Afterglow〜Episode of Another〜   作:ある@誠心誠意執筆中

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どうもあるです。

ロゼリアイベ、来ましたね。今回はボーダーが高いそうですが、一応自分も走ってみたいと思います。ちなみにただいま2000位です!しんどい!!!!



それでは本編、どうぞ!






第12話 幾望

「あ、流誠くん」

 

 

 

 

 

「おかえりー!」

 

 

 

 

 

自室の扉を開けると、ひーちゃんとつぐちゃんの和かな笑顔が俺を快く出迎えてくれた。

 

 

 

 

 

「ただいま。モカとともちゃんは......」

 

 

 

 

 

家に帰ってから直行で先生のところに向かったので、例の2人の行く末はどうなったのかと視線を向けてみると、どちらともすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てていた。さしずめ喧嘩して疲れたのだろう。

 

 

やれやれと肩をすくめていると、ひーちゃんとつぐちゃん以外のもうひとつの視線がこちらを鋭利なまでに突き刺してきた。

 

 

 

 

 

「どこ行ってたの?この2人落ち着かせるの大変だったんだからね」

 

 

 

 

 

「あはは......悪い悪い」

 

 

 

 

 

愚痴る蘭にはへこへこと頭を下げるほかなかった。どうやらコイツもコイツなりに2人の喧嘩を止めようとしてくれていたみたいだ。

 

 

 

 

 

「ひーちゃんが先に帰った時にはもうこの状態だったの?」

 

 

 

 

 

「うん。まさかとは思ってたけどそのまさかだったって感じ。ありがとう!蘭、つぐ!」

 

 

 

 

 

「別に」

 

 

 

 

 

「あたしも。そんなことより早く歌詞書き上げなきゃ」

 

 

 

 

 

蘭はひーちゃんからのお礼を軽くあしらうと、こちらにアイコンタクトをしてきた。その真意を心中で察した俺はすぐ行動に移した。

 

 

 

 

 

「はいはい、そしたら2人を起こさなきゃな」

 

 

 

 

 

今回の歌詞作りには皆の意見が必要不可欠である。誰一人として歌詞作りをサボってもらってはこちらとしても困るものがある。今だけは心を鬼にして、この2人の眠り姫を起こさねば。

 

 

 

 

 

「ほら起きろふたりとも、もう喧嘩は済んだんだろ」

 

 

 

 

 

モカとともちゃんの肩を交互に揺する。それから間もなく、唸り声が返ってきた。

 

 

 

 

 

「うーん......?ああ、流か......おはよ」

 

 

 

 

 

「ふにゃ〜......あと5分......」

 

 

 

 

 

「そんな時間無えから。ほら、大人しく起きろ」

 

 

 

 

 

寝ぼけ眼のふたりの背中をポンポンと叩き、起床を促す。ともちゃんはすぐに飛び起きてくれたが、モカだけはまだ夢うつつだったのでぐにっと頬を摘んでやった。

 

 

 

 

 

「ふふ。流誠くん、なんだか面倒見の良いお兄さんみたい」

 

 

 

 

 

「こういうのには慣れてるからな」

 

 

 

 

 

「それって女の子の眠りを妨げることー......?」

 

 

 

 

 

「蘭に頼まれたんだよ。だから恨むなら蘭を恨め」

 

 

 

 

 

「おのれぇ......眠りの恨みは怖いんだぞー?」

 

 

 

 

 

恨めしそうに見つめられる蘭だったが、彼女はそんなの全然気にも留めない様子だった。

 

 

 

 

 

「どうぞご勝手に。どうせ大したことないんだから」

 

 

 

 

 

「うぅ......はくじょーものー」

 

 

 

 

 

モカもそうは言ったものの、結局は歌詞ノートの近くへとノソノソと体を寄せていくのであった。それに続いて他のみんなも机を囲むように近づいてきた。

 

とにかくこれで面子は揃ったので、ようやく歌詞作りを始めることができる。それを確認するかのように蘭は俺達を一瞥したのち、意気揚々と場を仕切り始めた。

 

 

 

 

 

「よし、それじゃあ始めよう。まずは冒頭の部分から。これはさっきあたしが先に考えてみたやつなんだけど────」

 

 

 

