Afterglow〜Episode of Another〜   作:ある@誠心誠意執筆中

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どうもあるです。紗夜さんピックアップまだですか()



それでは本編、どうぞ!






第7話 来訪

「...あ!やっと来た!」

 

 

 

 

「おまたせしましたー」

 

 

 

 

「ごめんみんな。ちょっと“用事”があってさ」

 

 

 

 

校門で首を長くして待ち続けていた蘭たちに声をかけると、返事の代わりに数々の愚痴が返ってきた。

 

 

 

 

「用事なんて本借りるだけじゃん。なんであんな時間掛けてたの?」

 

 

 

 

「それはかくかくしかじかで......」

 

 

 

 

「というかそれ以前に、なんで今日じゃなきゃダメだったの?本ぐらい他の日でも良かったんじゃないの?バカなの?」

 

 

 

 

「ねえ!立ち続けたせいでもう足クタクタで歩けないんだけど〜!」

 

 

 

 

「アタシもだ......おい流!これからお前ん家まで歩くってのに疲れさせてどうすんだよ!」

 

 

 

 

「ハイ、ハイ......ごもっともです」

 

 

 

 

俺はへこへこと頭を下げるほかなかった。蘭の“あのノート”を見ていただなんて口を滑らせてみろ、次に目を覚ました時には知らない天井が眼前にあるに違いない。

 

 

そうやって気を遣わせていると、じゃああたしがと言わんばかりにモカが暴露した。

 

 

 

 

「あそーそー。蘭、はいコレー」

 

 

 

 

「え?何......って、ちょ、ウソ......!」

 

 

 

 

当然の如く持ち主である蘭は、自らの黒歴史でもあろうブツに目を剥いた。

 

 

 

 

「ああっ!おいモカ、お前っ──......」

 

 

 

 

「蘭の机に置いてあったってせいくんがー。それよりなんでまたこんなモノを〜?」

 

 

 

 

「『こんな』って......鞄漁ってたら出てきたから、懐かしいと思って読み返してただけで」

 

 

 

 

「蘭、何それ?」

 

 

 

 

「ひまりは気にしなくていいからっ!......流誠、コレ見てないよね?」

 

 

 

 

蘭がこちらへ訝しそうな視線を向けてきたが、もちろん俺は嬉々として首を横に振った。本人には悪いし心も痛むが、命を投げ打ってまで真実を伝える度胸なんてよっぽどなことが起きない限り俺には無い。

 

 

 

 

「よ、読んでねえよ。いくら幼馴染の物とはいえプライバシーってもんがあるし......」

 

 

 

 

「そうなの、モカ?」

 

 

 

 

(頼むモカ......!)

 

 

 

 

いい加減に空気を読めと上の空なモカに念を送ってみると、どうやらその思いは届いたらしく、何かを察したような道化じみた態度でこう答え始めた。

 

 

 

 

「せいくんの言う通りだよー?うんうん、そうだよねー。プライバシーは守らなきゃいけないもんねー」

 

 

 

 

「あ、ああ......そうだよ。個人情報だからな。ナニが書いてるかもわかんないもんな。見るわけねえだろ、何言ってんだよ。あはは」

 

 

 

 

「何よりあたしと蘭だけのヒミツのノートだもん、ねー?」

 

 

 

 

「よ、余計なこと言わないでよ......」

 

 

 

 

モカの三文芝居に頰を赤らめる蘭を見て、安堵に胸を撫で下ろす。モカのあの悪癖が役に立つ場面といえばさしずめこのようなシチュエーションぐらいだろうと、皮肉った弁論をかましていたモカに少しでも一矢報いてやろうと心の中で自己完結した。

 

 

 

そんな過ぎ去った嵐に未だ辟易する俺だったが、ここでとあることに気がついた。

 

 

 

 

「あれ、そういやつぐちゃんは......」

 

 

 

 

「いるよ?」

 

 

 

 

「あ、もう来てたのか。よかったよかった」

 

 

 

 

すれ違いになってないかと心配したが、ともちゃんの背後から顔を覗かせるつぐちゃんの笑顔を見て安心した。

 

 

 

 

「つぐみならずっとここにいたぞ?」

 

 

 

 

「すまん、ともちゃんで見えなかった」

 

 

 

 

「ああ、それは悪かった」

 

 

 

 

「つぐちゃんお疲れ様。つぐちゃんの放送のおかげで急いで帰ってきたよ。でも、その担当の人って別の人じゃなかったっけ?」

 

