Afterglow〜Episode of Another〜 作:ある@誠心誠意執筆中
コロナウイルス、怖いですよね。僕は四国住みなんですが、とうとう四国にも感染者が出たみたいでらしくもなくびくついております...こわひ......そこはかとなくこわひ......まあどうせ罹らないんでしょうけどね()
あ、今回も後書きのほうで小話挟みます。ということで本編、どうぞ!
ノブに手を掛けてゆっくりと扉を開く。静まり返った俺の部屋には、可愛らしい寝息が未だに鳴り響いていた。
「ふっふっふ、みんなおねむですなぁ」
「あまり騒いでやんなよ」
モカは俺の忠告を背にそそくさと部屋に入るや否や、先ほどの毛布をまた自らの上に覆い被せた。どうやらその気はこれっぽっちも無いみたいだった。
そんな光景を横目に今朝のジョギングの埋め合わせはいつ行おうかとウインドブレイカーを脱いでいると、モカが口角をにへらと吊り上がらせてこちらを見つめていることに気がついた。
「せーいくん」
「なんだよ」
「まあまあこちらへ〜」
「はあ......?まあいいけど」
どうせまた面倒ごとに巻き込まれるのだろうなと承知したうえで、手招きに導かれてやった。そうして近寄ったが最後、モカは俺を「それ〜」と毛布の中に閉じ込めた。
もちろんその中にはモカも入ったままである。
「んうっ......!?おいモカ......!何すん──」
布一枚の中、互いの吐息がかかるほどに縮まった距離に思わずたじろぐ。それでも蘭たちを起こすわけにもいかないので、苦しみながらも息を殺した。対してモカはお構いなしに息を荒げているので、中はさながら蒸し風呂である。
運動後とはまた違った類いの緊張に胸を締め付けられる。その元凶であるモカを恨めしげに睨みつけてやると、彼女もまた顔を赤く染めていた。
「えへへ〜。これで一緒でしょ?」
「一緒......って」
モカの含みのある言い方には突っかかるところがあった。それは先ほど外で語り合った際に出した単語だった。
「お前なあ......俺が言ったのはその意味での“一緒”じゃないんだけど」
「しゅーん......」
「......あ」
あからさまにしょげるモカに一瞬呆気に取られる。モカはその隙を突いて、俺に畳み掛けてきた。
「モカちゃんの側にいてくれるんじゃなかったの......?」
「っ......だからそれもだな......!」
「ううっ......せいくん冷たいなぁ、モカちゃん悲しいなー、また泣いちゃうかもなー」
「......」
実際、モカの涙腺には潤いが増してきていた。コイツの芝居もここまでくると女優レベルなんじゃないかってつくづく思う。モカは堅気な俺を落とすのにどんな身振り手振りをすればいいのか熟知していたのだ。
でも......
そんな思惑ばかり巡っているひねくれ屋な俺でも。
「......っ」
「およ?」
「し、仕方なくだからな......クソ恥ずかしいけど。だからほら、もう泣くなよ......」
悲しむ幼馴染の側に寄り添って、涙を拭ってやることぐらいはできる。
「相変わらず素直じゃないなー。......まあでも、ありがと」
モカがにまりとはにかむ。なんだか見ているだけでも眠たくなってきそうな、そんな優しい笑みだった。
「にしてもあったまる〜......せいくんってなんでこんなにあったかいのー?」
「知るかよ。基礎体温が高いとか、んぐ......そんな......だろ......んぶ、っておい!おま......!」
モカは俺の肩にもたれかかるや否や、何を思ったのか俺の頬を念入りにいじり始めた。ここが一番暖かいのだろうか。
私利私欲を満たそうとするモカの行動はされる側の俺からしてみればただの邪魔でしかなかったが、それでコイツの涙が引っ込むのならと「やめろ」という一言を喉元でぐっと堪えた。
