Afterglow〜Episode of Another〜   作:ある@誠心誠意執筆中

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どうもあるです。

バレンタインガチャ30連爆死しました。なんの成果も得られませんでした。


皆さんのガチャ運に神のご加護のあらんことを、心から切にお祈りしております。どうか俺の分も頑張ってください...




ではどうぞ。






第8話 片譚

体の浮くような感覚を拭い捨てて、意識の覚醒を図る。するとずっと重く感じていた瞼も自然と開き始めた。

 

 

 

 

 

「んぅ......」

 

 

 

 

 

浮遊感の代わりに纏わり付いた疲労感を鬱陶しく感じながらも、目の前の光景を把握しようとする。

 

 

 

まず真上には知らない天井があった。さらにその視界の端には、燃えるような赤髪が持ち主の動きに合わせて静かに揺らめいていた。

 

 

 

 

 

「おおつぐ!起きたか」

 

 

 

 

 

「巴ちゃん」

 

 

 

 

 

こちらを向いて目を見開く巴ちゃんは、どこか心配している様子だった。だが無理もない。何せ私は、先々行く流誠くんを追いかけようとして、その疲れから意識が朦朧としているうちにこくりと眠りに落ちてしまっていたのだから。

 

 

 

 

 

「ごめんね、心配かけて......疲れて気分が悪くなって寝ちゃってたみたい。性懲りもなくツグっちゃったせいで」

 

 

 

 

 

「はは、ツグってるって自分で言うかそれ?でもそのくらいの冗談が言えるのなら大丈夫そうだな。いやーよかったよかった!」

 

 

 

 

 

「えーっと、ここって......?」

 

 

 

 

 

もちろん見慣れないというのは天井だけではなかった。この小さなおもちゃ箱のような少し散らかった部屋。もう少し注意深く周囲を観察してみると、何やらトロフィーや賞状のようなものが乱雑に飾られているのが見えた。

 

 

そんな奇怪にも見えるここが一体どこなのか巴ちゃんに聞いてみると、少し躊躇ったように頭を掻いたあと、こう答えられた。

 

 

 

 

 

「......『リュウ』の部屋だ」

 

 

 

 

 

「────......うん?」

 

 

 

 

 

今、なんと言った?リュウノヘヤ?リュウ、というのはなんの『リュウ』なのだろうか。ドラゴンの“竜”か?もしくは”柳“か?にしてもどちらともこの部屋を形容するには不相応としか言いようがないようにも思えるが......

 

 

 

竜のように勇ましくもなく、柳のように優美でもないこの部屋は、一見してどの家庭でも見られるようなありふれた雰囲気がとても印象的だ。無駄にかっこつけたように言い表すよりも、ここは無難とだけ言ってやればそれこそちょうど良いだろうに。

 

 

 

 

だとすれば、巴ちゃんの言っていた『リュウ』とは一体何なのだろうか。そうして相次ぐ疑問の浮上に懊悩していると、巴ちゃんが何やらガサゴソと部屋を物色し始めた。

 

 

 

 

 

「にしてもスゴいよなあ、こんなにトロフィーとかとっててさ」

 

 

 

 

 

「あわわ......ダメだよ巴ちゃん!知らない人の部屋でしょ、ここ!」

 

 

 

 

 

我がもの顔で部屋に飾られた品々を手に取るともちゃんに自らがどれだけ罪深いことをしているのかを自覚してもらうべく、少々強気に注意する。しかしその結果は意外にも意外だった。

 

 

 

 

 

「知らない人?何寝ぼけたこと言ってんだ?」

 

 

 

 

 

「ふぇ?」

 

 

 

 

 

意表を突かれたあまりに、思わず阿保っぽい声を漏らしてしまった。

 

 

どういうことなのだろうか、この部屋が私も見知っている人のものというのは。

 

 

 

 

 

そんな私の抱える数々の疑問のうちのひとつを知ってか知らずか、巴ちゃんがまた声をあげた。

 

 

 

 

 

「だからここは『リュウ』の部屋だって」

 

