Afterglow〜Episode of Another〜 作:ある@誠心誠意執筆中
皆さん、変わりばえないでしょうか。俺はこの通り相変わらずな自堕落をおくっています。とはいっても運動もしなきゃなので家で筋トレを始めることにしました。初日で死にました。
それでは本編、どうぞ!
「......あー、クソ」
物憂げに愚痴をこぼす。その相手は他でもない、このどんよりとした雨空だった。
ゲリラ豪雨が風物詩でもある夏はとうに過ぎ去っている。もはや秋真っ盛りだ。にもかかわらず、今日は運悪くも突然の豪雨に見舞われた。時雨という秋特有のゲリラ豪雨のようなものもあるが、それに関しては完全に存在を忘れていた。
天気予報では晴れが続くでしょうとかなんとか言っていたのにどうして......そんな後悔を抱きながら、おつかい袋をぶら下げた方とは反対の腕を、店先の屋根の下からふりしきる雨の世界へとふいに伸ばしてみた。
「うーわ......思ったよりもひでえなこりゃ」
目で捉えただけでも雨足の激しさは大体予想できてはいたものの、実際にはその倍近い強さで降っていた。そこに掲げた俺の手はもちろんびしょ濡れとなった。
とはいえこのまま放置して、なおかつ風邪をひいてしまっては雨宿りした意味がない。早くハンカチで濡れた箇所を拭き取らなければ。
そう思ってポケットをまさぐる。だが、お目当ての感触はそこには無かった。
「ええ?あれ......ええ?」
次にポロシャツの胸ポケット。無い。
もしかしてとおつかい袋。無い。
まさかズボンの縁とか?......もちろん、無い。
結局ハンカチは見当たらなかった。またもや『今日に限って現象』が起きてしまった。
「......くしゅっ」
雨とともに吹き荒れる風に濡れた腕がさらされ続けた結果、その寒さからかついにくしゃみが出始めた。
ああ、寒い。盛大にやってしまった。夏が過ぎたとはいえまだ比較的暖かい季節。長袖でもなければ、もちろん上に羽織る物など持ち合わせていなかった。
薄着なうえに無防備なまでに露わとなった腕に湿った冷風が吹き付ける。それは俺の体温を奪うのに十分な威力を有していた。次第に体が震えてきた。
そんな己の体調の異変に不甲斐なさとやるせなさを感じていると、誰かから突然声をかけられた。
「あの」
「え?......あ、はい?」
声が聞こえてきたのは左の方からだった。おぼつかない動きでそちらへ振り向いてみると、そこには意外な人物が立っていた。
「......って、氷川先輩?」
「こんにちは、長門さん」
「あっ、ど、どもっす」
淡々とした口調に自然と背筋が立つ。氷川先輩は相も変わらずな冷ややかな態度だった。こちらとしてはただでさえ雨風で冷やされているのだから勘弁してほしいところなのだが......