 

 

 

「実はその人が仕事を忘れたのか、先に帰っちゃったの。だから代役としてやってくれないかって先生に頼まれて」

 

 

 

 

「ああ......そんなことが」

 

 

 

 

何食わぬ顔で経緯を語るつぐちゃんには同情せざるを得なかった。こんな純真無垢な少女をいいように利用するとは...まったく、先生方には頭が上がらない。もちろん皮肉である。

 

 

 

 

「もう、つぐ!?ツグるのもいいけど、前みたいに体壊さない程度にしてよね!」

 

 

 

 

「そ、そうだぞ!頑張り屋なところはいいけど、あの時はアタシら心配で仕方なかったんだからな!?死にでもしたらどうしたらいいんだってどれほどうなされたことか......」

 

 

 

 

「わわ、わかったから落ち着いてよ2人とも〜!」

 

 

 

 

つぐちゃんは昂ぶるひーちゃんとともちゃんの鎮静を試みたものの、あまり信用できないのか2人は当分説教染みたことをべらべらとぼやき続けた。

 

 

 

 

兎にも角にも、これで全員揃った。孤児院まではだいぶ距離もあるし、太陽もすっかり落ちて辺りには街灯などの明るい場所以外暗がりが広がってきている。ことが大きなる前にそろそろ帰らなければ。

 

 

 

 

「俺が言うのもなんだけど、みんな揃ったしそろそろ行くぞ」

 

 

 

 

「前置きするぐらい自覚してるならおんぶしてよー!」

 

 

 

 

「おんぶしろー!」

 

 

 

 

「んなことしたら俺潰れるわァ!」

 

 

 

 

未だ鳴り止まない喧騒にやれやれと肩をすくめる。それでいて、俺達にはやっぱり“こういうの”が似合っているとも思った。

 

 

前までの辛気臭さはもうウンザリだ。それはみんなの共通認識でもあるだろうから、尚更嫌だ。

 

 

 

 

この今を守っていくためにも、俺達は変わっていかなくてはならない。変化を恐れず、むしろ好んでいかなくては。見る景色は変わろうとも、俺達が俺達であることに変動や介入の余地は無いのだから。

 

 

 

 

「ああもう、まったく......ほら、蘭とモカもそろそろ──」

 

 

 

 

ひしひしと伝わる温かさに表情を綻ばせながら、残る2人にも声をかけようとした。しかし向けた視線の先で、その姿は見られなかった。

 

 

 

蘭とモカはすでに、少し先まで歩いていた。

 

 

 

 

「あ、あれ?いつの間にあんなに......」

 

 

 

 

「せいくんたちこそ早くしないと置いてっちゃうよ〜?」

 

 

 

 

「ほら。みんな行くよ」

 

 

 

 

「あーん待ってよ蘭、はやいってばー」

 

 

 

 

そう言って2人は我先にとスタスタと行ってしまった。途中まで通る道は同じだが、誘導される側に逆にこうも先導されてしまっては収集がつかない。

 

 

 

 

「おい待て!お前ら、ウチがどこかわかんねえだろ!おいって!......あー、クソ」

 

 

 

徐々に小さくなっていく背中に呼びかけるも、そのあまりの小ささに諦めがついたので叫ぶのをやめた。

 

 

 

 

「行っちゃったね......」

 

 

 

 

「あーあ。どうすんだ?追いかけるか?」

 

 

 

 

「うん。ていうか強制だな、それ」

 

 

 

 

仕方のないやつらだ。後先考えずに思いついたらすぐ行動に移すなんて、愚かとしか形容できない。目を離せばどこへ行くのか、何をしでかすのかなんて知れたことではない。

 

 

 

 

 

──だったら俺が、見守ってやらないと。

 

 

 

 

「......よし、とばすか!」

 

 

 

 

「えっ?ちょっと、流誠!?」

 

 

 

 

「なんでいきなり自転車に乗って......それに“とばす”って......?」

 

 

 

 

「......ま、まさか!?」

 

 

 

 

置いていかれるのはもうごめんだ。みんなと違う世界でなんて生きていたくない。

 

 

 

 

だから......

 

 

 

 

 

だから俺が、むしろ蘭を、みんなを追い抜いてやるんだ。

 

 

 

そして......

