Afterglow〜Episode of Another〜 作:ある@誠心誠意執筆中
どうもあるです。
皆さん、どうお過ごしでしょうか。緊急事態宣言が延期となった今、膨れ上がったしがらみに絶望している方もいらっしゃるかもしれません。ですが、もう少し、もう少しの辛抱です。一緒に乗り越えていきましょう。
それでは本編、どうぞ。
「じゃあねーろっかー!」
「また明日ね」
「うん。じゃあね明日香ちゃん、あこちゃん」
校門前、こちらに手を振る2人に私もまた手を振り返す。ちゃんと笑顔は作れていただろうか。彼女達の明るい表情からして、一見問題はなさそうだが。
2人とは反対方向に帰路を辿り始める。やがて左には、野球部のオーエスの掛け声とともにグラウンドが見えてきた。
そっと耳を澄ませる。掛け声の中には長門くんの声も混ざっていた。それを聞いて私は、今日彼に言われたことを思い出した。
「......今日だけやないんやけどね」
────“無理、するなよ”。
ふとした拍子に暗い顔を浮かべていたのを見抜かれたのか、心配そうな眼差しを向けられながら長門くんにそう言われた。一体何に対しての忠告だったのかなんて本人だけが知っていることだろうが、十中八九バンド活動のことに違いない。
毎日聞かれるものだから、受け答えもマンネリ化が加速する一方だ。首を横に振って、「大丈夫だよ」と力無く微笑むだけ。最初のうちこそ上手く繕えてはいたが、こうも何度も暗に現実を突きつけられていると、気を遣ってくれている長門くんには悪いがむしろ逆効果だ。
それに......
「はぁ......」
私とてわかっている。正直なところ、
ガールズバンドへの宣戦布告......もちろんその対象には、ポピパさんも例外なく含まれているのだろう。誰が好き好んで推しの居場所を無くしたいと願うか、そう思っていた。
......ではどうして、こうして今もギターケースを背負っているのだろうか。
なぜ毎晩の如く、あの時感じた興奮を夢の中で味わっているのだろうか。
「私は......私は、どうしたいんやろ」
自分でもよくわからなかった。ギターケースが日に日に重く感じるのもきっとそのせいだ。背中を覆う重圧に足をひきずりそうになる。まるで棺桶を背負わされている気分だ。
それでも私は今日この日まで、欠かすことなくギターケースを持ち歩いている。特別必要になる場面もない、むしろ今だけは忌むべきとも言える物を肌身離さないでいる。
なぜだ。何がしたいんだ。一体、何が目的なんだ。
私は。
......私は────。
「......ん?」
途方もない疑問にその場に立ち竦んでいると、胸ポケットの中から聞こえてきたギターリフに意識が戻された。
......着信だ。一体、誰から────......
そんな私の疑問も、携帯の画面に映し出された名前によって瞬く間にかき消された。
「へ?」
驚きというかなんというか、思わず表現し難い声をその場に漏らす。それはもちろん、電話の相手が理由だった。
「かっ、かかかかかか......香澄先輩ィ!?」
不明瞭な感情はやがて明確な驚嘆となって私の全身を支配し、駆け巡る興奮によって息が上がり始める。まだ連絡先を交換して間もないというのに、こんなにも跳ね上がることが起きて良いのだろうか。
とにもかくにも、先輩をいつまでも待たせるわけにもいくまい。ここは呼吸を整えて早急に電話に出なければ......!
