Afterglow〜Episode of Another〜   作:ある@誠心誠意執筆中

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どうもあるです。

今回は後書きの方で流誠くんのことについて少しばかりお話しさせていただきたく存じます。今後の彼への見方が変わるかもしれないことなので、よかったらぜひ目を通してってください。



それでは本編、どうぞ!






第13話 萌芽

辺り一面、闇だった。

 

 

 

 

 

暗い、暗い、闇だった。

 

 

 

 

 

ひとたび足を踏み入れればそこから瞬く間に体ごと引きずり込まれそうな、漆黒の沼。

 

 

 

 

 

月明かりも、星明かりでさえもその一切を遮られた夜のとばりに、あたしはひとり立っていた。すでに沈んだ陽を目で追いながら、追いかけられずにいた。いずれまた昇るだろうと待ち続けていた。

 

 

 

 

 

それでも、いつまで経っても、決まってそこに在るのは漆黒の世界のみだった。遠くからかぐわしい花の香りが鼻にかかるたびに、それが愛おしくてたまらなかった。

 

 

 

 

 

でももう、嫌になった。強がる自分のことが。素直になれない自分が。貧弱な心の自分が。

 

 

 

 

 

だから目を閉じた。授業中にこっくりと眠るように、すっ、と。悪夢......そのさらに先にある“夢の夢”を見ようと試みたんだ。

 

 

 

 

 

ぷつんと糸が切れたマリオネットのようにその場にへたり込む。だが、その時だった。

 

 

 

 

 

突如として“光”が差したのは。

 

 

 

 

 

巣穴をこじ開けられたモグラはこんな気持ちなのだろうか。自分を嫌なくらいに一直線に照らしてくるあの“光”に、あたしは思わずたじろいだ。

 

 

 

 

 

でもそれはただ単に、あたしが天邪鬼なだけだった。あたしは無意識のうちにその“光”へと手を伸ばしていたのだ。

 

 

 

 

 

否応無くだんだんと距離が縮まっていく。空の天井に位置していたかのように思えた“光”が、米粒から拳ほどへと次第に大きさを変えていく。

 

 

 

 

 

その反面あたしは躊躇っていた。あの“光”に手を伸ばしてはいけない、そんなことは許されないような気がしてならなくなったのだ。

 

 

 

 

 

理由はわからない。ただ、そう思えるだけの原因があるのは事実なのだろう。なら今はそれに従うのみ。“そうやって”あたしは生きてきたし、きっとこれからもそうなのだろう。

 

 

 

 

 

そうしてあたしはせっかく近づいた距離を苦惜しく感じながら、伸ばしかけた手を引っ込めた。“光”もそれに準ずるように、その煌めきようを弱め始めた。

 

 

 

 

 

......わけではなかった。か弱いと思われていた灯火は、再びその勢いを増していったのだ。

 

 

 

 

 

それはもちろん、“光”自身の意思によるものではなくて────。

 

 

 

 

 

 

 

『────』

 

 

 

 

 

 

 

己に向けられた声。それに向かって、あたしはただ一心に、川に溺れた子供のように、必死に、必死に、必死に必死に必死に......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───いかないで」

 

 

 

 

 

 

 

愚かしくも、その手をまた一縷の“光”へと掴みかからせていた。

 

 

 

 

 

頬を伝う熱が、いつもよりも嫌に熱く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

 

 

 

 

「ぐすっ......うん。ごめんね、突然泣きついちゃって」

 

 

 

 

 

モカの背中の震えもだいぶ収まり、俺はひとまず胸を撫で下ろすことができた。その反面、そんなずっと怯えたままだった彼女の背中をなぜかさすってやれずに躊躇し続けていた自分の有り様に後悔もしていた。

 

 

場所を外に移したおかげで、先ほど浴びたばかりの涼しい朝風が再び頬をなでてきた。俺はそれに急かされるように、モカにこう聞いた。

 

 

 

 

 

「なんで泣いたりしてたんだよ」

 

 

 

 

 

「えへへ。もしかしておどろいちゃったー?」

 

 

 

 

 

モカはまた普段のような冗談めいたことを口にしたが、それはどこからどう見ても弱みを隠すための言い逃れのようなものにしか聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「......モカ」

 

 

 

 

 