 

 

 

 

「みんな、ついてきて!」

 

 

 

 

って笑って言って、手を引いてやるんだ。

 

 

 

 

「やっぱりそうなるの〜!?」

 

 

 

 

「流!待て!!お前まで行くなーー!!」

 

 

 

 

「はっはははははははは!!!!」

 

 

 

 

迷いはなかった。振り向きはしなかった。みんな、ついてきてくれるって信じてるから。

 

 

 

 

大丈夫。俺たちなら変わって、そして変わらずにいられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──これからも、一緒だからな。

 

 

 

 

 

 

そんな決意の中、俺はペダルを力いっぱいにこぎ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流石にスピードを出しすぎたせいか息切れしてしまった。喉元からはか細い呼吸音がヒューヒューと絶え間なく鳴り響き、喘息の発作の兆候が見られた。

 

 

 

 

「はあ、はあ......もうダメだ......」

 

 

 

 

「りゅ〜せえ〜!」

 

 

 

 

背後から恨めしげな唸り声が聞こえてきたので思わず振り返った。案外離れていない距離、そしてその声の主が誰かはとうに見当がついていた。

 

 

 

 

「あ、ともちゃん......ゲホッ、ゴホッ......どうもッス」

 

 

 

 

「はぁ......はぁ......!やってくれたなこのヤロー!お前がバカみたいにすっとばしたせいでみんなクタクタだぞ!?ほらコレ見てみろ!」

 

 

 

 

「え、つぐちゃん!?」

 

 

 

 

差し向けられたともちゃんの背中に目をやると、すっかりのびてしまったつぐちゃんの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

「えへへ......あれ?一番星が見えて......」

 

 

 

 

「いやつぐちゃんそれ幻覚!もうすでにたくさん星見えてるよ!つかどうしたんだよこれ、酒でも飲んだか......あだっ!?」

 

 

 

 

「冗談言ってる場合か!」

 

 

 

 

ともちゃんからの重たい一撃が脳天を襲う。これでも割と冗談じゃないのだが。幻覚なんて酒飲んだりとか“薬”でも射たないかぎり見るようなもんじゃないだろう。

 

 

 

......いや待て。もしや気絶しかけているのでは?そう思い直してつぐちゃんの顔色をよく見てみると、案の定青ざめていた。

 

 

 

 

「おいマジかよ!ツグりすぎるなってさっき言ったばっかだってのに......」

 

 

 

 

「元はと言えばお前がいきなり走りだしたのがいけないんだけどな!」

 

 

 

 

「でも、こうなったらもう仕方ないよ!急いで流誠ん家に行ってつぐを休ませてあげないと......って、ここどこ?」

 

 

 

 

「え?どこって?」

 

 

 

 

「いやここ森じゃん。追いかけるのに必死すぎてどこ行ってるのかわかんなかったままだったけど、なんでこんな所に?」

 

 

 

 

“こんな所”と目を丸くして、あたかもここら辺に家などあるわけがないと言わんばかりにひーちゃんが訴えかけてきた。

 

 

 

 

「まっ、まさか私達を疲れ果てさせたところで、山に入って襲ったりなんてこと───」

 

 

 

 

「するわけねえだろ!この先にあるんだよ、孤児院が!」

 

 

 

 

「「......え?」」

 

 

 

 

ともちゃんとひーちゃんが揃って首を傾げるのを見て、やれやれと右手で頭を抱えた。よもやここまで鈍感とは。

 

 

 

すでにここ......───通称“ひだまりヶ丘“は、孤児院の領内だっていうのに。

 

 

その事実を答え合わせのように、きょとんとした2人に告げた。

 

 

 

 

「もうすでに敷地内だぞここ。なら、進んでった先に家があるのは当然のことだろ」

 

 

 

 

「え?シキチナイ......?」

 

 

 

 

「ちょっと待て!?じゃあもうここ......というより、この山って......」

 

 

 

 

「文字通り孤児院のだけど。あと山じゃなくて丘な、どちらかというと」

 

 

 

 

「「エエ〜〜〜ッ!!??」」

 

 

 

 

驚嘆の声が樹林に響き渡る。そこまで驚く内容だったかと疑念の目を向けるが、ともちゃん達の態度は変わらずだった。

 

 

 

 

「こんなだだっ広い山みたいな所がまるまる所有地って、お前んとこの先生って人は大富豪か何かかよ!」

 

 

 

 

「大富豪......そうだ、そうだよ!じゃないとこんなに広い敷地持てないもん!流誠、お坊ちゃんじゃん!」

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

大富豪。

 

 

そう豪語して止まない2人に、俺は黙り込んだ。それは彼女達の言うそれがただの事実でしかなくて、肯定する意味もなかったからだった。

 

 

 

 

 

 

──いや違う。『意味がないから』ではない。『余裕がないから』だ。

 

 

肯定する余裕がないから、こうして下を俯いて唇を固く噛み締めているのだろう。未だに受け入れがたい事実があるから、こうして懊悩しているのだろう。

 

 

 

 

だって先生は、あの優しい先生は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“弦巻ひばり”は、俺たちに今まで何も言わず、ずっと騙してきて───......

