Afterglow〜Episode of Another〜 作:ある@誠心誠意執筆中
語ることは特にありません。
それでは本編、どうぞ。
「────朝日」
「あ、先輩」
イスに座っていた朝日はどこか遠くを見ていた。ドリンクバーから取ってきたジュースを渡すと、朝日は「ありがとうございます」とお礼を添えてからそれをひと口力無く啜った。
「ふぅ......ほんと、わざわざありがとうございます」
「いいって。見た感じ具合まだ悪そうだけど、大丈夫か」
「いえいえ全然!余韻に浸ってるだけなんで大丈夫ですっ」
「そうか。ならいいんだけど......」
RASのライブの始終、朝日はずっと呆けたようにRASの演奏に釘付けになっていた。演奏が終わった後もそんな調子だったので、俺が試しに声をかけてみると、朝日は突然その場にへたり込んでしまった。慌てた俺は、とりあえず近くにあったこのイスに座らせた。
そして現在に至るわけなのだが......
「......」
チラリと朝日の顔を見下ろす。俯いているせいでよくわからなかったが、雰囲気的にまだ調子が戻っていないのは目に見えていた。ライブ前はあんなに心を弾ませていたのに、いざMCが入ったら一気に表情を曇らせて、あの時の朝日はまるでスコールのような百面相ぶりだった。
......MCが入ったら、か。
その時、俺の脳裏にはあの少女の発言が浮かび上がっていた。
『この大ガールズバンド時代を終わらせるッッ!!!』
「────......」
あの少女......名前は確か『チュチュ』とライブで名乗っていたな。しかしとても挑戦的で好戦的な発言だった。
“大ガールズバンド時代”。ニュースでも取り沙汰されているおそらく今最も熱いワードでもあるそれは、他でもない今のガールズバンド界隈のことを表しているものだ。そんな大々的な名を冠されるほどに、今のガールズバンド界隈は東京だけでなく、地方でも著しく発展してきているらしい。
しかし今回チュチュはそのいち時代を終わらせると、これまた大々的に宣言した。いや、これは宣言というよりも宣戦布告に近いものだった。そう形容できてしまうほどに、あのチュチュの発言からは覇気に近い何かを感じ取ることができた。
しかしまあ物騒な話だ。このご時世よくそんな周囲全員を敵に回すようなことを言えるなと、冷静を取り戻した俺は肩をすくめた。それでも演奏技術はプロ顔負けなのは確かだった。
歌唱力もありながら演奏もそつなくこなすベースボーカル。
荒々しさと繊細さを兼ね備えた剛柔無二のドラム。
一音一音艶のある、粒立つような音色のキーボード。
音作りもエンターテインメントも欠かすことのないDJ。
本当に、それぞれの個性が際立ちながらも調和の取れた見事な演奏だった。あれほどのバンドが間近にいるだなんて、正直Roselia以外にはいないだろうなと思っていたからなおさら輝いて見えた。
それなのに朝日は一体何が不満なのだろうか。あのRASでなら五体満足で練習もできるだろうし、腕前はともかくオーディションを受けてみる価値は十二分にある。
......いや。もしかしたら朝日は、環境云々よりもっと別の理由があってRASへの加入を嫌っているのかも。そう思ったころには、俺の口はすでに動いていた。
「なあ朝日、教えてくれよ。一体何をそんな躊躇う必要があるんだよ」
「......っ」
「お前も見ただろあの演奏。
それでもなぜ、オーディションすら受けようとしないのか。
そんな俺の質問に対して、朝日はこう答えた。
「......私、ポピパさんが大好きなんです」
「ポピパさん......?Poppin' Partyのことか?」
朝日がこくりと頷く。対して俺は、なぜ今それを?という疑問符を浮かべていた。
しかしそれも束の間、今までの話に関連付ければ、なぜ朝日がその話を持ちかけてきたかなど容易に理解することができた。
「......って、ああ。“そういうこと”だったのか」
俺は疑問にひそめた眉を上げ、納得したように手を打ち付けた。朝日はきっと、こう言いたかったのだろう。
「お前はガールズバンド時代を────......Poppin' Partyを終わらせたくないんだな」
「はい......その通りです」
「そっか......」
予想的中だった。でもそれもそうか。自分の好きなバンドが華やいでいる時代を壊そうだなんてできるわけないだろうからな。
とはいえ俺も無神経が過ぎた。朝日がそんな理由で思い悩んでいたとは思ってもいなかったが、しかしそれを言い訳にするわけにもいかまい。
「なんか悪かったな、朝日の事情も知らずに好き勝手言って」
「とんでもないです!私の方こそ早めに言っておくべきだったのに......余計に気を遣わせてしまってすみませんでした」