「あはは、せいくんのほっぺもちもちー。赤ちゃんみたーい。あはははー」
「んぎぎ......いはっ、ちょ、もは......いはいっへ......」
次第にいじりの激しさは増していき、とうとう呂律が回らなくなってきた。痛い、とちゃんと言えない。結局思いは届かないまま、俺はモカの気の済むまでいじられ続けた。
上へと下へと頬が引っ張られる。そこから仕上げにむにむにされた後、ようやく束縛から解放された。
「はいおわり〜。あーあ、楽しかったー」
「はあ、はあ......そりゃ......何より、です」
ため息を吐きながら、モカが再び俺の肩へともたれかかってきた。それを振り払う気力などとうに尽きていたし、そうしようとも思わなかった。
不思議なものだ。先ほどまで泣きじゃくっていた奴が今度は手のひら返したように甘えてくるのだから。あの泣きっぷりからして普通ならもう少し気落ちしていてもいいぐらいなのに、コイツに至っては平常運転のままで。
......ああ、そうだった。
モカは、“そういう奴”だった。
「──なあ、モカ」
「ん?なあに、せいくん」
隣からモカが微笑みかけてくる。あくまで主観だが、そこに偽りの色は見えなかった。仮面の剥がれた、正真正銘モカの素顔だった。
......なら、大丈夫そうかな。
「───......いや。やっぱなんでもない」
「え〜?なにそれー」
「ほらもう寝ろ。つってもお昼寝程度だけどな」
「えー、なんでー?」
垢抜けたモカの態度に安心したところで目を瞑る。悪いが俺も眠いんだ。それでもやるべきことはやらなきゃいけない。
「もう少ししたら蘭の仕上げた歌詞をひーちゃん達と読んで、ちょっとアレンジでも考えてみようと思ってさ」
着替えの際にちらりと電源のついたままの蘭のパソコンを見たところ、歌詞やメロディラインはすでに仕上がっていたように見受けられた。ロックな重低音に加え高音域もバランスよく組み込まれた、譜面を見ただけでもわかる明るそうな曲調の曲だった。
でもそこに俺達の手はあまり付けられていない。歌詞のアイデアは一緒に考えたわけだし間接的には関わっているのだが、それではまだ物足りないだろう。
「それはナイスアイデアー。そうだね、そうしたほうが面白そうだしー」
閉じた視界を横目に開けると、そこにはモカの依然とした呑気な笑みが映っていた。
「でもモカちゃんはもっと寝たいんだけどなー。そこんところどうです?せいくん」
「強制はしないぞ?ただ、それで蘭が喜ぶかと言われたら......なあ?」
「むう。イジワルだなー......」
そう愚痴をこぼすモカだったが、しばらくすると大人しく目を瞑って眠り始めた。
そうして「おやすみ」の一言も無くすうすうと寝息を立てるモカを見て、俺もつられて夢の世界へと誘われることにした。
一度離れかけた距離。それを繋ぎ留めることができたから、今の俺とモカが在る。こうして隣に寄り添ってやることができる。
もうひとりで抱え込む必要など無い。不器用なお前の面倒は俺が見てやる。だから俺がもしもまた道に迷って置いてかれそうになった時には、お前も俺のことを引っ張ってくれ。
なんて願いを、心の中で呟く。それをわざわざ口にしなかったのは、モカも同じような思いを秘めていると勝手ながら確信していたからだった。
......いや、でもやっぱり。
「むにゃむにゃ......まてぇ〜、めろんぱ〜ん......」
「......まったく」
余計な心配だったか。期待外れで馬鹿みたいな寝言を呟くモカに、俺はやれやれと肩をすくめてから、隣の阿呆とともに束の間の休息に身を委ねた。
尚のことを言うと、俺はそうする前からとっくに夢見心地だったが。
▼
眩しいくらいの日差しに目が突き刺されるような感覚を覚える。だんだんと覚醒していく意識のなか、あたしの脳裏に一抹の不安がよぎった。
......今、何時だ?