 

 

 

 

「──せい......うせい......流誠!」

 

 

 

 

「......っ」

 

 

 

 

呼び声に顔を上げると、そこには結局行方不明のままだった蘭とモカが立っていた。

 

 

 

 

「どうした流?いきなり棒立ちになったりして」

 

 

 

 

「突っ走りすぎてつぐみたいになりかけてんじゃなーい?」

 

 

 

 

「自分からやったんだから勘弁してよ〜!」

 

 

 

 

「いや違う違う!大丈夫だって!ただ少し考え込んでただけだから......」

 

 

 

 

悟られまいと必死に表情を作る。俺たち家族の問題に首を突っ込まれる筋合いはない。正しくは巻き込みたくないというのが正解なのかもしれないが、いずれにせよ皆が知るべきようなことではない。

 

 

 

 

だから頼む、見逃してくれ。そんな命乞いにも似た祈りを込めつつ、俺は必死に笑顔を振りまいた。

 

 

 

 

「......そうか?ならいいけど。つか、悩み事なら何でも相談しろっていつも言ってるだろ?」

 

 

 

 

「アレかもよ〜?男の子特有の悩みとか......」

 

 

 

 

モカの捻くった推定にみんな何か察したように静かに頷いた。人聞きは悪いもののおかげで納得するだけに留まったので、心の中で少しの感謝と毒だらけの愚痴を吐いた。

 

 

 

 

「ていうか本当にここ全部、流誠ん家の敷地なの?」

 

 

 

 

先ほどの話を耳にしていたのか、その場にいなかったはずの蘭がそう問いかけてきた。

 

 

 

 

「だから言ってんだろ?何回言わせんだよ」

 

 

 

 

「だって現実味無かったから......そんなことできるのって、思いつく限りだとこころとかじゃん」

 

 

 

 

「───......ほら、着いたぞ」

 

 

 

 

蘭を尻目に坂の上から屋根を覗かせる孤児院のほうへと指をさす。それを見たともちゃんが最初に声を荒げた。

 

 

 

 

「で、でっけー!!」

 

 

 

 

「え、ええ!?何アレ!お城!?」

 

 

 

 

続いて目を剥くひーちゃんに向けて、蘭が訝しそうに流し目を送る。

 

 

 

 

「流石にそんなわけないでしょ」

 

 

 

 

「おや〜?案外驚かないんだね」

 

 

 

 

「そういうモカだってね」

 

 

 

 

「蘭みたいに怖がりじゃないし、何より鍛えてますからー」

 

 

 

 

「あんたねえ......」

 

 

 

 

「───あら?あらあらあら?」

 

 

 

 

抉れあいが勃発しかけたところに、天真爛漫たる晴れやかな声が孤児院のほうから聞こえてきた。

 

 

 

そんな貴婦人にも無邪気な子供にも似た声を発したのは他でもない、我らが母親でもある先生だった。

 

 

 

 

「流誠〜!帰ってるのなら言ってくださいよね、もうっ!」

 

 

 

 

「家上がってからでもいいじゃないですか」

 

 

 

 

「時間も遅いしできるだけでも早く帰りを伝えようかなーとは思わないんですか、あなたは!また門限制度戻してやってもいいんですよ!!」

 

 

 

 

「こんな広いところで叫んだところで聞こえないでしょ!アホか!」

 

 

 

 

「あ、あのー......」

 

 

 

 

「あらどうも〜。流誠、もしかしてこの子達が?」

 

 

 

 

先ほどの突っかかりとは打って変わって興味津々な眼差しをこちらに向けてきたので、俺も仕方なく静かにうんと頷いてやった。すると今度はうさぎのように小刻みに飛び跳ね始めた。

 

 

 

 

「やっぱりそうなんですね?きゃー!やっと来てくれた!流誠の言ってた“かけがえのない親友“さんたち!」

 

 

 

 

「ちょっ、先生!?あんまりベラベラ喋らないでくださいよ!そんなこと言ったら......」

 

