Afterglow〜Episode of Another〜   作:ある@誠心誠意執筆中

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どうもあるです。 


すみません、投稿遅れました...理由は体調不良です。これからは今まで以上に体調管理に気をつけたいと思います。

あと追加ですが、前回言っていた青藍くんと流誠くんの絵、後から調べてみたらちゃんと投稿できてました。閲覧方法は僕のプロフィール(名前を押す)を開いてから右上のその他の欄の中にある画像一覧を押すことです。そうすればイラストがご覧いただけると思うので、もしよければそちらのほうも見ていってください。



それでは本編、どうぞ。






第10話 誰彼

「──ふぅ」

 

 

 

 

 

すっかり火照ってしまった体に、冷蔵庫でキンキンに冷やされたお茶を流し込む。ルイボスティーと麦茶のブレンド、これを風呂上がりに飲んだらまた格別に美味いのだ。

 

 

 

しかし今日はいやに爽快感が得られなかった。加えて味もほとんどしなかったような気がする。

 

 

 

 

 

 

......それもこれも全て、アイツが原因なのだろうか。

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

ふと頭を撫でる。感触こそ違うが、そうして風呂に入る前に触ったモカのあの髪の質感を思い出した。

 

 

 

俺ほどではないがやや癖のある髪は、触れた瞬間から俺の手を優しく包み込み、手じゃないのにまるでこちらを握り返してくるようだった。

 

 

 

 

どことなく懐かしい感じがした。それは昔に同じようなことがあったからなのだろうか。とても柔らかくて、朗らかな匂いで、そして────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はモカの頭から、微かな震えを感じた。

 

 

 

 

初めは気づかなかったが、時々聞こえてくる妙なすすり声を聞いてそんな確信を得た。鼻水をすすっているとは到底思えない、もの寂しげなあの声。

 

 

 

そしてその震えの要因が何かなんて言うまでもない。もはや明白な事実だった。

 

 

 

 

やはりアイツは......

 

 

 

 

 

「──づっ!?」

 

 

 

 

 

俯いたままとぼとぼ歩いていると、その進行方向から何かと衝突した感覚が襲ってきた。

 

 

物憂げに顔を上げる。そこには晃が似たような顔つきで俺と面向かっていた。

 

 

 

 

 

「どうしたのせい兄、俯いて歩いたりして。お金でも落ちてた?」

 

 

 

 

 

「お前は俺をなんだと思ってんだ......見ての通り、あるのは木の床だけだよ」

 

 

 

 

 

ならどうして?そう言いたげに首を傾げる晃に俺は何も答えられず、適当に話を設けてこの場を凌ぎ切ろうとした。

 

 

 

 

 

「つかお前はもう寝ろ。明日も朝からサッカーだろ?スポーツマンは早寝早起き朝ご飯が基本条件だからな」

 

 

 

 

 

「何回も聞いたよソレ。あとそんなのしなくても僕は平気だから。それよりせい兄もいい加減に前もってパジャマ用意しときなよ」

 

 

 

 

 

晃が仕返しにと言わんばかりに俺を淡々と責め立てる。

 

 

 

 

 

「また上だけ裸になって、まだ暑いからってちゃんと暖かくしとかなきゃ風邪ひいちゃうよ?それこそスポーツマンの基本条件なんじゃないの?」

 

 

 

 

 

「何回も聞いたよソレ。あとそんなのしなくても俺は平気だから」

 

 

 

 

 

こちらも対抗して晃が言っていたことをまるっきりコピペして言い返す。球の時速が160/kmは超えてそうな会話のキャッチボールをしながら歩いていると、視界の先に俺の自室の入り口が階段脇から徐々に姿を現し始めているのが見えた。

 

 

 

部屋に入る前に晃に一言言ってやろうと背後を振り向く。すると晃が何か思い出したのか「あっ」と小さく声をあげた。

 

 

 

 

 

「今度はなんだよ」

 

 

 

 

 

