Afterglow〜Episode of Another〜   作:ある@誠心誠意執筆中

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どうもあるです。

まずはじめに、皆さんにお知らせがあります。
今更ではありますが、実は僕、今年度から受験生となりました。こればかりは人生に関わる一大イベントですので、より一層勉学に励まねばなりません。
つまるところ、更新ペースの延長をお願い申し上げるということです。最長でも2週間以内に1話投稿したいと思ってますが、最悪の場合不定期更新になりうるかもしれません。なお、投稿期間はその都度の都合に合わせてお知らせいたしますのでその点はご安心を。私情まみれとなりますがどうかご容赦ください。



それでは本編始まります。どうぞ。







第8話 雨音

 

 

 

「......ふぅ。よし!それじゃ、そろそろ休憩にすっか」

 

 

 

 

巴がバチを鳴らして休憩の合図をとる。それに合わせて私達も各自持ち場から離れた。ベースをスタンドに置きに行くと、それについてくるようにつぐが水を差し出してきた。

 

 

 

 

「はい、ひまりちゃん!」

 

 

 

 

 

「いつもありがとつぐ〜!」

 

 

 

 

 

「いいよいいよ、お礼なんて。次はモカちゃん!」

 

 

 

 

私に水を渡し終えると、つぐはモカの方へと駆け寄って行った。モカはというと、真剣な顔つきでギターのチューニングをしていた。まさかとは思うが......

 

 

 

 

「あれ?モカちゃん、休憩しないの......?」

 

 

 

 

 

「いやあ、もう少しだけ練習しようかなーと」

 

 

 

 

 

「「「えぇっ!?」」」

 

 

 

 

予想もしたくなかった予想通りの答えを聞いて、質問者であるつぐだけでなく私を含め他の2人も合わせて目を見開いた。もちろん驚きによるものだったが、それ以外にもそこまでのリアクションをした理由があった。

 

 

 

 

「まま、まだするの!?ただでさえそんな状態なのに!?」

 

 

 

 

 

「そうだよ!もう絆創膏まみれじゃねえか......」

 

 

 

 

ここ最近モカの指は絆創膏で覆われ続けており、最後に日の目を見たのがいつだったのかなんてとうに忘れてしまった。代わりとして、しっとりと血の滲んだ絆創膏が私の脳裏にすっかり焼き付いてしまった。

 

 

 

 

「つぐ、水ちょーだい」

 

 

 

 

 

「え?あ、うん......」

 

 

 

 

 

「やめとけってモカ。練習したい気持ちもわかるけど、そこまで無理する必要ないって」

 

 

 

 

巴の言葉には痛いほど共感できた。モカがまるで、何かに脅されて焦燥感に入り浸っているようにしか見えなかったからだった。

 

私達も一生懸命には練習をしている。しかしそれは、ちゃんと自分の体と向き合った上でのことだ。今のモカにはその様子が見られない。私は、私達はそれが、不穏にしか思えなかった。

 

 

モカはつぐから受け取った水を一気に飲み干すと、口を拭いながらこう告げた。

 

 

 

 

「うーん、どうかなー?あたし的には全然大したことないと思うけどな〜」

 

 

 

 

 

「いやありありだよ!!何をそんなに必死になって────」

 

 

 

 

おかしい。明らかに様子が変だ。背中を押すほとばしる悪寒に従って私はモカに近寄り、彼女の顔をまじまじと見た。

 

 

 

 

 

────そして、後悔した。

 

 

 

 

「......っ」

 

 

 

 

私に向けられたモカの顔は悲壮感で満ち満ちており、かつ希望を失ったかのような無表情の一面性も垣間見えた。その混沌とも言える異様な光景に私は戦慄し、絶句した。

 

そんな私を差し置いて、モカの顔にはいつのまにかいつもの気怠げそうな笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

「ひーちゃんこそそんなに必死になってどしたの〜?」

 

 

 

 

 

「え?あ、あれ......?」

 

 

 

 

あまりの一瞬の出来事に今度は呆気にとられる。まるで気まぐれな猫に引っ掻き回されているかのような気持ちだ。

モカはいつもこうだ。私が何かやらかせばそれを良いことに笑いをとる。巴に注意されてもお構いなしに、あの笑顔を振りまくのだ。

 

 

 

