Afterglow〜Episode of Another〜 作:ある@誠心誠意執筆中
それでは()本編、どうぞ。
烏合の衆、という言葉がある。我らが広辞苑によると規制も統制もない群衆、または軍勢のことをそう呼ぶらしい。有り体に言えばバカの寄せ集めで、最近ではなんの専門知識も持ち合わせていない輩がおごり高ぶって建築物の構想を練ったり、化学実験の手順や方法など考えたり、そんな荒唐無稽な状況に用いられることがよくある。
馬鹿げた話だ。自分の力量及び技量を見誤って、進んで手に余る仕事を平気な顔して無謀にもこなそうとするのだから。彼らはもう少し利口になることはできないのだろうか。
「───なあ?」
「何が『なあ』、なの」
蘭からキッと睨みをきかされたので、俺は肩をすくめた。
「いやあ。いつになったら諦めるのかなーと思ってな」
「せい兄があんなこと言うからだぞ」
「あたしたちにも引き下がれない戦いってもんがあるの。止めたって遅いよ、もう火がついちゃったもんねーだ!」
蘭の横に並ぶ晃と陽菜からの追撃を受けて、すくめる肩も呆れ果てて元に戻した。
このくらいの料理お前らでも作れるだろうと、俺がキッチンに寄った際に暇つぶしにちゃちゃっと仕上げてみせた味噌汁を前に冗談で言っただけなのにコイツらときたら......よもやここまで頑固、言い方を変えると聞き分けの悪いガキとは思わなかった。
そんなにカチンとくるものだったのか、はたまたここまでして自分たちの料理の下手さをひけらかしたいだけなのか。後者に至っては今まさに目の前で起こっている惨状の通り、一切のメリットも見受けられないが。
「なら勝手にしろ。ただ後片付けはちゃんとしとけよ。流しに雑に置きっぱにしたフライパンとか、あとそこの......なんだ?ダークマター?みたいなナニカも」
「はあ?ちょっと、自分から喧嘩売っておいて逃げる気?」
「蘭さんの言う通りだ。僕たちの料理食べてもらわなきゃこっちの気も済まないし」
「あ、ちょっと!せめて味見してよっ!あたしたちの味を!」
冗談じゃない。俺は人数分に注いだ味噌汁をお盆に乗せて、それを担いてからそそくさとその場を後にした。あんなモノ、とてもじゃないが料理とは呼べない。何かの儀式道具とか、そっち系の名前で呼んでやった方が身の丈に合っているのではないのだろうか。それこそ先ほど俺がおもむろに口にしたダークマターとか。
目に映るブツと焦げくさい臭いから逃げるようにリビングへと向かう。するとそこにはすでに、キッチンにいる3人以外の全員が食卓についていた。
先に用意された先生の料理を前によだれを垂らす斗真、圭人、亜香里。そいつらを慎重に、腕組みしながら監視する塁。その隣には伽恋が座っていて、そのさらにその隣にはいつの間にか璃空が顔を並べていた。そこから席は二つ空いて、対して反対側にはつぐちゃんにともちゃん、ひーちゃん、そしてモカが弟妹たちとの談笑に顔を綻ばせている。もちろん、人見知りの塁や自室に料理を運んでいった凌太はその輪の中に入り組むことはできていないが。いつかはアイツらにも蘭たちと仲良くしてもらいたいところだ。
弟妹たち(主に斗亜圭トリオ)の妨害を払い除けながら味噌汁を食卓に配り終えると、ちょうど全員を見渡せる真ん中の位置に座った先生の掛け声があがった。
「さっ!それじゃあそろそろいただきましょうか」
それを聞き届けたのかキッチン勢がいそいそとリビングに戻ってきた。彼らの雰囲気的に......というかそれを見ずともわかりきっていたことだが、やはり失敗に終わったようだった。
例の3人が席についたところで、先生がこちらに目配せをしてきた。
「全員揃いましたね?」
「ひー、ふー、み、......はい、ちゃんといますよ」
折り曲げた指を見せながらそう答えると、先生も満足げにうんと首を頷かせた。それから彼女は、「みんな静かにー!」と手をパンパンと叩きながら席を立ち上がった。
夕食前の恒例行事──“家族会”の始まりだ。
「今日も一日お疲れ様でした!金曜日ということもあってみんなお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みなさいね......と、言いたいところなのだけれど」
