていたものの、何はともあれ言質はとれた。これでようやく、心置きなく練習に専念することができる。
「ふっ。威勢がいいな。思えば、はじめてだな。お前が私に思いをぶつけてきたのは......」
心の中で控えめなガッツポーズをとっていると、父さんから突然そんなことを言われた。
「そうだっけ」
「......よく、言ってくれたな」
「別に、バンドがやりたいだけだし」
「そうか」
先ほどまでの挑発的な態度とは打って変わって、今度は瞳に温もりを宿した父さんを見て最初は気持ち悪がった。
けれど、いつもは厳格な父さんの久方振りの優しい一面を見ているうちに、棘の生えかかっていたあたしの心も次第にほぐれていき......
ああ、ダメだ。こんなのあたしらしくない。
「じゃああたし、このあと練習あるから......」
「ああ」
「......父さん」
「......なんだ?」
「......ありがと」
赤くなった瞼を悟られないために面と向かい合うことはできなかったが、心からの謝意を娘のわがままに付き合ってくれた心優しい父親に対して、できる限り示した。
まだ見慣れない自分の側面を見て慄いている今のあたしでも、そのくらいは十分できた。
▼
「蘭ちゃん、どうなったかなあ......」
「さあ......どうだろうな」
蘭が昼に話し合いに行ってから、どれくらい経っただろうか。陽は傾きはじめていた。
「話し合いがうまくいったのが嬉しくて泣いてるんだよ〜。目の腫れがひいてから出てくるんじゃない〜?」
「またモカはそういうこと言うんだから......」
蘭の帰りをずっと待ち続けている俺たち5人は、あまりの帰りの遅さに懸念していた。
モカのいつも通りの冗談のおかげで、緊張も少しは和らいだが。
「あっ、蘭!」
「......」
噂をすればなんとやら。蘭が神妙な面持ちで大層な門から出てきた。
もちろん、待ちわびていた蘭が帰ってきたのを知った俺たちは真っ先に話し合いの結果を聞き出した。
「......蘭?」
「どうだった......?」
「父さん、ガルジャム見に来てくれるって。
ライブで納得させる」
そしてその結果は、望んでいたものをそっくりそのまま写したようなものだった。
「じゃあ......!」
「ほら、早くスタジオ行こう。納得させる演奏をしてみせるんだから」
「「「「「......」」」」」
その結果を聞いて活気が湧いた......わけでもなかった。理由としては、不自然に顔をこちらにあまり見せようとしない、蘭の仕草にあった。
その理由は、容易に想像できる。
「......さては泣いてたな?」
「ははーん?やっぱりね〜」
「......っ!泣いてない」
このツンツンした態度。図星か。
「またまた〜。モカちゃん達の目はごまかせないぞ〜?」
「......泣いて、ない......っ!」
「あ......っ」
さすがに言いすぎたのか、涙目で留まっていた蘭の瞳からは大粒の涙がぽろぽろと溢れはじめていた。
「蘭......」
「あ〜、モカが泣かせた〜!」
「あたしじゃないよぉ〜。最初に言い出したのはせいくんだもーん」
「はあ?!お前っ......!」
モカから見に覚えのない罪をなすりつけられる。そこに便乗するかのように、蘭もまた、己の思いをぶちまけて────。
「......っ、ぐすっ、2人とも......バカ......っ!」
「ええ〜、あたし、バカなの〜?」
「バカっていうのが間違ってないことに自分への憤りを感じざるを得ない...」
喧嘩両成敗。あまりに的を射抜いた言葉を言われて、俺の頭の中に溢れかえっていた言い訳の数々は自責の念へとみるみる変わっていった。
「......蘭、よく言ったな」
「......うんっ。うん......!あたしだって......不安だったんだから...!」
ともちゃんが、泣くことに恥を感じなくなってきたように見える蘭を、そっと抱き寄せた。
「何はともあれ、蘭とまたバンドができてうれしいよ。やっぱり、Afterglowはこの6人じゃないとね!」
「うんうんっ!」
ひーちゃんやつぐちゃんが見守り、静かに語りかける。俺とモカは何か言ってやったりこそしなかったものの、同じことを思っているのは確かだった。
......うん。やっぱり俺たちはこうでなくっちゃな。
「みんな......その......いつも助けてくれて、ありがと」
感傷に浸っていると、蘭がみんなに向けてお礼を述べた。
「何を今更......それはこっちもだ。お前の歌があるから、このバンドが成り立つんだよ。だからお互い様だ」
「うんうん!そのとーりだよ!よーっし、目的も達成したし、そろそろ練習いこっか!」
蘭に、モカに、ひーちゃんに、ともちゃんに、つぐちゃん。皆がひとつになることで奏でられる音楽。
これでようやく、曲を作っていける。ここからまた『いつも通り』に戻っていくんだ。
そう思うと安心した......のと同時に、つぐちゃんが突然あっと声をあげた。
「......わあ!みんな見て、あれ!」
「おお......今日のはまた一段とすげえ夕焼けだな」
「お〜、ホントだ。まぶしいねえ。まるであたし達の青春みたいだね〜」
つぐちゃんの声の指す方へ目を向けると、思わず瞼を閉じたくなるほど眩しい紅い夕焼けが空に広がっていた。
「みんな、この夕日に誓おう!ライブ、ぜ〜〜〜ったい成功させよう!えい、えい、おー!」