「ん……」
時刻を確認するべく体を起こす。まずは携帯を手に入れなければならないがために、あたしは寝ぼけ眼のままに手探りで周囲を物色し始めた。
どこだ。どこだ、携帯。そうして右往左往しているうちに、指先に硬い感触を感じた。
しかし、それはお望みの物ではなく──。
「蘭、おはよ〜」
聞き覚えしかない浮遊感のある声に顔を向けると、そこにはモカのにやけ面が構えられていた。どうやらあたしの手が触れたのはモカの肩だったようだ。
モカにつられて他のみんなからもおはようの挨拶が送られる。それからあたしが何をしたいのか察してくれたのか、巴が気を利かせて自分の携帯を見せてくれた。
「あれ……うわ、もうお昼じゃん……なんかゴメン、あたしだけ寝ちゃってたみたい」
「いや、アタシらも寝てたぞ?“用事”があって少し早く起きただけだし」
思わせぶりな巴の発言に首を傾げる。まず辺りに変化がないか確認してみると、みんながあたしのノートパソコンの周辺を取り囲んでいることに気がついた。
「え?用事ってまさか……」
「ふっふっふ......サプラーイズ!」
ひまりの掛け声を合図にみんなが一斉にパソコンから離れる。その開けた視界の先に見えたのは、色とりどりの音符が散りばめられたバンドスコアだった。
「蘭ちゃんの作ってくれた歌詞とかを見て、私たちなりにアレンジしてみたの!どうかな?」
つぐみからの自信の声に譜面を確認する。そうせずともその出来の良さは大体予想がついていたが、改めてよく見てみると随所に細かなアレンジが付け加えられているのが伺えて、思わず感嘆の息を漏らした。
「スゴい……めっちゃ細かいね」
元々あたしが手掛けた譜面に重ねがさねに手直しされたかさぶたの譜面。リフレインや倍音などのアクセントの追加、さらにはエフェクターの使用も提案されている部分もあり、とてもこだわりの感じられるバンドスコアとなっていた。
「いぇーい、がんばりましたー」
「こういうのって蘭の方が得意なのはわかってる。それにアタシたちがやったのはただの勝手だし、もし気に入らない所があったら正直に言って欲しい」
「いや......むしろこっちの方がみんなの“音”がもっと伝わってきそうで、ホント......すごく良い。ありがとう、すごく嬉しい」
語彙力の欠如が著しいが、それほどまでにあたしはみんなの思い思いの譜面に心を揺さぶられていた。
完成だ。あたしたちの新しい『いつも通り』......その想いをのせた一曲。
──『ツナグ、ソラモヨウ』が。
「せいくんが作ろーって提案したんだよー」
「そうなんだ」
意外そうだが妙に納得のいく人物名を聞いて静かに頷く。確かにこの手の企画は用意周到な流誠にはうってつけのものだ。おかげであたしも良い意味で驚かされた。
とりあえず流誠にもお礼を言っておかなければ。あたしはふと辺りを見回した。
そうしてはじめて、流誠の不在に気づくことができた。
「って、あれ?流誠は?」
「昼飯作ってくるってさ」
「へぇ......」
巴から不在の理由を聞き、なるほどと頷く。それから間もなくして、部屋に可愛らしいお腹の音が鳴り響いた。
「あ、ごめん......」
「あらら〜、お腹空いちゃったねぇつぐ〜」
「まあ無理もないか、朝ごはん食べてないんだし」
「......あたし、ちょっと流誠のこと見てくる」
流誠にお礼を言いにいこうとちょうど考えていたところだし、何よりお腹を空かせたつぐみの姿がどうにも見ていられなかった。あたしはキッチンへ向かうべく、重い腰をぐんと上げた。
扉を開き廊下へ出る。慌てて駆け出すとたちまち陽だまりに満ちたリビングの切れ端が見えてきた。キッチンはその一つ手前に隔たれたスペースにある。
が、必死になりすぎたがゆえに足元をおろさかにしていたせいか、思わず足を滑らせそうになった。
「......っ!」
支点が不安定になったがために体勢がするすると崩れていく。こうなってはもはやどうすることもできないので、あたしはもうじき来たる衝撃に備えようと受け身の体勢を整えようとした。
そんな行動とは裏腹に、地面との接触まで僅か数十センチに差し掛かったところで思いがけない奇跡が起こった。
「──あれ?あたし、なんで......」
拭いきれない不自然さに疑問符を浮かべる。それもそのはず、あたしは地面にぶつけるべき体を宙に浮かせていたのだ。
......あたしの背中を沿うように添えられた何者かの片腕によって。
「ん、これは......」
「──よォ、美竹サン」
「ッ!?アンタは......!」
「おっと」
聞こえてきた耳障りのするざらついた声に体を跳ね上がらせる。今度はちゃんと足が地面に着いているかをしっかり確認してから、あたしはその声の主の方へと向き直った。
「凌太......」
「ハッ、こっちはちゃんと名字で呼んでやってるってのに馴れ馴れしく呼び捨てかよ。いいご身分ですねェ、クソが」
毒が盛りに盛られた悪態に眉をひそめる。ただでさえ他人からこんな罵声を聞かされるのは嫌いだというのに、その相手がこのクソガキとなればもはやアレルギーレベルだ。
散々あたしたちの思い思いの歌詞をバカにして、そんな昨日を経た上で今日になってみれば手のひらを返したように手を差し伸べて......