真剣な眼差しを向ける。それを一身に受けたモカがあからさまにたじろぐ。やはりコイツは何か隠して────、

 

 

 

 

......いや。その答えはすでにわかりきっているはずだ。“何か”ではない、形のある“確かなもの”だ。

 

 

 

もう、目を逸らしたりしてなるものか。

 

 

 

 

 

「怖いんだろ?」

 

 

 

 

 

「え......」

 

 

 

 

 

「変わることが正しいことだっていうのはわかってる。でも怖い。そうだろ?」

 

 

 

 

 

これまで見て見ぬフリをしてきた自分への戒めでもあった。俺は自分で自分に問うたのだ。これがお前が望んだ結果なのか、と。右往左往している暇なんてあったのか、と。そうして出された回答に、俺はもちろん首を振った。

 

 

 

 

 

「......うん」

 

 

 

 

 

目を伏せながらこくりと頷くモカを見て、俺はさらに胸が締め付けられる感覚を覚えた。

 

 

 

 

 

「みんなが蘭の、お互いの背中を追いかけようとしているなかで、あたしだけ決意が弱いままだったんだよね」

 

 

 

 

 

「────」

 

 

 

 

 

「自分でもウンザリだよ。あれほど強がってたのに、結局はこうなるんだから......ね?」

 

 

 

 

 

力無くはにかむモカに、俺は何も言ってやれなかった。その悲哀に満ち満ちた表情こそが、俺の犯した罪そのものだったから。

 

 

俺が身勝手に馬鹿みたいなことを一生懸命悩んでいたせいで、他人の気持ちを自分の杓子定規で推し測って、勝手に結論づけたこと。その因果の果てを目の当たりにし、茫然と立ち尽くす。

 

 

様々な後悔が頭の中で渦を巻く。そうしている今でも、未だに俺は解決方法が見当たらずにいた。それでもぶつかってやることが正しいことぐらいはわかっている。にも関わらずこうして懊悩しているのは、俺にろくな勇気が無い何よりの証拠だった。

 

 

 

 

 

ああ、モカ。俺は君に......

 

 

 

君に一体、何をしてやれば────。

 

 

 

 

 

「──にしても懐かしいなぁ」

 

 

 

 

 

「......え?」

 

 

 

 

 

モカの藪から棒な発言に思わず死にかけた目を丸くする。懐かしい?はて、モカはここに一度と来たことがあっただろうか。

 

 

 

 

 

「懐かしいって、急にどうしたんだよ」

 

 

 

 

 

「あ、聞こえてたー?ただの独り言だよー。つっても、やっぱり覚えてないかー」

 

 

 

 

 

そう言って遠くを見つめるモカにさらに眉をひそめる。また言い逃れかと訝しむ俺を見兼ねたのか、モカはまるで宝物に被った埃を振り払うかのように、ゆったりとした態度で語り始めた。

 

 

 

 

 

「懐かしいって言ったのは『昔』の話。そこで見た風景が今見てるのと似てたから、なんか懐かしくなっちゃってさー」

 

 

 

 

 

「昔見た風景と、今見てる風景が......」

 

 

 

 

 

モカの言葉につられるように辺りを見渡してみる。風に揺られる道草に、鬱蒼とした樹木。そしてその天井からこちらを見下ろしている青空。

 

 

......なんだ、ただの見慣れた孤児院の庭じゃないか。これのどこが懐かしいと言えるのだろうか、俺には皆目見当が付かな────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......あれ。

 

 

 

 

なんで。

 

 

 

 

 

「あれ───ぇ」

 

 

 

 

 

隣に座っているモカに、なぜか、ノイズが、走って、見えて......