 

 

 

 

「りゅ、リュウ......?」

 

 

 

 

 

またリュウだ。謎は謎のままだったが、とはいえこれでようやくわかった。聞いたところリュウというのは形容詞ではなく名詞らしい。私も知ってる人の部屋......つまり『リュウ』は人物名となる。

 

 

 

 

しかしそんな名前の人なんて私の知り合いにいただろうか?熱弁する巴ちゃんには申し訳ないが、思い当たる節は何も────......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっ。

 

 

 

 

 

「......えっ」

 

 

 

 

 

脳内に舞い降りた思わぬ展開に、思わず頭を抱える。無いと思われた可能性が、実はあったのだ。

 

 

 

 

しかしどうだろうか。いやでも、もしそれが現実だとして私は......いやそんなことは......でもでも、先ほどまで私が寝息を立てている時に覆っていた、嗅ぎ慣れた匂いをほのかに忍ばせたこの毛布はもしや────。

 

 

 

 

 

「ね、ねえ、巴ちゃん......」

 

 

 

 

 

「ん?なんだ」

 

 

 

 

 

未だにトロフィーをまじまじと見つめる巴ちゃんが、私の声に反応する。おそらく彼女の手に握られているそれも、『彼』のものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

”都総体 100m走 準優勝“。

 

 

 

土台の部分にあしらわれた文字を見ながら、私はまたひとつ質問を投げかけた。

 

 

 

 

 

「この部屋、もしかして流誠くんの......?」

 

 

 

 

 

答えを待つ。......隙もなく、巴ちゃんからは間髪入れずに返答された。

 

 

 

 

 

「ああ、だからそう言ってるだろ」と。

 

 

 

 

 

巴ちゃんの繰り返していた『リュウ』は、彼女の流誠くんの呼び名である『流』だった。

 

 

 

 

 

 

 

......この部屋は、あの金色のトロフィーは、このどこか落ち着く匂いをふわりと漂わせている毛布は。

 

 

 

部屋の悉くが、『流』のものだった。

 

 

 

 

 

「──きゅうっ」

 

 

 

 

 

恥ずかしさのあまり頭に血がのぼり、赤面してしまった。次第に頭が回らなくなって自由の効かなくなった体は重力に従うがままに敷き布団目掛けてダイブし、間も無く意識が遠のいていく。

 

 

 

 

その数秒前。巴ちゃんのヒステリックで野太い驚声と倒れゆく私の身を優しく包む無駄に肌触りの良い毛布がとても印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ......はぁ......!」

 

 

 

 

 

乱れた息を整えようと口から肺へと酸素を送り届け、肺から口へと二酸化炭素を吐き出していく。鼓動は未だに早いままで金切音のような耳鳴りもひどく鬱陶しいが、今はそれどころじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───”今の”は、一体......

 

 

 

 

 

「はぁっ......もう......いないよね?」

 

 

 

 

 

壁によりかけた背中を起こして、側にある角からその先に見える部屋のドアの前へと慎重に顔を覗かせる。

 

 

 

......誰もいない。どうやら”ヤツ”は消えたようだ。その事実を知った今、あたしの両肩に重くのしかかっていた緊張感、恐怖感、その他諸々の負の感情は、一時的にだが彼方へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

「ふぅ────っ......」

 

 

 

 

 

安堵に胸を撫で下ろす。ここまであたしを追い詰めたあんなエンカウントを、よりにもよってこんな迷宮染みた一軒家もどきの豪邸で遭うことになるとは......あたしの命運ももう尽きたのかもしれない。

 

 

 

あんな......血塗れの鬼の形相との邂逅だなんて。

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

思い出しただけでも身の毛がよだつ。寿命の約半分はアレのせいで削られた、そのくらいヤツから受けた恐怖はすさまじいものだった。

 

 

 