「何のつもり」
「たまたま居合わせただけだクソ。それよりも助けてやったのにお礼もなしかよ」
「フン......ありがと。じゃ」
皮肉った謝礼を捨て台詞にその場を後にする。そうして踏み出そうとした一歩だったが、あたしに向けられた「待てよ」というやけに慌ただしい声によってきまり悪くも足止めされてしまった。
声の正体はほかでもない、凌太のものだった。
「......何」
「いやその......えっと」
「早く言ってよ!こっちは急いでんだから!」
ぴしゃりと言いのけると、凌太はビクッと肩を跳ね上がらせてからおずおずと口を開いた。
「き、昨日はその......すっ......すみま、せんでした」
「────は?」
あたしの聞き間違いだろうか、今凌太からありえない言葉を言われたような気がするのだが。スミマセンデシタ?謝られたというのか?敬語で?あたしが?コイツに?いやいやまさか。
訝しみながらも凌太の顔を見てみる。しかし彼の顔には意外にも意外な、悪びれたように眉の垂れた表情が張り付いていた。
「......は?」
「だからその......アレはちょっと、言いすぎたかなって」
「ああ、そう……」
先ほどまで視線と視線で火花を散らしていた相手にここまで頭を下げられた場合どんな反応すればいいのか、闘志を剥き出しにしていたあたしには皆目見当もつかなかった。
「……美竹さん」
「──え?ああうん、何?」
消え去った怒りから残った空虚感を否めずにいるところに、あたしの耳に涼太の声が舞い込んできた。それからあたしの素直な返事を聞き届けると、涼太はこう続けた。
「せい兄のこと……これからもどうか、よろしくお願いします」
「……!」
また頭をさげられた。それも今度は深々と。彼の言う“せい兄”とは、ほかでもない流誠のことだ。
孤児院の子ども達が流誠のことを“せい兄”というあだ名で一貫して呼称しているのは、兄である流誠への尊敬や親愛の証である。そのことを昨日子ども達と触れ合うなかで、ひしひしと感じることができた。
どうやら凌太も例外ではないみたいだ。
「せい兄はホント優しくて面倒見も良いし、怒る時はちゃんと怒ってくれて......でも記憶喪失だし、その反動でいつか暴発するかもしれない」
暴発というのはおそらくあの“頭痛”のことだろう。流誠は過去と類似する光景や行動を体験したのをきっかけに記憶が戻ることがあるのだが、そのほとんどが頭痛を伴うものなのだ。加えて頭痛の強弱はその蘇った記憶の内容によって変動する。あたしはその様態を何度も目にしてきた。
もし万が一にでも流誠が『強い記憶』───それも“最悪の結果”とも言うべき事態を引き起こすものを思い出すようなことがあれば......そんな悪い予感を抱いたことなど、あたしもしばしばどころかかなりの回数あった。
冷静に考えてみれば凌太があそこまで下劣なことを言っていたのも、あたし達がそのトリガーであると見なしたがゆえのことだろう。そういう意味ならこちらが謝罪する側の立場にあるべきだが。
血こそ繋がってはいない。しかしその親しさは世間一般の家庭よりも深いと言っても過言ではない。だから、そんなかけがえのない関係性を構成する一員である流誠を脅かす恐れのある存在を、自らへの人格評価を引き換えにしてまで排除しようとするのは当然のことだと思う。凌太も根は流誠と大差ないのだ。
......やはりどの家族も、血は争えないものだな。
「だから......だから──」
「あーもうわかったわかった」
「......え」
軽くあしらわれたと勘違いしたのか凌太の顔に少しの不安がよぎったように見られた。本当にお兄さん思いの弟なんだな。
「というか最初からそのつもりだったし、もしそんなことがあっても絶対にあたし達が側で見守り続ける。それが幼馴染みであるあたし達の役目だから」
あたしの言葉に呼応するかのように、凌太の曇りがかった表情に晴れ間が現れだす。続け様に「だから安心して」と言ってやると、重苦しい灰色が鮮やかな水色へと完全に様変わりした。