 

 

こうして、“俺たちの”歌詞作りは幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、先生ー。おはよーございます」

 

 

 

 

 

「あら璃空。今はこんばんは、ですよ?」

 

 

 

 

 

「おひるねしてたんだ。なにしてるの?」

 

 

 

 

 

洗濯物を干していると洗面所の入り口のところから璃空が興味津々そうな顔でこちらを覗いていたので「おいで」とひらひら手招きしてやると、にぱっとした明るい笑顔がこちらに駆け寄ってきて、そのまま私の体に激突してきた。

 

 

 

 

 

「わーい。先生だー」

 

 

 

 

 

「璃空ったら甘えんぼさんですねぇ。でも今は、先生のお手伝いをしてほしいな」

 

 

 

 

 

そう言って濡れたTシャツとハンガーをチラつかせると、璃空はそれを快く受け取ってから手慣れた手つきで手伝い始めた。

 

 

 

 

 

「さすが璃空!先生、すごく助かります。ありがとう。お兄ちゃんたちだって、きっとそう思ってますよ?」

 

 

 

 

 

「えー!ほんとにー!?」

 

 

 

 

 

「もちろん!」

 

 

 

 

 

目を丸くする璃空に私はうんと頷いた。この子がここまでてきぱきと仕事をこなすことができるのも、日頃から流誠達の手伝いをしているからだろう。

 

だってほら、ハンガーをかける順番だって右から左だ。これは流誠の手癖である。時々頭を掻くのも嫌々ながらも手伝う凌太の真似だろうし、こういうのを見ていると本当に兄姉達の姿をよく観察しているのだなあと、母親ながら感心させられる。後者に関しては別に教わらなくてもいいことではあるが。

 

 

 

 

 

......にしても母親か。

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

はたして私は、“母親”というものをちゃんと担うことができているのだろうか。この子たちの支えとなることができているのだろうか。

 

 

先ほどの流誠との一幕からずっと思い悩んでいた......いや違う。それはあくまでも忘れ去っていたものが込み上がってきただけ。

 

 

流誠のずいぶんとたくましくなった背中を撫でながら、私はこう思った。ここまで大きくなれたのは、はたして私のおかげなのだろうかと。

 

確かに料理などの家事をして流誠やこの子達を育てあげたのは私だ。しかしその類稀なる優しさ、強さ、可愛さといった輝かしいほどの人格を形成したのは私とは限らない。むしろ彼ら自身の経験が活きているのであろう。

 

 

皆、出会ったころと比べて肉体的にも精神的にも大きくなってくれた。だが前者に至っては、誰にだってできるもの。美味しい料理さえ食べさせていれば誰だって健康的に育つ。

 

対して後者はどうだろうか。子は親に似るとも言うが、それは精神的な面でのことであると私は捉えている。

 

 

でもそれは違った。間違いだった。似ていなかったのだ、私の方が。流誠たちはきっと自分の手で、今の自分を作り上げたに過ぎない。

 

 

 

 

だって。偽りばかりの、この私は────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......せい......先生!」

 

 

 

 

 

「────ぁ」

 

 

 

 

 

突如として耳に入り込んできた声に意識が舞い戻る。虚な視線に光を灯すと、璃空が脚立の上から自慢げに腕を腰に当てて、靴下などの垂れ下がったタコ足を望んでいた。よく見るとTシャツなどのハンガーを要するものも、後で私が外に干しに行きやすいようにとしたためか、近くの取っ手に等間隔にかけられていた。

 

 

 

 

 

「せんたくものぜんぶほせたよ?ほら」

 

 

 

 

 

「あぁ......こんな、いつの間に」

 

 

 

 

 

驚きのあまりに開いた口が塞がらなかった。それと同時に、まだ小学2年生の息子がこんなにもしっかりしているのにもかかわらず、呑気に感傷に浸っている自分に対して情けない気持ちがどっと溢れ返ってきた。

 

 

 

 

そう思うと......ああ、やっぱり。

 

 

 

 

 

 

私は本当の意味で、この子達の母親になってあげることはできないのかな。

 

 

そんな虚しさでいっぱいになった。

 

 

 

 

 

「......先生、どうしたの?げんきないよ?」

 

 

 

 