先生は含みを込めた口振りをして自らの口に指を当てると、とある方向へと視線を流した。その先には、周囲から一身に注目を浴びてきょとんとした様子でいる幼馴染達の姿があった。
「あ、あたしたち......?」
「正解ー!なんと今日は、流誠のお友達がお泊まりに来てくれていまーす!」
「「「わーい!」」」
「はあ......で、それが何だっていうんですか」
隣のバカ騒ぎするトリオと打って変わってドライな反応を示す塁に対し、先生は爛々とした表情でこう答えた。
「みんなも知ってるでしょうけど、うちにお客さんが来ることとか誘うことなんて滅多にないでしょう?」
「そりゃそうでしょ、こんなうるさい人が親だなんて知られたくないだろうし」
「晃、空気読め」
「でも、今日はそんな珍しいお客さんが来ているのよ?これはもう私たち家族にとってもお祭りのようなものです!学校のこととかで疲れているでしょうけど、そんな疲れも吹っ飛ばすくらい一緒に楽しみましょう!以上っ!」
先生はそれだけ言い残すと、ストンと自分の席に腰を下ろした。先ほどのスピーチの全容を聞いた兄弟のほとんどは楽しみそうな表情を見せていたが、俺の両隣に座っている幼馴染達は、無論困惑の色を隠せずにいた。
「あはは......先生って面白い人なんだね」
「不思議ちゃんだね〜」
「はあ......なんか、みんなごめんな」
先生の豪放磊落な性格は別に嫌いではないが、こうやって他人を勝手に巻き込んでいくスタイルだけは何が何でも控えてもらいたい。その後始末をするのはいつだって、俺や塁などの年長組なのだから。
「すみません皆さん、うちの母が......」
「大丈夫だよ、晃くん。別に謝らなくたっていいって。なあひまり?」
「うん!私たちこそみんなと楽しく過ごしたいし、むしろウェルカムって感じだよ」
「仲良くしようとするのはいいけど、まさか歌詞作りのこと忘れてないよね?......まあ、あたしも別に少しだけなら遊んであげてもいいけど」
「みんなぁ......!ほんとありがとな!」
皆の寛容な心に触れて、思わず声を震わせる。やはり持つべきものは真なる友情というべきか......いやはや、我ながらよくこれほどの貴重な存在と巡り合えたものだ。
......と、胸に手を当てて物思いに耽っているところで大事なことを思い出した。
「って、いかんいかん。いつまでも長話してたらせっかくの飯が冷めちまう」
「ふふっ。流誠、さっきの顔かわいかったですよ?」
「あー、それわかりますー」
「あら〜、モカちゃん気が合いますね。この子滅多なことがない限りあんな笑ったりしないから尚更ですもの」
「ですですー」
右隣と斜め前からこちらを見貫いてくる醜悪な笑みを無視して手を合わせる。それに続いてパンッと響き良い音がいくつが鳴ったところで、お決まりのヤツを提唱した。
「手を合わせましょう」
『できました!』
「......合わせてから言うんだ」
「うるさい、間違えたんだよ......いただきます」
『いただきます!』
動揺したせいできまり悪い挨拶となったが、なんとか締めることができた。
カチャリ。カチャリ。食器同士が擦れた際にたつ金属音のような気味の良い音が、静かにリビングに鳴り響き始める。それをBGMに俺たちはまた、談笑に入り浸り始めた。
▼
「......ふい〜」
アツアツに熱せられた湯船に腰を下ろし、身体中に幸せがじわじわ染み渡っていく感覚を味わいながら長いため息をついた。
「ふふ......モカさん......おじさんみたい......」
「言ったな〜?そんな子にはおしおきだー。それー」
「きゃ......!」
伽恋ちゃんの華奢な肢体をひょいと持ち上げ、幸せの源泉へと放り込む。その際生じた波に隙を突かれ、無防備だった顔に衝撃を加えられた。
「ぷはーっ!いやー、どの家庭でもやっぱりお風呂は気持ちがいいですなあ〜」
「ぷるぷる......モカさんやりすぎです......」
「これくらいがちょうどいいのー」
大人の嗜みというものをわからせてやろうという体で身振り手振りで弁解しようとするも、伽恋ちゃんには全てお見通しなのか、「はいはい」と軽くあしらわれるだけだった。
