Afterglow〜Episode of Another〜   作:ある@誠心誠意執筆中

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どうもあるです。


新イベ始まりましたね。いやーチャイナは素晴らしいですね!(何がは言いませんけど)


それでは本編、どうぞ!







第5話 眺和

「巴!連絡、見たよ。どうしたの?......あっ」

 

 

 

 

 

「......っ」

 

 

 

 

 

一際目立つ声を発する蘭のほうに、一同は一斉に目を向けた。その際俺と蘭は目と目が合ってしまい、そして即座にその目を伏せた。

 

 

 

 

 

「あ、あの...」

 

 

 

 

 

張り詰めた空気に尻込みしながら、つぐちゃんが俺たちにか細く呟く。

 

 

 

 

 

「緊急事態なんだよね?何か大事な用事でもあるの?」

 

 

 

 

 

「「うぐっ......」」

 

 

 

 

 

純粋な眼差しに、今度は俺とともちゃんが尻込みさせられた。

 

なにせ緊急事態はまったくの嘘。こんなことなら、応急処置でもいいから何か言い訳を作っておくべきだった。正直言ってものすごく心が痛む。

 

 

 

 

 

「そ、それだよつぐっ!私も心配してて......何があったの!?」

 

 

 

 

 

「ぐ───っっ......ああ、もう!ともちゃん!」

 

 

 

 

 

続くひーちゃんからも質問責めされ、とうとう耐えかねた俺は発案者であるともちゃんに責任の有無を問いかけた。

 

 

 

 

 

「言い出しっぺともちゃんだろ......!?なんとか言ってくれよ......!」

 

 

 

 

 

「ええ......んなこと言われても......」

 

 

 

 

 

「そっちが勝手に呼んだんだから言い訳のひとつやふたつくらい事前に考えといてくれよ......!」

 

 

 

 

 

「わ、忘れてたんだよ、うっかり......つかお前も最終的には賛同しただろ!これ自体お前のためを思ってやったことなんだし、一緒に考えてくれよ......!」

 

 

 

 

 

「あぁあ......?なんでそうなるんだよ......!そもそも余計なお世話だっての......!」

 

 

 

 

 

意地汚くもひそひそと互いの責任をなすりつけ合う。客観的に見れば、肩を組みながら屋上の隅の方で繰り広げるそれは、さながら悪巧みをする悪党のような怪しい光景なのだろう。

 

 

そんな中、ずっとだんまりだったモカが悪党どもに向けて重い口を開いた。

 

 

 

 

 

「......はあ。仲直りしたかったんでしょー?」

 

 

 

 

 

「「───え」」

 

 

 

 

 

いつもの調子で、それでいて少し呆れた様子で見事に的を射た発言をするモカに、俺たち悪党は目を丸くしてモカのほうへと向き直る。

 

 

 

 

それから互いに、泳ぐ視線でしばらく見つめあってから───、

 

 

 

 

 

「あ、あはは......」

 

 

 

 

 

「バレちまったな......」

 

 

 

 

 

悪事を見抜かれ緊張感がほぐれたせたいか、へらへらと力無く笑い合った。さすが、いつも俺たちを『見て』いるだけはある。

 

 

 

 

 

「モカちゃんをナメないでほしいですな〜、

他人の心情を読み取るのは得意だもん。というか、かなり顔に出てたからねー?」

 

 

 

 

 

「「......」」

 

 

 

 

モカから告げられた自分でも気付けなかった新事実に、俺とともちゃんはその顔をさらにはにかませた。自分的にはポーカーフェイスを意識していたつもりだったのだが。

 

 

 

 

 

「なーんだ、そういうことだったの?もー、心配して損したじゃん!」

 

 

 

 

 

「うん、でもよかった。大事じゃなくて......」

 

 

 

 

 

 

 

モカによって真実を知り、身内の安否を確認できたひーちゃんとつぐちゃんは、ほっとため息をついてそっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

しかしこうも己の内を看破されると全て見透かされてるような気がしてならない。そんな恐怖心からか、いつしか俺の口角が先ほどよりも異質に吊り上がっていることに気がついた。隣にいるともちゃんも俺と同様、苦笑い染みた気持ち紛れの笑みを浮かべている。

 

 

 

でもよかった。形としては最悪に等しいが、みんなが事情を理解することはできたみたいだ。それならモーマンタイ、案ずることはないというわけで────......

 

 

 

 

 

 

────いや、まだ1名。

 

 

 

 

 

1名だけ、未だに納得できていない様子の者がいる。

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 

 

 

 

 

飲み込みが悪いのか。はたまた自覚しているうえであえてそう言っているのか。

 

 

懸命にただ一人状況を把握しようと目を白黒させていたのは、あの蘭だった。

 

 

 

 

 

「えー?蘭、これでもわかんないのー?」

 

 

 

 

 

「いや違うから。気づいてるけど、その...」

 

 

 

 

 

茶化すモカをたしなめた後、蘭は妙に言葉をつぐんだ。そして───、

 

 

 

 

 

「──仲直りって、この前のこと......?」

 

 

 

 

 

瞬間、辺りの空気が張り詰めるのを感じた。

 

 

どうやら“後者”で間違いなさそうだ。

 

 

期待にも恐怖にも似た感情をもって、蘭は俺一直線にその緋色の眼差しを向けてきた。

 

 

 

 

そうだ。この前の、ライブハウスでの一件。

俺の節操の無い罵詈雑言が蘭を襲ったあの日のこと。思い出したくもない、目背けたくなるどころか耳も塞ぎたくなる一幕。

 

 

 