 

 

 

「「「......」」」

 

 

 

 

「どうも〜。”かけがえのない親友“のモカちゃんでーす。以後お見知りおきをー」

 

 

 

 

「ほら言わんこっちゃねえ......」

 

 

 

 

案の定モカ以外は顔を赤らめさせていた。恐れていた未来を目の当たりにし、俺も恥ずかしさのあまりに深くうな垂れる。それを尻目に、話の流れは自然と自己紹介へと行き着いた。

 

 

 

 

「はじめましてっ!私は上原ひまりです!」

 

 

 

 

「アタシは宇田川巴。流にはいつもお世話になってます」

 

 

 

 

「初めまして、美竹蘭っていいます。今日はよろしくお願いします」

 

 

 

 

「青葉モカでーす」

 

 

 

 

「ひまりちゃんに、巴ちゃん、蘭ちゃんにモカちゃん!噂はかねがね聞いてるわ。みんなよろしくねぇ。......ああ、そうだ!今日はみんな来てくれるっていうもんだから、いつもよりも腕によりをかけて料理作ったのよ!さっき味見してみたけど、それがもう美味しくて美味しくて......」

 

 

 

 

「あー、先生。談笑するのもいいんですけど、ちょっと───......」

 

 

 

 

話を遮りつぐちゃんのことを伝える。すると先生の笑顔は一変し、口をあんぐりと開けてその驚きようを顔全体で示してみせた。それから間髪入れずに「まあ大変!」と言ってから孤児院のほうへと緊急の寝床の確保に急ぎ足で向かって行った。

 

そんな忙しげな背中を追うように、俺達も暗黙の了解でゆっくりと歩み始める。その時発言こそあまりしなかったものの、全員笑顔に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 

 

「「「お邪魔します......」」」

 

 

 

 

「なんだよ、変にかしこまって......お前は相変わらずだな」

 

 

 

 

「いつも通りですな〜」

 

 

 

 

「そんなんで社会に出るなよマジで。まあいいや、とりあえず入って」

 

 

 

 

流誠の声を合図に玄関から中へと入る。外観もそうだったが、内装の印象的なまでに美麗な様相に、あたしたちは再び息を呑んだ。

 

 

玄関の広さは数多くの靴が並べられているにもかかわらずまだ余裕があるほど広く、その両脇に立つ純白の壁に飾られたゴシック調のような照明が目に眩しかった。

 

 

しかしそんな豪勢な物に囲まれていながらも、不思議と心は落ち着いていた。他所の家で、しかも豪邸であるにもかかわらずこうして平静を保てている理由だが、明確にはわからないがこの家ならではの雰囲気によるものなのだろう。

 

 

 

靴を脱いで床に上がって下を見てみると、場違いにもほどがあるポップのきいたマットが何食わぬ顔で敷かれていることに気がついた。

 

 

......これが”そう“させていたとでもいうのだろうか?そんなしょうもないことを思い浮かべるも、なんだかおかしくなってきた。

 

そこにエプロンを巻いて主婦全開となった”先生“が、パタパタとスリッパを鳴らしてやってきた。

 

 

 

 

「ささ、みんな上がって上がって。巴ちゃん、その子をこっちまで運んでもらってもいいかしら?」

 

 

 

 

「あ、コイツの名前はつぐみです。わかりました!ついていきます」

 

 

 

 

「ってちょっと先生!そっちは......」

 

 

 

 

つぐみを背負った巴を連れてどこかへ消えて行った先生めがけて、流誠がちょっと待てと言わんばかりに声を張り上げる。しかし先生はその呼び止めに対して「みんなを案内してあげておいてくださいね〜」と、ひらひらと手を振りながら言い残しただけだった。

 

 

 

 

「どしたのせいくん?」

 

 

 

 

「あれじゃない?先生が行った先に何かマズい物とか置いたままだとか──......ハッ!?まさか!」

 

 

 

 

「まさか?......あー、なるほどそりゃそうかー。まあせいくんも『お年頃』だもんね〜。ほら、つぐやともちゃんの目につく前に早く取りにいきなよ〜」

 

 

 

 

「いや違ぇよ!まあ間違ってないかって聞かれたら否定できないけど......あー、クソ!まったく本当にあの人はデリカシーの欠片も無い......」

 

 

 

 

ぶつぶつと文句を言いながらも流誠はあたし達の先導を開始した。先ほどは図に乗って先走ってしまったあたしとモカも流石に人様の家ということなので、それに大人しく従うことにした。