......笑顔は、嬉しい時に見せるもの。

 

 

 

私はそれが、今のモカには当てはまっていないと確信してやまなかった。

 

 

 

 

────だから。

 

 

 

 

「......ああもうっ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

モカの手を握り、スタジオの外へ向かおうと力強く引っ張る。もちろんモカは驚いていたが、そんなの知ったことか。

 

 

 

 

「ひ、ひまりっ!」

 

 

 

 

 

「急にどうしたの!?」

 

 

 

 

 

「ごめん!2人は先に休憩しててー!」

 

 

 

 

困惑する2人には悪いが理由を話す余裕もなかったため、私は一言添えてからモカとスタジオを後にした。

 

外へ出ると、空には重苦しい濃い灰色の雲が一面に広がっていた。強く握り締めたモカの手もどこか引き気味な感じだった。

 

 

 

 

「はぁ......はぁ......」

 

 

 

 

 

「ちょっと〜、ほんとどうしちゃったのー?」

 

 

 

 

 

「はぁっ......モカ......!」

 

 

 

 

シラを切る気なのか未だに飄々とした態度を見せるモカの目に、私はこれでもかと睨みをきかせた。こうして外に連れ出したのもそのためだ。

 

 

この『予感』を、放っておいてなるものか。

 

 

 

 

「どうしちゃったって、私が言いたいよ......」

 

 

 

 

 

「ひーちゃん?」

 

 

 

 

 

「モカ、なんか最近変だよ......あ、変っていうのは悪口じゃなくてね!その、練習がんばってるけどそれはただのがんばりじゃないというかなんというか、そんな感じで......」

 

 

 

 

口ごもり、上手く言い表せなかった。それは自分の語彙の無さも原因の一つやもしれないが、先ほど垣間見たモカの表情といい、それだけでは済まされない気がしてならない────そんな不明瞭さに、私は言語化に苦しんだ。

だからこれはあくまでも私の推測、勝手な思い込みに過ぎないのかもしれない。

 

でも......だからこそ、そう感じてしまった以上放っておくわけにもいかないのだ。

 

 

 

 

「と、とにかく!いつもと違って感じるの!モカは何かに追い詰められてるような......そんな気がするの」

 

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

 

「教えてよ。悩み事でも、私ならなんでも聞いてあげるから!」

 

 

 

 

 

「......っ」

 

 

 

 

以前、流誠が蘭に「変わった」と言ったことで蘭を傷つけたことがあった。それは流誠以外の私達も思っていたことだったが、Afterglowのために頑張る蘭にとっては心のない一言に尽きなかっただろう。

 

目の前の事実に必死になって、その過程や理由にまで気を配ることができなかった。私達を想う優しさに対して、私達は冷態を返すことしかできなかった。

 

 

だから、私も考えたのだ。自分を偽り隠そうとしていた流誠にだって、こうして平気なフリをするモカにだって......これからは、困っている友達がいたらお節介でもいいから遠慮なく優しくしてあげるって決めた。Afterglowのリーダーとしての在り方を追求すると決めたのだ。

 

 

 

......知りたい。モカの悩みも、辛さも、何もかもをぶつけてほしい。一緒に向き合ってあげたい。

 

 

全部、教えてほしい。

 

 

たったそれだけなのだ。

 

 

 

 

......でも。

 

 

 

 

「────なんもないよ」

 

 

 

 

 

「え......」

 

 

 

 

 

「モカちゃんはいつも通りのモカちゃんでーす。だから何の心配もいりませ〜ん」

 

 

 

 

「そんな......ちょっと、モカ────」

 

 

 

 

道化染みた笑いが再び巻き起こる。私とて、そんなものは虚実に過ぎないと悟っていた。

だから私も性懲りもなく、言い逃れようとするモカの目線を追った。

 

 

────そして、悟り直した。

 

 

 

 

「......!」

 

 

 

 

ふらつくモカと力む私の瞳孔が交差した瞬間、私は直感した。口下手なモカが数少ない主張をする際、彼女ならどのような伝え方をするのかを気づかされた。

 

 

流れゆく視線には、こう書かれていた。

 

 

 

『私のことは放っておいて』、と。

 

 

 

 

 

とても......とっても、冷ややかな“文字”だった。

 

 

 

 

「────......」

 