紅の斑点の目立つエプロンに、片手に握られた銀色の銃口、あとはえらく長い前髪のせいでよく見えなかったが......いや、その逆か。それによってできた影のせいでより際立った、その奥に潜む隻眼に気付いた時には、あたしはそこから後方にあったこの角まで一歩。二歩。三歩、四歩、五歩六歩と、さながら”G”のような足捌きで後ずさった。

 

 

 

 

そして今のあたしがいる。こうして息をし、心臓を動かし、血を巡らせて現界を目にすることができている。

 

 

であれば今度は死ぬ思いで繋いだそれを生かしていくためにも、こんな死気に満ちた場所からは早々に立ち去らねば。いつヤツが踵を返してこちらに帰ってくるかなんて誰も予想つかないし、なら多少の危険を冒してでも探索を続ける価値はある。

 

 

何しろここは流誠の家だ。彼はもちろん、今ならモカやひまり、巴、今はまだうなされているだろうがつぐみだっている。加えて先生などの流誠の家族だ。そんな心強い仲間達が同じ屋根の下にいるわけだし、いくらその広さが舌を巻くほどとはいっても、遭遇することは想像以上に容易であろう。出会えば匿ってもらえるはずだ。

 

 

 

 

 

......今はその可能性を信じるほかない。

 

 

 

 

 

「──よしっ」

 

 

 

 

 

かっと目を見開き、万が一のことのためにも臨戦態勢をとる。無骨だが、こうして少し腰を低く屈ませておけばいざという時には自らの渾身の一撃を喰らわせることができる。いくら殺人鬼とはいえ、小柄な体格である女性から繰り出される咄嗟の攻撃には目を剥くだろう。そこで怯んだ隙に、あたしはそそくさと逃げればいいだけのこと。

 

 

しかしちょっと心配なのが、そのトリガーは自らの気持ち一つという点である。でもまあ問題ないだろう。力んだ態勢のおかげか、今なら体だけでなく心までもが芯から固くなったような感覚だ。

 

 

 

......いける。今なら何でも轢き倒せる。

 

 

 

 

 

「......ッ!」

 

 

 

 

 

そしてあたしは、未知の世界へと再び足を踏み出していった。もう何でもこい。どんとこい。あたしが全部受け止めて、そしてなぎ倒してやるから。

 

 

 

がむしゃらに踏み出して跳躍した勢いをそのままに角を曲がる。そしてあの忌々しい部屋の前を通り過ぎようと────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......あれ?なんでまた元の道に戻ろうとしてるんだ、あたし。

 

 

 

 

そんなことがふと脳裏によぎった瞬間。それは、殺人鬼の出てきた部屋を通過した瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───永遠に感じられた廊下に、真後ろから聞こえてきたドアの開かれた音が不気味に、そして虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー?モカねーちゃんって“てんさい“ってやつなの?」

 

 

 

 

 

「そのとおり〜。このモカちゃんにかかればどんなことでもお茶の子さいさいよー」

 

 

 

 

 

「おー!おちゃのこー!」

 

 

 

 

 

「さいさーい!」

 

 

 

 

 

賑やかな談笑に取り巻かれながら歩みを進める。とりあえず風呂場などの大まか部屋は一通り案内し終わったので、次は寝室まで案内しなければ。

 

 

 

にしてもこの短時間で暴れ馬で有名な最年少組の手綱を見事にコントロールするとは......モカの技量には悔しながらも感服せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

と、ここで雷オヤジのような怒鳴り声がけたたましくあがった。

 

 

 

 

 

「コラ3人とも!さっき会ってまだ間もないってのにそんな馴れ馴れしくしたらダメだろ!初対面の人には行儀よくしろ!」

 

 

 

 

 

「さっきまで俺の背中でのびてたお前も人のこと言えないけどな」

 

 

 

 

 

「うぐ......あれは元はと言えば伽恋が──」

 

 

 

 

 

きまり悪そうに頭を掻く塁に対して、伽恋は怯まず訝しげにジト目で訴えかけた。

 

 

 

 

 

「ヒッ......!」

 

 

 

 

 

「あれは......るいにいが悪いの......あんな大声で叫んでたら......みんなに、迷惑......!」

 