「あっ......ありがとう、ございます」
「お礼はいいって。てか、そっちの口調の方が明らかに感じ良いと思うんだけど?」
ついでにアドバイスを付け足してやると、今度は顔を赤らめ始めた。そこに騒ぎを聞きつけたのか、流誠が「あっ」と声をあげてこちらに歩み寄ってきた。
「蘭、起きてたのか───って、凌太も?あれ、でも2人は昨日......」
「......っ!」
「あ、おい凌太!降りてきたんなら飯持ってけよ!......あーあ、またかよ」
隻眼は背中を向けてそそくさと2階へと上がっていってしまった。それを見送る流誠だったが、何も珍しくなさそうな雰囲気だった。
「アイツほんと不器用だな、何したいんだか全然わからんし」
「流誠も流誠で鈍感だな......」
「あ?なんか言ったか」
「いや別に。それよりあたしもみんなもお腹空いてんだけど」
わざと不機嫌そうにそう言うと、流誠は思い出したようにあたしをキッチンに案内し始めた。手招きする流誠に続いてもはやお馴染みとなったルートを辿ると、そこには彩り豊かな料理が美味しそうな匂いを漂わせながら悠然と並べられていた。
「へぇ、やっぱ料理上手いね」
「あんがと。見ての通り本日の昼食はご飯、豆腐ハンバーグ、ほうれん草のおひたし、そしてデザートにスイカジュースソーダ割りとなっております」
「ソーダ割りって......どうせ昨日の残りを少しだけ改変しただけでしょ」
あたしの的確な指摘に流誠はぐうの音も出ない様子だった。
昨日流誠から告げられた“赤”と“野菜でもあり果物”というヒント。その謎に満ちた献立の正体はなんと、スイカを丸ごと使ったフルーツポンチだったのだ。ただ、丸ごとという名の通りその大きさはかなりのもので、あたしや他のみんな(巴やモカや流誠などの大食い以外)は取り皿に少し取り分けた程度で済ませていた。
「結構ずぼらなんだね」
「で、でも普通に美味しそうだしいいだろ!それよりほら、腹空かせてんなら早くみんなを呼んできて───」
焦る流誠の口が止まる。突然の沈黙に目を丸くしていると、流誠からこんなことを聞かれた。
「待てよ、みんな起きてるってことは......歌詞はもう見たのか?」
「ん、見たよ。最高だった」
「そうか......よかったよかった。いや、結構ノリでアレンジした節あったからさ」
照れくさそうでもありながら少し自慢げな流誠だが、あたしにはまだ言わなくちゃいけないことがある。
「歌詞のこと、流誠が提案したんでしょ?だからありがとう」
「いやいや。俺が役立ったことといえばそんくらいだし......でも、そうか。少しは役に立ったんだな」
噛み締めるようにそう呟くと、流誠は私の顔を見据えた。
「───完成、したんだな」
瞳に映る流誠の清々しいまでの微笑み顔に、私は思わずたじろいだ。それも束の間、私もまた流誠に向けて微笑み返した。
「うん......完成したよ。『いつも通り』ね」
そう、『いつも通り』。でもそれは今までのとは違う、新しい『いつも通り』。
絆が捻れて絡まって、終いには解けてしまったとしても、何度だって結び直せば良い。あたし達が変わらないために変わり続けていれば──『いつも通り』に過ごし続けていれば、そんなことなど容易いはず。
「......流誠」
「ん?」
あたしの呼ぶ声に流誠も応える。確かに、ここにいる。
そんな温かい実感を噛みしめながら、あたしはこう続けた。
──“これからも、ずっとよろしくね”、と。
▼
「──ふぅ」
コーヒーを啜って溜まった息をそっと吐き捨てる。そうして鼻に伝ってくる芳しい香りを感じながら、時刻を確認するべく携帯の電源を付けた。
「おっ、そろそろだな」
「うおっ、ともちゃん」
聞こえてきた声に顔を上げると、俺の携帯を横から覗き見ているともちゃんがいた。
「着替え終わったの?」
「ああ。来いよ、みんな待ってるぞ」
「わかった」
右手に握ったコーヒーの缶をゴミ箱に捨て、ともちゃんの後を追う。楽屋に入ると、衣装に身を包み各々のライブへの準備を行っているみんなの姿が俺の目に飛び込んできた。