深呼吸をし酸素を体中に流し込む。朦朧としかけた意識が明白になったのを感じたところで、私は意を決して電話をとった。
────瞬間、香澄先輩の溌剌極まる声が私の耳孔を貫いた。
『ロックー!今日ライブするから来てよ!!』
「......!」
一面を覆う暗闇の中、それを打ち払わんとする勢いで輝く星のような先輩の声。
突然の出来事だった。まるで空を駆ける流星のような神出鬼没さだった。おかげで一瞬、呆気にとられた。
......そう。“一瞬”、呆気にとられたのだ。
香澄先輩の誘いを一言一句聞き漏らさなかったおかげで、『余分な思考』は取り除くことができたのだ。
────“ライブに来て”。
「っ......はっ、はいっ!!」
その時の私は断る理由など、迷うことなど、さらさら思い当たらなかった。
それはきっと、『何か』を予感したからなのかもしれない。
▼
「......はぁ」
と、自分以外のいない自室にて虚空にため息をこぼした。こうして弱音をこぼしても誰も気にかけることはない。だからあたしは、この静寂極まった部屋に、もしかしたらここが今の自分にとっての一番の居場所なのかもしれないと、皮肉混じりな卑下をかました。
そんなことをしている暇なんてない事など自分が一番わかっている。それでもしっくりこない。“あの時”から勘が戻らないのだ。
ベッドに仰向けになったまま天井に両手をかざす。前々から傷だらけだった左手に加え、本来あまり傷のつきにくい右手にさえ絆創膏が貼られている。そんな痛々しい様相を見ても、自分ですらもはや何も感じなくなった。
代わりに感じるようになったのは、とても歪な劣等感だった。
「......」
窓の外にはすでに黄昏が降りてきていた。いつもなら身近に感じるそれも、今となってはまるで他人のように思えた。思うことしかできなかった。
......あの日、久しぶりに行われたライブの日。
みんな思い思いの演奏ができていたように思えた。あたしも手応えは感じていた。久しぶりにしては上手くいったと、確信していたのだ。あの演奏を聴くまでは。
RAISE A SUILENという名前自体は初めて聞いたが、そのパフォーマンスはバンドの知名度の低さとはまるで不釣り合いだった。それを目の当たりにしたあたし達の達成感は一変して、そこはかとない焦燥感と化した。
その理由は悔しかったりとか多種多様だった。つぐやひーちゃんは羨望のようなもので、ともちゃんと蘭は言わずもがなな感じだった。せいくんはよくわからない。
対するあたしも悔しかった。でも、悔しさの対象が別だった。
あたしの悔しさは────......あたし自身に対してのものだった。
あたしがもっと上達していれば。あたしがもっとみんなを引っ張っていけたら。そんな後悔が、あたしの体の中でとぐろを巻いてやまない。
でも、一番の要因はやはり......
“あたしの背中を信じてついてきて!”
「────っ」
ああ、そうだ。あの時の自分が後悔したのは......あの時から自分が後悔しているのはきっと、心の奥底で未だにみんなの背中を追いかけることを躊躇している自分なのだ。
表面では取り繕ったつもりでも、ああいう場面になったらボロが出る。そりゃそうだ、こんな弱気なあたしなんてみんなには相応しくないから。
それでも、そんなあたしの思いを受け止めてくれた人もいる。一緒にみんなの背中を追いかけようって手を引いてくれた大切な人がいる。
なのにあたしは......
「......」
気がつくとあたしは、携帯の画面を開いていた。なぜ?無意識下の自分にそう問いかけると、答えは画面に映し出されていた。あたしはせいくんに電話をかけようとしていた。
確かにそうだ。今せいくんと話せば、気持ちも和らぐかもしれない。また何か元気の出る言葉をかけてもらえるかもしれない。
だからこうして発信画面にまで至ったというのか。
────バカか、あたしは。
「......っ」
ホームボタンを押して通話アプリのキャッシュクリアを手早く行う。あたしは画面外へと消えゆく「せいくん」の文字を見て安心しながらも、唇を強く噛みしめた。
甘えるな青葉モカ。お前がやるべきことはもっと別にあるだろう。そうやってのろける暇があるのなら体に鞭を打て。
むくりと起き上がりスタンドにかけてあったギターを手に持つ。触れた指先が痛いが、このくらいどうってことない。みんなに追いつくためならこのくらい......
「どうってこと......ない......っ!」
そう、自分に言い聞かせる。ポタリとしずくが落ちた。まさか泣いているのか?