 

 

 

 

 

──瞬間、俺の脳裏に稲妻がほとばしった。

 

 

 

 

 

「......ぐっ!?あぁっ、ぅあ......ッ!」

 

 

 

 

 

「えっ......?せ、せいくん!?大丈夫!?」

 

 

 

 

 

目を剥いてまで心配するモカには悪いが、彼女を安心させられるおべっかをかく余裕は生憎今の俺には持ち合わせてなどいなかった。

 

 

頭蓋を直接揺さぶられるような感覚。今までのとはまるでワケが違う、脳神経が焼け切られたみたいだ。

 

 

 

身をよじるような痛み。でも、なぜだろうか。そんな苦痛を味わう反面、喜びと感動のような感情が湧き上がってくる......その原因が何なのかを俺はすでに知っていた。

 

 

 

 

身に覚えの無い記憶が容赦なく脳内に雪崩れ込んでくる。それでいて産湯のように生暖かい、この流動は────。

 

 

 

 

 

「......ああ、もう大丈夫。久しぶりでびっくりしただけだ。心配してくれてありがとな、モカ」

 

 

 

 

 

咄嗟に俺の肩を支えてくれたモカに感謝しながら、胸に手を当てて呼吸を整える。

 

 

 

そして......

 

 

 

 

 

「───それと、思い出させてくれて」

 

 

 

 

 

俺は静かに目を瞑り、記憶の濁流の中へと身を投じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......せいくんっ!」

 

 

 

 

 

周りの環境音の一切が遮断された暗闇に、石を投げつけるような昂ぶった声が舞い込んできた。うっすらとしか聞こえなかったそれが気になった僕は、耳を塞いだままの手をそっと引いて、声の出所へと瞑った目を開けた。

 

 

 

 

 

「あっ......モカちゃん......!」

 

 

 

 

 

「はあ〜、やっとみつけたー。もー!勝手にいなくなったらダメでしょー?」

 

 

 

 

 

ぷりぷりと叱咤され、僕は何の言い訳もできずに目を伏せる。

 

 

 

 

 

「ここをぼうけんしてみようっていったのはせいくんなんだから、もうちょっと気をつけてよねー」

 

 

 

 

 

「うぅ......ごめんなさい」

 

 

 

 

 

モカちゃんの言う通りだった。まだ小学生になって間もない子供にも関わらず傲り高ぶった僕は、いつも遊ぶ場所から少し離れた場所で冒険してみようと言い張って、渋々なみんなを無理矢理に付き合わせて......挙げ句の果てにはこのザマなのだから。

 

 

 

 

 

「でもこわくてしかたなったんだ......ひとりぼっちになってから、ずっと......」

 

 

 

 

 

「ま、らんちゃんこわがりだから、さっさとぼうけんしてかえろうって言って先に行っちゃったからねー。そりゃおいてかれてもしかたないかー」

 

 

 

 

 

「うん。それでもおいかけようとしたら、いつの間にかみんなもいなくなっちゃってて......」

 

 

 

 

 

そして、気がつけばひとりだった。ひとりぼっちになった僕とともに周りに残されたのは、腰の高さに届きそうなくらいのうざったい雑草に、風に煽られ葉をざわめき立たせる木々と、空虚なまでに澄み渡った空という不気味な光景だけだった。

 

 

 

とても怖かった。目に見えるものの悉くから見下され、へらへらとあざ笑われるような。そんな錯覚に囚われ続けて、飲み込まれそうな勢いだった。目を瞑って耳を塞ぎ込んだ僕にできたのは、その音の無い暗闇の世界に映ったみんなの背中を追いかけようとすることだけだった。結局それすらもままならなかったが。

 

 

そんな中、モカちゃんの一声が僕を覚醒へと導いてくれたのだ。

 

 

 

 

 

「......ありがとうモカちゃん。僕を見つけてくれて」

 

 

 

 

 

「モカちゃんレーダーにかかればこんなのばんめしあと......じゃなくて、えーと......?うーん、なんかちがうきがする」

 

 

 

 

 

「それを言うならあさめしまえ、じゃないかな?ぜんぶさかさまだよ」

 

 

 

 

 

「あれー?そうだっけー」

 

 

 

 

 

「ふふっ......もう、モカちゃんってば」

 

 

 

 

 

きょとんとしたモカちゃんの顔がとてもおかしくて、僕は思わず吹き出した。

 

やはり、こうして親友が近くにいてくれるだけでも心が落ち着いてくる。気がつくと僕の体の震えはとうになくなっていた。

 

 

 

モカちゃんがふいに、僕の顔を覗き込んできた。

 

 

 

 

 

「いけそう?」

 

 

 

 

 

「うん。だいじょうぶ」

 

 

 

 

 

僕の返事を受け取ると、モカちゃんから「じゃあ、はいコレ」と手を差し伸べられた。

 

 

 

 

 