「部屋に服取りに行くんでしょ?なら代わりに僕が行くよ」

 

 

 

 

 

「はあ?なんでだよ」

 

 

 

 

 

「あーっと、それはね......う〜ん」

 

 

 

 

 

「......?」

 

 

 

 

 

晃は口籠るばかりだった。そんな時間も惜しく感じた俺は、そそくさと部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「あっ、ちょっと......!」

 

 

 

 

 

何を理由にか知らないが、晃が俺を咄嗟に呼び止める。俺はそれに見向きもせず、部屋のドアノブに手をかけた。

 

 

 

 

 

そして扉を開き、見慣れた空間へと足を踏み入れて────、

 

 

 

 

 

「────は?」

 

 

 

 

 

見慣れていたはずの空間が見慣れない空間と化していたことに、俺は驚きを隠せなかった。

 

 

 

その部屋にはなんと、蘭たちがところせましと我がもの顔で居座っていたのであった。

 

 

 

 

 

「は?......は?」

 

 

 

 

 

俺は呆気に取られるほかなかった。なぜ上に案内したはずの彼女たちが俺の楽園に勝手に踏み入っているのか。それが不思議で仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとそんな疑念のほかにもうひとつ、気になる点がある。

 

 

 

 

 

それは皆の視線だった。

 

 

 

 

 

「えっ。な、なんだよ。ジロジロどこ見てんだよ。てかここ俺の部屋なんだけど......」

 

 

 

 

 

興味津々にこちらに目を向ける皆の視界の先には俺がいた。しかし不思議にも、見ている箇所は俺の顔ではないのだ。

 

 

まったく失礼極まりない。人とコミュニケーションをとる際には相手の顔をよく見なさいと教えられなかったのだろうか。俺の中で渦巻いていた“なぜここにいるのか”という疑念はそこで、ある一種の怒りのような感情へと変化した。

 

 

 

 

とは言っても、コイツらにもコイツらなりの凝視する理由が何かしらあるのかもしれない。ほら、気づかないうちに唇の横に米粒が付いていたりするだろう?そして気づいたら視界の端にあったそれを見ようと無意識にそこ一直線に視線を移動させてたり、そんな感じの事態が彼女達にも起こっているのかもしれない。

 

 

そう冷静に考え直して、蘭たちの立場になってみようと彼女たちの視線の先を慎重に辿っていった。

 

 

 

 

 

......結果。

 

 

 

 

 

「────あ」

 

 

 

 

 

行き着いた先には、俺の上半身があった。

 

 

 

 

布切れ一枚肌に通していない、なまじ鍛えられたあられもない身体の全容が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ああ疲れた。ちょっと休憩」

 

 

 

 

 

「んう〜!だいぶ考えたけど、やっぱり思いつかないものだね」

 

 

 

 

 

溜まった疲れを発散させようと体を伸ばす。

 

 

 

 

 

「歌詞作りもそうだけど、アタシたちの新しい『いつも通り』を考えるってのもやっぱり結構大変だな」

 

 

 

 

 

巴の言う通りだ。歌詞作りをする過程でこれまでの私達の変化、すなわち変わっていく『いつも通り』の様子を歌詞にも取り入れようという話になったのだが、どうにも行き詰まって仕方がないのだ。

 

 

 

胸元の襟元を掴んでパタパタとさせていると、寝っ転がったモカが溜まっていた鬱憤を晴らすかのようにすかさず揶揄してきた。

 

 

 

 

 

「ひゅーひゅー、ひーちゃんのセクシーポーズ」

 

 

 

 

 

「もー!またそうやって〜!」

 

 

 

 

 

「からかうぐらいの元気があるんなら、もう少し話し合いに参加してくれてもいいんじゃないの?」

 

 

 

 

 

「人聞き悪いなー。モカちゃんにもちゃーんとやらなきゃいけないことだってあるんだからねー?」

 

 

 

 

 

モカはそう言って体を起こすと、後ろにあるとある“モノ”へと手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

