Afterglow〜Episode of Another〜   作:ある@誠心誠意執筆中

50 / 53
お久しぶりです皆さん、あるです。

......いや、本当にお久しぶりです。最終投稿日からかれこれ何ヶ月経ちましたでしょうか、指折々と日々を数えていきたいところですが、実はこうして文字を打っている時間も惜しいくらいに受験勉強に追われているんですよね。なのでこうして投稿ペースがどこぞのハンター漫画と同等と言えるほどスローなわけでして......

毎度毎度申し上げておりますが、これでも最善は尽くしているつもりです。執筆者たるものそのような言い訳は軽く一蹴されて当然ですが、そこはご理解のほどよろしくお願いします。こちらも誠心誠意、出来る限り執筆に努めていきます。どうか長い目で見守っていてくださると嬉しい限りです。



それでは、久しぶりの本編です。どうぞ。







第10話 悔雨

 

 

 

 

 

「モカのこと、どうするつもりなの?」

 

 

 

 

「────......」

 

 

 

固く、ただただ固く拳を握る。握られたアイスの棒にはヒビが入っていき、パキッ、パキッという断続的な音が響き渡る。

 

 

 

「────どうするって、何をですか」

 

 

 

 

「......!ちょっとそれホンキで言ってんの!?」

 

 

 

 

「本気も何も......ていうか、まさかとは思いますけどその為に俺を誘ったんですか」

 

 

 

バラバラになった棒をゴミ箱に放り投げて先輩の方を見る。相手も相手なので出来る限りは抑えているつもりなのだが、どうやら無理のようだ。眉間にしわが寄って仕方がない。瞳孔に揺らぎが生じてやまない。苛立ちが、抑えきれない。

 

 

 

「っ......これは────」

 

 

 

 

「はぁ......言わせてもらいますけどね」

 

 

 

俺はすくっと立ち上がり、目を伏せたままに言い放った。歯噛みするように言ったためうわ言を呟くようなか細さだったが、そんなことは今は重要ではない。あるのは夏の蚊柱のような鬱陶しさだけだ。

 

 

 

「さっき、ともちゃんとひーちゃんにも同じこと言われたんですよ。最近のモカって変じゃないか、何かしてやらなくてもいいのかって」

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

「先輩って、俺とモカが付き合ってるの知ってます?」

 

 

 

聞くと、先輩は静かに目礼した。俺はそれを確認した後、荷物をまとめ始めた。

カバンのフタを開けようとする。その際、いつもならあまり気にかけようのないあのつぎはぎのお守りがいやに目についた。引き手に取り付けられたそれはジッパーの開閉を妨げている。

邪魔だと振り払わずに優しく、そっと手に取る。改めて見てみるとだいぶやつれていることに気がついて、なんだか笑えてくる。

 

 

 

......。

 

 

 

......あぁ。

 

 

きっと、大丈夫。

 

 

 

「告られた時は気がつかなかったんすけど、アイツ、俺じゃないとどうにもダメみたいなんですよね。自分で言うのもなんですけどね」

 

 

 

 

「......」

 

 

 

 

「まだ手も繋いだりとかしてない関係ですけど......それだけはハッキリと言えます」

 

 

 

付き合い始めて何が変わったかと聞かれても大して変わってないとしか言いようがない。だが、雰囲気が変わったことは確かだ。モカは以前よりももっと、俺を頼るようになっていた。

 

 

 

「朝起きれなかったら電話で起こしてとか、ギターの音作りのこととか、以前よりも頼ってくれるようになって......何か困りごとがあれば真っ先に俺に相談してくれるんです」

 

 

 

“ずっと隣にいてね”。始業式の日、モカは俺を抱きしめながらそう言った。まるで母を求める赤子のようだった。そんなモカの囁きに、俺もこくりと頷けた。だから、きっと大丈夫だ。

......俺だってずっとモカの隣にいてやるつもりだ。アイツの気が済むまでならとことん付き合ってやる、そんなところだ。だからモカだって、苦しい時には俺に相談を持ちかけてきてくれるだろうし、何ら問題はない。

 

 

 

「でも相談してこないってことは、つまりはそういうことなんじゃないですか」

 

 

 

 

「だからそれは────」

 

 

 

 