「あ、流誠!」
「よっ」
挨拶を投げかけて一人ひとり一瞥していく。そうして改めてその衣装の華やかさに目を奪われ、感嘆の息を漏らした。
黒を基調とされた衣装の胸元には胡蝶蘭が付けられていて、頭に載せたハンチング型の帽子も合わせて、いつものそれぞれの個性の出た衣装ではない統一性に秀でた仕上がりとなっている。とても新鮮で目新しさが目立つが、初の試みの割にはみんな様になっていた。
「......うん、みんなよく似合ってる」
「もう、そんなにジロジロ見ないでよねー。いくら露出が多いからってさー」
モカの言う通り網タイツなどといった過激な箇所もあるが、これはあくまでも機能性を考慮した上でのものであると衣装作りの際に担当のつぐちゃんから聞かされていたので、モカの揶揄は無視しておくことにした。
とはいえこの様相で公衆の面前に出るのか......いつもの衣装も大概だが、今回のは少々攻めすぎている気もする。今更どうこう言うつもりはないが、少し心配だ。もしものことも考えてみんなを襲おうとする輩がいないか、観客席からおじさんとともに見張っておくことにしよう。
「ていうかごめんな、今日しか出演枠の空いてるライブがなかったんだ。規模もあまり大きくないし」
「ううん、大丈夫。別に気にしてないよ」
「そーそー、どんなライブだって『いつも通り』エモい演奏をするだけなんだしー」
「だな」
俺の謝罪を快く庇護してくれるみんなには本当に頭が上がらない。その反面、Afterglowのサポーターとしてもっと大きなステージに立たせてやりたかったという後悔が渦巻いていた。
とはいえ、いつまでも落ち込んでいても何も始まらない。せっかく新しい『いつも通り』を初披露できるというのに、こんなどんよりした気持ちのままでは楽しめるものも楽しめまい。
いかんいかんと自戒心を立て直す。するとそこにひとつの声が舞い込んできた。
「Afterglowさん!そろそろ準備お願いしまーす」
楽屋にスタッフさんの飄々とした声が響く。それは俺達への出番の知らせだった。
「きたっ!!」
「時間だな。よし、みんな出ようか」
ろくに話す時間もなかったがまあ仕方ない。俺はゆったりした足取りで楽屋から退出した。みんなもそれに続いて各々の楽器を持って廊下へ飛び出た。
みんなとは一時ここでお別れだ。観客席への道のりが右方向なのに対して、出演者の出るライブステージは向かって左側となっているからである。
「それじゃあ流誠くん、またあとでね!」
「あとで感想聞かせてくれよな」
「わかったわかった。さあ!みんな頑張っといで」
心惜しそうにするみんなに手を振って送り出す。遠のく背中が見えなくなるまで、俺もまた見守ろうとしていた。
その傍ら、モカが途中で立ち止まった。
「───......」
「───......、────......」
ぽつんとしたモカに気づいたのか、蘭もモカの元へと駆け寄る。それから何か話し合うと、蘭はモカのもとを離れてステージ袖へと駆けて行った。
......モカがこちらへと近づいてきた。
「せいくん」
「モカ」
俺の名前を呼ぶモカに、俺もまた名前を呼び返す。たったそれだけのやりとりだったが、そこには確かに特別な意味が込められていたと思う。
「いよいよだね」
「そうだな。色々あったけど、無事に新しい『いつも通り』が始まりそうで良かったよ」
「うん......昨日はホントにありがとー、せいくん」
「モカ......」
感謝を述べるモカだったが、彼女の声音は少し震えているように聞こえた。
「正直、まだ怖いよ。ちゃんと蘭の背中を追いかけられるかわかんないもん」
「知ってる。でもそれはお前ひとりの場合だろ?」
「......そうだね。あたしにはせいくんがいて、せいくんにはあたしがいるもんねー」
「ま、俺はお前がいなくてもひとりで追いかけられるけどな」
「へぇ〜?泣き虫のクセにー?」
「それは昔の話だろ!」