「せいくんの子守りっていう、大切なお仕事がね〜」

 

 

 

 

 

モカによしよしと背中をさすられる流誠の隣にはつぐもいた。つぐも同じように落ち込む流誠を励ましはしていたものの、励まされる流誠本人にとってはどこふく風同然のようだった。

 

 

 

 

 

「流誠くん......」

 

 

 

 

 

「やめろよふたりとも......もう良いんだ。あんな醜態晒した今となっちゃ、もう目も当てられんねえよ」

 

 

 

 

 

「そうだねー。それこそあんなセクシーポーズ見せつけてさ〜?」

 

 

 

 

 

「ぅあああああぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 

 

 

 

 

流誠の悲痛な叫びが小さな部屋にこれ見よがしに響き渡る。それとほぼ同時に、巴がモカの頰をくにっとつねった。

 

 

 

 

しかしモカの言うことにも一理、いや二理ある。塁くんのせいで相対的に小さく見えていた制服越しの流誠の体だったが、いざ脱いでみれば立派な体がご開帳である。塁くんがゴリマッチョなら流誠は細マッチョとでも言うべきか、私もそれを最初見た時にはあまりのスタイルの良さに開いた口が塞がらなかった。

 

 

と、モカがまた性懲りもなく「にしてもー」と言葉を続け始めた。

 

 

 

 

 

「ほんとに立派になりましたなー」

 

 

 

 

 

「うん。私もビックリしちゃった」

 

 

 

 

 

「みんなして大げさなんだよ......陸上やってんだし、アレぐらい普通だよ」

 

 

 

 

 

「それでもだよー。部活入ってる人でも、ちゃんと鍛えてない人だっているんだしさー?もっと誇ってもいいよー。ねっ、蘭〜?」

 

 

 

 

 

モカがまた何かを企んだ様子で、今度は蘭へと標的を変えた。注目を浴びる蘭は見て見ぬふりでもするかのように、部屋の棚から勝手に出した小さな机に突っ伏していた。

 

 

 

 

 

「おい蘭、どうしたんだよ。そんな態勢だと余計疲れないか?」

 

 

 

 

 

「巴は黙ってて」

 

 

 

 

 

「おやおや〜?もしかして、あまりの変貌っぷりに混乱してるのかなー?まあ無理もないかー。なにせあんな真正面から男の子の裸を────」

 

 

 

 

 

「ああああああああ!!見てない!!あたしは何も見てないもん!!!」

 

 

 

 

 

蘭が自分では耳を塞ぎながらこちらが耳を塞ぎたくなるほどの叫声を発する。それとほぼ同時に、巴のげんこつがモカの頭をぽかっと叩いた。

 

 

 

 

 

「あいたたた......も〜、何すんのさー」

 

 

 

 

 

「からかうのもいい加減にしろ、余計混乱するだろ?」

 

 

 

 

 

「むぅ、それでも叩くのは反則でしょー?」

 

 

 

 

 

「いつもやりすぎたら注意してやってんのに、モカがいつまで経っても聞かないからだろー!」

 

 

 

 

 

「ちょっとふたりとも落ち着いて......!」

 

 

 

 

 

一触即発の事態につぐが仲裁にかかる。そんなやりとりの傍ら、流誠がおもむろにかつ物憂げに、重い腰を上げてぬっと立ち上がった。

 

 

 

 

 

「......ちょっと、外の空気吸ってくる」

 

 

 

 

 

「あっ、流誠!」

 

 

 

 

 

私も立ち上がって去りゆく背中に呼びかけるも声は届かなかった。ドアの乾いた虚しい音だけが唯一の返事だった。

 

 

ふと辺りを見渡すと、有象無象としたモカと巴の会話のドッジボールと、それが手に負えなくなって置き去りとなったつぐ、そしてぶつくさと何やらお経を唱えている蘭が各々好き勝手自分のやりたいことを横行していた。

 

 