「いいよ別に。俺がそうしたかっただけだし。後輩、それも数少ないギター仲間が困ってたら助けたくもなるしさ」
俺がやたらと朝日に肩入れしていたのはそれが理由だった。俺はただ朝日の居場所を作ってやりたい一心だった。
───いや、それはこれからもか。
「でも、やっぱりお前にはRASが似合ってるよ。何が一番良かったかってそりゃ演奏もだけど、アイツらめっちゃ演奏するの楽しそうだったしさ」
「楽しそう?」
「自分の力を存分に発揮して、自分の思うままの演奏をすることができる。それをRASは見せてくれた......本当はお前もそうしたいんじゃないのか?」
「......!」
「俺も同じような境遇だから、なんとなくそういうのわかるんだ」
記憶がなくなって、新しい自分に生まれ変わって、そしてAfterglow(みんな)と再開した。みんなは俺とまた会えたことを喜んでくれていたけど、一方で俺は本当は迷惑なんじゃないかと思っていた。でも、それは間違いだった。
流誠はもっと『流誠』を大事にしていいと、そう言ってくれた。自分の気持ちに正直になればいいのだと教えてもらった。
今目の前にいるのは、自分。気持ちを抑え込んで息苦しそうにしている少し前までの俺だ。であれば、みすみす見過ごすわけにもいかまい。
「やりたいことやって何が悪いんだよ。お前はもっとわがまま言ってもいいんだぞ?」
「私は────......」
朝日は再び口ごもった。かと思いきや、すぐさま席を立ち上がって俺にこう言った。
「......ごめんなさい!」
「え?あっ、おい!」
朝日は俺に一言添えるとどこかへ走り去って行ってしまった。そのあまりの唐突さに呆気にとられ、俺はろくに呼び止めることもできなかった。机の上には、朝日の飲みかけが置かれたままだった。
「ったく、どうすんだよこれ......」
結露によって水滴で埋め尽くされた紙コップを手に取り、力無くぼやく。正直、朝日があそこまで躍起になってRASへの加入を拒むのと、その理由とのギャップに理解が追いついていない。
確かに好きなアーティストの活躍の場を潰したいとは到底思えない。裏方だが、Afterglowの一員である俺にもその気持ちはよくわかる。でもそれとはまた話が別なのだ。その違いを朝日はわかっていない。
朝日のやつ、相当思い悩んでいた。巨大に膨らむ期待に反して、彼女の器は今にもはち切れんばかりだ。
朝日はもっとわがままでいていいはずなんだ。それをなんとかわかってもらいたいところだが────......
「りゅーせぇー!」
「ん?」
ふと聞こえてきた自分の名前に意識が思考世界から現実へと戻される。声は入り口の方から聞こえてきたのでそちらに振り返ってみると、俺にひらひらと手を振っているひーちゃんがいた。
「おぉ、ひーちゃん」
「もぉ、おぉじゃないよ!突然飛び出したっきり戻ってこないでビックリしてたんだからね!?
「ごめんごめん。ライブの準備の手伝いしてからそのままライブ見てたからさ」
俺はひーちゃんに言い訳を並べ立てながら、ライブという単語からRASのことを思い出した。
「そういやRAS見たか?RAISE A SUILEN」
「うん、ステージ袖にお邪魔させてもらってみんなで見てたよ。スゴかったね、あの演奏!」
「だよな。いやあ、あそこまでとはな」
無名のバンドと思われていたRASは想像を絶するに等しい演奏技術を観客である俺達に存分に魅せてくれた。その熱狂とも言えるあのパフォーマンスには驚いたと、俺とひーちゃんは頷きあった。すると声がまたひとつ、小箱のような会場に舞い込んできた。
「流!!やっぱりここにいたか」
「あ、巴!ねえねえ、RASの演奏スゴかったよね?」
入ってきたのは何やら焦った様子のともちゃんだった。それに気づいていないのか、ひーちゃんはさっきの話の流れでRASの話題をともちゃんに振った。対してともちゃんは、それを突っぱねるかのような態度でひーちゃんを諭した。
「ひまり、今はそれどころじゃないだろ?」
「え?......あ、そういえばそうだった」
「え、なんだよ」
ひーちゃんの顔は一変して、ともちゃんと似たような顔つきとなった。そしてそれらの矛先は凛として、俺の顔面を鋭く貫いていた。
「二人ともらしくもなくそんな顔して......何かあったのか?」
すっかり浮かれきっていた俺もさすがの緊張感に表情を強張らせる。ともちゃんとひーちゃんはそれを見届けたかのように俺を見て互いに頷きあった後、ともちゃんからこう告げられた。
「流、落ち着いて聞いてくれよ?......実はな────」
ともちゃんの知らせとやらに耳を傾ける。その終始、俺の体には尋常じゃないほどの焦燥感が駆け巡っていた。
まだ何も伝えられていないのになぜ焦っているのか、どこにそんな感情を抱く根拠があるのか。それを考える余裕などこの時の俺は持ち合わせていなかった。