 

「──あ、あらら、ごめんなさい。先生、ちょっと疲れてるのかもしれませんね。ほら、最近色々とバタバタしてましたし」

 

 

 

 

 

「うーんそうかなー?そんなに変わらないような気もするけど」

 

 

 

 

 

「......とにかく!璃空、今日は......いえ。今日も手伝ってくれてありがとうございました。ほらこんな時間、今日はもう寝なさい」

 

 

 

 

 

悟られまいと必死になるあまり、璃空の小さな背中を少し強めに階段のほうへと押してしまった。それでも璃空はそんな私のわがままを素直に聞いてくれて、「おやすみなさい」とだけ言い残して2階へととぼとぼと上がっていった。

 

 

 

 

 

その暗闇の中から見える背中が、どうにも寂しげで......

 

 

 

 

 

「......あぁ」

 

 

 

 

 

腰から足にかけての力が抜けて、私はその場にへたり込んだ。空虚な洗面台にはずん、という重みのある振動だけが鳴り響いた。

 

 

 

 

いい加減に目を覚ませ、私。世界中の苦しむ子供たちを助けるのではなかったのではないのか?あなたの信念はそんなものか?

 

 

 

 

 

「......私がしっかりしなくて、どうするの」

 

 

 

 

 

自らを鼓舞し、地に足裏をついてからゆっくりと立ち上がる。ここで折れるわけにはいかない。例え彼らにとっての母親が私でなくても、私にとって彼らは大切な子供達......血こそ繋がってはいないが、それはもう家族同然の存在である。

 

 

 

ならば最期まで面倒を見てやらねば。彼らのぽっかり空いた隙間を、曲がりなりにでもいいから私が埋めてやらねば────。

 

 

 

 

 

 

 

でなければ“あの家”を......“あの子”を見限ってまでこうした意味が無くなってしまう。

 

 

 

 

 

「──元気に、しているかしらね......こころ」

 

 

 

 

 

気がつくと私の脳裏には、あの目も眩むほどまぶしい笑顔が浮かび上がっていた。

 

 

そしてそれにはもう二度とお目にかかることはないであろう現実に、私はまた心の傷を深々と抉られたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......ふがっ」

 

 

 

 

 

頭蓋に響いた衝撃に、無理矢理夢から叩き起こされた。目を覚ました時点での態勢から考えるに、頬杖をついていた位置がずれてしまったみたいだ。

 

 

......今何時だ?覚束ない視界で時計を見てみると、短針がすでに5の数字を回っていたことに驚いた。

 

そんな俺の戸惑いに気づいたのか、他のみんなもそれぞれの反応を見せた。

 

 

 

 

 

「あ、せいくん起きた」

 

 

 

 

 

「もう流誠。勝手に寝落ちしないでよ」

 

 

 

 

 

「おはようぐらい言ってくれよ......」

 

 

 

 

 

挨拶がひとつもなかったおかげで、眠気にかまけた俺はさらに機嫌が悪くなった。

 

 

 

 

 

「そもそもお前らが俺がついていけないような話を持ち出してくるから、放置された俺は寝るしかなかったんじゃないか」

 

 

 

 

 

「それは確かに......いやーでもこれがまた懐かしくてさあ、中学の頃が!」

 

 

 

 

 

「だよねー!なんだかんだ言ってあの頃も楽しかったよね。特にAfterglow初のライブのあった文化祭とか!」

 

 

 

 

 

「もう何回も聞いたって、それ......」

 

 

 

 

 

この短時間で耳にタコができることなんてそうそう無い。ひーちゃん達にとってよほどその思い出が感慨深いものだということはわかったが、いかんせん俺にとってはただの与太話のようなものでしかない。

 

 

とはいうものの、実はこの前その時録音されていたという音源を聞かせてもらったのだ。そしてその無骨さには血の気が引くほど圧倒された。とても言い難いのだが......てんで形になっていなかったのだ。

 

しかしその奥底から伝わってくる、オーディエンスにおべっかをかくような典型的な演奏ではないありのままの自分達を素直に表そうとする情熱は、俺の魂を揺さぶって鮮明に伝わってきた。その点で言えば彼女達はこの頃からすでに、今のAfterglowの原型を完成させていたのかもしれない。