どうするべきか。流誠は半袖短パンというラフな一枚着のセットで出て行ってしまった。いくら秋序盤の残暑の季節とはいえそんな格好で、なおかつ風呂上がりの体で夜風の吹く外に出て行ってしまっては湯冷めする恐れが十二分にある。

 

 

 

 

 

そんなことを頭の中で考えていると、体は自然と答えを導き出していた。

 

 

 

 

 

「私も外行ってくる!モカと巴のことよろしくね、つぐ!蘭!」

 

 

 

 

 

つぐ、それからおまけ程度ではあるが蘭に向けてすっかり熱の入ってしまったあのふたりのことについて一言添えてから、ハンガーに掛けられていたフリースのパーカーをひったくって部屋を後にした。

 

 

 

 

 

玄関までの道のりはもう体に染みついていた。

 

靴を履き、気品に満ち溢れた玄関を開け、夜の世界へと身を投じる。そして流誠の名を空に向けて名乗りあげた。

 

 

 

 

 

「りゅーせえー!どこ〜!?」

 

 

 

 

 

やまびこに紛れる虫の音さえも聞き漏らさないほどに耳を済ませる。返事を待つ。あの足の速さだ、あまり遠くへ行ってないといいが......

 

 

 

そんな私の心配も、耳元で囁かれた一声によってただの杞憂となった。

 

 

 

 

 

「──ひーちゃん?」

 

 

 

 

 

「ひゃん!?」

 

 

 

 

 

聞こえてきた声のほうに顔を向けると、流誠との距離がかなり縮まっていたことに気がついて、思わず変な声が山......ではなく丘へと響いた。

 

 

 

 

 

「あーもうビックリしたー......もうっ!脅かさないでよー!」

 

 

 

 

 

「いやこっちのセリフだよ、何しに来たの」

 

 

 

 

 

首を傾げる流誠に本来の目的を想起させられ、「そういえば」と大事に抱えていたフリースを手渡した。

 

 

 

 

 

「お風呂上がったばっかでしょ?さすがに冷えるだろうなって思ったから」

 

 

 

 

 

「ああなんだ、そんなことか。わざわざありがとな、ひーちゃん」

 

 

 

 

 

「えへへー。どういたしまして!」

 

 

 

 

 

薄く微笑む流誠にえへんと胸を張る。しかしそれからすぐに流誠から「ただ」と含みのある言葉を投げかけられて、一度手渡したフリースを返却された。

 

 

 

 

 

「俺は大丈夫だからひーちゃんが使ってくれ。ひーちゃんだって似たようなカッコなんだからさ」

 

 

 

 

 

「えっ!?で、でも......」

 

 

 

 

 

実は先ほどまで、意外にも吹き荒ぶ夜風に密かに身を震わせていたので、そのせいで私は真実を言い当てられたような感覚に襲われ、そのまま口籠もってしまった。

 

 

その隙を流誠は見逃すことなく、肩をすくめながらこう言った。

 

 

 

 

 

「もしこれでひーちゃんが風邪でもひいたら、ともちゃんや蘭に何言われるか知れたもんじゃないからな」

 

 

 

 

 

そうして冗談交じりに鼻で笑う流誠だったが、案外冗談で済む話でもなさそうだ。元はと言えば私が外に出たのも流誠が心配をかけさせたからであって、つまりは責任問題は流誠にあるからだ。万が一私が外から帰ってきた矢先に咳のひとつやふたつ出したとして、そこから自分がどうなるかを予測したうえでのこの行動なのだろう。

 

 

 

しかしそんな義理っぽい行いでも、その裏には確かに流誠の優しさが感じられた。というよりもむしろ前者は大義名分のようなもので、本懐は私自身の体の安否にあるに違いない。

 

 

 

 

 

なにより私は、流誠がそういう人だと確信づいているから。

 

 

 

 

 

「そっか......ふふ、ありがとう流誠♪」

 

 

 

 

 

「え?あ、あぁ......」

 

 

 

 

 

無自覚な本人からフリースを受け取り、早速それを身に纏った。流誠が後ろから優しく包み込んでくれるような気がして、少しだけドキドキする。

 