世間一般的なおじさんがしているであろうような身振りで、湯船の縁に両腕を置く。それからふ、と昇っていく湯気を辿りながら天井を見上げた。
こうして上に......空に顔を向けるのはあの日以来か。
「────」
熱で昂ぶった鼓動に耳を澄まし、おぼろげな視界から目を瞑り、脳裏であの夕焼けをぼんやりと思い出した。
忘れもしない。忘れられない。いつもあたしを見下ろしてるような普段の夕焼けじゃなくて、もっとこう心臓とかをぐっと掴みとってくる、そんな特別なもの────。
......ああ、そうだ。
蘭の決意に、あたしはまだ揺れているんだった。
変わらないために変わろう。そう豪語してやまない蘭に、迷わずうんと頷いていたみんなが本当に羨ましい。どうすればそんなに強くいられるのかをぜひとも教えてもらいたいところだ。......なんて、そう切り出す勇気すらあいにく持ち合わせていないのだが。
「......にしてもほんと意外だな〜」
「え......?」
「せいくんだよー。よくあんな大人数の下の子の面倒を見ることができるなーってさ」
気分転換兼この機会なので、伽恋ちゃんからの兄への評価を話題に振ることにした。
「して、そのうちのひとりである伽恋ちゃん。君の彼に対する意見を聞こうじゃないかー」
「えぇ、いきなりそんな......え、えと......せいにいは......優しくて強いし......ちょっと、ふざけたりもするけれど......でもやっぱり、他の人のことを優先するから......みんな、慕ってるんです......」
「ふむふむ。伽恋ちゃんはせい兄さんのこと、すきー?」
「うん......!だいすき......♪」
「そかそか〜。せいくん、モテモテだなー」
やはりせいくんはせいくんのようだ。蘭ほどではないがちょっぴりコワモテで、でもなんやかんや世話焼きでみんなからも尊敬されて、愛されて。
......でも、その人格は“最初から”そうだったのだろうか。
「......あのさ伽恋ちゃん。もひとつ聞いてもいいかなー?」
「え......?はい......大丈夫です......」
「ここに来たばかりのせいくんって、どんなだった?」
「......」
あたしの質問を聞き届けると、伽恋ちゃんの陽だまりのような笑顔は一変して、虚を突かれたような表情へと変わった。
「それは......私にもよくわからないんです......私はここに来てまだ......3年くらいしか......経ってないから......」
「あー、そうだったんだねー」
「あっ......!えと......すみません......お役に、立てなくて......」
申し訳なさそうに風呂の中でぶくぶくと泡を拭く伽恋ちゃんの頭を「いいよ別にー」と優しく撫でつけてやった。仕方のないことだ。いくら家族とはいえ、そこまで手が回るほど気にすることでもないのだから。
「でもどうして......急にそんなことを......?」
頭上にあたしの手を載せたまま、今度は伽恋ちゃんから質問されたので、あたしも正直に答えることにした。
「せいくんが記憶喪失だっていうことは流石に知ってるよねー?」
「それはもちろん......ですけど......」
「なら話が早ーい」
姿勢を整え声色を低くし、本音を打ち明ける。
「さっきも言ったけど、せいくんって記憶喪失じゃん?だから昔の記憶はほとんどリセットされちゃってるわけだし、その中に自分も含まれてるだろうし────」
記憶が無くなる前......そのころから“せいくん“は優しくて、いつもあたしやみんなのことを気にかけてくれていた。その人格は今となっても引き継がれ、口の利き方や態度こそ昔のような温厚さとはかけ離れたものとなったが、時が経っても、記憶が無くなっても、根本的にいえばせいくんはせいくんだった。
でもそれはあくまでも、あたし達がせいくんと再会した時から見てきたせいくんに対しての印象であって、それより以前の『彼』の姿は皆知らないままだった。正確に言えば、そのことについて聞き出すことが上手くできなかったというのが正しいか。