 

 

 

 

「わわわわかったわかった!な?とりあえず一旦落ち着こう伽恋さん!」

 

 

 

 

 

「はあ......悪いな2人とも。弟がこんな情け無い姿晒して」

 

 

 

 

 

プライドもくそもなくへこへことゴマをする塁に代わってモカとひーちゃんに頭を下げる。するとモカからは「おもしろいしいいよー」と言われ、ひーちゃんからは枯れた笑い声が返ってきた。

 

 

見たところひーちゃんに関してはショックが大きそうだった。気絶する前の塁への第一印象はイケメンだったのに、今となっては真逆の印象を抱いているのが彼女の顔や態度から薄々感じ取れる。これでは失望も良いところだろう、ああかわいそうに。

 

 

 

 

しばらくしたのち、ひーちゃんが「そういえば、」と突然切り出したした。話題の転換でもしようと思ったのだろうか。

 

 

 

 

 

「ねえ伽恋ちゃん、お絵かきが上手ってホント?」

 

 

 

 

 

「え......?そ、そんなに......上手くないと思う......じゃなくて、思いますけど......?」

 

 

 

 

 

「お兄さんがさっき言ってたよ?伽恋は絵がすごい上手なんだーって!」

 

 

 

 

 

「えへへ......ありがと......ございます......今度、何か絵でも描きましょうか......?」

 

 

 

 

 

「ホント!?ありがとー!うれしいよ〜」

 

 

 

 

 

ひーちゃんもなかなか親睦を深めることができているみたいだった。そしてその相手である伽恋も、あの騒音トリオ(塁を添えて)と打って変わって一輪の百合の花のような粛々とした正しい態度で話の輪を広げていた。

 

 

 

しかし、こうして幼馴染と家族達の仲睦まじくやりとりをする姿を見るのはやはり嬉しい思いに尽きる。相性も悪くなくすぐ打ち解けられたみたいなので安心した。

 

 

 

 

 

 

......コイツを除いては。

 

 

 

 

 

「なあ塁、お前もうちょっと絡んでけよ」

 

 

 

 

 

「は、はあ!?なんでだよ!別にしなくたって......」

 

 

 

 

 

「まったく......そんななりしてるくせにコミュ障なのも大概にしろよな」

 

 

 

 

 

「う、うるさい!俺の勝手だろ!」

 

 

 

 

 

流石に二度目の塁の怒鳴り声に関心が向いたのか、塁が敬遠していた2人が一斉に、塁のほうへと顔を向けた。

 

 

 

 

 

「お、どしたの塁くーん」

 

 

 

 

 

「えっ。ああ、いやあその......」

 

 

 

 

 

「ほら、シャキッとしろシャキッと」

 

 

 

 

 

「んなこと言っても......」

 

 

 

 

 

どうしてこうも内気になるのだろうか。初対面といえども少し話をするだけで十分なのに。それにそこらへんの躾ならとうの昔にしているはずだが......詰めが甘かったか。

 

 

 

 

 

「よしわかった。塁、後で俺の部屋に来い。みっちり仕込んでやるから」

 

 

 

 

 

「えっ!?なんで......」

 

 

 

 

 

「察しろ」

 

 

 

 

 

「ちょっと流誠、何する気?......はっ!まさか、やっぱり”その気”なんじゃ───」

 

 

 

 

 

「だからそれは違うって......!」

 

 

 

 

 

 

 

ひーちゃんが掘り返してきたので目つきを尖らせた。そんなこと言ってみろ、またモカが──......あーあー、そらみろ。さながら醜悪な悪魔のように怪しげに口角を吊り上げているではないか。

 

 

 

 

 

「へぇ〜?やっぱりねぇ〜?あー、こりゃ一体ナニする気なんだろうねぇ〜」

 

 

 

 

 

「はあ......ひーちゃん?」

 

 

 

 

 

「あっ、な、なんか......ゴメン......」

 

 

 

 

 

まあら過ぎたことをどれだけ憎んで後悔しても仕方ないし、それは俺が今日に至るまでの過程で嫌というほど実証済みである。

 