ダメだだめだ......頑張れあたし。頑張れ、頑張るんだ。こうして影で努力することぐらいしかあたしに取り柄はないんだから、今頑張らなくていつやるというんだ。
必死だった。その結末がハッピーエンドか、はたまた自壊か。
そんなことを考える余裕もなく、あたしは嗚咽を抑えながらギターをかき鳴らし始めた。
▼
扉を開けて店外に出る。すると、お馴染みのカランコロンというドアチャイムの音が鳴り響いた。
「ありがとうございましたー!流誠、ひまり!モカのことよろしくね」
「はいはい」
レジカウンターからの山吹の声にひらひらと手を振る。その様子を見かねたのかひーちゃんが物申してきた。
「ちょっと流誠!私と沙綾は本気なんだからね!」
「本気って......まだ決まったわけじゃないだろ」
「もうアレは決まってるって!流誠も見たでしょ?モカの顔色の悪さ」
ひーちゃんの言う通り、今日のモカの様子は先日と同じくおかしくなっていた。体調は別段悪いわけではなさそうだったが、顔色は優れていなかった。
しかしその話題を部外者である山吹にわざわざ吹っかけなくてもいいだろう。それなのにこの子ときたら......まったく、お喋りも大概にしてもらいたいところだ。
「こんなんだったらやまぶきベーカリー寄るんじゃなかったよ」
「お腹が空いたんだから仕方ないじゃん」
「まあ部活帰りだしな」
今日はバンド練習は休みになっており、代わりにちょうど部活練習が長続きした日でもあった。故に、汗水垂らしてくたくたになった俺とひーちゃんはこうして恵みを求めてやまぶきベーカリーに立ち寄ったわけである。他の4人はというと、ともちゃんはダンス部の後に町内会の集まり、つぐちゃんは生徒会、蘭は帰宅部なのを良いことに相も変わらず家にこもって華道に勤しんでいる。モカは......何をしているのかわからない。
「今頃モカ、何やってんだろうね」
「さあな」
「えー!?彼氏なら知っとかないと!常識でしょ!?」
「プライベートにまで突っ込んでやる必要ねえだろ!アホか!」
ひーちゃんは俺の正論に「た、確かに......」と思い留まった。かといって、反論した俺にもひーちゃんの言ったことに同意できる箇所があった。
確かに、俺はモカについて知らなさすぎるのかもしれない。付き合い始めたという事実だけ浮き彫りにしたまま、それ以上は変わった点が特にないというのが事実だ。
「でも、流誠ももう少しモカのこと気にしてあげなきゃだよ?女の子は男の子より繊細なんだからね」
「フェミってるとこ悪いが男にも男なりの悩みがあるんだからな。でも......そうだな、考えてみるよ」
髪を弄りながら夕焼けに呟いた。それを見たひーちゃんもまた、微笑みながら満足げに頷いてくれた。
......と、ひーちゃんの足が「あ」という声と共に突然止まった。
「ひーちゃん?」
「そういえば流誠って、今日用事があるんじゃなかったっけ」
「用事......あっ!」
用事というワードとそれを匂わせる最近の出来事を結びつけ、答えにたどり着いた。
そうだった、今日は例のライブがあるんだった......
「悪いひーちゃん、これ全部あげるからパン持って帰ってくれ」
「え?な、なんで!?」
「急ぎの用事なんだよ!それ邪魔だからあげる!じゃあな!」
ひーちゃんの否応なしに、俺は押し歩いていた自転車にまたがり、ペダルを強く漕いだ。また太るちゃうじゃんという声が聞こえたような気がしたが、気にかける余裕はなかった。
当事者である俺は、あのライブの行く末を見届けてやらなければならない。
そう、朝日の行く末を────......
「よし着いたっ......!」
会場であるGalaxyにたどり着いた俺は、自転車を駐輪スペースに置いてからその階段を勢いよく下って行った。入り口はこの先にある。今日は特別に貸し切りにされているため、並んでいる客はいなかった。
その代わりに。
「......うおっ」
「きゃっ......!って、長門先輩!?」
観客席に続くドアを開けると、そこにはすでに席に座っている朝日がいた。
「へ?ど、どうしてここに......」
「あーえっと......まあ話は後で。それよりほら!」
朝日もそうだが、暗転されたステージにもすでに人影が見えていた。どうやらあちらも準備万端のようだ。
と次の瞬間、ステージにスポットが当てられた。引き立て役のおでましだ。
『こんにちは!私達......』
『『『『『Poppin' Partyです!!』』』』』
お馴染みの溌剌とした掛け声が閑散とした会場に響き渡る。観客なんて俺と朝日しかいないのに、場の雰囲気がまるでパーティ会場になったかのような錯覚に陥った。
コールアンドレスポンスされている間に、あくまで主役は朝日なので、俺は遠目に移動することにした。
ちょうどいい位置にあった壁に背中を預ける。遠目から見た朝日の表情は、あの日見せたものとは程遠い明るい感情があらわとなっていたように見えた。それは演奏が進むにつれて、さらに増幅していった。
そんな晴れやかな笑顔を見て、俺もまた何かが満たされていくような気がした。