しかしそれでいて、他でもなくそのことが理由で、俺はここに来たのだ。

 

 

 

 

 

「あ、ああ」

 

 

 

 

 

鈍い輪郭をもった視線が重々しく体を貫く感覚を感じながら、きまり悪い返事を返す。すると蘭はまさかと肩をすくめた。

 

 

 

 

 

「ら、蘭ちゃん!」

 

 

 

 

 

気が立った様子の蘭を落ち着かせようとつぐちゃんがなだめに入る。だが効果はいまひとつのようだった。

 

 

 

 

 

「なんていうかその、蘭とか、みんなにも話したいことがあって。けど、どうしたらみんなに集まってもらえるかわかんなくてさ......」

 

 

 

 

 

「......そう。だから“あんな”ウソついたんだ」

 

 

 

 

 

つぐちゃんの決死の消化活動に背中押されたのか、ともちゃんが弁明という形で蘭の鎮静に助太刀に入る。そんなともちゃんに見ているこっちもどこか決起づけられるような気がした。元はと言えばこれはともちゃんから一方的におくりつけられた、ありがたよりのありがた迷惑なのだが。

 

 

 

だが、被害者と加害者が相対するこの状況。そのうちの後者である俺からすれば、今はまさに針のむしろである。

 

 

確かに俺は謝りたいと宣言した。そんな身で言うのもなんだが、正直今すぐにでも逃げだしたい。

 

 

 

 

 

 

......でも、だからこそ。

 

 

 

 

 

「────」

 

 

 

 

 

だからこそ、目の前のかけがえのない幼馴染に対して精一杯の謝意を、自らの犯した過ちへの贖いを告げるべきなのだろう。それは人としてというより、もっと深い意味を伴ったうえでのことで────。

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう逃げない』。

 

 

 

 

 

そう、静かに燃ゆる信念とともに固く決意した、“あの日”の蘭に応えるため。

 

 

 

 

 

「あの、さ」

 

 

 

 

 

緊張のせいですっかり砂漠化した喉から生じた俺の声が、いつもよりもやけに広く感じる屋上に辛うじて響き渡る。

 

 

 

 

......今、伝えなくては。

 

 

 

 

 

「蘭、まず言わせてくれ。この前は──」

 

 

 

 

 

不安を振り切って、面と面向かう。

 

 

 

 

 

蘭。そして、己の罪と向き合う。

 

 

 

この前はごめん。

 

 

 

 

ただそれだけの、当たり前のことを伝えるために、俺は頭を下げかけた。

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「ごめ──」

 

 

 

 

 

「ごめん...っ」

 

 

 

 

 

「......は?」

 

 

 

 

 

突如として俺のよりも先に聞こえてきた謝罪の声に、はて、と耳を疑った。

 

 

 

寸前まで下げかけた頭を今一度、おずおずと上げてみせる。

 

 

 

 

 

「──ぇ」

 

 

 

 

 

そして、その視線の先で見た光景に、俺は思わず息を詰まらせた。

 

 

 

 

浅く、それでいて自省の念を感じさせられるほどに硬く頭を下げた蘭の予想外の行動に。

 

 

 

 

 

「おい......なんで、お前が謝って──」

 

 

 

 

 

「あんたがそうであるみたいにあたしにも言いたいことがあるの。こっちもあの時、また急に大声出して出てっちゃったから......」

 

 

 

 

 

あまりにも予想外だったため、思わず引きつったような半笑いが滲み出た。そんな抑制のための嘲笑にも似た笑みを浮かべながら、未だ頭を下げ続ける蘭を止めようとしたが、蘭は依然として、その姿勢を崩ずに淡々と語り始めた。

 

 

 

 

 

「あの時あたしが飛び出していったのは、怖かったから。今まで共感できてたはずの歌詞が、ある日突然そうならなくなって。みんなのことが、わからなくなって──」

 

 

 

 

 

不安で、寂しくて......なんでわかってもらえないのか、わからなかったから。

 

 

 

 

だから、また『逃げた』。

 

 

 

 

震える手を握り締めながらそう語られる言葉に、俺は前までの蘭が照らし合わさって見えたような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

そして、そうさせるまでに蘭を追い詰めてしまったのは他でもない俺であることも、重ねて認識することができた。

 

 

 

 

 

......加害者は被害者でもあり、被害者は加害者でもあった。

 

 

 

 

 

 

どちらともが互いの心を、“言刃”で傷つけ合っていたのだ。

 

 

 

 

 

「だからごめん......あたし、何も見えてなかった。見ようともしてなかった」

 

 

 

 

 

伏し目がちに告白する蘭。その声が痛々しいほどに俺の心に突き刺さる。まるで自ら率先してほ責任を被ろうとする偽善者のようだ。

 

 

 

でも実際、その謙遜は溢れんばかりの善意と謝意で満ちていた。そんなことは、この場にいる蘭本人以外の全員知っていた。

 

 

 

 

 

 

───だから、無意味だった。

 

 

 

 

 

「違う......本当に悪いのは俺のほうだ。ただでさえ歌詞のことで手一杯だった、そんな蘭のはち切れそうな思いすら汲み取ってやれなかったんだから」

 

 

 

 

 

俺も負けじと、蘭の傷心に鋭利すぎるほどの言刃を容赦なく突き立てたあの日の自分を振り返る。

 

 

 

あの時も蘭は、先ほど言っていたような心持ちでいた。そこに水を差すように放たれた、あまりにも無神経な焦燥の怒号。結果的に蘭の苦悩を助長させ、挙げ句の果てには周りをも巻き込み、自らの首を締めるだけとなったそれを戒めとして脳髄にまで叩き込んだ。ゆえに俺は、蘭の懺悔に嬉々として首を横に振った。