要するにあたしは、その姿とやらについて話を聞きたかったのだ。今までせいくんがどのように『自分』を保とうとしてきたのか、本当に変わらないために変わろうとしたのか。
それら全てを伽恋ちゃんに説明すると、そこはかとなく感慨深そうにこちらを向いて、しばらく目を丸くさせていた。
「......ちゃんと伝わったかな〜?」
顔を覗き返すと、伽恋ちゃんははっと我に返った様子で慌てふためき始めた。
「あう......その......」
「だいじょぶだいじょぶ、ゆっくりでいいからー」
「す、すみません────......ふぅ」
まだ膨らみの小さい胸に手を当てて深呼吸する伽恋ちゃんを見ていると、そのシアトリカルにも見えるあまりの素直さに本当に育ちが良いんだなと感心した。
これも先生やせいくん、塁くんなどの家族の存在がいたからなのだろうか。孤児院という聞いただけでも同情の浮かぶような環境のなかで生活するうえで、性格もやや拗れてしまうのではないのかと心配していたが、食卓などでも見た感じそれに該当するような子は一人として見受けられなかった。見た目も喋りかたもキツい凌太くんのような例外こそいたものの、気絶した蘭を運んでくれていたあたり、彼も根の人柄は優しさに満ち溢れているに違いない。
「落ち着いたー?」
「はい......もう大丈夫です......すみません......モカさんの......質問した理由に......驚いちゃったんです......」
「ありゃりゃ。がっかりしたー?」
聞くと、伽恋ちゃんは勢いよく首を横に振ってみせた。あそこでいっそのこと肯定してくれたなら、あたしもいい加減自分の本性を割り切ることができたのに。
「違うんです......がっかりとか、そんなんじゃなくて......びっくりした......みたいな感じで......こんな穏やかなモカさんでも......悩みごとがあるんだ......って、思って......」
「そりゃあ流石の天才美少女のモカちゃんだって人間なんだし、悩みのひとつやふたつくらいあるよー。ナメないでもらいたいなー」
「ふふっ......そう、ですね......でもごめんなさい......さっきも言った通り......昔のせいにいのことは......よくわからないんです......」
再び告げられた事実に密かに眉を下げる。それを知ってか知らずか、伽恋ちゃんは「でも」と前置きしてからこう続けた。
「せいにいはきっと......ううん、絶対......自分なりにでも......『自分』を保とうと......必死だったんだと......思います......」
「───っ」
「だって......せいにいがそうしようとした理由のなかに......モカさんたちも含まれてるって思ったら────......」
“ストンと心に落ち着いたんです。”
そんな彼女特有の後ろめたそうな喋り方とは程遠いハッキリとした鮮明なまでの声に、あたしはハッとさせられた。
そうか......せいくんはずっと頑張ってたんだ。まどろんだ記憶の中でテレビの砂嵐みたいなままだったあたしたちのことを信じて、彼なりの努力を一生懸命に。ただひたすらにこれまでの日々を、景色を過ごしてきたんだ。
──”やっぱり“せいくんはとっくの昔から、変わらないために変わり続けてたんだ。
「────」
「モカさん......?」
「......ん?あーゴメン。ぼーっとしてたー」
「のぼせたんでしょうか......」
「あはは、かもねー。......よし、それじゃあそろそろあがろっかー。教えてくれてありがとね、伽恋ちゃん」
湯船から体を起こしながらお礼を述べると、伽恋ちゃんからも「こちらこそ」とぺこりと頭を下げられた。でもそれは間違っている。伽恋ちゃんにはお礼を返される以上に価値のあることに気づかされたのだから。
そうだ。せいくんはあたしが見てないところでも必死になってたに違いない。そんなこととうに知れていたはずなのに、どうしてあそこまで杞憂になっていたんだろう。
───なんて、その理由にもすでに気づいてるくせに。
あたしは弱いから、置いてけぼりにされた自分を認めたくないから、せいくんもそうであってほしいなんて、あらぬ希望を抱いていたから。
......ねえ?そうでしょ?