「雨宿りですか?にしてはびしょ濡れですね。突然でしたし、駆け込んできたとか?」
「あーいや、どのくらい降ってるのか気になって確かめようとしただけで」
「なるほど」
嘘をついても忍びないので本音を伝えたが、やはりなんだか恥ずかしい。いい歳した高校生がいちいちそんなことをするものかと思われるかもしれないからだ。
「そういう氷川先輩も雨宿りですか」
「ええ、お恥ずかしながら傘を忘れてしまいまして」
はにかむ彼女の両腕ともに、傘らしきものは見当たらなかった。それから同じ境遇の顔見知りと出会えたことに、なんだか心に落ち着きが生まれるような感覚を覚えた。
「......ああ、濡れているんでしたよね」
氷川先輩は思い出したように俺にそう聞いた後、何やらカバンの中を確認し始めた。何事かと伺っていると、「これを」とハンカチよりもひとまわり大きいタオルを差し出してきた。
「ちょうど持ち合わせていたので、どうぞ使ってください」
「ええっ!?いやそんな!大丈夫ですよこのくらい」
濡れてしまったのは俺の自己責任だし、何より先輩の(それも女性の)身だしなみ用品に手を付けるなど御法度である。もちろん俺は反対した。
そして氷川先輩も、そんなことでおいそれと見逃してくれるほど甘くはなかった。
「大丈夫なわけないじゃないですか。先ほどもくしゃみをしていたでしょう」
「うっ......聞こえてたんですね」
「ええ。大変可愛らしいものでしたね」
「なッ......!?」
悪戯な笑みに思わずたじろぐ。でもそれはからかわれたからではなくて、もっと別の意味でのたじろぎだった。
まさか“あの”氷川先輩が、あんな表情を見せるとは思わなかったから。
とはいえ、言われるだけで終わってしまっては心地良くない。
「......んっ、んー。氷川先輩もそんな表情するんですね」
「いいから早くこれを使ってください」
「うぐっ......」
こちらも誤魔化しがてらに反論するも、氷川先輩はなんら歯牙にもかけない様子で依然タオルを差し伸べてきた。
そんな彼女に俺もとうとう根負けし、おとなしくお言葉に甘えることにした。
滴る雫を拭き取っていく。触れた先から温もりが広がっていくのを感じ、思わず表情を綻ばせた。
その傍らだった。
「───本当に、私は変わったんですね」
「......へ?」
突然の言葉に俺も反射的に聞き返す。すると本人も無自覚だったのか、「ああ、いえ」と口に手を当てながら言葉を漏らした理由をいつもの調子で語り始めた。
「先ほど長門さんから『そんな表情』と言われて、それが笑顔だったのは何となくわかっていたので、私は以前まで“やっぱり”笑ったりしていなかったのかと思って」
「なるほど。......って、やっぱり?」
引っかかった物言いに首を傾げる。あの藪から棒な発言といい、前にも俺のと似たようなことを誰かから言われたことがあるような物言いだった。
「もしかして、俺以外からも言われてたんですか?」
「ええ。最近になって今井さんなどから度々言われるようになりまして」
見事に的中だった。やれやれと語る氷川先輩は見ての通り困惑気味だった。
「困ったものです。何をそんなに珍しがる必要があるのか......」
訝しげに腕を組む氷川先輩。そんな彼女だったが、次第に「でも」と自らの今井先輩たちへの反感を鑑み始めた。
「それは他でもない、私の著しい変化への評価なのでしょう」
「......」
人という生き物は複雑で、忘れっぽかったり不器用だったり、誰もが何かしらの欠点を抱えている。それでいて、それらを“治したい”とも思っている。
しかし、そうするためには何かきっかけが必要だ。その種類は小さなことから大きなことまで、そして目に見えるところから繊細な部分に幅広く存在している。
例えばそれは日々の生活の中での些細な出来事で、友達とのくだらない会話だったり、お風呂に浸かっている時だったり。あと強いていうのであれば、あるいは────......
