Afterglow〜Episode of Another〜 作:ある@誠心誠意執筆中
ということで今回は季節外れの水着回、それの序章となっております。この話からいずれ来たる夏を思い浮かべて少しでも温まってもらえると嬉しいです。
それでは本編、どうぞ!
ライブの誘いがあった。それは、一本の電話からだった。
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「あ......?電話?」
真夏の昼間、冷房の効いた室内に鳴り響く着信音にしかめっ面を向ける。こちとら夏休み課題の攻略に手間取ってるというのに、なんて呑気な着信音なのだろうか。
そんな自業自得を他人事のように語るが、電話がかかってきたら何かしら対応してやるのが義理というものだ。据え置きのとは違ってこっちにかけてくるやつなんてたかが知れてるし、見切りでもまあ大丈夫だろう。
用事を早く済ませてさっさと本題に取り掛かりたかった俺は、画面などろくに確認もせずにしぶしぶ表示された緑のボタンを押した。
「あー、もしもし」
相手の応答を待つ。しかし聞こえてきたのは予想外のものだった。
『もしもし?流誠くん?』
少し大人びた声に一瞬身構える。それはもちろん、電話越しの相手が不明瞭だったからだった。聞こえてきたのは蘭たちの声ではなかった。
そう、相手は蘭たちではない。それでも顔馴染みであるかないかと聞かれたら、冷静になった今の俺なら前者と答えるだろう。
「え......月島さん?」
イントネーションや音程などの声の特徴に聞き覚えがないか、記憶を頼りに細部にまで注意を凝らした結果、俺は相手が月島さんであることを推測した。
その答えやいかに......
『そうだよー!ていうかゴメンね、先に言っとくべきだったよね』
「あーいや、大丈夫っす」
謝る月島さんだったが、頭を下げたいのは俺の方だった。とにかくよかったのだ、相手が知ってる人で。
「どうしたんですか?急に電話なんてしてきて」
夏の暑さによるものとはまた違う汗を拭い、次に電話の用件を聞く。すると何やら紙をいじった時に出るようなガサゴソという音が、「えっとねー......」という声とともに耳孔を襲ってきた。
『実はお願いしたいことがあってね?』
「は、はぁ......」
『そんなに身構えないでよ、大したことじゃないから。ね?』
億劫な俺に対して月島さんは絵に描いたように他人事な感じだった。この人は面倒見が良いが、それと同じくらい割と人遣いが荒いような気がする。
いつもこうなのだ。スタジオ練習の時だって、休憩中の俺を狙ってすかさず力仕事を投げかけてくるのだから。それも機材運びという精神的にも疲れる仕事を。いくら男性スタッフが少ないからって限度ってものがある。ナメられているのかは知らないが、お代をコーヒー缶一本で済まされている俺の身にもなってほしい。
慣れてはいるものの面倒ごとはあまり好きではないがゆえに、再び聞こえてきた何かを触る音に固唾を飲みながら耳をすましていると、求めていた答えはすぐに返ってきた。
『今回お願いしたいのは簡単に言えばボランティアみたいなものなんだけど、その内容が私の友人が経営してる海の家のお手伝いなの』
「海の家......って、あの海の家ですか?」
『そう!ご存知、焼きそばとかラムネとかを売ったりしてるあの海の家です!』
それを聞いた俺は真っ先に砂浜にポツンと建った一件の小屋を脳裏に思い描いた。
暖簾とともに屋根の端に吊された風鈴。氷水でキンキンに冷やされたスイカ。そして、鉄板の上で身を躍らせるソースのかかった焼きそば───。行ったことこそ無かった俺でも、テレビや漫画で散々見て聞いた話からならそんな様相など容易に想像することができた。
ゆえに俺は、その月島さんの依頼を断った。
「絶対に嫌です」
『え〜!なんでー!?』
「俺高校生ですよ?夏休み真っ只中の。理由くらいそこから察してくださいよ」
『あー、宿題ね。わかるよ?私も学生の頃はすごく大変だったもん』
「知れたことを......」
そんなことはわかってる、誰だってそうなのだから。俺が聞きたかったのは「そうだよね。ゴメンね、無理言って」という別れの一言だけだ。
それでも月島さんは依然として、ろくに斜に構えもせずに俺に仕事をせがんできた。