「───おいで伽恋ちゃん。頭拭いたげる〜」
タオルを片手に持った伽恋ちゃんの背中に、おもむろに手を伸ばす。
その背中にせいくんの面影を重ねながら、あたしは水の滴る自らの顔を乱暴に拭い捨てた。
その時拭い切れなかったのか、ひとつの水滴が口の中へと入った。
やけに熱く、そしてしょっぱかった。
▼
「「......」」
「なあふたりとも、なあってば」
俺の呼びかけはどこへやら、交差する鋭利なまでの眼光の中へと虚しく掻き消えていった。
そのうちの片方に、今度はつぐちゃんが鎮静を試みかけようとした。
「ね、もうやめようよ?別にそんなにならなくてもいいじゃん!」
「つぐみは黙ってて」
「そ、そんなぁ......」
「おいおい......いくらなんでもその言い方はないんじゃないのか?」
慈悲の塊であるつぐちゃんからのありがたぁ〜い注意を一蹴した失礼極まりないソイツに向かって、今度は俺が牙を剥いた。すると今度はその鋭い視線が、俺の顔を貫いてきた。
熱く燃えたぎる紅────。
蘭はあからさまに、怒りの色を表している。
「コイツがあたしのことを運んでくれたのはありがたいと思ってる。でもそれとこれとは話が別でしょ?ていうか、元はと言えばそうせざるを得なくなったのはコイツのせいなんだけどね」
「......なあひーちゃん、ひーちゃんからももっと言ってやってくれよ」
助け舟を要請するも、それを受信したひーちゃんからはともちゃんの傍らに寄りかかりながら泣きべそをかかれるだけだった。
「ひっぐ......もう知らないもん......みんな私の言うこと聞かずに......ううっ......」
「ああ、ひーちゃんがセンチメンタルに......」
「張り合い無ェなクソが。泣くんなら最初から首突っ込んでくんなよクソ」
「うわはあああぁぁぁぁぁぁん!!」
「ひ、ひまりぃ......おい流!お前まずコイツをなんとかしろよ!兄ちゃんだろ!」
慟哭するひーちゃんを抱きしめながら、ともちゃんがある方向へと指を突き差す。その先に何があるのかなんて、わざわざ向き直らなくともわかっていた。
静かにゆらめく蒼────。
凌太は隻眼の内に、憐れみを宿らせている。
「つってもなあ......いかんせん凌太は扱いづらいんだよ」
「このまんまでいいのかよ!蘭の書いた歌詞バカにされて、それで終いかよ!」
ともちゃんに叱咤され、俺はぐうの音も出なかった。そこに火に油を注ぐかの如く、凌太が横やりを入れてきた。
「バカもなにもそれが事実だろクソ。あんな共感性の低い歌詞聞いて、誰が感動するんですかってんだよクソが」
「何を書こうがあたしたちの勝手でしょ!いきなりノート取り上げて歌詞見ただけでそんな適当なこと言わないでくれる!?」
「わっかんねェな......そんなんじゃ売れるモンも売れねェぞ?」
「っ......!アンタねぇ......っ!!借りがあるからって限度ってものが───」
堪忍袋の緒が切れた蘭が凌太の目前まで寄り詰めて、ついに一触即発の事態に陥ってしまった。それから数秒も経たないうちに、蘭が自らの腕を天高く振り上げる。
そして平手打ちの気味の良い音が、広々としたリビングへと鳴り響く────。
......前に、別の怒号が突如として、俺たちの耳孔をかき乱してきた。
「────やめなさいッ!!」
『......っ!』
耳をつんざく感覚に身をよじりながら、その声の主の方へと向き直る。そこには血相変えた様子で悠然と立ち尽くす先生の姿があった。
「せ、先生......」
「いやにうるさいから何かと思って来てみたら......どうしたの一体!そんな剣幕して!」
「これは、その......」
「──もういい」
蘭は呆れたようにそう吐き捨てると、ソファからすくっと立ち上がってリビングを後にした。その背中を追うように、先生に一言添えてからともちゃん達もその場を離れていった。そして謝罪された先生もまた、彼女達を心配したのか慌ててその後を追った。
「ちょ、みんな!」
「......チッ」
「おい......舌打ちしてるとこ何だが、元はと言えばお前のせいなんだからな」
リビングに残ったのは俺と凌太とギスギスした空気のみ。実に居心地の悪いことこの上ない。
しかし今は、そんなことはどうだっていい。