 

 

 

 

「暖かいなぁ」

 

 

 

 

 

「やっぱ寒かったんじゃん」

 

 

 

 

 

「違う〜!そういう意味じゃないの」

 

 

 

 

 

「はぁ......?まあいいけど」

 

 

 

 

 

肩をすくめた流誠が空を仰ぐ。それに続くように私も顔を上へと向けた。

 

 

 

するとどうだろう。

 

 

 

 

 

「わあ......!」

 

 

 

 

 

普段よく目にする街中のビルや電光掲示板のような私利私欲に塗れたような人工的な灯りではなく、赤青と様々な色の優しくもどこか神々しさを感じさせる光が、夜の空に点々として散らばっていたのだった。

 

 

 

 

 

「どう、ウチの丘から見る星空は。綺麗だろ?」

 

 

 

 

 

横目に質問してきた流誠に、私は有無を考える暇もなく頷いた。これほどの壮大な自然の景色を目の当たりにして、好きとか嫌いとかそんなちっぽけな感情なんて抱いている暇なんてない。ただただ目の前の暗闇を揺蕩う星々の戯れに身を委ね、魅入られて立ち尽くすほかなかった。

 

 

私は感動のあまりぽかんと開けたままだった口から辛うじて声を発し、星空に指をさして流誠へと問いかけた。

 

 

 

 

 

「ねえ流誠、あれ何?」

 

 

 

 

 

「あの赤い星?あれは木星だな」

 

 

 

 

 

南西の空に一際眩しく輝く星の正体を知って、私は衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

「えっ?木星って光るの?」

 

 

 

 

 

 

「違う違う、あれは月と同じで太陽の光を反射してるんだ。ああやってただ光ってるように見えるけど、それは距離が遠すぎるからで、木星にもちゃんと満ち欠けはあるんだよ」

 

 

 

 

 

目を輝かせて語る流誠に、私は「へー」と他人事のような返事しかできなかった。それほどまでにこの目の前に広がる広大な星空のキャンバスが、私にとっては驚きと発見と感動に満ちた眩いものだったから。

 

 

 

 

 

 

......流れ星、見えたりしないかな。

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

いつの日か流誠から聞いた話をふと思い出す。彼は確か、自分の名前の由来はたまたま空を駆け抜けた流れ星からとられたものだと言っていた。

 

 

偉く単純明快な名前の付け方だと思った。本人もそのことについては少々、いやだいぶ不満を感じる節があったように見えたが、そうして肩をすくめていた流誠の顔には苦笑でも嘲笑でもなく、純粋な笑顔が浮かんでいた。それだけは鮮明に脳裏に留まっている。

 

 

 

 

そしてその時の彼がそんな表情をしたのは、その瞬間こそが『流誠』という存在が生まれるきっかけとなったからだろう。

 

 

 

 

 

「......ねえ流誠───」

 

 

 

 

 

サーッと肩を撫でる夜風に急かされるように星空を前にはしゃぐ無邪気な彼の名前を呼んだ。なぜか無性に、その懐かしく見えた横顔に語りかけたくなったから。

 

 

 

 

 

......その、直後だった。

 

 

 

 

 

「───俺さ」

 

 

 

 

 

「......え?」

 

 

 

 

 

黒洞々とした闇夜に霞んですぐにかき消されてしまいそうな弱々しい声に、たまらず首を捻った。

 

 

鼓動が早くなる。空気が張り詰める。

 

 

 

 

 

いつの間にか流誠は、空に向けていた視線を私に目掛けて一直線にしていた。

 

 

 

 

 

「ずっと気になってたことがあるんだ。ずっとずっと、ずーっと、心の片隅で渦巻いてた」

 

 

 

 

 

流誠は微動だにしない。ただ風に髪をたなびかせて、不敵な笑みを浮かべて私に問いかけるだけだ。

 

 