「ふぅ......もういいですか。とりあえず仕事は全部終わりましたよね?話題も尽きましたし、何より俺、今日は夕飯の当番任されてるんですよ」

 

 

 

即席で作られた規約上の仕事も片付いた。それもどうせ俺をここに呼び出して問い詰めるための先輩の口裏合わせなのだろうが、そんなことはもはやどうだっていい。

 

 

 

「流誠、待っ────」

 

 

 

今井先輩は立ち上がると、身支度をし終えた俺を呼び止めようと手を伸ばしかけた。しかしその瞬間、彼女の制服の胸ポケットから軽快な着信音が鳴り響き始めた。

 

 

 

「ああもうこんな時に......もしもし紗夜?ちょっと今立て込んでるんだけど......」

 

 

 

 

「......」

 

 

 

電話の相手は氷川先輩のようだった。八百長を疑うくらいにタイミングが良かったので一瞬呆気にとられたが、この機を逃すまいとすぐさま正気を取り戻し、そそくさと裏口のドアへと向かった。

ノブを握り、開け放つ。すると、夜の涼しい空気が一気に舞い込んだ。

とても心地よかった。そんな夜の世界に逃げるように、俺もまた足を踏み出そうとして────。

 

 

 

「えぇっ!?」

 

 

 

 

「ッ......!?」

 

 

 

また呆気にとられた、というより今度は肩を弾ませられた。原因は言わずもがな、張り裂けんばかりに発せられた今井先輩の驚愕の声である。流石に何事かと気になったので出口へと向けた体を翻してみると、先輩は案の定口と目を大きく開いて唖然としていた。

 

 

 

「それ大丈夫なの?ああ、うん......なるほど、とりあえず手当てはしてるってとこね」

 

 

 

 

「ちょっと、何かあったんですか」

 

 

 

『手当て』というワードにただならぬ悪寒がはしり、今井先輩に思わず声をかけた。先輩はみすみす逃げようとした俺のことを根に持ってかキッとした視線をおくってきたが、その視線はすぐに穏やかなものとなった。

 

 

 

「それが────え、なに?流誠に電話かわってって?......それもそうか。うん、わかった」

 

 

 

 

「えちょっと、なんで俺が......」

 

 

 

 

「聞けばわかる」

 

 

 

質問に答えてくれるのかと期待していたが逆に電話を押しつけられるハメになった。にしても俺に電話を寄越してほしいだなんて、氷川先輩の方で何が起こっているのか一切詳細がつかめない。それに今井先輩も『聞けばわかる』だなんて......

 

 

 

 

 

......。

 

 

 

いやいやいや。

 

 

まさか、な。

 

だってアイツは......アイツは。

 

 

 

「......っ」

 

 

 

黙って差し出された携帯を手に取る。やたら手に滑るカバーケースの感触から、今井先輩の焦りようが文字通り手に取るようにわかった。

 

 

氷川先輩は手当てをしていると言った。手当てということはおそらく、誰かが倒れたのを看病してやっているということだろう。交通事故なら救急車にでも連絡しているだろうし。

 

とはいえ、氷川先輩はなぜ今井先輩に電話をかけたのだろうか。他の誰でもなく、なぜ今井先輩を選んだのだろうか。それはきっと、面倒見の良い今井先輩から何かしらアドバイスをもらうためなのかもしれない。あと強いて言うなら、その手当ての対象と今井先輩が何らかの繋がりがあるからだとか。そう、何らかの繋がりが。

 

今井先輩が顔を青ざめさせて、瞬時に手汗を湿らせるほどの繋がりがある誰か。思い当たる節はいくつかある。しかし俺の脳裏には────いや、俺だからこそというべきか。そいつしか俺の脳裏に思い浮かばなかったのだ。こべりついているみたいで、仕方がなかった。

 

 

 

「......電話、かわりました」

 

 

 

 

『長門さん!ちょうど良かった......』

 

 

 

ちょうど良かった、か。

 

ああ、まったくだよ。

 

 

 

「何で俺に電話を」

 

 

 

何で、なんて。

 

そんなことわかってるくせに。

 

 

 

『それが......どうか落ち着いて聞いてください。実は────』

 

 

 

......モカだ。

 

 

 

『......え?』

 