 

 

 

 

にしても本当に広い。しかしただ広いというわけでもなく、一般の家庭でも見られるような人二人がちょうど通れるくらいの廊下だったり、割と内装はごく普通のソレなのだ。

 

 

 

 

......なるほど、やはりそういうことなのか。そう心の中で、あたしはひとつの解釈に確信を持った。

 

 

 

初めて訪れた者でもすぐに馴染むことができるこの豪邸とも呼べる孤児院。その温かさの要因は、このありふれた内装にこそあるのだと思った。

 

 

冷たくも確かに居住者の息のかかっている白雪の壁、木星のあの縞模様を思わせる鮮やかな木目の入った木材で造られた天井と床、そこはかとなく漂う芳香剤か何かの、とにかく心にストンと落ちるような落ち着いた香り。それらがあたし達を迎え入れてくれていたのだとわかった。そしてその時、家の雰囲気というのはそこに住む人によって大体決まるという話を、どこかで聞いたのを思い出した。

 

 

 

 

 

......どうやらこの孤児院は、よほど愛されているみたいだ。

 

 

 

 

「......あ」

 

 

 

 

と、流誠の足が突如として止まった。物思いに耽っている中でもたつかされた自らの足に少々苛立ちを覚えつつ、流誠に問いかけた。

 

 

 

 

「流誠......?何か、あったの」

 

 

 

 

「やっぱり『例のブツ』が気になるんじゃないの〜?」

 

 

 

 

「だから違うって!......ほら、コイツだよ」

 

 

 

 

「───え?」

 

 

 

 

そう言って指差された方向に目を向けると、そこにはなんと、巨大な熊がぐったりとしていた。

 

 

熊だ、熊がいる。しかし、当たり前のようだが実際は違う。胴体から生えた四肢の先にある指は5本に分かれているし、髪や顔など、それ以外でもちゃんと人間だった。本当に熊が横たわっていてでもしたら、恐怖のあまりにこうして二本足で立つことなんてままならないだろう。

 

しかしそう惑わせるくらいに、目の前のこの男の子は巨漢も巨漢だった。有り余るほどに広い肩幅に、プロスポーツ選手ほどではないがTシャツの上からでもわかる筋骨隆々たる体格。それらを形容するのに一体何と表せばよいのかと問われれば、あたしが最初に感じた『熊』という第一印象が最適解として挙げられるであろう...と思っていたが、モカがふいに「ゴリラ?」と疑問符を浮かべるのを見て、前言撤回した。

 

 

 

 

「わあ、すごいガッチリしてる......カッコイイ!」

 

 

 

 

「惚れるのは勝手だけど、まずなんで塁が倒れているのか考えてくれないかな?」

 

 

 

 

聞いたところ、この子の名前は”塁“というらしい。次にあたしは、体格の割に若々しさに溢れている塁の顔を見て一体何が起きたのかを思案し始めた。

 

 

まずは情報を集めなければ。

 

 

 

 

「塁って流誠の弟なの?ていうかそうだよね、他人の家でこんなになるワケないだろうし」

 

 

 

 

「自分ん家でもこうなることなんて普通なら滅多にないはずなんだけどな......こういう流れで紹介するとは思ってなかったけど、塁は俺達兄弟の中で2番目に歳の大きい次男だ。今はぐったりのびてるけど、普段は野球部でエースも務めてるタフガイなんだぞ」

 

 

 

 

「へえ、そうなんだ」

 

 

 

 

顔つきから大体予想はしていたが、塁はどうやら次男らしい。そして野球部のエースときた。そんな丈夫そうなスポーツマンがここまで意気消沈するとは、よほどのことがあったに違いない。

 

 

 

 

だとすれば......

 

 

 

 

「つぐみと同じで体調不良なんじゃ......」

 

 

 

 

「確かに言われてみればそうかもな」

 

 

 

 

「ええっ!?それなら早く看病しなきゃ!」

 

 

 

 

「まあ落ち着けって。こういうのは段取りってもんがあるんだよ」

 

 

 

 

慌てふためくひまりをなだめると、流誠は何やら塁の服を脱がせ始めた。

 

 

 

 

「っ!?ちょっと流誠!?」

 

 

 

 

「わお、せいくんったらダイタン〜」

 

 

 

 

「えっ、流誠?な、何してんの?」

 

 

 

 