「えっ?なに?」

 

 

 

 

 

「いいからにぎってー」

 

 

 

 

 

「う、うん......ってうわあっ!?」

 

 

 

 

 

躊躇いつつモカちゃんの手を掴むや否や、僕は思いっきりそれに体を引っ張られる感覚に襲われた。というより実際に引っ張られている。それも、一瞬でも気を抜いたら引きずられそうなくらい。ものすごい勢いで連れ走らされている。

 

 

 

 

 

「ちょっ......モカちゃん!まって!まってってば!はやいよぉ!!」

 

 

 

 

 

「せいくんはさー!」

 

 

 

 

 

「え、えぇ!?」

 

 

 

 

 

それどころじゃないが、僕はモカちゃんの呼びかけに辛うじて返事をした。ぐるぐると目を回す僕には目もくれず、モカちゃんはこう答えた。

 

 

 

 

 

「せいくんはー、みんなとはぐれたから泣いてたんだよねー?」

 

 

 

 

 

「な、泣いてなんかないもんー!」

 

 

 

 

 

「でもこわがってたんでしょー?」

 

 

 

 

 

「うぅ......そ、それは、その......」

 

 

 

 

 

息が上がってきたのも相まってか、僕は何も言い返すことができなくなり口籠った。

 

 

 

 

 

......突然、モカちゃんの足が止まった。

 

 

 

 

 

「わぶっ!?」

 

 

 

 

 

慣性で前倒しになりかけた体を余力でなんとか持ちこたえさせる。それからモカちゃんに向けて今度は何だと、あからさまに睨みつけてみせた。

 

そこには、悪びれもないモカちゃんの姿があった。

 

 

 

朗らかな笑顔で、僕と繋いだ手を差し向けるモカちゃんの姿が。

 

 

 

 

 

「じゃあ、こうしていればもう離れたりしないよね」

 

 

 

 

 

「え......?」

 

 

 

 

 

「あたしもいっしょにおいかけてあげるってことだよー」

 

 

 

 

 

「......!」

 

 

 

 

 

優しく微笑みかけるモカちゃんに、ハッとさせられた。この繋いだ手の意味を知って、思わず息を呑んだ。

 

 

モカちゃんは遠のく蘭ちゃん達の背中を、親切にも一緒に追いかけてくれると言うのだ。

 

 

 

 

 

「モカちゃん......!」

 

 

 

 

 

「ひとりじゃないんだから、もうちょっとあたしのことだってたよっていいんだよー?」

 

 

 

 

 

「うん......うん......!」

 

 

 

 

 

モカちゃんの言葉に静かに頷き返す。握った手に力を込める。もうはぐれないため、そして一緒に追いかけるため。

 

 

それを見届けたモカちゃんもまた、ほぐれた笑みをさらに深くさせてから強く握り返してくれた。

 

 

 

 

 

「よーし、それじゃあれっつごー。いざ、“みんなのせなか”へ〜」

 

 

 

 

 

そんなモカちゃんの駅のアナウンス調の語り口を合図に、僕達は再び鬱蒼とした森の中を駆け抜け始めた。

 

 

颯爽と切っていく風の冷たさも、この手の温もりさえあればなんともなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ふぅ」

 

 

 

 

 

「終わったー?」

 

 

 

 

 

「ああ。なんとかな」

 

 

 

 

 

覗き込むモカの顔に向かって微笑み返す。とても清々しい気分だった。頬を撫でる風には冷たさのほかに懐かしさが加わって載せられている気がした。

 

 

 

 

 

「......うん。確かに似てるな」

 

 

 

 

 

澄み切った視界で再び辺りを見渡す。モカの言う通り、目に映る景色全て“あの日”のものと同じように見える。ざわめく木々も、揺れる道草も、青空も。

 

 

 

しかしそんな相似した景色の中にも、ただひとつだけ違う点があった。

 

 

 

 

 

「あん時と違って、隣には最初からすでにお前がいるけどな」

 

 

 

 

 

「あたしがいなきゃ、せいくんまた泣いてたかもねー」

 

 

 

 

 

「お前が言うな」

 

 

 

 

 

モカの額を指ではねると、まだ赤みがかった目が「うぐーっ」としわを寄せて勢いよく閉じられた。

 

 

 

 

 