 

 

モカが倒れた。だから俺に電話をかわれと言った。

 

 

 

「────ですよね?」

 

 

 

 

『そう、ですけど......』

 

 

 

 

「流誠......」

 

 

 

先が読めて仕方がなかった。どうせそんなことだろうと思ってたんだ。わかってた、なんとなく予感はしていたんだ。

 

......いつからだよ。

 

 

 

「はは、は......なんだ、やっぱり当たってたのか」

 

 

 

 

『なぜ笑って......』

 

 

 

 

「今どこにいるんですか」

 

 

 

 

『え?CiRCLEのスタジオですけど......』

 

 

 

スタジオ。モカの用事。氷川先輩。なるほど、これでようやくはっきりした。

 

 

 

「スタジオ!?まさかモカがバイト休んでたのって......」

 

 

 

 

「まぁ......さしづめ氷川先輩にギターの練習を付き合ってもらってたってところですかね」

 

 

 

点と点が線で結ばれてようやく明確となった事実に、今井先輩は驚きを隠せていない様子だった。まあモカが休みを所望した理由がこれなのだから無理もない。

 

 

かくいう俺は。

 

 

 

────俺は。

 

 

 

「......氷川先輩、そこで待っててもらえますか?今からそっちに向かいたいので」

 

 

 

 

『あっ、は、はい』

 

 

 

 

「どうも、じゃあ俺はこれで。......今井先輩も携帯ありがとうございました」

 

 

 

 

「流誠......」

 

 

 

携帯を返すや否や静かに踵を返す俺の背中に今井先輩の呼び声が突き刺さる。そこにはもう糾弾しようという意思は見受けられなかった。むしろその逆で、何か重いものを吐き捨てるかのような、耳にしたこっちまでもが胸を引き締められる......そんな声だった。

 

 

 

「言霊ってやっぱあるんですかね。言ったそばからこんな事が起きるなんてあんまりですよ」

 

 

 

 

「違う、違うよ流誠......これは────」

 

 

 

 

「みなまで言わないでくださいよ。......もうわかってますから────」

 

 

 

ああそうだ。わかってる、わかってたんだよ。全部俺のせいだって。俺は目を背けて、心の中で蠢く後ろめたさを仕舞い込んでいたんだ。アイツの不安そうな顔にも笑顔のフィルターを勝手に貼りつけてた。全部、自分のわがままだった。

 

 

 

────俺はモカに『自立』してほしかった。ずっと隣にいてやるつもりだなんてのはただのその場しのぎにしか過ぎなかった。いつまでも俺に頼ってばかりではいけないと、そう考えた。それではモカの蘭の背中を追いかけれるようになりたいという思いとは少し意味が違ってくるような気がしたからだ。アイツが自分なりの方法を見つけてこそ、真の意味が見出される。だから極力接触も控えていた。アイツではなく、俺こそが距離を置いていたのだ。そうなれば俺とモカとの交際に進展がないのも当たり前だ。

まさに因果応報といえるシナリオである。己の身勝手が、モカの為という大義名分のもと装われた平穏が、むしろその対象であるモカの首を絞める羽目になるとは。

 

 

 

何から謝ればいいか、自転車にカギをはめながら考えた。どんな顔をすればいいか、サドルに跨ろうとしながら憂いた。そしてこれからどうなるのか、ペダルに足を置きながら......はて、どうしたかったのだろうか。俺はそれすらもわからないまま、暗闇にも似た混在した思考世界のなかで途方に暮れるほかなかった。

時がゆっくりと、俺自身が犯した罪とともに秒針を刻んでいく。そうしてのしかかる重圧に狼狽していると、背後からトタトタとローファーとコンクリートがぶつかる音が聞こえてきた。

 

 

 

「りゅうーせぇー!!はぁ、はぁ......モカはっ......モカはねぇっ!!」

 

 

 

 

「っ......せ、先輩......?」

 

 

 

今井先輩に声をかけられ、自分がコンビニからだいぶ進んだ位置にまでいつの間にか移動していたことに初めて気がついた。そうなるまでに速まった自転車とのスピードを合わせようと必死になっていたのか、先輩の息は途切れ途切れだった。そして、少し遠目から何かを伝えようとしている。

 

 