「つか、あそこまで言うことなかっただろ。やけに挑発的だったし、なにより不自然だった」
ずっと感じていた違和感を凌太に伝えた。
確かに凌太は、その凶悪な口振りを以てしてお得意の罵倒を繰り広げたてみせた。しかし本来の彼は初対面の人にはあまりそういう対応はしないのだ。あくまで“あまり”の範疇だが、それが適応されない時には本当に、嘘のように黙りこくっている。
にもかかわらず、どうして今回だけは違ったのか。
それは────。
「──何か思ったことでもあったのか?」
「......」
俺の問いかけに、凌太は瞠目するだけだった。しかしそれも束の間、凌太はすぐさま己の隻眼を開けて、同時に口も開いた。
「......心配、なんだよ」
「......は?」
「せい兄のことが心配なんだよ!出会って間もないアイツらのことをすっかり信じきっちまってる、せい兄のことがッ!!」
威厳のある眼光に捉えられ、俺は思わず身震いをした。しかしそんな凌太の訴えの根源にあるのは怒りでも憎しみでもなく、その彼の優しさゆえの憂いのようなものだった。
「それは昔仲良くしてた仲だし無理もねェと思う。でも......でも、それとは話が別だ!」
「......」
「アイツらはどうなんだよ!表ではせい兄に対して愛想振りまいてるだけで、心の底では”前”の方が良かっただなんて愚痴垂れてんじゃねェのかよ!?俺はそうじゃないのかって思って心配で、本当に心配で......」
俺の気持ちを裏切ってるかもしれない蘭たちのことがどうしても信じきれず、ああして心の無いことを嘯いた。
そう打ち明けた凌太に対して、俺は何も言えなかった。
......ことはなかった。
「いい加減にしろ!!!」
「......っ!?」
凌太の頬に思い切り掴みかかる。そして醜くなった凌太の顔と真っ直ぐ向き合いながら、俺はこう続けた。
「何を言い出すかと思えばそんなことか?まったく聞いて呆れる。心底な!俺はそんなつまらない男の面倒を見てきた覚えはない!」
「んぶ、んぶぅぶ......!」
「俺が蘭たちに蔑ろにされてるんじゃないか心配だぁ?ほざけ!仮にもしそうだとしても、そんなアイツらを俺がどう思おうが、逆にどう思われようが関係無い!俺が何かを一方的に信じることに誰も口出しする権利は一切無いっ!!」
「ぶっ!ぶぅっ!」
既に歪んだ凌太の顔をさらに締め付けて、おまけに揺さぶってみせた。そのハリの目立つ感触を尻目に、俺はトドメの一発をお見舞いしてやった。
「何より、蘭たちがそんなひどいこと思ってるわけ無えだろうが!この、人付き合いエアプ野郎が!!」
「ぶっ......ぐあっ!!」
俺に乱暴に放り捨てられた凌太が床にぶつかって体を跳ねさせる。そして俺は続けざまに、今度はその胸ぐらを掴み上げて叱咤してやった。
「幼馴染っていうのは......『かけがえのない存在』っていうのは、そういうもんなんじゃないのかよ!!」
「......っ」
静寂が訪れる。聞こえるのは、淡々と時を刻む時計の針の音だけだった。
───チッ......チッ......チッ......
記憶が無くなり、その断片的な記憶の中で鈍く輝きを放つ蘭達を追い求めている間にも、そうして時は進んでいたに違いない。ゆっくりゆっくりと、俺と蘭達との距離を突き放していたに違いない。
でも俺たちはこうして巡り合うことができた。俺は俺なりに変わらないように努力して、蘭たちもきっとそうしてきた。
だから互いの変貌ぶりを認め合い、讃え合うことができるのだ。そこに一切の疑念なんてないはずだ。
どんなに変わっても、俺たちはAfterglowのまま。
それをついこの前、再確認することができたのだから。
「......言いすぎた。悪いな凌太、年甲斐もなく怒鳴っちまって」
「別に......“まだ”家族のこと信じきれてなかった俺の方こそバカだった」
束縛を解き、凌太を自由の身にする。凌太は体のあちこちを念入りにほぐした後、こう告げてきた。
「せい兄がそこまで言うならわかったよ。でも、大丈夫なのかよ」
「いやだから、それは大丈夫だって────」
また俺のこと心配しているのかコイツはと思い、ご忠告ありがとうと言う代わりに軽く手を翻した。
しかし......