家族とのちょっとしたしがらみだったり。
「──“何か”あったんですね」
水分を吸い取ってすっかり湿ったタオルを折り畳む。その際に香り立った芳香剤に鼻腔をくすぐられるのを感じらながら、氷川先輩にお礼と共に返却した。
「ありがとうございました」
「いえ。大事に至る前に防ぐことができて良かったです」
氷川先輩がまた笑った。対して俺は、雨模様のこれからの行方を伺うばかりだった。
......いつのまにか、豪雨は霧雨へと変わっていた。
そんな秋時雨に触発されたかのように、氷川先輩が淡々と語り始めた。
「───私はずっと、日菜のことを邪険に扱っていました」
ガルパの合同練習。ゆえに、バンドメンバーとして出場する氷川先輩と日菜さんの2人はその場に居合わせることもしばしばあった。
その際の氷川先輩の日菜さんに対する氷のような態度、そして日菜さん自身もどう接していいのか模索しているような感じだったことを、スタッフとして側から見ていた俺は薄々気付いていた。
「前に日菜と話し合ったんです。今までちゃんと向き合えていなかったぶん面と面を交えて、ずっと日菜のことをコンプレックスに思っていたことを。それは───......」
氷川先輩の冷酷さの原因は、日菜さんと比較したうえでの自分への劣等感だったらしい。
何をしても日菜さんにその才能を以って先々越されていく。そんな堂々巡りを繰り返す自分の弱さに嫌気が差し、氷川先輩はギターに逃げ込んだ。数ある事ごとの中でも努力を必要とする、かつ日菜さんもやったことのないギターを己の確固たる居場所としようとした。
でも、無駄だった。才能は言わば努力をも上回る可能性を秘めたもの。その中でも突出した才能を有した日菜さんは、姉である氷川先輩の『聖域』にまたもや土足で立ち入り、そして積み上げた努力という名の壁を軽々と超えてみせたのだ。
そしてそんな現実に、氷川先輩は今度こそ、完膚なきまでに叩きのめされた。
「日菜の『楽しい音』に比べて、私のは『つまらない音』に過ぎませんでした。でもそれは当然です。妹へ募らせた憎しみを形にしていただけなのですから」
「......」
「だから私も、ギターをやめようとしました」
「え......」
告白された事実に呆気にとられる。よもやそこまで追い詰められていたとは思っていなかったから。
だが、“やめようとした”ということは───。
「でも、日菜がそれを止めてくれたんです。私の音を......『つまらない音』ではないと言ってくれたんです」
「日菜さん本人が?」
予測はしていたが、これまた意外だった。俺が見てきた限り、日菜さんは氷川先輩と一緒にいるときは楽しそうでもありどこか寂しそうでもあった。それは氷川先輩との決定的な隔たりが原因だったに違いない。
日菜さんも十分承知していたはず。その理由のひとつに、自分のギターも関係していることを。
それでもギターをやめるなと言ったのは、彼女の無遠慮さからなのだろうか。
それとも───。
「前から約束していたんです。お互いがきっかけだから勝手にギターをやめたりしないって。それが日菜にとっては嬉しかったみたいで......だからあんなに怒っていたんでしょうね」
「えっ?あの日菜さんが?」
「ふふ、まったく日菜らしくないでしょう?実は泣いたりもしていたんですよ。そこまで感情を剥き出しにするほど、日菜は私との約束が大切なものだったんです」
一瞬上がった氷川先輩の口角が一文字へと舞い戻る。変わるがわるな氷川先輩はそのまま話を続けた。
「日菜は私とは違って天才で、いつも私のことを軽々と追い越していく。今まではそれだけだと思っていました」
でも、それは違った。
「......ずっと待ってくれていたんです。土砂降りの雨から私のことを庇おうと、ずっと傘を差し出してくれていたんです」
だから、私も決めた。
例え今は無理でも、いつか必ず日菜の隣に立って胸を張って歩けるようになるまで。
私はギターを弾き続ける。
そう語られる氷川先輩の言葉からは、確かな決意が感じられた。
「皮肉ですがそうして自分探しをしていく過程で、私も変わることができたのかもしれませんね」
「確かに皮肉ですけど、人は変わることで成長していくんじゃないですか」
変わらないために変わる。少し前にAfterglowが再び低迷し始めて考え出した、俺たちが俺たちであり続けるための唯一の方法。苦くも甘い、そんな経験を体験したからこそ、俺も氷川先輩の気持ちを理解することができた。