 

「モカのこと放ったらかしにしてたんでしょっ!?アタシはそれ、許せる気しないよ......でも、モカはきっと────!」

 

 

 

きっと。

 

その後に続く言葉はもはや聞くまでもなかった。そんなことなどつゆ知らず、先輩はお節介にもこう言ってくれた。

 

 

 

「大丈夫だよ、って言ってくれる!!」

 

 

 

 

「......っ」

 

 

 

俺は数秒唖然とし、また前へと向き直った。予想通りの結末を見届けたところでこれ以上用が無くなったからだ。

 

地面に置いていた足を蹴り出し、十分に助走にのってから自転車を漕ぎ始める。背後からまた何か声が聞こえたような気がしたが、振り向くことはできなかった。前を......いや、上を向くのに必死だったから。

 

 

空は曇天に覆われていた。灰色がかった雲は月明かりの一片すら通さず、世界に真の宵闇をこれ見よがしに見せつけていた。そんななか、ポツリという冷たい感触が俺の頬を打ちつけた。雨だ。

雨......それから俺は、あの日のモカを思い浮かべた。朝日の元気そうな姿を見送ったあの日も、今日ほどの霧雨ではないが酷い雨模様だった。その見送った後の帰り道でモカと出会った。傘はさしていたしギターケースもそんなに濡れてはいなかったにも関わらず、アイツの顔はというとぐしゃぐしゃになっていた。見るも無様で滑稽だった。それがあの時に俺が抱いたモカに対する第一印象だった。

 

 

 

そう、たったのそれだけだった。

 

 

 

「......クソっ」

 

 

 

あの時会話が弾まなかったのは、雨がうるさくて声が聞こえづらかったからじゃない。顔が濡れていたのは、横雨に吹き曝されていたからだけではない。態度がおどおどしいように感じたのも、ただの気のせいではない。そして俺はそれに薄々気づいていた。なんとなく、あの時だけはそう感じることができた。

 

 

 

「クソっ......クソっ......」

 

 

 

それでも深く詮索しようとしなかったのは、無意識にその違和感を払拭してしまったからなのだろう。それもこれも全て俺のモカへの勝手な期待のせいだった。

 

 

俺こそがモカをあそこまで追い詰めた張本人なのだ。

 

それでもモカは、俺を許すと......そう言ってくれるのだろうか。

 

自分を蔑ろにされても、心から受け入れてくれるのだろうか。

 

 

 

 

モカは......モカは俺に、なんと......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......────。

 

 

 

「......あぁ」

 

 

 

想像した。卑怯にも、もし自分が謝ったらモカはどういう反応をするのか、表情は身振りに至るまで緻密に思い描いた。

こんな仕打ちを信頼している人から受けて、普通の人なら怒り心頭するに違いない。そうさせた本人の胸ぐらを掴み、どうして自分を優先してくれなかったのか、見て見ぬ振りばかりしたのか、糾弾し、号哭することだろう。それで当然なのだ。それほどまでに酷なことを俺は平然とやってのけたのだから。

 

 

 

......でも。

 

 

それでも、俺の脳裏に浮かんだモカには怒りの感情の一つすら抱いてなどおらず......

 

 

 

アイツはただ“大丈夫だよ”って、そう微笑み返してくれるだけだった。

 

 

 

「────」

 

 

 

大きく口を開ける。別段あくびをしたかったわけではない。叫びたかったのだ。この行き場のない、懺悔しようのない後悔を少しでも減らしたかった。

声にならない嘆きが夜のとばりへと流れていく。あんなことを言わせるまでに大切な幼馴染を追い詰めたことへの罪悪感を今更ながらに噛み締める。それに呼応するかのように、雨脚もだんだんと強さを増していった。

 

これでモカと同じになれるのならどれほど良かっただろう。そんな甘い考えに縋る暇もないまま、俺は瞬く間に鼠色に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────それでねー?その時おねーちゃんが......」

 

 

 

 

「あはは......そうですねー」

 

 

 

おねーちゃん、おねーちゃん。この単語を今日のうちに何度聞いただろうか。少なくともこの道中だけで数十回は聞いた気がする。それに生徒会の仕事中での回数も合わせると......ああ、なんだか頭が痛くなってきた。