俺のツッコミがおもしろかったのか、モカの顔に笑顔が咲いた。それに同調するように俺の口角も自然と徐々に吊り上がっていき、それから高笑いへと変わっていった。
「......ふぅ。よし、それじゃあそろそろ行くねー」
「おう。頑張ってこい」
「モカちゃんのモカった演奏、その目にしっかり焼き付けておいてね〜?」
モカはそう言うとくるりと踵を返し、相棒のストラトを担いで変わり映えのない笑顔で去っていった。そんなんで走ると危ないぞと注意しようとしたが、なんだか野暮に感じてきたのでやれやれと肩をすくめるだけに留めておいてやった。
でもまあ良かった。一時は何もかもがあやふやで暗雲低迷ここに極まれりな状態が続いていたが、これなら丸く収まりそうだ。
それでも安心しきってはいけない。彼女達の演奏をちゃんと見届けてやらねば───。
人気のなくなった廊下に訪れた静寂に耳を澄ませる。すると、熱気に満ちた歓声とそれを盛り上げるかのようなMCのトークが遠巻きに聞こえてきた。
それに背中を押されるように、俺も観客席へと足を速めた。
▼
「────♪」
ビブラートとこぶしの効いた蘭の歌声を筆頭に、会場に響き渡るそれぞれの楽器の音色が余韻を生み出す。それがだんだんとフェードアウトしていくとまるで反比例するかのように、観客の興奮がさらに熱を帯びていった。
いよいよ最後の曲だ。
「──ありがとう。続けて聴いてもらいました。次、最後は新曲です」
新曲というワードに観客のボルテージがさらに湧き上がる。蘭はそれを静止するように片手を上げると、あたし達に目配せしながらこう言った。
「あたし達の空はずっとつながってる。それが、『いつも通り』だから」
「......!」
「それでは聴いてください」
──『ツナグ、ソラモヨウ』。
「────♪」
......ああ、蘭だ。『いつも通り』のあの歌声だ。
序盤のつぐのキーボードに合わせての蘭のソロパートは、それほど長くはない。しかし今のあたしには、それがまるで永遠のように感じられたのだ。
いつぶりだろうか、これほどまでに生き生きとした蘭の声を聞いたのは。
緊張に手が震え、興奮に汗が止まず、歓喜に鼓動が雄叫びをあげている。
ああ......そうか。やっぱりあたしは、6人で一緒にいられることが一番嬉しいんだ。この“つながった空”がとてつもなく愛おしくてたまらないんだ。
だから、決めたよ。蘭の背中を追いかけていくこと。その背中を追いかけるみんなの背中を追いかけていくこと。
時々見失ってしまうかもしれない。躓いて転んでしまうかもしれない。だから、正直怖い。
でも、あたしにはせいくんがいる。みんなには内緒だけど、心強い味方がいる。だからもう、あたしは大丈夫。......大丈夫だよ。
だから行って。
前へ、前へ、進んで行って。
あたしも......あたしも────!
「──“あたしの背中を信じてついてきて!”」
「......!」
あたしも頑張って、追いかけるから!!
この『空』をみんなと......いつまでも、つないでいたいから────!
いかがだったでしょうか。次回は3月3日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!
さて、今回も小話をしていきましょうか。内容はモカについてですね。
あれ?と思っている方もいるかもしれませんが、モカが蘭の背中を追いかけるくだりありますよね?この部分、本編ではモカもそのことにはあまり乗り気ではない様子でいます(最終話の心中描写では追いかけると決心しておりますが)。
しかしこちらでは少し手を加えて、流誠くんと協力して追いかけるようにしてます。そのぶん「笑顔」に関連したワードを少し多めに使ってみたんですが、気づいてもらえたでしょうか。
要するに本来ひとりで抱え込んでいたところを、こちらでは二人三脚の体で描写しているということです。なのでこれからの展開も本編とはまただいぶ異なってくると思うので、どうぞお楽しみにしておいてください。
小話は以上です。それではまた次回お会いしましょう。さいなら!