 

 

確かに俺にとっては知らない話だ。でもそうやって深々と考えれば考えるほど、彼女達がどんな思いを募りに募らせてライブに臨んだのかとか、どんな表情を見せていたのかとか、ポンポンとはたいてみればそういった好奇心がぽろぽろと落ちてくる。

 

 

 

 

......ああ、そうか。本当は俺も腹の中では気になっていたのか。そのことにようやく自覚することができた。ではなぜ居眠りしていたのかというと、多分知らない世界を見せつけられてひねくれていただけなのかもしれない。

 

 

 

 

 

「ん──......っと」

 

 

 

 

 

これからはもっとひたむきにならなくてはな。そんな新たな決意を胸に、俺は勢いよくのびをした。

 

 

 

 

そんな俺とは正反対に、約1名。

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

体育座りのつぐちゃんが自らの足に向かって水飲み鳥のように頭を揺らしていた。

 

 

 

 

 

「ありゃ、つぐ、寝そうだね」

 

 

 

 

 

「......はっ!!ご、ごめん......こんな時間まで起きてることって......ぜんぜんないから......ふわあ......」

 

 

 

 

 

つぐちゃんは大きな欠伸をすると、小窓から顔を覗かせている薄明かりの青空に寝ぼけ眼を向けた。

 

 

 

 

 

「ふむふむ、5時か。もう朝ですな〜」

 

 

 

 

 

「すっかり喋ったな。ほとんど内容覚えてないけど」

 

 

 

 

 

「2人ともお眠さんですなー」

 

 

 

 

 

そういうモカはというと全然元気な様子だった。しかしこちらとしてもそんなことを言われても困る。

 

俺は話があまり共感性がなかったからふて寝しただけだし、つぐちゃんに至ってはその健全さゆえに夜更かしすることなど普段ならありえない行為なのだから、こういう状況で俺とつぐちゃんが寝落ちしても周りにとやかく言われる筋合いなんてどこにもないのだ。

 

 

 

なんていう合理化を図っていると、ひーちゃんからこんな提案をされた。

 

 

 

 

 

「じゃあ眠気覚ましに外出てみない?朝日見たら気分もスッキリするかも」

 

 

 

 

 

名案だった。もしかしたら歌詞についても何か良い案が浮かび上がるかもしれないし。

 

 

 

 

 

「それもそうだな。じゃあ行こっか」

 

 

 

 

 

俺が呼びかけると、みんなもすぐに立ち上がってくれた。そして朝の気配に導かれるがままに朝霧に包まれた世界へと、みんなで身を繰り出した。

 

 

 

そして、そこで目に映した景色は────。

 

 

 

 

 

「わあ......っ!」

 

 

 

 

 

「おお......!」

 

 

 

 

 

「朝焼け......すっごくキレイ!!」

 

 

 

 

 

玄関を開けたすぐ先に待ち構えていた空と橙のコントラストに、俺たちは思わず息を呑んだ。遠くに見えるビル群よりももっと先にある朝日はすでにその半身を地表へと現し、そこから放射状に後光を放っていた。

 

空には青、雲には白、草木には緑。世界中のあらゆる生命や物に色が付与されていく。そしてそれらにはみな平等に淡い橙色が伴っていて、豊かな温かみを帯びていた。

 

 

 

 

 

「これはエモいっすね〜」

 

 

 

 

 

「ホントだ......」

 

 

 

 

 

「写真撮っとこーっと!」

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

それぞれの感想やシャッター音が飛び交うなか、俺はひとりだけ黙りこくっていた。朝焼けなんていつも日課であるジョギングの時によく目にするはずなのに、今日のはなんだか形容するのがもったいないような......そんな特別な気がしたからだった。

 

 

にしてもなんだか既視感を感じる。順序こそ違えど、俺たちが目にしているものは夕焼けのそれと同じだった。

 

 

 

 

 

「......流?大丈夫か?ぼーっとしてるけど」

 

 

 

 

 

「え?あ、ああ。大丈夫だよ。なんか朝焼けと夕焼けって似てるなーって思ってさ」

 

 

 

 

 

「あー確かに!アタシも見たことあると思ってたんだよな」

 

 

 

 

 