 

 

 

 

「ひーちゃん?」

 

 

 

 

直視できずに地面に顔を向ける。そして考えた。

時がいつもより遅く流れるような感覚に陥る。空気が重くなる。きっとここでの選択を間違えれば、後々響いてくるのだろう。

 

モカは確かに『放っておけ』と目で訴えかけていた。であればモカが何かしら悩みを抱え込んでいるのは間違いないのだ。しかし、もしそこに付け入ったとしてモカはどう思うのだろうか。

モカはきっと私達のために背負っているに違いなく、それを相談したがらずにいるのもまた事実だ。そんなモカの思いを無下にしたら、彼女自身傷つくやもしれない。いやでも、放置したままでいたらことさら悪化してしまうのではないか......?

 

 

何が正しいのか。モカを尊重するべきなのか、我を押し通すべきなのか。

 

 

私は一体、どうすれば────......

 

 

そう思い悩んでいる最中、私の脳裏に目の前にあるはずのモカの顔が思い浮かんだ。

 

それは、あられもないモカの痛切な表情で────。

 

 

須く、私の心は完膚なきまでにへし折られてしまった。

 

 

 

 

「......わかったよ、モカ」

 

 

 

 

重くのしかかる葛藤に俯かせた頭を上げて、モカと顔を合わせる。そこには想像の残像すら残されていないモカの呆け顔が映っていた。それが虚実だと知っていても言及できないでいる自分が歯痒いとともに情けなくて仕方がなかった。

 

 

 

でも......

 

 

 

でもそれが、モカのお願いであるのなら......

 

 

 

 

「何かあったら、また言ってよ......?」

 

 

 

 

私から言えるのは、これくらいしかなかった。『何かあったら』じゃ遅いのに、私は逃げ道を作るような甘えたことしか言えなかった。

そんな私を、モカはにへらと笑って受け入れてくれた。

 

 

 

 

「うん、ありがとう。ひーちゃんみたいな友達がいて、あたしは幸せ者だな〜」

 

 

 

 

 

「もう、また調子の良いこと言って!」

 

 

 

 

とは言っても、実際モカの周りの雰囲気には和らぎが生まれていた。依然として表情は変わってはいなかったが、今だけはそれが作り物ではないように伺えた。

 

 

 

 

「それじゃあ戻りますかー。あーあ、モカちゃん喉渇いちゃったよ〜」

 

 

 

 

 

「さっき水飲んだばっかでしょ?」

 

 

 

 

 

「あれ、そうだっけ」

 

 

 

 

 

「あはは。もう、モカったら......」

 

 

 

 

モカが大丈夫と言うのなら、私もいつも通り側で見守るに徹しよう。見え隠れする後ろめたさの残った気持ちを無理にでも笑い飛ばしながら、私はそう決意した。

 

自動ドアをくぐり屋内へと戻る。するとその直後に、ザーというノイズのような音が耳に入った。

 

 

 

 

「あっ、雨だ」

 

 

 

 

 

「すごい大降りだねー。せいくん、大丈夫かなー」

 

 

 

 

ガラス越しに外の風景を見ながら、モカはおぼろげにそう呟いた。実体があるとしたらぷかぷかと浮かんでいきそうなその言葉を聞き入れ、私はモカに視線を移した。

 

 

 

 

「大会が近いから部活行くって言ってたけど、グラウンドでの練習は中止になるだろうね」

 

 

 

 

 

「せいくん短距離ランナーなのに〜。かわいそうだなぁ、ヨヨヨ〜......」

 

 

 

 

そう言うモカこそと言いたかったが、流誠のことを考えているあいだは不安も紛れるのか、その顔つきはどこか晴れやかだった。それを見て私は、問い詰める矛先を流誠へと変えた。

 

窓をしきりに垂れ落ちる雨粒を見ながら、今の流誠の姿を想像する。きっと、急な雨を睨みながら屋内に避難している頃だろう。容易に想像がつく。

 

 

でももし、そんな流誠が今この場にいてくれたとしたら。モカの異変に気づき、それを一喝してくれたとしたら、モカは身も心も慰めに慰められるに違いない。

 

 

 

 

「がんばれせいくーん」

 

 

 

 

自分のことでも精一杯のはずなのに他人のことばかり思いやるモカを見て、流誠の不在を心の底から呪った。

 