 

ひとまず状況を整理しよう。私は今、日菜先輩と帰路を共にしている、というか付き合わされている。今日は中でも多忙な生徒会の仕事を任せられ、その労いを兼ねてという理由で先輩に誘われたからだ。労い、ということもあってか帰り道は少し遠回り気味にして風景を楽しんだりもした。日菜先輩の自慢話をBGMに聴きながら。

 

 

 

「ん?つぐちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」

 

 

 

 

「よくわかりません......」

 

 

 

 

「ふーん、変なのー」

 

 

 

こっちの台詞ですと言ってやりたいところだが、そこはグッと堪えた。相手が先輩だからという以前にもう疲れ切ってしまっていたからだ。ただ、日菜先輩の言うことには一理二理頷ける節があるのも確かだ。

おねーちゃん......じゃなくて紗夜さんのライブ中での立ち振る舞いや普段の生活での抜かりのなさには、私も心から尊敬していた。実際、日菜先輩から語られる紗夜さんの話からその姿を容易に想像することができた。とてもたおやかで、凛としていて────。

 

 

そんな紗夜さんが、CiRCLEのカフェで何やらぼんやりと一人で座っていた。

 

 

 

「って、あれ?おねーちゃん?おーい!!」

 

 

 

 

「ん?......日菜?羽沢さんも」

 

 

 

 

「こっ、こんばんは!」

 

 

 

噂をすれば何とやら。私の息詰まった挨拶に、紗夜さんは柔らかく微笑んで応えてくれた。

 

 

 

「こんばんは。二人はどうしてここに?」

 

 

 

 

「たまたま立ち寄っただけだよ。そしたらそこにおねーちゃんがいて」

 

 

 

 

「立ち寄った?帰り道はこっちじゃないはずだけれど......まさかこんな夜中に寄り道しているんじゃないでしょうね」

 

 

 

 

「あーえっと!実は......」

 

 

 

易々と魂胆を見透かされたところで、私はかくかくしかじかと寄り道の理由を説明した。すると紗夜さんは「そうですか」と訝しげに頷いてから、しわを寄せた眉間を日菜先輩へと向けた。

 

 

 

「もう日菜!まったくあなたって子は......」

 

 

 

 

「生徒会のお仕事で疲れちゃったからその気分転換にと思ったんだよ〜!そんな怒んなくていいじゃ〜ん」

 

 

 

 

「羽沢さんの身にもしものことがあったらどうするの!夜道で襲われでもしたら......」

 

 

 

 

「その時はあたしが守ってあげるもん!」

 

 

 

 

「......」

 

 

 

前々から思っていたことだが、この姉妹に私は何かと可愛がられている気がする。自分で言うのもなんだが2人の私への人当たりが他人と比べてみてどこか和らげ......というより甘えさせてもらっているような感じがするのだ。だからそういう心地に陥るたびに胸のどこかがむず痒くなってしまう。現に今だってどういう反応をすればいいのか脳内で取捨選択の連続を行なっている。

 

結果、話題の転換をすることに決めた。

 

 

 

「そっ、そういえば!紗夜さんは今日も練習ですか?」

 

 

 

彼女の座っているイスの後ろに立てかけられたギターケースに気づいた私はそれを利用して話を逸らした。すると不思議にも、紗夜さんは低い唸り声をひとつあげた。

 

 

 

「あ、はい。そうなんですけど......」

 

 

 

 

「......?何かあったんですか?」

 

 

 

 

「ええ......それが────」

 

 

 

そう言うと紗夜さんは、CiRCLEのライブハウスの方へと憂慮深そうに視線を移した。私もそれを辿っていくと、そこには二人の人影が見えた。

あれは一体誰だろうか。もう少しだけ意識をそちらに向けてみると、その正体が明らかとなった。

 

 

 

「あれは......流誠くんとまりなさん?」

 

 

 

CiRCLEの窓際、二人は長椅子を取り囲むようにして何やら作業をしていた。一体何をしているのだろうか、その詳細まではよくわからなかった。だからもう少し近づいてみた。

 

 

そして気がついた。

 

 

 

「2人とも何を......って」

 

 

 