『でも意外だな。流誠くんって真面目だし、宿題なんてもう終わらせてるのかと思ってたもん』
「俺を何だと思ってるんですか」
『褒めてあげてるの!ていうか今は終わってないってだけで、進捗の方は結構進んでるんでしょ?』
「んー、まぁ、そうですけど......」
月島さんの言う通り、課題の量を問われれば少ないと言っても過言ではなかった。実際のところワークを数ページやってあとは答え合わせをするだけだった。しかし問題は“量”ではなく“質”の方なのだ。
何だよ、『作者の心情を答えたうえでそれに対する自分の意見を述べよ』って。そんな追加課題を国語科の先生から告げられた俺の頭の中には須く、エゴにエゴを重ねてどうするのかという疑念が急浮上した。しかもこの手の問題が得意なモカでさえも狼狽していたのが、今でもとても印象に残っていた。
「課題の量は少なくても質が違うんですよ、質が」
左手の受話器を耳に当てながら空いた右手で問題を解き進める。その傍ら、左耳には駄々をこねるような唸り声が流れ込んでいた。
『お願いだよー!数少ない友人からのヘルプコールなんだよー!』
「友達が少ないのは同情します。でも申し訳ないですがそれまでです、その人は俺の友達じゃないんで」
『私とキミは友達でしょー!?』
「提供者と受領者の関係です」
『うぅ......』
きっぱり言い切られた月島さんはきっとうなだれていることだろう。だがこちらも手間取っているのだ、ここはお引き取り願おう。
次に俺は、別れの挨拶を言いかけた。
「つーことです。すみませんが他の人を渡ってください」
そう言って携帯を耳から突き放す。無論右手はシャーペンを忙しなく動かしている。用も済んだ電話を片手間に切ろうと、今度は赤のボタンへと左手の親指を伸ばす。
その直後。
『──って!待って待って!!』
「......ッ!?」
スピーカーモードにしていないにもかかわらず、聞こえてきたまりなさんの声は音が割れたようだった。
「っるさいなあ......!今度はなんですか!?」
『違うの!私の言い方が悪かった!』
「はぁ......?」
“言い方が悪かった”?一体どういうことなのだろうか。まさか、丁寧語だとかそういう問題じゃないだろうな?馬鹿にしてるのか。
とにかく無駄な労力は消費したくない。俺は一刻も早く用件を済ませてもらうべく、最後のチャンスを与えた。
「捨てゼリフならさっさと言ってください。軽く聞き流してあげますから」
『人聞きの悪い!』
「いいから早く!簡潔に!」
トントンと強めに指で机を弾く。それに急かされるように、月島さんも口を開いた。
『キミにしか......キミたちにしか頼めないことなの!』
「......は?俺たちにしか頼めない?」
何を言い出すのかと思えばこの人は。俺は鼻で笑うほか無かった。
「いやいや、どういうことですか?海の家のバイトなんて代わりはいくらでもいるじゃないですか」
当然の疑問を当然のように当然の事実とともに提示する。俺たちにしか頼めないことなんて、そんな当て付け染みた見え透いた嘘に引っかかるワケが────......
......あれ?俺“たち”?
たち、って誰のことだ?
「え、てか待ってください。俺だけならわかりますけど、“たち”ってなんなんです?」
聞き間違いでなければ、まさか他にもいるというのだろうか。気になって仕方がなかったので、俺は真っ先に質問に移った。
『Afterglowだよ。もうあとはこの子たちしかいない!と思って』
「え?なぜに?」
突如として上がったAfterglowという単語に耳を疑った。力仕事と接客の多い海の家での仕事なら必要だとしてもともちゃんとつぐちゃんで事足りるというのに。
──とここで俺は、大事なことを聞きいていなかったことを今更ながら思い出した。
まだ仕事の内容がわからないままだ。
そこから俺は、一つの可能性を見出した。
「......いや、まさか」
働き詰めであった右手が止まる。シャーペンを握っていた右手はいつのまにか、無意識にも俺の顎へと当てられていた。
海の家......集客......Afterglow......バンド......オーディエンス......
「──マジ、すか?」
もはや何がと言う必要などあるまい。それは月島さんも、俺のマジが何に向けられてのものなのかわかりきっていると思ったからであった。そして──......