 

 

 

「モカったら......ここにいないんだから、言っても意味ないでしょ」

 

 

 

 

事実確認をするかのようにそう呟く。でも、現実は変わりはしない。それでも私は、一縷の光に縋るように窓の外を見やった。

ただでさえ冷たいのに雨でさらに冷えきったコンクリートの道路には、傘をさす人影どころかその往来すらなかった。

 

 

降り頻る雨はしばらく止みそうになく、むしろその激しさは増していく一方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カバンの中をまさぐり、お目当ての物を探り当てる。指先に当たったナイロン生地の手触りを確認した後、俺はそれを引っ張り出した。

 

 

 

 

「あったあった、これないとずぶ濡れだからな......持ってきといて正解だったな」

 

 

 

 

バサバサとシワを伸ばして合羽を羽織る。合羽は干し方を一度誤ってしまえば異臭を放つ恐ろしい代物だが、ここ数年でその対処法を培ってきた俺にかかればどうってことなかった。

はたく動作によって辺りに散らばった芳香剤の香りを味わいながら、カバーをかけたカバンをカゴに入れて自転車のスタンドを上げる。それから少し開けた場所まで押し進めて、自転車に跨りペダルを漕ぎ始めた。

 

にしてもヒドい雨だ。万全を期して合羽に付属のフードも被っているとはいえ、ここまで大振りだと防ぎようがない。おかげでメガネは水滴塗れになって俺の視界をこれでもかと遮っていた。

......いやいや、ほんとシャレにならない。ここまできたらゲリラ並ではないだろうか。梅雨にすら入っていないというのに、雨脚はグラウンドから校内に避難した時のより刻々と増す一方だった。

 

 

とにかくそろそろ視界を確保するべく一旦メガネを拭き取らねば。それから俺は、どこか手頃な雨宿りのできる場所はないかと朧げな視界で辺りを注視した。

そうして感覚を研ぎ澄ましているなか、何かが聞こえたような気がした。

 

 

 

 

「────!」

 

 

 

 

 

「......ん?」

 

 

 

 

気のせいだろうか。一切の断続のないけたたましい雨音のせいでよく聞こえなかったが、雨音とは別の“何かの音”が俺の耳孔を襲ったような気がしたのだ。

 

足を止めてその場に立ち尽くす。そしてもう一度、その音に聞き耳を立てた。

 

 

 

 

「────い!────んぱい!!」

 

 

 

 

次第に音は大きくなっていき、それが声であることを判別できるくらいには聞こえるようになっていた。加えて、俺に向けて発せられているような気もする。

 

 

聞こえた方向も大体認知していた。その後方からの微力な気配に振り向くと、そこには傘をさしたままとてとてとこちらへ走り寄ってくる朝日がいた。

 

 

 

 

「長門先輩ー!」

 

 

 

 

 

「おあぁ、朝日!?なんだ、気のせいじゃなかったのか......」

 

 

 

 

 

「ん?何の話ですか」

 

 

 

 

 

「呼ばれた気がしたからさ、この頃働き詰めだったし幻聴でも聞こえ出したのかなって」

 

 

 

 

 

「ご心配なく!呼んだの私ですから」

 

 

 

 

とのことだ。とりあえず薄ら予感していた身体の異常はなさそうだったので、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

「にしてもどうしたんだよ、傘さしてんのにそんなビショ濡れになって────」

 

 

 

 

傘の存在意義を疑いかねる朝日の容貌に疑問を持つも、先の出来事を鑑みてみるとなるほど理解できた。

 

俺を呼びながら駆け寄る朝日、風に煽られ大きく傾いた傘......