「そんないじめたらまた泣いちゃうんだからねー?」

 

 

 

 

 

「あー泣け泣け。泣きたきゃ好きなだけ泣けばいい。そしたら笑ってやるよ」

 

 

 

 

 

「ああ、あの頃の優しくて健気なせいくんはどこへやら......ヨヨヨ〜」

 

 

 

 

 

目元に手を当てて泣き真似をしたモカに約束通り嘲笑を浴びせてやると、横腹を肘でつつかれた。つつき返すとまたつつき返された。しばらくその繰り返しだった。

 

 

 

 

 

「このー。生意気だなー、もう。ふふ」

 

 

 

 

 

「あははは。......はぁ」

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

「......なあ、モカ」

 

 

 

 

 

子供がおもちゃで遊び疲れた後のような静寂を切り裂き、モカに向き直る。くっと彼女の顔が少し強張るのを見届けて、俺は思いの丈を伝えるべく口を開いた。

 

 

 

 

 

「追いかけるのが怖いんだろ?それでいて置いてかれてひとりぼっちになることが」

 

 

 

 

 

「うん......」

 

 

 

 

 

最近になって見かけることが多くなった憂鬱な顔を、モカは再び自らの表情として俺に見せてきた。

 

 

とても物寂しい顔をしている。でもそんなもの、お前には一番似合わない代物だ。

 

 

 

 

 

「......とりあえず笑えよ。そのほうが気持ちも楽になるだろうしさ」

 

 

 

 

 

「笑えないよ。だって、怖いものは怖いんだもん」

 

 

 

 

 

「あー、まあ、それもそうだよな」

 

 

 

 

 

無理強いをしたのはこっちだ。俺はきまり悪くなって頭を掻いた。確かに気落ちしてる最中に突然笑えだなんて言われても火に油を注ぐだけである。

 

 

 

 

......こういうのはやっぱり、ちゃんと“順序立て”しなきゃな。

 

 

 

 

 

「確かに怖い。俺だって周りの環境が目まぐるしく変わっていくのを見ているとなんだかめまいもするし、それはすごくわかるよ」

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

「でもなモカ。実はそれ、自分が“ひとりぼっち”だと思っているからなんだぞ?」

 

 

 

 

 

「──え?」

 

 

 

 

 

「俺だってそうだったろ?お前が思い出させてくれた。ひとりで体を小さく丸めて怯えていただけ......」

 

 

 

 

 

暗い、暗い不安という名の森の中。まどろみに囚われ、鬱陶しい足枷に身動きが取れなくなる。何もできない無力感、どうにもならない絶望感、変えられない現実への悲壮感に身も心も侵されそうになる────。

 

 

 

 

 

「でも、そこにお前が来てくれた。一緒に行こうって手を引いてくれた。───決して俺を置いて行ったりしなかった」

 

 

 

 

 

現れた一筋の温かい、春の陽だまりのような光。その光明の紐を掴めば、たちこむ闇もたちまち霧散していった。

 

 

 

 

 

「あの時運動音痴だった青藍(おれ)が走れたのはお前のおかげだったんだよ。お前がずっと手を繋いで隣にいてくれたから......みんなの背中に追いつくことができた」

 

 

 

 

 

「......ぁ」

 

 

 

 

 

「だからモカ。不安なら俺が一緒にいてやる。あの頃と同じで手を繋いで、一緒にあの先々行く背中を追いかけるんだ」

 

 

 

 

 

「......!」

 

 

 

 

 

ようやく気づけた。いや、モカに気づかされた。大切なものは......その答えはすでに、俺の中にあったのだ。

 

 

今までのようなトラブルに比べれば、俺が森に迷ったことなんてほんの些細な出来事だった。でもそれが一番大切なことを気づかせてくれた。先生の言う通りだった。

 

 

 

 

 

「あの時、お前は俺に手を差し伸べてくれた。挫けそうな心を奮い立たせてくれたんだ。それは、俺とお前ふたりだったからできたことなんだと思う」

 

 

 

 

 

「うっ......」

 

 

 

 

 

「何クソって追いかけてやろうぜ。そんで追いついて、終いにゃ追い越して、遅いぞって笑ってやるんだ」

 

 

 

 

 