 

 

 

しかし蘭も蘭で聞き分けが悪いのか、俺の意思を尊重しようとはしてくれなくて。

 

 

 

 

 

 

......いや、違う。よく見ると蘭は俺の発言を聞いて少々気圧されていた。

 

 

 

 

 

だがそれは、蘭がそうした理由の3割にも満たないように思われた。

 

 

 

 

 

「──......ああ、もう!焦れってぇな!」

 

 

 

 

 

なにせ蘭は俺にではなく突如として大声を上げ頭をかくともちゃんのほうへと、その驚きの顔を向けていたのだから。

 

 

 

 

 

「と、巴?何、急に......」

 

 

 

 

 

「みっともないぞ2人とも!いつまでもねちねちと自分が悪いだの何だの言い合って!」

 

 

 

 

 

発言の意図が読み取れず、その対象である俺と蘭は2人揃って首を傾げるほかなかった。すると今度はその意味不明な猛りの矛先が、俺に向かって一点集中された。

 

 

 

 

 

「特に流!まさかお前、わざわざあたしがこうしてやった理由を忘れたわけじゃねえだろうな!?」

 

 

 

 

 

「え......だから、それは──」

 

 

 

 

 

なぜこのような場を設けたのか。

 

 

 

 

その『理由』とは一体、何なのか。

 

 

 

 

 

 

間髪なく迫るともちゃんからの質問に、俺は反射的に「仲直り」と答えそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

──そして思い留まり、思い出した。

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 

すっかり頭から抜けきっていた『理由』にはっと目を覚まし、間の抜けた声を漏らす。

 

 

そうだ。まだ自分とは向き合っていても、蘭やみんなとはちゃんと向き合っていないじゃないか。

 

 

 

 

 

一緒に、今まで何を思って過ごしてきたか、これからどうしていきたいのかなど話し合うと決めていたことを、すっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

「はあ......頼むぜ、まったく」

 

 

 

 

 

「うおっ。あはは、ごめんて」

 

 

 

 

 

ともちゃん緊張で震え続けていた俺の肩にやれやれと粗暴に手を置いた。その感触はやがて温もりとなり、俺の体を取り巻いていた震えもいつの間にか消え去って、強張った表情もだいぶ朗らかになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

...うん。もう大丈夫。

 

 

 

 

 

「ありがとう、ともちゃん」

 

 

 

 

一言お礼を述べると、ともちゃんはただ静かに、ぐっと親指を立てるだけだった。

 

 

 

すると先ほどまで黙ったままだったひーちゃんが、いきなり俺達の目の前にずんと立ちはだかってきた。

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

「な、何だよひーちゃん」

 

 

 

 

 

「おいひまり?なんか、顔怖えぞ?」

 

 

 

 

 

頬を膨らませながらじっとこちらを見つめるひーちゃんに尻込みしながら、2人でその理由を聞く。するとこう答えられた。

 

 

 

 

 

「そういえば2人とも......なにか忘れてない?」

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 

 

 

 

その答えに、先ほどモカに看破された時と同じように俺とともちゃんで顔を見合わせる。

 

 

ひーちゃんには悪いが、まったくもって心当たりがない。強いて言うなら、今までえいえいおーを一緒にやってやらなかったことか......

 

 

 

 

そうやって首を傾げたままでは、もちろんのことだがひーちゃんの気は済まされず──。

 

 

 

 

 

「もーっ!私達を心配させたことだよっ!」

 

 

 

 

 

「「...あ」」

 

 

 

 

 

ぷりぷりと怒るひーちゃんに、俺とともちゃんは寝耳に水だった。

 

 

 

 

 

「親友を騙しただけじゃなく、そのことすら忘れちゃうなんて......」

 

 

 

 

 

「あ、はは......ごめん」

 

 

 

 

 

「ああ......アタシも、ゴメン......」

 

 

 

 

 

続けざまにひーちゃんから告げられる傷口に塩を塗るような小言に、2人してやれやれと頭を抱える。

 

 

 

 

 

そんな中、何者かからこんなことが提案された。

 

 

 

 

 

「じゃあさー、せいくん家で反省会含めて作詞会とかすればいいんじゃなーい?」

 

 

 

 

 

「───は?」

 

 

 

 

 

藪から棒な発言に思わず声を漏らす。それに重なるように、周囲もまた、その声のほうに注意を払う。

 

 

 

 

 

そんな情報処理の追いついていない聴衆の中でたった1人、にへらと不敵な笑みを浮かべる者がいた。

 

 

 

マイペースの代名詞、モカだ。

 

 

 

 

 

「でも、迷惑にならないかな」

 

 

 

 

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。こんなに優しいせいくんの家族なんだし、そのくらい許してくれるでしょー。それにせいくんにとっても償いにはもってこいだと思うよー?」

 

 

 

 

 

怪訝そうにモカの提案に懸念するつぐちゃんだったが、道理にかなってそうで実際にはあまり確証のないモカからの返答に、思わず同調する結果となった。

 

 

 

 

そしてそれは、他のみんなも同じだった。

 

 

 

 

 

「へえ、悪くないね」

 

 

 

 

 

「流誠ん家、か......なんか楽しみー!」

 

 

 

 

 

「ははは!いいな、それ」

 

 

 

 

 

「でも、迷惑にならないかな......」

 

 

 

 

 

「心配ご無用だって〜」

 

 

 

 

 

「ちょ......みんなぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

流水が如く進んでいく話の流れを止めようと異議を申し立てる。ともちゃんに至っては同罪なハズなのに、他人事な態度をとっているし。

 