 

 

 

 

「待て......まさかお前、俺を追いかけようとして......」

 

 

 

 

 

「先日のお礼を改めて言おうと思ってたんですけど、中々会えなかったもので。それで放課後ならと正門前で待ってたら、自転車に乗った先輩を見かけたので必死に追いかけてきました」

 

 

 

 

 

「......あー」

 

 

 

 

案の定だった。朝日は俺の背中に追いつこうとするあまり己の身を守る傘すら気にも留めずに、降り頻るこの雨の中を肌身さらして駆け抜けてきたらしい。そういえば正門を出る時に見たことあるおさげの少女が横目に映っていたような気もする。あの時俺が確認のために止まっていれば朝日はずぶ濡れにならずにすんだということだ。

とはいえ、こうして天を仰いでいるだけでは事態も収束しないままだ。俺は少しものお詫びとして練習の時に結局使わなかったタオルをカバンの中から取り出した。

 

 

 

 

「悪りぃ朝日、お詫びにコレても使ってくれ」

 

 

 

 

 

「えっ?いえそんな......」

 

 

 

 

 

「いいから!!なんか申し訳ないから!!お願いだからっ!!」

 

 

 

 

謝る側であるはずの俺が少しわがままな感じになってしまい少々立場が混乱してしまったが、そんな俺の要望を朝日は渋々呑み込んでくれた。罪悪感を揉み消すはずがなんだか悪化した気がした。

 

 

 

 

「わざわざありがとうございます。それも何から何まで......」

 

 

 

 

 

「いいよ別に、俺がしたいだけなんだから。ていうか、あの日のお礼ってまさか?」

 

 

 

 

 

「はい、ポピパさんのライブのことです」

 

 

 

 

それは朝日を元気付けるためのあのライブのことだ。でもそのお礼ならこの前もらったはず......では一体なぜなのだろうか。そんな疑問を抱いていると、俺の心中を察したのか朝日がこう続けた。

 

 

 

 

「アレって長門先輩が主催してくれたんですよね?」

 

 

 

 

 

「え?あれ、なんで、お前がそのこと知って......」

 

 

 

 

解消されたはずの疑問はすぐさま形を変えて、再び俺の前に立ちはだかった。だっておかしいのだ。あくまで俺は裏方の裏方なので、朝日には俺のことは『機材の準備係』として名前を挙げといてくれと準主催者である戸山に頼んだはずなのだ。どこかで情報が漏れたのだろうか......

 

 

......情報が漏れた、か。

 

 

 

いやいやまさかそんな。

 

 

 

 

「......なあ、朝日。一応聞いとくが、それどこで知った?むしろ誰から聞いた?」

 

 

 

 

 

「戸山先輩です。家に帰ったあと、メッセージでわざわざ教えてくださったんです」

 

 

 

 

 

「ああ......そうなんだ。そうかそうかへぇー」

 

 

 

 

はい、恐れていた事態。うっかり口でも滑らしたのか?ははは、まったく戸山のやつめ。

 

 

 

 

「あーあ......────覚えとけよ、あの野郎......」

 

 

 

 

 

「先輩?」

 

 

 

 

 

「あーいや、くしゃみ出そうになっただけ。“なんとか治まった”から気にすんな」

 

 

 

 

このそこはかとない怒りを朝日にぶつけても何も生まれない。俺は自分の言った通りに戸山のアホさに対する怒りをなんとか治めた。

そんな俺のごまかしにまんまと引っかかってくれたのか、朝日は「そうですか」と言った後思い出したかのようにペコリと頭を下げた。

 

 

 

 

「何はともあれ、本当にありがとうございました。皆さんのおかげで自分のやりたいことが見つかって────いえ、認めることができました」

 

 

 

 

 

「何回も聞いたよ。でも良かったな、本当に......」

 

 

 

 

せっかく拭いた朝日の顔には風に煽られて飛んできた雨粒が再びへばりついていた。ちょうど目元に落ちてきたのでさながら涙のように見えたが、朝日本人はというととても晴れやかな笑顔だった。

 

 

と、ここでようやく朝日の背中に背負われている“モノ”に気がついた。

 

 

 

 

「そういや今日もギター持ってきてたのか」

 

 

 

 

 

「はい。今日オーディション受けようと思って」

 

 

 

 

 

「へぇ、今日行くのか......って、ん?今日?」

 

 

 

 

やはり朝日はオーディションを受けるらしい。しかし問題はその日時にあった。

 

 

 

 

「待て待て待て!!いくらなんでもそれは生き急ぎすぎだろ!?」

 

 

 

 

 

「でももう待ちきれないんです!!ここで退いたら私、この先どうなるのか......」

 

 

 

 

 

「ここで退いたらつったって、明日でも明後日でも機会なら十分────......」

 

 

 

 

 

「それじゃダメや!!今日行かんでいつ行くんですか!!!」

 

 

 

 