 

ここは大人しく引いた方が良さそうだ。

 

 

 

 

 

「はあ......もういいよ別に。それじゃあ、2人はこの先の階段の上った先にある寝室に向かって荷物を置いてきてくれ、そしたらまた一階のリビングに来るように。夕食用意してるから」

 

 

 

 

 

「え!?まさか流誠手作り?」

 

 

 

 

 

「朝ちょこっと一品だけ手加えただけだけどな」

 

 

 

 

 

「わーい。せいくんのごはーん」

 

 

 

 

 

ビンゴ。やはり人間、それも学生。日々の学業や成長期で募りに募った食欲には誰も逆らうことなんてできないのだ。

 

 

 

とりあえずこれで話を脱線させることができたし、針の筵から解放される。やはり飯を餌にして正確だった。

 

 

 

 

俺はくるりと軽い足並みで踵を返した。

 

 

 

 

 

「それじゃあ俺はつぐちゃんとともちゃんと蘭迎えに行ってくる。塁と伽恋と、そこ3人組!オイ聞いてんのかお前ら!つかはしゃぐな!」

 

 

 

 

 

「「「あいさー!」」」

 

 

 

 

 

「今日は晃と陽菜が当番だったか......2人が食器とか準備してるだろうけど、今日は人数も多いし大変だろうから、そっち手伝いに行ってやってくれ」

 

 

 

 

 

「ん......」

 

 

 

 

 

「タダ働きかよ......」

 

 

 

 

 

「あ?文句あんのか?」

 

 

 

 

 

「いいえ何も!誠心誠意手伝います!」

 

 

 

 

 

「ハッ......じゃあ頼んだぞ」

 

 

 

 

 

返事を聞き届けたところでその場から離脱する。そしてモカとひーちゃんは二階へ、塁達はキッチンの方へと、皆も行くべき場所へと移動を始めた。

 

 

 

とは言っても、階段の下の小部屋が俺の部屋なわけだから二階組とは少しだけ道中を共にするのだが。

 

 

 

 

 

「そういえば料理って、流誠は何作ったの?」

 

 

 

 

 

「教えたら面白くないだろ」

 

 

 

 

 

「むー!流誠のいじわる!」

 

 

 

 

 

「ケチンボー」

 

 

 

 

 

ひーちゃんはともかくモカのケチンボという酷称がどうにも気に入らなかったので、仕方なくヒントを出してやることにした。

 

 

 

 

 

「後でのお楽しみだってのに......じゃあ代わりにヒントやるよ。───それは、”赤”だ」

 

 

 

 

 

「「赤......?」」

 

 

 

 

 

2人が揃って首を傾げる。しかし俺から見れば、彼女達がどんな料理かを予想しているかなんて手に取るようにわかる。さしずめ赤という単語を聞いてミネストローネなどトマト系の料理を思い浮かべているのだろう。

 

 

 

 

が、残念ながらそれは違う。

 

なのでもうひとつ、ヒントをくれてやることにした。

 

 

 

 

 

「まだわからないみたいだな。おまけに言うけど、そいつは野菜でもあり果物でもある......これならもうわかるだろ」

 

 

 

 

 

「わかんないよー!」

 

 

 

 

 

「ははーん、なるほどね〜」

 

 

 

 

「え、モカはわかったの?なになに?教えて」

 

 

 

 

 

ひーちゃんがようやく察しのついた様子のモカを問いただすも、「さあね〜?」とのらりくらりと巧みに躱されるだけだった。するとひーちゃんがあからさまに頬をぷくーっと膨らませてみせた。そんないつも通りのばかばかしい光景に、俺も表情を綻ばせる。

 

 

 

 

 

 

 

──その時だった。

 

 

 

 

 

「......って、あれ?」

 

 

 

 

 

ひーちゃんが何かに感付いたかのように目を丸くさせる。その大きく見開かれた視線の先を見てみるも、その先には階段への上り口がちょうど見えてきただけだった。

 