あたしたちの困惑を尻目に、流誠は淡々と塁の身ぐるみを剥いでいく。待て、急にそういう展開になるなんて聞いていない。まあ聞いていたところで心の準備なんて一生できないだろうが。

 

 

流誠が塁の力無く垂れた腕を器用に動かして服を脱がし、ついに鍛え上げられた胸筋と腹筋が露わとなった。もちろんそのどちらとも隆起し、そして割れている。

 

 

 

 

「キャーッ!!”仲良し”なのはわかったからもうやめて〜!!」

 

 

 

 

「ヒューヒュー。お熱いねぇ」

 

 

 

 

「えっ、ウソ......」

 

 

 

無防備にうな垂れる獣とそれを我がままに見て触る獣。その先の展開が見えてしまったあたしは、もはやこれまでといち早くその交わりから目を背けた。

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

「───やっぱり、か」

 

 

 

 

「「......え?」」

 

 

 

 

「あれ、ヤメちゃうの〜?」

 

 

 

 

突如として止まった痴漢行為、そしてそれを行なった本人である流誠の口から発せられた言葉に、あたしたちは首を大きく傾げた。

 

 

 

 

「やっぱりって何が?」

 

 

 

 

「コレだよ、ほら」

 

 

 

 

「え!?む、ムリムリ!直視できない!恥ずかしーよ!」

 

 

 

 

「あ、あたしもちょっと......」

 

 

 

 

「俺だってヘンな容疑かけられたくないんだよ!いいから見ろコラ!」

 

 

 

 

「「っ......!!」」

 

 

 

 

流誠に怒号をもって急かされたので、あたしとひまりは仕方なく裸体となった塁の上半身に視線を送った。

 

 

 

そして、あることに気がついた。

 

 

 

 

「......あれ?なんか赤くなってる」

 

 

 

 

お腹の辺りが異様に赤く染まっていたのだ。じんわりとした広がりを見せていることから、これはおそらく内出血の類だろう。

 

 

 

 

「ああ、こりゃ誰かに”やられてる”な」

 

 

 

 

「ほほーん?事件の香りがするね〜」

 

 

 

 

「事件?ご、強盗でも入ったとか?」

 

 

 

 

「心配しなくてもそんなんじゃない」

 

 

 

 

そう言い切る流誠には、どこか心当たりがあるように思えた。

 

 

 

 

「はあ......また叱らなくちゃいけないのか」

 

 

 

 

「叱る?何言って......」

 

 

 

 

「──なあ、そこにいるんだろ?伽恋。ほら、隠れてないで出ておいで」

 

 

 

 

「......?」

 

 

 

 

意味不明な発言を繰り返す流誠が事件現場の少し先にある角に向かって視線を向ける。そんな何も無いと思われていた場所から、ひとつの影がひょこっと飛び出してきた。

 

 

 

 

「せいにい......!これは、その......」

 

 

 

 

影の正体はなんと、小さな女の子だった。

 

 

白を基調としたワンピースに身を包み、そこから細くしなやかな腕と足を縮こめたように伸ばして、無垢な白の髪のおさげをさらりと肩に下げている。そんな百合の花とも言える華奢な姿は、まさに”少女“そのものだった。

 

 

 

 

「かっ、カワイイ〜!小動物みたーい!」

 

 

 

 

「ひっ......!せ、せいにい......この人たちは......?」

 

 

 

 

「ああ、そういや伽恋らには言ってなかったか。今日泊まりにきた俺のお友達だ。怖がらせてごめんな」

 

 

 

 

「ん......だいじょぶ......あ、あのっ......!はじ、め......まして......」

 

 

 

 

純白のお人形がこちらへテケテケと駆け寄ってきた。その動作すらも愛おしく感じた。これが母性というやつなのだろうか。

 

 

 

 

「初めまして〜。挨拶できてえらいねー」

 

 

 

 

「さっきは驚かせてゴメンね!私は上原ひまり、よろしくね」

 

 

 

 

「モカちゃんでーす」

 

 

 

 

「美竹蘭。えっと......伽恋ちゃん、だっけ?」

 

 

 

 

先ほどと同じ要領で名前を予測する。少女はそれにこくりと頷いて、その名前が伽恋であることが確定した。

 

 

 

 

「伽恋は兄弟の中で七番目の妹で三女なんだ。にしても伽恋、なんで塁兄さんにこんなことしたんだ?」

 

 

 

 

「せいにいが斗真とかと......年甲斐もなさそうに......はしゃいでうるさかったから......」

 

 

 

 