理解者の出現に俺は密かに安心した。でもそれは、ともちゃんひとりだけではなかった。

 

 

 

 

 

「あたしも思ってた。ここから朝になって、昼がきて、夕焼けが出て......夜がくるんだよね」

 

 

 

 

 

「夜がきたら、また朝焼けがでて、朝になる〜」

 

 

 

 

 

そう、蘭やモカの言う通り時は巡る。日が昇り、そして沈めば1日が刻まれて、そうして時は過ぎていく。俺も、そしてみんなもそんな時の波に揉まれながら今日まで生きてきて、そしてこれからも死ぬまで生きていく。

 

でもそのなかで見る“景色”はいつまでも変わらない。いつになっても太陽と月の追いかけっこ。昼と夜の堂々巡り。そこには時々雲や雨模様が割り入ったりして......でもそれらは全て同じ空だ。

 

 

 

それこそ、『いつも通り』に────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......ああああっ!!」

 

 

 

 

 

「うわっ!?びっくりした......何、急に」

 

 

 

 

 

「あ、ごめん。つい......」

 

 

 

 

 

突然の俺の迫真の叫びに驚いたあまり耳を塞いだ蘭に謝罪を添える。だが今はそれどころじゃない。

 

 

伝えなくては、この“発見”を。

 

 

 

 

 

「蘭やモカが言ったことでようやく気づいたんだ。全部、繋がってるんだって」

 

 

 

 

 

「繋がってる......?」

 

 

 

 

 

「空のことだよ。晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、嵐の日も。───どんな姿形でも、空が『いつも通り』なのは変わらない」

 

 

 

 

 

晴れ、曇り、雨、嵐......多種多様な天気を見せる空。でもそんな変化の渦中でさえ、朝、昼、夕方、そして夜と時は平行して均等に刻まれていくのだ。俺が気づいたのは、それが俺達の『空模様』と似通った点があるということだった。

 

 

 

 

 

「さっき、新・いつも通りをみんなで出し合っただろ?」

 

 

 

 

 

「せいくん寝こけてたけどねー」

 

 

 

 

 

「......知らないうちに俺たちの『いつも通り』も変わっててさ。それって、空が時間と一緒に少しずつ変わっていくのに似てるなって思ったんだ」

 

 

 

 

 

雲ひとつなければ底の抜けた薄群青。そんな空にだって、時には物憂げな曇天や泣きたくなるような大雨がやってくる。

 

 

理不尽だとか残酷だとか、色々思うことだってあるかもしれない。でもその次の日には嘘のように晴れ渡ったりすることもある。喜怒哀楽に変わったように見えるけれど、本質的には何も変わってなどいない。

 

 

 

 

 

「全部繋がってるんだ。空も、そして俺たちも」

 

 

 

 

 

「そっか......あたしたちの『いつも通り』は日々少しずつ変わってて、今までそれが不安で仕方がなかった」

 

 

 

 

 

「でもそれは間違いだったってことか」

 

 

 

 

 

「そうだねー」

 

 

 

 

 

いつまで経っても今も昔も変わらない。過去、現在、そして未来になっても変わらない『いつも通り』が、俺たちにはあるんだ。

 

 

 

 

 

「うん。今は私たち、同じ新しい『いつも通り』を見てるよね?」

 

 

 

 

 

「私もそう思う!『いつも通り』は、日々変わっていくこと。日々変わってく中で、変わっちゃいけない『いつも通り』を守ること」

 

 

 

 

 

それが私たちがいつまでも一緒にいられるためにできること。ひーちゃんはそう続けると、蘭にこんな提案をした。

 

 

 

 

 

「ね、これを歌詞にしようよ!」

 

 

 

 

 

身を乗り出すひーちゃんに、蘭はあたかもそう言うとわかっていたかのように頷いた。

 

 

 

 

 

「あたしもそう思ってたとこ。新しい『いつも通り』をあたし達の中にずっと刻んでおけるような歌詞......そんな歌詞にしたいね」

 

 

 

 

 

蘭の願い、それは俺やみんなも同じだった。ようやく見つけたこの俺達の『いつも通り』を、確かな形のまま後世にまで残しておきたいんだ。

 