それなのに、それだけのはずなのに、こんなにも肩が震えるのはなぜだろうか。微笑みかけられているだけにもかかわらず、何も身動きのとれなくなった私の姿はさながら蛇に睨まれた蛙だった。

 

 

 

そんな蛇から聞かれたのは、意外にも意外なことだった。

 

 

 

 

 

「改めて、みんなから見て俺ってどうなのかなってさ。今まであまり意識してこなかったけど、今日になって急に気になっちゃって」

 

 

 

 

 

「え?どうなのか、って......?」

 

 

 

 

 

「さっきのだってそうだ。みんな俺の体見て驚いてただろ?どう思ったのかなって───」

 

 

 

 

 

流誠の口から語られたのは、なんと自分への評価がいかようなものかという、藪から棒でどこか可愛らしさのある質問だった。

 

 

だが流誠だって年頃の男の子だ。他者からの、ましてや女幼馴染からの自分のイメージを気にするなんて言ってしまえば当たり前のことである。

 

 

 

だから私も、正直に答えてあげることにした。

 

 

 

 

 

「そりゃ驚くよ!だってあんなに流誠がカッコよくなってるんだもん!」

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

「学校で再会した時だってそうだった。巴には負けてるけどすごく背が高くなってて、顔も凛々しくなって......本当に、本っっ当にカッコよくなったよ!」

 

 

 

 

 

思いの丈を述べる。流誠は本当に変わった。身も心も、なにもかも変わり果てた。でもそれは決して皮肉でもなく、ましてや蔑視でもない。ただの、心からの純粋な感情だ。

 

 

 

 

それに嬉しかった。私たちのことを忘れず、懸命にずっと追いかけ続けてくれてたこと。それが何よりも暖かく、私の胸の内を包み込んでくれた。

 

 

 

 

 

そしてそれはきっと、流誠も同じで───。

 

 

 

 

 

「そういうのじゃないんだよ」

 

 

 

 

 

「────ぇ」

 

 

 

 

 

首を横に振る流誠に呆気にとられる。その所作に一つの迷いも感じられず、タイミングもあってか、その否定が私の胸の内に対するものなのかと思って目を剥いた。

 

 

 

 

 

まさか......まさか、流誠は。

 

 

 

 

 

「......っ」

 

 

 

 

 

私は行き場の無くなった手を互いに握り合わせた。

 

 

その恐怖に耐えられなくなったから。

 

 

 

 

 

「りゅう......せい......」

 

 

 

 

 

「ああごめん、言い方が悪かったかな。僕が言いたかったのは、変わった僕がどうとかそういうのじゃなくて......」

 

 

 

 

 

「え......?」

 

 

 

 

 

どうやら流誠の否定は、先ほど彼自身が述べたことに対してのものだったらしい。それを聞いた私は、自らの肩の震えが止まるのを感じた。

 

 

 

 

というよりなぜ、彼の一人称が『僕』になっているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

......でもよかった、と安堵に胸を撫で下ろす。しかし、それも束の間。

 

 

衝撃がまた、私の思考を乱してきたのだった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......『前の方』が良かったかな、ってさ」

 

 

 

 

 

その時の星空を背に映す流誠の姿は、月明かりのない森の暗闇のせいでよく見えなかった。

 

 

 

 

 

故に、だろうか。

 

 

 

 

 

「『俺』より『僕』、なんつって」

 

 

 

 

 

「────」

 

 

 

 

 

寂しげな声とは似ても似つかない気味の悪いほどの清々しい笑顔が、彼の顔面に呪いのように張り付いているように見えた。

 

 

 

 

その笑顔は────落ち着きすぎているとも言えるその笑顔は、まさしく青藍そのものだった。




いかがだったでしょうか。次回は2月10日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに。


〜感謝の言葉〜

この度、お気に入り登録者数が30人になりました。ここまで多くの方にお気に入りにされるなんて、感謝感激の極みです。これからも精進していきますので、何卒、お見守りください。よろしくお願いします。




それではまた次回お会いしましょう。さいなら!
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