その予想は、見事に的中したのであった。
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「いらっしゃま......あ!流誠くん」
「悪い、遅れた」
「遅い」
これで何回目かという思いを込めて愚痴を垂れる。一方その愚痴の標的である本人はそれどころの話じゃない様子だった。
「もうっ!自分から呼び出しといて遅れるとか、女子ナメてるの?」
「次からは今度こそ気を付けろよ、流」
「はい......すみませんでした」
流石に巴の“今度こそ”という言葉が響いたのか、我が物顔でイスに座っていた流誠がそのだらけた姿勢をしゃんと立て直した。
それではさっそく本題に......と思った矢先、つぐみが流誠に向けて「飲み物取ってくるね」とだけ言い残して厨房の方へとそそくさと行ってしまった。そこから詳しいことは全員が揃ってから話してもらうことになったので、それまでのあいだの話題は自然な流れで夏休みの課題になった。
「ところで皆さん、宿題の方はどうですかなー?」
「アタシはまだまだだな......どうしたもんか」
「やめてよモカー!思い出させないで!」
「そういうモカはどうなの」
あからさまに顔をしかめる巴や悲痛な叫びをあげるひまりと同じくあたしも気分を害されたので、その思いを込めて鋭い視線を言い出しっぺであるモカへと向ける。
「へへーん、ばっちしー」
「はぁ!?お前、現代文のアレできたのかよ!」
モカの返答は大体予想がついていたものの、突然の流誠の叫び声には思わず目を剥かれた。
とはいえ流誠の言う通りだった。彼の言う”アレ”というのは、まさしく”アレ”と形容するに等しい忌みさを持ち合わせているのだから。
「そうだよ。よくあんなのできたよね〜」
「モカちゃんにかかればよゆーですよー」
「なんかムカつく…」
「ふっふっふ〜、手伝ってあげようかー?」
悪戯な横目にそっぽを向く。すると厨房からつぐみが戻ってきたのが見えた。
「お待たせ!はいコレ、新作作ったの!試しに飲んでみて」
「なんだこれ……オレンジジュース?」
「いいから飲んでみてよ!自信あるんだ」
「あ、あぁ。ゴクッ……」
流誠はつぐみに促されるがままに差し出された橙色の液体をそっと口に含むと、途端にその口角を綻ばせた。
「……ん〜、おいしい!マンゴージュースか!」
「正解!隠し味にレモン汁を入れて、酸味を引き出してるんだよ。ひまりちゃんと一緒にこっそり開発してたの」
「ふふーん」
流誠の反応に喜ぶつぐみと得意げになっているひまりには悪いが、そろそろ例の件について話してもらわなければならない。
「はいはい。全員揃ったんだしそろそろ本題に移るよ。流誠、話して」
そんなそっけないあたしの目配せに流誠は何か不満そうだったが、すぐさま気持ちを切り替えたようにイスに座り直し、神妙な面持ちで口を開いた。
「ああ。さっきチャットでも言ったからみんなも知ってるだろうけど、今朝月島さんから電話があった」
最初そう聞いた時は私も何事かと思った。だが流誠が言うには、ただのボランティア活動への支援要請だったらしい。
しかし、その肝心の内容をまだ聞かされていない。そのことが気になって仕方がなかったのか、巴が頬杖をついて口をとんがらせた。
「具体的に何すればいいんだ?もったいぶらずに教えてくれよー、気になるだろ」
「いやあ、それがさ……」
返答に応じる流誠からはどことなく恥じらいのような感情が伝わってきた。そんな赤面とは裏腹に、その後答えられた内容はまったくもって普遍的なものだった。
「砂浜でライブしてくれー!つって……」
「え?ライブ?」
耳を疑った。聞くところによると、どうやらボランティアの一環として海の家の集客活動もといライブを行ってほしいとのこと。だがそれのどこに恥ずかしさを孕む要素があるというのだろうか。
砂浜でやるという点で機材や音響といった環境への心配をするのはまだわかる。ゆえに、今のあたしには流誠がなぜ申し訳なさそうに頭を搔いているのかがわからなかった。
「おー、砂浜ライブかー。なかなかエモいですなー」
「すごーい!それ、ホントにできるの!?」
「まああっち側から誘ってきたんだし、環境は整ってるんだろうけど……」
「マジか!じゃあやろうぜ!」
流誠からの報せを嬉々として引き受けようとする一同。だから目を伏せ続ける流誠の内心がなおさら気になった。
そんな彼を気にかけてか、つぐみが笑顔を一変させた。
「りゅ、流誠くん?大丈夫?」
「ん?あぁ、うん。そうだね……うん」
「……ライブのこと、気になることでもあるの?」
つぐみに乗じてあたしも問いかけた。すると流誠はあからさまにも肩をビクつかせた。
……やはり、何かある。
「お?何だ、気になることでもあんのか?」
「お給料とかー?せいくんそこらへん厳しそうだもんね〜」
「お前は俺を何だと思ってんだよ。そうじゃなくてだな……」
「じゃあ何」
あたしを含む面々からずいずいと迫られ、流誠の顔が狼狽したかのように歪んでいく。それから流石に観念したのか、流誠はその重い口を開き始めた。
「じ、実は……」
「「「「「実は?」」」」」
「うっ……実はその、ライブの衣装が、さ……?」
水着なんだよ。
……水着なんだよ。
────水着、なんだよ。
「「「「「────ぇ」」」」」
それからあたしたちは、顔を火照らせる流誠から言い放たれた水着という単語の意味を理解……認容するのに、数分を要したのであった。
いかがだったでしょうか。次回は本編で、いつもより2日遅い2月27日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!
それではまた次回お会いしましょう。さいなら!