まず、目視できた人数が二人から三人に増えた。流誠くん、まりなさん、そして問題の3人目なのだが、どうやら長椅子に横になっていたみたいだ。

私は十分に、それもその三人目の顔が目視できるくらいには近づいた。故に、それが誰なのか瞬時に理解できた。

 

 

 

────モカちゃんだ。

 

 

モカちゃんが、苦しげに顔を歪ませている。

 

 

 

「モカちゃんッ!!!」

 

 

 

 

「わわっ!?」

 

 

 

 

「羽沢さん......!」

 

 

 

何をそんなに苦しんでいるのか、理由はどうだって良かった。私は一心不乱に駆け出した。先輩方を驚かせてしまったみたいだが構いなどできなかった。今はただモカちゃんの安否を確かめようと、それだけで頭がいっぱいだった。

 

 

 

「はぁ、はぁ......!モカちゃん!モカちゃん!!」

 

 

 

 

「わぁっ!?つぐみちゃん!?」

 

 

 

入り口の扉を勢いよく開け放った轟音にまりなさんは驚きを隠せずにいた。

 

 

 

「びっくりしたぁ......どうしたの急に────きゃっ!?」

 

 

 

 

「も、モカちゃん!何かあったんですか!?」

 

 

 

私は早く説明してくれんと言わんばかりにまりなさんの肩を力強く両手で掴んだ。しかし返ってきたのは、まるで暴れ馬を制するかのような慎重に慎重を重ねた声だった。

 

 

 

「ちょっとつぐみちゃん!モカちゃんモカちゃんって......まあまあ、一旦落ち着いて。ね?」

 

 

 

 

「......あっ、す、すみません。つい......」

 

 

 

まりなさんに静止され、私は冷静を取り戻した。まりなさんから離別し行き場を無くしたきまり悪い両手を今度は自分の腰辺りで留める。どちらとも小刻みに震えていた。

 

 

 

「と言っても、幼馴染がこうなってたら取り乱すのが普通だよね」

 

 

 

 

「いえ、私もいきなりつかみかかったりしてすみませんでした......ところで」

 

 

 

事の一部始終をと、まりなさんに向けて目配せをする。すると彼女はさも落ち着いた面持ちで眠るモカちゃんの頭をそっと撫でた。

 

 

 

「私も現場にはいなかったからよくわからないんだけど、紗夜ちゃんが言うには軽い頭痛らしいよ。今だって気絶してるんじゃなくてただ疲れて寝てるだけだし」

 

 

 

 

「そうなんですか......?はぁ......よかったぁ」

 

 

 

 

「わわっ、つぐみちゃん!?」

 

 

 

そこまで大事には至っていなかった安心感からか私は一気に脱力してしまい、足から腰の順番に地面へとへなへなとへたり込んだ。

 

 

 

「大丈夫?」

 

 

 

 

「ああっ大丈夫です。ちょっとホッとしちゃって」

 

 

 

 

「そう......ふふっ、本当にAfterglowのみんなは幼馴染み思いなんだね」

 

 

 

 

「え、えへへ......」

 

 

 

まりなさんから告げられた称賛に私はどう答えたらいいのか口を開きかねた。すると側にいた流誠くんがいきなり立ち上がり、スタジオの方へと姿を消してしまった。

 

 

 

「あれ?流誠くん?」

 

 

 

 

「あっ......行っちゃった」

 

 

 

 

「......流誠くんにも、何かあったんですか?」

 

 

 

というのも、先ほどから流誠くんは終始沈黙を貫いてやまなかった。私がCiRCLEに駆け込んだ時からというよりもそれ以前、つまり私が彼の姿を窓越しに見た時からその不動さを見せていたのだ。そしてその微動だにしない背中がとても異様に思えた。確かに眠るモカちゃんの傍らに座っていた流誠くんからはモカちゃんへの心配が伺えた。しかしそれ以上に、もっと別の何かに苛まれているようにも感じられたのだ。

 

ちらりと見た横顔にはもちろん、彼の特徴でもある凛とした顔立ちが張り付いていた。ただそれだけだったのだ。怒りでもなく、哀しみでもなく、ましてや愉しみでもない。ただの────......あれはなんと言い表せばよいのだろうか。

 

 

スタジオの扉が閉じる音が空虚に鳴り響いたのと同時に、まりなさんが重い口を開いた。

 