しかしそんな異議申し立てもむなしく、、女子高生特有の協調性によって話が盛り上がってしまえば、そこに付け入る隙なんて......ましてや男である俺は、拒否権などとうに剥奪されたも同然だった。

 

 

 

そしてそれは、幼馴染であるが故の団結力が裏目に出た瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

「......あーもうわかったよ。それで許されるなら」

 

 

 

 

 

自分の今の立場を見極めて諦めがついて、大人しく白旗を振った。

 

 

 

 

そして当然、そのような情け無い姿を見せてしまっては。

 

 

 

 

 

「──ふふっ......」

 

 

 

 

 

誰かに小馬鹿に、鼻で笑われたりするものだ。

 

 

 

 

 

「あ、おい!今誰か笑ったろ!」

 

 

 

 

 

流石に頭にきたので、俺も負けじとその犯人を炙り出そうと慣れない怒鳴り声を迫真的に発してみた。するとモカがとっさに、とある方向へと目線をそらしてみせた。

 

 

 

 

その視線の行方を追ってみる。するとそこには、口に手を当てて懸命に笑いをこらえようとする蘭の姿があった。

 

 

 

 

 

「らーんー?」

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっとモカ......せっかく堪えてるのにバラさないでよ......ふふっ......!」

 

 

 

 

 

「あー!また笑ったなぁ!?何がそんなにおかしいんだよ!」

 

 

 

 

 

嘲笑う表情の蘭に、何に対して抱腹しているのか問い詰めてみた。それから一呼吸置いたあと、こう答えられた。

 

 

 

 

 

「いやだって......流誠がなんか一方的に色んなこと押し付けられてるみたいで、それがなんだかおかしくって......」

 

 

 

 

 

「はあ......?何だよ、それ」

 

 

 

 

 

理由を聞いたものの、それがどうにも理にかなっていないような気がした俺は肩をすくめた。

 

 

 

 

 

「他人の不幸を笑うなよな!」

 

 

 

 

 

「──あっははは!」

 

 

 

 

 

不幸だなんて実際にはまんざらでもないようなことを口走ると、今度は蘭とはまた別の豪快な笑い声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「と、ともちゃんまで......」

 

 

 

 

 

「あははは......いやーゴメンゴメン。流誠ばかり責められてるからなんか悪いなーって」

 

 

 

 

 

「それこそ理由になってねえだろ!」

 

 

 

 

 

「それが面白いんだよ!ははは!」

 

 

 

 

 

「くっ......」

 

 

 

 

 

的確なツッコミに、ともちゃんはまた笑い転た。それに釣られるかのように、ひーちゃんなどもけらけらと笑い始める。

 

 

 

 

 

「俺だけ悪者扱いかよ!」

 

 

 

 

 

「ま、まあまあ......落ち着いて......ふふ」

 

 

 

 

 

「つぐちゃんも人のこと言えてねーよ!あーもう、勘弁してくれよ......」

 

 

 

 

 

どうにも収集が付かなくなり、頭を抱える。

こうなってしまっては手に負えない。

 

 

 

 

 

まったく、薄情な奴らだ。幼馴染が困り果てる様子を見てそれを面白おかしく笑うのだから、もはや悪魔染みている。

 

 

 

 

 

 

......でも、まあ。

 

 

 

これでまた、俺達の『いつも通り』を守っていけるのなら。

 

 

 

かけがえのない親友達とのかけがえのない日々を過ごしていけるのなら。

 

 

 

 

 

「──ふっ......」

 

 

 

 

 

俺もそいつらと一緒に笑ってやるのが、世の常というものだろう。

 

 

 

 

 

「あ、せいくんも自分で笑ってんじゃーん。

とうとう自虐の道に走りましたかー」

 

 

 

 

 

流石は観察力が高いのか、モカが顔を伏せて吹き出す俺の異変にいち早く気づき、からかうように言及してきた。

 

 

 

 

 

「あっ、ホントだ!なんだー、まんざらでも無さそうじゃーん!」

 

 

 

 

 

「みたいだな」

 

 

 

 

 

屋上に高らかに響くモカの声は須らく皆の耳にも届き、話題の矛先が俺に対してより一層向けられることとなった。

 

 

 

 

 

「まあ、いつまでもぷんすかしてるワケにもいかないからな。ならいっそのこと笑ってやろうと思っただけだよ」

 

 

 

 

 

俺自身半ばヤケで吹き出していたので、ここは大人しく白状することにした。正直言うと、俺も自らの置かれている立場の理不尽さに自分でも笑いがくつくつも込み上げてきていたところだったし、機会としてはちょうど良かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ははは......にしてもバカだったな、俺。ホントごめんな、蘭。あんなこと言って」

 

 

 

 

 

 

 

勢いに任せた俺は次に、蘭に向けて改めて謝罪した。しかし、今度のそれは大してかしこまっていなかった。

 

それはまるで、街中を練り歩く通行人とうっかりぶつかってしまった際にとっさに出る、相手への思いやりによる本心からの端的な言葉のような。

 

 

 

 

そんな、たった一言の『ごめんなさい』。

 

 

 

 

ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......そう。

 

 

 

 

 

俺たちに必要な言葉は、本当にそれだけだったんだ。

 

 

 

 

 

 

のだが......