あの日モカがそうしてくれたように手を差し伸べる。ようやく見つけた。これが俺の、モカのためにしてやりたいことだった。

 

 

 

 

今度は俺が、お前を引っ張ってやる。

 

 

 

 

 

「だから......だから、俺の手を取ってくれ」

 

 

 

 

 

「せいくん......!」

 

 

 

 

 

「もう、お前の泣き顔は見たくないんだよ」

 

 

 

 

 

この時俺は、どんな表情をしていたのだろうか。たとえそれがわからなかったとしても、泣いたりとかそんな顔ではなかったのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

それは。

 

 

 

 

 

「お前といれば、俺だってずっと、ずぅーっと笑ってられるだろうから」

 

 

 

 

 

「......っ!」

 

 

 

 

 

「っ、て!?」

 

 

 

 

 

引き寄せられる感覚に体全体ごと持っていかれそうになるのをぐいっと堪えると、モカが俺の手を両手で大事そうに握っているのが見えた。

 

 

 

 

 

「ズルいよ......こんなの......こんなの......!」

 

 

 

 

 

「モカ......」

 

 

 

 

 

「ずっとみんなに迷惑かけたくなくて......心の中に塞ぎ込んで、ひとりで抱えてた。なのにこんなにもあっさりと......!」

 

 

 

 

 

歪んだ口から吐露される言葉の数々が俺の耳から体へとインプットされていく。それは元から俺のものだったかのように、我が物顔で俺の心の中にどっかりと居座った。そこからチクチクとした感触が全体へと伝わっていくと、痛みは温みへと昇華した。

 

 

 

 

 

「こんなの......あたしには優しすぎるよ......ぬるすぎるよぉっ......!」

 

 

 

 

 

「バカ、困った幼馴染を助けるなんて当たり前のことだろ?変な自己犠牲なんて考えるな。お前には俺たちがいて、俺たちにはお前がいるんだから」

 

 

 

 

 

繋いだ手の片方をモカの背中へと移す。そのまま俺は、モカをそっと抱き寄せた。小刻みに震える背中を撫でながら、俺はこう告げた。

 

 

 

 

 

「だからもう泣くな。お前の小さな不安ぐらい、他の誰かに見せたくなくたって俺がいくらでも一緒に請け負ってやるから」

 

 

 

 

 

「うっ......ひぐっ......」

 

 

 

 

 

「だからさ......一緒に、“みんなの背中”にれっつごーしよ?」

 

 

 

 

 

「うっ、ううっ......ぅああぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

さするモカの背中の震えは止むことはなかった。むしろ大きくなるばかりだった。だが、そんな慟哭の中にはもはや恐れなんてものは存在していなかった。

 

 

 

モカは俺と繋いだ手を強く絡めながら、俺の懐でただただ涙を流すだけだった。頬を伝ったそれは次に、ふたりの手の中に落ちて────。

 

 

 

 

 

「よしよし......よく、頑張ったね。頑張った、頑張った」

 

 

 

 

 

ぽたり。ぽたり、ぽたりぽたり。

 

 

涙の斑点は俺たちに温みを共有すると、毒が抜けるように触れた先から蒸発していった。

 

後に残ったのは、俺とモカの手の温もりだけだった。




いかがだったでしょうか。次回は番外編で、2月22日に投稿予定です。お楽しみに!


さて、前書きでも話した通り今回は流誠くんについて語らせていただきます。

小さいころに事故に遭い、両親と自らの記憶を失った流誠くん。そうしてすっかり性格も変わってしまった彼ですが、実は記憶を失う前──つまり青藍くんを匂わせる言動がちらほら見受けられるのです。

青藍くんであったことをあまり好まない流誠くん。そんな彼がなぜ自らの嫌悪の対象の言動をわざわざするのでしょうか。

そしてその行動が彼の意識下からなるものなのか、はたまた無意識ゆえのものなのか...どちらなのかまでは言い切りませんが、そこは読書の皆様のご想像にお任せします。ここから流誠くんへの見方も変わるかもしれませんからね。



さて。今回お話ししたかったのはそういうことです。手間だとは思いますが、ぜひとも皆さんの頭の中でそういった妄想を膨らませてみてください。そうすることによってこの作品をもっと楽しんでいただけるかもしれません。


それではまた次回お会いしましょう。さいなら!
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