でもひとつ思い当たるとすれば、共感覚のようなものが原因だったんだろう。
────モカが、突然倒れてしまった。
その一言で、俺の予感はかくしんへと変わったのだった。
「────ッ!」
気づけば俺は、片手に紙コップを握り締めたまま楽屋の方へと走り出していた。
......ろくに量の減っていないジュースがコップから俺の手へと溢れていく。その冷たさが感じなかったのはきっと、悪寒の方が勝っていたからに違いない。
楽屋の中、蘭とつぐちゃんの側で長イスに寝かしつけられたモカを見て、俺はそう思った。
▼
「じゃあねみんなー」
「モカ!何かあったら連絡してねー!」
「無理しないでよ」
「はいはーい」
心惜しそうにあたしを見つめる蘭達に手を振り、その背中が遠のいていくのを笑顔で見送った。それから、帰り道が途中まで一緒であるせいくんとゆっくりと帰路を歩き始めた。
「なあ......本当に大丈夫なのか?」
「ばっちぐー。今日はちょっとツグり過ぎただけだからさー」
「......そうか。まあ、その調子なら大丈夫そうだけど」
せいくんが納得したように頷く。それを見てあたしは、せいくんの単純さを微笑ましく思ったのと同時に、それを利用した己の狡猾さを呪った。
「にしてもRAS、ほんとやばかったよな。今まで聞いたことがなかったバンド名だったからわかんなかったけど、あそこまでとは思わなかったよ」
「......そうだねー」
みんなと分かれる前から、案の定話題は今日のライブについてで持ちきりだった。特にせいくんは興奮しているのか、何度も同じ話をふっかけてきている。正直言って、色んな意味で迷惑だ。
「でも俺達も負けてなかったよな。あの演奏見た後じゃ、まるでお膳立てみたいにも見えるけど......」
「そうだねー」
「さっきからそればっかだな......もっとちゃんとした感想とかないのかよ」
感想。心配せずともそんなものいくらでもある。問題はそれらを言えない......いや、打ち明けられないことなのだ。だからあたしはまたへらへらとにやけ面を振りまいた。
「特に何も〜。いつも通りって感じでよかったんじゃなーい?」
「はぁ?......まあ、それもそうか」
せいくんがまた一人で頷いた。本当、この素直さは昔から変わっていない。まったくありがたいことだ。
......対してあたしは────......
「────モカ」
「......!な、なにー?」
「なにって......お前、帰り道こっちだろ」
せいくんが顎でしゃくった周囲を見渡すと、あたしの家とせいくんの孤児院に続く分岐点に辿り着いていたことに今更気がついた。あたしがその真ん中に立っているのに対して、せいくんは先に自分の帰路を少しだけ前に進んでいた。
「用事あってお前のこと見送れないけど気をつけて帰れよ。あと、無理はするな」
「あ、あの、せいく────」
「それじゃあまた明日学校で。寝坊すんなよー」
「あ......うん。また、明日ねー」
何を思ったのかあたしはせいくんに手を伸ばしていたが、せいくんが一方的に別れを告げてくれたおかげで気づかれないままそれを引き戻すことができた。その反面、少し残念な気持ちも少なからずあった。
......いや違う。これでいいんだ。これも全部あたしが弱いせいなんだから、助けなんて求めなくて当然なんだ。あの時倒れたのだってそのせいなんだし、何より────。
「......あ」
ふわっ、と風が巻き上がった。それはやがて地上から空へと飛び立っていき、あたしの視線を引き寄せていった。
空には夕焼けが浮かんでいた。いつも通りの綺麗な夕焼けだった。あたしはそれを見て、思わず息を呑んだ。
......そう。自分と夕焼けのスケールのギャップに、息を呑んだんだ。
「────なんだか、また遠のいちゃった気がするな」
憂いた目で見上げる夕焼け。そんな遥か遠くに見える夕焼けに、あたしはみんなの背中のかげぼうしを思い浮かべた。
それはとても大きく見えているはずなのに、とても遠くにあるようにも感じた。
いかがだったでしょうか。次回は4月24日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!
あ、前書きで語ることはないと言いましたがひとつだけありました。みなさん、アークナイツというゲームアプリを知っているでしょうか。僕も最近ハマり始めたゲームなんですけど、その結果ssを書きたいと思うようにもなりました。実際、絶賛執筆させていただいております。
......そうです。ハーメルンにアークナイツのssも投稿することにしました。こちらは今のこのシリーズと違って単発投稿にするつもりですが、暇があればそちらも拝見していただけると嬉しいです。何卒、よろしくお願いします。
それでは今回はここまで、また次回お会いしましょう。さいなら!