でもそうするためにはもうひと工夫加えておかなければなるまい。俺達の絆がいくら深いとはいえ、それを載せた最高最善の手を尽くした曲でなければ廃れてしまうかもしれない。

 

 

 

石橋は叩いて渡れ。そうして俺は石橋と足りない自分の頭を頭を叩いて案を捻り出し、それを持って向こう岸へと石橋を渡った。

 

 

 

 

 

「あ、あの、さ。歌詞のなかに変わってく空の色とか入れてみないか?朝日とか夜空とか。もちろん夕焼けもさ......どうかな?」

 

 

 

 

 

らしくなく腰を低くして反応を伺う。すると答えはすぐに返ってきた。

 

 

 

 

 

「せいくん、ナイスていあーん」

 

 

 

 

 

「空模様か......いいね、それ。......うん。歌詞のイメージ、湧いてきたかも」

 

 

 

 

 

「ほ、ほんとか!?」

 

 

 

 

 

安堵に胸を撫で下ろす。その理由はただ自分の案を採用してくれたことではなくて、もっと根本的な部分にあった。

 

 

 

 

 

「俺、この前のことで色々反省したんだ......だから今度は蘭の役に立ちたいって思って、だから───」

 

 

 

 

 

だから、蘭の力になりたかった。無責任な言葉で傷つけるのではなく、親身になって助けになりたかった。

 

そんなお誂え向きにも見える俺の願いを、みんなはなんの勘繰りもなく快く引き受けてくれた。

 

 

 

 

 

「蘭だけじゃないぞ。これはアタシたちの歌でもあるんだから、流はみんなの力になったんだ」

 

 

 

 

 

「あー!流誠に先越された〜!あたしもそう言おうと思ってたのにー!」

 

 

 

 

 

「おや、こういうときこそリーダーの本領発揮するとこじゃないんすか〜?」

 

 

 

 

 

「モカは黙ってて!」

 

 

 

 

 

いつも通りのやりとりに、どっと笑いが巻き起こる。空へ突き抜けた暖かい笑い声は、少し肌寒い朝風にのってどこかへと飛んでいってしまった。

 

 

 

しばらくして静寂が訪れた。それから俺達は今一度、あの雄大な朝焼けに思いを馳せた。

 

 

 

 

 

「朝焼け......ほんとにきれいだね。夕焼けよりも空の色が渋くて」

 

 

 

 

 

「......アタシはやっぱり、燃えるみたいな色の夕焼けが一番好きだけどな〜」

 

 

 

 

 

「うん、俺もだ」

 

 

 

 

 

初めてこうして朝焼けをまじまじと眺めたはいいものの、やはり俺たちにはAfterglowが一番似合っていたし、何より俺達自身もそれを好いていた。

 

 

......しかし、Afterglowが結成したきっかけって結局は何なのだろうか。そしてなぜよりにもよってAfterglowという名前が名付けられたのだろうか。俺はそれが今になってもわからずじまいのままだった。

 

 

 

まあいい、この際流れで教えてもらっても悪くないだろう。そう思った俺はみんなに問いただそうと口を開きかけた。

 

 

 

 

が、その瞬間。

 

 

 

 

 

「......くしゅっ」

 

 

 

 

 

モカの縮こまったくしゃみが、冷え切った秋空に高らかに響き渡った。そこで俺は、動かしかけた自分の口の動きを「あのさ」から「大丈夫か」へ変換させた。

 

 

 

 

 

「残暑っぽいとはいえ、朝はさすがに冷えるからな」

 

 

 

 

 

「そうだね。風邪ひいてもあれだから、もう戻ろっか」

 

 

 

 

 

つぐちゃんの意見には一同賛成だった。少しは心残りがあった俺もここは空気を読んでみんなに合わせて頷き、くるりと孤児院のほうへと踵を返した。

 

 

 

とはいえ、バンドの結成した理由など聞こうと思えばいつでも聞けることだし、そこまで気にしなくてもいいだろう。また今度聞けばいい。

 

 

 

 

そうして愚かなまでに雑に割り切れるほど、今の俺は純粋な期待心で満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......さあ。蘭のソロ作詞作曲作業が始まってから、かれこれ小1時間ぐらいは経っただろうか。半身しか姿を現していなかった朝日は、すでにその全容を外界に晒していた。