確かに変化は恐ろしいものだ。未知の世界へと足を踏み入れていくわけだから、尻込みして当然なのだ。
それでも人は変わらなければならない。結果がどうであれ、その未知へと挑戦したことは瘡蓋となって、やがて己が力へと昇華する。
「心配しなくても氷川先輩は元からつまらなくなんかないですよ。つっても、自分で気付けてないならどうにもなりませんけど」
「そうですね。なのでこの『つまらない音』もそう思えるように、これからもギターを弾き続けていきたいと思います」
「はい。氷川先輩が日菜さんと肩並べられるように、俺も影ながら応援してます」
「ふふ。ありがとうございます」
氷川先輩がまた笑った。そんな表情もこの短時間で何度も見てきたせいか、俺もすでに慣れてきていた。
でもやっぱり、そのあまりの顔立ちの良さに目を逸らしてしまう。そうして移した視線の先に映るはずの雨模様は、もう無くなっていた。氷川先輩もそれに気付いたようだ。
「おや?雨が......」
「やんだみたいっすね」
空を見上げると雲が点々としていた。その合間から差し込む太陽光を見て、今の時間帯が正午だということを思い出した。
「......あ、今日は長々と流れでお話に付き合わせてしまってすみません。私ったらつい」
「いやいや。俺も退屈しのぎできましたし、タオルも貸してもらって。お礼を言いたいのはこっちのほうです。ありがとうございました」
お互いに頭を下げ合う。雨水が南中した太陽で蒸発し始め、コンクリートの成分を含ませながら宙へと散っていく。秋と言えどもわずかながら残暑が続いていることを、この昼間の日差しを見て改めて実感した。
そういえば今日は、俺が昼食係だったか。
「俺も用事あるんで今日はこのへんで。本当に今日はありがとうございました。では、また」
家で腹を空かせて待ちかねている弟や妹たちのためにも早く帰らねば。そう踵を返した俺の背中に、氷川先輩の呼び声が刺さった。
「長門さん」
「え?は、はい。なんでしょうか」
と振り返ったはいいものの、先輩を置いてそそくさと帰ろうとしたことが癪に障ったのだろうかという嫌な予感が、直後に俺の脳裏をよぎった。
それがただの杞憂だったことは、氷川先輩から告げられた言葉によって証明された。
「長門さんのことは度々耳にしています。あなたが記憶喪失を患っていることを」
「え......」
「記憶を失って一度積み上げたものが崩れ去って、それらを取り戻す過程で様々な『変化』と出会うでしょう。......だけどどうか、あなたもそれを恐れないでください」
「......っ!」
これまで色んなことを思い出してきた。『変化』を目にしてきた。街中の風景、巷での流行、政界の情勢、そして何より幼馴染たちの心身。
大小様々な『変化』は時として優しい抱擁となり、それでいて牙を剥いたりもした。
だが、それらにはひとつだけ共通点があった。恐怖だ。未知への恐怖だった。俺はそれを必死で呑み込み、かつての自分が見ていた『景色』が如何様なものかを知ろうとずっと息巻いてきた。
内容は違えど、本質的には俺と氷川先輩は一緒だった。『変化』に怯えながら生きて、それでも知ろうと、変わろうとしている。
素直に嬉しかった。同じ境遇に在る人がこんなにも身近にいたこと、そしてその本人から労いの言葉をかけてくれたことが。
「──......ありがとう、ございます」
「いえいえ。......あっ、余計なお世話でしたでしょうか?」
「え?いや全然ぜんぜん!」
「ふふ、よかった。お互いに頑張りましょうね」
氷川先輩はそう言うと、今度はあちらが「ではまた」と踵を返して家路を辿っていった。その遠のいていく背中からも、彼女の和やかさは十分に伝わってきた。
その後を追うようにして、俺もまたゆっくり歩み始めた。
「......俺も負けてらんないな」
それから1日のこと、秋時雨の気配が再び匂い始めることはなかった。代わりに、眩しいくらいの太陽が秋の冷涼の世界に温もりを届け続けていた。
傘はもう必要なかった。
いかがだったでしょうか。次回も番外編で3月18日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!
〜感謝の言葉〜
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今回はここまで。それではまた次回お会いしましょう。さいなら!