 

 

でもまあ、それも当たり前か。

 

 

 

 

 

何せひーちゃんが疑問符を浮かべた要因であろう足音は、その階段の少し上から聞こえてきていたのだから。

 

 

 

 

 

「足音ー?」

 

 

 

 

 

「ああ、階段からだな。誰だろ」

 

 

 

 

 

ギシッ、ギシッと、その音の主がしっかりと地面を捉えているのがわかるくらいに不気味な足音。それがゆっくりと、着実にこちらへと距離を詰めてくる。

 

 

 

 

 

「な、何かコワイ......」

 

 

 

 

 

「まあ落ち着けって、幽霊なんかじゃあるまいし」

 

 

 

 

 

確かにこんな怪しげな音だけ聞けば、幽霊だとかそういった恐怖の具現体を想像するのも無理はないと思うが、どうせ九分九厘違うに決まってる。幽霊なんていう存在自体...このあいだの夏の学校探検の一件のおかげで一概に言い切ることはできないが、まずありえない。さしずめこの足音の正体は、上で暇を潰してた他の兄弟か、もしくは探検中の蘭のものか。いずれにせよ、恐れることなど何もないではないか。

 

 

 

 

 

にもかかわらず、ひーちゃんは未だに怯えた様子だった。隣のモカもまたよからぬことを考えている表情をしていて、両者共々理由は違えど、その事実を受け入れる気はなさそうだった。

 

 

......仕方ない。俺だけでも挨拶してやろう。そう意気込んで、一歩、また一歩と階段のほうへと詰め寄った。すると次第に、揺れる赤色が二階から降りてくるのが見えてきた。どうやら、『後者』の方らしい。

 

 

 

 

 

「なんだ、やっぱり蘭じゃないかよ。ひーちゃん驚かすなよな」

 

 

 

 

 

よくもややこしくさせてくれたなと淡々とこちらへと近づいてくる蘭に愚痴をこぼす。しかしこれはかえって探す手間が省けたということにもなる。

 

 

いやあ、ならよかった。孤児院の中は最年長の俺でも時々戸惑うほどめんどくさい構造をしているので、もし探すとなると億劫になるのが正直な話だ。離脱を提案したのは彼女自身だが自分から帰ってくるとは思っていなかったので、相対的に蘭はお手柄である。

 

 

 

 

 

「今から飯食うぞー。探索は後にしてこっち来とけよ」

 

 

 

 

 

ご褒美の夕食、とまでは言わなかったが呼びかけてみた。だが蘭からの返事は無く、不気味な足音を響かせるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

......そういえば、なんでさっきから黙ったままなのだろうか。会話なら十分にできる距離のはずなのに、まさか体調を崩してしまってそれどころじゃないのだろうか。

 

 

 

そんな予感が脳裏をよぎり心配になったので蘭の方を凝視してみると、覚束ない足取りをしていたことが判明した。暗がりからゆらゆらと頭を垂れて降りてきていたように見えたのはそのせいだったのか。今ようやくそのことに気が付くことが────......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......あれちょっと待って?なんかアイツ、足浮いてね?

 

 

 

 

 

「は?......は?」

 

 

 

 

 

「んー?せいくんどした......って、何あれー?」

 

 

 

 

 

「え、なんで2人とも固まって────」

 

 

 

 

 

俺の反応に興味を示した2人がこちらに駆け寄ってきて、同じ方向を見た。そして、同じ反応を見せた。

 

 

 

 

 

なんだアレは、なぜ浮いているのだ、と。

 

 

 

 

 

「キャアアアアアアアアア!!!!!おばけ!!!おばけええええ!!!!!!」

 

 

 

 

 

「おー!すごーい、なんか蘭が浮いてるー」

 

 

 

 

 

「落ち着けふたりとも!」

 

 

 

 

 

騒ぎ立てる2人を落ち着かせようと呼びかけるが、これに至っては致し方ないとしか言いようがない。こんな異様な光景を目の当たりにしたら、誰だって取り乱し必至だ。

 