 

 

 

 

 

「......ん?」

 

 

 

 

 

今まで心を塞ぎ込んでいたような、そんな淀みがすっと抜けきっていくのを感じながら微笑していると、何やら物音がするのが聞こえてきた。

 

 

 

それはまるで、歯車と歯車の間に何か挟まった時に生じる歯切れの悪い雑音のようなもので───。

 

 

 

 

 

 

その物音は『生きていた』。

 

 

 

物音の出所は、蘭だった。

 

 

 

 

 

「ん......あ、ええと......その」

 

 

 

 

 

「蘭?」

 

 

 

 

 

きしきしと軋む歯車のように言葉を詰まらせる蘭を見て、どうしたのかと俺は眉をひそめた。

 

 

 

 

 

「腹でも痛めたか?大丈夫か?」

 

 

 

 

 

「いや、違うから!そんなんじゃなくて」

 

 

 

 

 

念のため腹痛の容疑をかけてみたが物の数秒でぴしゃりとはねのけられた。

 

 

 

すると今度は蘭の後ろから何者かの手がいきなり伸びてきた。それから蘭の肩をガッと掴むと、その持ち主がぬっと顔を覗かせてきた。

 

 

 

 

 

 

 

───長身の上に乗っかったともちゃんの呆れ顔は、俺に向けられていた。

 

 

 

 

 

「おい流。あまり蘭のことからかってやるなよ?」

 

 

 

 

 

「え?からかって?いや、俺はそんなつもりじゃ──」

 

 

 

 

 

「急にまた謝られてビビったんだろ」

 

 

 

 

 

とんだ疑いをかけられたものだと嬉々として首を振ったが、そんな俺にともちゃんは目もくれず、今度はその目と晴れやかな笑顔を蘭へと向けていた。

 

 

 

 

 

「はぁ!?そ、それも違う、し......」

 

 

 

 

 

隣に輝く笑顔とは正反対に、蘭の顔には焦燥感のようにも倦怠感のようにも似たしかめっ面が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「ていうか巴、くっつかないで......暑い......」

 

 

 

 

 

「あ、悪い悪い」

 

 

 

 

 

と、蘭がここで先ほどから自らの顔に張り付いたままのともちゃんの笑顔をぐいっと押しのけた。その蘭の額には汗、はたまた冷や汗のような水滴がつうっと滴っていた。

 

 

 

 

その一瞬の隙を、モカが見逃すわけがなかった。

 

 

 

 

 

「おや〜?蘭ちゃん、言い逃れする気ー?」

 

 

 

 

 

「は......?」

 

 

 

 

 

「あわわわ......」

 

 

 

 

 

蘭の勇み良い態度に空気がピリつく。それをいち早く察知したつぐちゃんがまたもや仲裁に入ろうとする。

 

 

 

 

その一方でモカは少しの物怖じもせず、勇敢にも茶々を入れ続けた。

 

 

 

 

 

「とは言っても顔は正直なんだなー。ほら、おでこが冷や汗でたらたらり〜ん」

 

 

 

 

 

「いや、ホントに暑いんだって......」

 

 

 

 

 

そう言うと蘭は、すでに開けた制服の第1ボタンのさらに下にある第2ボタンをおぼつかない手取りで外してみせた。よく見てみると、その純白のワイシャツにはおびただしいまでの汗によるシミができていた。よもやここまでとは。

 

 

 

 

 

「お前、本当に汗っかきだな」

 

 

 

 

 

「アウトドア派のあんたにはあたしの苦しみはわかんないだろうね」

 

 

 

 

 

「ああそうだな。裏を返せば、お前はそのせいで体力テストが絶望的な結果で終わったんだがな」

 

 

 

 

 

腕を組み敵対の意図を強める蘭に皮肉るが、まったくおっしゃる通りだった。いつもグラウンドを元気に走り回ってる俺からすれば汗をかくことなんて日常茶飯事だし、大してそれが苦じゃなかったからだ。

 

 

 

 

 

「あれはたまたま調子が悪かっただけで......」

 

 

 

 

 

歯向かう蘭の抵抗は思っていたよりも弱々しいものであった。あまり張り合いが無かったために俺は肩を落とす。

 

 

 

 

するとここで突然、ひーちゃんの横槍が入ってきた。

 

 

 

 

 

「もう2人とも!いい加減にしなさいっ!」

 

 

 

 

 

「ひーちゃん?」

 

 

 

 

 

「え、またいきなり......」

 

 

 

 

 

「いつまでもケンカしないでって言ってるのーっ!」

 

 

 

 

 

耳をつんざくような声が頭蓋を揺らす。思わず耳を塞いだ手を元に戻し、物憂げにひーちゃんを睨む。

 

 

 

 

 

「あーもうわかってるって!叫ぶな!俺たちもつんぼじゃあるまいし!」

 

 

 

 

 

「あんたも大概だよ......響くからやめて」

 

 

 

 

 

「お前も何か言ってやっても──んぐ!?」

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

中立的でどっちつかずな蘭に嫌気がさしたのでがみつこうとした次の瞬間、ガッと強く頭を掴まれる感覚に襲われた。それは蘭も同じだった。

 

 

 

 

可動域が固定された首は動かせない。なので代わりに眼球を動かし、この忌まわしき手の持ち主を視界に収めようと試みる。

 

 

 

 

 

 

揺れる視界──その先に映ったもの。

 

 

 

 

それは、そよ吹く風にたなびく紅色の長髪だった。

 

 

 

 

 

「ちょっ、巴!いきなり何すんの!」

 

 

 

 

 

「だから焦れったいっつってんだろ!