「違う。せい兄のことじゃねェよ」
「あ?俺じゃない?」
俺はどうやら勘違いをしていたようだ。凌太は俺ではなく何か別のことに関心を向けていたのだ。なんか、ちょっと恥ずかしい。
「じゃあ今度は何が心配だってんだよ」
ばつが悪くなって頭を掻きながら問いただす。すると凌太から告げられたのは意外な答えだった。
「あの”白いやつ“だよ」
「は?」
「名前がわかんねェんだよクソ......ほらあの、言うことひとつひとつがふわふわしてるアイツだよ」
白いのとふわふわしているという点から凌太が誰のことを説明しているのか推理......するまでもなく、俺は反射的にひとつの答えに至った。
「モカか。珍しいな、凌太が他人のこと気にかけるなんて......まさか!?」
「ねェから」
まだ俺が何も言ってないのに凌太はそれを真っ向から否定した。
......やけに深刻そうな顔をしている。
「せい兄なら気づいてんじゃねェのかよ」
「気づいてるって何がだよ」
心当たりが見当たらず首を傾げる。すると凌太は肩をすくめながら、こちらへと歩み寄ってきて、────
「相当抱え込んでるぞ、アイツ」
「────......」
凌太の厳眼が、まるで品定めでもするかのようにこちらを一点に見つめてくる。それに捉えられる......いや、捕らえられる感覚を得た俺はさながら蛇に睨まれた蛙だった。
「なんだよ、やっぱり心当たりあるっぽいじゃねェかよクソが」
「ちっ、違うんだ凌太。俺はっ」
蛇睨みによって生じた震えを覚えつつ、辛うじて凌太を呼び止めようとした。しかし彼はその薄く見開いた隻眼を撫でながら、無言でリビングを離れていった。
そしてとうとう、リビングには誰もいなくなってしまった。
「......はは、は。なんだよアイツ。何言い出すかと思えば“そんなこと”かよ......」
戯言を猫の子一匹いないリビングに吐き捨てる。異様な雰囲気だった。
久しぶりだ、こんな広々としたリビングを独り占めできるのは。俺は空虚にも見える生活感に溢れたリビングを視線で撫で回した。
この景色を何度目にしてきただろう。一体どんな言葉や表情をここで見つけてきたんだろう。
色んなことがあった。時には笑って、怒って、悲しんで、そしてまた笑って。家族と一喜一憂した日々を過ごして、俺は変わった。
......まるで、蘭のように。
「────」
意識していなかったが、俺はどうやら昔からすでに、幼馴染との大切な思い出を忘れないために......変わらないために変わり続けていたみたいだ。だからこうして、『俺』の面影が現存しているのだろう。
でもその片鱗を、変わり果てた俺を見せつけられたみんなはどう思うのだろうか。相反する、ギャップに塗れた俺の姿を見て何を想い、どう感じるのだろうか。最初こそそう心配していたが、特にこれといった衝突やしがらみもなく、事なきを得たまま俺は今日この日までみんなとひた走ってきた。
本当にありがたい。自分を認めてほしいだなんてただのわがままだっていうのに、それを快く引き受けてくれて、俺はみんなの寛容さに感服した。
その裏に潜む欠落に気づけないまま。
みんなの笑顔に疑いなどなかった。みんながそう言うならと雑に割り切って、それで終わりだったから。
自分のことで必死だったんだ。やっと認めてもらえた。自分の居場所が増えた。俺はその事実を捻じ曲げたくなく、赤点のテストでも隠すように、そっと目を逸らしてきた。
でも現実はそう上手くはいかない。隠したテストだって、いつかは見つかるものだ。
───モカは今、焦燥しているのだ。
変わりゆく俺達についていけず、どれだけ追いかけてもかけ離れていく背中を見て、己の無力さを思い知らされて、打ちひしがれているのだ。
そして俺も、それに気づくことができていた。
モカの異変には薄々気づいていた。元からポーカーフェイスだったアイツでも、ふとした瞬間にその表情に浮き出てくるのだ。俺はその”あく“を見かけたうえで目を背けて、いつも通りを演じ続けていたんだ。