 

 

 

 

 

──今、俺達の目の前には暗闇で宙に浮いている蘭がいる。その目を疑うほどの事実にまた、俺たちも立ちすくんでいるのだ。本当に何なのだこれは......そんな疑問を抱きながら。

 

 

 

と、モカが何かに気がついたのか、突然「あっ」と声をあげた。

 

 

 

 

 

「なんかよく見たらもうひとりいるよ〜?」

 

 

 

 

 

「は?何言って──」

 

 

 

 

俺の視界に映っているのはあの赤いメッシュだけだ。気が動転してとうとう目も狂ったかというモカに対しての疑念を抱きつつも、指された方へと意識を集中させた。

 

 

 

 

 

しかしそこには......蘭の隣には確かに、もうひとりの影がうっすらと見えていた。

 

 

 

 

 

「もも、もうひとりおばけが......!?」

 

 

 

 

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 

 

 

 

親を求める赤子のように手を強く握ってきたひーちゃんの手を、俺もまた握り返す。今度の”幽霊”はちゃんと地に足を着かせていた。

 

 

 

 

 

 

......いや待て。よく見たら蘭も、アイツに担がれているだけじゃないか。別に浮遊しているわけでもないし、そう見えた要因であったアイツが今まで見えなかったのも、服装のせいだったのかもしれない。

 

 

 

黒を基調としたフード付きのつなぎに重ね着されているのは、白のエプロン。そこには血痕にも似た赤色の斑点が点々としてあった。

 

 

 

 

 

 

そこから俺は、一つの予想に至った。

 

 

 

 

 

「ああ、───......なるほどな」

 

 

 

 

 

一見殺人鬼の様相の小柄な少年が、階段を降りるごとにその漆黒を灯りへと露わにしていく。その過程で気づいたことがあるのだが、彼のエプロンの襟元には銀色の目立つエアブラシが掛けられていた。

 

 

 

 

 

 

そして予想は、一つの確信へと変わった。

 

 

 

 

 

「やっぱりか......ひーちゃんひーちゃん」

 

 

 

 

 

「なに......?もういなくなった?」

 

 

 

 

 

ひーちゃんが俺の背後からひょこっと顔を覗かせる。そんな期待の籠った視線に俺は嬉々として首を振った。

 

 

 

 

 

「いや、まだいるけど」

 

 

 

 

 

「もお〜!じゃあなに〜!?」

 

 

 

 

 

さっと首を再び引っ込めたひーちゃんをまあまあと手仕草で宥めながら、俺は少年の方へと向き直った。

 

 

 

 

 

 

少年は────凌太はもう、階段を降りきってその場に足を留めて立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

「よう凌太。どうだ?塗装の調子は」

 

 

 

 

 

「まだ途中で終わってねぇし最悪だよクソが。今日はどうも騒がしいと思って部屋から出てみたら“コレ”だし、一体どうなってやがんだよクソ」

 

 

 

 

 

相変わらず粗暴な口振りで眉をひそめると、凌太は蘭を担いだ腕を持ち直してから俺の後ろにいるモカとひーちゃんの方に睨みをきかせた。

 

 

 

 

 

「......そっちもお仲間サンかよ、クソ」

 

 

 

 

 

眼帯を掛けてもなおその奥の紺青の威光を失わせることなく、失ったはずの片目をも爛々と輝かせる凌太は、この場の和んだ空気を凍てつかせるには十分過ぎるほどの立役者だった。

 

 

 

 

 

それから蘭が目を覚まし、近くにある俺の部屋からつぐちゃんとともちゃんの2人が出てきてちょっとした騒動になるのは、また少し先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

そんな波乱の予兆を前にあまりにも無力だった俺は、ただただ肩をすくめるほかなかった。




いかがだったでしょうか。次回は2月4日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!


さてさて。前回話した青藍くんと流誠くんの似顔絵ですが、上記と同じ日程に載せたいと思います。そちらもお楽しみにしていてくださいませ。



それではまた次回お会いしましょう。さいなら!
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