いつまで傍観させるつもりだお前ら!」

 

 

 

 

 

「だからって俺までわし掴みにするのは話が違うだろ!ちゃんと謝ったんだし!」

 

 

 

 

 

「両方が両方認めて謝んなきゃ。......んん!意味無いだろ?」

 

 

 

 

 

「「うっ......!!」」

 

 

 

 

 

「巴ちゃん!?それはやりすぎだって!」

 

 

 

 

 

「ナイス巴〜!」

 

 

 

 

 

さらなる衝撃に息を詰まらせ、態勢が崩れないように衝撃から反対方向へと体を仰け反らせる。

 

 

しばらくすると、頭に取り付いていた枷が外された。ようやく勝ち得た自由に呼吸を取り戻し、体も元の姿勢に戻す。

 

 

 

 

 

......そうしてようやく、その吹き返した息がかかるか否かと言えるくらい蘭との距離が詰められていたことに気がついた。

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

「ほら、謝る時は相手の目を見ろよ」

 

 

 

 

 

「わかってるよ、子供じゃあるまいし......」

 

 

 

 

 

恥じらう蘭を冗談っぽく気にかけるも、まるで気が立った猫のように爪を立てられるだけだった。そもそも、今のこの立ち位置自体間違ってるような気がする。おかげでこのありさまだし。かと言う俺も、割と精神がキツイところまできているのだが。

 

 

 

 

なので一歩引いてから、こう告げた。

 

 

 

 

 

「改めに改めを重ねて......蘭、この前は本当に悪かった」

 

 

 

 

 

擦り減った精神を奮い立たせ本日、いや、ここ最近何度目かの謝罪をおくる。数え切れないほど謝ってきたので、それに伴って言動にも少しは磨きがかかっているだろうと思っていたがその逆だった。

 

 

 

これよりひとつ前の謝罪もそうだったが、やはりフランクなほうが俺的にも性に合う。もちろんTPOは弁えるが。

 

 

 

 

 

「俺が悪かったのは蘭の気持ちを全然理解できていなかったことだ。そのせいで蘭を追い詰めて、他のみんなも巻き込んだ。......だから、みんなにも謝っておきたい」

 

 

 

 

 

たじろぐ蘭から4人のほうへと顔と体を向ける。そして俺は浅く礼をした。

 

 

 

 

 

「ほんと、ごめん」

 

 

 

 

 

「おけまる〜」

 

 

 

 

 

「反省したならヨシ!」

 

 

 

 

 

「気にしないで!」

 

 

 

 

 

「うん、アタシも大丈夫だ」

 

 

 

 

 

とりどりの反応に肩の重荷が少し軽くなったような気がしながら、もう一度蘭へと向き直る。しかしそこには、先ほどまでの慌てふためく蘭の姿は無かった。

 

 

 

 

 

「終わった?」

 

 

 

 

 

「ああ、終わった」

 

 

 

 

 

「......そ。なら──」

 

 

 

 

 

蘭は俺の頷きを見ると俺がそうしたように頷き返し、目を瞑った。そして少しの静寂の後に蘭の口が開かれた。

 

 

 

 

 

「あたしもゴメン。逃げないって決めたのに

また逃げ出しちゃった。自分だけが先に変わっていたことに気づいて、不安になって。......それで逃げた。というか、それなら前と同じだし、変わってないっちゃ変わってないのかも」

 

 

 

 

 

そう言い切る蘭の瞳には、静かに揺らめく炎のような決意が宿っているようにも見えた。

 

 

 

 

 

「通りで歌詞もわかんないわけだよね。同じ世界を見ていたわけじゃないのに、あたしはそのことに気づけなかった。みんなを置いてけぼりにしたままで......」

 

 

 

 

 

ふいに吹いた木枯らしにさらされただけでも消えてしまいそうな火種。次第にそれは風前の灯火から大きな豪炎へとなって────。

 

 

 

 

 

「──だから、ついてきてよ。もうあたしが不安がって逃げないように、ちゃんとあたしの後をついてきて。あたしの背中を......見失わないで」

 

 

 

 

 

その『炎』を、蘭は俺たちに示してくれた。

 

 

 

俺達に『変わらないために変わっていく』ことの大切さを教えてくれた。

 

 

 

 

 

「蘭ちゃん......!」

 

 

 

 

 

「わがままっぽく聞こえるのはわかってる。あたしがみんなについてきてって一方的に言ってるワケだし、どうするかはみんなが決めていい」

 

 

 

 

 

蘭の言う通り俺達がどうしたかろうと勝手である。選択権は俺達に委ねられているのだから、それを願い下げしたって別に構わない。

 

 

 

 

 

それこそ俺たちは願い下げだが。

 

 

 

 

 

「決めていいって......ずいぶんと裏腹だな」

 

 

 

 

 

「そんなにかしこまらなくていいよ、蘭ちゃん!」

 

 

 

 

 

「ついていかないワケないだろ?」

 

 

 

 

 

「うん、それにわがままなんかじゃないよ!

私たちだって蘭の背中追いかけたいから!」

 

 

 

 

 

「......そうだね〜」

 

 

 

 

 

もうこれ以上、この『差』を開けたくない、これからはもうお互いを見失いたくない、それはもう蘭一人のわがままなどではなく皆それぞれの同一の願いなのだ。

 

 

 

 

だから、わがままだなんて言わないでくれ。

 

 

 

 

 

「みんな......!」

 

 

 

 

 

蘭が感極まったように俺たちを一人ひとり一瞥する。それはまるで、何か欠落があるかどうかの確認作業のようだった。しかし確認しているのは蘭自身のほうだった。

 

 

本当に良いのか、こんな私についてきてくれるのか。そんな謙遜を以ってして、こちらに視線を注いでいる。そういうところが俺たちがついていこうと思った理由のうちの一つなのだが。

 

 

 

 

 

「......うっ」

 

 

 