 

 

「ごめん、それに関しては本当によくわからなくて......私も聞いてみたんだけどなんでもないの一辺倒だったから」

 

 

 

 

「そう、ですか......」

 

 

 

まりなさんから返ってきた答えに、今度は私自身で思い当たる節はないかと思考を巡らせてみる。そうして難しそうな顔をして腕を組んでいると、少しもの気休めにと思ったのか、まりなさんが「でも」と数秒置いてから言葉を続け始めた。

 

 

 

「紗夜ちゃんがモカちゃんが倒れた事をバイト仲間のリサちゃんに連絡した時、たまたまそこに流誠くんがいたみたいでね?流誠くんったらそれを聞きつけてからすぐにCiRCLEに駆けつけてきてくれたの」

 

 

 

 

「へぇ......」

 

 

 

まりなさんが言ったのはそういうことだった。これは他人からすればただの事実に過ぎないのだろうが、まりなさんはきっとそこから流誠くんの人の良さを見出して、彼のあの冷徹とも言える冷ややかな態度を擁護しようとしてくれているのだろう。

とはいえ私も元より流誠くんの優しさはしみじみと理解している。困ったことがあればいつでも相談に乗ってくれるし、力仕事なんかは巴ちゃんと一緒に手伝ってくれたりして本当に助かっている。それこそ今回のようにモカちゃんのところにいち早くお見舞いに来たりだとか、そういう心がけなどを────、

 

 

 

あれ?そういえばモカちゃん、それに流誠くんって......

 

 

 

「────あっ」

 

 

 

と、ここで私はとあることを思い出した。

 

最近からずっと巴ちゃんやひまりちゃんから聞かされていたことなのだが、どうやらモカちゃんと流誠くんの様子が少しもどかしい感じでそれが気になってしょうがないらしい。私もそれを言われるまであまり意識できていなかったものの、そのことを踏まえて改めて二人を観察してみると確かにそう思われる節が少なからずはあることがわかった。前までカップルらしく仲が良かったのに、ちょっとしたいざこざでもあったのだろうか。二人の間に横たわる何とも言えない距離感を遠巻きにまじまじと眺めながらそんなことを思った。仮にその違和感が真実だとして、もしかすると流誠くんはそのことを後ろめたく思い悩んでいるのかもしれない。

 

 

 

「ん?どうかした?」

 

 

 

 

「いえ、流誠くんのことで少し心当たりが......まりなさん、少しだけモカちゃんのことお願いしてもいいですか?」

 

 

 

モカちゃんももちろんそうだが、流誠くんも流誠くんで放っておけない。真相を確かめるためにもまずは彼の後を追わなければ。私はこの場を離れるためにも、まりなさんにモカちゃんの世話を引き続き見てもらうよう頼んだ。すると、まりなさんは何かを察したかのように静かに頷いてくれた。

 

 

 

「オッケー、こっちは任せて!」

 

 

 

 

「ありがとうございます。ではっ」

 

 

 

ご厚意に預かったところで軽くお辞儀を済ませた後、私はすぐさま流誠くんのいるスタジオへと向かって行った。

 

 

 

「流誠くんっ!」

 

 

 

勢いよく扉を開け放ちスタジオ内へと身を投じる。すると、無音かと思われていたスタジオから乾いたギターの生音が聞こえてきた。

 

 

 

「ん......つぐちゃんか。生徒会お疲れさま」

 

 

 

 

「え、あ......」

 

 

 

流誠くんのその予想外の光景に思わず息が詰まる。意気消沈としてイスにでも座って呆けてしまっているのではないかと思っていたが、どういうわけだか彼は淡々と様々なコードを弾き鳴らしている。先ほどまでまるで傀儡だったのに、今となっては水を得た魚のようだった。

 

 

 

「あの、なんでギター弾いて......?」

 

 

 

 

「これか。アイツ、ここ最近ギター弾きまくってただろ?その点検にと思ってさ」

 

 

 

 

「そう......」

 

 

 

ふっと微笑みを浮かべながらモカちゃんのギターを軽く差し出してきた流誠くんに、私はまたたじろいだ。にしても流誠くんを心配して後を追ってきたというのに、これではまるで無駄足ではないか。