それは追いかけられる立場である俺から追いかける立場であるモカにかけられる言葉が、溢れんばかりの語彙の海をいくら掻き分けても見当たらなかった。だから────。
「────せいくーん。お風呂出たよー」
静けさに包まれたリビングにひとつの声が舞い込んできた。それは足音とともに俺の側へと近寄ってきて、確かな輪郭を持ち始めた。
ずっと瞑っていたせいなのか、すっかり涙ぐんでしまった目を開ける。するとそこには、普段なら癖っ毛の髪の毛を、水滴とともに垂直に近い角度で垂らしているモカが茫然と突っ立っていた。
......よりにもよって、こんな時に。
「あれれー、どしたのー?目赤いよー?」
「──そうか。ゴミでも入ったのかもな」
「にしては痛そうじゃないけどー?」
「......それよりどうだった、伽恋との風呂は」
聞くとモカは、静かに親指を立てた。
「それはそれは何より。ただひとつ言いたいことがあるんだが......」
「なにー?」
「なんで髪拭いてねえんだよ。めっちゃ水垂れてるし」
「えへへー、やっぱバレちゃったかー。でもそれには理由があるのだよ〜」
待ってましたと言わんばかりに、モカが懐から何かを取り出してこちらに差し出してきた。
モカの手には、バスタオルが握られていた。
「......何だよ」
「せいくんに髪の毛拭いてもらいたいなーって思ってさー?ということでー、よいしょっと!」
「は?って、うおっ」
「13人兄弟の中でも長男の流誠お兄さんのお手並、拝見させていただきまーす」
寝巻き姿になったモカが俺の膝の上へと何の躊躇もなく腰を下ろしてきた。だが不思議と俺も、そんなモカの突発的な行動を受け入れることができた
「あれ〜?案外オッケーな感じー?」
「みたいだな。自分でもよくわからんが」
「ま、それもそうかー。こんな美少女に髪を拭いてって頼まれた挙句、膝の上に座られたら誰でも引き受けてくれるもんねー」
「いいからタオルよこせ」
「ちぇー......はいどうぞー」
モカからタオルを受け取り、ずぶ濡れになった灰色の髪に手を添える。しっとりとした手応えが嫌に鮮明に感じられた。
タオルで髪を優しく撫で始めると、うちのシャンプーの華やかな香りが匂い立ってきた。それからしばらくして、モカがおもむろに鼻歌を歌い始めた。曲調からしてTrue colerだろうか、奇遇にも俺もこの曲はお気に入りだった。
モカは俺に髪を拭かれている間、終始幸せそうだった。
でもその声や仕草ですら虚実に過ぎないのだと思うと。そう、思うと────。
俺は。
「......はい、終わり」
「わはあ、すごいふわふわー、ライヤーで乾かすより断然イイや〜。ありがとー、せいくん」
気に入ってもらえたのか、モカのにへらとした笑みが俺に向けられる。そんないつも見ているはずの笑顔が、なぜかその時だけは違和感にしか感じられず......
「────そっか」
臆した俺は、ただただ笑い返すことしかできなかった。
そうして俺はまた、知らないフリをしたのだった。
いかがだったでしょうか。次回は2月7日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!
〜読者の皆様へ〜
最後に、読者の皆様にお伝えしたいことがあります。なんかいつのまにかUAが6500超えてましたー!わーい!
つってもUAってのがイマイチわかんないんで数字だけで「わあすごそうだなお祝いしとこ」的なノリで言ったまでです。しかしながら、これほどの数字が出たのは読者の皆様のおかげであることには変わりありません。本当にありがとうございます!!これからも頑張ります!!
以上ですかね。あーあと前回言っていた通り青藍くんと流誠くんのイラストなんですが、挿絵のやり方がよくわからず今回は載せることができなくなりました......申し訳ありません。次回載せれたらまたお知らせいたしますので、どうかお許しくださいませ...
ということで今回はここまで。また次回お会いしましょう。さいなら!