 

 

和んだ空気の中、つぐちゃんが目を強くつむりながら小さく唸り声をあげた。

 

 

 

 

 

「つぐ、どうした?具合でも悪いか?」

 

 

 

 

 

「ううん平気。心配してくれてありがとう」

 

 

 

 

 

「そうか、なら良かった。じゃあさっきのは?」

 

 

 

 

 

ともちゃんの問いかけに、つぐちゃんはとある方向へと指を差して応えてみせた。

 

 

 

真っ直ぐ指された方へと視線を移す。そこには、ビルの地平線にその体を半分沈み込ませたまばゆい夕日が悠然とした様子で居た。

 

オレンジ色の光がビルをもとに世界を包み込んでいく。沈みかけてるせいで一段と輝きの増したそれに、つぐちゃんと同じように俺たちも驚愕の意を示した。

 

 

 

 

 

「まぶし......」

 

 

 

 

 

「うん。でも、すごくキレイ......」

 

 

 

 

 

「ああ。こりゃ格別だな」

 

 

 

 

 

驚きのあまり連続して瞼でシャッターを切るのも束の間、今度はその優美さに感嘆の声を漏らした。

 

 

オレンジの空の海、揺蕩う大小様々な雲船。いつも見るものとはちょっと違うような、そこまで大きな違いは無いけれど、どこか特別感のある光景には少しロマンチストではあるが運命さえも感じさせられる。

 

 

 

 

 

 

でもそれは、俺たちが『Afterglow』だからなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

Afterglow......“夕焼け”という意味の英単語の名付けられたこのバンドには、まだ数ヶ月しか経ってないが色んなことを教えてもらった。そして俺が居なかった間も、こいつらのかけがえのない居場所として支えとなってくれていた。そしてそれはきっと、これからもだ。

 

 

 

 

 

「───変わらないために、変わるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「......え?」

 

 

 

 

 

囁くように耳元に聞こえてきた声が気になったので、その出所へと視線を流した。するとその先には、夕日とは真反対の方向へ向き直っている蘭がいた。

 

 

 

 

 

「変わるってことは正直怖いよ。でもそうでもしなきゃこれから先、みんなと一緒に居られなくなるような気もするんだ」

 

 

 

 

 

打ち明かされたジレンマには共感せざるを得なかった。だが実際には、そのことには自分でもすでに気づいていたのかもしれない。

 

 

事故に遭って、記憶を失って、『俺』は生まれた。そうして右往左往としているなかで、その砕けたはずの記憶が断片的にだが徐々に蘇り始めた。

 

 

 

胸に残る、家族同然の存在との温かい記憶。未だに残ったままだった繋いだ手の感触を何度も噛み締めながらおくる日々。

 

 

 

幾度も焦がれた。またみんなとくだらないことで盛り上がって、しょうもないことで喧嘩して、そしてまた笑い合って。そんな日常を再びともに過ごしていきたいと、強く願い続けていた。

 

 

 

しかし、そんななかだったのかもしれない。俺の変化に対する微々たる懸念が育っていったのは。

 

もし会えたとしても、変わり果てた俺を見て絶句しないだろうか。あの弱っちい少年から随分と見違えた変貌っぷりに、戸惑いはしないだろうか。

 

 

 

 

そんな小心を引きずってきたから、本来なら可視できていたはずの蘭の変わりゆく姿からも目を背けて、無意識のうちに自らは変わろうとしないようにしていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

でも、違った。本当に大切なのは変わることだった。そしてそれは世間一般に聞くただの変化じゃない。

 

 

 

 

『変わらないための変化』。それが今の俺達がすべき、第一優先事項だ。

 

 

 

蘭の見据える夕影と一対をなす紺碧の空を俺も望みながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

そんな夜の気配をうっすらと感じていると、つぐちゃんが一歩前に踏み出した。

 

 

 

 

 

「うん。蘭ちゃんの言う通りだよ。私たち、変わらなきゃ......!」

 

 

 

 

 

「つぐみ......」

 

 

 

 

 

上空に横たわる空模様はさることながら、つぐちゃんの先ほどの引け腰な態度とは対照的な変貌ぶりは一目瞭然って感じで、つぐちゃんらしさに溢れていた。彼女は今まさに“ツグってる”。

 

 

 

 

 

「さっすがつぐ〜!ツグってるぅ!」

 

 

 

 

 

「ひ、ひまりちゃん、茶化さないでよ〜!」

 

 

 

 

 

「おいひまり。つぐをあまりイジってやるなって」

 

 

 

 

 

冷静に、かつ温厚な態度で嗜めるともちゃんにひーちゃんは「えへへ、ゴメン」と反省の意を示した。一応謝ったもののあまり謝意の感じられない謝り方だったためか、ともちゃんはやれやれと肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......と、ここでとあることに気がついた。

 

 

 

何かが足りない、と。

 

 

 

 

 

いつも見る光景のはずなのだ。みんなの為にと必死になるつぐちゃんを見て、それを労う代わりに誰かが揶揄して、それをまたともちゃんが注意する。これがいつもの一連の流れだ。

 

 

 

そしてその“誰か”に当てはまる大体がひーちゃんかモカであって───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......モカ。

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

ふいに後ろを振り向いてみる。いない。限りない違和感に耐えきれず、あのへらへらとした態度を求めて辺りを見回す。どうして今回は黙っているのか、その理由を探るべくモカの方へと視線を送る。

 

 

 

 

そして、見つけた。その距離はなぜか少しだけ、それでもやけに離れているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

紺碧に背を向けて消えゆく夕焼けをただ一人だけ見つめている、モカの姿が。

 