 

 

そんな眩しい陽だまりとは対照的に、俺の部屋は静寂に包まれていた。「あとはあたしに任せてよ」と啖呵切ったあの蘭も、ノートパソコンの音楽編集ソフトを起動したまま机に突っ伏せていた。皆すやすやと、気持ちよさそうな寝息を仲良く立てている。

 

 

 

じゃあそれを目の当たりにしている俺はなぜひとりだけ目を覚ましているのかというと、日課である朝のジョギングに行くためであった。

 

 

 

 

 

「んー......と、あったあった」

 

 

 

 

 

朝食代わりにパサついた栄養補助食品を頬張りながら、お目当てであるウインドブレイカーを棚から探り当てる。蛍光素材の縫い込まれたその白地の布を見に纏うと、早速そこに反射してきた朝日の光に少し目が眩んだ。

 

 

 

 

 

「......よし」

 

 

 

 

 

残像を振り払って鏡の前で身なりを確認し、「いつも通りだ」と満足げに頷く。でもその『いつも通り』は、すでに普段口にするようなものではなくなっていた。

 

 

 

昨日と今朝......『いつも通り』とは一体何なのか、みんなと頭を捻って考え抜いた。だがそんなことをせずとも、その答えは俺達のすぐそばにすでに存在していたのだった。

 

朝、昼、夜、そしてまた朝。そうしてとめどなく昼夜逆転するあの空こそが、俺達の『いつも通り』だったということ。それに気づけた今なら、空に対する見方も変わっているだろう。

 

 

 

 

 

「今日の朝は一味違ってそうだな」

 

 

 

 

 

ウインドブレイカーのチャックを首元まで締め、小窓から差し込む朝日に目を向ける。そんな新しく始まったばかりの『いつも通り』の世界に期待を寄せながら、俺は軽い足並みで部屋の外へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......はずだった。

 

 

 

 

 

「うあっ」

 

 

 

 

 

何かに足でもとられたのか、扉へと進めようとしたはずの足が前に出なかった。

 

鉄球でも引っ張っているのだろうか。そんな力強く握られたような足からの感触に、俺は眉をひそめて......

 

 

 

 

 

 

 

───否。”握られたような“ではなく、“それ”は実際に俺の足を“握っていた”。

 

 

 

 

 

「は?......手?」

 

 

 

 

 

目を疑った。いきなりこんなものが足を掴みかかってきたら、誰だって驚くに決まっている。だがいつまでも驚いていたって事は進まないので、俺は次にその持ち主が誰なのかを判別するべく、先に続いている腕を辿ってみた。

 

 

細くしなやかな腕。ぬっと伸びたその先には、俺のお気に入りであるふわふわの毛布が横たわっていた。そして俺はそれが何を、誰を包み込んでいるのかを他の誰よりも知っていた。何せ、俺が被せてやったからだ。

 

 

 

くしゃみをしたくせにろくにかけものもせず、半袖のまま力無く壁にもたれて目を瞑って......俺はそれが心配になって、やむを得ず近辺にあったその暖かいお気に入りの毛布をかけてやったのだ。

 

 

 

だが、今となってはどうだろうか。

 

 

 

 

 

「って、お前......」

 

 

 

 

 

毛布をかけて風邪の予防もして一安心。それなのに俺の胸は、再びざわめき始めていた。その原因は目の前の光景にあった。

 

 

 

 

 

「モカ......?」

 

 

 

 

 

「......せい、くん」

 

 

 

 

毛の塊から顔を覗かせているモカ。彼女の俺の名を呼ぶ声はいやに震えていて、いつものへらへらした態度を一切感じさせないものだった。

 

 

それに気持ち悪さを覚えたのも束の間、モカはふと顔を持ち上げて、こちらを一直線に見つめてきた。

 

 

 

 

そして────。

 

 

 

 

 

「いかないで......もう、あたしを置いていかないで......っ」

 

 

 

 

 

心の奥底で予感していた事実にようやく確信づくことができたのは、モカの顔を伝う涙が朝日に照らされてからだった。




いかがだったでしょうか。次回は久しぶりに番外編で、2月16日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!


それではまた次回お会いしましょう。さいなら!

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