「はあ......“また”やったのか?」

 

 

 

 

「ごめんなさい......何回言っても聞かなくて......」

 

 

 

 

「あーいやいや、違うよ。伽恋にじゃなくて塁兄さんに言ったんだ、むしろ伽恋は逆だ。いつもしっかりしてくれてありがとな。コイツにはあとで言っとくから」

 

 

 

 

流誠からのお褒めの言葉に、伽恋が恥ずかしそうにもじもじと身をよじらせる。流誠はそれを愛でるように伽恋の頭を「よしよし」と撫でつけた。

 

 

 

 

本当に良く出来た兄弟関係だ。塁の雑な扱いを見るに多少のヒエラルキー的なものは感じられるものの、こう言うのも勝手だが塁本人もそれは認めてるはず、というよりも流誠達の容赦のなさからして意にも介してないはずだし、本当の意味で気楽にコミュニケーションの図れる理想的な家族となっているようだった。正直、あたしもこんな兄弟愛を目の当たりにされてひとりやふたりくらい同じのが欲しくなった。この兄弟と同じ人数分は、流石にいらない。なにしろ多すぎるから。

 

 

確か流誠も含めて全員で11人兄弟だったか。この前流誠から語られた時には驚きはしたものの、彼にとっての家が孤児院であることを考えると言われてみればな大した問題でもなかった。

 

 

 

そんな衝撃も、今ではそこはかとない好奇心へと昇華している。今のところ会っているのは11人のうち3人、そしてこの3人ですらすでに個性的なのだから、残りの8人がどのような人物像なのか想像するだけでも割と楽しめる。

 

 

 

 

 

早くみんなと会って、話してみたい。

 

 

 

 

「──ご、ゴホン......」

 

 

 

 

「蘭、カゼ?大丈夫?」

 

 

 

 

「あ、えと、大丈夫。ありがとうひまり」

 

 

 

 

「わざとらしい咳ですな〜」

 

 

 

 

「うるさい」

 

 

 

 

ひまりはそうではなかったみたいだが、モカはあたしが咳払いをした本当の理由を察しているみたいだった。

 

 

 

 

「ねえ流誠」

 

 

 

 

「ん?どうした」

 

 

 

 

「あたしだけで自由に散策してみてもいいかな」

 

 

 

 

流誠が眉をひそめる。

 

 

 

 

「えぇ......?これまたどうして?」

 

 

 

 

「べっ、別にいいでしょ!そういう気分なの!」

 

 

 

 

そう、あたしは今『そういう気分』なのだ。流誠が今までどんな環境でどんな人達に囲まれてどんな物語を紡いできたのか、それをひとりで見つけて、じっくりと考え込んでみたい。

 

 

 

もちろんあたしは、それを悟られたくなかった。なんか、恥ずかしいから......

 

 

 

 

「蘭もああ言ってるんだし、ほっといてあげたらー?”そういう気分”らしいしー」

 

 

 

 

「うーん......そうか、わかったよ蘭。でも迷子になっても知らないぞ」

 

 

 

 

「流石にそこまで広くないでしょ」

 

 

 

 

「はっ、どうだろうな。じゃあまた後でな。ほら伽恋、行くぞ」

 

 

 

 

「るいにいは......?」

 

 

 

 

「兄さんがおぶってくよ」

 

 

 

 

「蘭ー!迷ったら連絡するんだよー!」

 

 

 

 

「はいはい」

 

 

 

 

モカの助け舟のおかげで流誠を説得することができ、ひまりの忠告を最後に3人はどこかへと去って行った。おかげでひとりになることができた。故にここからはあたしがどこに行きたいかを自分で決めて、自由に行動することができる。

 

 

 

さて、どこから周ろうか。と言ってもここに来てまだ間もなく、右往左往の状態なので手探りで探索していくほかないのだが。

 

 

とりあえずリビングらしき場所を目指そう。あそこなら一家団欒の場所なだけあって人も集まっているはずだし、何よりその位置もわかりやすいはずだから。

 

 

 

 

「......〜♪」

 

 

 

 

そうしてあたしは鼻歌を歌いながら、軽い足取りで木の床板の温もりと感触を味わいつつゆっくりと歩き始めた。




いかがだったでしょうか。次回は2月1日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!


あと追加で情報なのですが、青藍くんと流誠くんの顔だけのイラスト描いたんで近々それを載せようと思います。そちらもお楽しみに。



それではまた次回お会いしましょう。さいなら!
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