 

 

 

 

「も、モカ」

 

 

 

 

 

思わず名前を呼んだ。あまりにも遠い場所にあるような気がして、そんなことはありえないはずなのに、ただひたすらにその背中へとおもむろに手を伸ばしかけた。

 

 

 

そのままお前は、一体どこへ────。

 

 

 

 

 

「......んー?どしたの、せいくん」

 

 

 

 

 

「......へ?」

 

 

 

 

 

「いやー、モカちゃんのこと呼んだでしょ?あっ、まさか寂しくなったとか〜?」

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

俺の呼びかけに応えるかのように急にこちらへと向き直ったモカは、いつも通り変わりばえの無いモカだった。

 

 

 

俺が手を伸ばして掴もうとしたのは、あたかも他人をからかうかのように怪しげな笑みを浮かべながら、調子づいた言葉を淡々と連ねるあの饒舌なモカだった。

 

 

 

 

 

どうやら杞憂だったみたいだ。

 

 

 

 

 

「おーい、黙ってないでなんか言ってよー」

 

 

 

 

 

「うるせえ」

 

 

 

 

 

「え〜?そっけないなぁ」

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

夕影に黄昏れるあのモカの物寂しげな背中は俺の思い過ごしだったのだろうか。今のコイツの態度からすれば、そうとしか言いようがなかった。というか実際そうに違いないのかもしれない。

 

黙ってこちらに背を向けていたのもきっと夕焼けのあまりの優美さに見惚れてしまっていたのだろうし、その背中が意味深に感じられたのも夕日に照らされて影がかかっていたからで......なんだ、至極単純な話じゃないか。つまり俺は一人芝居をしていただけだったということか。ああ、馬鹿馬鹿しい。

 

 

 

 

 

そうして俺はやめだやめだ、と無駄骨だったと言わんばかりに蘭たちのほうへと向き直った。そこに今度はモカもどことなく着いてきた。

 

 

 

 

 

「お、流。戻ってきたか。何してたんだ?」

 

 

 

 

 

「コイツが何してんのか気になって離れてただけだよ」

 

 

 

 

 

「モカか。一人で何してたんだ?」

 

 

 

 

 

「夕焼けが綺麗だな〜と。写真も撮っちゃったよー」

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん」と見せられた携帯の画面には、確かに夕焼けの写真が写っていた。なぜか妙にブレていた。

 

 

 

 

 

「夕焼けか。確かに今日のはスゴいなー。......いや。今日だけじゃなくて、実際にはいつもそうだったのかもな」

 

 

 

 

 

そう言うとともちゃんは夕焼けの方へと目を細めてみせた。すると紺碧から、「いや、違う」と悟ったように異を唱える声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「雲の流れと一緒に空模様も変わる。いつもまったく同じ景色が見れるってわけじゃないんだ。当たり前なことなんだろうけど、あたしも前まではそんな巴みたいなことを思ってた」

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

「でも違った。そんなに甘くはなかった。今のあたし達と同じで、この空も変わることからは逃げられないんだ」

 

 

 

 

 

どんなにしがみつこうとも、時は流れてゆく。それに連れて周囲もめくるめく移り変わっていき、その『空模様』を変えていく。

 

 

 

まったく無慈悲なものだ。俺たちの思いは置き去りにろくな覚悟もできないままに色んな景色が目の前を通り過ぎていくのだから。そして、時にはその過程で何か大切なものをも忘れ去ってしまう。

 

 

 

 

でもそれはいつまでも意固地になってその場に立ち止まってばかりいたからだった。その忘れ去った大切なものとやらも、淡々と秒針を刻む時と共に歩みを進めていた。置いていかれていたのは俺たちのほうだったのだ。

 

 

 

 

ならば、進まねばなるまい。変わらなければなるまい。その『忘れ去った』大切なものを取り戻すためにも、俺たちが“いつも通り”であるためにも────。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

 

「......だから変わろう。あたしたちがいつも通りであるために、どんな『空模様』も大切にしていこう」

 

 

 

 

 

改まった蘭の宣誓が心髄に染み渡る。決して破られることのない、忘れられることのない約束の楔として魂に打ち付けられる。

 

 

 

それに呼応するかのように俺達もまた、沈黙の中で再び意を決したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......この先の『空模様』がどうなるかなんて誰にもわからない。晴れたり、曇ったり、頰を撫でるようなにわか雨から鈍器のような豪雨まで、どんな姿をして俺達の目の前に現れるかなんて。それが怖くないのかと聞かれても否定できる自信がない。

 

 

 

でも、みんなとならきっと乗り越えられる。そこに根拠なんてものは必要ない。必要なのは、お互いの変わろうという意思のみ。

 

 

 

 

 

であれば、それはもはや杞憂。臆することなど何も無い。

 

 

 

 

 

そう思うと、なんだか心が洗われるような感じがした。もみくちゃに洗われて漂白されたまっさらな心。この心をどう色付かせていくかは俺達次第。

 

 

なら、思いっきり汚していこう。汚して、反省して、また洗っての繰り返し。そんなくだらない遠回りを、これからもみんなと続けていきたい。

 

 

 

 

 

この空が果てしなく、永遠と続いていくように、ずっと、ずっと───......




いかがだったでしょうか。次回は1月26日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!


今回は珍しく話が長続きしましたね。ちなみにこのくらいの量がこの先数話続くので、どうかお付き合い願います。


最後に、おかげさまでお気に入り者数35人いきました!ありがとうございます!!これからも精進していきますので、応援のほど、よろしくお願いします!!



それではまた次回お会いしましょう。さいなら!
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