 

 

......いや、そんなことはないはず。感覚的な問題ではあるが、彼にはきっと、何か心につっかえているモノがあるはずなのだ。

 

私は口を開いた。なぜだかそこはかとない恐怖を覚えたが、なんとか口を開いてみせた。

 

 

 

「......ねぇ、流誠くん」

 

 

 

 

「ん?なに」

 

 

 

 

「っ......モカちゃんのこと、何か知ってたりしない......かな?」

 

 

 

その時の私はとても慎重だったと思う。危険物でも取り扱うような、究極の選択を迫られているかのような感覚だった。

隠れ怯えているであろう流誠くんを見て見ぬ振りで見逃すか、その手を無理にでも掴んで助けて日の目に連れ出してやるか。私はその選択を慎重に、そこから後者を選び抜いた。

 

 

 

────結果、流誠くんのギターを爪弾く指の動きに動揺が見られた。

 

 

 

「......つぐちゃん」

 

 

 

 

「その様子だとやっぱり知ってるんだね。教えてよ、私で良ければお話聞くから。ね?」

 

 

 

 

「......!」

 

 

 

尾を巻いて怯える子犬を宥めるように、流誠くんに向けて優しく微笑みかける。すると、彼の身の内に潜んでいた負の感情が露見したように見えた。流誠くんはハッと呆気にとられた表情をしたのち、沈黙のままに顔を俯かせた。私もそれに合わせて、その中途半端に立った背中にそっと手を当てて撫でてやった。すると、彼の背中はオジギソウのようにだんだんと垂れていった。

 

 

 

「話聞くって............はぁ。まったく、つぐちゃんはずるいなぁ......」

 

 

 

 

「って言っても、恋愛相談とか詳しくないからあまり力添えできないと思うけど」

 

 

 

 

()()()()()()()も含めてつぐちゃんは優しいからなぁ......ぁあー、もう......」

 

 

 

流誠くんの言い回しにはてと首を傾げていると、いつの間にか私の触れていた背中から鼓動以外の振動が伝わり始めていた。

 

 

 

「ぐすっ......ぁあくそっ、俺が泣いてどうすんだよ......うぅっ......」

 

 

 

 

「流誠くん......」

 

 

 

 

「はぁ......ごめんつぐちゃん......もう少しだけ、待ってくれないか......?」

 

 

 

ひとたび収まった振動によって絞り出された声に対し、私は一言一句を抱きとめるように深く、優しく頷いた。その気配を背中で感じ取ったのか、流誠くんも私の受諾を受け入れて、今度は背中だけでなく体全体を震わせて号哭した。

 

 

流誠くんの言った“もう少しだけ”とやらが終わり説明が為されるまでの間、もちろん私は彼の事情など知らなかった。ただ、彼の言動からするにモカちゃんに対して消極的な事を行ってきたのは事実だろうから、多少の疑念と怒りはそこはかとなくあった。

 

それでも私が一心不乱に泣き叫ぶ流誠くんの背中を支え続けてあげられたのは、きっと────。

 

 

 

「よしよし、大丈夫、大丈夫だよ......」

 

 

 

 

「うっ、ぐぅっ......ぅああああぁぁぁぁぁぁ......」

 

 

 

モカちゃんのギターを玉のように抱えながら懺悔の念に溺れる流誠くんの姿だけは、きっと本物に違いない。

私は暖かくも冷たい形の整った堅い背中を撫でながら、そんな予感を確信付けたのだった。

 

 

 

 

 









いかがだったでしょうか。次回もまた不定期投稿となってます。出来上がり次第すぐにあげますので、予告無しの投稿となります。申し訳ありません。


さて、久しぶりの投稿でしたが、前の回の内容を忘れてしまって今回の話に追いつけない、そんな方もおられると思います。その場合お手数をかけますが前回の話の読み返しをおすすめします。内容のより深い理解の為にも、よければお願いします。
あと新しいビジュアル画も載せておきます。ご覧になりたいという方は下記のURLからページに飛んでもらえると見れると思いますので、よろしくお願いします。



【挿絵表示】
  
【挿絵表示】

【挿絵表示】

ビジュアル4 ビジュアル5 ビジュアル6


それではまた次回お会いしましょう。では!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。