「「「「「......」」」」」
木霊するひーちゃんの声は夕焼け空に儚く散っていった。
「え〜!?やっぱり誰も言わないの〜!?」
「すまんひーちゃん。こればっかりは......」
「......おー」
「......蘭?」
状況も状況だ。また誰も言わずじまいで終わってくれるかと思いきや、一番ノリの悪そうな蘭が右手を挙げながら静かにおー。と腕を小さく持ち上げて言った。
「頭大丈夫か?」
「あたっ......!?そこまで!?」
「こりゃ明日は嵐がくるね〜」
「う、うるさい!」
焦る蘭の反応に笑いの渦が起こる。
「あははっ。......でも、本当によかった。これでやっと、『いつも通り』に戻れるね」
「ああ。あとは、ガルジャムに向けて突っ走るだけだな。蘭のために......いや。アタシたちのために、最高の演奏をしよう」
「......うん!」
そうして俺達は、ガルジャムに向けた久し振りの練習を行うために、スタジオに向けて出発した。
▼
「......よし。そろそろ休憩にするか」
「つーかーれーたー......」
「せいくん先生ー。もうちょっと手加減してよ〜」
久々の練習に、メンバーは揃って疲れた様子を見せていた。
「でも音外しまくってたのは事実だしな。厳しめに見ていたのは悪かったけど、そうでもしないとガルジャムで失敗するぞ」
「そうだぞー?ひまり、モカ」
「「はーい......」」
とは言っても、かなりキツい練習に耐え抜いた彼女達を労ってやらないほど自分も鬼畜ではないので、スタジオを出てすぐにあるカフェで売られている飲み物でも買ってやろうと考えた。
するとモカもついていくと言うので、渋々承諾した。渋々というのはもちろん、何か余計な物まで買わされるのではないかと懸念していたからだった。
「モカ。わかってるだろうけど買うのは飲み物だけだからな」
「せいくんお父さんみたーい」
「返事をしないってことは、金輪際パンの差し入れは無しってことでいいんだな?」
「ええ〜?聞いてないよそんなことー」
「今聞いただろ。嫌なら返事」
「はーい......ん?あれはもしや......」
モカに向けて予防線を張っていると、どうやら開け放ったドアの先に何かを発見したらしい。
それは、何やら物思いに耽っているかのように頬杖をつきながら窓の外を眺めている蘭だった。
「おーい。蘭ー」
「流誠にモカ......2人ともどうしたの?」
「せいくんが飲み物買ってくれるらしくて、モカちゃんはその付き添い人してるんだー」
名前を呼んでみると、蘭は一瞬驚いた顔をしながらこちらへ振り向いた。
それからモカと2人っきりなのは少々、いや、だいぶ不安だったので、制止力として蘭を誘ってみることにした。
「蘭も、一緒に来るか?」
「ん。そうする」
返事はOKだった。
「はい2人とも。アイスコーヒー」
「ありがと」
「ほんとはカフェモカがよかったけどな〜。
モカちゃんだけに〜?」
「それしか無かったんだよ。少しくらい我慢しろ」
嘘だ。本当は他にもあったが、モカにちょっと意地悪してみたくなったのでコーヒーにしておいた。蘭に関しては元々苦いのが好きなので問題なかった。
「なんか流誠って、誰かの父親みたいだね」
「でしょー?モカちゃんもさっきからそう思ってたんだー」
「蘭までそんな風に感じてたのかよ......」
飲み物も買い終わり、せっかくだし外で飲んでからスタジオに戻ろうと思い、俺達はカフェにあるテラス席に座って昼間ほどではないが多少の騒めきを残した夜の雰囲気を嗜んでいた。辺りにはスタジオのを除いたら明かりがあまりないので、空にはかなりの星が姿を現していた。
「そういえば、蘭と蘭パパって仲直りしたよねー?てことはもう電話もかかってこなくなるのかなー。蘭はそれ、寂しくないー?」
「はははっ、確かに。なあ?蘭」
「......ハア。あのねえ......」
モカの悪ノリに便乗して俺も蘭をからかってやると、蘭はやれやれといった表情をしてみせた。いつも通りに。
そう、『いつも通り』に...
「......戻ってこれて、よかったな」
「そーだねー」
「......」
まだバンドが続けられると決まった訳では無いのはわかっている。これが束の間の『いつも通り』だということも。
だがそれは、自分たちを信じきることができていない場合の話。
「蘭。またみんなで夕焼け見れてよかったね」
「......うん」
「そんで蘭。戻ってきてくれてありがとな。おかえり」
「おかえりー」
「......ただいま、モカ、流誠」
今の俺達は瘡蓋になった絆で、以前よりも固く結ばれている。だから信じ切ることができる。だからこうしておかえりと言える。
本音を曝け出した今なら、どんな困難だって乗り越えていけるだろう。俺達はそんな確信を抱いてやまなかった。
だからこれからどんなことがあっても、共に泣いて、怒って、楽しんで、笑っていよう。
俺達なら、ずっとそうしていられるさ。
もう一度空を見上げてみると、心なしか流れ星が空を駆けていったような気がした。けれどそれ以降、どれだけ眺めていても流れ星が流れることはなかった。
月明かりに照らされた雲をポツンポツンと浮かばせている、藍色の空が見えるだけだった。
いかがだったでしょうか。次回は12月31日の19時30分に投稿予定です。お楽しみに!
ではまた次回お会いしましょう。さいなら!