 

「ヒッ......」

 

 

 

 

急にヒステリックに叫び出した朝日に思わずたじろぐ。その鬼のような覇気を目の当たりにした俺は、普段穏やかな人ほど感情が爆発した時の反動がデカいんだなあと密かに実感した。

 

 

 

 

「あ、すみません、つい......でも本当なんです!せっかく皆さんが背中押してくれたから少しでも踏み止まってたくないんです!!」

 

 

 

 

 

「そ、そうか。うん、じゃあその方がいいと思うよ」

 

 

 

 

 

「ですよね!」

 

 

 

 

朝日のあまりの迫力に俺は同調せざるを得なかった。それから朝日はうんと頷くと、再び頭を下げた。

 

 

 

 

「改めて本当に......本っっ当にありがとうございました!!」

 

 

 

 

 

「ああ。お前がRASに入ったとして、ポピパもガールズバンド時代も簡単には終わらない。安心して行ってこい」

 

 

 

 

朝日がRASに加入すれば朝日とはライバル同士になるわけだが、その時は全力で相手をするまでだ。その決意を以て、俺は朝日に最後のエールをおくった。

 

 

 

 

「はいっ!私、がんばります!では!」

 

 

 

 

 

「あっ、オイ!俺のタオル!!」

 

 

 

 

 

「また後日洗って返します!!」

 

 

 

 

それだけ言い残すと朝日は踵を返して疾風の如くその場を立ち去って行った。まるで籠から放たれた鳥のようだった。

 

 

 

 

「行っちゃった......まったく、こっちの言い分も聞かずによく横暴してくれるなぁ」

 

 

 

 

というものの、実際に朝日は以前からは考えられないくらいに見違えていた。朝日は感情的になったりすると出身地の方言が出てしまうと塁から聞かされてはいたが、なるほどその通りだった。あれはまさに嘘偽りのない朝日の思いだった。

でも、俺もただそれに恐れ慄くだけではなかった。彼女があそこまで必死になってくれたのは、自分の気持ちに正直になった何よりの証拠でもある。今回の件の目的がまさにそれだったので、俺はとても誇らしくも思っていた。

 

 

......あぁ、やはり一仕事終えた後は清々しいに尽きる。とはいえ、この結末はポピパがいなければ成し得ることはなかった。後日お礼参りにでも行こうか。戸山が口を滑らした件は少々、いやだいぶ不服ではあるが。

 

ともあれまずは帰るとしよう。この大雨だ、空を覆う雨雲もまだまだ底が見えないしこれからさらに雨脚が強くなるやもしれない。メガネは拭き損なったが、今考えてみればわざわざとりあげるような問題でもなさそうだ。

 

 

 

 

「......さ、じゃあ俺も帰るか」

 

 

 

 

辺りには暗がりが生まれ始めていた。俺は自転車のライトを付けて、ゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。辺りはコンクリートに打ち付ける雑音で溢れているはずなのに、とても穏やかな気分だった。

 

 

そんな中だった。また、声が聞こえた。

 

 

 

 

「せいくーん」

 

 

 

 

 

「......ん?」

 

 

 

 

馴染みのある声に振り向くと、そこにはモカが立っていた。こいつも強く打ち付ける雨に濡れてしまったのか、傘をさしているにもかかわらず顔には水滴がしきりに垂れ流れていた。

 

 

 

 

「そういえば今日練習じゃなかったか?......ああ、もう終わった────」

 

 

 

 

 

「一緒に帰ろー」

 

 

 

 

 

「......え、あ、ああ。いいけど......」

 

 

 

 

街角で突然バッタリ会って前置きなく突然誘われて、淡々と話を進めるモカに俺は流されるがままだった。

 

 

 

俺の予想通り、その後の雨脚はさらに強くなった。そのせいなのか、せっかく自転車から降りて肩を並べて歩いていたのにモカとの会話はあまり弾まなかった。

 

......なんだか、地に着く足が覚束なく感じた。

 

 

 

 

 







いかがだったでしょうか。次回は5月24日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!


さて、前書きでも書きました通り、投稿期間の間隔を増やさせていただいてます。最短でも1週間後には投稿しようと考えてますので、ご理解のほどよろしくお願いします。



それでは今回はここまで。また次回お会いしましょう。さいなら!
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